ドレアム戦記
ドレアム戦記 朱青風雲編 第15話
鳳凰島。ドレアム大陸の南東に浮かぶ火山島で、中央にある現地の言葉で聖なる山を意味するボルガの名を戴く火山は、山頂に赤い溶岩ドームを湛え、時折それが崩れて火砕流が巻き起こるため周囲の山肌は焼かれた火山灰に覆われていた。
故に、島の住人はボルガ火山から離れた海岸沿いに追われ集落を作った。それしか生きる術がなかったのだ。こうしてできた数個の集落だったが、場所によって海まで到達する火砕流のため内陸沿いの道は作りようがなく、自然と海路が発達することとなった。島の住人が操船術に長けているのも生きるための必然であったといえる。
鳳凰島の中で一番の有名人と言えば、やはり伝説の海賊『烈火のマリー』の名が一番に上がってくる。マリーは海で暮らす者達を心底から震え上げさせた海の魔物である水生魔物を退治した人物であり、大陸で王侯貴族の暮らしを約束されていたにもかかわらず、自ら希望して自由闊達な海を選び、代わりに鳳凰島とドレアムの貿易に関する免税符を取得、鳳凰島の人々に永く続く繁栄をもたらしたと云われている。
「ふ〜ん。でも、その子孫のあんた達が何で海賊なんてやってんのさ。免税符を使ってまっとうに貿易すればいいのに」
シャオンの疑問に対し、ヤリツ3兄弟の次兄ソザイが言うには、最初はマリーの下で上手くやっていたそうだが、マリーが死んで幾代も経つ内に、気性の荒い連中が多いせいかいざこざが絶えなくなり、袂を分かって別の集落を造って移り住む者もでてきた。そして更に時が経ち、集落同士が他の集落を支配して、より大きな富を得ようと争い始めたため、単なる商船では太刀打ちできないと戦船を作って護衛を始めた。この戦船が海賊船の元になったという。
「そうなると、戦力の大きい船が有利でさぁ」
「商船を出しても、沈められたり乗っ取られたりで、だんだんと商船なんか出せなくなってきちまって」
「んで、だったらこちとらも海賊家業をしたほうがましって」
ヤリツ3兄弟が次々と訴えかけた。
「つまり、あんた達は他の連中の真似をして海賊を始めたのね」
「へ、へい・・・」
「で、何度も商船を襲ったと」
3兄弟は首をぶんぶんと横に振る。シャオンが問いただすと、長兄のリュウカがぼそりと言った。
「じ、実は・・・、初めて襲ったのが、総船長の船でさぁ・・・」
「へっ?じ、じゃあ、海賊っていばってたけど、初めてだったの?」
「めんぼくねぇ・・・」
3兄弟はしゅんとうな垂れた。そんな3人の姿を見て、ジローとアイラが助け舟を出す。
「まあ、逆によかったんじゃないか。海賊家業に手を染める前で」
「そうそう、ジローの言うとおり。今ならまっとうに生きていけるわよ」
だが、3兄弟は浮かない顔をしている。その理由は後でわかるのだが、とりあえず今はシャオンが勝手に3人の気持ちを代弁した。
「大丈夫だって。あんた達、今は落ちぶれているかもしれないけど、他の海賊連中なんかやっつけちゃえばいいじゃない。あたしの旦那が強いってのは見たでしょ。他の皆も凄腕だよ。へへん、あたし達が味方につけば鬼に金棒だって」
自信満々のシャオンの背中に鳳凰島が迫っていた。
ヤリツ3兄弟の戦船は、フレアと呼ばれる港町に向かった。そこが彼らの母港だという。海の上から港がだんだんと見えてくる。だが、少し様子がおかしい。戦船の進路にあたる港の入口の水路に小型の船がずらりと並んでいたのである。その姿は、港に入る侵入者を拒む門のようだった。
「あれは?・・・」
ジローの問いかけに答えたのはアカイだった。
「ちょっと待ってくだせぇ、今ソザイの兄貴が準備しますんで」
そう言われると、ソザイの姿がいつの間にか消えていた。
ヒュルルルルルゥゥゥ〜〜〜〜〜バシュ!
突然船上から何かが打ち上がり、上空で破裂音を響かせた。
「ロケット花火?」
「何だそれは?」
ジローが思わず口にした言葉にエレノアが反応した。お陰でジローは愛嬢達と更に興味津々のヤリツ3兄弟相手にロケット花火の説明をしなくてはならなくなったのだが、それはそれとして。
船上から更に2発の花火が打ち上がる。その2発は同時に炸裂するが、1回目とは若干音が違うような感じがした。
すると、港の水路に並んだ小船がするすると潮を引くように移動し始めた。その様子を、言葉を忘れて眺めているジロー達を横目に、アカイが自慢気に言う。
「あそこに並んでいた船は火薬を積んでいるですわ、水門みたいなもんと思ってくだせぃ。んで、港を襲ってくる連中も手出しは出来ないんですわ」
「そうか、それで花火で合図を」
「んです」
ヤリツ3兄弟の長男リュウカは、船の舵を取っており、次兄のソザイは花火担当ということで、子言葉足りずながらも末弟のアカイが解説を行っていた。その様子は、とても誇らしげで、さっきの海賊稼業の時よりも生き生きしていた。
ジロー達は母港に停泊した船の上から港町を一望したが、港にいるのは漁船と中型の商船くらいで、戦船として使えるのは、彼らが乗ってきた3隻だけのようだ。水門代わりの火薬船が必要なのもわかる。そして、町も昔は賑やかだったと聞いていたが、どちらかというと寂れているように見える。
ジロー達は、3兄弟に案内されるように船を降りた。海賊船に乗っていたのは、ジローと8人の愛嬢達、それからアイラの副官となった3人の元紅の軍団の女士官達だった。他の交渉団のメンバーは、沿岸都市との交渉の成果を持ち帰るためにドリアードに向かったのだが、彼女達は望んで別行動をとって残ったのである。その理由は単純だった。彼女達3人共アイラにぞっこん惚れ込んでしまったのである。
ジロー達を先導して歩いていたヤリツ3兄弟だったが、港から町に入るに従って何故か歩みがとぼとぼとし始めた。まるで、何かを恐れているかのような感じがある。その感情の動きはルナの『心触』を通すまでもなく他の者達にも態度でわかるくらいだった。
やがて彼らは、3階建の館の門の前に立った。館は古い造りだったが、界隈では一番立派な建物で、門から建物の入口まで50ヤルドはある。どうやらそこが目的地らしい。
3兄弟は、互いに譲り合うようにしていたが、どうやら話がまとまったらしく、3人同時に門の扉を叩く。
厚い木の門が内側に開き、目の前に石畳で出来た道が現れる。そして、その先に1人の人物が佇んでいた。女性だった。中肉だが全体的に丸い印象を受けるのは、着ている服のせいかもしれない。年の頃は50代といったところだろうか。茶色の髪にはところどころ白いものが混じり、顔には皺も刻まれていたが肌は健康的に日に焼けているし色艶も良い。そして、なによりも眼光が鋭かった。
「お帰り。・・・で、どうだったんだい?」
少ししわがれた声で、女性が口火を切った。と、途端に3兄弟が肩を落とす。
「か、かあちゃん・・・」
末弟アカイの情けない声を聞き、女性はやれやれといった表情をした。
「まったく、仕方のない子達だねぇ。あんだけあたしに啖呵切って飛び出したっていうのに、結局何の成果もなしかぇ」
「い、いや、か、代わりに・・・、こ、この人達を連れてきたから・・・」
ソザイがしどろもどろにしゃべった。
中年女は、恰幅の良い身体を揺らしながら3兄弟をぎろりと見つめる。途端に3兄弟は、蛇に睨まれた蛙のようにしゅんとなる。そして、その視線は背後にいるジロー達にも伸び、今度はじっくりと値踏みをするように見つめられた。
<・・・ほう、いい男じゃないか。それに、なかなかできそうだねぇ。周りにいる女達も美人揃いだし・・・。こりゃ、うまく味方に引き込めないとねぇ・・・>
その思考をルナに読まれているとは露知らず、中年女は視線を3兄弟に戻し、今度はいくぶん穏やかに話し始めた。
「まあ、いいだろ。元々お前達には荒っぽい仕事は向いてないってわかってたんだし、これに懲りて海賊をやりたいなんて思わないこった。わかったね」
3兄弟は、首を縦にぶんぶんと振った。その姿に厳しく見つめたあと、今度は打って変わって表情を変えた中年女は、にこやかにジロー達に顔を向けた。
「さて、お客人方。あたしは、ヨウラン・ヤリツ。一応フレアの統括みたいなものをしています。それはそうと、この馬鹿息子達がとんだ迷惑をおかけしちまったようで・・・。まあ、まずはこちらでくつろいでくださいな」
ヨウランは案内するように応接間に連れて行った。
応接間でくつろぎながら、ジロー達は互いに挨拶を交した。相手の真意が今ひとつというところなので、自分達の能力は適当にはぐらかしておいたが、シャオンがフレイアを召喚することだけは既にばれていたので、シャオンが『烈火のマリー』の子孫だということも含めて話した。ヨウランは3兄弟ほどではないが驚いた表情をしたが、直ぐに平静に戻ってシャオンの左手の火の御守をちらちらと見つめていた。それよりもヨウランが一番驚いたのは、ジローが8人の愛嬢を妻にしているという話のようだった。
その後も話は続き、今度はジローがヨウランから島の事情を聞いた。その話は、ヤリツ兄弟から聞いた話をもう少し詳しく、かつわかり易くしたもので、港町フレアを発祥の地とした鳳凰島の海賊達が段々と海運貿易へと移行し、その後再び海賊に戻ったものと商売を続けたものに分かれたことが理解できた。
現在、鳳凰島の集落は港町フレアを含めて4つ。そのうちシバシとゲイランの2つが海賊行為を働き、フレアとイソクの2つが漁業と商船貿易を細々と続けているそうだ。海賊は、自分達の集落を砦と称していたが、幸いシバシとゲイランは仲が悪く、互いに争いが絶えないために、めったにそのとばっちりが他の港町に降りかかるようなことはなかったという。
「でもね、風がかわっちまったのさ・・・」
ヨウランの表情に影が射した。ヨウランの話によれば、ここ数年の間に新たな海賊が生まれたらしい。その本拠地は鳳凰島ではなく、大陸ではないかと噂されているが、誰も真相を知らない。そして、その連中が奪っていくものは、金品や商品はもとより、人間そのものだった。老若男女構わず根こそぎ奪うか殺していくやり方だった。
この新たな海賊の台頭に、鳳凰島の海賊達は立ち向かった。が、緒戦で力の差を見せ付けられ、連中は直ぐに白旗を揚げて降伏してしまった。その後は手先となって今度は他の港町を襲うようになったという。
狙われたのは、フレアと南にあるイソク。但し、フレアの港は火薬船による警備が厳重で、その上周辺の水路が複雑で生半可な操船術では浅瀬に座礁してしまうため、まだそれほど大きな被害はないということだったが、一旦港から出てしまえばその恩恵を得ることができず、漁船や商船などは狙われてしまうという。
「もちろん、あたしらも最初は戦おうとしたよ。でもね。奴ら、不思議な術を使って、海を怒らせちまうのさ。海を怒らせたら、あたしら海の連中でも太刀打ちできないよ・・・」
「親父と、叔父貴は、奴らにやられちまった・・・」
リュウカが呟くように言った。
ジローは隣でジローの手を握っていたルナを向いた。ルナはジローの瞳を見つめて、軽く頷く。彼らの言っていることに嘘があるかないかをルナに『心触』で確かめてもらっていたのだ。彼らが嘘を言った場合には、ルナがジローの手を強く握ることにしていたのだが、今のところ一度も強く握られることはなかった。
「その、不思議な術というのは興味あるな」
「残念ながら、あたしはよく知らないのさ・・・」
ルナが手を強く握った。ジローは、ヨウランを静かに見る。すると、ほんの微かだが彼女が震えているのがわかった。
<ヨウランさんは怯えています>
イェスイが心で伝えてきた。
<ヨウランさんは、思い出したくないのかもしれません>
ルナが付け加えた。ジローは頷いてヨウランに問いかける。
「ヨウランさん。私達を逗留させてもらう代価として、その海賊達を調べてみましょう。俺の勘に狂いがなければ、そいつらは俺達が倒すべき相手でしょう」
「えっ、い、いやだねぇ・・・、そんなことしなくてもいいんだよ・・・」
ジローの手が再び強く握られた。
かつて水生魔物に襲われて、ジローに助けられ(抱かれ)た縁でドリアードまで一緒に行動した紅の軍団の生き残りは15人いた。その道程でアイラと共に偵察兼遊撃隊として何度も行動していた3人の将校カトリ、ウルチェ、ハルイは、いつしかアイラの武技と豪放な性格の両方に惚れ込んでしまっていた。その後のドリアード攻防戦で、3人は自ら望んでアイラ配下の黄龍将軍に配属され、アイラの副官となったのである。
その彼女達の面白いところは、ジローに対しての態度である。ジローは敬愛するアイラの良人。故にジローはアイラのもの(他に7人の愛嬢がいたが、彼女達にとってはアイラ絶対だったので)という認識から尊敬はするが絶対に恋愛感情は抱かないと心に誓っていたのである。その誓いは、かつて抱かれたことがあった相手であっても揺るぎなかった。
だが、アイラ好き好きということを除けば、彼女達は非常に役に立った。情報を集めたり、後方支援させたり、護衛やセキュリティの真似事をしてみたりと、まるでミスズとユキナを足して2で割った人物が3人いるようだった。
3人はこうして、ジローと愛嬢達にもいつの間にか受け入れられ、貴重な支援部隊としての役割を率先して行うようになっていた。
今も、カトリはレイリアとイェスイの護衛を兼ねて港へ情報収集、ウルチェはミスズと情報分析、ハルイはユキナと共にフレアの若者達の戦闘訓練を行っている。海で海賊に襲われた時に効果的に戦えるようにと、ジローが提案したのをヨウランが喜んで受け入れたのである。
そして、当のジローはというと、ルナとエレノアを連れて港町の酒場に来ていた。本当はアイラも来る予定だったが、シャオンと共にヨウランの館に残っていた。というのも、シャオンはマリーの子孫で、マリーと同じく火の精霊が使えるということが、ヤリツ3兄弟から広がったせいで、『シャオン様』と呼ばれる程奉られてしまったのである。もちろん、ヨウランは笑って受け入れていたが、信心深い海の男共はそれこそ伝説の海賊の再来と信じ、きっとあの海賊達から守ってくれると思い込んでしまっていた。シャオンもそういう態度で接せられるのは嫌いではなく、むしろ盗賊時代のノリを思い出して行け行け状態。で、アイラは、シャオンが調子に乗って暴走しないようにお目付け役で残ったのである。
「シャオンは舞い上がっているみたいだが、大丈夫なのか?」
エレノアがジローに真顔で聞く。群青色の右の瞳と左の灼熱の瞳がサファイヤとルビーのように輝いている。
ジローはそんなエレノアの瞳に見惚れながら、ルナのプラチナのような銀色の瞳を見る。
「きっと大丈夫でしょう。お姉さまが付いていますし」
ジローが答えないのでルナがそう答えた。ちなみに、ルナが『お姉さま』と呼ぶ人物はアイラ唯1人しかいない。
「ああ、アイラとシャオンはいいコンビだからな。まあ、シャオンが暴走したらしたで、何とかなるだろ」
ジローも続けて、杯の酒をぐいっとあおる。ルナは赤い顔をしながらちびちびと、エレノアは平然とした顔で4杯目のお代わりを頼んだところだった。
その時、店の外が何やら騒がしくなってきた。どうしたのかと3人が入り口を向いた途端、1人の水夫が息を切らしながら入ってきた。
「て、敵襲だ!」
店内に緊張が走る。次の瞬間には騒然とした中で、腰の武器を抜いて席を立つ者、女子供を店の奥に案内する者、心配そうな表情で席を立ち移動する者などが一斉に動き出す。
そんな中、ジロー達3人は悠然として人々を見つめていた。今慌てて動いても入口は人でごった返していたし、ある程度落ち着いてから動いた方が得策だと経験上知っているから。
「あんたら、何してんだ。海賊が襲ってきたんだぞ。そんな綺麗なお嬢さん達を連れていたら真っ先に狙われちまう。早くどこかへ隠れた方がいい」
店の親父が親切に声をかけてくれた。
「ありがとう。もう少ししたら見物に行くよ」
「なっ、なんだってぇ!話を聞いてなかったのか?奴らは容赦なく押し寄せて手当たり次第にさらってくんだぞぅ!」
「だが、水門代わりの火薬船があるから大丈夫だときいたぞ」
エレノアが尋ねると、店の親父が少しかぶりを振った。
「ああ、あれか。あれは霧の日には役に立たないんだ。海霧に紛れて近づかれると、火をつける前に突破されちまうんでなぁ」
「なるほど。そういう弱点があったのか」
感心しているエレノアを横目に、今度はジローが発言した。
「でも、ヨウランさんが中心になって撃退しているんだろ」
「あ、ああ、確かにそうだが、最近は被害の方が大きくなってきちまって・・・」
「そうか、それじゃあますます行かないと。ルナ、エレノア、そろそろ行こうか」
ルナとエレノアは頷き、ジローと共に席を立った。店の親父はその行動に訳もわからずぽかんと口を開いていた。
「戦船はあそこまでしか近寄れないみたいですね。そこから小型のボートに乗ってきます」
カトリがレイリアとイェスイにそう言った。レイリアとイェスイの2人は、晴れ始めた海霧を突っ切るように港の上を進んでくるボートを食い入るように眺めていた。
「ボートに10人乗り込んでいるとして、10艘だから百人くらいでしょうか」
イェスイがカトリに尋ねる。カトリは頷きながら腰の剣に触れた。その横ではレイリアがちょっと思案げに首を捻っている。
「レイリア様、どうかしましたか?」
「イェスイ。う〜んと、レイリアちゃんの魔法でボートを沈めちゃうのはどうかなぁ?」
「確かにいい方法だと思いますけど、ちょっと離れすぎていて、うまくコントロールできますか?」
カトリの言うのは最もだった。なにしろ、彼女達は港を見下ろす崖の上にいたのである。町の散策に飽きたレイリアが、綺麗な景色を見たいと言って高台の崖上に辿り着いたときに海賊船が見えたのであった。
「う〜ん。ちょっと遠いかなぁ〜」
ちょっと残念そうに表情が曇る。
「レイリア様。海賊が近づいてきたらよろしくお願いしますね」
すかさずイェスイがフォロー。
「うん。そうするぅ」
笑顔が戻ったレイリアは諦めたのか、傍観者となって見物を決め込んだようだった。
「来たぞ!」
「奴らを陸に上げるな、弓を撃て!」
水夫達が、手に手に武器を取って近づいてくるボートを迎え撃とうと待ち構える。弓を構えた水夫は、ボートに向かって矢を放つが、距離が遠いのか、腕かいまいちなのか、へろへろ矢で効果がない。仮に届いても、海賊達の構える円盾によって虚しく弾き返されてしまっている。
ボートはあっけなく桟橋に取り付いた。そこから乗っていた海賊が手に手に剣やナイフ、蛮刀など統制されていない武器を持って上陸してくる。
「さ、桟橋の入口を塞ぐんだ!」
誰かの罵声が響く。水夫や町の男衆が、こちらもばらばらの武器を持って桟橋から進入させまいと群がるが、どうもいまいち威勢が良くない。そのためか、海賊とやり合っても2、3合で武器を手放し、斬られる前に海に飛び込んで逃げる者が続出。
ジロー達は、その喧騒を聞きながら港の中に移動していた。丁度桟橋と町へ続く道の間くらいの場所に着く。ルナとエレノアも半歩後に並ぶ。
「この辺で待つか」
「はい」
「うむ」
ジローは2人の表情を左右に見て、視線を前に向けた。と、敗走した水夫達が1人また1人と駆け逃れていくのが見える。
と、彼らの後方から1人の若者が逆方向に駆け抜けていった。その若者は、桟橋の入口に立ち、敗勢濃厚だが何とか踏みとどまっている数人の水夫達の前に躍り出て、海賊に踊りかかる。その勢いに負けたのか、攻め手の海賊が海に落ちるのが見えた。
「おっ、やるなあ」
ジローは再び見物者となった。棍棒のような武器を振り回して、近づく海賊を次々と打ち倒して海に落としているのは、ヤリツ3兄弟の末弟アカイだったのだ。アカイの奮戦に、さすがの海賊たちも二の足を踏んでいる模様。
アカイの活躍を暫く眺めていたジローが視線を戻すと、先ほどまで右往左往していたフレアの水夫達が、今度は逆に勢いを盛り返していた。その原因を探ろうと更に見渡すと、港の建物の2階バルコニーから、若者がしきりに指示を出しているのを発見した。
その若者は3兄弟の長兄のリュウカであった。その横には次弟ソザイがいる。どうやら、4箇所の桟橋から進入してくる海賊達に対して、水夫達が数で負けないようにソザイが考え、リュウカが大声でそれを水夫達に伝えているようだ。
しかし、そういったフレイの人々の努力も、力で勝る海賊達にじわじわと押され始めていた。アカイが奮戦している桟橋は何とか凌いではいるものの、他の3つの桟橋では水夫達の守りが限界に達していた。そして、1箇所が破られると、他の2箇所も連鎖的に敗走し、リュウカとソザイがいる建物の周りで戦闘か始まってしまった。
「まずいな、行こう。ルナ、アカイがまずくなったら守ってやってくれ。エレノアはルナを守って」
「はい」
「ボクに任せろ」
ジローは2人を残し、海賊と水夫が入乱れている中に突進した。蹴り倒された水夫に止めを刺そうと振り下ろした海賊の腕を斬り、止まらずに左右の海賊達を刀と鞘を左右に掴んで打ち据えていく。
「ぎゃ!」
「ぐぇ!」
「ぐはぁ!」
怒号とも悲鳴ともわからない言葉を発して次々と海賊達が倒れていく。ジローの周囲だけぽっかりと空間が空いたようだった。
そのジローの腕を見て、海賊達も命が惜しくなったのか、徐々に引き始めた。水夫達もジローの傍に寄ってきて、海賊と水夫、2つの集団が形成されていく。
そんな中で、海賊達を率いていると見られる、明らかに煌びやかな金の鎖をジャラジャラさせ、黒の高帽子をかぶった大男がのっそりと現れた。
片やジローを先頭にした水夫達の集団。いつの間にかリュウカとソザイもやってきていて、ジローの両脇を固めている。
片や船長と思しき海賊を先頭にした海賊集団。船長の周りには、ひと癖もふた癖もありそうな輩が並んでいる。船長直々の兵隊なのか、先ほどの戦闘には参加していなかった連中である。
「ショウです。シバシの族長ジバイの息子の」
横でソザイがジローに耳打ちした。
「奴ら、本気でフレアを乗っ取りにきやがったな」
リュウカが言葉を吐き捨てた。
「貴様、ここのもんじゃねーな。何もんだ!」
海賊集団の先頭にいたショウがジローに問いかける。その表情には余裕がある。
「俺の名はジロー。フレイの助っ人さ」
ショウが笑った。すると、海賊達も倣って一斉に嗤う。そして、ショウが合図をすると、背後にいた海賊が6人、前に出てくる。
「助っ人さんよぉ、あんたもついてねぇなぁ。まぁ、早めに骸になるこった。そうすりゃあ、魚の餌ぐらいには使ってやるよ」
再びショウが笑い、海賊達も続けて嗤う。だが、ジローが平然と受け止めていることがカンに触ったのか、目つきが鋭くなった。
「気が変わった。その顔、恐怖に刻ましてやる。てめえら、やっちまえぃ!」
6人の海賊が、一斉に武器を振るい、ジローに襲い掛かった。ジローは、リュウカとソザイを手で制し、2歩前に出て刀を構える。既に発動している『鬼眼』の防衛圏に最初に入った海賊の剣を刀で軽く弾き、次に来る蛮刀を半身で避けて棍棒を持った奴の前に出る。棍棒を持った海賊は、待ってましたと上から振り下ろが、その前に両腕が軽くなるのを感じ、見ると肘から先がばっさりとなくなっている。そして、切り落とされた棍棒と両腕は、ジローを上から身軽にナイフで狙った海賊とぶつかってしまい、慌てた海賊が体制を立て直した頃には、ジローは真下から消えて首を失った斧持ちの海賊の身体が其処にあった。
ジローは一瞬で2人を戦闘不能にし、剣を振るう2人の海賊のうちの1人も斬り捨てた。そして、そのまま止まらずに蛮刀の海賊とナイフ使いの海賊を打ち倒す。残った1人はやけくそになって突進したが、すれ違いざまに胴を切られて大地に這った。
「おお・・・」
驚愕のどよめきが両集団から上がる。水夫達からは賞賛だったが、海賊側から言えば信じられないというものだった。
「くっ、こいつらをこんなあっさりと・・・や、野郎共逃げるぞ!」
ショウの一言を皮切りに、海賊達は一斉に駆け出した。それを見たリュウカが追撃を合図して水夫達が追いかけていく。結局、海賊たちは半数以上の犠牲を出して逃げ帰ったのであった。
その夜。シバシの海賊を撃退した祝いで、フレアの酒場が久々に賑わいを見せた。もちろん、それはヨウランが気前よく店を貸切にして戦った水夫や町の男衆に振舞ったためであるが、話題の中心は何と言ってもショウ配下の精鋭6人衆をあっという間に葬った剣豪ジローのことだった。きっと彼らの中では、ジローは剣豪としてこれからも語り継がれることだろう。
その話題の中心であるジローは、エレノアを背中から抱きかかえて後ろから貫きながら、ミスズとユキナが調べてきた状況をベッドの上で聞いていた。部屋の中にいるのはジローと愛嬢のみ。もちろん全員裸である。
「それで、いがみ合っていた海賊同士は結束したと見ていいんだな」
「くぅ、ぅう、はぅん・・・」
エレノアとジローの結合部がぴちゃぴちゃと音を立てている。エレノアの白い身体がピンク色に染まり、貧乳な胸の先端部の蕾がジローの指に弄られて固く尖っていた。それを少し羨ましそうに見ながら、ミスズが淡々と話す。
「はい、シバシ、ゲイランの海賊は、共に別の海賊、大陸の海賊と呼ばれているようですが、その傘下に併合されたようです。仲が悪いのは相変わらずとしても、同じ目的で働かされているので結束しているように見えるのだと思います。はふぅ・・・」
最後の言葉を気にして見ると、アイラが背後からミスズの胸を揉み始めていた。そのアイラもベッドの上で両膝立ちの中腰であり、両太腿を開いていた。その間から草色の髪が覗いている。イェスイの顔の上にアイラの陰部が乗り、イェスイが口と舌で舐めているようだった。
「それで、その大陸の海賊については何かわかったのか?」
エレノアの身体がびくびくっと震えた。絶頂を迎えて声が高くなる。
「はぁぁぁぁぁぁ、くぅぅぅぅん・・・、もご、おごほぐぅぅ・・・」
エレノアの口を自分の口で塞いだのはルナだった。同時に少女のように薄い胸に自分の豊かな乳房を密着させて、ジローの手を挟み込んだまま乳首同士で擦り合わせるように動く。エレノアはただでさえ絶頂を迎えて敏感になった乳首に新たな刺激を加えられ、異色の瞳から涙を流しながら高みに昇った状態を維持しているようだった。
「大陸の海賊については、噂が先行しているみたいです」
銀髪のユキナが答えた。周囲に漂う淫欲の空気に浸されたのか、小ぶりな乳房の先端は硬く尖り、茶色の瞳が潤んでいる。
「噂?」
「は、はい。襲われる時には、急に深い霧に包まれたり、晴天だった筈の海が急激な風と嵐に包まれて、そうなると自分の身を守るのに必死で、まともに戦うことなど出来なくなるとかです」
「うん、それはあたしも聞いたよ」
ルナの横にいたシャオンが口を挟んだ。恥ずかしがりやだった彼女も、浅黒い肌に張りのある乳房を皆の前ではさらせるまでに成長していた。裸で胡坐をかき、膝の上ではレイリアが気持ちよさそうに頭を乗せ、シャオンの手で黄金の髪をすかれて気持ちよさそうな表情をしている。
「ソザイに、渋々口を割らせたんだけど、どうやらヨウランさんとリュウカの2人は実際に大陸の海賊を見たみたいだよ。んで、霧の話は本当で、風は逆にぴたりと止んで、船が動かなくなっちゃうって。でも、周囲は逆に大嵐が来たみたいに海が荒れてたって」
「それは、自然現象とは思えないな・・・」
「魔界の者で、しょうか・・・」
ジローの呟きにユキナが応じた。
「わからん。ただ、魔界には色んな能力を持った連中がいるから、霧や風を操る奴がいてもおかしくないな・・・」
「とにかく、当たってみるしかないわね」
アイラがミスズの乳房をこねくり回しながら発言した。ミスズは既に快楽の海に沈んでいるようで、アイラの指が乳首を擦るたびに上気した顔で声を出している。
「そうだな・・・。よし、エレノア、待たせたな。今出すからな」
「うぅ・・・、はぁ、いぃぃ・・・」
ジローが射精し、エレノアの意識が飛んでいった。
ぐったり脱力したエレノアを持ち上げ、結合を解く。肉棒が抜ける時に、エレノアの身体がびくっと反応したが、意識は飛んだままのようだ。ジローはエレノアをベッドに横たえ、自分の股間を見ると、発射したばかりだというのに肉棒はまだまだ食い足りないかのように屹立している。
「よし、今日は出会った順を逆からいくぞ。シャオン、おいで」
「えっ、ええっ、あたしぃ!」
シャオンがびくっとしたが、膝枕を堪能していたレイリアがいつの間にか起きてシャオンの背中を押す。抜け目なく両手を滑るように美乳に這わせて感触を確かめながら、自分の身体を使って押していた。
「シャオンお姉さまの順番で〜す。いっぱい気持ちよくなってくださぁ〜いですぅ」
シャオンは赤い顔をしながらジローに近づく。その視線はこれから自分の中に入る肉棒から離れなかった。そんなシャオンの肩を掴み、丁度肉棒の先端にシャオンの口を持っていくと、シャオンは躊躇いながら肉棒に舌を這わせ、そのまま咥え込んだ。
「次はイェスイね。じゃあ私が準備してあげる」
ユキナがアイラの股間をしゃぶっているイェスイの下半身に回り込み、イェスイの両膝をM字に開いて陰部を舐め始める。
「んむぅ〜、んむぅ〜」
アイラの両腿に挟まれたイェスイから声が漏れていた。
ジローはそんな声を聞きながら、シャオンを抱きかかえるように結合していた。ジローよりも1周り以上小さなシャオンの身体を座位で抱え、愛らしい唇を貪るようにキスをする。
「ん、んぅ・・・」
下半身から響いてくる快楽と、口から浸ってくる甘い快楽が混じり合い、シャオンの欲望が炎のように渦巻いてくる。そして、頭の中で何かが弾けるように明滅し、シャオンは一気に昇り詰めた。
「ふぅ〜んぅ、ん、ん、うぁ、あ、あぃ、いぃ、いくぅぅぅぅぅぅ・・・」
ジローの口から開放されたシャオンの口から嬌声が放たれた。
「シャオン、まだまだ、その先に行ってもらうぞ!」
ジローがシャオンの腰を掴み、自分の腰に合わせるようにして振り始めた。
「あっ、やっ、あっ、うあっ、い、やぁ、うぁ、めてぇぇぇ・・・、ふぁ、むぁ、あぁぁぁぁ・・・、いっ、ま、あっ、たぁぁぁぁぁ・・・、いっ、くぅ、うぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・」
ジローの精子がシャオンの子宮口を叩くのが実感できた瞬間、シャオンの意識もまた真っ白な世界に飛んでいったのだった。
ジローは気絶したシャオンを丁寧に寝かせると、ユキナがM字開脚状態で舐っているイェスイの元に這っていった。そして、ユキナと視線で会話した後で場所を入れ替え、ユキナの口技によってぐしょぐしょに濡れた膣口に肉棒をあてると、一気に挿入した。
「んんぅぅぅぅ・・・」
アイラの尻の下に隠れて見えないイェスイの声が響く。どうやら入れただけで絶頂してしまったようだ。
「アイラ」
「うん、わかった」
アイラがイェスイの上からどくと、そこには蕩けきった美少女の姿があった。口元はアイラの愛液と唾液でふやけるように濡れ、空色の瞳は視点が合わずに潤みまくっている。
ジローはそのままM字のイェスイ両膝を抱え、乳房に手を這わす。手の中に丁度収まるサイズの美乳が心地よい弾力でジローの指を押し返している。
ジローの腰の動きが少しずつ速度を速めると、イェスイの口から苦しそうに声が漏れる。余りの快感に、呼吸が苦しくなっているようだ。その酸欠状態が、さらにイェスイの快楽を増長させていく。
「あっ、あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁぁぁぁ・・・」
イェスイの頭の中に火花が散った。その瞬間、ジローを受け入れている膣内が膨れるような圧力を受け、精液の温かい感触がぞわぞわと押し寄せて来る。覚えていたのはそこまでだった。
幸せそうな顔をして横たわるイェスイから自分の分身を抜いたジローは、少し休もうと思ったが、抜いた瞬間に別の暖かい感触に包まれるのを感じた。レイリアが次の番と、ジローの肉棒をしゃぶっていたのである。
ジローはその後、休むことなくレイリア、ユキナ、ミスズ、ルナ、アイラと抱きまくった。さすがにこの5人は気絶することはなかったが、最後のアイラを抱いていた時には、レイリアとルナ、ミスズとユキナで互いに抱き合って眠っていた。
そして、ジローもまた、アイラと繋がったまま、深い眠りに落ちていたのであった。
「あれがシバシの砦か」
フレアの戦船を沖合いに停泊させ、ボートで砦の近傍まで辿りついたジロー達は、岩に囲まれた砦を眼前に捉えていた。
「リュウカが言うには、船で近づくと両側の岩場から攻撃されるんだって」
シャオンがそう言った。
「さすが、火御子だけあるわね。水夫達もシャオに聞かれたら何でもはなすんじゃない」
「へへへ」
アイラに言われてシャオンも満更ではない様子。火御子とは、水夫達がシャオンにつけたあだ名で、フレイアを召喚する様子を見て、火の御子が火御子となったようだ。とにかく、ヤリツ3兄弟を始めとして、水夫達のシャオンに対する尊敬の度合いはとても高かった。
「で、他に情報はないの?」
「えっ、う〜んと・・・、あっ、そうそう、何か海賊の頭領ジバイの息子ショウっていうのが腕っ節が強いらしいよ。おまけにショウの親衛隊の6人衆がこれまた強くて、いつも奴らにやられてるって話してたよ」
「だったらもう、ジローが倒した」
エレノアがぼそりと言った。
「えっ?」
「そういうことだ。まあ、あいつらがトップだったら、連中の力も底が見えたな」
「そうね。じゃ、行きましょうか」
アイラの合図に全員が頷き、ジローと愛嬢達8人、支援の3人娘の計12人は、けもの道を開きながらシバシの砦に進んでいった。
ジローは港の左右の崖上の拠点攻略と、砦への突入部隊の3つに分けた。左の崖はアイラ、カトリ、ハルイ、右の崖はミスズ、シャオン、ウルチェ、残りの6人が突入部隊である。
作戦は、到達するのに一番時間が掛かる右の崖で、派手に暴れる。シャオンがフレイアと火の魔法で盛大な火柱を上げ、それに気を取られた左の崖の連中をアイラ達が隠密裏に片付ける。そして、砦の海賊達は、右の崖に向かって動くだろうから、その隙を狙ってジローがウンディーネで壁を作り、ユキナを中心にして敵の本拠地に乗り込んで、頭領のジバイとショウを倒す。ジローが攻め込むと、前回でその強さが身に染みているショウが隠れてしまうかもしれないと思ったのである。
一行は3つに別れ、時間は多少かかったがけもの道を抜けて、ようやく砦の近くまで辿り着いた。樹木の中に身を伏せて、砦の海賊達の様子を窺う。すると、大型の船が停泊しているのが見て取れた。砦の他の船とは旗印が違っていることと、その船から降りてきた海賊達を見る砦の海賊達の様子に若干険悪な『気』が流れていることをルナが感じとったことから、どうやらゲイランの海賊らしいと判断した。
「丁度いい、手間が省けそうだな・・・」
「はい、ジロー様。作戦は変更しますか」
ジローの呟きにユキナが問いかけた。
「そうだな、港にもウンディーネの壁を作っておくか」
「ジロー。どうせなら港の入口の方がいい」
エレノアが言った。エレノアは戦術眼も鋭いものを持っていると判ってきていたので、ジローも同意。
「では、右の崖に進んだ海賊達には、私が木の魔法で壁を作ります」
そう言ったのはイェスイ。
「うん、頼む」
「レイリアちゃんは、ルナお姉さまとユキナお姉さまのサポートをしますぅ」
レイリアがそう言って頭をジローに差し出す。撫でて欲しいとのポーズだった。ジローが金色の髪を撫でるとうっとりと気持ちよさそうにしている。こういうことを天然で出来るのはレイリアの特権というか誰も真似できないタイミングの良さである。
そうこうしているうちに、右の崖上で戦闘が始まったようだった。叫び声が聞こえ、暫くすると火柱が上がった。
砦の海賊達は色めき立ち、戦闘が行われているらしい様子を見て、「敵だ!」、「応援を出せ!」などと口々に言い合っている。港を警備していた海賊達も、持ち場を離れて応援に行こうとする勢い。
<おいおい、港を離れて海から攻撃されたらどうするつもりなんだ?>
<一種のパニックでしょうか。きっと港に攻め込まれたことがないのでしょう・・・>
ルナが心でジローにそう言ってきた。砦に肉薄したため、下手に声を出すと見つかるかもしれないという配慮だった。
ジローは後ろを振り返った。愛嬢5人が見つめている。その瞳には信頼があった。ジローが首を縦に1回だけゆっくりと動かす。それだけで、愛嬢達も理解し、そして一斉に飛び出す。
「『樹縛壁』!」
イェスイが真っ先に呪文を完成させ、海賊達が分け入った樹木に向かって放った。すると、樹木の枝や蔦がうねうねと蠢き、人が通り抜けられない壁を形成し始める。それに驚いた海賊達の一部が戻ろうとするが、一緒に取り込まれて身動きが取れなくなってしまう。
ジローはそれを頼もしげに見ながら、ウンディーネを召喚する。
「ご主人様。何をいたしましょうか」
お嬢様風の丁寧な言葉遣いでウンディーネが聞いてきた。精霊達にもそれぞれ個性があるなぁと思いながら、ジローは港の入口に水の壁を作るように命令する。
「わかりました。お任せください」
ウンディーネが転身し、港から海の中に潜り込んでいく。次の瞬間には巨大な津波と見紛うような水の壁が出現し、船に乗っていた海賊達が慌てふためいて船から降りて来るのが見えた。その海賊達も、途中でルナが張った『障壁』によって行く手を遮られて虚しく透明な壁を叩いている。
「ジロー様。行きます」
ユキナが挨拶し、白虎鎗を片手に走った。穂先はまだ出していないようだが、棒だけでも十分な気がした。
ユキナの後ろにはレイリアとエレノアが少し遅れて進む。その2人の気配を感じて力が漲ってくるのは、背中を任せられる仲間がいる安心感だろう。いや、仲間というよりは、身内だとユキナは思った。
頭領ジバイの館は、一目見てわかる大きな洋館だった。扉を開けると大広間が広がっている。そこに2人の派手な身なりの海賊と、頭ひとつでかい大男ショウ、それから取り巻きと思える海賊達が数人。急な闖入者に椅子から立ち上がっていた。
「なんでい。今大事な話の最中じゃい。邪魔するな・・・と、・・・ん?何だ嬢ちゃん達は」
派手な海賊の1人が大声を上げ、やがて入ってきたのが3人の娘だと知って声のトーンを下げる。そして、もう1人の派手な男に向かって尋ねる。
「ユシュウ。お前が連れてきたのか?」
しかし、ユシュウは首を振った。
「違う。ジバイ、お前のところのじゃないのか?」
ジバイも首を振り、もう一度大広間の入口を見る。すると、白銀の棒を持った銀色の髪の娘が口を開いた。
「海賊の皆さん。私達は討伐隊です。おとなしく降りなさい」
だが、その答えは荒くれ共の嘲笑だった。ショウが取り巻きの海賊達を見た後でユキナに向かって言う。
「お嬢ちゃん。お痛はほどほどにしないとなぁ〜。ほう〜、よくみりゃあ、3人共上物じゃねえか。野郎共、とっ捕まえて裸にひん剥いちまえ!!」
「「「おおっ!」」」
海賊達が得物を手に大広間の入口に集まっていく。それを見るユキナの瞳が冷徹に光り、後方のレイリアとエレノアに合図して2歩程前に進む。
最初に辿り着いたのはナイフを持った身軽そうな海賊だった。ユキナは白虎鎗を右手に軽く持ち、斬りつけてくる海賊と交錯する。白虎鎗が一瞬動いたように見えた次の瞬間には、腹を抱えて白目を向いている海賊が床に転げていた。
次に2人、剣を持った海賊がやって来た。突き、払う剣を余裕でかわし、それぞれ後頭部に打撃を叩き込む。海賊の剣を白虎鎗に触らせることなく叩き伏せた。
「野郎!」
残った海賊はユキナの強さを知り、5人が一斉に仕掛けてきた。だが、『時流』を発動するまでもなく、達人の眼は同時に見える中の微妙なタイミングのずれを感知し、構えた白虎鎗から神速の突きを続けざまに放つ。
海賊達は何も出来ず倒れこんでいった。が、そのときユキナの首筋に悪寒が走る。5人の海賊を盾にしてショウの大剣が横殴りに降ってきたのである。
ガッ
ユキナの斜め後ろから襲い掛かった大剣を、咄嗟に背中に白虎鎗を廻して受ける。だがショウも反転して今度は反対側から旋風のように大剣を振るう。ユキナは、白虎鎗を右脇から前に回転させてそれを受け、更に大剣を受けた力を反動として下から白虎鎗が跳ね上がる。顔に命中したが、少し浅かったのかショウは頭をぶるぶると振りながらもまだ立っている。
ユキナは続けて攻撃を繰り出した。ショウは大剣で防ごうとするも、速さについていけない。ただ、身体が頑丈なので辛うじて立っていられるという感じだった。
「これで止めです」
ユキナの突きは、ショウの鳩尾に深々と入った。ショウが大剣を落とし、白目を向きながら床の上に沈んでいくのがまるでスローモーションのようだった。
シバシの砦はこうしてあっけなく落ちた。そして、もう1つおまけまで付いていた。ゲイランの海賊の頭領ユシュウも同時に捕えることができたのである。捕まった海賊達は武装解除され、館の隣の家に押し込められた。
そして、ジロー達はかねてからの予定の通り、左の崖上からソザイから貰っていた花火を上げた。火柱と花火が上がったら港に入ってくるようにとヤリツ3兄弟に言ってあったのだ。
ヤリツ3兄弟は、ジロー達の手際に驚嘆し、海賊を退治できたことについて心から感謝の気持ちを顕わした。ジローは、少し照れながらも、海賊達の処遇については3兄弟に任せると伝えた。
そこまでした後で、ジローはジバイとユシュウを尋問した。そう、大陸の海賊のことを知るために。2人は、ユキナの強さに観念したのか、べらべらと話した。といっても、彼らも然程重要な情報は持っていなかった。大陸の海賊とは洋上か、ここシバシの砦でしか 会ったことがないそうで、場所も必ず相手の船上だということだった。
結局、海賊の本拠地がどこかということはわからず仕舞いだったが、1つだけ重要な情報があった。そう、今回ユシュウがシバシの砦まで来たのは、大陸の海賊からの指示をもらうためだということ。それが今日の夜だと言っていた。
ジローは愛嬢達と支援の3人娘、ヤリツ3兄弟を交えて今後の作戦を練った。まず、捕えた海賊達は、ルナとイェスイが性根を確認して更生可能、更生見込み、更生不可に分け、更生可能は押収した海賊船軍団のクルーとして採用し、リュウカの指揮下に置く。次に更生見込みは、ソザイが指揮するフレアの戦船に乗せてフレアに戻り、ヨウランとも相談して一定期間の労役を課して、様子を見ながら社会復帰させていく。最後に更生不可だが、同じくフレアに連れて行き、裁判にかける。この中にはショウも含まれていた。
海賊達の処遇を決定したジロー達は、ルナとイェスイ、その護衛のユキナとハルイ、ソザイが抜けた後で引き続き対策を考える。だが、夜にやってくる大陸の海賊連中の情報が少なすぎ、結局は出たとこ勝負となりそうだった。とりあえず、ジバイとユシュウの2人の護衛としてジロー達が乗り込むくらいしか思いつかない。後は配置として、リュウカがゲイランの旗艦を、アカイがシバシの戦艦を指揮して、大陸の海賊が逃げたときの対応とした。なお、支援の3人娘は、魔界の者が相手だった場合のことを考えて、カトリとウルチェがリュウカの船に、ハルイがアカイの船に補佐として乗ることになった。
夜の帳がシバシの砦を覆う。そして、深い海霧が港を包み込んでいた。
夜の港。何もかも飲み込んでしまいそうな漆黒の海の上を、静かに一隻の船が近づいて来る。静寂、僅かな音は、船が水を掻き分ける波音のみ。その中をゆっくりと船は近づき、港に着岸した。
黒い船体、黒い帆、人気の無い甲板、これで全体がぼろぼろだったら幽霊船かと思うような雰囲気だった。
船から階段梯子が音もなく降りてくる。その階段梯子を昇ってこいということらしい。ジローはジバイとユシュウの背後から階段を昇る。その後ろにはアイラを始めとした愛嬢達が緊張した表情でついてくる。
階段を昇りきり、甲板に立つと、黒い頭布を巻いた海賊達がいつの間にか現れて無言のまま先導する。その後ろを辿りながら、ジローは心の回線をルナと結ぶ。
<あの海賊、心が見えない。ルナ、何かわかるか?>
<いいえ。まるで心が停止しているかのようです>
<大地の神殿とは違うみたいだな>
<はい。ですがとても似ている様な気がします。気をつけてください>
<ああ、わかった>
ジロー達は船内に案内され、そのまま用意された椅子にジバイとユシュウを座らせると、その背後に立って周囲を警戒した。
「よくきました」
急に響く声に、ジローはその方向を向いた。いつそこに出現したのか、蝋燭の明かりの中に1人の女性が映し出されている。年齢は20代後半といったところか。黒い衣装を纏うその顔立ちは美しく、清楚というよりは妖艶な気配を漂わせている。
<ジロー様、あの女性は魔物です!>
ルナが警告した瞬間、女性はルナを見つめていた。
「ジバイ、ユシュウ。裏切りましたね!」
瞬間、女性の姿が霞んだ。そして、霞の一部が急激に伸び、椅子に座ったジバイとユシュウの元に届く。
ジローは咄嗟に刀を抜いた。だが、それよりも早く霞が真横に動き、2人の海賊の首が落ちる。
「くっ!」
ジローの左腕にも切り傷が刻まれていた。とても薄い、鋭利な刃物で切られたような傷が骨の手前まで届いている。
「ジロー様!」
イェスイが『聖回復』を唱え、腕の傷は元のとおりに塞がる。その間にエレノアが『陽壁』を張った。しかし、霞みは躊躇なくジロー達に襲い掛かってくる。
「ユキナ、『授与』を」
「はい」
ユキナがジローとアイラの武器に『授与』を印加する。2人の武器が聖なる白い輝きを帯びる。ジローはその間にもアイラ、ミスズと共に攻撃を見据えていた。相手は魔物、それも今まで出会った中でも相当強い部類かもしれない。だから、今は観察するのだ。敵の実態を捉まえるために。
「ジロー、大丈夫?」
「ああ、ざっくりやられたが元に戻った」
「よかった・・・」
ミスズが安堵の息を漏らした。アイラが引き続きジローに告げる。
「ミスズとも話したんだけど、あいつは自分の身体を霧状に出来るみたい。で、その一部を硬化して切刻むことも出来る。水の刃とでもいうのかな」
「霧か・・・、霧なら晴らしてしまえばいい。晴らす方法は・・・」
「朝霧だったらぁ、お日様の力で消えちゃいますぅ」
後ろで聞いていたのか、レイリアが突っ込みを入れる。
「お日様か、となると太陽魔法・・・、だがエレノアには『陽壁』を張り続けてもらわないと危険だ。ルナの『月界壁』だと、こちらからの攻撃が出来なくなるしな・・・」
そう言ってエレノアを見ると、いつもと表情は変わらなかったが、白い頬には汗が伝っていた。魔物の攻撃が断続的に続いているため、集中して魔法を使い続けているのは明らかであった。ただ、まだ灼熱の瞳は発動させていない様子。
「ジロー、シルフィードで吹き飛ばすのはどう?」
「ん、それはいい考えかも」
ジローはシルフィードを召喚する。白く輝く女性の形を取った精霊が姿を現す。
「シルフィード、この部屋の中に充満している霧を打ち払ってくれ」
「御意」
シルフィードが輝き、腕を軽く振ると急激に空気が動き出す。空気は徐々に渦状に形態を変化させ、その先端が船室の窓に向かっていく。空気の圧力に耐え切れず、窓のガラスが外に割れ飛ぶ。同時に窓付近の気圧が急激に下がり、室内の空気は吸い寄せられるようにそちらへ動いて行く。
勢いはますます強くなり、空気が窓から流れて行くのが見えるようだった。室内のテーブルの上にあった固定されていないものは全て持っていかれた。これにはさすがの霧の魔物も逆らえず、周囲の空気と共に窓の外へ弾き出されていった。
『陽壁』の中にいたジロー達の周囲だけは安泰であった。そして、霧の魔物が追い出されると風は止み、元の平穏が戻ってくる。ジローはとりあえず窓に『障壁』を張るようルナに依頼し、どこか満足そうなシルフィードに対してお礼を言う。
「シルフィード。ありがとう。たすかったよ」
「い、いや・・・、主の役に立つのはこの上ない重畳・・・」
そう言って戻っていった。
霧の魔物を辛うじて退けたジロー達。だが、彼らの危機が去ったという訳ではない。暴風のひと時の小康状態が訪れただけ。
海賊船の甲板に、霧が集まって来た。その霧は徐々に可視光線を妨げる濃い色に変わっていき、その姿もまるで人の形を形成しつつある。そして、完全に霧が集約された後、そこには1人の女性の姿があった。体型はまだ幼いが、その表情、目つきには熟女の妖しさを伴い、アンバランスな妖艶さが見るものを虜にしそうだ。
「この霧魔ともあろうものが、ぬかりましたわ。でも、シルフィードを召喚するなんて、少し手強いですわね」
女性の声は少女のように澄んでいたが、その響きには強い意志が秘められている。
「まあ、いいですわ。このまま戻ってからお姉さまと一緒に始末することにしましょう・・・。うふふ、どうせ海の上からは逃げられませんし」
周囲は海に囲まれていた。入港していた筈のシバシの砦どころか、鳳凰島の姿さえ立ちこめた靄のかなたにあって見る事は出来なかった。
海賊船は、静かに海上を進む。その先にあるのは何か、海賊船という牢獄に閉じ込められた形のジロー達がこの先どうなるのか、誰も知らなかった。