【イシュティ公爵記】
【第3編、ヴァンマエイド戦争】【第1章】
【演習】
明け方、まだ朝日が昇る2時間も前。
ようやく白み始めた空を西側と東側に陣取った軍勢に緊張が走った。
「投石機!弾種火炎!!5斉射後、歩兵を突撃させろ!打ち方!はじめ!!」
西側に陣取った軍勢に多数の火が一斉に生まれると次の瞬間にはそれがすごい勢いで空に放たれた。火炎弾が割れたり、飛び散って東側陣営が火の海につつまれた。
投石機という攻撃兵器による焼けた塊が放たれたにしては次々と火玉が空に向かった。
それぞれが5発の火玉を発射するころ、攻撃を行なった西側から東側の陣営に向かって突撃命令がくだされていた。
「小隊!!突撃!!」
シェイドアルカン王国、フォルゴン連隊に属するバッフェン小隊の小隊長、ライル・フォン・バッフェン少尉も部下達に号令を掛けていた。
「弱虫野郎ども!!いっくっぞ!!玉とったれ!!」
小隊付の下士官、マークス軍曹が激を飛ばし、小隊は突貫で走り出す。
火に包まれた東側に向かって西側の攻撃軍は進撃を開始する。
稜線が白み始めただけだった戦場が明るく燃える火炎で照らされる。
足元が暗いというハンデが完全になくなった攻撃側が明るい目標に向かって槍を突き出し火炎の間を駆け抜ける。攻撃側は冑の上に赤色の鉢巻をしていた。
「おりゃ!!」
ブスっと刃ガ付いていない槍が火炎にたたずむ青色のカカシを打ち倒す。
燃えてしまったものもあったがカカシが持ってる玉を回収すれば戦果として認められる。
小隊はカカシを打ち倒しながら火炎地帯を突破した。
演習儀を地図上で動かしながら士官がヒサイエの前に状況を表してゆく。
「東側の守備軍が弱体すぎるか・・・・。」
攻撃3倍、強襲5倍の法則を満たす兵の差を付けた上、ガイドレールと連続投射装置を付けた投石機による制圧射撃を行なったのだ。有利すぎたといえば有利すぎた。
朝方、太陽が昇れば西側から東側への攻撃は目に光が入り不利である、という常識があったがそれを押して攻撃するためには太陽が昇る前の短時間に敵軍を突破する研究が進められていた。
「雨だったらどうする。または事前に察知した敵軍が後方で騎馬による予備兵力を持っていたら・・・・・・。」
ヒサイエはすこし考えると、馬引け!と周囲に声を上げた。
バッフェン小隊は炎を越えて目的地に迫っていた。
圧倒的じゃないか!我が軍は!
攻撃側に参加したフォルゴン連隊の将兵はだれもがそう思っただろう。だが。
「敵、騎馬隊を見ゆ!敵を前面に見ゆ!うわぁぁぁ!ヒサイエ将軍だ!!」
馬群を率いた一隊が青色の鉢巻や腕帯をして待ち構えていた。
「蹴散らせ!短時間で引くぞ!」
炎を越えて連携を欠きつつある小隊にヒサイエは馬群を突撃させた。
「逃げますか?」
「ばかやろう!後で一対一の組討をやるかぁ?死ぬときゃ、ここで死ね!」
真っ青になった小隊長の横で狙われたバッフェン小隊のマークス軍曹と部下達が叫びあう。
「げ、迎撃しろ!急いでならべ!弓を射ろ!」
すぐにバッフェン少尉は命令を下す。
小隊12人のうち、弓兵2人が長弓を速射しだす。楯を並べ陣をはり、教本ではこれで時間を稼ぎつつ槍衾を形成することになっていた。
演習では弓矢も矢じりをつけていないし、人に向けて放ってはいけないことになっていたが、ヒサイエ隊と遭遇した場合だけは例外とされていた。魔法で防御された装備をもった敵軍と出会った場合を想定しているのだ。
だが、炎の中ちりじりになった小隊はすばやくそのような行動をとれなかった。
長槍をそろえた6騎と後衛1騎の7騎のヒサイエ隊が突撃してくる。放たれた弓矢がどんどん逸れていきとうとう目の前まで迫られた。
ちくしょう!障壁だ。
ドカッ!!
ガッ!
歩兵の槍衾が形成される前にヒサイエ隊の騎馬隊による長槍が歩兵を打ち飛ばす。馬の勢いのまま蹂躙し一撃離脱を図る。
後衛の1騎は魔術師のようだった。離脱を図るヒサイエの騎馬隊の後ろに呪文で火炎弾を放り込み突撃騎馬の離脱の支援を行なった。
「演習ぅ、終了!しゅーりょー!」
演習の終了を告げるラッパの合図が響き渡る中。
白い腕章をした判定員達が走り回る。
看護隊も演習場に現れた。
すでに朝日が昇っており撤収と戦果判定が忙しく行なわれていた。
「あら、お兄様。」
ルフィエナ・フォン・バッフェンは王妃が提唱して作られた女学校に入学を果たしていた。
バッフェン子爵家の令嬢であったが、王立士官学校に入った兄に連れられて魔法刀剣大会を見に行って、看護隊にあこがれてしまったのだ。
今回の演習にも進んで志願してきていた。
愛と慈愛の女神、ナイアへの祈りが利いたのか初歩的ながら回復の魔法を使えるようになっていた。女学校の教師たちが例外なく神聖魔法を使える存在だったのがよかったのか生徒のなかにも使えるようになったものが出始めていた。
バッフェン小隊は半数が戦死と判定された。何せ小隊長のバッフェン少尉や分隊長に当たるマークス軍曹が騎馬の突撃を止めきれず、吹き飛ばされていた。運が悪かったと同情はされていたが油断大敵という言葉を連隊に表す恰好の事例となった。
体中をテーピングで固定され回復魔法を掛けられていたが1週間は安静を言い渡されたところだ。
看護隊がテキパキと立ち働いていたが、そこに兄を見つけたルフィエナがいたというわけだ。
演習は突破演習から始まって、機動展開訓練、投石機部隊と組み合わせた城砦攻撃演習などを部分部分に分けて5日間も行なわれフォルゴン連隊の演習を終えた。
ヒサイエが起こしたシェイドアルカン軍はとうとう実戦的な戦闘力と規模を持つに至っていた。
繰り返される演習で軍隊として必要な運用の蓄積をしていったが荒っぽい演習を支えたのは当初予想されていなかった嬢子看護隊による戦力回復能力だった。
普通の看護隊ではない。回復だけでなく士気を上げ、矢玉が避ける神聖魔法をかけることもある。
本当に死んでいなければ何とかなる。と将兵が過信するまでになったが実際の戦場には看護隊などいないぞ!と仕官たちは釘をささねばならなかった。
ヒサイエ直属の7騎の騎馬分隊は演習中、色々な不安定要素を喚起する存在となった。
雛形は出来上がった。
ヒサイエ隊は面を上げ司令部に陣取っていた。演習後の撤収状況を確認させるためアニスとチカを軍監として派遣させていた。
背後には4人の女の子がやはり鎧姿でひかえていた。
一人はリリア・マクファニー。14歳だ、すでに騎士位をもつ魔法騎士。
ステラ・フォン・サマーフェルト。15歳、侯爵家の息女だ、瞳に強い光を持ち強烈な存在感があり、天性の武術の才能があった。才色兼備、これまでは周囲からフェロモン系美人の令嬢という外見だけを見られていた。
リィナ・カトォン。15歳、女神殿から推薦で派遣された女生徒でやはり優秀。神官戦士を希望していた。立っているだけで神殿の清浄な空気が漂うようだ。
ロリエ・ノワール。14歳、魔法使いに傾倒しとうとうこの年齢で火炎弾を打ち出せるまでになった。魔法学者志望の生徒だ。
生徒の中に火炎弾まで打ち出せる存在を知った宮廷魔法使い達は急ぎ彼女らに宮廷魔法官の認定を行い人材の確保を図ろうとした。
いずれも俊才が集まっていたが中でもこの4人は教官の代役ができるくらいの人材に育っていた。リリアにいたっては元がフロストブンカー兵に混じって訓練していたくらいだから剣の腕は今更の訓練だったが・・・。
ヒサイエの前でフォルゴン連隊の演習評価が行なわれていた。
シェイドアルカン王国西部国境は北西部が元々からヴァンマエイド王国との国境。
南西部が旧イシュティ王国との国境だった。
国境には城砦群と国境警備兵が置かれているのが通常であったが、
ヴァンマエイドの占領からまだ数年しかたっていない旧イシュティの城砦構築は、
ヴァンマエイド側の意欲の無さがあって進んでいないようだった。
旧イシュティ側との国境を一気に突破して背面展開を図る。
手始めに敵国境警備隊を短期で殲滅し、
ヴァンマエイド国内で損害を与える機動戦を行なう。
という作戦計画を実践できるかどうかを試すもので、おおむねフォルゴン連隊はその実力ありと評価しても良いようだった。
「よし、解散する。」
ヒサイエが立ち上がると集まった士官達もすぐに立ち上がって敬礼し将軍一行の退席を見送った。
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