ドレアム戦記

第二編 朱青風雲編 第6話

 クーデターから数日が過ぎていた。
 レジスタンスに乗っ取られたオクタスは、一見何の変化もなさそうに見えた。市民達は普段通りの毎日の生活を送っている。彼らを治めるオクタス城の中での変化には全く気付くことなく。そう、彼らはクーデターが起こったことさえ知らなかった。
 外向きには、統治者はキャンサのままであった。キャンサは今までと同様に、太守として議会を切り盛りし、政務をこなしていた。しかし、その内情は今までと異なっていた。
まず、議員の中に新参者が数名入っていた。そして、その議員達はよく発言し、彼らの発言は他の議員達にいつも支持された。支持者の中には太守のキャンサも含まれていた。というより、新参議員以外の誰も自ら発言するという行動を取ろうとしなかったのだが。
新参議員とは、クネス、アルベール、ジュベールといったレジスタンスの面々である。彼らは、刀魔との戦いで廃人となってしまった議員に代わって政権に参加していた。そして、オクタスを内から操りながら、自分達の組織をレジスタンスから独立軍とするべく、それぞれに手腕を振るっていたのである。
その手始めとして行ったのが、キャンサを使った傀儡政権の体制なのだ。キャンサと他の議員達が気力と胆力を失ったのを知ったイレーヌのアイデアだった。但し、当のイレーヌはオクタスの賢臣と呼ばれていた程名が知れていたため議員の中には入らず、裏方に廻って娼館に留まり、市井の情報に目を光らせていた。
そして、今回のクーデターの立役者であるジローと愛嬢達は、イレーヌの娼館に匿われていた。娼館の最上階の特別室をあてがわれて、激闘の傷を癒していた。
傷とはいったが、最も重いのはジローの心の回復が遅れていることだった。セロの町で仲間の猟師達を失って依頼、初めて目の当たりにした仲間の死を受け止めきれずにいたのである。
セロの時は、ジローは生きることに必死の時期で、仲間の死を悔やみはしたがそれ以上に自分達の危機をどう乗り切るのかに精一杯であった。ウンディーネ請願、ルナとミスズの救出、ノルバ城攻防戦とイベントも目白押しで、考える余裕などなかった。
しかし、今のジローは立場が違う。この世界の救世主としての使命を与えられ、その目的に向かってまい進しているのだ。そのために色々な力を得、愛嬢達や仲間も増えた。そして、魔界の侵略に立ち向かうという崇高な理念に基づき行動し、戦って来た。その戦いは順調で、次々と魔物達を倒していたが、そのことでジローの心の中に僅かな驕りが生まれていたのかもしれない。そう、自分の力を使えば誰も失わずに進んで行けると。
しかし、現実は辛い事実をジローに突きつけた。新しく出来た味方、ダルタンとガスパルの死という姿で。目の前の死という光景を見たとき、ジローの頭の中で他の仲間も同じことになりえるということに直面したのだ。2人の遺体に、アイラやルナ達愛嬢の姿がだぶり、もしそうなったらと思うと、とても恐くなってしまったのである。
「ジロー様」
 ルナの声がとても柔らかく、そして心に染み入るように心地よく響いた。それは、母の胎内にいるような安堵感と安らぎをジローに与えてくれる。
 ジローはルナの声に応えず、一心不乱にルナの乳房を吸っていた。そう、まるで赤子のように。その姿を慈しむ様にルナが見つめていた。
「むにゃむにゃ、ご主人さまぁ・・・」
 そのジローの背後からレイリアの寝言が聞こえた。背中に両の乳房を押し付けるように、両手はジローのお腹を抱え込むようにして眠っている。
 ジロー達の周囲には、他の愛嬢達も揃っていた。皆一糸纏わぬ姿で、絶妙のプロポーションを惜しげもなくさらしながら、慈しむような視線をジローに向けている。今の彼女達の共通点は、両の乳房についたキスマーク。かなり強く吸われた跡が残っている。
 その跡を付けた張本人は、ルナの乳房を吸っていた。だが、少し違うのは吸い方が乱暴に強く吸うのではなく、柔らかく、子が母の乳房に吸い付くような穏やかさ変わってきたことだった。そしてそれは、ジローの精神が戻ってきたことを現していた。
 ジローの心の治療方法は、最初は全員の心臓の音を聞かせることから始まった。心音は、心を落ち着かせる効果があるとイェスゲンが言ったのだ。
味方の壮絶な死のショックから立ち直らせるために愛嬢達が誠心誠意、やれることをやったのである。
その効果は、徐々にだが確実にジローの心を回復させていき、あと少しの所まで来ていた。

「ジロー、そのままでいいから聞いてくれる?」
ジローはアイラの腕に抱かれながら軽く頷いた。その瞳には少しだが元の力強さが戻りつつあった。愛嬢達に囲まれた安息の時間を過ごしながら、ようやく心の安寧を取り戻し、彼自身に与えられた使命に再び向かうことを受け入れる余裕ができつつあった。
アイラは母親のような慈しみの表情でジローを抱きとめたまま、ゆっくりとジローの心に響かせるような口調で語り始めた。
「クネスさん達に聞いた話よ。ダルタンさんとガスパルさんの話。まだ聞くのは辛いかもしれないけれど、ちゃんと最後まで聞いてね」
 ジローが微かに同意の仕草を示したのを感じたアイラは、話始めた。
「最初に、ダルタンさんのお話。ダルタンさんはノベンの太守を守る近衛部隊の将軍だったんだって。そして、スパークルさんが副将で、ダルタンさんの娘さんのご主人でもあるそうよ」
「そのダルタンさんがなぜレジスタンスに入ったのかというと、ノベン太守の一粒種ミシェル公子がウンデキに社会勉強を兼ねた表敬訪問に出かけるので、近衛部隊から護衛を出すことになったの。近衛部隊は2人の将軍に率いられていて、ダルタンさんの部隊がその任務を命じられた。その頃の朱雀地方は争乱の時代だったから、ダルタンさんとしては城に残って太守を守る方を願ったのだけれど、太守直々の命もあって任務についたそうよ」
「そして、公子一行がウンデキに滞在している時に、キャンサ率いる帝国軍がノベンを襲撃して一夜の内に落城させた。ただ、その方法が、城の大部分を一瞬にして火の海に包み込むような強力な魔法を使ったようなの。で、太守を始めとする主だった重臣達は全員それに巻き込まれてしまった・・・」
「ノベンが陥落したという話は直ぐにウンデキに伝わった。帝国軍は得体の知れない強力な魔法兵器を使用しているという尾ひれをつけて。そして、ウンデキの太守は帝国軍を恐れて今までの反帝国側から態度を翻して恭順することにしたそうよ。そのことを知ったミシェル公子は何とか説得しようとしたけれど、逆に囚われて、キャンサの指示を受けたウンデキ太守の命で即処刑されてしまった。ダルタンさんとスパークルさんは公子を助け出そうと奔走したけれど間に合わなかったのよ」
「そしてダルタンさん達はウンデキを逃げるように去って、その後レジスタンスに加わった。でも、それからは守りきれなかったという後悔の念でいっぱいだったそうよ。それと、後から娘さんもノベンの戦闘の呷りで命を落としたことを知ったことで更に自分を責めていたみたい」
 ジローは黙ってアイラの話を聞いていた。それを確かめるとアイラは話を続ける。
「次に、ガスパルさんだけど、ガスパルさんは元々デュオを中心に結成されたレジスタンスの一員だったのよ。クネスさん達がレジスタンスを展開していることを聞きつけて、共闘しようと連絡員として来ていた時に、デュオのレジスタンスが壊滅して帰る場所がなくなったそうよ」
「その後はクネスさん達と行動を共にしていたのだけれど、時々塞ぎ込んでいたみたい。多分、自分だけが残されたことを悔やんでいたのかもしれないとクネスさんは言っていたわ」
「ここからは私の考えだけど、2人共、死に場所を探していたのかもしれない・・・」
 アイラの言葉に影が射したのを感じたのか、ジローは片手でそれ以上言うなという合図を送った。アイラの瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
 いつの間にかジローの瞳には生気が戻っていた。そしておもむろに身体を起こすと、今度は逆にアイラを自分の胸に抱きしめた。途端、アイラはジローの胸に顔を埋めて嗚咽を始めた。
「アイラ、それから皆、ありがとう。今度の事で、俺は、まだまだ未熟だと思い知らされた。いや、きっと、救世主と言われて思い上がっていたのかもしれない。そして、がむしゃらに進んだ結果、失わなくてもいい命を失ってしまった。このことは後悔してもしきれない。俺の胸に深く刻みつけておく。でも、だからこそ、死んでいった2人の戦士のためにも、ここで止まる訳には行かない。どんなに苦しくても、辛くても、前に進むしかない。相手は魔界だ。これからも色々な辛いことがあるかもしれない。だけど、俺は、俺は出来る限り皆を守りたい。守りながら使命を果たしたい。だから、皆、約束してくれ。決して命を粗末にしないと」
 7人の愛嬢達は静かに、そして力強く頷いた。その瞳に涙を浮かべながら。

「やはり行ってしまうのですか・・・」
「そうよ。私達には使命があるの。それはジローと一緒に行かないと果たせないのよ」
 アイラがはっきりと告げると、クネスは少ししょんぼりといった表情を浮かべた。
「すまない。クネス殿」
 横でジローがそう言うと、クネスは頭を軽く振って、元の精悍な顔つきに戻って告げた。
「いえ。ジロー殿の役割はとても大切なものだとわかっています。ここを占拠できたのも私達だけでは無理だったでしょう。ジロー殿達のお力添えのおかげです」
「そうですわ。私達は来るべき日に向けて、これから少しずつ力を蓄えておきます。皆様も課せられたお役目をよろしくお願いしますわ」
 横からイレーヌがにこやかにそう告げた。その表情はだが、少し寂しそうであった。
「イレーヌ様、いろいろとありがとうございます」
 ルナがそれに答えた。
「まあ、そんな顔しないで。クネスさん達とあたし達の協力体制も整ったんだし、何かあったらまたすぐ来ればいいのよ」
 アイラがにこやかに言った。
 協力体制とは、今後クネス達レジスタンスも反魔界軍の一員として戦うことを意味していた。そのために、まずはジロー達の仲介のもと火の神殿との協力を取り付け、更には玄武地方のノルバとも仮の同盟を結んだ。(これは、ミスズがノルバ代表代理として行った)
 クネス達は、オクタスを水面下で支配下におきつつ、朱雀地方南西部の諸都市を調略して行くこととし、仮にオクタスを逃げ出すような事態に追い込まれた場合には、火の神殿に逃げ込むように手配も済んでいた。もちろん、炎の結界の話も説明済みである。
 そこまでの準備を整えた上で、ジロー達は次の神殿である森の神殿に行くため、オクタスの地下通路への道を歩もうとしていたのだ。
「でも、こんなところに地下通路への階段があるもんなんですね」
 アルベールが感心したように言った。
「ええ。それでは、クネス殿、イレーヌさん、アルベール、後はよろしく頼みます」
 ジローの言葉に3人は頷いた。
「じゃあね」
 アイラが皆を流し見て振り返ろうとした時、クネスの口から思わず言葉が零れた。
「姫様・・・、どうかご無事で・・・」
「う、ん・・・」
 アイラは複雑な表情をしながら、背後に片手を挙げて振った。

「ジロー、なんかこの先には主がいるみたいだよ」
 アイラが先頭を行くジローに話しかけた。ここは、オクタスの地下通路への階段。ジローと愛嬢達7人は螺旋階段を降りて行く最中であった。
「主?どんな奴かわかるか?」
「う、ん。壁に刻んであったけど、水性の大蛇って書いてあった」
「大蛇?ああ、だったら大丈夫だと思う」
「え、何で?」
「もう倒した」
 アイラは改めてジローに感動を覚えた。
「さっすがジローね」
「いや、シャオンがいなかったら危なかったよ」
 アイラは後ろの方にいるシャオンを一度振り返る。シャオンの左手には炎の宝玉を核玉として嵌めた火の御守が光っていた。
「シャオも、私たちと同じくジローの奥さんになったんだねぇ」
 アイラはしみじみと言った。刀魔を倒した政務の間で、シャオンの火の御守に炎の宝玉が核石として填まっているのを目ざとく見つけ、真っ先にシャオンがジローの妻になったことを看破したのはアイラだった。その後、他の愛嬢と共にシャオンを歓迎したのは言うまでもない。
 そうこうしているうちに、ジロー達は地下通路に足を踏み入れた。この先、頼りはアイラがオクタス政務の間の裏側の壁から書き写してきた、地下通路のガイドである。
 ジローの回復を待つ間、言葉が読めるアイラとレイリアを中心としてこのガイドに書かれている文字の解読を進めたので、これから通る地下通路の概要はほぼ把握していると言ってもよかった。ただ、解読は一筋縄では行かず、暗号とも取れる文章を紐解いて何とかこなせたのは、ミスズの貢献度も大きかった。
こうして一向は間違った道を選ぶことなく奥へ奥へと進んで行く。灯りはシャオンが火の魔法で確保し、意外と横に広がる地下通路を確実に踏破していた。
 そして、段々と道が収束し、最後は1本道となった時、急にその先に灯りが灯った。そこはちょっとした広さの小部屋で天井もそれなりにあった。だが、注目すべきは、前方一面に張り巡らされた鏡。半円を模った壁一面に天井まで届く大きさで9枚の鏡が据付けられていた。
「まぶしい・・・」
 イェスイが思わず漏らす。今まで僅かな光の中にいたのでこれは仕方のないことだが。
「きゃ♪ご主人様とお姉さま達が向こう側にもいるみたいですぅ」
 天然ぶりを発揮するレイリア。誰も止める間もなく鏡の前に行き、自分の全身を移してポーズをとっている。そこに映っているのは美しい大人の女性の姿なのだが、どうやらそこには疑問を感じていないらしい。
 そんなレイリアの姿を微笑ましく眺めながら、ジローは慎重に室内を見渡した。
「どうやらここが『鏡の間』らしいな」
「そうですね」
 ミスズが横で呟く。地下通路のガイドに書かれていた神殿に行くための要所である。
「『鏡の間』のことは、ここに書いてあることだと思います。えっと、『鏡の間は旅人の望み。帰還、至宝、神知、試練の一つが叶う。願望を持つならば印を示せ』。この一文です」
「ということは、ここが分かれ道ということね。じゃあさ、片っ端から入っちゃえば?間違ってたら戻ってくればいいんだし」
 アイラがそういったが、ジローは渋い顔。
「一旦入ってから、戻ってこられる保証があるのか?」
「うっ、それは考えてなかった・・・」
「この鏡の奥に通路があるのかと思ったけど、なんかなさそうな感じね」
 シャオンが壁際から戻ってきて会話に加わった。長年生業にしてきた盗賊としてのスキルで、隠し通路を見分けることには自信があったのだが、どうも勝手が違うという感じでお手上げという様子だった。
「ジロー様。よく見ると、天井に魔法の文字が書いてあるようです」
 後ろにいたルナの言葉にジローは耳を傾けた。振り返って見ると、ルナは天井を見上げている。
「魔法の文字が書いてある場所をそれぞれ繋いでいくと、どうやら魔方陣が描けそうです」
「そうか、ということは・・・」
「この部屋自体が転送の魔方陣になっている可能性があるということですね」
 ミスズが冷静に発言した。
「そのようだな。・・・ということは、俺達は4つの願望のうち一つを選ばなければならないらしい」
 それまで発言を控えていたユキナが口を出した。
「でも、印ってなんでしょうか」
「まだわからないわ。でもね、願望を選択したら見えてくるかも。だからまずは、考えましょう」
 ミスズにやんわりと諭されて、ユキナはこくんと頷いた。それを見て思わず愛しくなったミスズはユキナの銀髪を撫でる。
「ジロー様。では、4つのどれを選ぶかですが・・・」
「『帰還』はただ帰るだけね、きっと。迷い込んだ人を戻すためにあるのよ」
 アイラの言葉に皆が頷く。
「『至宝』・・・、う〜ん、心を揺さぶられる響きね。きっとこれなんじゃ・・・」
 シャオンが目を輝かせてそういったが、何とイェスイが横から否定した。
「シャオン様。私達が目指しているのは森の神殿ですから、至宝を得ることを願望にするのは違う気がします。多分、樹海の杖はあるとは思いますが・・・」
「樹海の杖を得ることが目的じゃないですね」
 ユキナも続けた。イェスイとは同い年であることもあって、2人は特に仲良くなっていた。そのせいか、最近は何となく互いにフォローしあうことが多くなっている。
「うっ、そ、そうよね。まあ、お宝をみすみす諦めるのは気が引けるけど・・・」
「『神知』。神の知恵という意味でしょうか」
 ルナの優雅な言葉がさわやかに響く。
「姫様、その通りだと思います。でも、私達の目的とは少し違うかもしれません・・・、ふふっ、でも、シメイだったら迷わずこれを選ぶでしょうね」
「そうですね。シメイ兄様ならきっとそうすると思います」
 ミスズとユキナがそう言って笑った。
「そうなると残ったのは『試練』か」
「ご主人様〜。レイリアは『試練』って大好きですぅ。だぁって、とっても気持ちがいいんですもん」
 レイリアが無邪気に発言し、それにシャオンがぎょっとする。シャオンの常識では試練は過酷なものというイメージがあるのだ。だが、他の面々をよく見回すと、若干様子が違っていた。他の愛嬢達はレイリアの発言に相づちをうったり、恥ずかしげに顔を赤らめている者までいた。
「そうだな、水の神殿でも『試練』と書いてあったな」
「はい。風の神殿に行く時もそうでした・・・」
 ユキナはそう言いながら赤くなる。どうやら全裸で吊り橋を渡った時のことを思い出したらしい。
<えっ、もしかして試練って、エロエロなことなの・・・?>
 シャオンはどきどきしながら皆を見守っていた。その無防備な背後から2本の手が伸びてきてシャオンの胸を鷲掴みにした。
「きゃ!」
「シャオ。後ろが隙だらけだよ〜」
 アイラが背後から襲っていたのだった。シャオンの弾力のある胸の感触を楽しみながら揉みしだいてる。
「ちょ、何を・・・」
 シャオンは肩に当たる胸の感触と周囲の様子から、後ろにいるのがアイラだとわかったようだった。だが、胸からくる刺激が快楽中枢を呼び覚まし、じわじわと広がってくる。
「アイラ、やりすぎだぞ」
 ジローの言葉に、アイラは舌をぺろっと出して両手を放した。シャオンは赤い顔をして胸をかき抱く。
「ごめんよ〜。余りに無防備で可愛くて・・・」
 謝るアイラに涙眼で訴えるシャオンだった。

「さて、選択『試練』で決まった。次は印だな」
 ジローは愛嬢達に向かって言った。と、その時、愛嬢達の身体の一部が光り始めた。ルナの右手と首、アイラの左腕、ミスズの背中、ユキナの腰、レイリアの髪、シャオンの左腕が。それは、封印の武具と装具が一斉に光を発しているのだ。
 光は徐々に強さを増し、鏡に反射して天井の魔法の文字にも照射された。と、その文字が光を吸収して自らも光始めていく。
ブゥン・・・。
 聞き慣れた音が鏡の間に響き始めた。そう、転送の魔方陣が起動しようとしている。封印の武具と装具から発せられた輝きは、既に役目を終えたのか元に戻っていた。
「ジロー様、鏡が」
 イェスイの言葉に振り向くと、9枚の鏡のうち8枚の中央に、光の魔方陣が浮かんでいた。そして、驚くことに、鏡の一枚一枚に一人ずつ人が映っていた。右から、シャオン、アイラ、ルナ、ジロー、イェスイ、ミスズ、ユキナ、レイリアが鏡の中にいる。今は全員が鏡の間の中央にいるのだ、だが、それぞれの鏡に映っているのは一人ずつしかいなかった。
「一度に9人まで転送できるということか・・・」
 ジローの呟きをかき消すように響きが大きくなり、鏡の間の魔方陣が完成した。その瞬間、鏡の間全体が眩しい光の渦に取り込まれ、次の瞬間には急激に収縮して消えていった。
そして、その室内には誰もいなくなっていた。

 1対7の大乱交が始まっていた。
 ジローはユキナの膣内に肉棒を挿入し、上になったユキナは快楽の赴くままに腰を動かしているところだった。ユキナの背後からはイェスイが小ぶりな乳房を押し付けるように抱きついて、ユキナの胸とその先端についた蕾を刺激している。
 ジローの両手は、それぞれ別の温もりに包まれていた。右手はミスズのたっぷり湿った膣口に、左手は肘から先はルナの豊かな乳房に挟まれ、指先はルナの舌で一本一本丁寧に舐め上げられていた。
「はうぅぅぅぅぅ・・・」
 右手から淫声が聞こえ、ジローがそちらへ首を向けると、その視線の先では3人の愛嬢が身体を絡ませていた。実は、一番セックスの経験が浅く、乱交自体やったことがないシャオンに対し、アイラとレイリアにほぐしてもらうようジローが頼んだのだ。
 もちろん、乱交に免疫のないシャオンは、最初は拒んだ。しかし、森の神殿の試練をくぐりぬけるためには、どうしても必要なことだった。そう、ジロー達は無事に森の神殿に辿り着き、封印を解くための試練を受けている最中なのだ。
 森の神殿の試練は、予想した通りセックスだった。ただ、ディルドウの数が7本、つまり愛嬢達の人数と同じだけあった。
「はうぅぅぅぅん・・・」
 シャオンは、こうなることを薄々感じ取ってはいたものの、まだ覚悟という面では十分ではなかった。故に、急に試練と言われても、他の愛嬢達のようにぱっぱっと服を脱ぐことが出来ずにいた。しかし、ジローに何かを言われたアイラとレイリアが近寄ってきて、あれよあれよという間に巻き込まれて行く。
 最初にシャオンの唇を奪ったのはアイラだった。突然だったのでびっくりして固まっている間に、背中から服の下にすべすべの手が侵入してきて、そのままシャオンの美乳に到達して刺激を送り始めた。最初は肌の感触を確かめるように指を滑らせ、張りをチェックするように軽く指の腹で押す。それから段々と握る力を強めてきて、微妙なタッチで乳房を愛撫する。しかし、その全ての行為は、シャオンにとって不快な感じを全く与えなかった。むしろ、ふかふかの布団に包まれているような気だるい、でもむずむずするような感覚がシャオンを支配し始めている。
<ああ、いい、気持ち・・・>
 アイラは相変わらずシャオンと口付けしていたが、堅さが取れたことを感じ取ると、舌を侵入させてシャオンの口内を攻め始めた。シャオンもそれに従うように舌を絡めてくる。
 その頃には、シャオンの乳房は形が変わるほど揉みしだかれていた。乳首にはまだ触れられていなかったが、ぴんと立ち上がって服に擦れている。それがまた新たな刺激となって快感が深まって行く。
「シャオンお姉さまのおっぱい、とってもすべすべですぅ。それに柔らかですぅ〜」
<へっ?レイリアなの?>
 シャオンは自分の胸を揉んでいるのがレイリアだとわかってびっくりした。
<こ、この子・・・。何でこんなに上手いの・・・>
 しかし、そういう冷静な考えが出来たのもここまでだった。
「はぅあぅあん・・・。ああぁぁぁ、うふぅぅぅ・・・」
 ジローが見たときには、シャオンは服も脱がされてめろめろになっていた。これなら大丈夫そうだと安心したジローは、まずは、自分の周りの4人に集中することにした。
 ユキナの膣内は、たっぷりと愛液に濡れていたが、ジローの肉棒を隙間なく掴んでいた。その膣壁が腰を動かすたびに亀頭と擦れて、2人の快感を増して行く。
「ああ、ユキナ・・・」
「ああ、イェスイ。んちゅ・・・、ちゅぱ、ちゅ・・・、うちゅ・・・、わぅ・・・、ん・・・」
背後から胸を攻めているイェスイとユキナがディープキスで互いの舌を貪りあう。同時にユキナの膣口がぎゅうっとジローを締め上げた。
「おっ、いい・・・」
 ジローは思わず射精しそうになって何とか耐えた。そして、股間からの快楽を紛らわそうとするかのように、ミスズの膣内に指を進入させる。2本の指がどろどろの膣内にすんなり迎え入れられ、温もりに包まれる。ジローはそのまま指を前後に擦り上げ、同時に充血して肥大したクリトリスにも刺激を与えた。
「あぁぁぁぁ、あぅぅ、あん、あ、あぁぁぁ・・・」
 ミスズの淫声が響いた。
「ジロー様ぁ、ルナにも賜ってください」
 ルナはそう言って、愛しむようにしゃぶっていたジローの左手を自分の陰部に持っていった。左手はルナの唾液でたっぷりと濡れている。ジローも心得たものでルナの膣口が十分潤んでいるのを確認すると、ずぼずぼと指を入れた。
「はぁぁぁぁ、い、いぃですぅ・・・」
 ルナも嬌声をあげる。
 その頃になると、ユキナがそろそろ限界になりつつあった。イェスイは背中から前に回りこんで、ユキナに抱きつきながら唇は離さずに、ユキナの腰の動きを補助しているかのように一緒に腰を動かしている。イェスイの陰部がジローの肌に擦れて滑るように動き、膣口から溢れた愛液は、ジローの腹の上をたっぷりと濡らしていた。
「うぅん、むふぅん、くふぅん、ふぅ、むふ、くふ、うぅぅぅぅぅぅぅんぅ・・・」
 ユキナがそのまま果て、同時にジローの肉棒からも爆ぜるように1発目の精液が放出された。ジローはミスズの責めを中断して、頭の横にあるディルドウを掴むと、イェスイが持ち上げて肉棒が抜けたユキナの膣に入れた。
「はぅん。はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 ユキナの次はイェスイだった。イェスイはシャオンの次に経験が少なかったが、白虎の神殿以来、イベントをこなしてきたことが自信になったのか、このような場面に臆することなく、むしろ喜んで参加するようになっていた。
「ジローさま。イェスイのおまんこ、もうとろとろです・・・」
そう言って、ジローの萎えない肉棒に嬉しそうに跨ったのだった。

 ジローはシャオン達の元に近寄って行った。背後では、4人の愛嬢が脱力してのびている。4人の股間はディルドウがすっぽりと填まり、後部のみが顔を出していた。
「待たせたな」
「待ってたわよ♪、こっちはとっくに準備完了なんだから」
 そう言ってアイラは笑った。レイリアがシャオンの乳首を舌で転がしながら楽しそうにシャオンの反応で遊んでいる。シャオンは意識が朦朧とし、全身の力を全て脱力したかのように弛緩して横たわっていた。
「さあ、ジロー」
「ああ」
 ジローはぱっくりと開いたシャオンの膣口に見とれながら、肉棒を合わせ、一気に突いた。
<おぉぉぉぉ、すげぇ・・・>
 ジローの肉棒は難なく一番奥に到達した。それどころか、アイラとレイリアの愛撫で相当達したのだろう、子宮口が降りてきてジローの先端にこつこつ当たるのがわかる。これがつい先日まで処女のおまんこだったとは信じられない変貌振りだった。
「あ、あぁ、あぁ・・・」
 シャオンは現実と夢の狭間で快感を感じているようだった。口から出てくるのは、喘ぎ声のみ。ここまでの状態に愛撫だけでしてしまう、アイラとレイリアの凄さを身にしみてわかるジローだった。
「よし、本格的に攻めるぞ」
 ジローはシャオンが動けないので、積極的に腰を使った。単純に擦るだけではなく、角度を変えながらシャオンの反応が一番いい場所を探る。そして、その場所を見つけると、そこに亀頭を擦り付けるように抉り、連続して責め続けた。
「あ〜、あぁ〜、あぁぁぁ・・・」
 徐々にシャオンの声が大きくなる。快感の波が夢から現実に引き戻し、今度は快楽という脳内麻薬が全身を浸し始めた。
「ジ、ジロー・・・、あっ、な、あっ、いっ・・・、だ、だめぇ・・・、あっ、あぅぅぅぅ・・・」
 生気が戻った緋色の瞳が涙で潤んでいる。しかし、ジローは更に腰の動きを早めてシャオンを攻め立てる。同時に横で見ていたアイラとレイリアが、シャオンの乳首を攻めた。
「あぁぁぁぁぁ・・・、と、とぶぅぅぅぅぅ・・・」
 叫びと共にシャオンは失神し、ジローもまた5発目にしては大量の精液を膣内に放出したのだった。

 森の神殿の封印が解かれた。
 ジロー達は、大木の根が絡まりあうように構成された神殿の壁を伝って、封印の扉のあった場所へ赴く。森の神殿は、その名の通り迷いの森の中央、大樹海の中にあった。その大樹海の太い木々が密集した場所が、厳かな神殿そのものだった。入口は大木の股、そこから地下に下りると人の倍程の太さの根が両側に支えた天然の濠のような通路がある。その通路自体が神殿の一部であり、その奥に進んで更に降って行くと樹木の下とは思えない大広間があった。神殿の灯りは薄い木漏れ日のようで、柔らかな薄緑色の灯りが全体に行き渡っている。そして、柱、壁、床、全てが大木の根を魔法でその形に形成したように整然と構成されていた。
 封印の扉は大広間の奥、大木の中と思われる回廊を螺旋に昇ったところにあった。封印が解かれる前までは、この螺旋回廊には入れなかったので、進む道には間違いない。
 ジローは扉を塞いでいる太い枝に手を触れる。と、枝がするすると上昇し、ジロー達の前に外の景色が飛び込んできた。
「まあ、綺麗・・・」
 ルナに続いて他の愛嬢達も感嘆の言葉を漏らした。目の前に開けていたのは、迷いの森の樹海、緑の海だった。
「俺達はいつのまにか、こんなに上がっていたんだな」
「そおねぇ・・・」
 アイラが相づちをうつ。
「ジロー様。枝の先に何かがあるみたいです」
 ユキナが告げた。枝の先を見ると、確かに何かがあるようだ。
「ジロー様。行ってみましょう」
 ミスズに頷き、一行は大木の枝を注意しながら進む。
 枝の先端には、碑文を刻み込んだ木の瘤があり、その瘤に一本の杖が刺さっていた。杖は、エメラルドグリーンの宝玉を静かに湛えながら、まるで主を待っているかのように佇んでいた。
 ジローは杖の元へ歩みよると、杖の先に付いている宝玉に触れた。
 景色が一変する。一面薄緑の世界。ジローはその中にあって、しかし余裕を持って辺りを見回し、目的のものを見出した。
「お待ちしておりましたわ、主様」
 そう言って丁寧に挨拶した落ち着きのある女性。いや、女性の形をとった精霊である。
「君は?」
「はい。私は木の精霊ドリアードと申します。これからよろしくお願いしますわ。主様」
 ドリアードはゆっくりとジローに近寄ってきた。その雰囲気は包み込む安心感を纏っている。
「主様。お待ちしておりました。さあ、私も他の4人の精霊達と同じく共に行かせてくださいませ」
 ジローは妖艶なドリアードの雰囲気に呑まれつつあった。しかし、それはそれでもよかった。精霊との契約はセックスして精液を注ぎ込むことなのだから。
「わかった。抱くぞ」
「はい。私の準備は整っております。主様は・・・、うふふ、余計な心配でしたね」
 そういってドリアードはジローに抱きついた。そして、そのままの体勢で腰を上にずらして双方の性器を合わす。
「ああ・・・うぅん・・・。主様・・・、逞しい・・・う、あぁ」
 ジローの肉棒がドリアードの膣壁に包まれる。これで5回目になるが、精霊とのセックスは人間とは違う快楽がある。肉棒から伝わるはずの快感が、ジローの体全体に染み込むように直接肌に響くのだ。
「主様、い、いぃぃ・・・、あぁぁぁ・・・、気持ち、いぃぃぃ・・・」
 ドリアードも相当感じているようだった。その証拠に膣壁がきゅうきゅうとジローの肉棒を締め上げてくる。
「くっ、ドリアード・・・、も、もう・・・」
「あぁ、わ、私も・・・、ぬ、主様・・・、いつ、で、も・・・、あっ、ああぁ・・・、いっ、いっくぅぅぅぅぅ・・・」
 ドリアードがイった瞬間と前後して、ジローも大量の精液を放った。こうして、5人目の精霊との契約が成立したのであった。
 ドリアードは、そのまま吸い込まれるようにジローの身体の中に消えた。そして、靄のような結界が解かれ、元の世界がジローの前に広がった。ジローは、宝玉に触れた手を離すと。愛嬢達の元に戻って行き、そこで待っていた若草色の髪と空色の瞳の愛嬢、イェスイに声を掛けた。
「イェスイ。樹海の杖が君を待っている。さあ、取るんだ」
「はい」
 イェスイは頷くとゆっくり歩んで、杖の前に行き、一度深呼吸した後で杖を掴んだ。その瞬間、杖の宝玉はまばゆい輝きを放ち、イェスイが持ち主であることを受け入れた。こうして、封印の武具、樹海の杖が新たに加わったのである。
 イェスイが杖をかき抱くように戻ると、アイラとレイリアが前に出て、碑文を調べ始めた。予想通りそこには日本語で、次の神殿への手掛かりが記されていた。
『試練は森を辿り進むことにあり。樹海に迷えば呑まれ糧にならん。回廊を進めば炎の関が待つ。王家の血のみが封印を開放する。さすれば朱雀の力を得られん』

 封印の間から大広間に戻ったジロー達はちょっと困ったような感じで相談していた。というのも次の神殿の訪問に対して難題が持ち上がったからである。
「朱雀の神殿か・・・。『樹海の回廊』は多分イェスイの樹海の杖で道が開けるかなんかするんだろうな。でも、次の『王家の血』がなぁ・・・」
 封印の間の碑文に書かれていた内容は、次の神殿、朱雀の神殿が森の神殿と同じ迷いの森の中にあるということだった。しかし、そこに行き着くためには、大樹海をあてもなく進む−当然迷う可能性が高い−か、『樹海の回廊』という大樹海の中の道を進むかしかない。多分、『樹海の回廊』ならば行き着くことはできると思われた。但し、いざ神殿に辿り着いても、神殿には炎の関というものがあって行き先を阻んでいるらしい。それを抜けるためには、『王家の血』が必要だということなのである。
「『王家の血』ですか・・・。姫様とレイリアは王家の方ですが、多分サウスヒート王家のことを指していると思いますから・・・」
「ジロー様、私でよろしければ『血』を捧げますわ」
「レイリアちゃんも、ご主人様のためならがんばりますぅ」
 2人の発言に、ジローはやんわりと礼を言ってから首を振った。やはり、ミスズの推察が正しいと思っていたのだ。
「炎の結界ですよね。『王家の血』以外に解く方法は無いのでしょうか・・・。例えばイフリータというのは・・・」
 ユキナの発言に、ジローは少し頷く。
「ああ、最後の手段はそれしかないと思う。ただ、こればかりはその場でイフリータに聞いてみないと、どうなるかはわからないな」
「『王家の血』・・・、少しでも混じっていればいいのかな?だったら、アスビーさん達の誰かには混じっていると思うんだけど」
 アイラがそう言うと、ルナとミスズは感心したようにアイラを見つめた。確かに、『王家の血』としか書かれていないので、純粋に王家の人間である必要はないかもしれない。
「お姉さまの言うとおりかもしれません。この結界を創ったのがクロウ大帝とすれば、直系の血が絶えることもお考えになっていたのではないでしょうか」
「ああ、クロウ大帝は俺達が神殿を巡ることを必要とした時のことを考えてくれていると思う。だとすると、『王家の血』というのは、直系ではなく、薄くても血を引いていればいいということになると思う」
「でも、あたし達の中で朱雀地方出身っていったら、シャオだけよ。シャオ、どう?」
「えっ?あっ、あたしはだめだよっ。そんな、王家の血なんて入っていたら盗賊なんてやってなかったって。それより、アイラこそサウスヒート王家のお姫様なんじゃない」
 シャオンの答えに一瞬時間が凍る。
「えっ!」
「あっ!!」
 一同が一斉にアイラを向いた。12個の瞳に見つめられたアイラは一瞬たじろぎながらとまどう。
「なっ、何?」
 ジローは頭を掻きながら、さもすまなそうにアイラに告げた。
「すまん。アイラが姫だということをすっかり忘れていた」
 と、他の4人の愛嬢達、ルナ、ミスズ、ユキナ、レイリアも一斉に頭を下げる。
「お姉様。大変申し訳ありません・・・」
 ルナが代表してか細い声を出す。だが、実はアイラも忘れていた手前、照れながら頬を掻き、話始めた。
「いや、そこまで謝らなくてもいいよ。あたしだってなんていうか、突然前王の忘れ形見だなんて言われたって実感なかったし・・・。それに、地下迷宮からここまでの間にすっかりどっかいってったよ・・・、うん、皆に罪は無い。それより、シャオ、よく覚えてたね」
「えっ、そ、そりゃあ、あたしだってここの出身だからね。自分の国の王様のことは気になるから」
「答えが出たようですね」
 明確な声が響き、全員がその方向を向いた。その人物は白いローブを纏って右手に翡翠色の宝玉を嵌めた杖を持ち、両側に綺麗に分けた胸まで伸びた草色の髪を僅かに揺らしながら、広間の奥から颯爽と歩いてくる。ただ、纏っている雰囲気がいつもと違い、空色の瞳には憂いの影がある。そう、イェスイのもう一人の人格、導く者イェスゲンである。
「ジロー様。ご無沙汰していました」
 イェスゲンは、ジローの前で深く会釈をした。その瞳の影と、顔色がさえないことにジローが気付く。
「どうした。顔色が悪いぞ?」
「はい。2つの世界が滅ぶのを目の当たりにしてきました」
「そうか・・・」
 一瞬の沈黙。重い空気がジロー達を包んだ。本来ならばどう滅んだのかを知って、今後に役立つ情報としなければならなかったが、今すぐそれを聞く気分ではなかった。
「イェスゲン。炎の結界について話してくれないか」
ジローは咄嗟に緊急性のある方に話題を振ることにした。その一言で愛嬢達を包んでいた堅い雰囲気が解消される。そして、イェスゲンはジロー達が話題にしていた炎の結界について知るところを話し始めた。
「炎の結界は、朱雀の神殿そのものが資格のある者と一緒に入らない限り踏み込んだ者に害をなすことから、クロウ様が人々が仮に迷い込んでも被害を受けないようにと設置したものです」
 イェスゲンは淡々と語る。
「当時のメンバーで資格があったのはソフィア一人でした。その後クロウ様も資格を得たのですけれど。そして、この炎の結界はソフィアの血を媒体として創り出されました。故に、結界を解くにはソフィアの血縁者が必要になります」
 そう言って、イェスゲンはアイラを見つめる。
「アイラさん。前に白虎の神殿で貴女にお話したことがありましたね。貴女はソフィアの血を引いていると」
「えっ、あ、そ、そういえば、そういう事もあったか、な・・・」
 イェスゲンは戸惑うアイラににっこりと微笑んだ。
「はい。アイラさん。貴女は、ソフィアの血脈に連なる方です。ですから、貴女ならば炎の結界を解除することができる筈です」
 と、イェスゲンの目がシャオンを捉えた。そして、つかつかとシャオンに寄って行って抱きつく。
「マリー・・・、帰ってきてくれたのですね。ありがとう・・・」
突然のことにシャオンは固まっていた。だが、そんなことはお構いなしにイェスゲンはシャオンに抱きついたまま、頬ずりまでしている。
「ああ・・・、っと、イェスゲン。そういえば、初めてだったな・・・、新しく妻になったシャオンだ」
イェスゲンはなおも抱きついていたが、ジローの声で自分を取り戻したのか、惜しそうにシャオンを放した。
「そう、ですね・・・。すみません、私としたことが・・・。シャオンさん」
「は、はいぃ?」
 シャオンの声は裏返り気味だった。
「貴女は、私達の仲間、鳳凰島の海賊達を率いる『烈火のマリー』に連なる方です。でもそのお姿も良く似ています。髪を伸ばしたらきっとそっくりです。また1人宿縁の星が集ったのですね」
 イェスゲンは瞳に涙を湛えながら、喜びを噛み締めていた。

迷いの森の深部、森の神殿。大樹が重なり合って出来上がった神殿の入口の前に、ジロー達は佇んでいた。その姿には若干ではあるが疲労の色が見えた。
神殿の前はそこだけぽっかり空いたような広場となっており、そこから南東方向と南西方向に小路が伸びている。南東方向の小路は数日前に彼らが通ってきた道であり、その先はオクタスの鏡の間から転送されてきた袋小路である。
ジロー達の次の目的地は朱雀の神殿。それはこの迷いの森の樹海のどこかに存在する。だが、その場所に辿り着く方法が思うようにはいかなかった。
最初、イェスイの持つ樹海の杖が何かしらの道標を示すものと思っていた。しかし、意に反して樹海の杖はイェスイが何をしても反応しない。イェスゲンが他の世界の急な呼び出しで戻ってしまったのも不幸だったといえる。
結局、ジロー達は神殿から南西の道を進むことにした。そして歩くこと3日、辿り着いた先は海。そこには、誰も踏みしめていない海岸線が開けていた。
行き詰ったことに愕然とした彼らは、仕方なく元来た道を戻り、7日ぶりに森の神殿の前に戻ったところだったのである。
「どうしいたしましょう」
 ルナの問いに、ジローはじっと考えていた。多分答えを知っているであろうイェスゲンは、残念ながら戻っては来なかった。
「あ、あのぅ・・・」
 イェスイが恐縮しながら発言した。
「どうした?イェスイ」
 ジローの声は優しかった。イェスゲンが戻ってしまったことを一番気に病んでいたのはイェスイなのだ。別に誰が責めたわけでもないが、結果として回り道をさせてしまったことの責任を感じているのだろう。
「は、はい。・・・あの、私達が鏡の間から転送されてきたあの場所へ行ってみたらどうかと」
「ん。そうねぇ。いいんじゃない」
 アイラが直ぐに肯定する。
「そうですね。私達が転送された場所ということは、何か魔法の術が施されている可能性もあるかもしれませんし」
 ミスズもそれなりに理由を考えて付け足した。元気のないイェスイを少しでも力づけようとしているのだ。
「そうだな。行ってみるか」
 愛嬢達全員が同意した。

 森の神殿から南東の小道を1日程進むと、袋小路に辿り着いた。ジロー達は、その場所に魔法の施術がされていないかを調べたが、周りにはなんの手掛かりもなかった。
 イェスイの顔が曇る。その表情を横目に感じながら、必死に手掛かりを探していたのはレイリアだった。いつもの無邪気な表情はなりを潜め、真剣そのものの表情で地面を探索している。あの大地の神殿で、独りぼっちのレイリアを信じ守り続けてくれたのはイェスイ。その恩は深く心に刻まれていた。その恩に少しでも報いたい。その思いだけがレイリアを突き動かしていた。そして、その心が天に通じたのか、とあるものを発見した。
 それは、草の下に隠れていた四角い石のようなものだった。大きさは掌くらい。その中央に穴が空いていた。
 レイリアがそれを見つけたことを告げると、シャオンがまずやって来て詳しく調査する。その結果、これは単なる石ではなく、誰かが目的を持って拵えたものということがわかった。そうなると、穴の目的は・・・。
 答えを出したのは、ルナであった。彼女は水の神殿に行くためにタウラス川を渡る橋を作り出す仕掛けを思い出したのである。あの時は掌を穴に合わせることで橋が出来上がったのだ。
「じゃあ、今度はその穴に合う何かがあればいいのですね」
 ユキナはそう言うと、心当たりがあるとばかりにイェスイを引っ張って行った。
「イェスイ。その樹海の杖の太さと、穴の大きさが同じくらいよ。入れてみて」
「う、うん」
 イェスイは言われるがままに、静かに樹海の杖を石の中央の穴に入れた。そして、両者が隙間なく埋まった時。
 眩しいエメラルドグリーンの輝きが杖の宝玉から放たれて辺りを包み込んだ。眩しさに思わず眼を瞑った一行が、輝きが治まるのを感じて再び眼を開いた時、そこには樹木で出来た回廊が出来上がっていた。


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