ドレアム戦記
ドレアム戦記 黄龍戦乱編
第1話
ノルバの戦いから1年半の月日が流れていた。
その間、青龍地方の内乱等様々な物事が起き、魔界がこのドレアムの大地を侵略しようとしているということが、ここに暮らす人々にも明らかに知れ渡り始めていた。しかし、大多数の無力な人々は魔物達の蹂躙から逃げ隠れる以外の手段は持っていなかった。一部の武力を持つ領主や諸侯、神殿、教会、武闘家、騎士、戦士、魔法使い、そういった者達だけが頼られる存在であったが、それでも一部の弱いはぐれ魔物は倒せても、本格的な魔物やその上位の存在には全く歯がたたなかったのである。
そんな中で、人々の間に何気ない噂が流れていた。それは、魔物を相手に戦いを繰り広げ、各地で魔物の脅威を退けている救世主がいるという噂。世界的な危機が訪れると誰彼ともなく呟く都合のいい願望、それは夢で見たことを現実のように感じて物語った者の言葉が始まりだったのかもしれないが、いつしか伝染病のように巷に広がっていき、その存在の有無に拘らず祈るような気持ちで人々の希望となっていった。
だが、一部の人に尋ねれば、「その人は本当にいるよ」という答えが返ってくるだろう。朱雀地方南部の港町では、その人の子供を産んだという尾ひれのついた話まであるくらいなのだから。そうそう、朱雀地方南部と言えば火の神殿が有名だが、そこの大祭司が女の子を産んだらしくて、その父親もその人だって噂である。
そんな噂話は、ドレアムの大地の東と北ではもう少し違った話として伝わっていた。いや、違っているのではなくより具体化していると言った方が的を得ているだろう。両地方共その人に実際に助けられ、間近に感じた人も多くいたのだ。特に青龍地方では真の英雄だけがその称号を得られるとされる金龍将を冠したのだから。
そして、北。玄武地方西部に人間達の希望の拠点があった。かつてノースフロウ王国の重鎮である3公爵家のひとつであったノルバ公国。その政務を司る大広間で今まさに、活発な議論が行われていた。そのテーマはただ一つ、『人々に対して脅威となっている魔界からの侵略にどう立ち向かうか』であった。
思えば、魔界の侵略の手はノースフロウ王国では最初に王都ウンディーネから始まった。その力は次第に広大し、今や玄武地方の東側半分は魔界側の支配下にあると言っても過言ではないだろう。
しかし、玄武地方で起きていることは、ドレアム大陸全体の一部でしかなかった。そう、魔の手は既にドレアム大陸全土に及び、僅かに青龍地方と朱雀地方の一部を除きほぼ魔界側の範疇にあった。そして、その中枢を担うのはセントアース帝国。かつての栄光ある帝国は、今や完全に魔界側の本拠地と化していた。そこに住む住人達がどうなったのかについては、情報が全く遮断された今となっては知る由もないが、玄武地方南部の商都リガネスに攻め寄せる帝国軍はまだ人間であることから考えると、洗脳されながらも生きているということだろうか。
そのリガネスは、帝国軍の襲来を2度ほど撃退していた。リガネス軍1万は精強であり、これを指揮するアルタイア公爵もまた、将としての非凡な才能を持ち合わせているのだ。だが、そのアルタイア公爵が苦手とする政治の分野で、リガネスは非常に微妙な立場にあった。玄武地方を2分する勢力、魔界の手に落ちたノースフロウ王国とこれに対抗するノルバ公国、そのどちらの陣営にも属さずに中立を保たざるを得なかったのである。本心はノルバ側に付きたいところだが、王国との関係も互いに探りあいながらも継続している。そして、帝国が攻め寄せた時に援軍を差し向けることが出来たのは王国側であった。帝国が2度目に攻め寄せた時、王国がジャムカ率いる騎馬隊を応援として差し向けたことで、帝国軍は兵を引いていたのである。
一方、ノルバ公国側は、微妙な立場のリガネスと水面下で手を結んでいた。そのためアルタイア公爵の妻であり、政務長官でもあるライラが身重な身体を労わるように密かにノルバに入っている。アルタイアは内心、身重な妻を戦地から離して一番安全なところと言える場所に退避させたいと考えていたのだが、ライラはノルバ公爵家の面々と共に精力的に働いていたのであった。
その後ライラは無事に出産し、フンドルとエルティスという男女の双子をもうけた。もちろん、跡継ぎができたことを知ったアルタイアの喜びは甚大で、歓喜の勢いで武闘大会を開催した程だった。もちろん、後でこの有事下で何を考えているのというきついお灸をライラから受けたのだが、ご愛嬌である。
ノルバ公国は、今やドレアム大陸に住む人々を守る中心となっていた。ドレアム大陸で魔界の侵略の手に落ちていない残された2つの地域、青龍地方のトオリル公子と朱雀地方のクネス達解放軍(いつまでもレジスタンスではないということで呼び名を変えた)の面々と手を握り、魔界軍に対抗する一大勢力を築きあげていたのである。そして、彼らはいつしか、自分達のことを『ドレアム連合』と名乗り始めていた。
そのドレアム連合の中で、中心的な役割を果たしていたのがジローと8人の愛嬢達であった。それも当然といえば当然だった。トオリル公子にしろ、解放軍の面々も、ジロー達が神殿を巡る旅の中で出会わなければ、それぞれ知り合うことなどなく、個別の戦いはできてもこうして力を束ねて連合を組むなどという事は有り得なかっただろうから。
ジロー達が旅から戻ったのは半年程前のことだった。バイパー達タウラス川の水運を支配する者達の協力を得て水の神殿に辿り着いた面々は、更に玄武の神殿へ移動して転送の魔方陣を経由し、朱雀、白虎と神殿を跳んだ。こうして戻って来た彼らは、旅の中で見聞した魔界側の動きや各地方の動向をノルバのカゲトラ公爵達に説明した。そして、トオリル公子やクネス達レジスタンスと手を組んで魔界側に対抗することを説いたのであった。
もちろんカゲトラ公爵達に異論はなかった。ただ、互いに遠く離れた地域に居るため、どうやって連絡をつけて交渉するのか、そしてどうやって力を束ねていくのかという問題が取り沙汰された。
その答えについても、ジロー達は用意していた。まず、交渉についてだが、ジローは青龍地方7龍将の筆頭である金龍将であり、アイラはサウスヒート王家の落胤としてレジスタンスの盟主の役割を担っていた。共に2つの勢力を味方につけるには十二分な存在と言えた。
次に距離を縮める方法だが、これは木の上級魔法を操れるイェスイとその魂を共有しているイェスゲンの進言を元に可能となった。朱雀の神殿にある特定の場所に導く転送の魔方陣があったが、木の上級魔法『転送陣』によりこれと同様なものを作り上げることが可能となるとのことなのだ。但し、魔方陣が作れる場所には厳しい条件があり、ノルバではイリス聖堂、青龍地方ではドリアードの地下の一部(青龍の神殿にもあったが転送陣が破壊されてしまったので使用不能となってしまった)、朱雀地方ではオクタスの地下迷宮の特定箇所と火の神殿が僅かに該当するだけであった。ちなみに、クリスティーヌ侯爵の治めるセクティにも一部該当する箇所があったが、既に魔方陣が描かれていたため新たなものを置くことは出来なかった。
これらの整備を行うのに1月以上を要した。というのも、『転送陣』の魔法は術者を著しく疲労させるため、転送の魔方陣を1つ作るごとに相応の休息を必要としたのだ。そしてもう1つ、魔方陣を使うためには神聖魔法がキーとして必要だったが、元々神聖魔法の使い手は多くはいない。となると折角道をつけても通過できないことになってしまう。これを解決するために考えたのが、魔方陣の動力として神聖魔法のエネルギーを球体に閉じ込めて設置することだった。ただ、これには神聖魔法の術者が複数必要であるため、臨時に月の神殿から神官長ノルマンド以下の使い手達を召集した。月の神殿には魔力を強化する『月の石』があり、ノルマンドに持ってきてもらったその力も加わって、魔方陣の動力の問題も解決したのである。
ドレアム連合の中で精力的に活動するジローの姿は、ノルバの面々の中でも光っていた。ジローとしては、来る魔界との戦いに備えて準備できるものは出来る限り揃えておきたいという一心で動いていただけなのだか、廻りからの評価はそれ以上のものであった。
その結果として、ジローは連合の盟主として崇められることになる。もちろん最初は遠慮したものの、3つの勢力の長であるカゲトラ公爵、トオリル公子、クネス将軍の誰がトップになっても直ぐに他の勢力を上手く従えることは難しく、であればどの勢力にも属さず、そしてどの勢力にも強く関わりのあるジローに白羽の矢が立てられたのも当然の成り行きといえた。
「何とか形が出来上がったか」
ジローがぼそりと呟く。その横で静かに同意を示したのはカゲトラ公爵であった。
「朱雀地方も、オクタスを中心に南西部の都市との協力体制が出来つつありますわ」
そう言って妖艶に微笑んだのはイレーヌである。彼女は解放軍の代表としてノルバに来ており、連合の政務官兼副財務官となっていた。
その横で清楚な雰囲気を纏わらせている女性は、青龍地方のトオリル公子の妹パメラである。彼女もまた、トオリル公子の代理として全権を任されてノルバに来ていた。但し、彼女の場合は周りの雰囲気を和ませる力はあるが政治については未知数であるため、横に銀龍将のムカリが控えている。
会議室にはその他に、解放軍の盟主でもあるアイラ、モトナリ、ミスズ、ノブシゲの3兄妹、ノルバの軍師から連合の軍師に格上げとなった智将シメイ、今や2児の母となり、元々の英知と落ち着きに加え慈愛も身に纏ったリガネスのライラなどが着席していた。そして、ジローの隣にはルナ、背後にはエレノアが控えていた。
残りの愛嬢達はというと、ユキナはムカリに代わって輝龍将として青龍地方に赴任し軍隊の調練に精を出し、イェスイは『転送陣』作成の疲れがまだ完全に取れていないことから休んでおり、レイリアが看病していた。そして、シャオンは『好奇心が疼くぅ〜』とか言いながらノルバ市街の雑踏の中にあった。
「さて、ジロー殿。次の一手はどう打つ?」
カゲトラの問いに、ジローはまず現在の状況についてシメイに問う。シメイは落ち着き払った物腰で、淡々と説明を始めた。
「調べた限りでは、現在魔界側も小康状態を保っていると言っていいでしょう。まず、帝国ですが、先月の2度目のリガネス攻撃以来、なりを潜めています。周囲に敵兵の姿も見えないということですから、なんらかの準備期間に入ったのかもしれません」
「次に、青龍地方ですが、こちらもグユク公子がガルバン要塞に篭ったまま動いていないようです。お陰でドリアード軍の準備が順調に進んでいます。同じく朱雀地方も特に目立った動きはありません。ただ、ひとつ気になることがあります。ハデス皇太子の所在が掴めません。少なくとも朱雀地方で最近皇太子の姿を見たものはいないようです」
ジローはふと、ハデスと闘ったときのことを思い出した。結界によって刀身が消されてしまったが、その前に感じた手応えは確かなものだった。
「可能性の1つだが、ハデスは死んではいないにしろ重傷を負っているのかもしれない」
ジローの言葉に、廻りから感嘆の視線が寄せられた。ジローがハデスと闘ったことは、ここにいる面々には周知のことだったのだ。
「はい。可能性はありますし、そうであれば今の朱雀地方の静穏はジロー殿のおかげということになりますね。話はもどしますが、現在朱雀地方を治めているのは、アリオスという皇太子の片腕です」
「ドリアード攻防戦で見たよ。結構戦い方が上手だったよね」
「私の目から見ても、かなり将としての力はあると思いますよ」
アイラに続いて、ムカリが発言した。
「次は、白虎地方です。残念ながら、ここは魔界の支配下に落ちたようです。この3ヵ月、情報が全く遮断されてしまって状況はまったくわからないのですが、そう思った方がいいでしょう」
ルナは、悲しそうな顔をしながら、この席にレイリアがいないことがせめてもの救いだったと思った。
「最後に、玄武地方です。ご存知の通り、玄武地方は2分され、西側は我々連合が、東側は魔界側に取り込まれた王国の支配下にあります。その王国ですが、現時点で余り目立つ行動は取っていません。先日帝国がリガネスに攻め寄せた時にジャムカ率いる騎馬隊が動いた様ですが、城外で敵をけん制しただけで引き上げています。まあ、そのお陰で帝国軍も引いたのですが・・・」
「うむ。この数ヶ月、連中の動きは限定されているということのようだな」
「父上、我々と同様に、奴らも準備をしているというのは考えられないでしょうか」
カゲトラの呟きに答えるようにモトナリが言った。
「十分考えられることだと思います」
シメイが肯定するように言葉を続けた。
「でも、憶測だよねぇ」
アイラが言うと、正面からライラが明朗に口を開いた。
「では、調べてみてはいかがですか?そろそろ双方で動きがあってもおかしくはないでしょう」
「そうだな、みんなのお陰で連合としての準備が整ってきたし、ここらで動くのも悪くない」
「となると、やっぱ少数精鋭よね」
ジローとアイラの視線が絡まる。どうやら同じことを考えていたようだ。
「いや、どうせなら、軍も動かしましょう。演習も兼ねて大々的に」
ノブシゲのセンスも冴えている。これにはシメイも賛成した。
「はい。私もその方がいいと思います。偵察部隊の陽動として、軍を動かしましょう」
「よし、決まったな」
「ただ今戻りまし・・・た・・・」
部屋の扉を開けた途端、ユキナは言葉を失い、呆然と眼前の光景を眺めていた。
「おう、遅かったな。ご苦労さん」
ジローの言葉が届くが、そのジローはエレノアの腰を両手で掴み、背後から貫かれた異色の瞳の美少女の口からは絶え間なく快楽の声が上がっていた。そして、その他にもアイラとシャオン、レイリアとイェスイ、ルナとミスズの3組が裸で互いに貪りあっている。この光景を少しは予想していたものの、いきなり淫靡な空気に当てられて固まってしまったユキナだった。
<わ、私だけ、乗り遅れ?・・・>
と、その様子を見たジローが優しく声をかけた。
「どうした。疲れたか?」
「い、いえ。今いきます・・・」
ユキナは首を軽く横に振ると、服を脱ぎ始めた。上着のボタンを外してシャツを脱ぐと、小ぶりな乳房が顔を出す。その小さな頂は期待に膨れ既に尖っていた。そのまま、膝丈のスカートの横を探ってボタンを外して下着も取り去ると、髪の毛と同じ銀色の陰毛に早くも雫が光っているのが目に映った。ユキナはそのままジローの元へ歩み寄り、両手でジローの頭を包み込むように抱え、貪るように唇を合わせた。
「んふぅ〜」
ユキナの唇から息が漏れる。それは、ジロー達に会えた安堵の気持ちが混じっているようにも思えた。
「ジロー・・・、もう、だめ・・・、いっても、いいか?・・・」
息も絶え絶えのエレノアの声を認識したジローは、ユキナの唇を開放して声の方向を見た。そこには、両腕でささえられなくなった身体をシーツに埋め、上気した顔を半分向けたエレノアの姿があった。群青色の瞳を潤ませながらジローを見つめている。トレードマークのポニーテールが解けて綺麗な薄紫色の髪がシーツの上に広がっていた。
「エレノア、俺もいくぞ」
ジローもそろそろ限界を迎えていた。そして、ユキナを目で待たせてからおもむろに強烈なストロークを開始した。
「はわぅ!あっ、あっ、くぁ、そ、い、いぁ、い、い、かはぁ、あっ」
「くっ、も、もう直ぐだ」
「あっ、あっ、あっ、あ、い、い、いくぅ〜」
ジローが射精した瞬間エレノアは爆ぜるような快楽と共に深く沈んでいった。ジローが腰を放すと、エレノアの身体が自然に沈みこんで行き、結合が解けた肉棒がずるっと抜けてエレノアの愛液と精液に塗れながら姿を現す。
「ジロー様。お掃除しますから、次は私にお願いします」
そういうや否や、ユキナは身体をジローの正面にずらして、愛おしげな表情をして肉棒を咥えた。そして、舌で拭き取るように肉棒に付いたものを丁寧に舐め上げて綺麗にしていく。
ジローは、暫しユキナのもたらす快感に身を任せていたが、やがて手がユキナの小ぶりな乳房に伸び、尖った頂に刺激を加え始める。
「んふぅ〜ん・・・」
肉棒を咥えたまま、ユキナの甘い声が漏れる。
「うん、綺麗にしてくれたみたいだな。ありがとう、さあ、おいで」
ユキナは肉棒を放すと、ジローに持ち上げられるままに身体を這い上がった。そして、再びのディープキス。同時に胸と陰部の愛撫を開始する。既にユキナの陰部はぐちゃぐちゃに濡れており、クリトリスも包皮から飛び出すくらいに充血していた。そこをジローの指がなぞるたびに、塞がれた口から嬌声がもれる。ユキナの膣内に指を入れると、まるで待ち望んでいたかのように中が収縮し、指を引きずり込んでいくのが判るくらいだった。
「よし、入れるぞ」
「はいぃ・・・」
ユキナの中にずずずずっと肉棒が滑り込んでいく。最奥まではまり、子宮口を先端がノックするような形になった。ユキナはそれだけで行きそうで、膣壁がうねうねと反応してジローをきつく締め付け始めた。
「ユキナ、凄い締め付け・・・」
ジローが思わず漏らすほどの強い締め付けは、熱くどろどろに濡れた膣壁の感触と相まって、少し動かすだけでいってしまいそうな刺激をもたらす。
<エレノアに出してなかったら耐えられなかったかも・・・>
ジローはそれをこらえながら、ピストン運動にかかる。下半身が溶けるかと思うような締め付けと包み込む膣壁の感触が背中から脳髄まで突き抜けるようだった。
そして、当のユキナというと、肉棒が子宮口に到達した時点で絶頂し、少し降りてきたところで更に快感がアップ、そこに動きが加わったことで絶頂の向こう側での快楽が全身を覆いつくしていた。
「あっ、ひっ、ひっ、い、・・・い、いくぅ・・・、あっ、ま、またぁ、い、い、いくぅ・・・」
銀色の髪を振り乱しながら、ユキナはジローの胸板に顔を突っ伏した。もう、腰からしたが溶けて無くなってしまったようで、快楽以外の感覚が失われている。ただ、身体の中からずんずんと響いてくる快感に酔うばかり。
ジローは爆発寸前だった。そのくらい久々に抱いたユキナの感触が凄かった。ユキナの膣内が、ジローを待ち望んでいたようにうねうねと肉棒を巻き込み、ぐいぐいと締め付けてくる。
「ユキナ、ユキナ、いくぞ!」
ユキナの身体にきゅっと力が入った。今日何度目の絶頂なのかは既にわからなくなっていた。ただ、その瞬間、感覚のなくなった身体の中にじゅわっと暖かいものが染み渡って来るのを知覚し、幸福感に包まれたまま意識が遠のいていくのを感じていた。
ノルバ城を背にして1万5千の軍団が勢揃いしていた。その大半はノルバ公国の軍勢に玄武地方西部の諸侯達が与したものである。その中にあって、若干異彩を放っている軍勢があった。人数は千人強というところだったが、身につけている鎧兜などの風体はまちまち、色も単なる鋼色だけではなく、青や黄色、金色まであった。その上人相についても明らかにドレアム北部の顔立ちとは違っている者もいる。
そう、彼らこそドレアム連合の為したものの縮図とも言うべき、各地方からの精鋭を集めた混成部隊だった。指揮官はもちろんジローである。ジローを補うべく、副官にユキナ、分隊長としてアイラとミスズがそれぞれ役割をこなしている。アイラの配下には朱雀地方からスパークルが元ノベン近衛部隊を引き連れて参集し、ミスズの配下には青龍地方で一緒に戦った蒼龍将部隊の中から兵士達が自ら志願して来ていた。そして、本隊と分隊の連絡役として『心蝕』を使えるルナとイェスイがそれぞれアイラとミスズの傍に付き、シャオンは斥候部隊として本隊に配属された。残る2人の愛嬢、レイリアとエレノアはノルバに残り、要人達の護衛役となっていた。
残りの連合軍はモトナリを総大将として、実質的な采配はノブシゲが振るっていた。軍師のシメイはカゲトラ公爵と共に城に残り、様々な情報を集めて戦略を練ることに力を尽くしている。
ノブシゲの元には、将としてラン、ケイ、カエイ、フドウの他諸侯の有力武将が名を連ねていた。それぞれが5百人を率いながらノブシゲの指示に従い、状況に合わせて合流分離して戦うように調練を積んで来ていた。
「ジロー殿、ノブシゲ」
モトナリは両脇に立っている2人を交互に見た。2人の力が漲っているのを感じるだけで、モトナリ自身も身体の中から自信がふつふつと湧いてくるような気がした。
ジローとノブシゲはモトナリに無言で頷き返した。それを見たモトナリもまた頷く。
「よし、出陣!」
「「「おおっ!!」」」
1万5千人の鯨波の声が地響きのように城壁を震わせた。そして、強い足取りと共に、軍勢は東に向かって進み始める。目指すはウンディーネとノルバの間にある丘陵地帯。そこに兵を進めて実戦を兼ねた演習を行い、時間が許せば砦を築き王国に対する楔を打ち込もうという狙いがあった。
そして、もう1つの作戦。ジロー達が率いる少数精鋭の部隊を敵中深く潜り込ませ、ウンディーネの状況を探ろうというのであった。但し、今回はウンディーネを攻めないということだけは示し合わせてあった。欲をかきすぎると足元をすくわれることになりかねない。
連合の軍勢は、労せずして目的地に到達した。途中、はぐれ魔物が何回か出没したものの、彼らの武器には『聖印』が施されて魔物に対しても十分対抗することが出来たのだ。
「よし、フドウとザトー子爵は防馬柵を設営してくれ。ケイとカエイは周辺の警戒を、斥候はシデン侯爵にお任せする。他のものは砦の設営と休憩と警備に分かれて交替で当たってくれ」
モトナリの指示が飛び、活気が隅々まで行き渡った連合軍の面々がそれぞれの役割を積極的にこなし始める。
約半日でとりあえず砦は輪郭が姿を見せるようになった。しかし、順調に行ったのはそこまでのようだった。
シデン侯爵配下の斥候隊が大軍を発見したことを告げ、やがてその軍勢が巻き上げる土煙が遠目にも映るようになった。
「来たか・・・」
ノブシゲが不敵な表情で見つめる。こうなることは当然想定の範疇だったのだ。
「王国軍に間違いないですな」
横で自慢の口髭をなでながらシデン侯爵が語る。人当たりの良い、いつも笑みを絶やさないような表情だが、その細い目には理知的な光が宿っている。
「ええ。ただ、彼らは果たして・・・」
ノブシゲの言葉が曇る。
「人間か?ですな」
代弁したシデン侯爵の言葉に無言で頷くノブシゲ。そう、相手は魔界軍に支配されてしまっているのだ。となると、今から対峙する相手は、人か魔物か・・・。
「人間の姿はしているかもしれないが、中身はわからないぞ」
後ろから声をかけてきたのはジローだった。
「ジロー殿」
「ノブシゲ殿、相手の姿形では洗脳された人間なのか、もう魔物となっているのかについては、残念だが判断はつかない。逆に一部でも魔物化してくれていれば、見分けやすいけどな」
「はい。父上や兄上からも、容易い降伏の場合は十分注意するようにと言われています。降伏を受け入れる場合は、完全に武装解除してから兵の監視下に置こうと思っています」
「うん。ルナなら判別がつくから、出撃していなかったらルナに確認してもらうといい」
「はい。ありがとうございます。そのときはルナ様にお願いします」
「おっ、ジロー様、ノブシゲ様、どうやら止まったようですぞ」
シデンの言葉に顔を向けると、土煙がゆっくりとおさまり始めていた。その影に大軍の姿が覗いて見える。
「ざっと歩兵1万、騎兵2千といったところですな」
「ああ、だが向こうも混成部隊のようだ・・・」
ジローが言った意味は、敵軍の中には明らかに人間の倍以上の背丈や横幅のあるもの達が混じっているということだった。即ち敵兵の中には魔物が混じっているということと、魔物が混じっても違和感を覚えない兵士達だということだった。
「やはり、洗脳されてしまったのか・・・」
「それとも、魔物にされてしまったのかもしれませんな・・・」
ノブシゲとシデンが交互に呟く。
「どちらにしろ、戦端が始まれば嫌でもわかる。ノブシゲ殿、こちらの犠牲は最小限になるように頼む」
ノブシゲが頷くのを横目で見ながら、ジローも自分の部隊に駆け出して行った。
無言の軍隊が盾を構え、列をなして進んで来た。横一列の壁が3箇所に分かれて進んでくる。その背後は盾に阻まれて見えなかった。
「撃て〜!」
号令と共に矢が一斉に放たれた。馬防柵の手前まで押し寄せた敵軍に矢の雨が降り注ぐ。ただ、その矢は盾に阻まれてしまっていた。
「ケイ、盾の隙間を狙うぞ」
「了解。任せて、カエイ」
左手で矢を番え右手で弓を構えるカエイと右手で矢を番え左手で弓を構えるケイ。まるで合わせ鏡のような2人の名射手が軽く引いた弓から矢を放つ。
ヒュン!
同時に放たれた矢が疾風のごとく空気を裂き、敵軍の盾の隙間に吸い込まれる。すると呻き声や叫び声が中から漏れ、盾の列が乱れてそこにぽっかりと穴が開く。それを狙い済ましたかのごとく他の弓兵が矢を放ち、隙間に見えた敵兵がばたばたと倒れていく。それは、一瞬の出来事だが他の盾兵によってその穴が塞がれるまで続き、その間敵の進軍が止まると共に横長い盾の列が縮まる。
カエイとケイは、その神技とも言える弓技によって次々と敵軍に穴を穿ち、この2名を隊長に戴く弓兵隊の兵士達はその技が決まるのを当然のように受け止めて連携攻撃を行っていった。2人の弓の達人の存在が弓兵達の能力と士気を何倍にもしているためか、攻撃はピンポイントだが確実にダメージを与えていた。
しかし、そういった攻撃方法は敵軍に研究されやすいのも確かだった。弓兵隊の攻撃の胆の部分がカエイとケイ、2人の弓手だと見て取った敵軍は反撃の手を打ってきたのである。
7回目の射撃を放った時、カエイは敵兵の後ろから何かが伸びてくるのを視界に感じた。それは蛸の足のような吸盤がついた触手で、かなりの距離を苦にせずに一直線に2人の処に近づいて来る。
「ケイ、気をつけろ」
カエイは背中から4本の矢を掴みとって次々と構え、放った。彼の通り名にもなっている『連弾』の技、続けざまに矢を放つ秘技であった。その鏃は、『聖印』が施してある特別製のもの。
ほぼ正面で射的面積は小さかったが、カエイの矢が、狙い違わずに蛸足を射た。1本目は表面を覆う滑りに弾かれるが、2の矢、3の矢と続き、4本目にして吸盤の根元に深々と刺さった。これでカエイ達を狙った蛸足は横にずれ、地面に当たって深く抉りこんだ。
「これでどう!」
一瞬動きが止まり伸びきった蛸足に、ケイの放った矢が突き刺さる。そのまま地面に縫い付けられた蛸足は、先端部を残して引き千切るように強引に矢の縛りから抜けると戻っていく。蛸足はするすると敵軍に戻っていき、今度は別の蛸足が盾の後ろから姿を現した。
「一旦引こう」
「そうね。皆、引くわよ!」
敵軍の勢いを殺ぐ仕事を十二分に果たした弓兵達が引いていった。代わって槍衾の歩兵達がフドウとザトー子爵の指揮下で待ち構える。
「いいか、馬防柵を越える瞬間に一突きするんだ。突いたら引く。相手に刺さって抜けない場合は槍ごと棄てろ。それから相手が魔物だとわかったら直ぐに引け。命を粗末にするなよ」
フドウの号令のもと、兵士達は槍を低く構えて柵の後ろで待つ。そして、盾を構えた兵士が柵を越えようと盾を持ち上げた瞬間を狙う。
「突けぃぃぃぃぃぃぃ・・・」
号令一下、兵士達は槍を突き出した。槍と同数の敵兵達が倒れると思ったが、実際に倒れたのはその半分。残りの半分は、身体から赤色ではない液体を撒き散らしながら、柵に取り付いていった。
「ひけぃ!!」
フドウの突き出した槍が刺さった相手も、簡単には倒れず血走った目を向けながら馬防柵を昇っていた。まるでそれを乗り越えれば破壊の獣欲を果たせるとでもいうかのように。
<ちぃっ!>
フドウは周囲の兵士達が引く体制にあるのを確認すると、ノルバの戦い以来の愛用の鉄杖を振り上げて柵上の敵を打つ。軽々と振られた鉄杖は、低い風切音を発しながら柵上の魔物を捉えると、まるでバットでノックしたボールのように魔物が弾かれて吹っ飛んだ。やはり怪力のフドウの通り名は伊達ではない。
フドウの活躍によって、フドウの部下達は1兵も損なうことなく2列目の柵まで引くことができた。
「将軍、退避終了です!」
副官のローシの叫びが聞こえた。ノルバで警邏の隊長だった時にフドウと知り合った縁で今や彼の片腕として働いている有能実直な者である。
「おおっ!」
フドウは気勢を上げると、鉄杖を回転させてもう一度魔物に叩きつける。頑丈な柵まで一部破壊される程の攻撃には兵士も魔物も生身のものとしてたまったものではなく、衝撃を受け止めきれずに吹っ飛び、動けなくなったものが多数あった。
フドウが2列目の柵まで引いたとき、その日の戦闘は終結したようだった。王国軍は連合軍の築いた3列の馬防柵の1列目までは抜いたものの、前軍に千名以上の多大な被害が出ていた。一方で連合軍は、ザトー子爵の部隊で百名程の死傷者がでたのみ。緒戦は圧勝と言ってよかった。
そして、緒戦によって判明したこともあった。ひとつは、王国軍は魔物と人間、恐らく洗脳された兵士達の混成部隊であること。そして、魔物の数は1つの部隊に数体程度、百人部隊に2から5名位といったところのようだった。どうやら部隊を率いている長クラスの者が魔物らしい。
「今夜は夜襲に気をつけてくれ。篝火は絶対に絶やさないように」
ノブシゲが部下達にそう告げる声が遠くで聞こえた。ジローは、自陣の野営の天幕に入って行く。そこには、彼の率いる混成部隊の主な面々が揃っていた。愛嬢達、朱雀の解放軍を率いて駆けつけたスパークル、アイラを慕ってついてきたカトリ、ウルチェ、ハルイの3人娘、青龍の7龍将からは金龍将、蒼龍将、黄龍将隊の将校達、鳳凰島のヤリツ3兄弟の次弟ソザイの姿まであった。
「皆、今日のところは出番なしだったが、明日からに備えて十分休んでくれ」
ジローの言葉に、それぞれが好意的な反応を示す。そして、簡単な打ち合わせの後でそれぞれ解散して天幕から出て行く。残ったのは6人の愛嬢達のみ。だが、彼女達もジローに抱きついてキスするとそれぞれの持ち場に戻っていった。戦場ということもあるし、人目をはばからずにべたべたすることはドレアム連合の盟主の威厳を損なうと考えて彼女達で考え話し合った結果でもある。
最後まで残ったのは、ジロー付であるユキナとシャオン。2人は戦場に来てからずっと、ジローの傍で心身ともに尽くしていた。後で聞こえた話では、2人はここで尽くした分、後日お預けになるらしい。愛嬢達の微妙な一面であった。
夜襲はなかったが、驚愕の事実は翌朝もたらされた。
それは、敵軍のいる東ではなく、西から。一陣の風のように飛び込んできたのは、モトナリ、ノブシゲの異母弟でもあるシュラとライデンの2人だった。その2人が持ち込んだ伝令には、それだけのインパクトがあったのだ。
「な・・・、この時に、か!?」
モトナリはそう言うなり絶句した。それほどまでに衝撃を与える情報だった。ノブシゲはモトナリから書状を受け取ると目を食い入るように貪り読んだ。そこには、軍師シメイの闊達な文字が書かれていたが、字の上手さに感心している暇はなかった。
「帝国が再びリガネスに攻め込んだ・・・、そればかりじゃなく、月の神殿も何者かわからないが襲撃されている。それも魔物が多数いると・・・」
ジローは眠気が一気に吹っ飛んだ気がしていた。横にいるユキナも朝は弱いはずだがしゃんとした武人の顔をしていた。
「リガネスを攻める帝国軍は今までの倍、3万はいると書いてあります。シメイからは今すぐ応援にむかってくれと。ジロー殿、兄上、我々は窮地に陥ってしまったようです」
「あぁ・・・、まさか我々が演習で空けた時に来るとは」
「だが、こうして手をこまねいているわけにはいかないだろう。・・・よし。月の神殿は俺達が行こう。相手に魔物が多いというのなら、俺達向きだろうしな」
ジローの言葉にユキナが同意して頷く。そして、それを聞いたノブシゲとモトナリも空転していた思考能力が戻ってきたようだ。
「ありがとうございます、ジロー殿。では、我々はここの敵の追撃をかわしつつ、リガネスの救援に向かうことにします」
「すまない。ここの連中とリガネスは任してくれ」
モトナリの言葉に力強さが戻ってきていた。ノブシゲも頷く。その表情は戦術家の自信に満ち溢れていた。
急な方針変更にも係わらず、連合軍の動きは然程乱れなかった。
朝早くに召集をかけられた将軍、将校達は、モトナリとノブシゲの口から事実を告げられた。即ち、リガネスと月の神殿が同時に攻め込まれ、至急の救援が必要であることを。そして、既にジロー率いる混成部隊が月の神殿救援のために向かっていると。
連合軍の面々は多少面食らいはしたものの、それが動揺には繋がらなかった。ただ、静かに命を待っている。
ノブシゲは彼らの態度を見て、半ば勝利を確信しながら命を発した。砦からの撤退戦とリガネス救援、この2つの戦いを勝利に導かなくてはならない。その策は、すでに出来上がっていた。
まず、全軍はこの場で一旦守りを固める。そして、砦に攻めかかる王国軍を前日と同じように防ぐ。但し、前日と違うのは砦内部の設営の人員は別の仕事として、リガネス救援に備えての物資の移送準備を行うこととした。期限は日が沈むまで。そう、撤退は夜半を予定していた。
連合軍は、昨日攻め込まれた第1列目の柵を再度使用できるていどに補修した。強固さが半分程度になるのはやむを得ない。そこは、守備隊の能力でカバーすることになる。
そして、日が天頂に差し掛かる頃、王国軍は攻め寄せてきた。今度は騎馬隊が遊撃軍として組み込まれたせいか、手強くなっている。
2千の騎馬隊は4隊に分かれ、波が寄せて引くように次々と襲来した。各隊は10個分隊を形成し、その分隊長は灰色のマントとフードで全身が覆われていた。その騎馬は鋼鉄の遮眼帯を頭まで被り、一心不乱に先頭を切って突進してくる。まるで馬上の分隊長が纏っている『気』に怯えるかのように。分隊長が一列目の柵に差し掛かった時、マントの中から腕と刀がぬうっと伸びてきた。その腕には真っ黒な布が包帯のように巻きついていた。
一列目の柵を守っていた兵士達は敵兵の異様さに怯みそうになりながらも、槍を構えた体制を何とか維持し続けていた。敵騎馬隊が猛然と押し寄せてきたが間には馬防柵があり、彼らの構えた槍の穂先が鋭利な輝きを放っている。だからきっと・・・
騎馬隊の先頭が柵に届いた。兵士は槍を突き出して防戦する。それで防げる筈だった。
騎兵の分隊長が黒包帯に包まれた腕を横に払うと、丸太で組んだ馬防柵がいとも簡単に切り込まれ、一文字に両断された。
「ひっ!」
兵士の悲鳴も千切るように一閃された刀。その過ぎた後には、両断された柵、槍、兵士達の姿があった。
騎馬隊はそこで突進を止め、潮が引くように戻っていく。続いて、第2隊目が押し寄せてこようとしていた。
第1隊目の攻撃は破壊力の大小はあったが、1列目の柵が殆ど役に立たないまで破壊され、兵士達の犠牲も少なくはない。それを見たフドウの判断は早かった。
「引け!3列目まで引け!!」
地鳴りのような声が響く。彼の傍にいた兵士達は直ぐに反応したが、遠くにいる兵士達までは声が届かなかったのか、戻りが鈍い。だが、同様な考えを持ったらしく、ザトー子爵の部隊も引き上げ始めていた。
「フドウ、先頭の奴はどうやら魔物のようですね」
いつの間にか横に来たカエイが言った。横には妻である栗毛色の髪をたなびかせた美女ケイを伴っている。
「多分そうだ。じゃなきゃあの破壊力はありえん」
「じゃあ、私の出番ですね。ケイ、行くよ」
「了解よ。カエイ」
2人の弓将が突進してくる敵騎馬隊に向けて弓を絞る。『聖印』を施された鋼鉄の鏃が鈍く光を放つ。狙いは敵分隊長。
シャッ!
弓弦が空気を切る音と共に、矢は真直ぐに目標目指して空中を駆った。そして、狙い違わず分隊長のマントから唯一外に出ている腕にぶち当たり、刀を持った腕を引き千切るように分断した。
「よしっ!」
フドウが思わず声を上げた。その時には、2回目、3回目の弓音が聞こえ、続けざまに3本の矢が命中した。
5名の分隊長が負傷した騎馬隊は、突進を諦めて戻っていく。
第3隊に対してもカエイとケイは次々と矢を射ては、分隊長を退けていった。だが、彼らの奮戦もむなしく、ザトー子爵の守っている方面では第2列目も突破され、3列目も放棄せざるを得ない状況だった。
「仕方ない、ここだけ突出していても不利になる。カエイ、ケイ殿、引くぞ」
「わかったわ。カエイ」
「ああ」
連合軍は砦の馬防柵から撤退した。そして、即席で造った砦の壁によって必死の防戦を行った。
このまま続けて魔物が攻め寄せればどうなったかわからなかったが、敵軍もまた無傷というわけでもなく、10名以上の分隊長が負傷した騎馬隊は一旦兵を引き、変わって歩兵隊が寄せてきたため、ランの率いる騎兵部隊まで投入して何とか凌ぎきることができた。
夕闇が迫ると同時に、敵軍はまたもや兵を引いた。その理由は連合軍には知る由もなかったが、王国軍側にも事情があったのだ。
それは、魔物と人間の混成部隊の性だった。王国軍を構成している魔物達は、元は人間であったが、いろいろな手段で魔物にされたものである。それ故に、元は自分達の仲間でもある味方の兵士達との混成軍を維持することができたのだが、そのためには魔界以外の者を襲いたいという魔物の本能を押さえるのが大変であった。特に、夜になるとその傾向が強くなり、本能が勝って見境なしに襲いだすこともあったため、夜になると魔物だけで集まって人間との接触を避けなければならなかったのである。つまり、夜襲などもってのほか。夜間戦闘になれば敵味方なく襲い掛かってしまい、襲撃前に自滅しかねないのだ。
王国軍の人間の兵士達も、夜は砦の奥から外には出ないよう命ぜられていた。仮に敵の夜襲があっても、砦からは決して出ないようにと。まあ、仮に夜襲があっても大丈夫だろう。むしろ、闇の力を受けた魔物達の相手をしなければならない敵軍を不憫に思うくらいだった。
連合軍の砦からは、夜襲に備えてなのだろう、松明の灯りが煌々と灯っていた。砦は今日の戦闘で馬防柵の守りを全て失い、丸裸状態となっている。王国軍は夜襲をすることは出来ないものの、明日の総攻撃で勝負は決まると思われた。
翌朝、周囲は薄い靄が立ち込めていた。夜のうちに雲が低く垂れ込め、今にも雨が降ってきそうな空模様である。
王国軍は、既に仕度を整えて出撃の号令を待っていた。命令を発するのは、近衛副将軍から大将軍へと異例の出世を遂げたツパイ将軍である。
「行けぃ!」
短い号令が発せられると、王国軍は一斉に動き出した。
騎馬隊を先頭に、全軍が津波のように敵砦に押し寄せる。と、ぽつぽつ雨が降り始め、やがて本降りとなった。その中を粛々と進む。
騎馬隊が破壊されて撃ち棄てられた馬防柵を押しのけながら砦の壁に取り付く。そして、魔物の腕力で壁と門に打ちかかる。さすがに一回で破壊はされないものの、数回打ちかかることで壁や門が歪んで破れはじめる。
王国軍の波状攻撃は熾烈を極め、砦が破れるまで然程時間はかからなかった。
しかし、ここで初めて彼らは気づいた。そう、そこには人の姿はなかった。連合軍は既に砦から撤退していたのである。
謀られたことに憤慨した王国軍は、騎馬隊に追撃を命じた。その方向は西、即ちノルバ城の方角だった。しかし、騎馬隊がいくら馬を飛ばしても、連合軍の影も形もなかった。それもそのはず、モトナリとノブシゲに率いられた連合軍は西に進路をとって直ぐに南下していたのである。そう、帝国軍に攻め込まれて苦境に陥っている盟友を助けるため、リガネスへと向かっていたのである。
「閣下、敵は南門、東門だけではなく、西側にも進出してきました」
伝令の言葉を受け、アルタイアは横に向いて言葉を放つ。
「西の街道沿いの民衆の収容はどうなっている」
「はい。既に城壁の中に退避させました。家屋や土地は致し方ないですが、商人達はしたたかに財産も持ち込んでいます。もちろん、その中には食料も含まれています」
商務長官のマクウェルが的確に知りたいことを告げたことに、相変わらず切れると感心しながら、今度は反対側の壮年の将軍に尋ねる。
「ライセツ。軍の士気はどうだ」
「はっ。我が方は、頑丈な門と城壁に寄って守りを固めております。兵士達は2交替で守備を行っていますので、疲労感も少なく死傷者も殆どでておりません。士気は軒昂と言えましょう」
「うむ。連日の攻撃で一番問題なのが士気の低下だ。兵達にはたっぷりの食事と適度な休息を与えてくれ」
ライセツは会釈すると、アルタイアの傍から離れて行った。彼と、息子のインドラの2名が、アルタイアの武の両輪となって支えていてくれている。そして、文の部分はアルタイアの妻でもある政務長官ライラとマクウェルが両輪である。現在ライラはノルバにあり、マクウェルが彼女の分も一手に引き受けていたが、オーバーワークを感じさせない余裕の所作で業務に当たっていた。
そのマクウェルの元に、彼の秘書が近寄って何かを耳打ちした。マクウェルの秘書達は商務庁の業務の他に諜報員としての仕事もこなす2足の草鞋を履いている。そして、今もたらされたのは2足目の草鞋の方だった。
「閣下、城の東側の草原に土煙が上がっています。どうやら、ウンディーネからの援軍のようです」
「なに、またか」
「はい、多分ジャムカの騎馬隊の連中でしょう」
「援軍は頼んでいないのだがな」
「前回も今回も、こちらからウンディーネには何の連絡も報じていません。それよりも・・・」
「なんだ?マクウェル」
「ええ・・・、連中が来るのが早すぎるような気がします。帝国が攻め寄せて来たのは5日前、その情報がノルバやウンディーネまで辿り着くのに最低2日半、それから準備をして軍を出したとしても、まだここに現れるには早すぎます」
「確かにそうだな」
「まあ、予め帝国が攻め寄せるのが判っていたと言うのなら・・・」
マクウェルの最後の言葉は殆ど呟き声のようだった。
<前回連中は城の東に駐屯しただけだった。帝国が彼らを見て軍を引いたので戦闘も行わずに引き返したのだが、今回はどうだ・・・>
アルタイアはマクウェルが沈思黙考を始めたのを見て、暫くはそっとしておくことにして、自分は白陽宮の武錬室に向かった。
マクウェルはアルタイアが退出したことにも気付かず、椅子に座り込んだまま考え込んでいた。
<今回も帝国は軍を引くのか。・・・いや、帝国は前回の軍勢の3倍で押し寄せている。今回はリガネスを落とそうという勢いが読み取れる、だからこそノルバに救援を頼みリガネスという餌に掛かった大軍団を暫く立ち直れないくらいの打撃を与える計略を立てたのだから>
<だが・・・、ジャムカの騎馬隊の動きが読めない。王国側は帝国寄りのはずだ。じゃあ、何で前回は救援に来たのか?・・・いや、あれは救援じゃない。仮に、前回の行動が帝国と示し合わせてのことだったら・・・、今回も救援と思わせるための布石だったとしたら・・・>
マクウェルは頭を軽く振った。彼の考えているのはあくまでも可能性の1つなのである。
<あくまでも可能性だが・・・、前回の動き、今回の早すぎる出現、敵軍の数・・・、何かが足りない・・・>
漠然と感じる何ものかが、マクウェルの中で少しずつ不安を高めつつあった。そして、それが予感として閃いたのは、翌朝だった。
そのきっかけは、未明に届けられた情報だった。床で仮眠を取っていたマクウェルの元に秘書が近づいて伝達したとき、彼の脳裏に鮮やかなイメージとして浮かび上がった。マクウェルはがばっと起き上がる。と同時に、背筋を冷たい汗がつたって行くのを感じた。
「そうだったのか」
マクウェルは一言だけもらすと、素早く身支度して部屋を出ていった。
リガネス城郊外、東の草原からは菱形の城壁の2辺が頑丈に聳え立っているのがよく見える。その草原に轟然とした蹄の響きともうもうたる土煙を纏って、1万の騎馬隊が姿を現した。
その騎馬隊の旗印はジャムカ。青龍地方最強の兵と言われたジャムカ率いる騎馬隊である。2万弱だった騎馬隊は、玄武地方に来てから2年のうちにその数を3万に増やしていた。ノースフロウ王国から依頼されて鍛え上げた部隊が増加している。彼らは玄武騎馬隊と呼ばれ、青龍騎馬隊と呼ばれる元々の騎馬隊には若干劣るものの、戦力としては十分な力を発揮できるレベルとなっていた。
城を見渡す草原で停止した騎馬隊は、勇敢なる戦の『気』とともに、もう1つの異様な『気』を纏っていた。その異様な『気』の中心にいるのが、騎馬隊の惣領であるジャムカ・イーストウッド公子であった。
ジャムカは、ひと際巨大な馬の背にあった。その馬は左右に3本ずつの足を持ち、大きさは普通の馬の倍以上あった。他の馬の頭の高さが、肩のあたりであった。
その巨大な騎馬の上で、ジャムカは2人の美女を弄んでいた。ラムゥの領主の娘姉妹である。彼女達はジャムカの肉棒に身体を深く貫かれて悶えながら、豊かな乳房をジャムカの胸やわき腹に押し付けて、少しでも奉仕しようとしていた。
騎馬の脇では、同じくジャムカの性奴隷となった女達が、それぞれ裸同然の姿で立ち尽くしている。但し、彼女達はそれぞれ槍や、剣といった武器を携えていた。そう、彼女達はジャムカの性奴隷であるとともに、親衛隊でもあるのだ。
「よし、次はお前とお前だ。来い」
ジャムカが馬上から快楽でよれよれとなった姉妹を投げ捨てた。ジャムカの肉棒に貫かれていた膣口からは精液が溢れていたが、姉妹は自分達の身体よりも精液が大事だというように膣口を締めて零さないようにしている。そして、そのまま2ヤルド以上下の地面へ激突。だが、姉妹は平然と立ち上がってジャムカに深々と頭を下げた。その時には、ジャムカの馬上に飛び乗った別の美女2人が、決して萎えることの無いジャムカの怒張をそれぞれ呑み込んでいた。
精液を受けた姉妹は、その美しい肌に擦り傷ひとつなかった。そして、彼女達の子宮の表面にあたる肌には紅い痣のようなものが浮かび、その痣が鮮明な輝きを放つと姉妹の身体に半透明の鎧が装着された。いや、正確に言うと、その正体は空気の流れである。よく見ると親衛隊の裸に見えた美女達も全て同じものを纏っていた。そう、これこそが風の鎧、ジャムカ親衛隊の美女が身に着けるのに一番相応しい装具だったのである。
ジャムカは、自分の精液を乞うて腰を振る美女達からの快感に満足しながら、遠くリガネスの城郭を一望した。
城の外には帝国の大軍の姿が見えた。そして、さらに城の西側にはノルバからと思われる援軍の姿があった。
「ふふふふ・・・」
<さて、我が主の命を果たすか・・・>