冥皇計画
プロローグ
冥皇の城は燃えていた。
冥皇に従った、魔神、魔獣たちの多くはすでに城の内外に、骸を晒していた。
光神エルファリアの戦士であるバトラ王子率いる12英雄達は、冥皇を討ち取るべく七つの王国の軍の先頭に立ち、冥皇の謁見の間を目指して血路を開いていた。
1匹で数百の兵士に勝る魔神達も、エルファリアの光剣の前には屍を晒すしかなく、精強で知られた冥皇騎士団の騎士達も散発的に決死の突撃をしては、次々と討死していった。
彼らの主である冥皇自身も、バトラ王子との一騎打ちに敗れ、その身に深手を負って謁見の間まで退くしかなかった。
白亜の玉座にたどり着いた冥皇の漆黒の鎧は、すで自身の流した血により真紅に染まっていた。
すでに瀕死である冥皇が玉座にたどり着けたのは、ひとえに彼自身の矜持による力だけであっただろう。
玉座に寄りかかるように座った冥皇は、最後に残った5人の配下を身近に集めると、断末魔の喘ぎの中、口を開いた。
「余は余の不明によって死する・・・兄の魔皇、姉の死界の魔女もすでに倒れ・・・余の第二の生命も尽きようとしている・・・・・・。」
冥皇はそう言い放つと、返り血と自身の血に染まった漆黒の兜を脱ぎ捨てた。
血汗にまみれた金髪碧眼の美しい青年の顔が現れ、だがその貌にはすでに死相が表れており、蒼白であった。
彼の最後に残った配下達も兜を脱ぎ捨てた。配下達は皆、美しい女性であった。
冥皇は彼女達の顔を見渡すと 慈しむような微笑を浮かべ。
「皆、今日までよく仕えてくれた、礼を言いたい・・・ありがとう・・・。」
素直な感謝の言葉に、最期の予感を感じた5人の女性達は声をあげて泣き始めた。
すると冥皇は天を仰いで慨嘆した。
「許せ!許せ!かかる運命になったのも、この冥皇に従った故のこと、来世は良き人に巡り会って、幸せになってくれい!我が不明がそなた達を不幸にした!!」
冥皇は玉座から最後の力で、よろめきながら立ち上がると、跪いて慟哭している女性達を一人一人手をとっては立たせ、朦朧とした意識の中、息も絶え絶えになりながら言った。
「できれば・・・落ち延びて・・・生きて欲しい・・・余の最後の願いだ・・。」
彼が穏やかな表情でそう言い終えると、5人の配下の一人が黒竜に変身し、悲痛な声で一声叫ぶと飛び立った。
「ナーシア!さらばだ!」
それを見た冥皇は嬉しそうに叫ぶと、他の4人にもすぐに落ち延びるように促した。
しかし、彼女達はかぶりを振り、冥皇の側を離れず異口同音に言った。
「私は来世も冥王様に添って参ります・・・。」
死を覚悟したまっすぐな8つの瞳を前にして、冥皇は嬉しそうな悲しそうな凄烈な表情を浮かべると、彼女達を乱暴に押しのけ玉座を後にした、かつてはその力の源であった冥皇の宝杖にすがりながら、謁見の間から去っていった。
主と共に倒れることを望んだ彼女達は数刻の間、自分たちの主に拒絶された悲しみに茫然としていた。
依然、謁見の間の外では剣戟の騒音がしていたが、遂にそれが不意に止んだ。
「バチウスの子、バトラが冥皇を討ち取ったぞ!!」
その叫びと共に勝ち鬨があがり、薄暗い謁見の間にバトラ王子と11人の英雄が、刀槍を煌めかせながら、雪崩込んできた。
先頭に立つのは光神エルファリアの戦士であるバトラ王子だ。彼は光り輝く鎧を纏い、眩しい光芒を放つ光剣エルファリアを右手に携え、左手には冥皇の首級を掲げていた。
その首級の死顔は穏やかで目を瞑っており、逆にその表情を見た彼女達は、共に死出の旅出られなかった無念さと、愛する人を失った悲しみで怒りを爆発させた。
復仇に燃える4人の配下の一人、長身の美しい黒髪の女性が血を吐くように呟いた。
「愛しいあの御方と・・・もろともに消え果てること、これに勝る喜びはなし・・・」
愛しき人を手に掛けた相手を目の前にして、4人の美しい女性達の顔が憤怒に染まり凄絶な貌となり、ある者は剣を、またある者は槍を振りかざして王子に躍りかかった。
しかしあえなく、ひとりは王子の配下の英雄に魔法でのどを貫かれ、ひとりは巨大な剣で背中を差し貫かれて、そして最期の二人は王子に胸と腹を光剣で薙がれて絶命した。
バトラ王子は4つの亡骸を一瞥すると
「哀れな・・・。」
と呟いた。その瞳には涙が光っていた。
こうして、エルギシアの3皇子による戦乱は終息した。
それから300年もの月日が流れた。エルギシア帝国の3皇子の戦乱による傷跡は、すでにリスタニア大陸から消え去り、7つの王国を始めとする国々は、それぞれの繁栄を謳歌していた。
3皇子のことはもう遠い過去のこととして、今では12英雄を讃える脚色された物語や歌劇によって、語られるのみとなっていた。
神々の時代も終わりを告げ、3皇子の召喚した魔神と戦うために光臨した、光神エルファリアをはじめとする善き神々も、今では7王国のひとつ、クフォリン王国に座す女神クフォリンを残してこの世界から去っていた。
リスタニア大陸は安定と共存の時代に進むかに見えたが、そうはならなかった。
大陸東部の辺境に、3皇子の長兄である魔皇ラグナが突如として出現したのだ。
彼は魔族に統率された魔獣と亜人間の軍団を率い、バトラ王子の母国であるリドニア王国に戦いを挑んだ。バトラ王子は3皇子の戦乱の後、行方不明になっていて、元々小国であったリドニアは為すすべもなく、敗れ滅亡した。
リドニアを滅ぼした魔皇ラグナは、その地に新生エルギシア帝国を再興し、ヒト族国家群に不満をもつ亜人間種族と、世界を救ったという誇りで驕慢になっていた7王国に反発する国家群を束ね、自らが盟主であるエルギシア同盟を興して、7王国を中心としたエルファリア神聖同盟に対抗した。
再び、リスタニア大陸は戦乱の時代に戻ろうとしていた。
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