ドレアム戦記番外編2
「大河の畔で」
あたし達の旅は順風満帆とはちょっと言いがたいけど、それでもあんだけ色々なことがあったのに誰も欠けずにここまで来れたってことは順調と言ってもいいかな。
まあ、思い浮かべるだけでも大変なくらいたくさんのことがあったけど、今は青龍地方の海岸線を右手に見ながら、海の上を西へと進んでいる。
「ん〜、やっぱあたしが海賊の子孫だっつうのは間違いじゃないみたいだな〜。だって、海の上がこんなに気持ちいいなんて知らなかったよ〜」
そんなことを呟きながら、あたしはマストの上で伸びをする。ここは、この船の中で一番高い場所、んでもってあたしのお気に入り。本来は見張りをする場所みたいなんだけど、あたしだって『紅の疾風』という通り名を持つ盗賊、眼の良さと気配を察する力は負けないってことで、ちょくちょくこの場所を借りているってわけ。それに、偵察ならあたしの小さい頃からの相棒、炎の精霊フレイアがいるしね。
「総船長〜〜〜」
海風に浸って心地いいところで、誰かの呼ぶ声が聞こえた。んもう、折角いい感じだったのになによもう。とか、考えながら、でもまあ呼ばれたからには知らん振りするわけにもいかないし・・・
「なんなの〜〜〜?」
マストの下方を見ると、ヤリツ3兄弟の長兄リュウカが呼んでいた。
「もうすぐ、河口で〜〜〜す。降りてきてくださ〜〜〜い」
「わかった〜〜〜」
降りるのがちょっと惜しかったけど、まあ仕方ないかと諦めて、あたしはマストをするすると降りる。身軽さはあたしの身上よ。まあ、ちょっと背が低いのが悔しいけど。でもあたしの旦那様はそれでもいいって言ってくれてるし。そういえば前に『とらんじすたぐらまー』だって言われたことがあるなぁ。ジローの元いた世界の言葉で、身体はちっちゃくでも出ているところはちゃんと出ていて女らしいって意味だって。えへっ。おっと、まずい。顔が緩んでる。ここはちゃんと総船長らしく引き締めないと。
あたしはマストを降りてリュウカの話を聞いていた。どうやら目的地に着いたらしい。あっと、言い忘れてたけど、今回の目的地ってのはタウラス川の河口付近のとある集落。リュウカ達海の連中の話だと、そこにはタウラス川の水運を仕切っているやり手の人物がいるってことみたい。
あたし達は、ルナの望みを汲み取ったジローの判断で神殿巡りを一時中断して玄武地方のノルバへ戻ることになったんだけど、その方法が意外と難解だったのよね。青龍地方の西側はグユクの領地で下手に近づけないし、そこを上手く北側を通る形で避けて玄武地方に入ろうとしても、ノースフロウ王国軍の支配下にあるセロの町を通らなきゃいけない。それって、その後のことを考えたら捕まえてくれって言ってるようなものだし。
あたしたちだけなら青龍の神殿から朱雀の神殿経由で白虎の神殿へ飛ぶっていう手もあるんだけれど、海賊達やらなんやら大所帯となっちゃったらそうもいかないし。ましてや、あいつら神殿って言葉だけでなんかビビッてて後じさりしするからなぁ・・・。
それで、悩んでいたところにソザイが思いついたようにタウラス川を遡るということを思いついた。それはいいという話になってとんとん拍子に進んでいき、でもあたしたちの船では喫水が深くて川向きではないから、川用の船を調達しよう、そのためには大河の水運を仕切っている連中の協力を得ないといけないってな感じで話が決まって、まずは集落に行って協力を申し入れようってことになったってわけ。
「それで、これからどうするの?」
「へい。まずは小船を下ろして集落へ向かいます。大人数で行くと喧嘩を仕掛けてきたと勘違いされやすんで、船は1艘、人数も10人以下がええです」
前に聞いたリュウカの話では、集落の連中とは少し前までは交易なんかも行っていたらしいけど、海賊騒ぎでとんとご無沙汰となっていたので、最近の様子まではわからないらしい。あっ、ジローが出てきた。・・・む。あの肌艶は・・・。相変わらずエロエロ魔人は全開だよぉ・・・。・・・まあ、でも・・・、最近あたしも慣れてきたっていうか・・・、うん、そんなにいやじゃないかも・・・。
「シャオン、何赤くなってるんだ?」
「えっ!?い、いや、な、何でもないっ!!」
「本当か?そう云われると逆に気になるぞ?」
「ええい、うっさぃ!!何でもないったら、何でもないの!!!」
ジローは苦笑している。そういえば、ジローはルナ程じゃないけど『心触』が使えるから相手の感情の動きぐらいはわかっちゃうんだ。・・・んもう、恥ずかしいよぉ。
あたしをからかうのはそのくらいにしたみたいで、ジローはリュウカとの話に耳を傾け始めた。あたしも当然その輪に加わってこれからの交渉のことやらなんやら打合せを行っていった。
「ふぁぁぁぁぁ〜〜〜、んん〜」
ああ、よく寝たぁ・・・。と、ベッドの中で身体を伸ばす。南国特有の薄い掛布が腕に押されて盛り上がった。
<ん!?>
ふと、自分の両脇にも盛り上がりがあることに気付いた。と、同時に昨晩の記憶が鮮明に戻ってきた。
<そっか・・・、昨日の夜は・・・>
すると、あたしの動きに目覚めたのか、両脇の掛布の山がもぞもぞと動いた。そして、深緑色の髪が掛布の中からぴょこんと頭を出す。
「ふぁぅぅぅぅ・・・。まだ眠いですぅぅぅぅ・・・」
寝ぼけ声が可愛くて思わず笑ってしまう。すると、反対側からも黒髪がにょきっと出てきて、こちらは目をぱちくりと開けてあたしを見ていた。そして、あたしと視線が会うと。
「おはようございます。アイラさま」
はっきりとした声が返ってきた。
「あぁ、お早う。ハルイ」
あたしがそう答えると、安心したような微笑が返ってきた。ふと気付くと、ハルイの背後にもう一つ掛布の盛り上がりがあった。そちらはまだ微動だにしていない。ただ、掛布の端からは赤栗毛色の髪が覗いている。
あたしは、上体を起こし掛布から身体を引きずり出す。形の崩れない両房の盛り上がりがぷるんと弾ける。掛布の端が乳首を軽く弾くとちょっと気持ちいい痺れが走るのを感じた。我ながら綺麗な胸だと思う。ジローも大きくても張りがあって綺麗だって褒めてくれたし。
そんなことを思っている内に、両脇の2人も掛布をめくって這い出してきた。腰の辺りまで捲れた掛布の下で、あたしと同じく身に一糸も纏っていない姿を惜しげもなくさらしている。
「お早うございまふぅぅぅぅ」
右側でまだ眠そうにしているのはカトリ。いつもは理路整然としてしゃんとしているだけに、その格差が面白い。
「ウルチェはまだ寝てるみたいだね」
あたしはハルイの方を見ながら云った。
「すみません。この子、いつもいつも・・・」
そう云ったハルイは空いている手でウルチェの肩を揺すっているようだった。でも、ウルチェはしぶとく眠りに浸ろうとしているのか起きてこない。
「アイラさま〜、おふぁようごじゃいまふぅぅぅぅ・・・」
背中に柔らかな肉厚を感じた。その尖端の突起が妙にくすぐったい。と、背中から綺麗な腕があたしのお腹に廻り込んできた。カトリが背中に抱きついたのだ。
「カトリったら・・・、でも、・・・アイラ様。私もいいですか」
「へ?」
返事を待たずにハルイが抱きついてきた。あたしは図らずも2人の美人将校に挟まれた形になった。4つの胸の膨らみが気持ちいいようなくすぐったいような・・・。
<あ〜あ、でも、なんでこうなるかなぁ・・・>
3人との出会いは愛しい仲間達と青龍の神殿からドリアードへ向かう途中だった。水生魔物に襲われていた緋龍将部隊の生き残りの中に3人はいた。その後、斥候部隊としてあたしと3人が索敵しながらドリアードに向かったんだけど、その頃から一緒に過ごす時間が多くなって、何時の間にかあたしの副官に立候補してなっていたんだ。
水生魔物の毒を浄化するため、3人はジローに抱かれた。でも、2人は処女だったらしくて、暫くはそのことを思い出すのが辛かったみたい。そんな話をし始めたのも斥候の時。で、少しは心の治療になるかなと思って身体を触ったりした。このまま一生抱かれることに嫌悪感を抱いた人生なんて可哀想だからね。まあ、ちょっとした悪戯心があったことは否定しないけど。最初は唯一の経験者だったウルチェをだしにして軽く、と思ったけど、こいつが悪乗りする奴で・・・気がついたら4人で裸になって慰めあうようになるまで時間はかからなかった・・・。って、あれっ?ということは、ウルチェが原因?
でもウルチェも複雑な事情を抱えているらしい。前にちょっとだけ話してくれたことがあったんだけど、ウルチェの爺さんっていうのがあたしの前に黄龍将だったヌルチェで、ウルチェにとっては尊敬と憧れの人だったみたい。
ウルチェは子供の頃からお爺さんを倣って武人になることが夢だったと言ってた。だけど、女の身でさらに体格もどちらかというと小さい部類に入っていたから、父親は女として身を立てて誰か名の有る人の元へ嫁がせたいと思っていたみたいで、将来を決める段になって激しくぶつかって、結局は勘当同然の形で家を飛び出したって。
でも、そうなると不利なのよね。名のある武人の子弟は、実家から推薦を受けて将校候補として仕官できるらしいんだけど、勘当されたウルチェは当然そんなこともしてもらえなくて、それでも、自分を曲げずに志願兵として一兵卒から始めた。それから紆余曲折があったみたい(その辺の詳しい話は余り話してくれなかったし、敢えて聞かなかったわ)だけど、モルテの紅の軍団の結成時には将校として参加していたんだって。
でも、きっと並みの努力だけではなかっただろうな・・・。男を知ったのもその時だと思うし・・・。
「アイラさまぁ〜」
首筋に柔らかい唇と生暖かい舌が這う感触。カトリが頬ずりをするように舐めている。
「んぅ」
乳首がびりびりすると思ったらハルイが乳房を口に含んで吸っていた。まるで赤子のように無心で幸せそうな表情の中にあたしのことを気遣う瞳があった。ん、ちょっとウルチェのことを思って暗くなってたかもね。しっかりしないと・・・。
ハルイはあたしの表情が元に戻ったのを察知したのか、舐めに集中し始めた。暖かくて柔らかで、それでいてざらつく舌の感触が敏感に尖った乳首を刺激してくる。じんじんとした気持ちいい痺れが身体全体に広がってくる。んもう、まったく、あたしも我慢できなくなるじゃない・・・。
「んふぅぅぅぅ・・・」
もう、反撃よ。あたしは両手を器用に2人の股間部へ潜らせる。茂みの奥へ指を這わせると、2人共入口がくぱっと開いて蜜を滴らしていた。その蜜を指にたっぷり付けて、開いた口の上部にある充血した突起に触れる。ジローは「くりとりす」って云ってたけど、あたしは愛称で「くりちゃん」って呼ぶほうが好きだな。
「んじゃ、反撃よん。くりちゃん攻撃ぃ」
「んあぁぁぁ」
「はふぅぅぅ」
ハルイとカトリの嬌声が響いた。今が爽やかな朝のひと時などという気分は吹っ飛び、淫靡な夜の時間の続きへと成り代わる。
ん?これって・・・。確か昨日の夜も同じだったな・・・。あたしがジローの精をたっぷり受けて満足してさあ寝ようって部屋に戻ったら、この子達がいつものように寝具に潜り込んでいて、ちょっとじゃれあってるうちに本格的になって互いに気持ちよく貪りあって気がついたら眠ってた。
「あん」
思わず声が漏れた。その原因はあたしのくりちゃん。生暖かいざらざらしたものに舐められて・・・、えっ?
あたしは慌てて下を向く。と、そこにはウルチェの赤栗毛色の髪の頭があたしの股間に潜り込んでいた。
「い、いつのまに・・・」
やっぱりこうなった原因は淫乱なウルチェのせいかもしれない。そんなことを思いながら船上の朝は流れていく。
「気分はどう?余り無理はしなくていいからな」
ジロー様の声が優しく響いて心地良い。その声を聞くだけで心が落ち着くような気がします。
<船にはまだまだ慣れることができていませんけど、それでも頑張らないと・・・>
そう、元々は私の我侭が発端でこうなったのですから。船に弱いから陸でなどという更なる我侭を重ねるわけにはいきません。
「大丈夫ですわ。ジロー様」
でも、優しいジロー様は、わたくしの声の抑揚でいつもと違うことを敏感に感じとってしまうのですね。すぐに心の回線が繋がれて来ました。
<ルナ、辛いだろうがもう少し辛抱してくれ。小船で横にもなれないけど、身体の力を抜いて俺によりかかれば少しは楽になるぞ>
そう語って、そっと腕をわたくしの肩に廻して抱き寄せてくれる。その言葉と態度に甘えてもよろしいのですね。感謝の気持ちを心に宿しつつ、ジロー様に寄りかかった。ジロー様の肩に頭を預け、耳を付けると心音が聞こえる。鼓動の刻みが心地好い。
<これはわたくしの音かしら・・・、それともジロー様の?>
<2人の音かもな>
そう言ってジロー様は笑いかけてきた。そんな仕草に何故か心が落ち着き、いつのまにか船酔いの気持ち悪さがどこかへ去っていることに気付く。そんな些細なことが、ジロー様への思慕を積もらせているのですね。
そうこうしているうちに、小船は目的地に辿り着いたようでした。小船に乗っているのはジロー様、シャオン様、ユキナ、リュウカさんと船員さんが3名、そしてわたくし。これから集落の長に会いに行くのです。友好を示すために、武器は最小限にしています。ジロー様とユキナは丸腰、シャオン様とリュウカさん達は小型のナイフだけを見に着けています。そして、わたくしは僧侶の衣服に杖という格好です。
でも、だからと言って心配はしていません。素手だと言ってもジロー様の戦闘能力はずば抜けていますし、ユキナが白虎鎗を小型化して髪飾りに取り付けているのも知っています。それにシャオン様も火の御守を左手から片時も離さないように装着しています。起きて欲しくはないのですが、話が決裂して襲われたとしてもまず悪い方向にはいかないでしょう。
「ルナ、立てるか」
「はい」
ジロー様がわたくしの手を取って支えてくれています。それに甘えながら身体を起こし、水の上で不安定な小船の上をゆっくり歩いて桟橋へと移動していきます。桟橋に上がってもまだ身体が揺れているような感じがしますが、地に足が着いたという安心感だけは確かにありました。
わたくし達は、リュウカさんが交渉した集落の人の案内で奥へと進みます。村長の家はその先に居を構えていました。集落の人が外から来客を告げています。すると、中から女性の声がして、入ることを許されました。
<村長は女性なのかしら?それとも近侍の方かしら>
少し興味を持ちながら、でも余り目立たないようにジロー様の後ろを付いていきます。同時に、気付かれないように『心触』を張り巡らせて行くのも忘れてはいません。
わたくし達は、こうして村長との会談に臨んだのでした。そして、その村長の姿はやはり女性の方でした。白地に朱の襟をあしらった着物を優雅に着こなし、腰まで伸びた赤茶色の髪が纏められて流されて着物の模様のように腰に流れ、細面に目がくっきり、口元には赤紫の紅、そして咥えた管の先からは薄白い煙が立ち上っていました。美女であることは間違いありません。でも、なんと云ったらいいのでしょうか・・・、ただの美人というだけではない、人の上に立つ力を生まれ持っているような・・・そうです、貫禄があるというのが一番良い表現かもしれません。生気に溢れた瞳は輝くような魅力を放ち、身体全体から立ち上る『気』は、活力に溢れて王者としての資質を十二分に引き出しているような気がしました。
「おや、客人と聞いたから誰かと思ったらリュウカかぃ。ずいぶんご無沙汰だったから、てっきりあの世に逝っちまったかと思っていたけれど、生き残っていたんだねぇ」
その一言だけでリュウカさんは主導権を奪われてしまいました。村長の言葉がリュウカさんに纏わりつくように放たれ、まるで蛇のように言霊がリュウカさんを捕らえてしまったような感じがします。
「あ、ああ、久しぶり・・・だ、バイピアーフェン村長・・・」
「ふふふ、いやだねぇ・・・、堅苦しい名前で呼ぶなんて。今までと同じようにバイパーとよんでおくれよ・・・」
「ああ、わかった。すまねぇ・・・」
リュウカさんは完全に蛇に睨まれた蛙のように、バイパー村長の尋ねることに包み隠さず答えさせられていました。そして、もうこれ以上の情報は引き出せないとなると、いきなり矛先がジロー様に向いたのでした。
「おやまぁ、こんないい男を待たせちまってすまなかったねぇ。リュウカと会うのも久しぶりだったから、ついつい話が弾んじまって・・・、許しておくれねぇ」
ジロー様の肌が粟立つのが見えました。そう、バイパー村長は精神的な攻撃に似た言葉の重圧を掛けてきたのです。でも、ジロー様はそれを涼しい顔をして受け止めようとしています。では、わたくしは自分の役割を果たすことにしましょう。
わたくしの『心触』の力は、発動していなくても周囲の意識を感じ取ってしまうものです。それ故に、いろいろな心の声が聞こえてしまって混乱するのを避けるため、普段は無意識に心の障壁を展開しています。そして、必要な時にこの力を発揮できるようにしているのです。
今はその時。わたくしは心の障壁をゆっくりと外します。すると、周囲にいる方々の思考が、まるで話しているかのように聞こえてきます。一斉に情報が流れ込んでくるこの瞬間が少々辛いといえば辛いのですが、その雑駁な声の中、聞きたい声の方向を絞り込んで行きます。バイパー村長を中心とした方向に。
<えっ?>
意外な事実に、わたくしの戸惑いが表情に出なかったかどうか心配になりました。でも、どうやら気付かれてはいないようなので内心ほっと胸を撫で下ろしました。原因は、バイパー村長の心どころか感情の動きさえも読めないことでした。まるで肉厚の障壁に覆われているような感じがします。これほど硬い障壁を持っているというのはわたくしと同じ『心触』の使い手なのかもしれません。
でももう一度、今度は慎重に仕掛けてみます。先程よりも集中して、バイパー村長の心の防御壁の弱点を探して突破を試みます。
でも、どうやら無駄のようでした。
「面白い力を持ってるみたいだねぇ」
バイパー村長の言葉が鋭利な刃物のように心に響きます。ジロー様はその様子に気付いたのか、「なんのことだ?」と軽く切り返します。バイパー村長は視線を一瞬だけわたくしに向け、直ぐにジロー様へ戻しました。その瞬間にわたくしだけに判るように挑みかけるような微笑を浮かべました。ほんの刹那でしたけれど、わたくしへの挑戦として見落とすわけにはまいりませんわ。
でも、そうですわね。ここで誘いに乗っては相手の思う壺かもしれません。それに、これ以上は逆にジロー様の負担になってしまいますわ。わたくしの一時の感情でご迷惑をお掛けすることはできません。ここは一端引きましょう。でも、少しでも隙を見せたら何時でも行けるようにだけはしておきますわ。そうすることで、ジロー様の援護になるはずですもの。
「あ〜あ、退屈ぅ〜〜〜。んん〜〜〜〜〜〜」
そんなことを呟きながら私はのびをする。甲板の上に吹く風が心地よい。でも、少しもの足りないのは留守番のせいかもね。
かしゃっ。
背中で金属の擦れる音がした。私の愛用の武具の音だ。円刃となった2枚組の輪。玄武の神殿で私に託された玄武坤という名の封印の武具。最初これを手に取った時は、どうやって使えばいいのか悩んだものだ。何といっても、手で掴める刃のない場所は1つだけで、まさか投げて使えるなどとは思えなかった。だって、投げて帰って来たとして、どうやって刃のないところを掴めばいいか皆目見当がつかなかったのだから。
でも、ある時に誤って刃のあるところを掴んでしまった。当然大怪我とは行かないまでも掌に傷がつくくらいのことは起きると思った。だけど・・・、不思議なことに私の掌が感じたのは、玄武坤唯一の安全地帯である握り部分の感触だった。
勘違い?と最初は思ったけど、何か引っかかるものかあったのよね。それで、思い切って実験してみようと思った。そう、わざと刃のある部分を握ってみたの。そしたら、私が手を触れた瞬間、刃の部分が握り柄に変化した。うん、これにはびっくり。でも、こうなることが解ったことで、玄武坤の応用範囲が広まったのも事実。投げて戻ってきても、私の手が触れる部分が刃から握り柄に変わってくれるって解っているから、気にせずに掴めるしね。
「でもね〜、白虎鎗みたいに小さくはならないからなぁ・・・」
うん、そうなのよね。ユキナの白虎鎗は、ユキナの意思で大きさを変えることが出来るのよ。まあ、大きさには限度があるみたいだけど、小さくする方は髪留めくらいまでは縮めることができるっていうのは便利よね。今回みたいに表だって武器を持てない交渉の時だって、密かに持っていけるもの。
まあ本音を言えば、私が行きたかったという気持ちがないわけじゃない。だけど、ユキナなら大丈夫。ちゃんと姫様とジロー様達を守ってくれる。うふっ、でも、ジロー様には守りなんていらないかも。あたし達の中で一番強いし、素手だとしてもテムジンみたいな達人ならともかく、そこいらの連中が束になってもかなわないわね。きっと。
「ん〜、それにしてもいい風ねぇ・・・」
<えっ?>
突然身体が疼いた。と、同時に下着の股間の部分に湿った感触が。
<な?・・・何で???・・・>
同時に私の頭の中に映像が飛び込んで来た。タウラス川、船、甲板、爽やかな風。こんな体験が以前にもあったことを。そう、前に一度経験がある。あれは、水の神殿から玄武の神殿に向かう船、その上で繰り広げられた競艶・・・。
<あっ、私・・・、思い出してる・・・の?>
そう、あの甲板でめろめろにされた私は、ジロー様の逞しいものに貫かれて初めての絶頂を味わったんだ。頭が真っ白になって身体がふわふわと宙に浮くように痺れて動けなくなって、でもじんじんと響く快感が芯まで染みこんで・・・、あっ、そんなことを考えたらますます濡れてきちゃう。
私の大事なところから染み出す愛液は、もう下着だけでは吸収しきれないみたい。内腿をぬるっとしたものが伝っていくのがわかる。
<あっ!?>
自分の足元を覗くと、膝の内側まで垂れてきていた。私は慌てて周囲を見回す。そして、誰も見ていないことに安堵すると、自然を装って両脚を密着されて愛液の雫を見られないようにする。
<はぁうっ>
じゅんという音が聞こえるような気がした。狭められた隙間から愛液が溢れてくる音。もう下着は用を成していないのは明らかだ。
<ここじゃあ、まずいわね・・・。さすがに・・・。んもぅ、部屋に戻るしかないわ、ね・・・>
自分の身体を抱えるように、少し不自然な格好だが、私は甲板を移動した。どうか誰にも見られませんように・・・。
「ふぅん。そうだねぇ。あたいらの力を貸してほしいっていうんなら、貸してあげないこともないけどねぇ・・・」
年齢不詳の美人。バイピアーフェン村長。でも、その笑顔の後ろから鋭利な刃物が突きつけられているようで、どうしても空気が重たく感じてしまう。
そんな中で平然と受け答えをしているジロー様はやっぱり凄い人なのだと改めて認識させられる。
「何か交換条件が必要ということか?」
「ふふふ、それはあんたら次第だねぇ」
私は姫様をちらりと見た。姫様は『心触』の使い手。相手の心の動きを素早く的確に捉えられるから、交渉の嘘や駆け引きは成立しない。でも、その姫様の表情がいつもとは違っている。いつもの微笑をたたえた聖女の笑みが消え、内に秘めた挑みかかるような『気』が全身を覆っている。
原因は間違いなくバイピアーフェン村長だと思う。私だって、彼女が少しでも殺気を発したら行動を起こそうとしている自分に気付いたくらいだから。それだけ彼女の『気』が異様というか、ジロー様達を相手にして1人で負けていない。
「俺達に出来ることは限られているが、まずは話を聞こう」
「そうさねぇ・・・。その前にあんたらが何者か教えてもらおうかねぇ」
「俺達?リュウカが言った通り客だが」
「で、玄武地方へ行きたいから川を上って欲しいと言ってたねぇ。でも、行きたいじゃなくて、帰りたいが正しいんじゃないのかぃ」
そう言ってバイピアーフェン村長は姫様と私に対して視線を舐めるように一瞥する。殺気が篭っていないだけで、瞳から来る力に背中がぞくぞくする感じは否めない。もし、彼女が本気で殺意を持ったら、この中で立っていられる人は余りいないかもしれない。
「ほう、何を根拠に?」
「そこの銀の瞳のお嬢さん。それから銀の髪の・・・」
バイピアーフェン村長が私を見た。茶の混じった黒い瞳が私の視線と絡まるのがわかる。その瞳を見ていると、まるで心が全部さらけ出されてしまうような錯覚を覚えてしまう。でも、負けない。私は、『気』を集中して彼女を睨む。
「ふうん。いい眼だねぇ。戦士の眼、それも一流の眼をしている。どうだいあんた、あたしのところに来ないかぃ。あんたくらいの使い手だったらすぐにのし上がれるよぉ」
「お断りします」
私の口から反射的に無意識に言葉が返されていた。
「残念だかそれは出来ないな。彼女は俺の妻なんでね」
ジロー様が言葉を継ぎ足してくれた。『妻』という言葉がもの凄く温かく私の中に響いて心が満たされる気がした。
「おや、それは残念だねぇ。じゃあ、そっちの僧侶のお嬢ちゃんはどうだい?」
「お断りします。わたくしも、ジロー様の伴侶ですから」
すると、バイピアーフェン村長は初めて感心したような表情になった。
「へえ〜、あんた見かけもいいが中身もなかなか凄いじゃないか。これだけの美人を2人共嫁さんにするなんてねぇ。でも、それだけじゃあない。お嬢ちゃん達の才能をお蔵入りさせちゃいないね。世の男共は、嫁にした途端見えない鎖にふんじばって女の才能を踏みにじるって奴らが殆どだっていうのにねぇ」
「お褒めの言葉と受け取っておくよ・・・」
ちょっと読めない展開にさすがのジロー様も苦笑を浮かべている。私もとりあえず様子を見ながら相手側の行動を待つ。
「話が横道に逸れたねぇ・・・。んで、ジローって云ったっけねぇ。あんた、何者だい?」
ずばっと切り込んできた迫力は、鋭利な刃物というよりは鉈の重みがあった。ジロー様も一瞬虚を突かれて言葉につまっていた。それでもジロー様は、バイピアーフェン村長を静かに見つめ直すことで態勢を整える。
「異世界から来た救世主と云ったら?」
えっ!?ジロー様、それは・・・。い、いけない。今動揺していることを気取られないようにしないと。
でも、そんな私の心配を他所に、バイピアーフェン村長は平然と微笑みを浮かべ、ジロー様を見ている。
「ありえなくはない話だねぇ」
2人の間に冷たい火花が散っているような感じがした。でも、違う。何だかいつもと違うジロー様がいる・・・。
「初対面で、それもこの場面でそう答えるのか」
「ああ、そうだよ。言ってることの真贋はわかるつもりだからねぇ」
「そうか・・・。では、反対に聞いていいか?」
「ああ、なんだい?」
「バイピアーフェン村長。あんたも俺と同じか、それともそういう先祖を持つんじゃないか?」
バイピアーフェン村長が妖艶な笑みを浮かべた。赤紫の紅が絡みつくような光彩を放つみたいな気がした。
「だとしたらどうなんだい?」
「力を貸して欲しい」
「そうさねぇ・・・。あたいの正体を知ってもそれが云えれば、貸してやれないこともないけどねぇ・・・」
「まだ教えてもらってないから、何とも云えないな」
「ふふふ、じゃあ教えてあげるとしようじゃないか。でも、その前に・・・、教えるのはあんただけ。それでいいかぇ」
ジロー様は姫様と私を振り返って見た。その瞳は心配ないと告げてくれる。バイピアーフェン村長からは殺気は発せられていないし、ここはジロー様を信じるしかないと心に決めて頷いた。
「わかった。教えてくれ」
「では、奥で話そうかねぇ・・・」
ジロー様とバイピアーフェン村長が奥の部屋に消えて行く。私は信じて待つしかなかった。
<大丈夫。ジロー様なら、きっと>
「ふぇぇぇぇぇ〜〜〜ん。気持ち悪いですぅぅぅ〜〜〜」
そう呟きながら船室の壁を見るレイリア。他の愛嬢達は何とか克服した船酔いだったが、彼女だけは未だにだめだった。
それでも少しずつ身体は慣れてきたのか改善の傾向はある。ただ、レイリア自身の気持ちの部分がまだまだで、何かに集中していれば大丈夫だが、気を許せばすぐにぶり返しがやってくるのだ。
そんな彼女を付きっ切りで看病していたのはイェスイだった。それこそかいがいしく。が、今は用事があるのか部屋には誰もいなかった。
「イェスイ〜〜〜。寂しいですぅ〜〜〜」
身体中にぐっしょりと汗をかいていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
草色の髪の毛がべったりとおでこに貼り付いていた。でもそんなことを気にかける余裕などないくらい、身体は震え、おののいている。
震える手で自分の身体をそっと触った。まるでひとつひとつのパーツが欠けることなく揃っていることを確かめるように。そして、それらが傷ひとつなく無事に存在していることを知り、ようやく緊張感が解けてくる。
<無事に戻ることが出来たの・・・>
頭の中でそう呟いた。其れほどまでに心身に受けた衝撃は大きかったのだ。だが、身体に触れる手から伝わる感触に少しずつ心が落ち着いて来るのもわかった。
今、彼女が触っている少女の身体は自分であって自分のものではない。正確に言えば、自分の子孫の身体を借りているのだ。まだまだ発育途中なのか胸も薄いし腰の辺りの艶やかな肉感には程遠いものがある。それでも、良人に抱かれ精を受けることを繰り返した影響か、少女から女への身体へと変貌してきているのも確かだった。
彼女、導く者イェスゲンはゆっくりと目蓋を開いた。と同時に身体全体が揺さぶられるような感覚を覚える。まだ、身体の感覚が戻っていないのかと一瞬思ったが、そうではなくて実際に揺れているようだ。
<船の・・・上?>
イェスゲンは自分の記憶に問いかける。記憶といっても彼女の中で今は眠っているイェスイの記憶を。そして、今が船の上であること、イェスゲンが不在の間イェスイがどのような体験をしてきたのかという情報を垣間見た。
<前に見た天井は鳳凰島のヨウランさんの館だったものね・・・>
最近、宿主のイェスイと交代する時間と間隔が減ってきていると実感していた。それだけイェスイの自我がしっかりとてきたということもあるだろうが、イェスゲンが他の世界で体験することが佳境に入ってきたということも関係があるだろう。
イェスゲンは無理に起きようとはせずに、暫くは静かに天井を見つめながら過ごすことにした。頭の中を整理する時間が欲しかった。
<3つ目の世界が崩壊した・・・>
そう、彼女が悪夢から目覚めたようになっているのはそのことが原因だった。ジローという救世主が存在するこの世界の他に、時を同じくする7つの世界が存在している。イェスゲンの良人であるクロウ大帝が自分の命を縮めて作り上げた自分達の子孫が破滅の連鎖から逃れるための仕組み。合計8つの並行世界は今共に、魔界からの侵略という人類破滅への坂を転がり始めている。その流れを食い止め、世界を救うためにクロウが元いた世界からクロウの子孫達がそれぞれの世界に救世主として導かれているのだ。
<でも・・・>
イェスゲンは思い巡らす。彼女だけが知ることのできる情報、いや・・・、辛い体験を。最初に崩壊した世界では、救世主と巡り会うことが出来なかった。後から知ったのだが、玄武地方のセロという猟師町が青龍地方から侵略を受けた時に、攫われた町の人々を助けようとして青龍地方のラムゥへ乗り込んだ猟師達がいたという。彼等はそこで八面六臂の活躍をして、一時はラムゥを制圧するくらいまでいったのだが、反乱軍と見なされ青龍地方の正規軍、確か銀龍将と蒼龍将に攻め込まれ、最後を迎えたという。そして、その中にどうやら救世主がいたらしい。
2つ目の世界は、救世主自体が存在しなかった。いや、出現した形跡がなかったというのが正しいだろう。救世主という存在を唯一知っているイェスゲンが情報を求めて歩き回っても、まったく引っかからなかったのだから間違いないだろう。
そして、3つ目の世界。その世界ではイェスゲンは救世主に会うことができた。その救世主は立派な人物で、5人の仲間を得て白虎の神殿まで辿り着き、イェスゲンと出会ったのだ。
しかし、イェスゲンから世界の成り立ち、そして救世主の目的を託された時、彼の行動は短兵急だった。そう、白虎の神殿から直接魔界側の本拠地、即ちセントアース帝国の帝都へ乗り込んだのだ。
その結果は・・・。
<私は、止められなかった・・・>
涙が自然と零れていた。猛烈な後悔の念に苛まれ、胸が締め付けられる程に辛い思いがイェスゲンを襲う。
<彼は、それでも必死に戦い、そして・・・>
そう、救世主は敗れたのだ。仲間をイェスゲンに託し、1人で敵地に乗り込み散った。そして、後に残った仲間達は悲しみを乗り越えながら魔界の者共と戦い、1人、また1人と倒れて行った。
<世界の終焉・・・。それを最後まで見届けるのが私の役割・・・>
でも、それでもとイェスゲンは思う。クロウから託された使命を全身全霊を込めて果たすと。だが、こんな辛い役割はないが、それでも生き延びる世界を残すことが必要なのだ。
<でも、ジロー様のいるこの世界は他とは違う>
残った世界は5つ。その中でジローがいるこの世界は苦難を乗り越え、確実な成長を遂げているとイェスゲンは思う。
<そう・・・、私は『導く者』。絶対にこの世界を生き延びさせてみせる>
涙が何時の間にか乾いていた。そして、彼女の空色の瞳には新たな意思と漲る生気が宿っていた。
「さあさあ、そんなところで突っ立ってないで、掛けておくれよ〜」
バイパーが手招きをしながら勧めた席に腰掛ける。相変わらず喰えないと言うか、何を考えているのかはっきり掴めない。見た目はリラックスを装っておくが、緊張を解くことができないな、こいつは・・・。
そんなことを考えながら、俺はゆったりと腰を落ち着け、あらためてバイパーを見る。赤茶色の髪を両側に流した細面に生気溢れる輝きを放つ茶色混じりの黒い瞳、それと対照的に白い肌を際立たせる口元の赤紫の紅、見つめているそれだけで引き込まれそうな感じがする。
「バイピアーフェン村長、先ほどの質問の答えを教えてくれないか」
「かたっくるしい言い方はやめておくれな。バイパーと呼んでおくれ」
「わかった・・・、ではバイパー。さっきの答えを教えてくれ」
バイパーは口元を緩ませて笑みを浮かべた。そして、赤い舌で唇をこれ見よがしに濡らしながら舌舐めずりをした。
「教えるのはいいけど、それなりの代価はいただくよ」
「こちらの情報はさっき伝えたと思うが」
「ふふふ、じゃあ協力する約束と一緒ならどうだい?」
「代価というのが何かによるな」
バイパーは右手を着物の襟元に持って行き、襟伝いに綺麗な指を滑らせた。
「そうさねぇ、本当はあの子達を置いていってもらうのが一番いいんだけどねぇ・・・」
「それは、お断りしたはずだ。それに、数が増えているぞ」
「ちっ、ばれたか。まぁ、あたしも野暮なこたぁしたくないから、その話はなしでいいさね・・・。で、あんた、あたしらに何をさせようっていうんだい?」
「まずは、北まで送って欲しい」
「でも、玄武地方は内乱の真っ只中って話じゃなかったかねぇ。そんなところに船を着けたらこっちの身が危ないってもんさね」
「その点は大丈夫だ。北と言っても玄武地方でもなければ青龍地方でもない。その間にある『暗黒の森』だ」
「なんだって!?・・・でも、興味あるさねぇ。そんな辺鄙な処に何があるっていうんだい?」
「水の神殿がある。川沿いだから船も着けられるはずだ」
バイパーが急に神妙な顔つきになる。きっと頭が高速回転しているのだろう。俺は暫く待つことにしたが、その時間は僅かだった。直ぐにバイパーの顔つきが元の悠然とした表情に戻り、赤紫の紅をひいた口元に笑みが戻る。
「へぇぇ、面白い話だねぇ。あたしらもそこまでは行ったことがないからねぇ。どんなところなんだぃ?」
「2つの川が交わる場所に静かな佇まいを見せている。行ってみればわかる」
「ふぅぅぅん、そうかぃ。・・・で、その次はどうするんだい?」
バイパーがにやにやとしながら問いかけてくる。表情だけでは何を考えているのかが本当にわかりにくい。ったく、食えない相手だ・・・。
「次というのは?」
だからこそと俺はとぼけてみせる。
「まずは、北まで送るんだろぅ。じゃあ、次があるんじゃないのかねぇ。あんたの顔にそう書いてあるじゃないか」
「さすがだな。じゃあ次だ。俺達を送ってくれた後のことだが、以後、俺達の陣営に加わって欲しい。立場上難しいというなら、協力者という形でも構わない」
バイパーの表情がすっと引き締まった。笑みを浮かべたまま、赤紫の紅をひいた唇をきゅっと窄めて茶の混じった黒い瞳が俺を量るように見つめている。
「そうさねぇ・・・、でも、あたいら、肝心なことを聞いていないさねぇ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかぇ。・・・あんたら、何者だい?」
ずんとした強烈で重い『気』がぶつかって来た。いよいよ本番というわけだ。だが、この程度のことで怖気づくわけにはいかないぜ。
「聞いたら退けなくなるぞ。そっちこそいいのか?」
「ふっ、言ってくれるじゃないか。とうに覚悟は出来てるさねぇ」
悠然と余裕の表情を崩さないバイパー。その額に浮かんだ一粒の汗が滑り落ちて行くのが見えた。
「わかった・・・、俺達は玄武地方、今は反乱軍と呼ばれているノルバ公国に属している・・・」
大河の流れは一見流れているようには見えない。海の上にいるのと変わりない気がするけど、よく見ると澄んだ深い群青色の海と違って、河口の川の水は赤っぽい砂が混じっているのか鈍い赤黄色だった。
<群青と赤、まるでボクの眼の色みたい・・・>
ボクは甲板に出て川の風に当たりながら大河を眺めていた。幸い、身体が慣れてきたのか船酔いも最初ほどではなくなったけど、やっぱり船室にいるよりはこうして風に当たっていたほうが気分も良かった。
<タウラス大河・・・か>
ボクは川面を見つめる視線を少し起こし、遥か霞んで見える対岸を見る。あちら側はもう朱雀地方、そしてそこはボクの生まれ故郷でもある。
ボクが生まれたのは朱雀地方の12諸侯の1人が治めるデュオという都市だった。でも左右の色が違う瞳を気味悪がった周囲の人々の勧めで、両親はボクを太陽の神殿の洗礼を受けるという口実で教会に連れて行き、そのまま預けられた。そのとき両親は涙を流していたけれど、でも、どこかほっとした表情をしていたこともはっきりと覚えている。
教会は市街地の外れで、タウラス川の川沿いにあった。ボクはそこで、毎日大河の流れを見ながら育てられた。左目の灼熱色の瞳は教会で暮らすようになってから暫くして訪れた旅の神官様が封じてくれた。その人はある日ふらっと現れて、ボクの瞳を封じるとまた、風のようにどこかへ行ってしまったけど。
まだ小さかったボクは、その人が誰だか知らない。顔ももう覚えていないけど、一つだけはっきりと覚えていることがあった。それは、『封印を解いた者に従うのだ』という言葉だった。
ボクはその後も流れる大河とともに毎日を過ごしていた。封印された左目も最初は片目だけで不便だったけど、半年もすればすっかり慣れていた。それに、いいこともあった。封印をきっかけに、ボクの魔法の力が急に伸びたんだ。
ボクのいた教会は太陽の神殿に連なる会派で、魔法の素養のある人には太陽魔法を教えてくれた。ボクも最初は余り得意な方ではなかったんだけど、封印されてから急に開花したように魔法の力が芽生え、いつのまにか教会の中で一番の使い手になっていた。
その後神父様が推薦してくれて、ボクはセントアースにある太陽教会の総本山、太陽の神殿に行くことになった。もちろん断る理由なんてなく、ボクは太陽の神殿に移った。
それからは修行の毎日だった。ボクは乾いた砂が水を吸い込むように太陽魔法の知識を覚えていった。今から思えば、その時があそこで一番楽しかった時期かもしれない。
なぜなら、ある日ボクは呼ばれたから。うん、あの時のことは鮮明に覚えている。
ボクを呼び出したのは太陽の神殿の大司祭代行で、実質的には神殿を支配しているヘラ様だった。ヘラ様は『黄金の髪の聖女』と称えられた生き神様で、人々の信仰の的にもなっている方だった。いつもも遠くから見るだけの憧れの人だった。そうだ、1回だけ修行中に声を掛けられたことがあって、あのときは嬉しかったな。
ボクは緊張を隠しながら、内心はどきどきする心臓の音が外に聞こえちゃうんじゃないかと心配しながら、ヘラ様との謁見の場に連れていかれた。
ヘラ様の前で跪いたボク。当然冷静でなんていられなくて、赤い太陽を織り込んだ絨毯を見つめたまま顔を上げることもできなかった。
「エレノア。顔をあげなさい」
ヘラ様の言葉がボクの全身を覆っていた縛りを解き放ったみたいに感じ、ボクはゆっくりと顔を上げた。そこには、いつものゆったりとした微笑を湛えた聖女ではなくて、少しもの憂げで厳しい表情をしたヘラ様の姿があった。
そして、もう1人。ヘラ様とうり二つの顔を持った男性が立っていた。ボクが跪いて下を向いている間に来たみたいだけど、そんな気配は全く感じなかったからびっくりしたのを隠すのに必死だった。
「ほう。片目の神官か」
「兄上。エレノアの魔法力はわたくしが太鼓判を押しますわ」
「うむ。使わしてもらうとしよう」
兄上と呼ばれたヘラ様にうり二つの男性、そう、ハデス皇太子とのそれが初めての出会いだった。
そして、もう一つの驚きがあった。一瞬、本当にほんの一瞬だけだったけど、傅いてハデス皇太子の手に恭しく口付けしたヘラ様の額の飾りが浮いて、その下にあるものが目の中に飛び込んで来た。
<黒い炎!?・・・>
確かにボクにはそう見えた。ヘラ様の額飾りに隠された肌に刻まれた刺青のようなものを。その形は黒き炎。聖女様にはまるで似つかわしくない印が黄金色の髪の毛に混じってはっきりと見えたんだ。
今から思えばその時に背筋を僅かに走った寒気のようなものが、魔物の『気』だったのかもしれないな。あの時はまだ『邪探』を使う相手がいるなんて思いもしなかったから、その『気』の正体も初めて触れるもので判らなかったのも無理ないか・・・。
「ふぅ・・・」
ボクの両目に映る大河は蕩々と流れている。うん、昔のことを思い出しちゃってちょっと感傷的になっちゃったかな。
「でも、今はジローがいる。宿命の絆で結ばれたみんながいる」
うん。そうだ。あの時の『気』からして、いつかはヘラ様とも対決するときがきっと来る。その時は負けない・・・、ううん、全力でみんなの気持ちに応えてみせる。
バイパーと俺の話は結構長く続いた。俺達の旅の目的、救世主として課せられた役割、そして今まで各地を転戦してきたことなど、バイパーの質問に答える形で色々と話す羽目になった。そして、聞き手であるバイパーは、俺の話をまったくの法螺と疑う節もなく、まるでスポンジが水を吸い込むように理解しながら吸収していったのだった。
「・・・というわけだ」
俺の話が終わると、バイパーは少しうつむきながら思案しているようだった。ただ、その回答が決して悪いものではないという予感みたいなものだけは感じていた。
「異世界・・・」
バイパーの口からこぼれた最初の単語がその言葉だった。だが、その口調にはどこか憧憬のような響きが篭っているような感じがする。
俺は黙ったまま次の言葉を待っていた。何か言えば、お返しが倍返しで返ってくるような気がしたから。
「ふぅん、そうさねぇ・・・」
バイパーの口から無意識の言葉がこぼれていた。が、やがてその赤紫の紅をひいた唇が一旦きゅっと締まる。どうやら何かを決めたようだ。
「あんたの話はよぉくわかったさね。言葉に嘘もないようだしねぇ。でも、力を貸すにはもう少し足りないさねぇ」
「出来る範囲のことはしよう」
「即答かい。やっぱあんたいい男だよ。・・・うん、決めた。それじゃあ、あたしと契りを結んでもらおうかねぇ」
「契り?」
「はん、何をとぼけているんだぃ。男と女の契りと言えば一つに決まっているじゃないか」
「・・・妻に迎えるということか・・・」
「ああっ!たくっ、違う違う!!あたしゃ誰かのものになるなんて真っ平ごめんだよ。ただ、あんたを私の中に迎え入れることができればいいのさ。・・・どうだい。いい話だろぅ」
「わかった、では有難く抱かせてもらうことにする」
「嬉しいねぇ。じゃあ、あたしもこれからジローと呼ばせてもらうさねぇ・・・」
バイパーは笑みを湛え、着物の帯を緩めながら近寄ってきた。ふくよかで上品な香りが鼻孔をくすぐる。
くちゅ。
赤紫の紅をひいた唇が俺の唇に重なった瞬間、まるでふわりと包み込まれるような感覚が伝わってくる。柔らかな唇が俺を刺激し、そこから侵入してきた舌が唾液もろとも絡み合うだけで、ぞくぞくした気持ちが背筋を駆け上がる。
何時の間にかバイパーの手は俺の背中に、そして俺の手はバイパーの着物の内側に侵入して肌理細やかな肌の感触を楽しみながら背中を抱きしめていた。
「んふぅぅぅぅ」
くちゃくちゃと音を立てて啜りあう唇からバイパーの甘い声が漏れる。背中に指を這わせるだけで、身体が反応するのがわかる。それから、着物のせいでよくわからなかったが、密着したことでわかったこと、それはバイパーの巨乳の柔らかさだった。
俺の左手が前に廻り、餅のように柔らかい乳房を掴むと、指がずぶずぶとめり込む。その指を包み込む乳房の肉が心地よかった。やわやわとした巨乳の揉み心地を暫く味わうことにすると柔らかいだけではない弾力と肌理の細かい肌が上品な程に俺の手を包み込んでくる。
「んふぅ、あたしの胸は気に入ったかぃ・・・」
俺は言葉に釣られるように頷いていた。
「そうかぃ、でももっといいところがあるんだよぉ・・・」
バイパーの手が背中に廻っていた俺の手首を軟く掴み、導くように股間に連れて行く。指先が柔らかな茂みに触れるだけで気持ちよさが伝わってくるようだった。
そして、バイパーの一番大事な場所に触れる。しっとりと濡れ始めた筋のように2枚合わさった柔肉が俺の指に触れると花びらのように開き、指先を奥へと導くように引きずり込んでいく。そこは蕩けるような蜜壺で、上下に擦ると両側の花びらが指を柔く包み込み、中に入り込めば入口がきゅっきゅっとリズミカルに締め付けてくる。そして、内部の膣壁のあちこちから攻め立てられて、まさにミミズ千匹というのに相応しかった。
「気持ちいいだろぅ・・・」
バイパーの巧みな言葉が俺の思考を奪うかのように響いてくる。同時に、ひんやりとした指の感触が俺の股間部に触れ、肉棒を包み込んできた。始めは優しく、時折強くと思ったらすうっと奥へ降りて袋をやわやわと握る。その繰り返しなのだが、繰り返されるたびにじんじんとした快楽が身体をはいずりあがってくるようだった。
俺は、お返しとばかりに乳と女陰を愛撫するが、バイパーはレイリアに比肩するテクニックで俺を篭絡しようとしてくる。もう、肉棒はぱんぱんに腫れ上がり、先端からは先走りの液が溢れていた。
「んふぅ、もう、待ちきれないみたいだねぇ・・・」
バイパーが唇を重ねると俺は夢中で吸っていた。そして、導かれるまま腰を重ねるように動かす。もう、なすがままだった。
「さあ、天国に連れてってあげるよぉ・・・」
ずぶずぶ。にちゃ。
肉棒の先端が膣口にあてがわれると直ぐ、膣口が肉棒を飲み込んだかのように温かい温もりに包まれた。
<こ、これは凄い・・・>
ミミズ千匹。まだ動かしていないのに肉棒全体を膣壁の突起が四方八方から刺激してくる。下半身が蕩けそうになっていくのに、確かな刺激がじんじん伝わって股間から背中、頭にまで快感の波が津波のように押し寄せてくる。
いまや完全に主導権はバイパーにあった。でも、逆らえないくらいの快楽が頭までどっぷりと浸している。
「いいかぃ・・・、もっと気持ちよくしてあげるよぉ・・・」
バイパーが自ら腰を円を描くように動かす。同時に今まで当たっていなかった場所にも膣壁が当たり、そこから新たな快感が生まれる。
「くぅ、なんだ・・・」
声が思わず漏れた。だがその時、一瞬だけバイパーと眼と眼が交錯した。その眼は快楽に酔っているようでどこか覚めて、まるで値踏みをしているようにも見えた。
<いかん!やられているばかりではいられるか!!>
9分9厘まで快楽に翻弄されていた俺の心は、陥落寸前で踏みとどまった。そして、快楽で痺れた身体を鞭打って、下から一気に突き上げる動きを加えた。
「ひゃっ!?」
バイパーの口から可愛い声が飛び出た。その驚きで出来た隙を逃さずに、俺は両手をバイパーの腰にあててはっしと掴み、突き上げに併せて揺すった。こうすことで、より深く繋がるはず。
「あっ、あひゃぁ・・・」
バイパーに構わず、俺はひたすら突き上げる。膣壁が肉棒を擦りあげてくる感触に蕩けそうになりながら。
「あっ、あっ、ね、そ、そこ・・・」
バイパーの愛撫に怒張した肉棒の先端が、奥に当たる感触があった。子宮口の入口が俺の動きに合わせてぐいぐいと押されているのだ。俺はそれを更に深くねじ込んだ。子宮口の入口をこじ開けて、子宮の中へと。
「あふぅ、ここまで届くのは今まで無かったよぉ・・・」
再び交錯したバイパーの瞳からは、もう値踏みする冷たい光は失せていた。そして、もう俺も限界を感じ、2人で高みに登り詰めながら、バイパーの子宮の中に大量の精をぶちまけていた。
「ジロー、契りは確かにいただいたさね」
身だしなみを整えたバイパーは、俺達に全面的に協力すると約束してくれた。
「これからもよろしく頼む」
「あぁ、タウラス川の水運なら任しておくれさぁ」
先ほどまで互いに艶事を行っていたとは思えない雰囲気だったが、バイパーは信頼できると俺の直感が告げていた。そう、8人の妻達にどこか似ているところがある。
「今はまだ返せるものが余り無いが、未来には期待してくれていいぞ」
「とりあえずは、手付けをもらったからねぇ。あんた言う、未来ってやつに期待しておくさねぇ」
そう言ってバイパーはお腹に手を当てた。
「あんたの子なら男でも女でも使えそうだからねぇ」
「出来るとは限らないぞ」
「まあ、その時はまた手付けの不足分を貰いにいくとしようかねぇ」
俺は苦笑するしかなかった。やはり、一筋縄ではいかない女のようだ。
「そういえば、まだ答えを教えてもらってなかったな・・・」
俺は帰りがけに尋ねた。今となってはもう、どうでもいいことなので忘れていたことに気がついたのだ。
「そうさねぇ・・・、答えはよくわからないってのが本当さ。でも、あたしのご先祖さんの名前だけは婆様に聞いたことがあるよ。キチョウだってさぁ」
「俺の記憶にはない名だな・・・、まあいい、とりあえずまずは北だ」
バイパーは俺の眼を見ながら頷いた。その瞳にはずるがしこさと自信が溢れていた。