私は学校が終るといつものように中庭のベンチで座っていました。
ここには思い出があります。
私の友達。
真琴と最後に別れた場所。
その日に初めて挨拶したのですが、私達は友達だったのでしょう。
ただ……
どこかでそれを否定している私がいます。
「よう。天野」
「はい」
「今日も行くんだろ?」
「……はい」
相沢さんがやってきたので私は思考をむりやり中断させました。
この事を考えてるといつも自己嫌悪に陥るから。
「真琴のやつ、元気でやってるかな?」
「………………」
一度しかあった事の無い友人の事を嫌っている自分が、私は嫌いです。
「雪でも降ってきそうな天気だな」
「天気予報では60%と言っていました」
「まじか。俺は傘なんて持って来てないぞ。って天野もか」
「私は折り畳みがありますから」
真琴が消えてしまってからもう10ヶ月くらいになります。
あの日から祐一さんは取り憑かれたのように勉強をしはじめたと聞きます。
きっと、何かしてないと気が狂ってしまいそうだったのでしょう。
私には分かります。
私は……狂ってしまったのでしょうから。
感情をどこかに置き忘れたような……そんな人間になってしまったから。
ですが、相沢さんはそうならないでいてくれました。
初めのころは無理してる感じがしましたが、今ではそれが薄れてきている気がします。
ただ、薄れてきているだけで、完全に真琴がいた時に戻った訳ではありませんけど。
私もそれに感化されたのか、少しずつ笑えるようになった気がします。
相沢さんのおかげです。
「ついたぞ」
「はい」
ものみの丘。
真琴と……そしてあの子が消えた丘。
私と祐一さんは何を話す訳でもなく、ただ、丘から見える街を見つめています。
春も。
夏も。
秋も。
そして冬も。
ほとんど毎日こうしていました。
相沢さんは真琴との思い出を思い返しているのでしょう。
私は……相沢さんの事を考えています。
やはり私は薄情なのでしょうか。
あの子の事を思い出そうとしても、なぜか思い出せないのです。
どんな風に笑ったか。どんな風に怒ったか。どんな風に泣いたのか……何も覚えていないんです。
あんなに苦しんだのに、あんなに泣いたのに……
その事を思い知らされるたびに胸が痛くなります。
ほんとうに……泣きたくなってきます。
だから、ここではあの子の事は考えないようにしました。
そうすると、自然と考えは相沢さんの事になります。
たぶん……好きなんだと思います。
傷の舐めあいと言われるかもしれませんけど……それでもいいです。
でも私は、祐一さんの最愛の人が消えた事に便乗して相沢さんに近づいている女です。
そんな女を相沢さんが愛してくれるでしょうか?
そんな私を……
「そろそろ帰るか」
そう言って相沢さんは立ち上がりました。私も無言のままそれに続きます。
帰り道に商店街を歩いていると水瀬先輩の姿が遠くに見えます。
手に買い物袋をぶら下げているのでお使いの途中なのでしょうか。
水瀬先輩もこちらに気がついたらしく手を振って相沢さんの名前を呼んでいます。
商店街で自分の名前を大声で呼ばれたのが恥ずかしいのか、相沢さんは苦笑いを見せています。
水瀬先輩は陸上のおかげでどこかの大学に推薦で通ったと相沢さんが言ってました。
その相沢さん自身も、猛勉強の成果か元々頭がよかったのかは知りませんが、どこかの大学の推薦を貰っているそうです。
水瀬先輩がこちらをずっと見ています。
どちらかというと友好的な目ではありません。
たぶん、私の事をよくは思っていないのでしょう。
真琴が消えたという日に、水瀬先輩を中庭に呼んだのは私です。
真琴と水瀬先輩が中庭で雪だるまを作っているのも影から見てました。
その時の水瀬先輩の目はとても優しい物でしたし、相沢さんを見る目もそれと同じです。
ですが、私には敵意を向けてるようにしか思えません。
同じ女だからでしょうか。
私が醜い考えを持っていることが分かるのでしょうか。
「祐一。帰るなら一緒に帰ろうよ」
「ああ。じゃあ天野、またな」
「はい」
もし、分かるのでしたら……
私から相沢さんを守ってあげて下さい。
そこにいるとても優しい人は……
私には似合いませんから。
私は卑怯な女ですから。
私が……狂ってしまう前に。
私と相沢さんとの仲を引き裂いて下さい。
でないと……
祐一さんはワタシが頂いてしまいますよ?
戻る