ドレアム戦記

第二編 朱青風雲編 第4話

 あたし、シャオン。朱雀地方最大の盗賊団『紅の旅団』に所属する盗賊よ。盗賊の腕は、まあ、かなりのもんかな。『紅の疾風』という通り名も貰っているし。
 でも、最近ついてないっていうか、デゲムで赤い珠を手に入れたまでは良かったんだけど、その後はオクタスの討伐隊にアジトが襲撃されて『紅の旅団』が壊滅しちゃうし、その時にあたしの親父−育ての親なんだけど、よく面倒みてくれて、あたしに盗賊の素質があるっていろいろ教えてくれたんだ−も殺されちゃうし。
 それで、せめて一泡吹かせてやろうとオクタスに忍び込んだまではよかったんだけど、見つかって追われることに。まあ、見つかっても逃げる自信はあったのよね。相手が人間なら・・・。
 そう、オクタスの討伐隊の隊長っていうのが、魔物だったのよ。もともとごつい身体つきだとは思ったけど、全身から剛毛がもじゃもじゃ生えてきてまるで熊。でも、それだけじゃなくて、熊のような身体から刃物がにょきにょきとたくさん突き出して・・・。
とにかく、あたしは夢中になってオクタスから逃げて、いつものとおり潅木の草原を隠れ蓑にして離れていこうとした。でも、連中はしつこく追っかけて来たのよ。さすがに片目の隊長はこなかったけど、配下の討伐隊の連中が数人。で、そいつらも魔物。逃げ足には自信のあったさすがのあたしも、もうだめかと何回も思ったわ。で、結局南の樹林の中まで行く羽目になっちゃった。
 連中から何とか逃れてほっとしたのも束の間、今度は『迷いの森』に入り込んで危うく大木の栄養になるとこだった。あたしは、『迷いの森』なんて単なる迷信だと思ってたから、本当にあるなんて面食らったけど、フレイアが居てくれたおかげで大木を燃やして脱出することができたの。
 えっと、フレイアの話が出たから紹介するね。フレイアはあたしが左手に付けている台座に宿っている火の精霊。あたしが物心付いた時にはもう一緒にいて、そのときからの付き合いだから、かれこれ20年以上は経っているかな。あたしにとっては幼馴染であり、とっても頼りになる相棒よ。
 話を戻して、『迷いの森』から出たら火の神殿が近くにあったの。親父は神殿には手を出すなと言ってたけど、あたしの盗賊マインドがむらむらと湧きあがって、お宝を求めて忍び込むことにした。最初はどうやっても入る方法が見つからなかったんだけど、フレイアが見つけてくれて侵入成功♪。
 神殿の中を探っていくと、ついにお宝はっけ〜ん。余りに簡単に見つかったので物足りなかったくらい。罠とかもっとあると思ったのにね。でもまあ、あたしに盗られるのを待っていてくれたんだから遠慮なくって・・・、盗れなかった。
 えっ、なになに、ってな具合でフレイアを召喚して手伝ってもらおうと思ったら、いきなり辺りの景色が変わって、フレイアの他にもう一人の火の精霊が現れたの。で、その後で私はそのイフリータという精霊にフレイア共々捕らえられてお宝−イフリータは炎の宝玉と言っていた−に閉じ込められちゃった。
 そういう訳で、あたしは今肉体の無い、精神だけの存在。肉体はイフリータに燃やされちゃったし。フレイアの話だと、このままず〜っとここにいると、あたしも火の精霊になっちゃうらしい。まあ、それもいいかなって・・・、でも・・・、ああ〜ん、もう、ついてないよ〜。
 仕方が無いので、あたしは知覚出来る範囲でいろいろ探ってみることにした。まあ、盗賊マインドの好奇心ってやつかな。それで判ったのが、あたしの精神が動ける範囲は今のところ神殿内に限定されているってことと、見ることは出来るけど音は聞こえないし、触ることも臭いを嗅ぐこともできないってこと。もちろん食べることも。まあ、こうなってからはお腹が空くって感覚もないし、別に気にならないからいいか・・・。

 あれから何日たったかな?
 もう時間の感覚もなくなっちゃったんでよく判らないけど、あたしはいつもの様に神殿の中を巡っていた。ここって結構いろいろな部屋があって何回巡ってもまだまだ飽きないのよね。そうそう、封印の部屋ってのがあって、そこの入口は魔法で封印されているの。一見単なる壁で、その横にはご大層にも扉まで作ってある。でも、この扉は元々壁を魔法でそう見せているだけなんで、どうやったって開けられないんだけど。えへっ、きっと盗賊泣かせよね。
 あれ、神殿の入口が開いたみたい。誰か神殿に入ってきた感じがする。お客さんかな?お客さんなんて、あたしがここに来てから初めてよ。どんな人達が来たのかな。早速いってみよっと・・・。
 おお、やっぱりお客さんだあ。男が1人と女が6人。ふむふむ、なかなかいい男じゃない。身体は締まっているし、顔もきりっとして目鼻立ちも・・・。うんうん、私好みかも。それから、女の方はと。先頭の赤毛が一番年上かな。痩身だけど出るものは出てる、色っぽい感じ。次がブロンドのお姫様っぽい人。髪がさらさらで手入れが行き届いてる、腰まであるのに。それに瞳の色が銀色?うわあ、なんか凄いものを見ているかも・・・。その横にいるのが黒髪と銀髪。2人共肩で切り揃えて、何か良く似てる。髪の色は違うけど姉妹かもね。でも、足の運びや洗練された動きを見る限り、2人共かなりの戦士と見たわ。その後ろにいるのが、うわぁ、可愛い。ウェーブの掛かった金髪に金色の瞳、お人形さんがそのまま抜け出してきたみたい。身体は銀髪の子より少し大きいくらいだけど、表情や雰囲気が何か可愛いとしか言いようが無いわ。はあ、はあ、はあ・・・、落ち着いて・・・。えっと最後の人は草色の髪を顔の両側に分けて纏めている。なんか、神秘的な雰囲気を持っているみたい。まあ、杖とローブのせいかも・・・。
 さてと、お客さん達はどこに行くのかな。お、封印の扉のある壁に向かった。よ〜し、ついてっちゃえ。
 ん?男と赤毛が壁を調べて何かしゃべっているみたい。へへん。その扉を開けようとしても無駄だよ〜、そこは壁だもんね。
 あれ、もう諦めたの?壁から離れて他の人に何か話してる。別の場所に行くのかな?もうちょっと追跡してみよっと。
 お客さん達は、大きなベッドのある部屋に入ったみたい。部屋の中で男が壁に作られていた魔方陣に近寄って、そこから棒みたいなものを抜いたけど、いったいあれは何だろう?剣の柄くらいの太さで長さはせいぜい手の平を広げたくらい。武器でもなさそうだし、う〜ん・・・。
 え?!・・・みんな、何してるの・・・?・・・そ、そんなところで服脱ぐなんて、お、男がそこにいるのに、恥ずかしくないの!って、お、男も脱いでる!!や、ゃあぁぁ・・・。
 
 ジローは6人の妻たちの裸体を鑑賞していた。それぞれの違いは確かにあるが、そのどれもが芸術作品のように美しく、心を和ませる。それと同時にジローの欲情を増大させ、彼の体内を巡る血流を加速させた。
 ジローはアイラを手招きした。今日はいつもと趣向を変えて、最初に一人ずつ抱きしめたいとジローが求めたのだ。
 アイラはジローのもとにゆっくりと歩み寄り、おもむろに抱き合い唇を重ねる。互いの啜りあう音が大きく漏れ、順番待ちをしている愛嬢達まで聞こえるほどの激しい抱擁。2人の手は互いの背中に廻され、胸と胸、腹と腹、下腹部までもが密着している。ジローの肉棒はアイラの両腿に挟まれた形で陰部に密着し、アイラのそこはしっとりと湿り気を帯びていた。
 やがてアイラは満足したようにジローから離れ、ベッドに登った。ジローは続いてルナを呼び、互いに抱きしめながら唇を貪りあった。ルナが終わると次はミスズ、ユキナ、レイリアと続き、最後がイェスイであった。
 全員を一人ずつ抱きしめたジローは、イェスイと共にベッドに上がりこむ。裸の愛嬢達は欲情した瞳を潤ませながらジローの言葉を待っていた。
「よし、今日はレイリアからだ」
「はい。ご主人さまぁ。ありがとうございますぅ〜」
 レイリアはジローの膝元ににじり寄ると豊かな乳房で肉棒を挟みこみ、透き通るような色の柔肉で肉棒を擦り始めた。乳房から出てきた先端部分もレイリアの口と舌で満遍なく愛撫する。
 ジローの肉棒が十分過ぎるほど怒張したのを確認すると、レイリアは身体をゆっくりと這い上がらせた。その過程で、ジローの腹から胸にかけての肌に、自分の乳首を触らせながら動くというサービスも忘れていなかった。
「ご主人さま。このまま行きますね・・・」

 あたし・・・、きっと今・・・、真っ赤になってると思う。あっ、でも肉体がないんだから、肉体があって、それを誰かが見たらってことだけど。
 あの男、は、裸になって6人の女性と次々に抱き合っていた。それも、物凄い密着の仕方で、キスもとっても長くて・・・。
 ひ、一人で6人の女性と関係を持つなんて、し、信じられない。・・・そ、そうよ、あの男。き、きっと、エロエロ魔人なんだ。・・・うん、そうに違いないわ。
 その内にみんなベッドに上がって、今は金髪の可愛い女の子が男に乗っかっている。ん〜、何してんのかな?ちょっと見に行ってみよ。
 き、きゃあ〜!☆□△#☆□△・・・。
 は、はぁ、はぁ、はぁ・・・、つ、繋がってるよぉ・・・、男のあれが女の子の中に入ってる・・・、のよ、ねぇ・・・。も、もしかして、これが・・・、セックス?あぁ〜、ど、どうしよ〜、あ、あたし、どうしたら・・・。
 すぅ〜、はぁ〜、すぅ〜。と、とにかく・・・、深呼吸して、落ち着かなくちゃ。ふぅ〜、すぅ〜、ふぅ〜。れ、冷静に現状を把握しなきゃ・・・、『紅の疾風』の名が泣いちゃう。まずは落ち着いて・・・。
あたしは少し観察することにした。恥ずかしくて顔から火が出そうだったけど。まず、あのエロエロ魔人の一行はセックスしている。これは、間違いない。でも何で、ここで?ううん、きっとエロエロ魔人が発情したに決まってる。じゃなきゃ、6人もの女をはべらしたりなんかしない筈よ。
 あれ、いつの間にか金髪の子じゃなくて、銀色の髪の子が今度はエロエロ魔人の下になっている。銀色の髪の子は何だか苦しそうに口を開いて喘いでいるみたい。あっ、エロエロ魔人の動きが早くなった。女の子はますます喘いで、何か叫んでいる・・・、でも、苦しそうと言うよりは顔も上気しているし、あれは、か、感じているの?き、気持ちいいの、かなぁ・・・、どんな感じなんだろ・・・って、べ、別に、あ、あたしがやられたいなんて思うわけないじゃない・・・、って、な、何考えてんの、あ〜、もう。
 エロエロ魔人の動きが止まった。銀髪の女の子は幸せそうな顔してる。やっぱ気持ちよかったのかなぁ・・・。あっ、エロエロ魔人が動いた。女の子の股間から男の人の、きゃあぁぁぁ・・・、その、なに、を抜いて、って、えぇぇぇぇぇぇ・・・、あんなに太いのが入ってたのぉ・・・?
 あっ、エロエロ魔人が何かを持っている。あれ、壁の魔方陣に刺さっていた棒みたいなものだ。え、銀髪の女の子の股間に持っていって・・・、き、きゃあ、な、何するのよ、や、やめてぇ・・・。
 棒は銀髪の女の子の股間、さっきまでエロエロ魔人の、その、なに、が入っていた場所に差し込まれたみたい。い、痛くないのかなぁ・・・。あっ、でも銀髪の子はちょっと動きがぎこちないけど平気そうにしている。よく見ると、金髪の女の子の股間にも同じものがあるみたい。

 あたしが、こうして見ていると言うことを知らずに、エロエロ魔人は次々と女の子達とセックスしていた。
 今、最後の6人目、赤毛の女性を相手にしている。この赤毛、積極的にエロエロ魔人の上で腰を動かしている。妖艶な顔って、きっとこんな顔を言うんだって思う。あたしから見てもぞくぞくしてきちゃいそうな表情で、きっとセックスを楽しんでいるんだ。でも、なんだろう・・・。羨ましい・・・、かなぁ・・・。
 エロエロ魔人が赤毛の腰を掴んで、動き始めた。赤毛の妖艶な表情が更に艶っぽくなって、快感を貪っているみたいに反応してる。まわりにいる5人の女の子達も、2人の傍で2人の痴態を眺めている。ていうか、何か感じているような表情何だけど・・・。
 金髪の女の子は草色の髪の子のおっぱいを揉んでいるし、隣では黒髪の女性がブロンドのお姫様のおっぱいを口に含んでいる。銀髪の子は黒髪の女性の背中から両手を前に廻して、黒髪の女性のおっぱいを揉んでいる。あぁぁ・・・、あたしもなんか、むずむずするよぉ・・・。
 エロエロ魔人と赤毛のセックスは、いよいよフィニッシュを迎えたみたい。さっきからみているんだけど、エロエロ魔人は自分の子種を女の子達の中に出してるのよね。あれって子供を授かるための儀式だと思ってたけど、何か、この人達を見ていると、楽しみのためにしてるような気がする・・・。
 赤毛は一回エロエロ魔人の上に倒れこんだあと、ゆっくりと身体を持ち上げた。エロエロ魔人は魔方陣に刺さっていた棒を右手に持って赤毛の股間に添えていく。赤毛が入っているものを抜いたら直ぐ入れる気なんだ、きっと。
 赤毛がエロエロ魔人のあれを抜いて、エロエロ魔人が棒を入れようとしている。入った・・・。
 えっ、な、何、何なの?この、光?・・・って、き、きゃあぁ・・・、ひっ、引っ張られるぅ・・・。
 あたしの見ていた景色が急にぐにゃって捻れて、渦巻きのように混じりあった。それどころか、あたしの自由が奪われるように、ぐんぐん引っ張られるような感じで、あたしは炎の宝珠の中に戻されてしまった。
「シャオン。身体に戻りましたね・・・」
 懐かしい声。これってフレイアの声だぁ・・・。あれっ?今まで音は聞こえなかったのに?どうして?
 あたしの目の前にフレイアが立っていた。で、あたしも・・・。えっ、や、やったぁ・・・。身体があるよ、うん。うん・・・。
 あたしは、自分の身体を確かめるように触った。うん、ちゃんと触覚も戻っている。服もあるし、左手の台座も。よかったぁ・・・。
「へぇ〜、あたしを呼び出すなんて、凄いじゃない・・・」
 背中の方から声が聞こえてあたしは振り向いた。するとそこには火の精霊イフリータが誰かとしゃべっている。誰だろう?丁度イフリータに重なって誰だかわからない。仕方なくあたしは、少し自分の位置をずらして、イフリータの相手を見、た・・・。
 え、ええぇ〜?そ、そこにいたのは、エロエロ魔人!!い、いったい、どうやってここに入ったの?
「じゃあ、契約しちゃう♪、あん、久っしぶりぃ・・・」
 イフリータは軽い口調でエロエロ魔人に近寄っていく。あたしには冷たく、恐そうに接したけど、きっとあれがイフリータの地なんだろうな。なんて思いながら、イフリータを見つめている。イフリータはエロエロ魔人に近寄ると、抱きついて口付けした。ね、何をしているの?まっ、まさか・・・。
 あたしの予想は当たった。エロエロ魔人とイフリータはセックスを始めたの。でも、さっき『契約』って言ってたから、きっとこれがそうなのかもしれない。
「シャオン。イフリータ様の結界が解けるようです」
 後ろからフレイアが云ってきた。うん、何となくあたしもそんな感じが分かる気がする。えっ?でも、そうなったら、あたしはどうなるの?
 あたしは、振り向いてフレイアにそう質問しようとした。その時、眩しい光の奔流が急に降り注ぎ、あたしの視界を奪う。その眩しさにあたしの意識も真っ白に染まっていく・・・。

「ジロー、この子、どうしようか?」
 アイラが見つめるベッドには、浅黒い肌の短い赤毛の女性が横たわっていた。歳の頃は20代前半といったところだろうか、呼吸は安定しているが深い眠りに落ちているようだった。
 彼女はジローがイフリータと契約を済ませて戻った時に、いきなりその場に現れたのである。ジロー達は最初魔物かと思ったが、ルナが魔物じゃないと保証した。ルナは月の神殿で銀の瞳を得て以来、『聖探索』を使って魔物を見分けることが出来るようになっていたから、ルナの保証は間違いなく信用できる。
 怪訝に思ったジローは、タイミングから考えてイフリータを呼び出して聞いてみることにし、ようやく彼女が神殿に入り込んだ盗賊だと知ったのだった。
「この神殿に一人で置いていく訳にもいかないだろうな」
「そうね。目覚めてくれるといいんだけど・・・」
 既に彼女は丸2日眠ったままだった。呼吸の安定加減から言って、普通に深い眠りに落ちているといった感じである。もちろん、夢魔の時のように魔物に憑かれているというような可能性もなくはなかったが、どちらかというと疲れて爆睡しているというのが妥当な表現だろうか。
「う、う〜ん・・・」
「ジロー様」
「ああ」
 ベッドの傍て彼女を見ていたイェスイに促されて、ジローは彼女の傍に近寄る。と、彼女の目蓋がパッチリと開いた。その奥にある緋色の瞳に精気が宿る。
<えっ、何・・・?>
 シャオンは自分の目に映った光景を咄嗟に理解しようとした。盗賊を生業としている身としては、寝込みを襲われるのは最悪であり、どんな状況でも直ぐに行動できるように幼い頃から鍛えられてきたのだ。
<あたし・・・、ベッドに寝ていたみたいね。周りには草色の髪の女の子とブロンドの女性、あっと、草色の子は誰かを呼んだみたい。他にも何人かいるみたいね。でも、今居る2人なら逃げられる>
 シャオンは右手をそっと左手首に這わせ、そこに台座が装着されていることで安堵しながら、すうっと息を吸い込んだ。
<いまだ!>
 ジローがベッドに近寄ろうとした僅かの間に、彼女はベッドから飛び起きて入口に向かってジャンプした。
「きゃあ!」
 ルナとイェスイから驚きの声が漏れる。一瞬の硬直感が室内に居る彼女以外の全員に広がった。
 その隙を逃すシャオンではなかった。幸い、精神体でいたときに神殿の内部については熟知しており、今いる部屋の出口がどこにあるかは確認しなくても知っている。
<とにかく、先ずは逃げる!>
 シャオンは出口に一直線に向かった。ほんの刹那の隙を最大限利用して。しかし、最後の最後にツキがなかった。シャオンが出口に差し掛かった丁度その時、扉の外から黒髪の美女が入ってきたのだ。
 黒髪の美女−ミスズは、状況について理解する間もなく無意識に身体が反応し、逃げ出そうとしたシャオンを取り押さえる格好になった。もちろん、シャオンもおとなしく捕まるつもりは毛頭無かったが、いかんせん、武術についてはミスズの方が秀でていた。さらに、ジローから伝播された『時流』が発動した時点で、シャオンがどうあがいても結果は同じだった。結局、シャオンはミスズに取り押さえられてすごすごとジロー達の前に戻ることになったのである。

 シャオンは不承不承といった風でジロー達と面していた。ベッドの部屋の隣にある応接室のテーブルを挟んで皆がそれぞれの席についている。シャオンの正面にジローとルナ、右横にアイラ、左側にレイリアとイェスイ、後ろにはミスズとユキナという配置である。
 最初に、自己紹介ということで切り出したのはジローだった。自分と愛嬢達の名前を簡単にする。
「シャオン・・・」
 仕方なく、と言った感じでシャオンは自分の名を告げた。内心では穏やかではない気持ちを隠すため、極力目を合わさないように視線を背けている。
「シャオン、イフリータの結界に閉じ込められていたみたいだけど、出れてよかったな」
 ジローはルナ程ではないが『心蝕』の力でシャオンの感情を読み取ることができる。シャオンがもの凄く居心地が悪い感情を持っていることを理解した上で、言葉を選んだ。
 だがシャオンは無言。ジローも言葉に詰まった。重苦しい空気が辺りを包む。だが、一人だけ、それをものともせず打破したのはレイリアだった。
「シャオンお姉さま。お姉さまの左手に着けているの、見せてくださぁい」
 無邪気な発言に、シャオンはレイリアに顔を向ける。そして、きらきらとした笑顔に当てられたのか思わず頷いてしまった。
<うっ、この笑顔は反則よ・・・>
 にこにこと見つめるレイリアの視線に耐えられなくなり、仕方なくシャオンは左手の台座を手首から外しておずおずとレイリアに差し出した。
 レイリアは、お礼を言って台座を受け取ると、それをじっくりと見つめた。そして、台座の裏に文字が刻まれていることを発見した。
「えっとぉ・・・、『封印の装具、火の御守を烈火のマリーに託し、今後の人生の安寧を願う。火の神殿には、その核たる宝珠を鎮座させ神殿を必要とする者への道標を残す。九郎』って書いてありますぅ」
 読上げる言葉を聞いて、ジロー達は一斉にレイリアを見た。シャオンまでつられて見てしまう。レイリアは見られて嬉しいのかちょっと顔を赤らめていた。
「え、それ『封印の装具』なの?」
 アイラが席を立ち、レイリアの背後から覗き込む。
「うん、やっぱりそう書いてある。ジロー」
 その時、ルナは目を瞑ってシャオンの心の動きを追っていた。ルナの『心触』の力は、相手の思考を読み取ることだけではなく、深層意識まで触れることが出来るようになっていたのだ。
<ジロー様。シャオン様は決して悪い方ではありません>
<ああ、俺もそう思う。だが、『封印の装具』の持ち主とはな・・・>
 イェスイが心配そうな顔でジローを見ていた。彼女もまた、導く者イェスゲンとの融合により『心触』の力を開花させている。
 ジローはそんなイェスイに視線で頷き、ルナの頭をそっと撫でると、シャオンにあらためて対峙した。
「シャオン。この神殿は通常の手段では入れないと聞いているが、どうやって入った?」
「さ、さあ、ね・・・」
 暫しの沈黙。ジロー達はシャオンの次の言葉を黙ったまま待っていた。このまま黙っていようかとも思ったシャオンだったが、今は自分の立場が危ういのだ。
<温厚な紳士ぶっているけど、こいつはエロエロ魔人。余り逆らうと、きっとあんなことやこんなことをされちゃう・・・。仕方ない、ここはちょっと心証を良くしておこう>
「わっ、わかったわよ。確か、東の森側にある入口からよ」
 ジローは隣のルナが肯定するのを横目で確認した。心で会話してもいいのだが、他の愛嬢達にもシャオンが嘘を言っていないことを判ってもらうことが必要と思ったのだ。
「そうか。ありがとう。おかげで回り道をしなくてすみそうだ」
「ど、どうも・・・」
「ところで、シャオンは何処の出身だい?」
「ノベン・・・」
「神殿から約40カーミル程東にある都市だったと思います」
 ミスズが言った。ミスズはここ一日神殿の書庫で調べ物をしていたので、朱雀地方の地理にも詳しくなっていたのだ。
「ありがとう、ミスズ。で、シャオン。俺達はもう直ぐこの神殿を出なければならない。そうなるとシャオンを一人神殿には残して行けないから、君も一緒に神殿を出なければならないんだ。それで、シャオンさえよければ君の故郷のノベンまで送って行こう。それとも、この神殿の街に残りたいというなら神殿のアスビー大祭司にお願いすることもできるが・・・」
「い、いや・・・、あたしは、神殿から出れれば、おさらばするよ・・・」
「いや、そうもいかないんだ」
 ジローの顔つきが真剣になった。
「シャオン。君は知らないかもしれないが、朱雀地方に魔物が増えている。都市は外壁や兵士達で守られているから今のところは安全だが、最近は街道や荒地の辺りにまで出没するようになったらしい」
「そう、なん、だ・・・」
 シャオンはジローの雰囲気に圧されていた。魔物が増えたというのは、シャオンがイフリータの結界に囚われていた間のことらしい。まあ、フレイアという相棒がいるので多少の魔物ならどうにでもなる自信はあるが、とりあえず最初のうちだけは従ったほうがいいかもしれないと思っていた。
<途中で隙を見ていなくなればいいんだし・・・>
「わかった・・・」

 火の神殿は、火の神として鎮座していたイフリータが宿っていた炎の宝玉がなくなったせいか、ジロー達が退去しても自動的に扉が中から閉まるということはなかった。
ジローは大祭司アスビー達と話をし、神殿の中での出来事を簡単に説明した後、最近増えている魔物と今後発生するであろう魔界からの侵略に対しての対抗策を練ることにした。
アスビー、マシュウ、ラステルの神殿幹部3名は試練を経てジローに傾倒したらしく、顔を赤らめながらジローの話をうっとりと聞いていた。その姿は、ジローの声に酔っているかの様だった。そんな彼女達だけに、ジローの提案はすんなり受け入れられた。というか、従順に従ったと云う方が的を得ているのかもしれない。
ジローとしても、自分とかかわりのできた人達をそのまま危険地帯に放置することは忍びなく、自分達がここを離れても神殿やマリの村を守れるように手を打っておきたかったのだ。
その対抗策とは、神殿の街の北側に炎の結界を布設できるようにすることだった。神殿に安置されてた像や器具を数箇所に配置し、それらが構成する線上に結界を出現させようというものである。
像や器具には、星型や四角、三角などの赤い宝石が嵌め込まれていた。それらの宝石にはイフリータの結界に囚われた結果、眷属の精霊となった者達が1体ずつ封じられており、彼ら火の精霊達の力を借りることにより炎の結界を作り出すことができる。
但し、一度結界を作るとイフリータ−それを召喚することができるジロー−でなければ結界を解除することができないため、結界は魔界の者達に攻め込まれる等の危機的な状況に陥った時の最後の手段として用いることにした。
こうして結界を作るかどうかの判断はアスビー達3人に委ね、結界を作るための装具をアスビーに手渡した後、ジロー達は火の神殿を後にしたのである。

 ジロー達は、神殿の街の北側から街道に出る道ではなく、東側の神殿内部から『迷いの森』に抜けるルートを進んでいた。
 何故なら、ノベンには寄らないことになったから。
 その原因はシャオンだった。シャオンはジロー達が行こうとしている場所がオクタスであると知り、急に着いていくと言い始めたのである。
 もちろんジロー達は断った。オクタスを目指すのは次の神殿である森の神殿への手掛かりがそこにあるからなのだが、多分今までの経験上何らかの危険が待ち構えている可能性が高く、自分と運命共同体の愛嬢達以外の者を巻き込みたくはなかったのである。
 しかし、シャオンは粘る。オクタスの城に忍び込んだ経験と、オクタスの魔物の情報、オクタスのアジトの存在、更には盗賊としての技能の必要性などを並べ、最後は『皆とここで別れる。でも、ついていくのはあたしの勝手』とまで言う始末。結局ジローが根負けした形で一緒に行動することになった。
 ところで、シャオンはジローとの肉体関係は持たなかった。ジローは泊まる時は必ず愛嬢の誰か、時には2人の愛嬢と同じテントで寝ていたが、シャオンは内心穏やかではないものの少し離れた場所で休むようにし、自分が被害を受けない限りはエロエロ魔人の悪行には眼をつぶることにしたのである。
 『迷いの森』は以前シャオンが逃走してきた時に比べて、危険に満ちていた。元々『迷いの森』の結界に迷い込むことだけが危険だったはずだが、いつの間に増えたのか、魔物がわんさかいる。
 ジロー達はしかし、その魔物達の襲撃を余裕で撃退していた。ルナが月の神殿で得た神聖魔法『聖探索』により魔物の位置は容易に把握でき、それをジロー達が武器や魔法で次々と倒していくという、まるでロールプレイングゲームの雑魚キャラとの闘いのようだった。
 しかし、その姿を目の当たりに見たシャオンはというと、ジロー達一行の強さに仰天していた。シャオン自身もフレイアと一緒に魔物と闘ったことはあるが、シャオンのナイフでは魔物に僅かな傷を負わせるのが精一杯で、フレイアの力がなければとっくに屍になっていた筈。ところが、ジローの愛嬢、ミスズとユキナが使う武器は魔物を軽々と引き裂き、牝豹のようなアイラが振るうナイフは火の魔法を印加されて魔物を倒し、精霊の力を印加したジローの刀は魔物を粉砕した。そして、ルナ、レイリア、イェスイの3人は神聖魔法、水の魔法、風の魔法、木(雷)の魔法を駆使して、ある時は魔法攻撃、ある時は前衛部隊のサポートと幅広く活躍していた。
<でも、一番凄いのは・・・、エロエロ魔人・・・、ジローよね>
 シャオンはジローがイフリータだけでなく、ウンディーネ、ノーム、シルフィードの4人の大精霊と契約を交わしていることを知り、驚きを隠せなかった。そればかりか、剣士としての腕はどう見ても達人レベルを超えている。
<最初は、信じられなかったけど・・・>
 ジローの戦いを目の当たりにしたシャオン。彼女の瞳に映ったジローの姿は、超人のようにも思え、その強さに憧憬の情が湧いてくるような気がした。
<ジロー達なら、仇を討ってくれるかもしれない・・・。で、でも、ジローはエロエロ魔人だし・・・>
 ジローが愛嬢達といちゃいちゃする場面をシャオンは何度も見た。といっても、ジロー達もシャオンを気にして、見えるところでの過激な行動は避けたのだが。でも、シャオンにとってはジローがルナの髪をさわったり、アイラの膝枕で休んだり、レイリアが無邪気に抱きついたりという行為だけで、充分いちゃいちゃしているように見えたのだ。
<う、なんだろう。ちょっとどきどきする・・・>
 シャオンはジローと愛嬢のスキンシップの場面を思い出しながら、自分の中に芽生えた感情に戸惑っていた。身体が熱くなるような、心がじんじんしてくるような感覚。盗賊団という男社会で団長の娘として育てられたためか、今まで経験したこと無いそんな気持ちがシャオンの中に生まれ、渦を巻き始めたのであった。

「あれがオクタスか。禍々しい『気』を感じるな」
「はい。かなりの数の魔物が都市の中にいるようです。ただその場所は都市の奥の方角、城の方に集中しています。その中にはレベルの高い魔物も・・・」
 ルナは『聖探索』を放った結果をジロー達に告げた。都市全体を探索したため漠然とした結果しか得られてはいなかったが、特に強く感じる魔物、即ちレベルの高い魔物の存在があることだけは察知出来たのである。
「ああ、いままでの『はぐれ魔物』とは違って、ある程度統制された奴らと考えた方がいいだろう。ベザテードの時のようにな」
「ベザテードクラスの魔物はいるのでしょうか」
「いる。と考えていた方がいいですね」
 ユキナの問いにミスズが答えた。2人共、今度は前回のようにはならないと心で気合を入れているようだった。
「それよりも、どうやって中に入るかを考えなきゃね。城に行く前に、まず市街に入らないと。あたし達ってば、どう見てもこの辺の人間じゃないとばれちゃうから、昼間堂々とってわけはいかないしねぇ」
 アイラはそう呟き、シャオンを見た。
「そうだシャオ。あなた前に忍び込んだって言ったわね。いい方法があったら教えてくれない?」
 アイラは相談するように語りかけた。神殿からここまでの間に、シャオンも愛嬢達と随分打ち解けるようになっていたのだ。ただ、ジローとだけは距離を置いていたが。
「うん。前にあたしが忍び込んだ時は市民のふりして正門から堂々と入ったけど。今よりも警戒も厳しくなかったしね。検問なんてしてなかったし」
 そう言って、彼方の正門を草の間から覗く。正門には門衛が4人張り付いて、通る人々を厳重に確認している様子が見て取れた。
「あたしが片目の魔物に追われて脱出したときは、壁伝いに逃げたんだけど・・・」
 そう言って右側の壁を見た。市街地の奥の城から高い外壁が都市全体を覆っている。城の中に入るためのルートとしては使えそうだが、今はまず市街地に入ることが最優先だった。
「外壁に降りる階段のような出っ張りがあった筈だけど、なにしろ夢中だったから・・・」
「ありがとう。シャオン」
 ジローの言葉にシャオンは戸惑いながら黙り込んだ。
「外壁を使って城に入ることも魅力的だが、とりあえず市街地に入らないとな・・・」
 ジローの次の言葉を皆が待っていた。
「やっぱ、夜になったら正面突破だな」
「はい」
「やっぱりねぇ〜」
「わかりました」
「腕がなります」
「はい。ご主人さま」
「わ、わたしも頑張ります・・・」
「うん、わかった」
「では、作戦を・・・」
 全員の賛同を確認した後、ジローが作戦を発案し、ミスズが細かな修正を加える形で作戦が練られた。簡単に言うと、夜陰に紛れて都市に侵入、オクタス市街地にあるシャオンのアジトを目指すというものだった。

 夜の帳が降り、人通りも全く無くなった道。オクタスの正門は最小限の開門状態で夜を過ごしていた。本来ならば、完全に閉ざしてしまえば警備上万全なのではあるが、オクタスの新たな支配者であるキャンサの命により門は一日を通して開いていた。
キャンサは、セントアース帝国から派遣されたハデス皇太子の側近の一人で、優秀だが、自信過剰であり自分より能力の低いものを見下す一面を持っていた。彼の中では朱雀地方は尊敬するハデス皇太子に征服された土地であり、その住人たちは征服者より劣る存在。故に、通常と同じ警備はするものの、夜だからと言って城門を閉じるなどという過剰な警備を引くことは彼のプライドが許さなかったのである。
 正門の警備には4人の兵士が詰めていた。だが、誰も来るはずのない場所を警護するのは退屈である。当然ながら、多少の緩み、まったりとした空気が兵士達を包んでいた。そんな兵士達の一人がふと、闇の中に浮かぶ明かりを見つけた。明かりはぼうっと滲んだように闇を照らし、ふわふわと漂いながら近づいてくる。
「ん?何だ・・・?」
 兵士の一言に他の兵士も反応し、8つの眼がそれを見つめた。そして、見つめているうちにそれから眼が離せなくなっていたが、それに気付いた者はいなかった。
「かかりました」
 イェスイがほっとしたような表情でそう告げた。アイラが労いの気持ちを込めてイェスイの草色の髪を撫でる。
「よくやったね。イェスイ。さあ、皆今の内に行くよ」
 8つの影が街道に躍り出た。そのまま大きな音を立てないように注意して正門に近づく。そして、虚ろな表情の兵士達の横をすり抜け、市街の闇に紛れ込んで行った。
 兵士達が見つめていた光は暫くするとだんだんと薄くなって消えていった。そして、光が消えると、兵士達は何事もなかったように元の警備に戻る。
 イェスイが使ったのは木の精霊魔法の中級魔法である『幻影』、近くの雑木の枝に木の生命力で光を灯すものである。人魂に近いその明かりは見たものを幻に包まれたような状態に導き、それ以外のものを知覚する能力が極端に低下するのだ。故に、兵士達はジロー達が正門を通り抜けたことは全く知る由もなかったのである。
 ジロー達は正門を抜けると、シャオンに導かれるようにして夜の帳の降りた町中を移動していた。正門の大通りからはとうに外れ、明りの消えた住宅街の中を息を殺しながら進んでいく。
 そして、とある家の前まで来ると、シャオンは立ち止まり静かに門を開ける。
「さっ、こっちこっち。音を立てないように入ってね」
 シャオンの手招きに、ジローと愛嬢達は無言で頷き、そおっと家の門を通って庭に進んだ。庭の脇には平屋造りの建物があったが、暗がりの中でよく見るとその家は既に廃屋となっていて、誰かが住んでいるようには見えなかった。
 シャオンは全員が庭に入ったのを確認すると、再び門に近寄り内側から音を立てないように門を閉めた。そして、全員に向き直ると、今度は庭を抜けて建物の裏手に移動する。ジロー達が後を着いていってみると、そこには3つの墓石があった。
 シャオンは一番手前の墓石に近寄ると、おもむろに墓石の十字架を両手で握り、回し始めた。左に3回、右に2回。すると、墓石が静かに動き始め、丁度人が通れるくらいの穴が開いた。
「さっ、早く入って」
 シャオンが小声で促す。ジローは頷き、穴の中に入った。その後に愛嬢達、最後にシャオンが通ると、頭上の墓石が静かに元に戻って行った。

「もう話しても大丈夫よ」
 シャオンの一言を聞いて、何人かのため息が聞こえた。
「シャオン、ここがアジトなのか?」
「うん。そう。朱雀地方の都市の地下には何故か回廊が眠っているのよ。オクタスの他には私のいたノベンとかセプトにもあると聞いているわ。ノベンの地下回廊はあたし達のアジトだったしね。でもまあ、このことを知っているのはあたし達『紅の旅団』くらいのもんだけどね」
 シャオンは鼻の下に指を擦り付けながらはにかんだ。
「それにしても、殆ど灯りがないわね。シャオンのたいまつだけが頼りとはちょっと心細いかな・・・」
「もうちょっと待って。この先にあたし達が使っている部屋があるから」
 シャオンはそう言って先頭を進む。ジロー達は薄暗い足元に気をつけながら後に続く。そして、暫く歩くと不思議なことに明りがうっすら目に届く。
<えっ、もしかして仲間の生き残り?>
 シャオンは内心喜びを隠せず、思わず早歩きになる。だが、その肩をがっしりと掴んだのはジローだった。
「ちょ、何すんのよ!」
「まて、様子がおかしい・・・」
 ジローの毅然とした言葉に、シャオンの抗議が尻すぼむ。そして、ジローの予感は的中した。
 背後と前方に人の気配。それも統制された軍隊のように一糸の乱れもなく突然現れたのだった。
「ルナ、相手は魔物か?」
「いいえ、魔物ではありません。人間です」
「ジロー様、どうしましょうか」
 ミスズが小声で尋ねた。ジロー達ならば多分強行突破は可能だろう。
「いや、相手の出方を見よう」
 ジローの言葉に大人しく頷くミスズ。そのとき、前方から男の声が響いた。
「既に包囲済みだ。大人しくしてもらおう」

 スパークル率いる元ノベン近衛隊兵士に囲まれたジロー達は、武器を預けて大人しく連行された。まあ、封印の装具までは取り上げられなかったので、火急の事態には十分対応出来るだけの余裕は残していたし、ルナの『心触』が常に監視しているので、相手の悪意が汲み取れた場合はひと暴れすればいいだけのことと思っていた。
 ジロー達が通された部屋は、ちょっとした広間だった。調度品は粗末な椅子しかなく、ジロー達はその椅子に促されて腰掛けたまま、待たされていた。
 一応武器を取り上げたので安心したのか、見張りの数はスパークルを含めて数人だった。ジロー達は冷静に相手の出方を待つ。
 扉が静かに開いた。そこから3人の男女が入ってくる。壮年の精悍な顔つきの男、年齢不詳の美女、老壮な武人の3人。3人はジロー達の前の席に座ると、それぞれクネス、イレーヌ、ダルタンと名乗った。
「まず、聞かせてもらおう。君達は何ものだ。見たところこちらの出身ではない者も混ざっているようだが」
 ジローはルナとアイラを左右に従えながら、相手の表情を見ていた。その間に、ルナが『心触』を使って相手の情報を得ようと試みている。
 ジローは、少しゆっくりと自分達のことを話し始めた。玄武地方から来たこと、神殿を巡っていることなどを。その一言一言に対してルナが反応を確かめている。
<私達が帝国の手の者ではないことを確かめたいようです>
 ルナが時折情報を送ってくるのを処理しながら、ジローとクネス達の話は続く。合間にはシャオンが使ったクネス達が知らなかった地下回廊の出入口が他にあるのかとか、尋問のような会話も混じったが、概ね悪い空気が漂う感じではなかった。そして、ジロー達が魔物を倒すために旅をしていることを知るに当たって、ようやく緊張感が解けた感じとなった。
 その頃になると、クネス達の態度は思わず舞い込んできた幸運、強力な協力者となりえるジロー達を味方につけたいという思いにシフトしてきていた。当然、場の雰囲気は更に緩んでくる。
「ジロー殿。ではあなた方は魔物を倒す力をお持ちなのですね」
 イレーヌの口調は礼儀正しさが織り込まれていた。その質問にジローが頷くと、横のクネスの表情が緩みつつ、険しくなる。是が非でもジロー達を味方に引き込みたいという欲求の現れだった。組織を磐石にし、拡大しつつある彼らレジスタンスはセプトの拠点をフランシスに任せ、オクタスを攻略しようと潜んでいたのである。だが、相手のことを偵察するまでで、その先が進んでいなかった。彼らがジリ貧に陥っている理由、それはオクタスの城内に跋扈する魔物達の存在なのである。
「虫のいい話かもしれないが、お願いがある。我々に力を貸してはくれないか」
 クネスが頭を下げる。続けて、イレーヌ、ダルタン、スパークルが一斉に頭を下げた。
 それを見たジローは、隣のルナの銀色の瞳を見つめた。その瞳は、肯定の光りを宿してジローの判断を待っている。そう、目の前にいる彼らは敵ではない。味方になる存在なのだと。
「私達は、次の神殿に行くためにオクタスの城に行かなければなりません。城内に入るということでは同じ目的ということになります。そこまででよければ、クネス殿、ご協力しましょう」
「おお、本当ですか・・・」
 クネスは喜びを覚えながらジロー達を見た。その瞬間肩の荷が下りたような安堵の気持ちがクネスの視野を広げた。その時、ふとジローの隣に座っているアイラの容姿が心の琴線に触れた。クネスの頭の中で先日見た夢がフラッシュバックする。かつて彼が守っていた赤子の姿を。赤毛のくせっ毛に深緑の瞳の赤子の笑顔を。
瞬間、何かの啓示を受けたようにクネスの口から言葉が出ていた。
「ジ、ジロー殿・・・、お、お隣のアイラ様に・・・、し・・・、質問があるのですが」
 クネスの急な慌てぶりを怪訝に思いながらもジローは頷いた。そしてアイラを見る。アイラも何を質問されるのか興味津々の様子。
「なんなの?」
「は、・・・はい。アイラ様・・・、左・・・、ひ、左の掌を、見せていただけないでしょうか」
「え?う、うん・・・。いいわよ、はい」
「あの、出来れば手袋は外して・・・」
「えっ、そうね。ごめんね」
 アイラは左手に着けていた皮の手袋を外して、掌をクネスに向けた。その掌の中央には2つの星型の痣がはっきりと浮かんでいた。
「あっ・・・、こ、これは・・・、ゆ、夢・・・じゃない・・・」
 クネスの両目からぼろぼろと涙か溢れる。その姿を見たクネス以外の全員が、何事かとクネスに注目した。クネスはそんな周りの状態を知って知らずか、全く気付かない様子でアイラの掌を見つめていた。
「・・・生きていてくださった・・・」
 そう呟くと、急に椅子から降りて片足を床につけて跪き、アイラの前で騎士の礼を取った。そして、廻りがぽかんと見つめる中で、次の句を告げた。
「アイラ様・・・、あっ、貴女は、い、いえ、貴女様は・・・、サウスヒート王家の生き残り・・・、24年前に行方不明となられたフィール王の忘れ形見、王女エイルアンジェ様です」
「「えっ、ええっ!!」」

 一夜明け。
 アイラがサウスヒート王家の王女だったという話はレジスタンスの中で瞬く間に広がった。歓喜の感情と共に。クネス達レジスタンスにすれば、喉から手が出るほど待ち望んでいた神輿が見つかったのであるから、無理もないことだった。
 だが、ジロー達は意外と平然としていた。まあ、既に愛嬢達の中に2人の王女様がいるのである。ここで1人増えても大した差は無いし、ジローの妻であることに何ら変わりは無いのだから。それよりも、アイラが王女だったということで、ルナ達残りの愛嬢が、更にアイラに対しての敬慕の念を強くしたのが、いい意味での副作用であった。
 一方、クネス達は、アイラ王女−エイルアンジェという名前で呼ばれることをアイラが拒否した−が既にジローの妻となっていることに多少の衝撃を得たものの、アイラ王女を彼らレジスタンスの盟主としたいと願い出た。
 アイラも最初はそんな柄じゃないと断ったが、大の大人が涙でぼろぼろになりながら懇願するクネスに根負けして、ジローの妻の立場と何時でもジローに着いて行くことを条件に、渋々承諾したのだった。
 アイラの件が落ち着くと、ジロー達はいよいよ城の攻略について話し合うことにした。もちろん、クネス達レジスタンスも一緒に。彼らが一緒に戦うことで作戦の幅が広がるのでジロー達も歓迎ムードであった。
 そして大まかな作戦が決まった。まず、攻撃隊を3つに分ける。1つはノベンの元近衛隊を中心とした制圧部隊で、人数は約100名。クネスが率いて参謀としてジュベールが付き従う。次が突撃隊で、魔物戦をメインにするため少数精鋭とする。メンバーはアイラ、ルナ、ミスズ、レイリア、イェスイの愛嬢5人と護衛役を買って出たレジスタンス側からガスパル、ダルタン、スパークル、アルベールの4人を加えた9名。最後は陽動を兼ねた遊撃隊で、ジロー、ユキナ、シャオンの3人が当たることになった。
 当初、突撃隊は愛嬢達だけで構成されていたのだが、それに対して異を唱えたのがレジスタンス達だった。最初はアイラが突撃隊に参加することさえ難色を示したのである。まあ、クネス達にとって見れば、ようやく見つけた自分達の盟主をわざわざ危険にさらすようなことはしたくないと考えるのも当然といえば当然だが、これについてはアイラの頑なな拒絶にあって渋々引かざるを得なくなった。で、その代わりとして、レジスタンスの精鋭が4名も同行することとなったのである。さすがのアイラも、これは認めざるを得なかったのだ。
 それぞれの隊の役割は、制圧部隊と突撃隊が城門を突破し、制圧部隊が城門を確保している間に突撃部隊が城門を起点に左右に広がる回廊のどちらかに突入し突き進む。制圧部隊は突撃隊の後詰をしながら時間差を持って続き、必要に応じて援護する。そして、遊撃隊は突撃隊と制圧部隊の動きを陽動として、城に直接忍び込んでオクタスを治めている敵将キャンサを目指す。忍び込むルートは、シャオンが以前脱出するときに使用した外壁の上を伝い、城の右側の塔の窓から侵入するという。
 こうして作戦が決まり、全員が一旦解散してそれぞれに準備を行うことになった。決行は今夜である。

夕暮れから夜の帳が辺りを覆うまでの時間が瞬く間に過ぎたような気がした。
 ジロー、ユキナ、シャオンの3人は、作戦通り夕暮れの薄暗い中で外壁の上に出る階段の傍に潜んだ。そして、完全に暗くなってから密かに階段を昇り、見つからないように頭を低くしながら外壁上を移動した。そこからはシャオンの的確な案内で塔から城に忍び込み、塔から伸びる渡り廊下を進んでいた。
 シャオンは細心の注意を払いながら進んでいた。最初、ジローと一緒のチームになることに多少の抵抗はあったが、実力からいけばジローが一番であったし、これ以上のパートナーはなかった。それと、ユキナも一緒だったので少しはほっとしていたのかもしれない。
<2人きりだとエロエロ魔人に襲われるかもしれないけど、ユキナはいい子だし、大丈夫、ユキナの前であたしを襲うなんてことはしない筈よ・・・>
 シャオンは一人で納得しながら、渡り廊下を進む。そして、渡り廊下が終わり、本城の建物内に差し掛かった時にそれは起こった。
 シャオンは先頭で廊下を渡りきり、本城内の入口の気配を探って誰もいないことを感じ取って更に奥を見渡そうと首を伸ばした。その時、誰もいないはずの空間から2本の刃が振り下ろされたのである。
 ジローはその瞬間、入口に向かって駆け出した。精神を集中し、『時流』を最大限に発動する。そして、刃の軌道上にあるシャオンの身体を抱きしめ、そのまま一緒に前に飛び込んだ。ジローが通り過ぎたその空間に刃が床に当たる乾いた音が響く。だが、ジローは後ろを振り返る余裕が無かった。なぜなら、ジローがシャオンを抱きかかえて飛び込んだその先はぽっかりと開いた空間だったのだ。
「ジロー様!」
 ユキナは、ジローが廊下を跳び越して落ちていく様を見つめていた。入口の先に丁度円形の穴が開いており、そこにジロー達が消えて行ったのだ。
 しかし、そこに駆け寄ることは出来なかった。そう、前方の壁に刻まれていた石像が立ち上がり前を塞いでいたのである。石像の右手に握られた大剣は先ほどシャオンに襲い掛かったものだった。
<くっ、魔物>
 ユキナは、左手の袖から短い棒を取り出して握り締めると、心を研ぎ澄ました。と、棒は見る見る間にユキナの身長と同じくらいの長さに伸び、彼女の獲物、白虎鎗となった。白虎鎗は持主の意志により長くも短くも出来ることを、白虎の神殿の特訓中に見つけていたのだ。
 2体の石像は赤い瞳を妖しく光らせ、ユキナに迫ってきた。だが、ユキナは焦りも気負いもなく、平常心で石像に対峙し白虎鎗を構える。
 石像はそのまま大剣を振りかざした。空気が震えるような音がして、ユキナの横を通り抜け、その先の床に亀裂が走る。どうやら石像の大剣は真空波を伴っている様子である。しかし、ユキナもジロー程ではないが『時流』を発動できる。そのため、真空波の軌道を捉えてかわすことは容易なことであった。
 石像は、続けて大剣を振るった。今度は縦ではなくて横に、そして次は、1体は縦、1体は横に。だが、ユキナは見切るように軽快に動くと、反撃の突きを放つ。真空波には真空波。白虎鎗の先端から放たれた真空の刃が左側の石像の半身を抉り取った。石像は沈黙。続けて右側も。
 あっけなく終わった戦闘を振り返る間もなく、ユキナはジロー達が落ちた穴に近寄った。覗き込むが穴の底は深く何も見ることが出来ない。
「ジロー様・・・」
 ユキナは逡巡しながら暗い穴を覗き込む。大声を出すわけにもいかず、2人の安否は全くわからない。
 とっ、その時。
 暗い穴の底に朱色の灯りが映り、それが大きくなりながら競りあがって来た。その大きさは人と同じくらいになり、いや、人そのものの形をした炎の塊、精霊イフリータの姿があった。
 イフリータはユキナの姿を見つけると、ユキナに向かって微笑みを浮かべながら言葉を送り込んできた。
「は〜いユキナ。ご主人様からの伝言よ。2人とも無事だから心配しないでって。それから、ちょっと脱出に手間どりそうだから先に行って欲しいって。但し、遊撃隊の任務は1人じゃだめだから、アイラ達に合流するようにだって。いい?」
 ユキナは、安堵の表情を浮かべ頷いた。その頬には一雫の涙が流れていた。


ドレアム戦記 朱青風雲編 第5話へ

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