「発情」      作・響

 

 神々の時代、この世は天と地、光と闇、善と悪とに分かれていた。

 悪しき魂は地下へと堕とされ、魔物や魔性は地下と地上を結ぶ暗黒の森を棲みかとした。そして暗黒の森を支配する暗黒神が誕生し、以来1000年、森は血塗られながら変わらぬ闇を誇り続けている。

 神さえ怖れ、寄り付かぬその死の森で、それぞれの物語が織り成されていく…。

 

 蝋燭の炎が揺らめく部屋に、悲しげなハープの音色が漂う。城の塔に閉じ込められた美しい女たちが、魔王のために奏でているのだ。

 女たちは、耳や爪など獣の姿を残した魔物から人間を森に誘っては生き血を啜る魔性、果ては人間までもが混じっている。自ら魔王の慰み者として身を投じた者、攫われた者、殺すには惜しいと命拾いをした人間。彼女らの心中は様々ながら、魔王のために、皆明けぬ夜をハープで宴じる。

 と、その時、奥の扉が開く音がした。塔の丸い空間を何本もの飾柱が建ち並び、宴を守るかのように幾重も垂幕が覆うその奥から、掠れた声が伝わる。

「魔王様…火が……」

「アヌメか」

 魔王はすぐさま、壁に灯った蝋燭を吹き消す。すると垂幕の隙間から、魔性の女が姿を現した。

 白い肌に絡む黒く長い巻き毛、すらりと伸びた手足、ヴァイオレットの瞳。美しい顔は気紛れな性格を写し取ったように、魔王を前に臆しもせずに薄笑いを浮かべていた。

 発情期が訪れると、アヌメは魔王の城に現れる。魔王…暗黒神のエネルギーを吸収するために。そして魔王は、アヌメの誘いだけは決して断ることがなかった。

 アヌメは魔性の性質を強く持つ生物だった。ほんの僅かな火も怖がるほどに。だから城の廊下の蝋燭はいつも灯ることがなく、アヌメの訪れを待っている。暗黒の森を支配し、死の王と恐れられる魔王に最も愛されたアヌメは、それを知っているのかいないのか、気紛れに寄り付くだけだったが。

「酷い雨なの。稲妻も近いわ…。濡れるのは嫌いなのよ」

 熱に浮かされたような掠れた声で、アヌメは魔王の首に白い腕を回す。華奢な身体であるのに見事な曲線美を持ち、豊満な胸が魔王の身体に押されて尖った乳首が布から伝わる。香るような色気が稲妻の青い光に写し取られていく。

「雨を避けて来たのか?」

 意地悪くアヌメの発情を気付かぬフリをする魔王に、アヌメは潤んだヴァイオレットの眼を伏せて背伸びする。

「私は強い男が好き。セックスするなら、暗黒神のエネルギーが欲しい」

 そう囁いて、魔王の牙の生えた口へ唇を寄せる。ミルクを舐めるネコのように丹念に、牙を探り舌を絡めるキスを受け止めて、やがて魔王はアヌメの身体を抱え上げた。

 魔王に許されたことを知ったアヌメは、首に縋ったまま、うっとりと頭を逞しい胸に寄せた。

 そこにいた女たちの視線に、魔王に愛されて尚自由で、多くの特権を持つアヌメへのジェラシーが含まれていたが、アヌメはそれらを浴びて更に美しくなる女だった。アヌメは欲しいものを欲しい時にねだる魔性だ。周囲の感情など関係ないのだろう。

 魔王は塔を降り、城の奥の暗い部屋へと進んだ。血の匂いがうっすらと漂う。テラスの窓から突き刺さるような稲妻が光り、天蓋付きの広いベッドを照らす。

 そこへアヌメを降ろし、身体に纏わる布を剥ぎ取った。このベッドで、たくさんの女を殺した。人間も魔性も、魔王は快楽の後に血を飲み干し、柔らかな肉を食らう。その同じベッドでアヌメを抱くのは、妙な興奮を覚えるのだった。

 裸体となったアヌメの足を広げる。密やかなそこは小さく口を開けて、魔王の指を誘い入れる。秘部を少々強引に開いてみると、すでに熟れた柘榴のように真っ赤に濡れ、ヒクヒクと、穴を広げて捻じ込まれる圧迫感を待ち侘びていた。

 中指を入れてかき回しながら、喘ぎを上げて震える乳房を口に含む。柔らかな肌を牙で傷付けぬようう注意を払いながら、固く立った乳首を舌で嬲る。熱く蠢く身体、溢れそうな愛液に、魔王は溺れていった。

 服を脱ぎ捨て、張り詰めた肉棒を宛がう。先端を潜らせると、ヒクヒクと締め付けてもっと奥へ誘おうとする。

「あ…っ……もっと、ゆっくり」

 掠れた声で訴える言葉も聞かず、魔王は強引に根元まで捻じ込んだ。息を乱して仰け反らせるアヌメの両手を抑えて、腰を動かす。

「ああっ…壊れる…そんなに激しくしちゃ…っ」

 悲鳴のような喘ぎを上げながらも、とろける秘部は魔王を締め付ける。アヌメはいつも始め、混乱をきたすのだ。月に一度、身体が忘れかけた頃に、発情期は訪れるから。

 しかし、魔物や魔性にとって、魔王の肉棒が体内に入るのは至極心地のいいものらしい。闇から生まれた生物には、暗黒神の体液はエネルギーともなる。他のエネルギーを奪いながら生きていく魔性は特に…。

 闇を瞬間に照らす青い稲妻に、白い身体が浮かび上がっては闇に溶ける。絶え間なく続く喘ぎに誘われるように、また映し出される光景。揺れる乳房が、眼の奥に焼き付く。

 いい女だ…と、魔王は頭の端で思う。身体も気性も、申し分なく気に入っている。手に入れても手に入れても、まだ飽き足らないほどに。しかし、それならなぜ…。

 なぜできない…と、アヌメを思い通りにできる時、酷い焦燥感に襲われる。

 ふいに、肉棒を咥えた淫らな口が、痙攣を起こした。魔王のエネルギーを搾り取ろうとするかのように、強く咥えてくる。

 早くもイッてしまったアヌメの飢えを知り、魔王はとりあえず精液を注いでやることにした。更に動きを強め、淫らに我を失っている柔らかな身体を抱き込んだ。そしてアヌメの身体の奥に、快楽をたっぷりと放ってやった。

「…はあ…ああ…っ」

 アヌメの淫らな口は、また痙攣を起こして注がれたものを飲み干した。肉棒を引き抜いても、余韻に暮れるアヌメの焦点は定まっていない。

 ……それから二日後、アヌメはそっと魔王の腕から抜け出し、ベッドを下りた。魔王はその振動で目を覚ましたが、そのまま動かずにアヌメを見つめた。

 彼女は昨日プレゼントした胸や腰を隠す簡単な服を着け、ドアへと歩いていく。また、出て行くのだろう。腹が減って、新鮮な血を啜りたくなったのかもしれない。そうやって一度出て行くと、アヌメは大抵、一ヵ月後の発情まで戻ってこないのだ。

「アヌメ…いつでも戻って来い。雨宿りでもいい。また城へ来い」

 ベッドの中から声を絞ると、足音を潜ませていたアヌメはいささか驚いて振り返った。

「1000年を生きた俺にとって、この暗黒の森に流れる時は長い。幻のようなお前を待つ時間は、その時の流れを更に鈍らせる」

「この森の生物は、すべて魔王様のものだわ。何もかも、魔王様の思い通りにすればいい」

 そう囁いて、アヌメは薄く笑んだ。

 塔にいる女たちのように、アヌメを無理矢理閉じ込めたとしても、アヌメは魔王を恨みはしないだろう。

 でも、できないのだ。まるでアヌメの魔性に取り付かれたかのように、アヌメを城に縛ることができない。

 この己の存在を、自分はどこかで悲観しているのだろうか…?

 果てしない闇、ゆうるりと流れる時間以外は、何もない。たくさんの女たちに、何曲ものパープの音色。それは明けぬ夜を嘆く悲しみの序曲だ。

 残酷な夜を弄ぶだけの城。気侭なアヌメには似合わない場所だ。闇から生まれた魔性とはいえ、せめてその哀れな運命を広い森に放してやりたい。

 アヌメの足音が遠ざかる。魔王はベッドの上で身動ぎもせずに、愛しいその音を聞いていた。






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