「それじゃ、名雪。お願いね」
「お願いします!」
エプロンを結びながら香里、あゆの二人は講師である名雪を見る
「うん。頑張ろうね」
二人から真剣な眼差しを受けながら名雪はほのぼのと答える
「しかし、あゆはともかく香里も料理が苦手だったなんて正直、意外だったぞ」
祐一がからかうように言った
「わ、悪かったわね」
香里は顔を赤くしてそっぽを向く
「祐一君、それどーゆー意味かな?」
あゆは笑顔のまま質問する 無論、目は笑ってはいない
「言葉通りだ」
「うぐぅ・・・酷いよ、祐一君!!」
「だから香里と一緒に名雪に料理を教えてもらうんだろ?」
ひょんな事から今日は香里の料理の特訓という事になった
帰り道、商店街を祐一、名雪、香里の三人で歩いているとあゆと会った
せっかくのいい機会なので祐一の提案であゆも特訓に参加する事になったのだ
「ボクも練習すれば名雪さんみたいにうまくなれるかな?」
「大丈夫だよ〜。練習すればきっとうまくなるよ」
「無理だろ」
名雪の答えに即座に口を挟む祐一
実際はからかっているだけなのだが素直なあゆはその言葉に頬を膨らませた
「もう祐一君はあっちいってて!!」
「ははっ、頑張れよな 香里、あゆ」
あゆをからかうと祐一は椅子に座った
「それじゃ、始めるよ〜」
『おおーーーーーっ』
こうして料理が苦手な二人の為の講習会が始まったのだった
香里の手作り弁当 涼秋
事の発端は今日の昼休み
北川の発した一言が原因だった
「なあ、美坂って弁当は持ってこないのか?」
北川は名雪の横でパンを食べていた香里に唐突に質問する
「何よ、いきなりな質問ね」
不意な質問に整った眉をしかめる
しかし、北川は香里に返事をする代わりに祐一を見ると
「相沢は毎日水瀬の手作り弁当か?」
「その言い方はやめろ」
ムスっとして祐一は北川を見る
「全く なんて羨ましい奴なんだ」
溜息まじりに呟く
「なあ、美坂ぁ。俺も手作り弁当食べたいなー」
甘えたように北川は香里に言う
「好きなだけ食べれば」
香里はその口調から北川の意図をあっさりと見抜くと一蹴する
「美坂の手作り弁当が食べたいなー」
しかし北川はへこたれずに今度は美坂の部分を強調して言う
「なんであたしが北川君にお弁当を作らなくちゃいけないのよ?」
「食べたいからに決まってるじゃん」
「嫌よ」
香里はなんの躊躇いもなく即答する
ここまではいつもの北川だった
しかし、今日の北川は一味違った
「・・・・さては・・・・美坂・・・・・」
何か言いたげに北川は言葉を区切る
「な、何よ?」
思わずたじろぐ香里
「そうだったのか・・・なら仕方無いよな」
一人納得したような顔でウンウンと頷く
「何よ!言いたい事があるならハッキリと言いなさいよ!!」
香里は思わず立ち上がった
「お前、弁当・・・いや、料理が下手だろ」
「なっ!?そ、そんな訳無いじゃない」
言葉とは裏腹に妙に焦る香里
いつもは冷静な彼女がここまで焦るのも珍しい
「いいって。気にするなよ」
北川は芝居がかかった口調で香里に優しく声を掛ける
「・・・・・・わかったわ」
「ん?なにがだ?料理が苦手な美坂さん」
「明日、作ってきてあげるわ」
ゆらりとウェーブがかかった髪が揺れたような気がした
「ここまでコケにされて黙ってられないわ」
売り言葉に買い言葉
香里は声を高らかに宣言した
「本当か!?約束だからな」
北川は自分の作戦にまんまと引っ掛かった香里を見ると子供のように喜んだ
「苦節二年。俺は遂に大いなる一歩を踏み出せたぞーーーーー」
まるで偉業を成し遂げたかのような顔をする
その姿からは彼がどの様な道のりを歩いてきたのか容易に想像できた
ある意味本気で哀しい男だった・・・・・
「北川君・・・・・・」
「なんだ?美坂」
ウキウキとして答える
「首を洗って待ってらっしゃい」
「まかせとけ 美坂」
言うなり不敵な笑みを浮かべる香里
明らかに弁当を作る側の言葉とは思えない言葉に北川は満面の笑みを浮かべて答えたのだった
今回、少しは頭脳プレーを使った彼だったが
北川は今日もやはり北川だった
再び水瀬家 キッチン
「で、私達は何を作ればいいの?」
「うーん。二人とも、何が作りたい?」
「ボク、たいやき!!」
すぐさまあゆが答える
「それはお前の食いたいモンだろ」
後ろから祐一が呆れたようにいう
それに今回の趣旨は弁当を作る事だった
あゆならたいやき弁当でも喜ぶかも知れないが生憎、今回の弁当には香里にはプライドが懸かっている
「うぐぅ・・・・・残念」
あゆはがっかりと肩を落とす
どうやら、本気でたいやきと言ったらしい
「う〜ん、そうだね〜・・・玉子焼きなんてどうかな?」
少し考えながら名雪が言う
「それなら簡単そうね」
「ボクもそれでいいよ」
香里とあゆも同時に頷く
「それじゃ、材料を用意するよ〜」
冷蔵庫を開けると名雪は玉子を数個と砂糖、塩などの調味料をテーブルに並べる
「まずは、ボールに玉子を割って入れてね」
言いながら名雪は一つを手際よく割って見せた
「それじゃあ、香里、あゆちゃん、やってみてね」
各自にボールが渡されるとあゆは真剣な表情で玉子をボールに割っていく
「うんしょ」
コンコンっ パカ
あゆは緊張しながらも玉子を割っていく
「そうそう、いい感じだよ。あゆちゃん」
そこは流石、部長なのだろう
褒め方に不自然な所は無かった
もっとも名雪はそんな打算は微塵もしていない
「えへへ。そうかな?」
祐一の目には二人は仲の良い姉妹のように見えた
一方、香里はと言うと
バキべシャ・・・・
バキベシャ・・・・
玉子を割るのに苦戦をしていた
殻も一緒に玉子の中に入っていく
「香里・・・・・もう少し優しく割った方がいいと思うぞ?」
見かねた祐一が横で声を掛ける
「わ、わかってるわよ」
赤くなりながらも一生懸命に玉子を割る香里
普段は見たことのない顔に祐一は笑いを堪えていた
「違うって。こうするんだ」
祐一は一つ玉子を手に取ると片手で器用に割ってみせる
「相沢クンって・・・意外と器用なのね」
「意外は余計だ」
香里の一言に祐一は苦笑した
「でも、そっちの割り方の方が難しくない?」
「それがそうでもないんだよ」
「そうなの?」
「ああ、逆に俺は両手で割るほうが殻とかが入るんだ」
「じゃあ、私もこれでやってみる」
香里は片手で玉子を手にすると
「えっと・・・この後はどうするの?」
「軽くひびを入れてから指を広げるって感じかな?」
「わかったわ」
言われた通りに軽くひびを入れて香里はゆっくりと指を広げると
バキグシャ
玉子は割れるというよりも砕け散った
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「相沢クンの嘘つき」
「その前にどうやったら玉子が砕け散るのかが俺には不思議だ」
結局、香里は最初の割り方に戻したのだった
「それじゃあ、次は味付けだよ」
名雪は割った玉子を手際よく掻き混ぜながら砂糖・塩を入れていく
あゆも見よう見まねで砂糖を入れていく
「えっと、このくらいかな?」
大さじで砂糖を入れる
「駄目だよ、あゆちゃん、砂糖は入れすぎると焦げちゃうよ」
「え、そーなの?」
「うん、だからお塩を入れて甘みを出すんだよ」
「うぐぅ・・・・もう入れちゃった」
「全く、あゆはたいやきといい甘いのが好きだよな」
からかう様に祐一は言う
「もう、祐一君は黙ってて!」
「へいへい」
横を見ると香里も同じように味付けをしていく
そこはさすがに学年トップの香里
教えられた事は飲み込みが早かった
砂糖、塩を適度に入れていく
しかし、それだけでは物足りないのか少し考えると
「名雪、お酢ってあるかしら」
「あるけど、どうするの?」
「味にアクセントつけようと思って」
「マテ、そこの学年首席」
思わず祐一が止める
「なによ?」
「何故に玉子焼きに酢を入れたがるんだ?」
「だって、料理の基本はさしすせそって言うじゃない?」
さも当然のように答える香里
「砂糖、塩を入れたら次はお酢でしょ?」
「いれない はいらない はいってたまるか!!」
思わず妙な三段活用を使って突っ込む祐一
「そ、そんな恐い顔しなくてもいいじゃない」
「俺はお前の発想が恐いよ」
どうやら成績優秀はこちらの方までは回っていないようだった
「じゃあ、次はいよいよ焼くよ〜」
名雪はコンロのスイッチを回しその上に玉子焼き用のフライパンを乗せる
「温まってきたら最初に玉子を少しだけ入れて」
説明しながら型に流し込む
「固まってきたら残りを入れるんだよ」
ふむふむと名雪の説明を真剣に聞く二人
「で、後はひっくり返して出来上がりだよ」
華麗に宙を舞う玉子焼き
さすがに名雪は慣れていて上手かった
「じゃあ、やってみてね」
笑顔で名雪は二人に言った
二人でやると危ないのであゆ、香里の順でやる事になった
まずはあゆ
「えっと、玉子を入れて・・・・・」
あゆはブツブツと言いながら言われた通りに型に玉子を流し込む
「いい感じだよ、あゆちゃん」
横で名雪は声援を送る
「えっと、次はひっくり返して・・・」
先ほどの名雪を思い出してか見よう見まねでひっくり返す
「えいっ!」
掛け声と共に宙を舞う玉子焼き
だが
ポテっ
玉子焼きは見事に形が崩れてしまった
「うぐぅ・・・・着地失敗・・・・」
「あゆそっくりだな」
「祐一君・・・それ、笑えないよ」
あゆは涙目で呟いたのだった
続いて、香里の番
同じ手順で型に流し込む
そしていざ、ひっくり返す所で祐一が声を掛けた
「なあ、無理してひっくり返すとあゆみたいになるぞ?」
「わ、わかってるわよ」
言葉ではそういっているが名雪の腕を見た後では香里も負けてはいられない
普段は沈着冷静な彼女だが意外と負けず嫌いな面があった
「じゃあ、香里のお手並みを拝見させてもらうか」
言って祐一は香里の横に立って見物する
香里は緊張しながらもフライパンを持つ手に力を入れる
そして
「えいっ!」
掛け声と共に宙を舞う玉子焼き
力が入りすぎたのか名雪やあゆよりも高く宙を舞う
そして
ペトっ
「っぎゃああああっ!!」
玉子焼きは祐一の顔に着地した
というよりも付着していた
「わわわっ、祐一が大変だよ〜」
名雪とあゆは慌てて顔を押さえて転げまわる祐一に駆け寄る
水で顔を冷やし、落ち着いた祐一は香里を見た
「あ、あはは、ゴメンネ。相沢クン」
決まり悪そうに謝る香里
祐一は優しい笑顔でそれに答える
「香里・・・・・お願いがあるんだけどいいかな?」
「お願い?」
「一回だけでいい。殴っていいか?」
祐一のお願いに香里は
「失敗って・・・・・成功の母よね」
遠い目をして呟いたのだった・・・
その後、祐一はこの場にいることは危険と判断したのかキッチンを後にした
しかし、その判断は大きな過ちだった
何故なら、キッチンに残っていたのは香里を除いては名雪、あゆの二人だったからだ
この二人に今日の香里を止める事は無理だろう
ゆえに、次に起きた結末は当然の結果とも言えた―――――
「だおーーーーーーっ!?」
「うぐうぅぅぅぅぅうううっ!!」
「な、なんだなんだ!?」
リビングでTVを見ながら時間を潰していた祐一は悲鳴に驚いて慌ててキッチンへと向かった
「ど、どうした!?」
そこには名雪と香里が倒れていた
テーブルの上を見ると玉子焼きの他に何品か料理が盛られている皿があった
その料理は綺麗に出来ている物もあれば、やや型崩れしている物もあった
おそらくは、綺麗に出来ている物は名雪、型崩れしているのはあゆの作品だろう
その中に、一際、異彩を放っている物体があった
恐らくは香里の一品だろう
「名雪!しっかりしろ!!」
祐一は慌てて駆け寄ると名雪の頬をぺちぺちと叩く
「ゆ・・・・祐一・・・・」
やがてうっすらと瞼を開ける
「あはは、わたし・・・・もう・・・笑えないよ。」
笑いながら矛盾している事を言う
既にその焦点は合っていなかった
「か、香里は・・・香里は無事か?」
横を見ると同じく倒れている香里
笑っている名雪をひとまず置いておいて香里を抱える
「おい、香里?」
「くすくすくす 栞・・・お姉ちゃんもそっちにいくからね」
同じく香里も静かに笑っていた
ちなみに栞は現役である
「うああああっ!名雪と香里が壊れたあぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げてふと祐一は、ある事に気が付いた
「あ、あゆ・・・・そうだ・・・・あゆは!?」
倒れていた二人の傍にあゆの姿は無かった
「祐一君。」
キョロキョロと辺りを見渡すとふいに背中からあゆの声が聞こえた
振り向くとそこにあゆは立っていた
「あゆ!?良かった。無事だったのか!」
祐一はあゆのもとに駆け寄ろうとするが妙な既視感に足を止める
一方、あゆはというと、ピシっと背筋を伸ばして祐一を見つめる
「ボクの最後のお願いです。」
「あの、あゆ?」
「ボクのこと、忘れて下さい」
「あゆううぅぅぅうううっっ!!?」
いきなり体が透け始めるあゆを祐一は必死で止める
その目はやはり焦点が合ってなかった
「びっくりしたおー」
「うぐぅ、ボクもビックリしたよ」
その後、なんとか回復した三人は香里の料理の感想を述べる
「凄いわ・・・・コレ」
作った本人も一緒に驚いていた
「ちなみに・・・あれは一体何なんだ?」
恐る恐る祐一は香里に尋ねる
「知りたい?」
どこか遠い目をして香里は答える
「いえ、いいです」
世の中には知らない方が幸せな事もある
祐一は改めてその事を実感したのだった・・・・
次の日の昼休み
「ハイ、北川君」
香里は約束通り北川に弁当を持ってきた
家でも苦労したのか手には絆創膏が貼ってあった
結果はともかく約束はキチンと守るのは香里らしかった
「どうだ相沢、羨ましいか?羨ましいだろ!!」
北川は祐一の席の前に来ると自慢げに言った
よほど、日々の昼食の風景が羨ましかったのだろう
「あ、ああ、そうだな」
視線を逸らしながら答える祐一
「やらんぞ」
「いらん」
即答する祐一
「またまた、強がっちゃって」
「いや、ホント」
「どーゆー意味かしら?相沢クン」
二人のやり取りが聞こえた香里は半眼で祐一を見る
「他意はないです」
冷たい汗を感じながら祐一は言った
「では、さっそく美坂の手作り弁当を頂きますか」
言って北川はウキウキと蓋を開ける
「おおお、こ、これが夢にまで見た美坂の弁当か」
恐らくは、北川には後光が差しているのだろう
思わず、祐一と名雪も中身を覗く
そして、二人は固まった
そこにあったのは紛れもなく昨日のあの物体だった
二人の脳裏に甦る悪夢 悪夢 悪夢
特に名雪は身をもって知っている為に真っ青になっていた
「で、これは何だ?」
初めて見る物体に笑顔で聞く北川
「食べてみれば分かるわ」
いけしゃあしゃあという香里の笑顔が怖かった
「ふーん、まあ、美坂の弁当だったらなんでも食うさ」
何の疑いも無く口に運ぶ北川
その姿を見て、祐一と名雪は静かに北川の冥福を祈った
しかし、意外にも北川の口からは
「うん、美味い!」
の一言が出たのだった
『うそっ!?』
思わず祐一と名雪の二人は驚きの声を上げる
「だだだだって、これ昨日のアレだろ?」
「北川君、絶対に変だよ」
「どーゆー意味かしら?二人とも」
香里の笑顔が妙に恐かった
「美坂ってやっぱ何でも出来るんだな。それでこそ俺の」
言葉の途中でパタリと止まる北川
その姿はまるでぜんまいが切れたおもちゃのようだった
「き・・・北川?」
祐一は恐る恐る北川に声を掛ける
しかし、全くの無反応
そーっと顔を近づけると
「・・・・・おい、北川の奴・・・・息してないぞ」
祐一はポソっと呟いた
「・・・・・・・冗談・・・・だよね?」
名雪は祐一の顔を見る
二人はしばらく見つめ合うと
『き、救急車あぁぁぁぁっ!!』
同時に悲鳴を上げたのだった
「うーん、上手く出来たと思ったんだけど・・・・まっ、北川君だからいっか」
香里の呟きは二人の喧騒にかき消されたのだった・・・・・
END
あとがき
どうも 涼秋です こんにちわ
今回は香里の料理の腕は如何なものかという発想からこのSSを書きました
力量不足の為、ラストはイメージしていた物とかなり違うオチになってしまいました
次の投稿はもっといいSSを送りますので今回はお許し下さいませ
このSSは宮野想良さんに捧げます 煮るなり焼くなりお好きにどうぞ
駄文ですが受け取ってもらえたら幸いです
2003年4月 TOSHIこと月海涼秋
管理人より
香里は実は料理が下手だった……ですか……
私にその発想力を下さい(大マジ)
貧困なおつむだからSSが遅々として進まないんだろうなぁ……
涼秋さんありがとうございました〜
月海涼秋さんのHP空色の砂時計に飛べます