黒い霧《後編》





 ネイルは扉の開く音に顔を上げた。

 額を押さえたシルヴィアが自室の扉を後手に閉めてから、ネイルと副官エルミナに向かってまだどこか雲を踏むような歩調で歩み寄ってきた。

 部屋の中でもずっと身に着けていたのだろう鎧姿、乱れた髪とげっそりとやつれたほほがいたましかった。だが、二人の前にたどり着くと、その顔はしかし気丈にも笑顔を作った。

「すまぬ…、心配をかけたな…」

「………」

 二人は何も答えることができなかった。

 城の奥まった一室。城主の使っていた部屋ではない。窓もないまるで倉庫のような部屋をシルヴィアの寝所としたのは、正体の見えぬ敵に備えてにほかならない。扉は一つ。ネイルとエルミナのいる前室、これも天井の低い殺風景な広い倉庫を抜けねばそこにはたどりつけない。その前室へ入る扉も一つ。太い閂をかけ、外の廊下には親衛隊士が八人ニ交代でつめていた。

 今朝、ピルナ−グの郡城攻略に向かっていた部隊から数人の兵士が、このムハンドの城にたどりついた。

 そう…文字どおり、たどりついたのだ。

 恐慌をきたし、目だけをぎらぎらさせながら、彼らはシルヴィアに直接の面会を求めた。

 当然許されることではなかった。しかし、対応した士官は、彼らのただならぬ様子にシルヴィアに伺いをたて、シルヴィアもある種の予感を感じてそれに応じた。

 恐慌状態のひどい他の者は休ませ、シルヴィアの前に進んだ三人は、奇怪な戦闘の様子を沈痛な面持ちで喋った。ピルナ−グからムハンドまで馬を飛ばして三日、汗と埃にまみれた顔の中で、目だけを光らせ、彼らは時々ひどく興奮したように、時々甲高い声をあげた。

 ピルナ−グ攻略軍全滅…それも戦わずして敗れた。

 敵味方互いに一兵も失うことなく、アマゾネア軍は崩壊した。

 ピルナ−グの郡城へわずかとせまった平原で、アマゾネア軍とアンデルア軍が対峙した。

アマゾネア軍五千、アンデルア軍約二千。

 彼らは、斥候として少し離れた高台から、両軍の対峙を見守っていた。敵への援軍や、異質な動きがあれば、すぐ馬を飛ばして自軍へ知らせねばならない。精強をもって知られるアマゾネア軍に対して、籠城せずに寡兵で打って出たところを見れば、それなりの備えがされていると見るべきであった。

 密集の隊形をとったアンデルア軍に対して、アマゾネア軍は縦長の陣形をとった。突っ込み、敵の直前で両翼に大きく開き包み込みように攻め、退路を断ち、殲滅する。アマゾネアの将はそう描いた。

 日が天中に差し掛かるころ、アマゾネア軍が動いた。騎馬徒歩供に歩調をあわせ、ゆっくりとアンデルアの陣に迫った。

 アンデルア軍は息を潜め、じっとアマゾネア軍が迫るのを待っていた。

昼間であるのに、数多くの焚き火をたてていた。

わずかな風の中、アンデルア軍は風上にいた。

 火計についての心配を、斥候部隊の彼らの指揮官は否定した。青々とした草原は、たとえ油を撒いたとしても容易には燃え広がらない。

 晴れ渡った空の下、アマゾネア軍からオ−ファ!声があがった。急に速度を上げアンデルア軍に肉薄する。オーファああっ!オ−ファあああっ!と突撃の声をあげながら、先頭が守りを固めるアンデルア軍と交わろうとしたとき、初めてアンデルアの陣が動いた。

 何をしたのかはわからない。

 ただ、高みから眺めていた彼らは、微動だにしないように見える彼らに、確かに何かの動きを感じた。

 そのとたん、今まさにアンデルアの陣に切り込もうとしていたアマゾネアの兵士たちが悲鳴をあげながら次々と倒れた。

 攻撃を受けたようには見えなかった。吹き矢のような武器を使ったにしても、後ろにいる者たちまでが次々と倒れてゆく理由が説明つかなかった。

 斥候兵たちがざわめいたとたん、それは起こった。

 一度倒れたアマゾネアの兵士たちがゆっくりと立ち上がった。そして武器を捨て、鎧を投げ打ちながら、歓声をあげてよろよろとアンデルアの兵士たちに組み付いていったのである。

戦いではなかった。

相手をひきずりたおし、その鎧を剥ぎ取りながら、アマゾネアの兵士たちが甘やいだ声を出しているのが、遠く斥候兵たちの所まで響いてきた。

兵士も士官も将もなかった。

敵兵が、男が、自分たちより少ないことを、皆知っているようだった。

散を乱し、先に走るものを押しのけ、倒れた者を踏みつけて、自らの服を引きちぎりながら、彼女たちは狂ったようにアンデルアの兵士たちに飛びついていった。

一人の兵士に三人、四人と抱きつき、四つに這っては尻を振り、競って媚を売っているのが遠くからでもわかる。

相手の鎧をはぎとり、服を引き裂き、地面に押し倒してはその股間に顔をうずめのが見える。

裸に剥かれた兵士の体に群がり、その体に舌を這わしている者たちがいる。

はじめはわずかに抵抗するそぶりも見えたアンデルアの軍であったが、たちまちその陣は崩れ、自ら鎧を脱ぎ捨てて、女たちを迎えた。

あるものは左右から差し出される唇を交互に吸いながら、自分のものをもう一人の女の口に与えていた。

ある兵士は両方から支えるように抱きしめられていた。股間で、金や黒、ブルネットの髪が大きくゆれていた。

大柄なアマゾネアの兵士が、一人の兵士に後ろからつらぬかれながら、もう一人の兵士のものを口に含んでいた。

全身に女たちが群がり、わずかに手だけが見えている者もいる。

斥候兵たちは、遠く高台から、皆石のように固まりその様子を眺めていた。

風向きが変わったのか、彼らのあげる声が鮮明に聞こえてきた。

多くは自軍のものであった。

悲鳴のような叫びが、してぇ!貫いてえ!と泣き声をあげながら哀願していた。

卑屈な歓声をあげて、自分を貫く兵士への隷属の言葉をヒステリックに繰り返していた。

要領が悪くどの男にも触れられない者が、頭をかきむしりながら号泣していた。

凄惨な景色であった。だが斥候兵たちは目をそらすことができなかった。青い草原で裸の男女が抱き合う景色は古の楽園にも似ていたが、彼らが見つめる先にあるのは、吐き気をもよおすような、生々しい性の饗宴であった。

じっとその様を見つめていた斥候兵の一人が、不意に目をうるませ股間を抑えた。はあっと息を吐き、その手がゆっくりと顫動をはじめる。それに触発されたかのように周りの者も股間や胸に手を這わせた。まだ正気のものが覗き込むと、その目はとろけ、呆けたように口が薄く開いていた。顔から噴出した油のような汗が、日の光にてらてらと光った。

その口からもれるあえぎがだんだん激しくなった。鎧をとり、服の胸元を広げ、股間に指を埋めた。

地面に転がり、あえぎ声を上げながら、一人が、男が欲しいっと叫んだ。他の者も股間に音をさせながら同じ言葉を返した。

だが、羨望の瞳で見つめる戦場までははるか遠い。

力なく横たわる彼女たちは、最短距離をとった。

戦場に向いた崖へと次々に這い進み、狂った目ではるか彼方の草原を見つめ、手を伸ばしながら、次々に身を躍らせていった。

わずかに正気を保った者たちだけが、恐慌をきたしてその場を逃れ、ムハンドまでたどり着いたのであった。

部屋の中には副官エルミナとネイル、その他数人の側近がいるのみであった。

みな、ナナセの砦の惨状を見、あるいは詳しく聞いているものばかりであったが、あまりにも鬼気迫るその報告に、聞き終えた時はみな青ざめていた。

うつむき、乱れた金髪を白貌にかけたまま、黙ってその報告を聞き終えたシルヴィアは、うつむいたままゆっくりと椅子から立ち上がった。静かにレイピアを抜き三人に近寄ると、不審の声を上げる間も与えず次々と喉を貫いた。そして、ぼんやりとした無感動な口調で、他の者もひそかに始末せよ、他言無用…とだけ言い置いて自分の部屋に閉じこもってしまった。

シルヴィアがどんな表情でそれをしたのか、髪が邪魔をして見えなかった。

カタンと扉の内側から鍵がおろされた後、困惑の表情で顔を見合わせたネイルたちの耳に、扉の向こうから狂気のような笑い声が響いてきた。甲高く、長々と続いたその笑いは不意に息が詰まったようになると、次いで号泣に変わった。

…姫様……アレクサ様も……その戦場にいたのだ……。

兵士たちの言葉に嘘はないはずである。ならば、アレクサも狂ったように男を求め、何度も何度も貫かれたのだろう。その後どうなったのか……わからない。現実のこととは思われず、涙が出なかった。

ナナセの砦には直ぐに医師団が派遣された。しかし、ネイルたちが訪ねてから五日も経ってからのことである。医師団からの報告はまだ無い。そのあと砦の者たちが正気に戻っていなければ…あの時の皆の様子から見て、既に動く力さえ失い死に絶えていてもおかしくはないはずであった。

シルヴィアは丸半日、部屋の中に閉じこもっており、いくら声をかけても出てこようとはしなかった。食事も取ろうとはしなかった。もう日も暮れていた。

一国の王女、軍の総大将を務めてはいても、シルヴィアはまだ十八歳の少女に過ぎない。

心配をして、ずっと部屋の前から動かなかったエルミナとネイルであったが、シルヴィアはその強靭な精神力で、どうやら心を取り戻したらしい。

「エルミナ、兵士たちのうち心強き者を五百選べ。あとの者は本国引き上げさせる。急げ、明日には出立じゃ」

「はっ、この城の守りはおまかせください」

「何を言う。ここへは私が残る」

「な…それはなりませぬ!」

 思わず叫んだエルミナに、シルヴィアは優しささえこもった笑顔を向けた。

「一刻も早く敵の正体を見極めねばならぬ。このままでは犠牲は増える一方だ。なればこそ最低限の兵をここに置き、私自らが囮となって敵を引き寄せる」

 シルヴィアは流し目をくれながら、ニヤッと笑いかけた。

「ネイル、守ってもらうぞ」

「お任せください」

 笑いを返しながらネイルは頷いた。自分では見えないが、多分シルヴィアと同じ顔をしているだろう、と思った。

 シルヴィアの一言で、重くのしかかっていた心のもやが一瞬で吹き飛んだ。

 そうだ、どのような敵が来ようとも自分はこの刀一本で戦い、倒してきた。いかに頭を巡らせようとも、それ以外のことは自分にはできない。ならばそれを為すのみだ。敵が現われれば切る。敵が、魔物や怪異の類であろうと、例え何であろうとも、切る。古の達人は目に見えず、手に触れる事もできないものおも切ったという。人に出来るならば、私にもできる。

「決まった。エルミナ、時が移る、早く人選にかかれ。後で名簿を持ってまいれ、目をとおす。私はしばらく休むが、ニ刻ほどしたら食事を運ばせてくれ」

 それだけ言うと言葉を返す間を与えずに、シルヴィアは踵を返して部屋に戻った。

カタンと、用心深い錠の落ちる音を、エルミナは困惑の表情で聞いた。 

「ネイル…」

「エルミナ様のご心配はごもっとも。ただ現状では他に策はございませぬ。今回の敵はただの敵ではございません。敵が本国に入らぬうちに正体を見極めないと、被害はナナセやピルナ−グの比では済まなくなります。囮となるならばシルヴィア様が最上、シルヴィア様がここにいることを知って、敵が何もせずに通過するということはございますまい。」

 しかし…とエルミナは煮え切らない様子であった。

副官である彼女は軍略を担当する。

アマゾネアの軍制では、大将の下に副官か副将が付く。人によっては両方置く場合もある。大将が戦略家であれば、戦闘の長としての副将、大将が先陣を切るようなタイプであれば、戦略家としての副官。シルヴィアが後者のタイプであるため、主に頭を巡らせ、軍全体を統率するのは副官であるエルミナの役目であった。まだ若いが、士官学校を主席で出たエリ−トで、剣も相当に使う。だが、今回の戦いでは思いもよらぬ敵の攻撃に、相当混乱している様子が伺えた。

「常の敵ではないからこそ…よけいにシルヴィア様が心配だ…」

「私が命に代えても……」

 ……お守りしますと言いかけたとたん、扉の向こう、廊下から悲鳴が聞こえた。

 ネイルが大刀を掴み、エルミナがレイピアの鞘を払った。

 悲鳴といっても苦痛のそれではない、ひどく甘やいだ響きを含んだ、あえぎ声であった。それが幾重にも重なる。

 ネイルとエルミナは目を見交わした。お互いの瞳にあせりの色が見えた。噴出した汗が、じっとりと脇の下を濡らす。

 こちらの意図を察したかのように、敵はこの時に攻めてきた…

 だが、廊下と部屋を結ぶ扉は、部厚い鉄の帯をがっちりとはめ込んだ頑丈なものであった。閂は太い樫でできている。破城槌も使えぬ狭い廊下からどうやって入る?

 広い倉庫の中央に立ち、緊張した面持ちでじっと扉を見つめる二人の前で、怪異がおこった。

誰も触れぬのに、閂が音も無く横に動いた。怪力のネイルがエルミナの力を借りて、二人がかりで持ち上げた閂であった。

ああっとエルミナが声をあげるが、閂は無情にも音をたてて床に転がった。

 エルミナはそんな閂と扉を絶望的な目で交互に見比べた。

 …やっとご対面だ………アイリ−ン……

 じらされるよりはかえっていい…と、大刀の柄を握りなおしながら、ネイルは舌で唇を湿した。

 ……敵は取ってやるからね……。

 きしんだ音を立てて、重い扉がゆっくりと開いた。

 ……さあ、きやがれっ!

 扉の向こうから、金色の光がこぼれた。

 照明の炎の明かりにオレンジ色に照らされた部屋の中が、急に明るさを増したようであった。

 エルミナがああっと悲鳴にも似たつぶやきをもらした。

 扉の隙間から覗いたのは少年の顔であった。

 金色の巻毛に、白い肌、ふっくらとしたほほはピンク色に染まり、目はきらきらと子供らしい好奇心に輝いていた。金色の光と見たのは少年の髪の毛だったのだ。まだ年端もいかぬその少年は、部屋の中に入るとうっすらと笑みをうかべて、二人に近づいてきた。

 美しいのは顔だけではなかった。長衣をまとった体は歳相応の均整がとれ、真っ白い手も足もしみ一つなかった。それが足音も立てずにゆっくりと近づいてくる。

 エルミナの前に立つと、にっこりと笑って彼女を見上げた。

あああっ…。

 エルミナは震える手でレイピアをおろした。

 …なんて……なんて美しいの……。

 はるか古代、まだ神と人間が同じ世界にすんでいたころ、神々の側にはこのような少年がかしずいていたに違いない。一本一本が光を放つような髪、白い透き通るような肌、ほほはまるで果実のような朱がさし、小さな蜜を塗ったような唇が、無垢な微笑を浮かべていた。

あの白い美しい繊指で触れられたら、私は気絶してしまうかもしれない……。

 こんな少年が私たちの敵のはずはない。この少年の敵ならばそいつが悪なのだ。この少年は…。

 ぶうんっ!うなりをあげて、ネイルの大刀が少年を真っ二つに切り裂いた。

 すっとすべるような動作で少年が下がって刃を避けた。

 一瞬不思議そうな顔をした後、ニヤッと笑った少年のその輪郭が急速にくずれ、エルミナはああっと叫んだ。

 少年が醜怪な老人の姿に変わった。

 しかしなんという変わりようだ。

 小男であった。

そしてミイラのように、骨と皮だけにやせこけている。

日に焼けたのではない何か死病にでも取り付かれたような、黒い肌をしていた。頭には一本の髪も無く、顔には無数の皺が刻まれて表情が見えない。ひどく古風なぞろっとした厚手の服を着ている。手も足もすそが長く、手は袖の中に隠れて見えない。

笑顔のように刻まれた皺が何か人のよさそうな表情を形作っているが、次にその口からもれたのは、カビの生えたようなねっとりとした声であった。

「ほっほっ、さすがシルヴィア王女の守り、やはり小手先の幻覚には惑わされんか…」

 応えず、ネイルはぶんっぶんっ!と次々に刃を送った。すべるような動作で左右にその刃を避けながら、その老人は口調を変えずに喋り続けた。

 怪異であった。ネイルの振り下ろす刃を確実に避けながらも足が動いていない、いや、それ以前に足が地についていなかった。足の下と床の間にわずかの空間をあけ、その老人は、両足をそろえたまま、宙を舞うように必殺の刃をことごとくかわした。すばやい動きに、息はわずかにさえ乱れていなかった。

「…おぬし、覚えておるぞ。スロバ−ナの戦役の折、アマゾネアの狂犬と呼ばれてスロバ−ナの兵士どもを震え上がらせておった…そう…」

 横なぎの一閃をはるか後ろにさがって逃れた老人は自問自答するかのように一人でうなずいた。

「…そう、名前はネイル。その容姿、マルバ族じゃな…」

「貴様!カ−スの魔道師かっ!」

「いかにも、我が名はオダイン、覚えておいてもらおう」

「死に行くものの名など覚える必要はない、貴様はここで殺す!」

 ぶんぶんと頭上で刀を回転させ、オダインを威圧しながら、ネイルがじりじりと前に出る。オダインもゆっくりと下がる。

 油断なく目を配るネイルに左右への動きを封じられ、瞬く間に部屋の隅に追い詰められたオダインは、ホッホッと笑った。

「…まさしく狂犬じゃ…だが…」

 汗に濡れた顔で、ネイルは刀を振り上げた。完全な間合いの中にいる。切れるっ!

「…効いてきたようじゃな」

 その言葉が合図だったかのように、だらりと刀を取り落とし、ネイルはその場に膝をついた。汗があごを伝ってしたたり、目がかすんだ。

 股間から熱いものが吹き出し、下半身から力が抜けた。

「…な……何…何が……」

「どうじゃ、力が入らぬであろう」

 ホッホッと笑い、老人は裾の中から手を出した。掌に小さな携帯用の香炉のようなものが乗っており、薄く黒い煙を上げていた。

「…わがカ−スの王家のみに伝わる、女を狂わす魔香よ。アマゾネアのような狂犬を飼い馴らすために、ロマリアがカ−スを粗末にできぬ、これが理由よ」

 オダインは一歩踏み出しネイルを見下ろした。笑ったような皺の下でその目がどんな目つきをしているかは知らぬが、その声はねっとりとしてひどく耳に障った。ネイルは目の前の足を掴んで引きずり倒し、そのまま打ち殺そうと思ったが、両手は体が倒れぬよう支えるのが精一杯であった。はあはあと息が苦しかった。

「無駄じゃ、この香を一度吸えばその体に男の精が注がれるまで体のそのうずきは消えぬ。自ら体を慰め、汲めども汲めどもつきぬ性の欲に狂って、死ぬがよい。もし例え男の精が注がれたとしても、お前は瞬く間にその男の虜となり、恋に焦がれて性奴と化す。命ぜられれば親の首でも掻こう。いずれにせよ、お前は永久にこの魔香の魔力から逃れられぬ。かつて、あのシバの女王すらこの魔香の力に狂い、地面に這いつくばって、我らが王の足を舐めたという…」

 背後で、ああっああっとエルミナが悶える気配が伝わってくる。服の隙間から柔らかい鳥の羽が忍び込んできて、服の中を駆け回っているような感覚がして、ネイルも我知らず声をあげた。

「…待っても助けは来ぬぞよ。先ほどより、城中を巡り篝火にこの魔香を投げ込んできた。すでに城内のすべての者が、魔香の虜となっておろう…。言っておくが十里四方に男はおらぬ。その動かぬ体で、迷い込んだ旅人でも探して彷徨ってみるか?」

 ネイルは床にどっと倒れた。伸ばした手がオダインの足に触れたが、掴む前にすっとさがる。はあはあと目がかすんだ。

「ほう、まだ逆らうか。ナナセのあの女といい、不愉快じゃな。ほうれ…」

 そう言いながらオダインはふっと香炉を吹いた。

黒い煙が顔にまとわりつき、ネイルはひときわ高い歓喜の声をあげて、気を失った。





 気を失ったのは一瞬のようだった。

単に目を閉じただけかもしれない。

 床に寝転んだまま、くすぐったさにネイルはああっと声をあげた。胸がくすぐったい。何かが、何かが自分の乳首を……。

目を閉じてあえぎ声をあげながらも、両胸の乳首の先を柔らかい羽毛がもてあそんでいるのが、頭の中の目にはっきりと見えた。

ネイルは身もだえしながら抱きしめるかのように両肩に手をかけ、鎧の肩紐を引きちぎった。

鎧を傍らに放り投げ、服の前をはだけ、その羽毛を探して胸元をあらわにする。

とたんに、ネイルはひいっと声をあげて床を転がった。羽毛が移動したのだ。一つは乳首の先端からすっぽりと左乳の中に潜り込み、一つはへその方に降りた。ひいいいいっとネイルは左胸をもみしだき、ぎゅっと中の羽を押し出そうとした。もう一方の手をへそにおろすが、羽はさらに下へと逃げてゆく。

羽を追うのに身に着けているものが邪魔であった。ネイルは床を転がってひいひいとよがり声をあげながら、身に着けているものを剥ぎ取っていった。

揉み出す力に追われたように、ひょこっと羽が左胸を飛出し、しばらく逡巡した後、今度は右胸の乳首の穴から中に飛び込んだ。痛痒い感覚にネイルは、はねがあっ、羽があああっ!とあえぎ声をあげながら、今度は右胸を揉みしだき、羽を押し出そうとした。

奇怪な眺めであった。羽などどこにもなかった。しかしネイルの肌は、現実のものとしてその感触を感じ、その瞳には真っ白い柔らかい羽が写っていた。

もう一方の羽が股間をくすぐっていた。ああああっと快楽の声をあげて、ネイルはそれを振り払おうとした。とたんに羽は、狭間から中へと潜り込んだ。

目の前に火花が散った。

がくっと上半身を起こし目を見開いたネイルは、すぐに目を蕩けさせて、再び床に横たわった。そして、羽をつまみ出すためにあわてて狭間に二本の指を突っ込んで狂ったようにかき回した。

…ないっ、ないひいいいっ…羽が、羽がないひいいい…

あるはずのない羽を求めて、二本の指がにちゃにちゃと激しい音をたてた。中の形を確かめるように指で襞に触れてゆくが、入ったはずの羽がみつからない…それでも…羽の感触ははっきり中にある……。

「…いひい…はねええ…はねええええ……」

 ぐったりと床に寝そべったまま、ネイルは股間をまさぐり続けた。右胸の羽は、さっき再び乳首から左胸に入っていった。右から左へ、左から右へ、羽の感触が移動するたびに、その手も左右の胸を激しく揉みしだいた。

「…ああ…はねえええ……」

 体に力が入らなかった。口がだらりと開き、舌がこぼれた。涎が、舌を伝わりだらだらと床にこぼれた。

『おねえちゃん』

 鈴を鳴らすような声だった。

 ぐったりと、ネイルは目だけで頭上を見上げた。

 じゅっと指をいれた狭間のなかが蜜で溢れた。

 彼女を頭上から見下ろしているのは美しい少年だった。金色の巻毛が美しく、澄んだ青い目がきらきらと輝いていた。白い肌に朱のさしたほほは豊頬の美少年とはこういうものをさすのだとでも主張するかのように輝いていた。まだ十歳にもなっていないだろう。

 どこかで見たことがある……いいやそんなはずない……こんな、これほど美しい少年ならば、一目見て忘れるわけがない……

 しばらくの間まさぐる手も忘れて、ネイルはぼうっとその少年を見つめた。

『おねえちゃん、ぼくが欲しいの?』

 蜜をぬり固めたような唇が微笑を作りながら言った。

 何をいうか…。

 にちゃっにちゃっと股間に音をさせながら、ネイルはあはあと息を吐いた。

 まだ子供じゃないか……こんな…

…こんな年端もいかぬ少年を…………

………………………………少年だ……

…………………少女じゃなく……少年………

………少年だから……男だ……………………………

………………………………………………………男……

くうっと喉が鳴った。

「……………しい……」

『なにか言った、お姉ちゃん?』

 少年は笑顔のまま首を傾げた。好奇心に輝く瞳がキラキラしていた。

「………ほ…ほしい……」

 なにかが、体の中で音をたてたような気がした。

『大きな声で言ってくれないと、ぼく聞こえないよ』

「…ほ……ほし…い………ほ、ほしい……ほしい……ほしい……………ほしいっ!…………欲しいっっっ!……男が欲しいっっ!………欲しいのおっ!お前が欲しい!欲しいのよよおっっっ!」

 叫ぶだけで、不自由に体を縛っていた糸のようなものが切れてゆく気がした。自分をしばる理性という厚くまとった鎧が、欲しいと一言叫ぶだけでいとも簡単に脱げ落ちた。快感であった。理性という禁忌が消えるたびに、体が快感により素直に反応した。欲しいと言うだけで、体中を駆け巡る快感が何倍にもなった。

 …いいっ……いひいいいいい……欲しいっ欲しいっ欲しいひいいいいいっっっ!

ネイルは股間と胸をまさぐりながら欲しいっ!欲しいいいいっ!と絶叫した。

絶叫しながら転がり、うつ伏せになったネイルは、股間に音をたてさせたまま、もう一方の手で少年に向かって這い進んだ。

無垢な笑顔を浮かべたまま、すっと少年が後ろにさがる。

ああ待ってえ、とネイルは手を伸ばした。

『ぼくはお前じゃないよ、名前で呼んでくれないとあげないよ』

 ……ああ、そんなあ……名前…そんな…あなたの名前なんて…私……知らない……

ネイルは耐え切れなくなって少し這い進んだ。少年がとびすざり、さらに遠ざかる。

…ああ、坊や!行かないで……

『名前で呼んでくれないんなら、ぼくどこかに行っちゃうよ』

……ああ待ってええ!………行かないでえええっ!……お願い、お願いよおおっっ!………

……………イン…。

はっとネイルは顔あげた。

ああそうだ、オダイン、オダインだ。なんて、なんて素敵な名前、何故今まで思い出せなかったの…忘れちゃだめ…この名前はだけは忘れちゃ…オダイン…。

「……オダ……イン…」

 ほう、とつぶやき老人は振り返った。

「狂った頭でよく思い出したな」

 しわがれた声で、老人が言った。

『思い出してくれたんだね』

 ネイルの頭の中で鈴のような声がうれしそうに響いた。

 奇怪な眺めであった。

 さっきからネイルはずっとその老人と話をしていた。愛しい恋人を見つめるような瞳で老人を見つめ、先ほどから老人に向かって欲しい欲しいと手を伸ばしていた。

 その瞳には老人の、オダインの姿が映っている。耳に響いているのも、その小男のしわがれた、毒を含んだ言葉であった。

 しかし、ネイルの頭は、目に映るその姿を美しい少年の姿に変え、耳に入る言葉を、自分に都合よく置き換え、鈴をふるような愛らしい響きに変えていた。

これも魔香の力によるものか…。

「ふふ、しかしよいざまじゃ。こうなれば狂犬もただの雌犬か」

『おねえちゃん、犬みたいだね』

 …なんで、なんで……ここで犬の話が……そうだ、思いだせないくらい昔、私も狂犬と二つ名をもら……違うっ!そうじゃないんだ…

 狂っ思考が頭の中を駆け巡った。

この子は私に犬になって欲しいんだ、忠実でかわいい犬に…

 くう〜んとネイルは鼻を鳴らした。

「そんなにわしが欲しいか、ほれこれが…」

『お姉ちゃん、これが欲しいんだね』

 少年が長衣を落とした。

 ネイルはその顔に淫靡な表情を浮かべああっと叫んだ。

 まさぐる股間が音をたて、熱い蜜を噴出した。

 少年の股間に彼のものがぶら下がっていた。オダインの男の物を見つめながら、ネイルの目に映る形は、まだ大人になっていない、鎧をまとった少年の形をしたものだった。まだ使えるかどうかもわからぬ真っ白いものだった。

 顔を真っ赤にして、今にも気絶しそうになりながら、ネイルの股間がじゅくじゅくと汁を噴出し、それを受け入れるための準備を始めた。

欲しい…欲しいっ…欲しいっ欲しいっ欲しいいいいいっ!この少年が欲しい、男が欲しいよおおおおっ!

 『これが欲しいんだね』

 自分のものを手に持ち、少年が聞いた。女ならば、見ただけでふんっと軽喪の声を漏らしそうな、少年の小さなモノであった。

 …ああっ……欲しいっ、欲しいですううううっ!

 ネイルはハアハアとあえいだ。

『欲しいものがあるときは、どうすればいいか、知ってるよね?』

 ……知らない、わからないいっ……どうすればいいのっ?……教えてえええ……

『ぼくの願い事も聞いてくれるよね?』

 ひいいいっ……聞きますっ…聞かせてくださいいいい……

 少年はネイルに向けてすっと足を差し出した。大理石のような輝きを放つ、神のつくりたもうた芸術作品のような、美しい足であった。

 少年がいやらしげに笑った。

『これを舐めて』

 はじけるように股間の指を抜いたネイルは、そのいやらしい笑いの形になった口から、舐めまわす準備をするかのように舌と涎とを同時に滴らせながら、両手で少年に向けて這い進んだ。抜くときに指がねっとりと糸を引き、栓が抜けたように股間から汁がこぼれて床に跡を作った。

 床に這ったまま、ネイルは両手で捧げ持つようにその少年の小さな足を持った。彼女の片手にすっぽりと納まるような、小さな足であった。

 恐る恐る舌を伸ばし、顔を寄せる。

 期待に胸がはじけそうだった。

 ああ…美しい…なんて美しい……足……

 ぺちゃっと、舌がその足に触れた。

 股間が飛沫をあげて汁を噴出し、ネイルは甘美の声をあげた。

 ああ…素敵…なんて素敵なの……

 後はもう無我夢中であった。

 ネイルはむさぼるように、その小さな美しい足に舌を這わせた。舐める舌を伝って涎がこぼれた。こぼれた涎を舐め取るようにさらに舌を這わせた。指と指の間、足の裏まで、ねっとりと唾液のコ−ティングをするかのように、ぺちゃぺちゃと音を立て続けた。

 ……ああ……いいっ……素敵……すてきいいいっ……

 世界中の全てが厭わしかった。自分の舌と、この足さえあればあとはこの世のものは何も必要ない、いや、邪魔だ。ああ素敵いっ、素敵いいいいっ……。

 股間からどくどくと快感を吐き出し続けながら、ネイルは狂ったように足を舐め続けた。

「おお、おお…よい様じゃ、まさしく雌犬じゃのう」

 自分の黒く干からびたような足に、充血した目に狂おしい光を宿して必死に舌を這わせるネイルを見下ろしながら、オダインは軽喪の笑いを浮かべた。

 その言葉を狂った頭はどう聞き取ったのだろう。

 聞いたとたんネイルは喜びに顔を輝かせ、ニ三度鼻で鳴いた後、はっはっと息をあえがせて、再び舌を這わせることに専念した。

『じゃあお姉ちゃん、今度はぼくのものを、上手におねだりしてみて』

 両足にたっぷりとネイルの奉仕を受けた少年は、再び甘えた声を出した。

 まるでとっておきの楽しい遊びにネイルをさそうかのような、甘えたようなうれしげな声。

 ネイルは名残惜しそうに一瞬その足をやさしく握り締めたが、少年の憂いを含んだようなその瞳を見たとたんその手を離し、近くの壁ぎわまで這い進んだ。

 壁に体重をかけ、ずるずると這い上がる。体を半回転して少年を向き直ると、足をMの字に開いて自分のものをいじり見せつけながら、媚びるような熱を帯びた上目づかいで少年を見上げて、ネイルは唇を舐めた。

「ああ、頂戴…お姉さんのここに…あなたの…それを頂戴……」

『何を、どこへ?』

「オダインの…お○んちんを…お姉さんの…」

『オダイン?オダインだって?』

 聞きとがめるように首をかしげた少年に、たちまちのうちにネイルは自分の過ちに気付いて青ざめた。少年が背を向けて去っていく姿が生々しく頭をよぎり、ネイルは叫び声をあげていた。

「…ち、違う、ちがいますうう……オダイン様…オダイン様ですうう…」

 少年が納得したように頷くの感じて、ネイルは安堵の涙をこぼしそうになった。

「ああ…オダイン様……くださいませ……あなた様のお○んちんを…わたしのこのいやらしい穴の中に…くださいっ、くださいいいいいっ!」

『もしぼくがあげたら、代わりに何をくれるの?』

 ああ…あんなすばらしいものの代わりに差し出せるものなんて……私には……ない、ないっ、ないですうううっ……ないのおおっ……でも欲しいのよおおおっ!

『ぼくが頼みごとを何でも聞いてくれる?』

なんでもするっ!この少年のものを手に入れるためなら何でもするっ、何にでもなるうううっ!

 ネイルは汗を飛ばしながら首を振った。涎があごから首を伝い、胸の間をこぼれた。

『お姉ちゃんのご主人様の首をもってきてって言ったら、持ってきてくれる?』

 ああ私のご主人様……私にご主人様なんて……昔はいたような気がする……でも……でも今は……

「ああ、私のご主人様はあなたさまだけですうううっ、だから……どうか、どうかあなた様のものをこの雌犬にくださいませえええっ!」

「ほっほっ…魔香の見せるどのような夢に酔いしれておるのか……かわゆいことを叫びよるわい。じゃがのお、わしはおぬしたちアマゾネアの民が嫌いじゃ。長いこの中原の歴史の中で、中原に争いがあるとき、常にお前たちアマゾネアがそこにおる。おまえたちはいつも戦乱を求めている。戦いの中にしか自分を見出せぬ。

殺戮を好み、人の肉と血に飢えた狂犬どもめ。我が君から預かったこの魔香の力、この機会にお前たちをたっぷりと弄りぬいてくれるわ」

『でも、あげないよ』

 ひ…ひいいい……従います…したがいますうう!…ああっ…だから…くださいましっ…くださいましいいい……

 ネイルは汗と涎に濡れ光る胸をすくい上げるように持つと揉みしだいた。見て、坊やあ、お姉さんの胸はこんなにも気持ちいいいのよおおっ、さわって、さわってえええっ!触ってくれたらいいことしてあげるう、すごいこと、坊やが想像もできないすごいことしてあげるうううう!

 いくら叫んでも声にはならない。

 ぱくぱくと口が動き、涎がだらだらとこぼれるだけだった。

少年は興味なさそうに彼女に背を向けると、すたすたと廊下に通じる扉に向かっていった。

ネイルは絶叫した。

何でもする、何でもしますから行かないでえええっ!

だが少年は立ち去ろうとしたのではなかった。

彼は扉を開くと、醜怪な老人の声で、廊下に転がって絶叫する親衛隊士たちに向かって声をかけた。

「おぬしたちこれが欲しいのであろう……欲しいのであればついてまいれ」

 ひいいっと歓声が上がり、再びネイルに向けて歩んできたオダインの後を、扉を押し開いた十人以上の全裸の女性たちが目を血走らせて這い進んできた。

 欲情に肌がピンクに染まっていた。目は淫蕩にとろけ、口からは涎が何筋も糸を引いて流れ落ちている。両腕で這い進むもの、片手で股間をまさぐりながら這うもの、両手で股間をいじりながら、背を床につけ足で這う者。

 みな競い合うように狂気の叫びを上げながら、オダインを追った。かれの、その、股間にぶら下がるものを見つめながら…。

ネイルの前まで来て立ち止まったオダインは後ろに声をかけた。ついてきた女性たちはみなナメクジのように、股間から滴る汁が、這った跡を残していた。

「この女を弄れ。お前たちの舌と指で悶え狂わせ、狂い死にさせよ。もし、こやつが死んだら、お前たちにわしのものをやろう。」

 はああっと親衛隊士たちが歓声を上げた。必死に這い進み、たちまちに最初の者が逞しいネイルの足に手をかけた。

 ああっと身をよじらせネイルは声をあげた。

 触れらたところが性感帯と化したかのように、全身に電撃が走った。体の力が抜けた。這ってきた隊士たちが次々にネイルに群がった。両胸に音をたてて、吸い付くものもがいた。耳の穴に舌を突っ込んで執拗に弄るものがいた。股間には三人が頭を寄せていた。ちゅうちゅうとへその周りに吸い付き、うっ血したキスマ−クを付けていく者がいた。

「ああ……ネイルさまあ……」

 エイダがネイルの耳をねっとりと口の中に含みながら声をあげた。

「…ネイルさま、ネイルさまああ…」

 シーナがその舌でネイルの胸に唾液を塗りこめながら、狂おしい瞳で見上げた。

「…早く、早くっ…はやくううううっ……」

「…死んでっ…早く死んでくださいましいいっ!」

 ミルナスが入るだけの指をネイルの股間にさしこみまさぐりながら哀願した。

「ああっ、あああっネイルさまああああっ!」

「…死になさいっ…いいっ、いいいいいっ!…死んでええっ…」

 エルミナがネイルのへそを嘗め回しながら絶叫した。

 ネイルは全身を痙攣させた。足をつま先までぴんとそらしてはねあげ、手の指がかぎの形にかたまったまま床をかきむしった。

「ひいいいっ、きひ、きひ、きひもちいひいいい、いひいいいっ、いひいいいいっっ!」

 白目をむいて、口の端から泡を吹きながら、ネイルは絶叫した。まるで全身が性感帯になったようなすさまじさであった。

「ホッホッ…もうその有様かえ。オリヴィアはもう少しねばったぞえ。少しでも我に逆らった報いじゃ、そのままわしのものに恋焦がれ、死んでしまうがよいわ…」

 ネイルはもうその声を聞いてはいなかった。体の全ての部分が性感帯となったかのように、触れられる度に、叫び声をあげ、股間から飛沫を噴き上げた。

「ひいいっ、きひもちいひいいい、いひいいいっ、いひいいいいっっ!」
「どれ、その間にわしはその間にシルヴィア王女でもいただこうかのう」

 小さな体が足音を立てずに遠ざかってゆく。

 しばらくしてキイッと音を立てて扉が開き…閉まった。

…シル……ヴィア……王女……

 ネイルがかっと目を見開いた。上を向いていた瞳が痙攣しながらゆっくりともとに戻った。

 快楽に全身をびくびくと震わせながら、それでも筋肉に力を送るかのように体が波打った。

…シル……ヴィア……王女………シルヴィア…様……

頭の一角に最後まで残っていた理性がその言葉で増幅された。親衛隊士の唇が触れる体が快楽の焼ごてを押し付けられたように熱い。

「…ひる……ひる……ひる、ひるふぃあさまああああっ!」

涎があふれて正確に発音できなかった。だがそう叫んだとたん、狂気に犯された頭に理性がもどってきた。

……お守りすると……お守りすると約束した……

涎が止まらない。

………皆のために……自分が囮になると…シルヴィアさまああっ!…

腕にわずかながら力がもどった。ぐうっと群がる女たちを跳ね除け、上半身をおこした。股間が絶え間なく甘蜜をしたたらせている。快楽に酔って足が動かなかった。

「ひるびあさまああ、ひ、ひるびあさまああ……いままひりまふ、まいりまふううううっ」

体をよじり四つに這う。尻に抱きついた何者かが穴に舌を差込み、ああっとくずれそうになるのをこらえ、ネイルは手だけでシルヴィアの部屋の扉まで必死に這った。親衛隊士たちも慌てて這い進んでくるが、快感に酔いしれる体では必死のネイルに追いつかない。

扉の前まで来た。両の手は体を支えるのが精一杯であった。ぐいっと体重を乗せて頭で扉を押した。あっけなく開き、ネイルはどうっと床に這った。

 かすんで、閉じそうになる目だけで見上げた。

 ベットの上に、シルヴィアがいた。

 ……ああっ…シルヴィア様……。

「あはああっ、欲しいい、欲しいのおおっっ!」

 ベットの上で、シルヴィアが全裸で這いつくばり、みすぼらしい老人に向けて尻を振っていた。哀願するような口調で、その輝くような美しい裸体を振り乱し、汗まみれになりながら、彼女は切なげに鼻を鳴らした。誇り高く、見るものを威圧した瞳は完全に理性を失い、酔ったように目の周りを朱に染め、口は絶え間ない涎を滝のようにこぼしていた。

「よいざまじゃ、よいざまじゃのうシルヴィア、そんなにわしのモノが欲しいかえ……」

「いひいいっ、欲しい欲しいですうううっ、くださいっ、くださいませえええっ!」

 白い体を欲情の桜色に染め、シルヴィアは媚びを含んだ視線を老人に送りながら、絶叫した。片手が執拗に股間を撫で這い回った。快感に耐えられなくなったかのように体を支えていたもう一方の手を股間に与え、顔から布団につっこんだシルヴィアは、高く尻を掲げた姿勢で股間にねちゃねちゃと音を立てさせ続けた。

「ホッホッホッ、かわゆい、かわゆいのう…これがアマゾネアの鬼姫とは…いやかわゆいわい…」

 シルヴィア様っとネイルは叫んだ。

声にならなかった。

「おまえには、イザベラ女王をおびき出す手先となってもらわねばならぬ。ここで狂い死にさせるわけにはいかぬ。わしの精を注いでやろう。一生わしの奴隷として使えよ」

「ひいいいっ、うれしい、うれしいですううっ!なります、奴隷になりますうううっ、奴隷にしてくださいましいいいい…」

 布団に顔をうずめたまま、シルヴィアは従属の誓いを繰り返した。初めて味わう、人に支配され従属する快感に酔いしれたような声であった。

「股を開けよ」

 仰向けになったシルヴィアはオダインに向かって大きく股を開いた。夢見るような表情でオダインを見つめ、胸をもみしだきながら、早くはやくううと切なげな声をあげて、頭を振って汗を飛ばした。

 ああシルヴィアさま……シルヴィアさまああっ!

 シルヴィアの裸体に、老人の黒いそれが覆いかぶさっていった。

とても男女の行為などできそうにない、ひからびた体であった。

しかし、ネイルの目の前でわずかに腰を振ったその小さな黒い体が、すぐに快感の声をあげ、びくびくと震えた。

 ひいいいいいいいいいっ!とシルヴィアがひときわ長い歓喜の声をあげた。体がひくひくと痙攣するのが見えた。

ベットの上に四肢を投げ出し、シルヴィアはハアハアッと荒い息を吐き続けた。

長い長いため息をついたあと、強く閉じられたシルヴィア目が開き、真っ直ぐにオダインを見上げた。

 目を見ただけでわかった。

そのわずかな行為によって、シルヴィアは魔香のもたらす快楽の地獄から開放されていた。 

その瞳には、もうさっきまでの狂おしげな色はどこにも見えなかった。

はあはあと息を荒げながら、シルヴィアは両手を伸ばし、オダインの体を引き寄せると、その頭をしっとりと汗に濡れた自分の胸に強く抱きしめた。いとおしげな、ひどく幸福そうな、シルヴィアの表情が、氷の槍のようにネイルの心臓を貫いた。

肉体の快楽から、魂の喜びへ…魔香の力が変化して、シルヴィアを支配していた。

そして、その口がゆっくりと開き、優しい笑みを浮かべてうれしげにささやいているのが、ネイルの目にもはっきりと見えた。 

 ……ご主人様………ああ、ご主人様……私の全てを差し出し……一生お使えいたします………

…間に合わなかった……

ネイルは目の前が真っ暗になった。体から全ての力が抜け落ちた。

 …約束したに……シルヴィア様……シルヴィ…シルヴィアさまああああっ!

ぐったりと床にはった彼女の上に、追いついた親衛隊士たちが、快楽の叫びをあげながら次々に覆いかぶさっていった。




 アンデルアの兵が、整然とアマゾネアの城門に吸い込まれていった。

アマゾネア王国はロマリア軍の駐留を受け入れ、事実上の属領となることとなった。

 イザベラ女王は、ある日自分の部屋から忽然と姿を消していた。

 三人の王女も同時にである。

 女王に呼ばれ、三人の王女が女王の部屋を訪れ、そして二度とその姿を現すことはなかった。

 部屋の周りは人払いがされていたが、戦時でもあり、部屋に続く廊下には厳重な警備がしてあった。廊下からはだれも出なかったし、窓から外に出た形跡も無い。文字どおり忽然と姿を消したのだ。

 部屋には、王族の者のみ知る秘密の出入口があるとささやかれていたが、だれもその真実を知る者はいない。

 もし女王と王女たちの死が確実であれば、すぐにでも王家の親類の中から新しい女王をたて、それを中心に、事態の収拾に努めたに違いない。

 しかし、どんな理由で失踪し、いつ戻って来るかも知れない彼女たちを死んだものとして、新しい王をたてることなどできなかった。今回の戦役で多くの才能ある人物を失い、アマゾネア王国は、混乱を極めた結果ロマリアの属領となる道を選んだ。

 その第一陣としてアンデルアの兵士たちがやってきた。彼らを倒すために出征していった自国の兵士たちが、うっとりした目で彼らを見つめながら、陶然と後に続き入城する姿を、それを迎えた城の貴族たちも、城下の国民たちも当惑したように見つめていた。





「オダイン様、それでは結局ロマリアだけが利を得て、われわれは何も得るものが無かったことになりますが…」

「マリウスよ、それは違うぞ…」

 いつぞやの階段を、弟子のかざす手燭の明かりを頼りに降りながら、オダインは柔らかい声で答えた。ネイルたちに対していたのとは全く違う、弟子をさとす慈父の声であった。

「この旱魃はまだ続く…。あのまま戦争を続けておれば戦闘ではもちろん、多くの民が飢えで命を落としたことであろう。その累は必ずこのカ−スにも及んだはずじゃ。今は、この大旱魃を乗り切るために中原諸国が力を合わせねばならん時じゃ」

「ですが、イザベラ女王以下王族もすべて先生がひそかに処分された今、アマゾネアの脅威は去りました。ロマリアがこのカ−スを保護する理由はなくなったわけですが…」

「なんの、そうではない」

 こつこつと無限回廊のように階段が続く。

「あの国は簡単には滅びん。百年、二百年後には、また新しい女王をたて、力を蓄えて、必ず再び中原諸国に牙を剥いてくる。その時のため、ロマリアに我らが力を示しておいたことは無駄ではないわ」

 そう言ってからオダインはホッホッとわらった。

「しかし惜しかった。あのような美しい女子どもを殺さねばならなかったとは、いや、今でも惜しい惜しい…」

 オダインはカ−ス一の魔道師として王の厚い信頼を得ていた。今回の戦役でも、王家の秘薬を用いて密かに戦いを勝利に導いた功績により、王よりかなりの褒美を賜ったと聞いたが、マリウスの目に映るオダインにはそんな様子は見えなかった。オダインの命によりしばらく旅に出ていたマリウスだったが、戻って気付いたのは屋敷が少し修理してあった程度だ。それも、わずかな修繕にすぎない。カースは貧しい国であった。

階段を降りきった。

この地下施設はかつて魔道師ギルドの研究施設として使われていたらしいが、今はこのオダインとその弟子マリウス以外に知る者はいない。この間マリウスが本を読んでいた前室の奥には、この地下室の上に建つオダインの屋敷と同じくらいのスペ−スがあった。そこに座敷牢を作り、さらってきた娼婦たちを実験台にして、オダインは魔香の効き目をためしていたのだ。

ずっと使っていなかったこんなところに何の用があるのかといぶかしみながら、マリウスは前室に入った。しばらくここで暮した懐かしい場所、だが特段の感慨はわいてこない。

しばらく見回したあと、オダインにせかされて奥の扉にむかい押し開いた。

とたんに瞠目して立ちすくんだ。

あのうらぶれた、薬品の匂いが漂い、暗くて、気の弱いものならばそこにいるだけで発狂しそうだったあの場所が…

…これは……これでは……まるで、王宮の一室だ…

「どうじゃ、驚いたかえ。さすがに、住む者にあわせてそれなりの手は入れんとなあ…」

…住む、もの?

部屋の向こうに人影が見えた。後ろを向いているが驚くほど美しい後姿に長い金髪が流れていた。

オダインが手をたたいた。部厚い絨毯をその女性に向かって歩いてゆく。

「まいったぞ」

 ぴくっと、電気にでも打たれたかのように、その女性が振り向いた。

「ああ、オダイン様…」

 マリウスは口を開けたまま立ちすくんだ。

 ああっとため息がもれた。

 なんて、なんでこんな綺麗な女性が…この世にいるんだ…。

 白い肌に、青い瞳が喜びに輝いていた。紅を引いた美しい唇を見ただけ、その場にたおれこみそうになった。白いドレスから、白さで負けぬ透きとおるような肌がのぞき、豊かに盛りあがった胸が、ドレスの胸元からはみ出しそうだった。

 熱に浮かされたように顔を上気させたその女性は、オダインの前にひざまずき、そのしわがれた唇に、情熱的に自分のそれを重ねた。オダインの頭を抱き寄せ、ねじるように唇をあわせる。口の動きから、オダインの口の中に自らの舌をさしこみ嘗め回していることがわかる。

 マリウスは驚くと同時にひどい嫉妬を感じた。

 女性のその夢見るような顔つきは、金で買われた女のものではなかった。心からオダインを愛し唇を与えているのだ。いや、望まれれば与えるのは唇だけではあるまい。

しばらくそうしてから、彼女は名残惜しそうに唇を離した。

「何をしておる、こちらにまいれ」

 口の周りに紅をつけたまま振り返って叫ぶオダインに、マリウスはふらふらと女性を見つめたまま近づいていった。キスをしていたときの女性の淫蕩な表情に股間がはげしくうずいていた。

「弟子のマリウスじゃ」

 女性は艶然と微笑み軽く会釈した。三十歳くらいだろうか、美しいだけではなく品があった。もしオダインがいなければ、なりふりかわず押し倒して、そのつややかな唇を吸っていたかもしれない。

「これからお前たちの世話をさせる。皆にも紹介したい」

 その女性が壁際の紐を引いた。どこかで、奥で鈴のなる音がした。

待つほども無く奥の扉が開き、次々と金髪の同じ白いドレス姿の女性が現われた。マリウスを見て、思わずため息をつきたくなるような美しい微笑を浮かべて軽く会釈する。その数四人。どれも最初の女性に似て美しかった。姉妹かもしれない。色白の目の回りを赤く染め、熱いため息をもらしながら、彼女たちはうっとりとオダインを見つめた。

「これがイザベラじゃ」

 オダインが最初の女性を指差した。彼女が再び微笑むのを、マリウスは熱病にでもうかされたようにぼんやりと見つめていた。

「これがオクタヴィアじゃ」

 イザベラ…オクタヴィア……。

 マリウスは口の中でその名をつぶやいた。

 イザベラ?

オクタヴィア?!

 目を見開いたマリウスに見つめられ、オダインは少しばつの悪そうな顔をした。

「だから…さっき言うたであろう。我が君の言葉とはいえ惜しかった、さすがに惜しかったのじゃ…」

「いけませんっ、いけません先生!今からでも処分なさいましっ!」

 実直な若者であった。彼女たちの美しさに陶然としながら、それでもその口は震えながら、師を案ずる言葉を口にしていた。

「もし先生ができないとおっしゃるならば、私がいたします!」

 オダインそれを聞きながら眉をしかめると、マリウスの背後に軽くあごをしゃくった。

 はっと振り返る前に、後ろから強い力で抱きしめられた。

「マリウスがこんなことを言うのじゃ。堅物で困る。お前が女の喜びを教えてやっておくれ」

「かしこまりました、ご主人様…」

 もがくマリウスの体をがっちりと押さえたまま、その女性は、はあっと、耳元で熱い息を吐きながら、舌にぺちゃぺちゃと音をさせた。。

「皆の護衛として生かしておいたそなたじゃが、使い道はあったのお。マリウスをたっぷりかわいがってやれ。話はその後にしよう。そのときにはマリウスも少しは物わかりがよくなっておるじゃろうて…」

「ではご主人様…その間私たちと…」

 四人の中で一番イザベラに似た女性が、自分の胸を抱くようにして、顔を赤らめ、喜びにまつげを震わせながら聞いた。他の四人も、期待に膨らむ瞳を輝かせ、はあああっと桃色に染まったような息を吐いた。

「おお、おお、シルヴィア、かわゆい、かわゆいのお。もちろん相手をしてやるとも…」

「あなたは私とよ…」

 マリウスをぎゅっと抱きしめたまま、その女性は前に回りこんだ。

背の高い浅黒い肌をした、野性的な女性が、彼より少し高みから、うっとりと彼を見下ろした。着ているものは他の五人と比べて少し粗末で、どうやらその五人の身の回りの世話をしている女性のようだった。黒い短い髪、濡れ濡れとした黒い瞳が美しかった。

ぶ厚い唇を舐めながら、その女性は熱い息をマリウスの顔に吹きかけながら、身をくねらせた。

「…たっぷりかわいがって、悲鳴をあげさせてあげる。こうやって……」

 唇が重なった。熱い、火の出るようなキスであった。

 それだけで、頭の中が真っ白になったマリウスは、力を失い倒れそうになる体重をその女性に預けた。ひどくやわらかく、温かであった。

目の端に五人の女性に囲まれて次の間に消えてゆくオダインの姿写っていたが、写っているだけでもう見えてはいなかった。 

「…キミの……名は?」

 女性に抱きかかえるようにされてベットに寝かされた。すらりとしているのに、力の強い女性であった。ずっとその顔を見つめたまま、マリウスは、ぼんやりと聞いた。唇に、先ほどのキスの感触が強く残っていた。

「ご主人様はビッチ(雌犬)ってよぶわ、あなたもそう呼んで。それが一番興奮するの…」

 服を脱ぎ捨てた女性は、ひきしまっているが豊満な自分の胸をもみしだき、声をとろけさせながら、彼に見せ付けるかのように大きく舌を出し再び唇を舐めた。

「前の名前はネ…ネ………もう忘れちゃったわ」

「…ビッチ……」

 ぼんやりと彼がつぶやくと、その女はうれしそうに、くう〜んと鼻を鳴らして、かれの股間にゆっくりと顔をうずめた。


投稿小説の目次へ