ドレアム戦記

第一編 玄白胎動編 プロローグ
 
 アルテミス・ノースフロウは雪がまだ残る丘の上にいた。丘と言っても、ほとんどが岩盤に覆われ、もう少し高ければ山と言ったほうが正当な評価かもしれない。
 しかし、彼女はその頂に立つのが好きだった。頂から見渡せる王宮とその城下町を含んだ広大な大地の広がりを確かめるのが。同時に澄んだ冷たい空気が彼女の肌を凛とさせる。
「姫さまぁぁぁ・・・」
遠くから若い娘の声がする。アルテミスはその声の持ち主を良く知っていた。彼女がまだ幼少の頃から使えている、侍従兼護衛役のミスズである。ミスズはアルテミスを見定めると、岩肌を飛ぶように上がり、すぐ横に控えた。漆黒のつやつやした髪を肩のところで切り揃えている。そして、その髪の下にはアルテミスに匹敵する美少女の顔があった。アルテミスを探して駆け回ったのであろう、その額にはうっすらと汗をかいていた。ここまで一気に来るだけでもかなりの運動量の筈だか、息も特に切れている様子もなく、普段と変わりない仕草と表情でアルテミスを見た。
「もう、探しましたよ」
 ミスズはちょっと拗ねたように口を尖らせて言った。「黙って行かないでくださいとあれほど言ったのに・・・」
 アルテミスはミスズには答えず、景色を眺めている。流れるようなさらさらのブロンドの髪がそよ風に揺れていた。
「いつ見ても、気持ちが休まると思いませんか。この国が平和で、皆が健やかに暮らしている。そのような『気』がここには満ちています」
 ミスズは諦め顔で頷く。彼女の主がお忍びで出かけるのは良くあることなのだ。まあ、大体がこの丘の上で、『気』を浴びているのだが。
 ミスズの主人、アルテミス姫はドレアムの北部−玄武地方−を治めるノースフロウ王家の姫であり、父ジブナイル王、兄テセウス王子に継ぐ王位継承権を持っていた。
王家には特別な能力を持った人物が時々生まれる。姫もその一人であった。彼女は自分の周りに漂う善意や悪意といった『気』を感じることが出来るのである。このため、彼女に嘘は通用しない。父王などは、この能力に目をつけ、外交のときには必ず相席させていた。しかし、この能力のため、もうすぐ二十歳になるというのに、婚姻が出来ずにいたのも事実である。
そして、もう一つ困ったことがあった。兄であるテセウス王子の嫉妬である。テセウスはアルテミスのような能力を持たない、ある意味凡庸な人物である。平和な時代の王国を治めるにはそれでも充分であった。しかし、ジブナイル王がアルテミスの隠れた能力を見出し、使い始めてから、テセウスにとってアルテミスはかわいい妹から、自分の未来の王位を脅かす存在へと変化し始めていた。そしてそれは、彼が隣国でもある帝国セントアースから妃を迎え、その妃との間に息子を授かってからは、邪魔な存在となってきていた。
しかし、王家に生まれた者のたしなみとして、簡単には感情を外部に気取られるようなことはしない。相変わらず王の前ではかわいい妹を愛する兄を演じていたし、彼の妃や側近以外誰もテセウス王子の心中の毒を知らなかった。
ただ一人、アルテミス姫を除いては。彼女は、その特別な能力のせいで、分かってしまったのだった。だが、彼女は兄を信じていた。故にこのことは誰にも言わずに胸の奥にしまっていた。
 その姫を一番良く知っているのはミスズである。ミスズは姫が人知れず苦痛をしまっていることに気づいた。そして、彼女なりに調べた結果、テセウスの毒心を知った。
 それから、ミスズは姫の護衛として常に傍にいようと心に決めたのである。しかし、ミスズのそんな気を知ってか知らずか、アルテミスはお忍びで出かけてしまう。
<もっとしっかりして、私が姫様を守らなきゃ>

 雷音寺次郎は仕事疲れで帰ってくるなり布団に潜り込んだ。そしてそのままあっという間に眠りに着く。剣道3段である彼の強靭な肉体と24才の若さをもってしても、最近の激務はこたえていた。
 次郎の部屋は、築40年は過ぎている安アパートの2階中央、深夜2時を回っているため下と横の部屋に住む隣人達は寝ているのかあたりは静寂に包まれていた。しかし、よくよく耳を澄ますと、下の部屋からシューシューという音が聞こえたはず。だが、今の次郎は危険が迫っていることへの鋭敏な感覚を持つ余裕もなく睡眠欲に負けてそのまま寝入っていた。
 未明。大音響と共にガス爆発が発生し、アパートが全焼した。原因は、不幸があって里帰りしていた住人がガスの元栓を締め忘れ、老朽化したガス器具から漏れたガスが溜り、そこに何らかの火花が散ったことによる。
 この爆発に巻き込まれて数名の住人が犠牲になった。特に2階部分は爆発によってばらばらに破壊され、住人は原型を留めないくらいに粉々に粉砕され、千切れた肉片だけがそこに人がいたという証となっていた。そして、爆発した部屋の真上に住んでいた若者もそれ以来消息不明になり、犠牲者の一人としてカウントされたのである。
 
<そなたは、選ばれた・・・>
<ん?>
 次郎は誰かに囁かれて目を覚ました。ことのほかすっきりしている。まるで思う存分眠った後のような爽快さであった。
 しかし、辺りを見回すと薄暗かった。
<まだ夜中か?>
そう思ってよく見ると周りの様子が何だか違っている。自分の部屋で寝たはずなのに。それに、潜り込んだはずの布団さえもなかった。
<何だ?>
<目覚めたか。・・・よ。>
頭の中に直接声が響いた。
<誰だ?>
次郎はそう聞き返しながら辺りを見回し、自分の左手の方に薄明るい光を認めた。その方向に意識を向けると、何と光が近づいてくる。
<珠?>
 光の正体は水晶のようなもので出来た珠であった。それがいくつも浮かんでいる。
<・・・よ。その珠は御主の潜在能力を具現化したもの。全部で12個あるか。優秀じゃの。今後その珠を得ることで御主には新たな力が得られよう。今は3つ進ぜよう。好きなものを選ぶがよい>
 次郎は夢の中にいるような、ふわふわとした感覚を抱きながら、わけも分からず光の珠に手を伸ばした。そして、3個の珠を掴む。掴んだ手を引き寄せてよく見ると、珠には文字が記されていた。『時流』『魔術』『淫惑』と。
<ふむ。良かろう。残りの珠は時期が来れば見つけられるじゃろう。新たな大地が御主を待っているぞ。>
 その瞬間、全ての珠が四方八方に散った。そして、次郎の手の中の3つの珠は彼の胸に飛び込んで吸い込まれるように消えていった。
<何だ、やっぱり夢か?>
 次郎を猛烈な眠気が襲ってきた。こういうときは逆らわないほうがいいと決め込み、深い眠りに落ちていった。

 目が覚めたのは物音よりも寒さのせいだった。そして、次郎は驚愕のあまり思考停止する。
<どこだ、ここは・・・。まだ夢の続きを見ているのか・・・>
 眠りにつく前に確かに自分の部屋の自分の布団の中にいた。はずだった。しかし、今目の前に広がっているのは、薄暗い洞窟と、布団代わりの大量の葉っぱ。
ガサガサ・・・
 物音にはっとした。低いうなり声まで聞こえる。暗闇の中に何かがいる。背中につつっと汗が流れた。
<なんか、まずい>
止まっていた思考を揺り動かして、殆ど本能的に洞窟の出口に向かう。その途中で手ごろな木の棒を拾うのを忘れない。
と・・・。
熊のような獣が彼の背後にのそっと姿を現した。凶暴そうな眼が生きのいい餌を見つけた幸運を喜ぶように光っている。
<く、来るな・・・>
 次郎の思いとは裏腹に、獣は今にも飛び掛ってきそうな様子でじりじりと近づいてくる。
 そして、獣は一気に動いた。丸太のような毛むくじゃらの腕が襲い掛かってくる。
<くっ>
 そのとき、奇妙なことが起こった。獣の腕が急にスピードダウンしたのだ。そのチャンスに剣道で鍛えた次郎の体は機械的に動いた。獣の腕の軌道を変えるべく棒を弾くように打ち出し、そのまま相手の急所−目−を狙って必殺の突きを繰り出したのだ。
「グギャァァァァァ・・・」
 獣は叫び声と共にもんどりうった。棒は見事に獣の目を突き抜いていた。
<今だ!>
 次郎は洞窟の出口に走った。

 洞窟を出て、夢中に走った。どう走ったかは覚えていないが、気がつくと、丸太小屋の前に来ていた。中を覗くと誰もいないので、とりあえず入って休むことにした。考えることはたくさんあったが、とりあえず休みたかった。
 不覚というのはこういうことを言うのかもしれなかった。いや、今までの人生経験上、危険に対する感覚が緩みまくっていたのだ。気がつくと、体はがんじがらめに縛りつけられており、目つきの悪い猟師達に囲まれていた。次郎が顔を見回すと、その中には紅一点の美女がいたが、なぜか一番怖い目でにらんでいた。
「頭ぁ〜。気がついたようですぜ」
 猟師の一人が美女の方を向いてそう言った。美女は軽く頷くと左手にナイフを持ちながら次郎に近づいてくる。
「お前、何者だ?密猟者かい?お前からは血の臭いがする。ここはあたしらの狩場だよ。もし密猟者だったらどうなるかは解っているだろうね」
 そう言ったあと、ナイフを次郎の頬に当てる。
 次郎は、頭が混乱しつつも、今までにあったことを話すしかなかった。
 
「ふ〜ん。違う世界の人ねえ〜」
 猟師たちの頭の美女、アイラはグラスを傾けながら、次郎に向かって言った。
 あの後、次郎の話を確認するため、猟師が洞窟に向かい、虎熊の死骸を発見した。左目から頭蓋まで突き抜けた棒が致命傷であった。で、その虎熊は頭の毛が虎のような縞模様をつけているからそう呼ばれていたのだが、猟師たちを襲ったりして散々困らせていた暴れ熊だったため、他所者とはいえこれを一人で倒した次郎は、一躍尊敬の的に成り代わっていたのである。
 次郎の縛めはすぐに解かれ、今度は賓客として猟師たちが暮らしている町に案内され、歓待を受けることとなった。そして、宴会が終わったあとで、アイラが寝床を提供することとなり、アイラの家でさしつさされつ飲んでいるところであった。
 その中で、次郎は自分のことを、アイラはこの世界のことを、それぞれ相手に求められるまま話し合った。
「あんた、気に入ったよ。この先の生き方が決まるまで、ここにいるといい」
「ありがとう。助かるよ」
 次郎はそういってアイラの顔を見た。赤毛を頭の後ろでまとめて左肩の上から垂らしている。肉感的ではないが着やせする性質らしく、女性としての魅力も十二分に持ち合わせている。野性美というのがぴったりと当てはまるだろう。そんなことを考えながらふと、アイラと目が合った。
<へえ、綺麗な瞳をしているな。>
 アイラも目をそらさずにジローを見つめた。そのうち、明るい緑の瞳が、潤みを帯びてきたのがわかった。
<えっ?>
「な、何か暑くなってきた。かな・・・」
 アイラは少し赤くなりながら胸元をはだけた。豊かな胸の膨らみが覗く。次郎は吸い寄せられるように椅子から立ち上がり、上せたようにアイラに近づく。そして、そのままくちづけ。
「んむぅぅぅ」
 アイラは嫌がるどころか、次郎の背中に両腕を廻す。次郎の右手がアイラの尻に、左手が胸をまさぐる。着やせしているアイラの乳房は手の中で充分な弾力と柔らかさが同居していた。
「はぁぁぁぁ・・・あん」
 乳房をもみしだかれ、上気した口から官能の息が漏れる。次郎の右手が尻から服の内側に侵入し、下着の上から秘所をまさぐる。もう、そこは下着にシミが出来るほどぐっしょりと濡れていた。
 アイラは官能の炎に素直に従っているらしい。そして、次郎も久しぶりの柔肌の感触に我を忘れた。アイラの服を剥ぎ、目の当たりにした美乳に貪りつく。右の乳房をもみしだき、左の乳首を吸う。右手はアイラのクリトリスを攻める。
「あぁぁぁぁ・・・あん・・・はぁぁぁぁ・・・」
 アイラは感じまくって喘ぎ声を漏らす。
「な、なんで、・・・こ、こんなに、か、感じるのぉぉぉ・・・。あ、あなた、うますぎるわぁ」
 息も絶え絶えにアイラが喘ぐ。
「ねぇ・・・ち、頂戴。も、もう我慢できない・・・あなたが、欲しいの・・・」
 次郎は上気したアイラの顔を見つめる。彼自身の怒張も充分すぎるほど勃起していた。熱く滾った怒張をアイラの入り口にあてがう。アイラの秘所はぐしょぐしょに濡れ、次郎の肉棒を待ちきれないようにひくひく蠢く。
「行くよ・・・」
 次郎は一気に突いた。その瞬間暖かな肉壁が全体を包み込む。
「あぁぁぁ・・・ん」
 アイラの中はねっとりと肉棒を巻き込むように蠢き、次郎はその感触に思わずいきそうになる。が、それをこらえてピストン運動を開始する。下半身から痺れるような快感が全身に広がった。
 それは、アイラも同様だった。
「あぁ・・・す、凄い・・・こ、こんなのはじめて・・・あぁぁぁ・・・と、溶けちゃう・・・お、おまんこ、とけちゃう・・・あぁぁぁ・・・だ、だめぇぇぇ・・・もう、い、いく・・・いっちゃうぅぅぅぅ・・・」
 アイラが行く瞬間、アイラの急激な締め付けに次郎の方も限界に達した。大量の精液がアイラの中で爆発したように放出され、それを受けてアイラは2回目の高みに達した。

 ドレアム。その大地に住む人々はただそう呼んでいた。大地の果てがどのくらいあるのか知っている者はなく、その果てを探して過去に幾多の国から探検家達が旅立ったが、殆どが戻って来ないか、戻ってもたいした成果は得られなかった。
 長い歴史の中で、当たり前のように戦乱が繰り広げられた。そうして、今に至っている。現在は5つの地方、5つの国に分かれていた。中央にある中原を囲むようにして、北方の玄武、西方の白虎、南方の朱雀、東方の青龍の5つ。このうち、政情が安定しているのはノースフロウ王家が治めている玄武地方とウエストゴールド王家が治めている白虎地方、セントアース皇帝が治めている中原である。青龍地方は、イーストウッド王家が治めていたが、2年前に王が崩御し、その後継者争いによって3つに割れていた。そして、朱雀地方は元々あったサウスヒート王家が倒され、諸侯による戦乱の真只中にあった。
 セントアースだけが皇帝を名乗っているのは、かつて、ドレアム全体を統一した歴史を持つからである。各王家は、皇帝の臣下で、各地方の自治を任された者たちの末裔なのだ。しかし、それから幾星霜、それぞれの支配者が自分の土地を治めるようになって久しい時がながれていた。
 若干25才にして帝位を継いだセントアース皇帝ゼノンはこうした状況を憂い、いつしかかつての皇帝家の栄光を取り戻そうという野心を持っていた。故に努力を惜しまなかったが、彼が皇帝を引き継いだ時点では、皇帝の地位は形骸化し、帝国は大貴族と官僚に支配される国家に成り果てていた。ゼノンは臥薪嘗胆の日々を送りながら、表面上は大貴族たちに従いつつ、密かに政権奪取を狙っていた。そして、その機会は訪れ、皇帝が支配する帝国が蘇った。
しかし、その時ゼノンは50の坂を半ばまで登りきり、老いというもう一つの敵との闘いを余儀なくされていた。そのためか、彼の野心はセントアース帝国という器だけで満たされつつあった。彼があと10年若かったら違ったかもしれないが・・・。
ゼノンの息子、皇太子ハデスは、そんな父の姿を見て育ち、父の覇業を引き継ぐのが自分の定めと考えていた。野心と欲も人一倍に持っていた。彼は父が帝国の統一で燃え尽きていると感じていた。しかし、彼はまだ若く、ドレアム全土の統一を夢見ていた。そのため彼は精進を重ねて準備を進め、ついには、帝国の軍権の半分(残りは皇帝直属)を得るに至った。だが、世界は一応の安定を見せ、ハデスがその羽翼を広げるには十分とはいえなかった。
 そこに、その絶好の機会がまさに巡って来た。朱雀地方を治めていたサウスヒート王家の遺児が帝国に助けを求めてきたのである。皇帝ゼノンは、求めに即決で応じることとし、皇太子を総大将とした親征軍を朱雀地方に派遣した。
 親征軍は瞬く間に朱雀地方北部の諸侯を席巻し、2年を待たずしてほぼ戦乱を収斂した。しかし、戦乱の中で、不幸にもサウスヒート王家の遺児は、戦乱の中で行方知れずになってしまう。事実上、戦死したとされた。この結果、サウスヒート王家は断絶し、主のいない王国を統治するのは、成り行き上、ハデス皇太子となった。
 ハデスは父に許しを得て朱雀地方に残り、そこで更に力を蓄えた。来るべき戦いに備え、直ぐに各地に軍隊を派遣できるように。または、考えたくはないが、皇帝が崩御した後に直ぐに自分が帝国を継ぐ者という力を見せ付ける為に。というのも最近、皇帝は老いのせいか、政務は大臣達に任せて、自分は黄龍宮に引きこもっているとのこと。まだ嫁いでいない娘のヘラとマーサに身の回りを任せ、ヘラとマーサ以外の誰も会っていないらしい。それらの情報はハデス半身とも言える双子の妹ヘラから逐次連絡が来ていたので、誰よりも詳しかった。そう、彼が中原で大陸全土の統一を求めて号令を掛けるのも決して遠くないかもしれない。


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