ドレアム戦記
ドレアム戦記 朱青風雲編第10話
扉を開けた途端、焦げたような異臭が鼻についた。
「ジロー様。これは・・・」
「ああ、何か変だ」
魔法により室内設備が管理されている筈の神殿。全体的に埃ひとつなく、常に綺麗に磨かれているという印象が強い。当然それは、視覚だけではなく、嗅覚や聴覚にも及び、五感に違和感を抱かせない、むしろ安寧を与える場所と言える。
だが、異臭は明らかに違和感だった。そして、室内全体が白く靄がかかったように煙っている。視界が悪く、部屋の奥まで見ることが出来ない。
<まるで火事の跡のようだ・・・>
ジローは慎重に周囲を知覚した。嫌な予感が背筋を震えさせる。そのうちに、視界が徐々に回復し始めた。神殿に掛けられた魔法が、異物を除去にかかったようだ。異臭が消え、靄は薄らいで行き、元の静寂な神殿の一室に戻っていく。
「・・・どうやらうまくいったわ」
思わぬ方角から人の声が聞こえた。ジロー達はその方角、丁度部屋の反対側を注視した。だが、そんなジロー達自身も相手から見つかったようだ。
「まったく、手強い魔方陣ね。4回もやり直しさせるなんて・・・。でも、これで任務は終了よ。さっ、戻りましょう」
「いや、待て。客人のようだ」
片目の神官の言葉に、魔眼の魔導師は後ろを振り向く。その先には、8人の男女の姿があった。
「どうやら退屈しないですみそうだな」
横で鎧の戦士が一歩前に出た。
その様子を見ていたジロー達。だが、8人もいるといろいろなところに視点が行くものだ。3人の姿を見ているジローやアイラとは別に、ルナが重大なことに気付いた。
「ジロー様、大変です。魔方陣が破壊されてしまっています」
ルナの言うとおり、室内の魔方陣は無残に引き裂かれていた。床の魔方陣の中央から外にかけて、引き裂かれたように破られた傷がつき、天井の小魔方陣に至っては周囲を残して削り取られている。
「魔法で描かれているから、こんなことにはならないはずなのに・・・」
イェスイが声を震わせた。
「ということは、それ以上の強い魔力が行使されたということね」
ミスズがイェスイの肩を抱くと、イェスイは頷いた。
「やったのは、あいつらか・・・」
シャオンの鼻息が荒くなる。
「ジロー様、慎重にお願いします」
イェスイがミスズから離れて、ジローに告げた。4神の神殿に描かれた魔方陣を破壊する程の魔法の使い手が相手の中に混じっていることを警戒したのだ。
「ああ、わかった」
ジローは、奥にいる3人の中で、全身鎧を被った奴が前に出てくるのを受けるように自分も前に出る。
「魔方陣を破壊したのはお前たちか」
ジローが先に声をかけた。少し低い声で、噛み締めた声に詰問の意思が混じっている。
「だとしたら、どうなのだ」
鎧の戦士が答えた。
「なぜ、こんなことをした」
「さあな、命に従ったまでのこと。それより、お前、俺を楽しませてくれそうか?」
鎧の戦士は2本の大剣を抜き放った。分厚い刀身はプラチナのような輝きを放ち、刃こぼれ一つ無い鋭利な刃先は、残酷な死を与えようとせせら笑っているようだった。
「鎧の戦士、使命は終わったぞ」
片目の神官が抗議するような口調で問いかけた。しかし、鎧の戦士は平然と言い放つ。
「わかっている。だが、使命は無事終えた。後は俺の好きにさせてもらおう」
「んもぅ、仕方ないわね・・・。片目の神官。とっとと終わらせるわよ。手伝って」
魔眼の魔導師が鎧の戦士の斜め後方に立った。それを見た片目の神官も憮然とした表情でその横に構える。
対峙するは、ジロー。その背後では、7人の愛嬢がきっちりとサポートに廻っている。
先に動いたのは鎧の戦士だった。双大剣を軽々と振り回して、嵐のような攻撃を叩き込む。大剣が風を斬る音が暴風のように唸りを上げる。それに対してジローは、腰の刀を抜いて冷静に鎧の戦士の攻撃を受け流す。当たればその衝撃だけでも痺れてしまいそうな剣撃も当たらなければその威力は発揮できない。
互角の闘いを繰り広げている横で、魔眼の魔導師が詠唱を始めた。『火炎破』の炎が渦巻きながらジローとその後方の愛嬢達に襲い掛かる。しかし、その炎はルナの『水壁』で相殺され、両方の魔法が消える。
「やはり、凄い魔力ですね」
ルナは額の汗を拭った。相克関係である水の魔法が辛うじて相殺できた程の火の魔法の威力から言って、魔導師級、それもマスタークラスの魔法使いであることは間違いない。
「でも、まだジローは余裕だね」
アイラは涼しい顔で見物していた。一応、ジローが1対1の勝負を行えるように、武闘派の3人、アイラ、ミスズ、ユキナは参加せずに、降りかかる火の粉だけを払おうとしている。そこには、相手が人ならばジローが負けることはないという絶大な信頼があった。
その余裕が油断を呼んだのか、急に相手側から光が放たれ、降り注いできた。
「きゃ!」
「くっ」
ジローは咄嗟に避けたが、左の肘をかすめた部分が火傷をしたように赤く、じんじんと痺れる。愛嬢達はというと、ルナとイェスイが咄嗟に張った『水壁』と『障壁』で何とか緩和されたものの、完全には防ぐことは出来ずに弱いながらも降り注いだ光によって、素肌がちりちりと赤くなった。
「これは、太陽魔法?」
ミスズがルナに問いかけると、ルナは頷いた。そして、それを放った相手の3人目の神官を見る。
「これは、総力戦になりそうね」
アイラの言葉が、この後の激戦を予言しているかのようだった。
「ひりひり痛いですぅ〜」
一番白い肌をしているレイリアが、真っ赤になった腕を口で吹いていた。まるで急激に日焼けをしたようだ。
「レイリア様、今『回復』をかけますから」
イェスイが『回復』をかけて廻っている間、ルナは『月界壁』を唱えている。その間も火の魔法と太陽魔法による攻撃が愛嬢達に放たれたが、神聖魔法の上級魔法とそれを操る聖女イリスの化身、ルナの魔力が上回っているようだった。
但し、『月界壁』を張っているとこちらからの反撃も出来ない。結果的に最初の一撃で受けた傷をイェスイが治療している間は、待つしかなかった。
一方ジローは、鎧の戦士と互角以上の闘いを演じていた。2本の大剣をいなしながら、相手の鎧に打ち込む。しかし、鎧が予想以上に堅い。故に、狙いを間接部に絞ったが、かの鎧、接合部や間接部と思われる場所が見当たらなかった。まるで、鎧が皮膚のように覆っているのである。
「くははははは、愉快だぞ・・・」
鎧の戦士から愉悦の声が出た。ジローという好敵手と渡り合える喜びを戦士として噛み締めているようだ。そういう言葉が出ること自体、戦士にもまだまだ余裕がある証拠といえた。
「そうか、なら」
ジローは左手の痺れが治まってきたところで、『時流』に加えて『鬼眼』を発動した。そして、愛嬢達の様子を見ると『月界壁』が張られていることに安堵する。
「余所見とは余裕か!」
鎧の戦士は、ジローが見せた隙を見逃さずに打ち込む。しかし、『鬼眼』による無意識の防御が、的確にその攻撃を受け止める。多少の衝撃は来るが、数撃ならば何とか持ちこたえられそうだ。
だが、ジローとしても、ただ隙を見せるために愛嬢達を見たわけではなかった。剛撃を受けるリスクを犯してまで必要なこと、ルナと目を合わせて心のコンタクトを取っていたのだ。
<ルナ、精霊を召喚する時間を作って欲しいと言ってくれ>
<はい。わかりました>
ルナは、ジローの言葉をアイラ達に告げた。そして、魔法攻撃の合間に『月界壁』を外す。そのタイミングでシャオンの火の御守から解き放たれた火の精霊フレイアが、転送の間に踊った。
「火の精霊?」
魔眼の魔導師から思わず声が漏れた。彼女の魔法の主体は火の精霊魔法、故に火の精霊相手では分が悪いことこの上ない。
「ボクに任せろ」
片目の神官が呪文を詠唱する。『太陽縛』、太陽の力を封じた光の鞭が、片目の神官の杖から伸びる。その先端は、まるで生きているかのように自在に動き、フレイアに襲いかかった。
フレイアは光の鞭を避けようとしたが、鞭は意思を持っているかのようにフレイアに向かってくる。そして、フレイアに届くと、その身体に巻きついて締め上げた。
「ああっ、シャオン・・・、ご免なさい」
光の鞭に締め付けられたフレイアの身体が四散する。炎の精霊は火の御守に強制送還されてしまったのだ。
しかし、光の鞭に捕まるまでの間に、フレイアはきっちりと仕事はこなしていた。ジローは精霊を召喚する時間を得、ノームの守り、ウンディーネの探索が行われていた。
「ご主人様、あの鎧には素質は無いようです」
ウンディーネの報告を聞くと、ジローは状況から判断してそのままウンディーネを自分の刀に印加した。刀の表面に水滴が浮かぶ。激流を纏った刀の完成であった。
「またせたな、いくぞ!」
ノームの守りに攻め倦んでいた鎧の戦士に対し、ジローは積極的に打って出た。途中、魔導師の『火炎破』が襲い掛かったが、ジローの刀が一閃するとその廻りだけ炎が打ち消された。そして、その勢いで鎧の戦士の双剣を掻い潜って打ちかかる。
鎧の戦士がジローの刀の衝撃を受け止めきれずに後ろに飛ばされた。何とか構えてはいるものの、自慢の鎧の胴の部分に深く窪んだ後が残っている。まだ、鎧自体は破れてはいないが、簡単には復元しなかった。
「くっ、面白いわ」
狂ったように鎧の戦士が双剣を振るった。しかし、先ほどまでの攻撃よりも粗い動きが目立つ。どうやら怒りに煽られているようだ。
『時流』が発動しているジローは、鎧の戦士の攻撃を楽々と掻い潜りながら、反撃を繰り出していた。その度に鎧が衝撃を受け止めきれずに窪み、歪んだ。そして、ジローが刀を逆刃に構えて突きを繰り出したとき、ついに戦士の鎧が砕け、同時に鎧の戦士は背後の壁に叩きつけられた。
「ぐっ、はぁ!」
「大丈夫!?」
魔眼の魔導師が鎧の戦士を見た。魔法の詠唱は続けて、連続して火の魔法を繰り出しているが、相手の守りも堅く、辛うじて動きを封じるレベルである。それは、太陽魔法を繰り出す片目の神官も同じだった。と、その時、神官のセンサーに邪なものが触れた。
<妖気?>
それは、壁に叩きつけられた鎧の戦士の方向から感じ取れた。見ると、鎧の一部が破れ、中が覗いている。そこには、茶色い毛のようなものがあった。
「ぐぞう、こうなったら・・・」
鎧の戦士が咆哮した。と、同時に彼の身体に纏っていた鎧全体にひびが入り、卵が中から割れるように鎧が剥がれた。そして、その中からは・・・。
「えっ、鎧の戦士・・・」
魔眼の魔導師が思わず固まって絶句した。
「逃げろ、魔眼・・・」
片目の神官がそう言った時は、もう遅かった。
「な、何で・・・」
魔眼の魔導師の腹から背中に突き抜けて、人の足くらいの太さのもの刺さっていた。それは、蛇のようにグネグネと動きながら伸びていて、その先は茶色の剛毛に包まれた獣の臀部に繋がっている。
「よ、ろ、い・・・」
魔眼の魔導師は信じられないという顔で獣を見た。鎧の戦士の鎧の中から出てきた獣を。
「なんで・・・」
鎧の戦士だった魔獣は血走った目をかつての仲間に向けた。驚愕に満ちた彼女の瞳を見つめてにやりと嗤う。
「クハハハ・・・。仲間なのにとでも云いたそうだな。だが、違うぞ。お前たちは俺様の餌なのだからな。俺様に魔力を供給するためのな」
魔眼の魔導師の美顔が瞬く間に皺だらけに変貌し、艶やかな黒髪が灰色に脱色していく。彼女の胴体を突き抜けた魔獣の尻尾から、魔力が吸い込まれているのであろう。魔獣は身体の傷がどんどん癒えていく。それどころか、魔眼の魔導師の火の魔力すらも取り込み、身体全体が赤く光り始めていた。
「さて、片目の神官。お前も糧としてやろう」
干からびた老女となった魔眼の魔導師から尻尾を抜き、魔獣は片目の神官にその先端を向けた。
「下種が!」
片目の神官は咄嗟に『陽壁』を張る。しかし、魔獣はお構いなしに『陽壁』ごと横から叩いた。
『陽壁』は、尻尾の攻撃を防いだ。しかし、『陽壁』ごと片目の神官は、はじかれて壁に激突。その衝撃は生身の身体に激しく響いた。そう、魔獣は知っていたのだ。片目の神官が、咄嗟に『陽壁』を張るときは、自分を基点にすることを。そして、生身の身体が直接攻撃に耐えられる程頑丈ではないことも。
「くっ!」
片目の神官の意識がぐらついていた。意識を失えば『陽壁』も消えてしまう。そうなれば彼女もまた、魔眼の魔導師と同じく魔獣の餌になるのは明らかだった。
魔獣は執拗に尻尾で叩きつける。後、2、3発叩けば片目の神官が気を失うだろう。朦朧とした意識のせいか、『陽壁』も輝きを失い薄くなってきている。そして、最後の一撃が振り下ろされようとしていた。
<もう・・・、だめか・・・>
片目の神官の意識が薄れていく。その中で、何故か誰かの背中が視界に映った。鮮やかな黒髪を最後に知覚し、片目の神官の意識は深い闇の中に落ちて行った。
「そうはいかないわ」
魔獣の尻尾と片目の神官の間に割り込んだのはミスズだった。一撃を玄武坤が弾く。弾かれた尻尾は3分の1程、ざっくりと切られていた。
「邪魔するな!」
魔獣が吼える。
「そうはいかない。相手が魔界の関係者なら特にな」
ジローの冷静な声に魔獣はミスズとの闘いを継続しながら尻尾から意識を引いて、ジローを睨むように見た。魔獣は巨大な熊に虎の牙と爪、意識外でも自在に動く鋭い尻尾をつけたような感じで、瞳を見る限り高い知性を持ち合わせているようだ。
「オクタスで倒した刀魔に似てるわね」
横でアイラが呟く。が、その言葉は魔獣に聞こえていたのか、急に態度に怒気を孕んだ。
「刀魔だと・・・。貴様、我が弟を倒したのか!」
「ああ。ということは、お前も魔界十二将とかいう奴か」
「そうだ。我は獣魔。弟の仇、覚悟しろ」
獣魔の全身が炎を帯びる。魔眼の魔導師の魔力をフルに使う気になったらしい。だか、ジローは内心、自分が有利だと悟っていた。彼の手にはウンディーネの激流を纏った刀がある。水と火は相克の関係で水に有利なのだ。
「いくぞ!」
ジローと獣魔が同時に動いた。獣魔の豪腕と爪がジローに襲い掛かる。が、ジローはそれを余裕で掻い潜り、獣魔の脚を蹴って飛び上がると刀を上段に振りかぶって、獣魔の頭に振り下ろした。
誰もがジローの勝利を確信した瞬間だった。だが、ジローの攻撃は獣魔に当ることは出来なかった。寸前で獣魔は、結界を張ったのである。そのために、ジローの刀の刀身が消えてしまった。柄だけの刀では、激流を纏ってもそれを揮うことはできない。
<何!>
ジローのその一瞬の驚愕が産んだ隙を、獣魔は逃さなかった。両腕は間に合わないと悟った獣魔の強烈な頭突きが繰り出され、空中のジローはその衝撃をもろに受けて後方に吹っ飛ばされた。
「ジロー様!」
「『風壁』!」
ルナが叫ぶのと同時に、レイリアが風の壁を使って柔らかくジローを受け止める。神殿の壁に激突しなくて済んだため、重傷とまではいかなかったが、それでも頭突きが当った胸から腹部にかけて火傷を負い、打撃によるダメージも少なくはなかった。
ルナとイェスイが『聖回復』と『治癒』を唱えた。ジローは苦しそうだが意識はあるので、暫くすれば回復するはず。
獣魔はしかし、ジローの回復を待つというようなことはしなかった。そのままジローを追いかけて一気に片をつけようとしたのだ。
「そうはいかないよ!」
颯爽と割り込んだのはアイラだった。遅れてユキナも参戦する。
「邪魔だ、どけい」
獣魔は渾身の力を込めてアイラに打ちかかった。ジローにはほとんど避けられてしまったが、相手が受けようとしているのを内心ほくそ笑みながら。赤毛の小娘ならば一撃で片付け、破壊の獣欲を満たせると思ったのだ。
だが、その予想は完全に外れた。アイラの左手の朱雀扇が、軽々と獣魔の攻撃を止めたのである。そして、その後の連続した攻撃さえも。
「お姉さまの『鬼眼』と朱雀扇の組み合わせは無敵です」
ユキナはそう言い切ると、白虎鎗を達人の突きで繰り出した。風が作った穂先が何回も獣魔にヒットする。ただ、相克の関係で金性の風は火には弱いため、致命傷までは与えられない。
「ぐうぅぅぅ・・・。貴様ら、何故封印の武具を・・・」
自分が結界を張ったことで勝利を確信していた獣魔は、結界の中でも力を発揮できる武器がここにあるとは思っていなかった。それも2人もである。
「いいえ、3人よ」
空気を切り裂く音と共に、獣魔の背中が切り裂かれた。切り裂いた刃は、回転しながらミスズの手許に戻る。気を失った片目の神官の傍にいたミスズは、獣魔の尻尾が届かない距離まで離れたことを悟り、闘いに参戦したのである。その時点で、獣魔の尻尾はあちこち切刻まれて戦闘能力をほぼ失った状態になっていたのだが。
「ぐぁぁぁぁ・・・、貴様らぁ」
獣魔の身体に傷が増えていく。攻撃は全て一番近くのアイラに止められ、その後方からユキナの白虎鎗、背後から飛んでくるミスズの玄武坤が次々と襲い掛かってくる。尻尾は既に半ばから切り落とされてしまっている。
獣魔は、最後の手段として、全力で攻撃した。が、アイラには効かない。だが、それは次の一手の布石だったようだ。攻撃が急に途絶えた瞬間、獣魔は脱兎のごとく部屋を脱出したのである。
「すまない。油断した」
ルナとイェスイの必死の介護で復活したジローは、素直に愛嬢達に頭を下げた。感謝の気持ちと、心配させてすまないという気持ちが入り混じっている。
「ジロー、大丈夫なの?」
シャオンが聞く。獣魔の一撃を受けた直後の火傷を直接見たシャオンは、神聖魔法でも回復するのか不安に思えたのである。だが、2人の神聖魔法の使い手は、それぞれ非凡であった。火傷も痕跡を残さず綺麗に治癒しているし、打撃によるダメージも回復していた。
「ああ、みんな、心配かけてごめん」
「うんうん。無事を信じてたわ」
これはアイラ。ジローが復活して一番最初にキスしていた。というのも、ジローの治療が少々あっち系だったからである。
火傷を短時間に治療するため、イェスイはジローの肉棒を自分の膣内に迎え入れて『治癒』を唱えたのだ。もちろん、肉棒を立たせたのはレイリアのフェラである。神聖魔法の威力を強める方法は、好きな人と繋がりながら唱えることと、以前ルナが言っていたのを思い出したのである。というか、それほどジローの容態が深刻だったということなのだが。
ルナはルナで、額の汗を拭くこと、いや、汗が流れていることも気付かずに『聖回復』を唱え続けていた。ジローの受けたダメージを少しでも緩和し、一刻も早く元に戻って欲しいと祈り続ける。
こうして、水生魔物の時に全く無力だった自分を思い、今度こそはと必死になるルナ達の看護は、劇的にジローを回復させたのであった。
ジローは起き上がると、アイラから獣魔が逃げたことを聞く。追う必要性を感じたが、その前にミスズのもとに歩み寄る。そこには、獣魔のパートナーだった魔導師と神官の姿があった。
「ジロー様、よかった・・・」
涙を浮かべたミスズにキスをすると、ジローは床に横たわった2人を見る。1人はしわくちゃの老婆。鮮やかな黒髪は見る影もなくぼさぼさの白髪に変わり、既に命の炎は消えているようだった。
そして、もう1人。こちらは気を失ってはいるが、観たところ傷はないようだ。薄紫色の髪をポニーテールに留めた美少女だったが、左目を覆っている眼帯が異彩を放っている。眼帯は直接肌に融合しているようにも見え、少なくとも普通の方法では外せないようなもののようだ。だが、ジローが気になったのは、その眼帯に刻まれた文字だった。
『封』と書かれたその文字を読み、ジローは何らかの行動を起こさなければいけないという衝動に駆られた。その結果というか、彼女の眼帯に触れたその時。
虹色の光が辺りを埋め尽くした。そして、そこにはジローと、何者かの明確な意思だけが存在している。
<結界の中か?>
<そうだ、異界からの救世主よ・・・>
ジローはその言葉にはっとする。
<あなたは?>
<私は太陽の聖者ユリシーズ。かつてクロウ大帝と共に戦った者・・・>
ジローは姿の見えない意思からの言葉を黙って聞いている。そこに邪な念がないことを慎重に感じ取りながら。
<救世主よ。私は待っていたのだ、そなたに会うことを>
<何故?>
<その娘、名をエレノアと言う。生まれながらにして魔を調伏する灼熱の瞳を持たされた運命の娘だ。だが、幼い娘がその力を持っていることがわかれば、悪に利用されるか、命を絶たれる。故に瞳を封印し、託すべき者が現れるのを待った・・・>
<魔界にとっては抹殺すべき相手というわけか>
<そうだ。だが、次の世界の危機が魔界の侵略とは・・・。その娘の力が大いに役立つだろう。眼帯の封印は解いた、後はそなた次第だ>
<俺は何をすればいい?>
<エレノアをそなたに任せたい。ただ、少々変わった娘でな・・・>
<わかった>
<おお、頼む。最後に、これはお願いだ。エレノアには我が娘エウレカの転生した魂が宿っている。今度こそ娘に幸せを掴ませてやりたい。よろしく頼む・・・>
ユリシーズと名乗った意思の言葉が途絶えると、虹色の空間が徐々に萎み元の世界が戻ってきた。そして、最後にジローの眼前に1つの珠となって凝縮される。その珠の表面には、『反魔』と書かれており、ジローがその文字を読むとジローの中に入り込み消えた。
「お前の肌は赤子の肌のように柔らかいのう。それに吸い付くような肌理の細かい肌が私の手を吸いつけているようだ・・・」
「うあっ、あっ、あうっぅぅぅぅ・・・」
ベッドの上で男女が睦みあっていた。男は完全に溺れている。そして女は、そんな男に全身全霊を持って媚へつらい、身体を捧げて奉仕をしている。
「あぁ、ナディルさまぁ・・・」
女の口から零れる声までもが心地よく、ナディルは心底から女を抱ける喜びを噛み締めていた。
ナディル。そう、彼は青龍の神殿を支配下に治めたハデス旗下の将軍である。だが、神殿の生み出す富を啜ろうとする商人神官達による接待漬けによって骨抜きにされ、ついには商人神官が連れてきた女の身体に夢中になってしまい、自分の役割を忘れかけていた。
<まあ、皇太子殿下から次の命令が下るまでは・・・>
そう自分を納得させて、ひたすら女に溺れる。それほどまでにあてがわれた女は素晴しかった。今も、ナディルの肉棒は女の膣内に収まり、膣壁から分泌された愛液が潤滑油のように肉棒を包みながら、膣壁の動きに合わせた快感を送り込んでくる。そして、ナディルの両手は溢れんばかりの双乳に吸い付き、貪るように揉んでいた。
「おお、い、いくぞ」
ナディルの声と共に、今日何回目かの精液が女の子宮を叩いた。だが、それまでと同じように、女の膣壁がナディルの肉棒を続けて刺激し、肉棒に萎える暇を与えない。女の愛液がまるで媚薬のように包み込んでいた。
どんっ!
大きな音と共に壁が揺れ、寝室の空気を震わせた。
「きゃあ!」
女の悲鳴と共に、ナディルは快楽地獄から抜け出す。将軍としての意識が快楽を制したようだ。
「何事だ!」
ナディルは女から離れてガウンを纏った。そして冷静になってみると、扉の向こうから悲鳴や怒声が響いている。ナディルは直ぐに壁にかけてあった剣を取り、扉に手をかけた。
扉の向こうでは阿鼻叫喚の景色が広がっていた。一匹の魔物が暴れながら兵士や神官を手にかけている。
「魔力をよこせぇぇぇぇ・・・」
魔物は傷だらけの身体を引きずりながら、兵士や神官を片っ端から捕まえて、切断されて短くなった尻尾をその身体につきたてている。よく見ると、尻尾の切断面から新たに尻尾が再生されているようだ。
魔物は神殿の地下で敗れて地上に逃れてきた獣魔だった。魔眼の魔導師から得た魔力を全て失ったために、もう一度魔力の補給をしているのである。幸い、今いる場所が神殿であるため、それは容易だと思っていた。しかし、青龍の神殿にいるのは、商人上がりの神官ばかり、魔力などはからっけつ。思うとおりにいかないため、八つ当たりに近い状態で暴れているのであった。
「こうなったら、全員から搾取してやる!」
そして、神殿の兵士と神官全てが餌の対象となっていたのだ。
「魔物め、我が剛剣を喰らえ」
「ほう、ナディルか・・・、お前を喰らえば少しは回復しそうだな」
ナディルは自分の名前を呼ばれたのにどきりとしたが、今は考える時ではないと魔物に突進した。
「ふんっ」
獣魔は右手の爪で剣を止めようとする。しかし、ナディルの剛剣は爪先を削って指を裂き、獣魔の手首の辺りまで達して止まった。
「どうだっ!」
勝ち誇るナディル。しかし、獣魔は嗤っていた。そして、その意味は直ぐにわかった。剣が抜けない。びくともしないのだ。その時剣を放すという選択肢をもう少し早く選んでいれば結果は変わったかもしれない。が、間に合わなかった。
ずんっ
ナディルの背中に激痛が走り、それは腹部にまで広がった。ナディルが視線を向けると、自分の腹から何かが生えている。それと同時に、身体全体の力が萎えるように抜けていき、意識がぼやけ、視界が霞んだ。
「おう、さすがはナディルだな」
ナディルの背中から腹にかけて貫通したのは獣魔の尻尾だった。そこからナディルの魔力と精気を奪っている。身体の傷がぐんぐん治っていき、今ついたばかりの手首の傷まで再生していく。
獣魔の手首に食い込んでいた剣が再生する肉に圧されて外に出され、そのまま床に落ちた。それを握るナディルの亡骸と共に。
ジローが片目の神官だった美少女を見つめていると、彼女はようやく意識を取り戻して右目を開いた。群青色の瞳が焦点を掴めずにいたが、やがてその瞳に生気が戻り輝きを取り戻した。
「気がついたか、エレノア」
美少女、エレノアの瞳が一瞬驚愕の色を浮かべた。が、直ぐに元に戻ると、自分を見つめているジローと7人の愛嬢達を一人ずつ見つめた。
「お前、何故ボクの名を知っている」
最後にもう一度視点をジローに戻して、最初に言った言葉がこれだった。
<変わった娘か・・・>
ジローは、ユリシーズの言葉を思い出しながら苦笑し、エレノアと自分の愛嬢達にユリシーズから聞いた話を告げた。
ジローの話が終わると、エレノアは表情を変えずに起き上がる。そして、そこに自分とジロー達しかいないことをあらためて確認してからジローに向き直った。
「ジローというのか。わかった、ボクはお前に従う」
この反応に少なからず驚いているのは愛嬢達。特にシャオンはのけぞった。
「ええええぇぇ?そ、そんな、簡単に寝返っちゃうの?」
だが、エレノアは涼しい顔。
「ボクはジローに託された。それだけで十分ジローに従う理由がある」
「でも、貴女は誰かに派遣されてここに来たのよね」
アイラが問いただす。
「そうだ、殿下から直接、青龍の神殿の転送の間を破壊することを命じられた」
「殿下・・・、ハデス皇太子のことですね」
ルナが確認するように尋ねると、エレノアは静かに頷いた。
「でも、そうなるとハデス陣営を裏切ることになります」
ユキナが真面目そうに言う。
「そうね。エレノア、もしかしたらこれから私たちはハデス皇太子を敵に廻すことがあるかも知れないわ。それでも、私達の側にいられる?」
ミスズが核心を突く話をした。現時点ではハデス皇太子と直接敵対しているわけではないが、そんな事情をエレノアは知らないのだ。
「ああ、ボクの左目の封印を解いた者に従うこと。それがボクに課された天命」
エレノアの群青色の瞳が、怜悧に輝く。その瞳に嘘は無いと訴えるように。その迫力に気圧されたのか、愛嬢達も納得したようだ。
「わ〜い、新しいお姉さまだぁ〜。レイリアちゃんですぅ。よろしくおねがいしまぁ〜す」
レイリアが飛び出してエレノアに抱きついた。これには少々エレノアも動揺したのか、呆然と抱きつくレイリアを見つめていた。
「レイリア様、まだお話がすんでいないので・・・」
イェスイが慌てて抱きついているレイリアを剥がす。レイリアはちょっと残念そうだったが、エレノアから離れた。
「エレノア」
「何?」
「左目はつぶったままなのか?」
「えっ、ああ・・・、そうだな。忘れていた。もう封印はなかったのだな」
そういって自分の左手で左目の廻りに触れる。左の目蓋に直接触れるのは十何年ぶりになるのか、覚えていない。そして、左手を下ろすと、ゆっくりと、目蓋を開いていった。眩しい光に眩んだかまだ焦点は合ってはいないようだったが、その下から現れたのは灼熱色の瞳だった。
「左右の色が・・・」
「その瞳のせいで封印されたのか・・・」
エレノアの左目、灼熱の瞳が光りに少しずつ慣れてきたのか、焦点が合ってくると同時に段々と輝きが増してくる。
「いいものだな、両方の眼でものを見るということは・・・」
エレノアは頷き、そして微笑んだ。8人目の愛嬢が誕生した瞬間だった。
ジローと8人の愛嬢達は、青龍の神殿の地下から地上への道を進んでいた。転送の間で獣魔に殺された魔眼の魔導師の敵を取りたいというエレノアの願いと、魔界12将である獣魔をこのままにしてはおけないというジローの気持ちが一致し、傷ついた身体を引きずるように逃走した獣魔を追いかけることにしたのである。
廊下には、獣魔のものと思われる体液の後が点々とついているので、一行は迷わずに進むことができている。しかし、途中からその道には死骸が点々とするようになっていた。それもすべて魔眼の魔導師のように精気を吸われてしまっていた。
そして、神殿の大広間に通じる扉を開けた時、ジロー達の目指す相手は其処にいた。いや、待っていたというべきか。
「遅かったな」
獣魔は不敵に嗤った。その体毛は電荷を帯び、ところどころ光っている。どうやら木性の魔力を吸収したらしい。そして、使い切ったと思われた魔眼の魔導師の魔力の源である火性の力も発現しているようだ。
「ジロー様。獣魔は2つの素質を帯びている様子です。相克は役に立たないかもしれません」
イェスイが告げたとおり、木性の相克である金性は、火性と相克で不利になる。そうなると水性が一番手ごろだが、木性相手では有利も不利もないのだ。
「わかった。ルナ、刀に『授与』を」
「はい」
ジローの刀が明るい輝きを帯びた。この状態であれば、魔物の結界の中でも刀としての力を発揮できる。
「さて、さっきは不覚をとったが、今度はそうはいかないぞ」
ジローがゆっくりと獣魔に近寄った。その両脇をアイラとユキナ、後方をミスズが固める。更に後方では、ルナが『月界壁』を張り、獣魔の尻尾の攻撃から残りの5人の愛嬢達を守っていた。
「これでも喰らえ!」
先に動いたのは獣魔だった。腕を振ると、風圧と共に電荷を帯びた雷が襲い掛かる。だが、ジロー達はその場に留まらず、それぞれに散って反撃する。
ミスズの玄武坤が空を斬って獣魔に襲来する。ユキナの白虎鎗の風の穂先が矢のように繰り出される。アイラは接近戦で獣魔の攻撃を全て朱雀扇で受け止め、炎を授与したナイフで攻撃している。そして、ジローは、ウンディーネの激流を纏った刀を翳して正面から獣魔に切りかかった。
不利を悟った獣魔が再び結界を張る。しかし、ジローの刃が消え去ることはなく、そのまま獣魔の左肩に切りつけた。
「グ、なん、だ・・・」
獣魔の左腕がもぎ取られたように床に落ちた。同時にミスズの玄武坤が右手を手首のところで切断する。両腕の戦闘力をもがれた獣魔は、信じられないという感情を瞳に浮かべるが、まだまだ魔力は残っていると剛毛を震わせ、結界全体に行き渡る震雷を放つ。
「シルフィード!」
「承知」
ジローがこんなこともあろうかと呼び出していたシルフィードが戦闘班の4人をそれぞれ風の膜で包み込む。雷の電荷はその膜に当って跳ね返され、ジロー達には届かない。一方のルナ達補助班は、『月界壁』によって無傷であった。
目もくらむような雷光が治まった時、獣魔は黒焦げになったジロー達の姿を想像していた。魔力は殆ど使い果たしたが、奴らさえ倒せば問題ないし、あれだけの能力のある連中ならば、死体からでも今まで以上の魔力を吸収できると踏んでいた。しかし、視界がはっきりしたとき、そこに見たものは・・・。
「な、何故だ・・・」
ジロー達はシルフィードのおかげで、まったく無傷で震雷を乗り切っていた。それどころかユキナの白虎鎗が繰り出した巨大な風の刃が腹部を抉る。
「ぐが、き、貴様ら」
獣魔はもう、完全に逃走しようとしていた。自分に有利な筈の結界の中でこうも酷くやられるなどということは、レベルの違いが明らかであるということなのだ。
もう一度、残った魔力を振り絞って、震雷を放つ。魔力が少ないので時間は数秒もない。だが、自分が逃げるための隙を作りたいだけなので、その目的さえ果たせればよかった。
「うふふ。とおせんぼ、ですわ」
「なっ」
獣魔が逃げようとした結界の外で、樹木の結界が待っていた。結界の蔓や蔦は、地下通路の時のように焼くことも千切ることもできず、ただ黙って絡め取られるだけ。
「ジロー。最後はボクにやらせて欲しい」
ドリアードの結界に囚われた獣魔に止めを刺そうとしたジローの背後から、1人の美少女が歩み寄ってきた。薄紫色の髪をポニーに結んだ異色の瞳を持つ8人目の愛嬢、エレノアである。
ジローはわかったと頷き、エレノアに場所を譲った。エレノアは感謝の気持ちで頭を下げ、獣魔に対峙した。
「鎧の戦士、いや、獣魔だったな。魔眼の魔導師の敵を討たせてもらう」
「ぐ、お前、片目の神官。その瞳、そうか・・・、ぬかったぞ・・・。お前を先に食せばよかった」
「ボクも残念だ」
エレノアの左目、灼熱の瞳がルビーの輝きを放った。魔を調伏する光、その名の通り魔物の力を弱める力を持つ。そして、同時に唱えた太陽魔法『邪滅光』に包まれると、文字通り獣魔は塵となって消滅したのだった。
「皆にはすまないと思っている。ジロー様の行く手を阻む結果になってしまった」
獣魔を滅した神殿の大広間は、凄惨な状態になっていた。獣魔が絞りつくした兵士や神官達は一様に干からびた状態で絶命しており、誰も生き残ってはいなかったのだ。
ジロー達は神殿の外に出て、生きている人々に神殿内の状況を説明し、死者の弔いを依頼した後で場所を移し、宿屋の一室で今後の対応を話し合っていたところであった。
「エレノア、いいのよ」
アイラがそう言うと、他の愛嬢達も頷いた。
「そうだ、立場上仕方がなかったことだ。最後に辿り着く神殿を端折ろうと考えた俺に、ばちが当ったんだ、きっと。別の方法を探せばいい」
「そうですね。でもそうなると次は」
「太陽の神殿ね」
ルナの問いかけにシャオンが答えた。
「帝国の中心地ですね」
ユキナの言葉に発言が途絶えた。太陽の神殿は、セントアースの首都ノームから南西に50カーミルほど離れた場所にある、治外法権を認められた聖域である。しかし、廻りは砂漠に囲まれ、唯一の整備された道はノームからしか伸びていない。即ち、ノームを経由しない限り神殿に行き着くことは難しいのである。
「神殿は、皇帝の2女、太陽の髪の聖女ヘラ大司祭が事実上の支配者になっている。ボクを皇太子の下に派遣したのも大司祭だ」
沈黙を破ったのはエレノアだった。エレノアは太陽の神殿で司祭をしていたらしい。故に、太陽の神殿に関する情報源として大いに役立っていた。
「ジロー様。帝国は現在大陸を統一しようと各地で戦端を開いています。その中で私達がノームに行くのは至難の技だと思います」
ミスズが冷静に状況を告げる。
「そうだな、この間ノルバに行ったときに、カゲトラ殿からリガネスに帝国軍が攻め寄せていると聞かされた。ノルバが動けないなら俺達が行こうかと言ったら、アルタイアが楽しみを邪魔するなと言うだろうからほっておけと豪快に笑われたな」
「青龍地方でも戦乱が始まっています。ここに押し寄せたのは皇太子軍だったそうです」
イェスイがレイリアの髪を撫でながら発言した。レイリアは疲れたのか、イェスイの膝の上ですやすやと眠っているようだ。
「ジロー様。私達の選択は2通りあります。ひとつは、このまま朱雀の神殿に戻って、白虎の神殿からノルバに戻ること。もうひとつは、青龍地方の戦乱に介入することです。リスクが少ないのはノルバに行く方だと思いますが」
「う〜ん。ミスズの言うとおりだけど、なんかこっちの方が魔物くさい気がするのよね〜」
アイラがにやにやしながら発言する。ミスズもそんなアイラの意見に別段反対するようなそぶりはなく、むしろその方が楽しそうだというような表情が読み取れた。
「皆、決して安全とは言えないかもしれないが、もう少し青龍地方を探ろう。帝国の力を殺ぐことにもなるかもしれないし」
「「「はい」」」
眠っているレイリアを除く7人の愛嬢が快活に返事を返した。