昼休み、俺は学食から戻ると別にすることもなく残り時間を窓の外の景色を眺めて過ごしていた。

夏も近く、窓から注ぐ紫外線は俺の肌をジリジリと照らす


「おい、相沢」

ふいに後ろから北川の声が聞こえる

「ん? どうした、北川?」

軽く視線を北川に移す

「いいブツが手に入ったんだが・・・」

小声で俺に話しか掛けた

「なんだよ。いいブツって?」

北川はキョロキョロと回りに人がいないことを確認すると

「ビデオ」

更に小声で早口に言った

「ふーん」

俺はそれだけ言うと再び外に視線を戻した。

「・・・・・・あの? ・・・・・・相沢?」


背中からはポツンと取り残された北川の寂しそうな声が聞こえたが無視。

「そ、それはもう、物凄い奴だぜ」

尚も食い下がる北川。必死にアピールする声が聞こえるが

「お前、前にそんな事言って俺に何を貸したか忘れたのか?」

俺は耳を掻きながらつまらなさそうにそう言った


そう―――。


以前に北川は香里とのツーショット写真が欲しいと言い出して俺に協力を依頼してきたのだ。

相手が極悪なだけに俺は最初断ったが、報酬のビデオ・・・いや、親友の頼みの為、命を賭して果敢にも挑戦したのだ。

結果、ツーショットとも言えなくは無い写真をなんとかデジカメに収める事が出来た。

だが、依頼主である北川は


事もあろうかAV(アニマルビデオ)を貸しやがった。


俺が笑いながら包丁片手に北川のアパートに乗り込む途中、警察官に職質を掛けられたのは今となっては懐かしい出来事だ。


「今度こそっ! 今度こそ本当だってばっ!!」


北川はそう言いながら机ごと俺の前に回り込むと机の中からテープを取り出して俺の顔にぐりぐりと押し付けた。ムカつきました。




俺はパンパンと手をはたくと制服の襟を直しながら着席。

床ではボロ雑巾のようになった北川がぐったりとしている。 さすがにやり過ぎたか?


「で、今回、相沢に協力してもらう事はだな」


そう思った次の瞬間には何事もなかったかのように立ち上がる北川。さすが毎日、香里にいい運動を提供しているだけはある。

ていうか俺はやるなんて一言も言ってません


「だから俺はやらないっつってん」

「相沢は洋モノが好きなんだよな」


何故それをお前が知ってる?


内心の動揺を顔に出さずに北川を見る。

確かに俺が一番最初に見たのは親父の部屋にあった外国産だ。その時のインパクトは計り知れない。

そりゃ日本が負ける訳だと妙に納得してしまったのは幼心に強い印象を残した。トラウマとも言うが。

それ以来、
お米もいいけどどっちかってとステーキかな? となってしまったのは名雪は当然、親も知らない筈だ。


北川曰く「人の利きビデオを見抜けないようじゃランキング上位は目指せないからな」だそうだ。

世の中には俺の知らない事がまだまだ犇めいているようだ。


チラリとテープのラベルを確認すると、そこには『ワールドカップ』と意味深なタイトルが手書きで書かれている。




デビル相沢『おいおい、まさか同じ失敗を繰り返すつもりか』

いやまて、二度目の正直かも知れないぞ

デビル相沢『甘ーよ。こういう場合は二度ある事は三度あるって奴だ』

ぐっ・・・。確かにその可能性はあるが・・・だけどもしこれが本物だったら千載一遇のチャンスをふいにする事になるんだぞ!?

デビル相沢『大体、名雪や秋子さんに見つかったらどーすんだ? 気まずいだろが』

かまへんかまへん。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。

デビル相沢『待て待て待て! その前にこういう場合は普通、お前が止めるだろ!?』

だって洋ピンよ? お前に俺が止められると思うか?

デビル相沢『絶対痛い目見るからやめとき。なっ? 悪いこと言わんから』




脳内でもう一人の自分と会話する事、千日手。でも現実はほんの数秒。

そしてようやく出た答えは―――


「コレが本物だったら考えてやる」 懲りないゆーな。


ゴメン、名雪。


俺、お前の事は大切だ。それに偽りはないと断言できる。

だけど、自分に正直に生きる
ってのも人間として大切だよな 
文句あっかゴラァ


はっ! いかんいかん。思わず宿六亭主のような事を考えちまったぜ。ここまで俺を追い詰めるとはやるな、北川。

だが俺も日々、成長している。なので同じ二の鉄は踏まない。

もし、パチもんだったら断ればいい。仮に本物でも見るだけ見てつまらなかったの一言で断る。

これぞ通販上手な主婦の知恵、いちゃモンつけてクーリングオフ作戦!! 完璧だ。

だが、北川は

「ふっ。そう来ると思ったぜ。今、お前に渡したのは5分程度の言わばお試し版だ。」


くっ! 北川のクセに・・・

俺の考えを読む知能を備えてるとは意外だった


「成功したら俺の持つマスターテープを成功報酬として出そう。なんと内容たっぷり驚きの90分バージョンだ」


きゅ・・・きゅうじゅっぷん・・・・・・そんなにあったら俺は一体どうなってしまうんだ!?

はっ! 駄目よ祐一! 自分をしっかりと持って。ここで二つ返事したら北川の思う壺よ!!

ぐらりと誘惑に負けそうになる自分を叱咤する。


「あー・・・ちなみに、次のミッションは何だ?」

コホンと咳払いを一つ。あくまで冷静さを装うことは忘れない。それが駆け引きだ。

「美坂とプールに行きたい」

「は・・・? プール?」


もっと無理難題を言われると思っていた俺は思わず拍子抜けした声を出した。

「そう、プールだ。そこで一緒に泳ぐのが俺の夏休みの目標だ」

なんだ・・・北川にしては割りと健全な目標じゃないか。

「てかお前が誘えばいいじゃないか。それくらい」

思わず思ったことを口にした


「それが出来たら苦労しねぇよっ!!」





少年よ 野望を抱け 2

(前編)




北川は叫ぶと、血の涙を流しながら俺の机で泣き出した。


「出来る事なら美坂と二人、貸切のプールでお互いに
生まれたままの姿で泳ぎたいさ。
でもな、この前、一緒に泳ごうって誘ったら美坂の奴、何て言ったと思う!?」

「さ・・・さぁ?」


「『え、何で北川君と同じ水に浸からなくちゃならないのよ?』


って、そりゃもう全国のお父さんも真っ青の台詞をサラっと言ったんだよ。」


北川・・・お前も苦労してるんだな・・・・・・

俺は目の前で夏なのに木枯らしが舞っているクラスメートに哀れみの視線を投げることしか出来なかった。


うーむ、でも北川は行動はちょっとアレだけど、それ以外は割りとモテる要素はあると思うんだけどなぁ

俺は腕を組みながら北川を見た


「俺はいつだって美坂を誘えるように準備してたんだよっ! チケットは勿論ちゃんと

美坂専用のスクール水着だってこっちで用意してやったのにぃぃぃっ!!」


「えっと、すいません北川さん、多分それ原因っす」


己の胸の内を熱く語る北川に眩暈を感じながら俺は手を挙げて原因を教えてやる。

「なんでっ!? スクール水着のどこが悪いんだ!! ちゃんと『美坂』の名前も入れてもらったんだぞ?」


名前を入れた入れないの問題じゃないの。
間違ってるの。根本的に。


「どこの世界にスクール水着渡してプール誘う奴がいるんだ?」


俺の言葉に北川は「えっ、違うの?」と心底驚いた表情を浮かべた。 

北川さん・・・あなたのアイデンティティって一体どーゆー基準なんですか・・・?


「つまり、俺と名雪を誘って自然に香里を誘いたい・・・と?」


溜息交じりの俺の言葉に北川は目を潤ませてコクコクと頷く。 か・・・可愛くねぇ仕草だ・・・。

しかし、香里は痴漢撃退用と称してメリケンサックは勿論、最近ではヌンチャクも鞄に入れてると栞が言っていたのを思い出す。

あれ以上、攻撃のバリエーション増やしてどーするつもりなんだと思うが
触らぬ神に撲殺なしと言うので聞けないでいる。

それが長生きする秘訣だ。


「とりあえず、香里の水着姿が見たいって事か?」

「できればスク水で」


普通の水着ならともかく難易度高すぎるぞ。そのリクエスト。

もし、北川の下心に俺が加担してるとバレたら間違いなく香里の護身用アイテムは赤く染まる。


もちろん、
俺の返り血で。


俺は「うーん」と悩んでいると北川は

「とりあえず、コレを見てから決めてくれ」

そういうと俺に例のお試しバージョンを押し付けると親指を立てて「スキルアップ間違い無しだぜ」と付け加えたのだった。











〜翌日〜


「不詳相沢祐一、全力で貴殿にバックアップさせて頂きます」

「相沢、お前なら分かってくれると信じてたぞぉぉぉ」


清々しい朝の教室で目に隈を作った俺と北川は交渉成立の硬い握手をがっちりと交わしたのだった

昨日、北川から借りたお試しバージョンは一言で言うなら
世界は思った以上に広かったと俺に思わせるには充分な代物だった


名雪・・・待っててくれ

俺、お前の為にも90分バージョンのスキルを身につけるからな


俺と北川はそれぞれの輝ける未来を指差して


『Boys Be Ambitious!!』


「何やってるのよ、アナタ達。朝から二人して肩組んだりして」

「何ってこれから香里に」

背後から誰かが大志を抱いて燃えている俺たちに声を掛けてくる。この声は・・・


「かっ、かか香里しゃん。オハヨウゴザイマス」


俺は思わず軍隊さながらの敬礼をする。

俺のごく日常的な朝の挨拶に香里は形のいい眉をひそめた。


「相沢クン・・・? 何か変よ」

「俺が変なのは昔からだ」

「それもそうね」

すんなり納得され、それはそれでなんだか哀しい


「あー、ところで香里・・・」


俺はこほんと咳払いを一つしてから、手を後ろ手に組むと明後日の方を向いて


「最近、暑くなってきたよな?」

「何よ、いきなり」

「いよいよ夏到来って感じだよな?」

「そ、そうね?」

香里は俺の質問の意図に戸惑いながらも相槌を打つ


と言う訳で! 今日の放課後、水着買いに行くぞ」


「・・・・・・・・・。」


ちょっとちょっと!! なに無言で鞄の中から得物チョイスしてんの!?」


俺は声を裏返しながらも慌てて香里の鞄を奪い取る。

容姿端麗学年首位の美坂嬢の鞄は中に鉄板でも入ってるんじゃないかと思うくらい重かった。

北川はというと既に防災頭巾を頭に装着し、机の下で震えていた。


「ちゃんと話を最後まで聞け!!」

「これ以上何を聞く必要があるのよ?」

「だだだだから、俺と名雪はプールに行くから今日の放課後、水着を買いに行くんだ」

「なんで相沢クンと名雪の水着選びにアタシが付き合わなくちゃいけないのよ。アタシはそんなに野暮じゃないわよ?」

「ほ、ほら。香里ってセンス良さそうだから付き合って貰えたら心強いかなぁ・・・なんて。あは、あははは・・・」


まだ朝も早く、自分の机の上で謎の物体と化している名雪を指差して引きつった笑顔を無理矢理作る。

俺のセンスが良いの一言に一瞬、ピククっと香里のウェーブが揺れた。


「嫌ねぇ、別にセンスがいいって訳じゃ」

「いや、香里のセンスは栞のストールで証明済みだ。なぁ、北川」

「そうそう、美坂のセンスは絶品だ。」


俺と北川は手揉みしながらここぞとばかりに一気に叩き込む。

北川は防災頭巾を被ったままなのでイマイチ説得力に欠けるが気にしない。

香里は照れ隠しなのか、目を瞑りぷいっと顔を背けながらも


「仕方ないわね。名雪の為だし・・・いいわ」


なんとか放課後の水着選びの約束を取り付けたのだった




後編へ続く