ドレアム戦記
第一編 玄白胎動編 第15話
ウンディーネに出張していた月の神殿の代官ベザテードが戻ったのは、ジロー達が白虎の神殿を出発した頃だった。ベザテードが戻ってきた日、彼の代行として執務を行っていた副官は、今までとは違う何かを感じたが、その後の代官の行動が今まで通りであることを確認して、それは気のせいだと忘れ去ってしまった。
その翌日から、代官府で少し異様なことが起きていた。食料の消費量が今までの5割近く増えたのだ。そして、その原因は代官にあった。ウンディーネに行く前と比べて食欲が増した。異常な食欲と言ったほうが的を得ている状態であった。
だが、それを除けば代官ベザテードは今まで通りの執政を行っていたので、まさか食欲旺盛を咎めることもできず、この件はそのまま放置された。
しかし、異変は確実に起きていた。最初にそれを見たのは、代官府で強盗殺人を犯した犯人の裁判の席。判決はいつもならば死刑なのだが、今回に限っては主判事席に座ったベザテード代官から意外な台詞が発せられたのだ。
「刑を下す前に、あなたに一つだけチャンスを与えましょう。私と闘ってみませんか。勝てば無罪放免にしてあげましょう」
隣の副官がぎょっとしてベザテードを見た。ベザテードは文官としては優秀だが、戦士としての腕前は殆どなかった筈。体格を見ても副官の自分よりも痩せていて筋肉もついているのかどうか・・・。
「ベザテード様・・・」
副官の言葉を片手で遮ったベザテードは、殺人犯にもう一度尋ねる。
「どうします。勝負を受けないのなら、死刑ですが」
殺人犯の目が輝いた。もちろん、こんな有利な条件を蹴る筈がない。是非もなく、凶悪な顔つきを神妙にしながら頷いた。
それから間もなく、殺人犯とベザテードは格闘所で対峙していた。その場所は、月の神殿の治安を守る兵士達の訓練場の一室である。約4ヤルド、背の高さの2倍くらいの四角い石壁に囲まれ、屋根がない野外訓練用の場所だった。壁上の一郭には訓練を視察するための席まで設けられている。
そして、普段ならば視察席で訓練を見る筈の代官が訓練場に立ち、視察席では副官と治安部隊の隊長達が不安そうに見つめていた。
見つめられている当人のベザテードは、涼しい顔をしながら剣を構える。剣は刃がつぶしてあるので、致命傷は避けられると思うが、相手の殺人犯の体格はベザテードの倍近くあった。
<ああ、全然構えがなっていない・・・>
隊長は、ベザテードを見てそう思った。戦闘の専門家から見ると隙だらけなのだ。このままでは、ベザテードが打ち据えられるのが容易に想像できる。
そんな彼らの心配を意に関せず、ベザテードは淡々と殺人犯に声をかける。
「さあ、来なさい」
「おおっ!」
殺人犯は剣を頭上に構えてベザテードに突進した。
ガシィィン。
副官は思わず目を覆った。弾き飛ばされたベザテードの剣が中に舞っていた。殺人犯は愉悦の表情を浮かべ、武器を失ったベザテードに袈裟懸けに剣を振り下ろす。それは、闘いに勝てば無罪になることの喜びよりも、人を殺める喜びが彼を支配している証拠だった。
だが、次の瞬間、殺人犯の表情が愉悦から驚愕に変わる。
袈裟懸けに打ち下ろした剣は刃が潰されていたとはいえ、渾身の力を込めて打ち下ろした。凡そ戦闘向きではない代官の身体は、ぐしゃりと潰れてもおかしくない筈だった。しかし、剣はベザテードの肩には当たったが、その先が進まなかった。逆に剣を握った手がじんじんと痺れる。
「ふむ。あなたの力はこの程度ですか。これでは私の戦力にはならないみたいですね・・・。では、死になさい」
ベザテードの右手が軽く動き、殺人犯を殴り飛ばした。その言葉通り殺人犯は首を90度以上曲げながら弾け飛び、そのまま壁に激突した。
闘いの結果に暫く呆然と固まっていた隊長達が、気付いて訓練場に入ってきたとき、既に殺人犯は死んでいた。
その夜。ベザテードの信じられない勝利を目の当たりにした副官と隊長達は、全員ベザテードの執務室に呼ばれた。但し、面会は時間をずらして一人ずつだった。
副官はあの光景を思い出す度に背中に冷や汗を感じていた。それは、代官の執務室の扉を開けるのに、一瞬ためらった程の得体の知れない恐怖があったから。
「失礼します・・・」
それでも、相手に気取られないように言葉を保ったのは、執政業務を行う能力の賜物と言えた。
「よく来てくれました。まずは、掛けなさい」
ベザテードに勧められるままソファに腰を落とす。そして、そのまま代官からの言葉を待つ。いや、実を言うと、緊張のあまり何を言うべきか思い当たらなかったのだ。
「君は私の下について何年になりますか」
「は、はい。2年半になります」
「そうですね。とても助かっています。私が留守の時も、代行として十分執政を任せられる能力もお持ちだ」
「いえ、それほどとは・・・」
副官は謙遜した。緊張の糸がほぐれてきて、少しは冷静になってきていた。
「それで、今日の試合のことですが。君はどう思いました」
「ベザテード様が、あれほどお強いとは思いませんでした」
ベザテードは少し笑った。
「ありがとう。では、君も同じように強くなりたいですか?」
副官は予想外の質問に戸惑った。とはいえ、余り間を置くのもはばかられると思い、曖昧に頷く。すると、ベザテードの笑みが大きくなった。
「よかった。君が賛同してくれて。私も優秀な片腕をむざむざ捨てたくないと思っていたのでね」
ベザテードの笑みが更に大きくなった。いや、口自体が大きくなっているのだ。それどころか顔が段々と前に突き出し、その廻りを灰色の剛毛が覆う。
<ひっ>
ベザテードの顔が変貌していた。人間から狼に。副官は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。ただ、引きつった顔で狼人間となった上司を見つめている。彼が人間として覚えていたのはそこまでだった。
月の神殿、封印の間。
快適な目覚めと共にベッドから起き上がったジロー達は、ルナが封印の装具である月光の首飾りを得たことを素直に喜んだ。ルナが話したイリスとの会話も、興味深いものであった。なにしろ、ルナ以外の6人は熟睡していたらしく夢らしい夢を見ていないのである。
そしてもう一つ、ルナの瞳の色はダークブラウンから銀色に変貌していた。最初に気付いたジローがそのことを告げると、ルナは直ぐに鏡の前に立ちその中の自分を見た。鏡の中には銀色の瞳を湛えた自分自身の姿があった。その姿が、夢の中のイリスの姿と重ね合う。そして、何だか暖かい気持ちになるのだった。
<ああ、これで私は完全にアルテミスからルナになります。イリス様・・・>
だが、その後にルナが神官長ノルマンドに会わなければならなくなったと発言した時、ジロー達の表情が一変した。
ルナの説明によれば、イリスから受領したのは瞳と月光の首飾りだけではなく、上位の神聖魔法の知識も得ており、まだ全てを使うことは出来ないものの、新たに月光の首飾りと連動するように、『聖探索』の能力が使えるようになったそうなのだ。この『聖探索』は暗黒サイドの思念を探知する能力で、イェスゲンが警告した魔界の侵略者達が近くにいると事前に発見できる、当にタイムリーな能力といえる。
その『聖探索』を試しに行ったところ、今彼らが居る月の神殿の周辺の町に魔界の者達がたくさんいることわかった。今のところ無事なのは月の神殿の内部のみ。
「今、神殿を出るのは危険ですと警告しなければいけません」
ルナが毅然と告げた。本当は、隠密行動で行きたかったジローだが、こうなればルナの言うとおりにすることが一番と同意する。他の愛嬢達も、もちろん異論はなかった。
ジローが先頭に立って地上へと階段を昇っていく。地下1階の抜け道の部屋の横を抜け、地上への階段を昇りきると神殿奥の隠し階段の扉があり、音を立てないように開ける。
「ここに、隠し扉があったなんて・・・」
ルナは以外といった表情で呟いた。彼女が子供の頃ここで暮らしたときに何度もこの辺には来ていたのだ。
「ルナお姉さま、ここに開け方がかいてありますぅ〜。『扉の出っ張った石を左に3回廻せ』ってなってますよぉ〜」
レイリアが神殿側の扉に刻まれていた文字を読んで説明した。
「子供の頃に、この石には気付いていたのですが・・・」
「さすがに3回廻すことはしないわねぇ・・・」
アイラが凹んだルナをフォローする。
「姫様。早くノルマンド様のところへ行きましょう」
ミスズも気分転換が必要と助け舟を出す。ルナは2人に心で感謝しながら頷いた。
「ノルマンド様。神殿の外が騒がしくなっております」
高司祭の一人がそう報告したが、ノルマンド自身も気付いていた。彼は数少ない上級神聖魔法の使い手なのである。そして、弱いながらも『心触』も持っていた。上級の神聖魔法を極めていく過程で、稀にこのような才能が開花することがあるらしい。その『心触』の力によって、神殿の周囲に邪気が漂っているのが知覚できたのだ。
ノルマンドは平静を装いつつ、高司祭と共に部屋を出て、祈りの間と呼んでいる広間に移動した。祈りの間には聖女イリスの銅像が中央に飾られている。銅像には丁寧に首飾りの装飾が施されており、その中央には宝玉が填め込まれていた。神殿のご神体、『月の石』である。『月の石』は神聖魔法を授けるときに使われるが、それ自体にも神聖魔法を増幅させたり、『浄化』、『回復』などの初級魔法を発現したりする力が備わっている。
神聖魔法と太陽魔法、暗黒魔法の3つの魔法は、精霊魔法とは別の魔法である。世の中の陽の気を基とする太陽魔法、陰の気を基とする暗黒魔法、人々の祈りの力を基とする神聖魔法。このうち、神聖魔法と太陽魔法は、暗黒魔法に対峙するものとして、神聖魔法のシンボルである月が守り、太陽が攻めの役割を担当すると解釈されている。ちなみにセントアースにある太陽の神殿には、『太陽の石』があって、『月の石』と同様な役割を担っている。
ノルマンドはイリスに向かって祈りを捧げた。そして、『月の石』を像から外して自分の服の中に入れた。こうすることで『月の石』を窃盗から守り、加えてノルマンドの神聖魔法が強化されるのだ。
「大丈夫でしょうか・・・」
高司祭が心配そうに尋ねた。
「なあに、神殿は神官兵士達が守っているし、町にはベザテード代官の治安部隊がいる。大丈夫に決まっているさ」
もう一人の高司祭が強気に言い放った。
<しかし、気配は神殿の入口まで来ている。ベザテード殿はどうなさったのだろうか>
ノルマンドは黙ったままロッドを握り締めて祈りの間の入口の扉を見つめていた。その時、横の扉を音もなく開けて男が入ってきた。引き締まった体格と鋭い目つきは歴戦の戦士そのものといった風体で、鎧に直剣を2本、腰と背中に装着している。
男はノルマンドを見ると礼儀正しく一礼した。
「神官長殿。大変お世話になりました。その、お礼をさせてください」
「テムジン殿。すまん。・・・よろしくたのむ」
テムジンはもう一度礼をすると祈りの間を出て行った。テムジンが月の神殿の前で倒れていたのが1月程前。神殿の柱の陰で座ったまま気を失っていた。神官が発見した時は高熱で意識が混濁している状態で、すぐに神殿内に連れて行って介抱したのである。その後数日生死の境を彷徨ったが、元々頑健な身体だったのだろう、快方に向かい始めるとめきめきと健康を取り戻した。以来、療養も兼ねて神殿に滞在していたのである。
神官兵士の一人は、信じられないといった顔つきで床に崩れ落ちた。腹に剣で出来た穴が開き、血が流れ落ちている。
神官兵士を見ているのは、治安部隊の兵装をしている兵士。右手には血塗られた剣が握られている。その表情は感情のかけらもなく、まるで機械のようだった。
「血を分けた弟に殺されるとは浮かばれない奴だ」
兵士の後ろから来たのは6隊ある治安部隊の中で遊軍部隊長のグレイ。周囲の兵士に比べて、彼だけは意思を持った表情をしている。グレイは神殿入口を見廻し、彼の配下以外に生存者はいないことを確かめる。
「行け」
グレイの声に応えるように兵士達が一斉に神殿内部に入っていく。入口を守っていた神官兵士達は、不意打ち的に倒したため、約200名の一兵も損じていない。
グレイは兵達が突入していくのを見ながら、ゆっくりと歩く。そして、時折立ち止まっては、神官兵士の死体の傷に触れ、手にべっとりと付いた血を美味そうに舐める。
「神官兵士というだけ合って、神聖な気を取り込んでいて美味いな。神殿攻略を選んでよかったぜ・・・」
くっ、くっ、くっ、と笑いを噛み締めながら、グレイは神殿の中に入っていった。
神殿の大広間では、激戦が繰り広げられていた。今度はさすがに不意打ちというわけにはいかず、神官兵士達も武器を構えて治安部隊兵士と戦っていた。だが、その表情は何故、という気持ちがありありと浮かんでいる。昨日まで一緒に神殿と町を守り、時には食事や酒などの場で懇親も図っていた相手が、能面のような無表情で有無を言わずに斬りかかって来るのだ。そして、その気持ちが神官兵士達の剣先を鈍らせ、戦闘は敗色濃厚に思えた。
その時、奥の廊下から一人の戦士が入り、素早い剣技で敵兵士達を次々と倒し始めた。特に、神業のような突きを繰り出して、あっという間に彼の一角だけ空間が生まれた。
「テ、テムジンさま・・・」
横に立っていた女性神官兵士の声に、テムジンは目線で下がってと合図した。彼女がテムジンを介抱してくれたうちの一人とわかった上で、彼女の周りの兵士を一掃したのだった。テムジンにとっては、神官兵士は自分の恩人、治安部隊兵士は唯の人。だから、容赦なく剣が振るえるのだ。
テムジン一人の介入が、戦局を大いに変えた。テムジンは無事な神官兵士達に大広間から撤退し、狭い廊下で戦うように促した。神官兵士は了解すると徐々に撤退する。その間もテムジンの剣は冴えに冴え、廻りの敵兵士を次々と倒していた。
大広間から生き延びた神官兵士達が撤退しきったときには、治安部隊兵士の3分の1が削られていた。
この状態を見て焦ったのはグレイだった。余裕をかまして神殿内に入れば、倒れている者の殆どが自分の部下なのだ。彼は怒りを湛えた眼で理由を探す。そして、鮮やかに撤退する神官兵士達とそれを指揮している戦士の姿を捉えた。
「あいつか・・・、さがれ!」
怒鳴り声が大広間の天井と壁に反響した。同時に治安部隊兵士達は背を向けて撤退する。
テムジンが不思議に思って一歩前に出ると、撤退する敵兵士をかき分けるように一人の男が出てきた。右手に幅広の大剣を肩に担ぎながら、憤怒の形相でテムジンをにらんでいる。
「くそ忌々しい。やはり神殿じゃあ、俺の『魅了』は効き目なしか。めんどくせえが、相手してやる」
テムジンは薄く笑い返しただけだった。その仕草がさらにグレイの激高を呼ぶ。
「貴、様・・・」
グレイが大剣を振り下ろす。普通は両手で扱う剣だが、片手で軽々と。当たれば人間程度なら簡単に潰れてしまうような剣圧である。
但し、当たればであった。テムジンは余裕でかわして必殺の突きをお見舞いする。剣はグレイの腹に刺さる。
「ふぅん!」
全くダメージを受けていないように、グレイが身体をよじる。危険を感じて剣を手放すテムジン。背中の剣を抜き、今度は、互いに距離をもって対峙する。
グレイの背中には、テムジンが刺した剣が突き出ている。だが、グレイは全く関せずにただ剣の柄が邪魔だと、柄の部分を折ったのみで、大剣を再び構える。
「戦士、お前の名は」
「テムジンだ」
「そうか、お前は生かしたまま連れて帰ってやる。我が主は強い奴を僕にしたがっているからな」
「ふん、やれるものならやってみろ」
「その自信。この姿を見てからもう一度言えるかどうか聞いてやろう」
グレイはそういうと、変身し始める。顔や身体から剛毛が生え、口が両脇に裂けて、鋭い牙が並んだ口が出現する。身体は2廻りも大きく、手足もそれに連れて太くなっていく。
俗に言う狼人間が目の前に出現したが、テムジンは相変わらず表情を変えていなかった。ただ、内心は今自分の持っている武器が通用するのか心配はしていたが。
「ド、ウ、ダ・・・」
グレイは狼の口で尋ねた。声帯まで変化したのであろう、人間の言葉を話すのが辛そうである。
テムジンは剣を構えなおすことで答えた。そして、彼の必殺技、突きの構えを取る。
グレイはテムジンの答えに憤慨したのか、咆哮と共にテムジンに向かって突進した。並みの人間なら竦みそうな咆哮に動じる気配を見せず、テムジンの身体がゆらっと揺れた。瞬間、グレイの突進が止まる。テムジンの剣はグレイの口に深々と刺さり、首の後ろから剣先が突き出ていた。
しかし、グレイは狼の瞳を動かしてテムジンを睨み、次の瞬間口を閉じた。剣が噛み砕かれる。そして、テムジンの一瞬の驚愕を見逃さず右手を横に払う。テムジンが横の壁に吹き飛び、激突。
「ぐぅっ」
背中から叩きつけられたテムジンの息が一瞬止まるほどの衝撃。そして、起き上がる前に近づいたグレイが拳を叩き込もうとする。
「そのまま、起きないでください!」
声の通る女性の声が響いた。グレイの注意が思わずそれる。その視線の先には、棒を構えて突進してくる銀髪の少女が目に映った。それがグレイの観た最後の映像だった。
次の瞬間、棒の先端に槍の刃先が出現。その刃先が、猛スピードで近づき、グレイの喉へ吸い込まれた。グレイは首から上を失い、崩れるように倒れたのである。
大神官ノルマンドは、ジロー達に会ったときこそ驚いた様子を見せたが、何故か達観したような仕草で、ジロー達を受け入れた。
直後に、神殿を侵す敵に対しての対処をジロー達に依頼し、ユキナが敵の狼人間グレイを討った。
その夜、神殿内が落ち着いた後でノルマンドから話を聞いたところ、ジロー達が来る少し前に聖女イリスからの天啓があったのだと告げた。その天啓は、聖女イリスの言葉としてノルマンドがはっきりと覚えていた。それは、『今まで味方だった者が邪となり、神殿に危機が訪れる時、この世界を救うべき使命を持った者達が現れます。その者達に従いなさい』というもので、当に今の状況そのものを表していると言えた。そして、その内の一人が死んだとされていたアルテミス姫(今はその名を捨ててルナと名乗っていることは理解してもらった)だったこと、ルナが装着している首飾りが夢の中で聖女イリスが着けていた物で、毎日礼拝しているイリス像にあるものと全く同じであること、そしてノルマンド自身の『心触』の力で確認しても本当のことだと感じられることなどが合わさった結果、信頼の二文字が成立したのである。
聖女イリスの天啓は、これまでもたびたびあったそうで、月の神殿の神官達は、ここを聖女イリスの神殿、自分達はノースフロウの民というよりは聖女イリスの御子なのだという特別な意識を持っていたことも幸いし、ジロー達がノルバの関係者であるにもかかわらず、意外とすんなり好意的に受け入れられたのである。
一方、グレイとの闘いで傷ついた神官兵士達はルナとイェスイ、回復魔法が使える神官達の力で大半が回復していた。実は一番の重症はテムジンだったが、壁に叩きつけられて動けない状態の時にイェスイの『聖回復』を受けられたことと、鍛えられた頑健な身体を持っていたおかげで、翌日には元気を取り戻していた。
また、神殿を攻めた治安部隊の兵士達はグレイが倒された時にその場でばたばたと倒れたが、意識を回復すると正常に戻った。しかし、操られていたとは言え、自分達のやったことを自覚した彼らは深い自噴の念に駆られていた。
ノルマンドはそんな彼らを許し、月の神殿の聖女イリスの名の下に慈悲を与えた。その行為に感激した兵士達は、自ら神殿に帰依することを望み、神殿はそれを受け入れた。
ここは神殿の武器庫。目の前には剣や盾、鎧、クラブ、棒、槍などが並んでいる。丁度朝の陽射しに包まれている頃だが、窓のない武器庫には太陽の恩恵は届いてはいない。薄暗いランプの灯りだけがまたたいていた。
ユキナは胸元に両手のひらを向かい合うように並行に保っている。両手は頭一つ分位の間隔を空けている。小ぶりな乳房を隠そうともせず、何かに集中しているようだ。額には汗の粒が浮かんでいた。
一糸も纏っていないユキナの下には、ジローが裸で横たわり、ユキナがその上に座っている格好であった。よく見るとユキナの引き締まった尻が小刻みに震えている。ジローに密着している両腿付近は洪水のようになっていた。そして、その供給源である股間からは、絶え間なく潮が噴出している。
ジローとユキナは繋がっていた。肉棒がジロー専用となった膣内に密着している。そこから来る快感が熱く二人を包んでいた。
ユキナの両手の間には白く光るものが生まれ、それが快感のテンションと共にだんだん大きくなっていった。そして、二人の快感が最高潮に達した頃には、その大きさは人の頭程になっていた。
「ユキナ、行く、ぞ・・・」
快感の渦に精神を引きずられそうになりながら、ジローがユキナに告げると、ユキナも快感に呑まれる寸前の状態でかろうじて自分を保つのが精一杯といった風で返事をすることも出来ずにジローに目で頷いた。
次の瞬間、ジローの肉棒から大量の精子が爆ぜた。それを全身で感じたユキナは最大の光を放っていた光球を圧縮するように両手を一気に近づけ、そして一気に両手を放った。
決して狭くは無い武器庫の中が眩しい光で視界が奪われるくらいに輝いた。その光は、次々と廻りの武器や防具に吸い込まれながら消えていく。そして、全ての輝きが消え、元の武器庫の小さな明かりだけの状態に戻ったとき、その中央ではジローと繋がったままの銀髪の少女がジローの胸に顔を埋めながら失神していた。その顔は、何かをやり遂げた満足感に浸っていた。
ジローはユキナの髪を撫でながら、廻りを見回す。武器庫にある武器や防具がうっすらと輝きを帯びているのが見て取れた。その輝きはどちらかといえば神々しく、何かの力が付与されたことを示していた。
ユキナの神聖魔法『聖印』、物に聖なる力を印加する魔法である。『授与』と似ているが、『授与』は一時的に付与するのに対して、『聖印』の効力はその物が壊れるまで続く。但し、一度印加すると他の能力を付与できなくなることになるが。また、効果の強さは『授与』の方が高い。どちらを選ぶかは、使い道と使い処によると言える。
『聖印』を印加された武器と防具は魔物に対しての有効な力を発揮できるようになる。今回の狼人間の襲撃を受けて、魔界の侵略がここまで来ていると感じたジロー達が、月の神殿を守るために必要と、自ら買って出た行動だった。
ただ、その方法が・・・。通常、『聖印』は物一個ずつ印加するのであるが、『聖印』を使えるのはルナとユキナの二人だけであり、武器庫内の全てとなると、時間がいくらあっても足りない。その間にまた、魔物が襲ってこないとも限らない。どうしようかと思い悩んだ時に、少女イェスイの中に戻ってきたイェスゲンが、一度にやる方法を提示したのだ。
「全体効果の魔方陣を使えば効果範囲の全ての対象物に影響を及ぼすことが出来ます。但し、それなりの魔力が必要です。幸い、神聖魔法なら好きな異性と交わることでその力を増強させることが可能ですので、2人ともできる筈です。」
イェスゲンの提案に乗ってみることにしたジロー達。まず、ルナとイェスゲンが魔方陣を床に書いていった。イリスの知識を取り込んだルナは、魔方陣を作ることなどお手の物になっていた。
次に、誰が魔法を使うかとなった。魔力からいえばルナが担当するのが妥当。しかし、ルナはミスズと共にノルマンドのところに呼ばれていたので今すぐにはできない。すると、ユキナが自らやるという意思を見せたので、ルナも安心したような表情でユキナに託すことに決めた。
イェスゲンの言うとおりに裸になったジローとユキナが騎乗位で交わったところまで見届けると、ルナはジローとユキナに口付けをしてその場を離れた。少々後ろ髪を引かれていたが。そうして、ユキナの魔法が発動したのだった。
元気を回復したテムジンは、昨日自分を助けたのがセロで自分を破ったジロー達の一行と知った。本来ならば、彼がジャムカから失態を攻められて左遷された原因になった相手であり、怨んでもおかしくないのだが、テムジンは喜んだ。もう彼はしがらみのない戦士なのだ。純粋に強い相手を求めて、いや本当は自分を完膚なまでに叩きのめしたジローを求めて玄武地方を彷徨っていたのである。
そのジローが目の前にいる。喜ばずにはいられなかった。テムジンの戦士の血が騒ぎ、体調も十分だと判断した彼はジローの部屋を訪ね、即座にジローとの試合を望んだ。ジローは『心触』でテムジンにあるのは過去の遺恨ではなく純粋な向上心だけと感じ取り、勝負を受けることに同意した。
「ジロー様、仕合をされるのですか?」
その時、横からそう言ったのはミスズだった。
「ああ、心配か?」
「いいえ。・・・でも、お願いがあります」
「ん、なんだ?」
「私も、テムジン殿と立合わせてもらえないでしょうか」
「ジロー様、姉様、私も立合いたいです」
ミスズと反対の方角からそう言ったのはユキナだった。
ミスズは、ジローが決めたことに異を唱えよういう気はさらさらなかった。ジローの判断はエロが絡む場合を除いては絶対だという考えが、愛嬢達の中で不文律となっているのだ。では何故かというと、ミスズはセロでのテムジンとジローの闘いを見ていた数少ない者として、あの時は一瞬で終わったものの、テムジンの技量が相当なものと感じていた。そして、ミスズ自身もその後のジローとの旅を続ける中で、武術が確実にレベルアップしていることを実感していた。それ故に、力試しをしたくなったのだ。テムジンと闘うことで自分の成長を確認したかったのである。
一方のユキナは、テムジンの非凡な雰囲気を肌で感じ、武人としての血が騒いでうずうずしていた。出来れば自分も手合わせしたいと内心思っていたところに、ミスズの発言が飛び込んだので、今がチャンスと手を挙げたのである。
2人のねだるような顔つきを見て、ジローはテムジンに向き直った。
「テムジン。そうことなんだが、受けてもらえるか」
「ええ。喜んで」
テムジンは快諾。元々ジローが立合いを了承した時点で、彼は何を言われても承諾してしまう気分だったのである。
「よし、じゃあ昼過ぎに、場所は大広間を借りた方がいいかな」
「それは私がやります。では、後程」
テムジンは軽く会釈して部屋を出て行った。
「ミスズ、ユキナ、言っとくけど仕合では封印の武具は使うなよ」
「はい。わかっています。私は元々小太刀2刀流を使っていたので、それでいきます」
ミスズはそう答え、ユキナもしっかりと頷いた。気持ちは早くもテムジンとの勝負に向かっているらしい。と、ジローは背後のアイラに振り向いた。
「アイラはよかったのか?」
「う〜ん、あたしはいいかな。ナイフであの突きには太刀打ちできないだろうし。まあ、真剣だったら別だけどね」
「そうか、じゃあ応援をよろしくな」
アイラだけではなく、他の愛嬢達も笑顔で頷いていた。
ミスズは大広間でテムジンと対峙していた。周囲は見物に来ている神官兵士達で埋まっている。もちろんその中にはジロー達の姿もあった。
2人が手にしているのは神官兵士達が訓練用に使う刃を潰した剣だった。それをテムジンは片手に持ち、背中にも1本装着するいつものスタイルである。
一方のミスズはというと、テムジンの剣よりも短く、ナイフよりも少し長い短剣を2本それぞれの手に握っていた。その2本を胸前で交差するように構えている。
「いくぞ」
テムジンが先に動いた。右手の剣が美しい円弧を描くように振り下ろされる。それが瞬時に引き戻されて、2度3度と繰り返された。
「綺麗な動き・・・」
ジローの横で見ていたユキナが呟いた。ユキナもまた、短めの棒を握っていた。ミスズの次にテムジンと仕合うことになっているのだ。
ユキナの感想のとおり、テムジンの剣の動きは洗練されていて、凡そ無駄と言うものがなかった。そして、それを受けているミスズにとっては、剣圧もまた非凡であることが体感できていた。
だが、ミスズの剣技も非凡。短剣2本を自在に操ってテムジンの華麗な剣を防ぐ。同時に細かく移動して剣圧を直接受けないようにずらすことも忘れなかった。まともに受けてしまうと、その打撃で武器が破壊されてもおかしくないのだ。
テムジンは、ミスズの防御に驚嘆しながら、剣速を更に上げた。だが、ミスズも『時流』を発動し、それに対抗。そして、振り下ろしたテムジンの剣に2本の短剣を絡め、柄を使って刃を押さえると同時に、深く踏み込んで肘を叩き込む。
<浅いわ・・・>
テムジンを打った感触はあったが、軽めだった。テムジンは剣を放して後ろに飛んだのだ。そして、飛びながら背中の剣を抜き放つと同時に体がゆらっと揺れた。
必殺の突き。それは『時流』を発動したミスズであっても避けきれない速度で繰り出された。ましてや、ミスズの体勢は自分の攻撃によって崩れている。
「くっ」
2本の短剣をクロスして受け止めるのが精一杯だった。そして、破壊力のあるテムジンの突きにより、短剣は根元から砕けたのである。
「其処までです。姉様、次は私が行きます」
テムジンは剣を引いた。ミスズはまいったなという表情を浮かべつつ、ユキナと交代し、ジロー達の元に歩いていった。
「惜しかったな」
「いえ、完敗です。まだまだ修行が足りないですね、もっと頑張らないと」
ミスズは清々しい表情でジローに告げた。だが、その漆黒の瞳の奥に、悔しさの炎が灯っていることは、誰もがわかっていた。
「このぉ、強がり言っちゃって。でも、それがミスズだしね」
アイラがミスズの黒髪をくしゃくしゃっと撫でる。ミスズは苦笑しながらアイラに身体を預けて、豊満な胸の間に顔を埋めた。
「ちょっとだけ・・・」
「よしよし」
アイラの胸でミスズは少しだけ涙を零した。
ユキナとテムジンの戦いは、周囲の兵士達が感激する程の名勝負となっていた。
テムジンの剣の動きが華麗とすれば、ユキナの棒の動きは秀逸、まるで美しい剣舞を見ているような感覚を周囲の兵士達は感じていた。
テムジンの剣をユキナの棒が弾き、そのまま次の攻撃に繋げる。その棒をまたテムジンの剣が防ぎ、次の攻撃が繰り出される。十合、二十合、三十合と全く互角の闘いが続く。と、テムジンが後ろに飛びながら剣を両手に構えた。身体が陽炎を纏ったようにぶれて見える。その瞬間、突きがユキナに向かった。
だが、ユキナはその突きをただ待ったりはしなかった。テムジンが引くと同時に、棒を構えなおして、同じく瞬速の突きを飛ばしたのである。
ガシッーイィィィィンンンン。
テムジンの剣先とユキナの棒の先端がぶつかり合う音が大広間中に響いた。そして、2人の得物、テムジンの剣とユキナの棒は、棒の先端に剣が突き刺さった状態で止まっていた。
「引き分けだな、これは」
ジローはそう言うと2人に近寄って行った。2人共、ジローの意見に素直に従い、武器を放した。剣が刺さったままの棒が床に落ちてカランと音を立てた。
「ユキナ、よくやった」
「はい、ありがとうございます」
ユキナはジローに頭を下げると愛嬢達の元へ歩いていった。そこでは、元気を取り戻したミスズが笑みを湛えながらユキナを迎えていた。
「さて、武器を揃えたら始めるか」
「ええ」
テムジンは2本の剣を取りに行き、再び戻ってきた。
「では、お願いします」
テムジンは、柄にもなく緊張していた。いや、緊張というよりも、ジローと再び会いまみえてこうして剣を合わせられるということに対して、喜びの感情を制御しきれなくなっていたのだ。
ジローもまた、テムジンの達人を超える剣技の冴えを目の当たりにして、かつてセロの町で戦った時によく勝てたものだと内心、胸を撫で下ろしていた。あの時のテムジンは自分の剣技に陶酔して若干の自惚れがあった、その隙を上手くついた勝利だったが、今のテムジンは純然とした強さが滲み出ている。
「いくぞ!」
ジローは剣を両手で正眼に構えた。
テムジンが打ってくるのを剣で弾く。だが、テムジンの剣はユキナとの戦いの時よりも更にバリエーションを増して、冴えに冴えた剣の動きが、次々と襲いかかって来た。
だが、ジローはその全ての動きを、まるで予知したかのように防いでいく。このときのジローは『時流』の他にもう一つの能力に目覚めていたのである。それは、白虎の神殿で得た『鬼眼』であった。『鬼眼』は守りの能力、即ち自分の周囲に制空圏を作り出し、そこに入ってくる物理的な攻撃を無意識で感じ、打ち払う力なのだ。
テムジンは剣撃がいなされるのに焦れて突きを放つが、隙を見せないジローにまたしても弾かれ、再び対峙。
しかし、ジローもテムジンを見て思っていた。
<隙がほとんどないな・・・>
ジローはならばと、剣をいなし損ねた振りをして僅かに構えを崩す。テムジンはそれを隙と捉え、剣を両手に握ってそのまま突きの体制に入った。
今まで見せていた一旦引いて、その蹴り足を使った必殺の突きとは違い、その場で全身の筋力を一瞬に全開して作り出したその突きは、必殺の突き並みの速度でジローに襲い掛かった。
だが、ジローの『時流』は本家本元。ミスズの倍は時間を遅く出来るのだ。その力をもってすれば、テムジンの奥義とも言えるその突きを避けつつ、奥義を放ったことによって出来た僅かな隙を逃さず、すれ違いざまにわき腹を打つことが可能だった。
見物している神官兵士達にとっては、一瞬の出来事のように見えた。ジローが隙を作り、テムジンが奥義を放ち、2人が交錯した。観衆が思わず固唾を呑み、静かに見つめたその瞬間、テムジンが膝をつき、剣が床に突き立った。
ベザテードは自分の使徒であるグレイが倒されたことを知り、軽い驚きを覚えた。彼ら狼人間は、人間の数倍から数十倍の筋力、体力を持ち、魔界の住人としての異能力も持つ。その中でも彼は第2世代と呼ばれる真狼、真の狼人間であり、第3世代の半狼達を自分の使徒として作り出すことが出来る力を有していた。但し、魔力には限りがあるので、作り出せる使徒の数は限定されているのだが。
しかし、半狼と言えども筋力は人間の7倍以上、破魔の武器でもなければ殆ど傷つくこともない頑強な身体を持っている。時にはグレイの『魅了』のような異能力を持つものもある。その使徒があっさり倒されたのは意外といえば意外である。
<やはり、神殿だけあって侮れないですね。神殿自体に魔法の結界が掛けられているという噂は本当でしたか。となると、破魔の武器があってもおかしくないですね・・・>
ベザテードはそう思いながら、直ぐに次の手を打つことにした。残っている半狼、副官と5人の隊長達を使って、どうすれば効果的に神殿を支配できるか考えていた。
ベザテードが何故神殿にこだわるのかと言えば、神殿に祭られている『月の石』を手に入れるためである。『月の石』は狼人間である彼にとっては無尽蔵なエネルギーの供給源となり、かつ狼人間の能力をアップさせることを可能にするものである。これを手に入れればベザテードの力は第1世代の方々にも比肩でき、限界のあった半狼の生産も際限なくできる筈なのだ。
<『月の石』さえ手に入れば、私はワトスンよりも上に立ち、我が主の一番の僕となれる筈です。そうなれば、こんな辺境ではなく王都に戻り、ワトスンを意のままに・・・>
魔物となったベザテードの思考は、今までの実績よりも力がある者が他よりも優位、優位な者は下位の者を自由に出来るというものに変わっていた。先のことを考えると思わず顔がにやけるが、すぐに考えることを元に戻す。
<こうなるとは、『魅了』をもつ使徒を亡くしたのは失敗でしたね。兵士達を利用するのは都合がよかったのですが・・・。余り住人たちに騒がれて噂が立つのは得策ではないのですし・・・。仕方ないですね・・・。やはり彼らを使いましょうか>
彼らとは、第4世代と呼ばれる狼魔達のことである。半狼と同じくベザテードが生みの親なのだが、半狼は直接血管に真狼の血を取り込ませることで作り出され、人魔としての知恵を持っているのに対して、狼魔は真狼の血を媒体にした『変化』を受けて作り出され、人間としての意識は殆どなくなり、ただ純粋な魔物と化す。
ベザテードはこの『変化』を凶悪な犯罪を犯して牢獄に繋がれている者達に対して施し、多数の狼魔を得ていた。『変化』は、何かに対する強い思いを持った者ほど効果があり、囚人の生や自由という強い思いを利用したのだ。
<ただ、単なる破壊と殺戮のみを好む魔物は私の趣味とは外れますので、少しは言うことを聞くように調教が必要ですね。住民を無闇に襲われても困りますし・・・>
慌しい1日が過ぎ、夜になった。グレイが神殿を襲ったのが一昨日の夕方、翌日はテムジンとの立会いや武器庫で『聖印』付与、その他の後始末に忙殺されたため、食事を済ませたのがもうすぐ日付が変わる直前だった。しかし、疲れを癒すために早く休むという常識はジロー達には通用しないようだった。
「やっぱ、食欲の後は性欲よね」
寝室に入るやいなやアイラはそう言うとぱぱっと服を脱ぎ捨てた。締まった身体に美しく張り出した双乳がぶるんと揺れる。
「お姉さま、とっても綺麗・・・」
ミスズとルナがうっとりとその裸身を見つめながら、服を脱いでいく。ジローに開発されて女の色気をまとった熟れた裸身がジローの欲情を誘う。
「ご主人様ぁ。レイリアもご奉仕したいですぅ・・・」
みずみずしい身体に淫らな空気を纏わせて、欲情した瞳を潤ませたレイリアがうったえる。
そして、同い年の2人。ユキナとイェスイも恥じらいの表情を浮かべながら初々しい裸体をジローに向けていた。
ジローも全く依存はなかった。幸い、部屋のベッドは全員が乗っても大丈夫な大きさと強度を持っているようだ。
「よし、レイリア、ユキナ、イェスイ。ここに来て俺のを舐めてくれ。ルナとミスズは両側、アイラは背中から抱きしめてくれ」
6人の愛嬢達は仁王立ちするジローに近づき、それぞれのポジションでジローに貼り付く。背中でアイラが弾力のある双乳を密着させながらジローの耳を舐め、左右のルナとミスズはジローの腕を両乳房で挟みながら、交互にジローの口を吸っている。
そして、足元にはレイリア、ユキナ、イェスイの3人がジローの肉棒を分け合うように舐めあう。一人が先端を舐めると残りは横笛を吹くように舌を這わせ、互いに場所を代わりながら、時には交代で咥え、ジローに快楽奉仕を続けていた。
ジローは余りの気持ちよさに、そのまま出すことにした。開いた口から出た舌の上に肉棒の先端を置いて射精する。ピンク色の舌の上に白濁した液体が飛び散った。その後、3人の愛嬢達はうっとりとしながら互いの舌を求め合い、精液と3人の唾液が交じり合った液体を口移しで交換し合い、恍惚の表情を浮かべながら呑み下していった。
7人はベッドに移動し、愛嬢達は一度射精した後も堅さを失わない剛直を跨いで、交代で繋がった。その時点で全員の性器には溢れる程の愛液が分泌していたため、ジローの形をすっかりと覚えた膣壁はすんなりと滾った肉棒を受け入れていた。
丁度、その時は3周目のルナが騎乗位でジローからの快感を貪っていたところだった。ぞわっとする『気』を感じたジローがルナを見ると、今まで快楽を享受していた筈の顔が、真顔に戻っている。
<ジロー様>
今まで喘いでいたせいで声が出せなかったのであろう。心で連絡して来た。
<気付いたか。ルナ。何か嫌な『気』を感じる>
<はい。とても邪悪な『気』を感じます・・・>
<ジロー様。ルナ様。この『気』は・・・>
イェスイも真顔に戻っていた。3人の様子に気付いた残りの愛嬢達も、ジロー達から何か言われるのを待っている様子だ。
ジローはルナと繋がったまま身体を起こした。そして、告げる。
「魔物がまたこの神殿に侵入したらしい。それも結構な数がいそうだ」
「わかった。ジロー。早くやっつけちゃおう」
アイラの言葉に全員が頷く。
「まったく、こんな時に来るなんて、ただでは済まさないわよ」
<次は私の番だったのに・・・>
ミスズの心の呟きが、何となく判ったジローだった。
神殿の大広間に狼魔が溢れていた。その数約百。狼魔達の中央付近にひと際大きい姿が二つ。狼魔達を率いている半狼である。
神官兵士は、昨日の戦いで半数以上が傷つき倒れていたが、残ったものは勇気を振り絞って広間の奥に通じる廊下の前で陣取っている。テムジンの指揮によるものだった。昨日の戦いと、ジロー達との試合を見た神官兵士達は、いつのまにかテムジンを自分達の隊長の様に敬い、テムジンの指揮に入って戦うのが当然のような態度を示していた。そして、テムジン自身もそれを受け入れた。実を言うと、ノルマンド神官長からも内々で警備隊長を受けてくれないかと打診されていたのである。
テムジンは昨日と同じく右手と背中に2本の剣を備えていた。違うのは、その剣の刃が淡い光を帯びていること。それは、神官兵士達の武器も同じ手、槍や刀、そして鎧までもが聖なる光を帯びている。
昼間にユキナが発動した『聖印』によって弱いながらも破魔の力が宿っているのだ。但し、テムジンの剣だけはジローに言われたルナが『聖印』を一本ずつ宿したものなので、輝きも強く、破魔の力も強力だった。
狼魔の攻撃は、何度が繰り返されていたが、今回はこちらの武器が効いていた。しかし、相手は人間よりも強い魔物であり、かろうじて同等という域を出ていない。
「ヒルムナ、行ケ!」
半狼の一人ブルが口から涎を垂らしながら命令した。隣に居るもう一人の半狼レットも自らの足で狼魔の背中を押す。
グガァァァァ・・・
何度目かの突撃であった。ただ、闇雲に突っ込んで来るだけなので、今までは神官兵士達の槍衾で止められていたのだが、今回は魔物の生命力を使って来た。即ち、槍に突かれても、ものともせずに押し寄せたのだ。最前列の数体が串刺しになると、その狼魔の身体を乗り越えて襲い掛かってくる。
「下がれ!」
テムジンの号令に、神官兵士達は槍を手放して狼魔から逃れる。追いかける狼魔達の相手は、テムジンと刀剣に自信がある神官兵士3人が受け持った。幸い、廊下は狼魔が横に4、5体しか入れない程度だった。
「来い!」
テムジンが気合と共に剣を構えると、狼魔は先には鋭い爪を持った毛むくじゃらの腕で打ちかかってくる。
一閃。テムジンに襲い掛かった腕がその寸前でずずっと垂直に落下する。腕を落とされた狼魔は痛みに吼えながら再び反対の腕と体で襲い掛かった。再びテムジンの剣が一閃し、狼魔は頭から真っ二つに切り裂かれた。
<よし、これならいける>
テムジンは次の狼魔を倒しながら、廻りの様子を確認した。3人の神官兵士は刀剣が得意というだけあってそれなりに善戦している。
しかし、魔物達の数が多かった。槍衾で倒したのが10体程、テムジン達が倒したのが10数体。まだ4倍近い相手が残っている。こうなると、体力勝負であり、人間では分が悪かった。
神官兵士の一人が狼魔の攻撃を支えきれず、爪の一撃をくらって倒れた。他の2人もそろそろ体力の限界に近いようだ。明らかに息が上がっている。
「2人共、下がれ。命を無駄にするな」
テムジンはそう言いつつ、先ほど神官兵士を手に掛けた狼魔を屠っていた。
<まだまだ!>
自分に自分で気合を入れつつ、テムジンは剣を振るった。不利ではあったが、負けるような気はしなかった。そして、その予感を肯定するかのように、その背中から、足音が近づいて来てくるのがわかった。
「遅くなってすまない」
ジローの一言が暖かくテムジンに染みた。生き残る予感が確信に変わった瞬間でもあった。そう、そのくらいジロー達の援軍は凄かったのだ。
ミスズが玄武坤を振るって狼魔を引き裂き、ユキナは白虎鎗から三叉の穂先を具現して次々と狼魔を突き倒す。封印の武具を振るうミスズとユキナを始めて見たテムジンは、仕合の結果は全くの偶然だったと思いを改めたのだった。
ジローはルナに『授与』を付与してもらった刀を縦横無尽に振るって狼魔を次々と屠っていく。その後ろからルナとレイリアがそれぞれ水の指輪と風の髪飾りを使って水の矢と風の弾を飛ばす。イェスイは樹海の杖のレプリカを使って狼魔達の足を拘束し、動けなくする。そして、アイラはルナ達を守りながら、ジローとテムジンの背後を抜けてくる狼魔をナイフで切り裂いていた。
ジローはある程度狼魔の数が減ったことを見て、ミスズとユキナに合図をする。廊下から大広間の入口付近まで突出して戦っていた2人がジローの元へ、そして、いつの間にか背後をアイラが固めたのを確認すると、2体の精霊を呼び出す。
「は〜い。ご主人様ぁ」
「主。呼んだか」
ノームとシルフィードが出現した。
「ノーム。大広間を結界で覆ってくれ。シルフィード。その後で残りの魔物を引き裂いてくれ」
「わかりましたぁ〜」
「承知」
次の瞬間、大広間の中に竜巻が発生した。生き残っていた狼魔達がその渦に飲まれていく。その竜巻は、天井付近まで立ち上って止まっている。神殿の天井を抜くわけには行かないので、ノームの結界が張られ、効果範囲を限定しているのだ。
グギャアァァァァ!
魔物達の悲鳴が段々と途絶えたのを確認するとジローはシルフィードに命じて竜巻を止めた。大広間には動かなくなった狼魔が散乱している。既に息絶えているようだ。しかし、その中で2体、まだ動けるものがあった。
半狼のブルとレットである。彼らは凄まじい空気の渦に舞い上げられずに耐えたのであった。そして、怒りを湛えた眼をジローに向けてくる。
「キ、サ、マ・・・」
近づいて来ようとする2体の魔物に、ミスズとテムジンが一歩前に出て対峙した。
「あなた達が来なければ、次は私の番だったのに・・・」
明らかに怒っているミスズ。玄武坤を構えるやいなや、ついっと投げた。両手から離れた玄武坤が1枚はブルに向けて直進し、もう一枚は大きくカーブを描いて飛んでいく。
ブルはにやりと笑って正面から来る玄武坤を爪で受けて腕で弾き飛ばそうとした。もう一枚は投げ損じたものと思ったのだ。だが、玄武坤は封印の武具、ブルの爪がいかに鋭く丈夫であっても、バターをナイフで斬るように簡単に両断されて、そのままブルの身体にめり込む。そして、もう一枚の玄武坤は回転スピードを増しながら鮮やかな曲線を描きブルの首へ。
次の瞬間、ブルの首は胴体と離れ、その胴体も真っ二つに裂かれていた。
グガァァァァ、ブッ
その横ではテムジンの剣がレットの口から首の後ろに突き出ていた。グレイの時はここから反撃されたのだか、『聖印』を印加された武器はレットに致命傷を与えていた。
こうして、魔物による襲撃は再び撃退されたのである。