ドレアム戦記
第一編 玄白胎動編 第2話
粛々とした一隊が街道を進んでいた。丁度ウンディーネからセロへの道半ば、南東に進んでいた道を昨日南へ折れたばかりであった。
一隊の中央には、全体が白を基調とし、華美な装飾を施した馬車が白馬に引かれて進んでいた。その廻りを騎馬に跨った護衛の兵たちが併走する。しかし、決して馬車の横に並ぶような無粋なことはせず、前後を固め、左右を遠巻きにしている。
馬車の前方には、貴族のなりをした紳士と、それよりは身分が低そうだがこざっぱりとした印象を与える青年が、同じく馬を並べて進んでいた。
ノースフロウからジャムカに対して派遣された使節の一行だった。全体で100人程度の一隊である。しかし、その進み具合は馬車に合わせて遅い。走るよりはまし、程度のスピードであった。故に、ウンディーネを発って5日目だというのに、まだこんなところにいる。日が落ちる前に野営の準備をしたりしているので、1日実質4時間程度しか移動に費やしていないのだ。
「まったく、歩いていくのと変わらないじゃない」
アイラが小声でぼやいた。
「まったくだ」
隣で馬を並べるジローも同感であった。
「でも、姫がじきじきに行くんだからしょうがないわね」
「ああ、帰れるかどうか当てにならないというのに、気丈な姫だ」
「そうね」
アイラは、ちょっと同情するような表情を作り、後ろの馬車に振り返った。
イーストウッドの第3公子ジャムカへの使節に赴くことになったのは、アルテミス王女であった。テセウス王子じきじきの指名により、王女が行くことになったというもっぱらの噂である。
使節の全容は、アルテミス王女を大使とし、テオドール男爵、外交を司る外事府副官のワトスンが補佐として両脇を固めていた。護衛隊として、テセウス王子揮下の近衛副長官ツパイ将軍が率いる部隊があたっていた。ジローとアイラの2人も使節の一員という話であったが、テオドール男爵の元に出頭したときに、道案内兼護衛隊ということを初めて知った。2人は仕方なく、その命を受けて、同行していた。
しかし、直ぐにその考えを改めることになった。
きっかけは、ウンディーネを発って最初の夜だった。アルテミス王女が使節の全員に挨拶したいとの意向を示したのである。テオドール男爵は多少いやな顔をしたが、王女の安全を確保するために他のもの達と距離をおくことを条件に了解した。
王女の挨拶が始まった。ジローや兵士達は少し離れた場所で聞く。最前列に将校クラス、その次に近衛兵が護衛を兼ねてはさまり、その後ろに一般兵とジロー達が立っていた。王女の両脇には男爵とツパイ将軍がおり、王女の後ろに控えているミスズの姿も見える。離れてはいたが、王女の顔は良く見える位置にジローは陣取っていた。
王女は使節の全員を見回すように話をしていた。そのうちに、目的のものを見つけたのか、視線が止まる。彼女の目はジローとぴったり合っていた。
<あ、やっと繋がりました>
その途端、回線が開いたよう心が繋がった。
<お願いです。私の力になってください>
王女の話は衝撃的だった。
今回の使節の本当の目的について、アルテミスはその『気』を感じ取る能力によって、大まかに知っていたのである。
その内容は、ジャムカ公子にアルテミス強引に嫁がせるために、使節と偽ってラムウに軟禁するというものであった。ジャムカはテセウス王子の学友であり、女好きであったため、男に対して免疫のないアルテミスを半ば強引に性欲に溺れさせれば、嫁ぐのは時間の問題だろうという読みがあった。
<でも、私、処女ではありませんし・・・>
アルテミスは自分のベッドでジローと会話していた。ジローは自分のテントでアイラを抱きながら話をしていた。
一回繋がった回線はその後も容易に繋ぐことが出来た。お互いが近くにいるということを意識したのが良かったのかもしれないが、あれ以来一回も繋がらなかったテレパシーはお互いが望めば、目を合わせていなくても繋がるようになった。
ジローがアルテミスとテレパシーで会話できることを、初めてあった日の夜にアイラは聞いていた。ちょっと妬けたが、さばさばした性格も幸いして、あまり気にもならなかった。ところが、アイラも条件付で回線が繋がることがわかった。その条件とは、ジローの肉棒を身体に収めていること。それは口でも、膣でもよかった。この状態ならば、アルテミスとの会話を聞くことが出来るばかりか、参加することも出来たのである。最も、長続きしないのが弱点といえば弱点なのだが。
<ルナちゃん。顔真っ赤になってるでしょ>
<え、お姉さま?>
アイラは、仲間内だけのときは、アルテミスのことをルナと呼んだ。また、アルテミスも、朝まで快楽の虜になったあの日から、アイラのことを『お姉さま』と呼ぶようになっていた。
<そうよん。今ジローの硬ーいちんちんがおまんこの中にあるの>
<あぁん。うらやましい・・・>
アルテミスは、あの日のことが忘れられず、オナニーをして自分を慰めていた日々を思い出した。途端に、股間がじゅんと濡れてくるのがわかる。思わず自分の左手を持っていき、下着の中に手を入れた。
<こらこら、話を脱線してどうする>
しかし、とき既に遅し。アルテミスはオナニーの快楽に溺れ始めてしまう。
<あぁぁん。あぁぁん。あぁぁぁ・・・>
<これじゃあ、外で見張っているミスズはたまらんな>
などと思いながら、ジローもアイラをいかすことに精を出すことにした。
セロの町が見えた。
使節の一行は、今日は久々のベッドで眠れることを喜びながら先を急いでいた。街道の左手には森の木々が茂っている。暗黒の森は、この森から深く入った場所を言う。
ジローは一行の左中段を進んでいた。一応この辺は熊などの猛獣のテリトリーでもあるので、辺りに気を配っている。
ガサッ。
前方で物音がした。ジローは隊列を一旦止める合図を将軍に送り、用心しながら物音の方へ進む。
ガサガサッ。
と、街道に3人が飛び出した。皆猟師のなりをしている。ジローはその3人を知っていた。遠目のニック、怪力のフドウ、連弾のカエイ。3人とも憔悴しきった顔をしていた。
「頭・・・」
「どうしたんだ、お前たち」
「町が、ま、た、襲われました・・・」
ニックはそれだけ言った。
ジローは廻りの兵士に彼らの世話を頼むと、すぐに将軍と男爵のもとに駆け寄った。そして、今聞いたことをかいつまんで話す。町が再びジャムカに襲われ、今度は占領されていると。
男爵は驚いた様子で、将軍と2,3言葉を交わすと、一行を止め、王女の馬車に近づいた。そして、対策会議を開くことを提案した。
そのとき、ジローの心に邪悪な『気』が流れ込んできた。誰かが何かをたくらんでいるような心の動き。それは、アルテミスも感じ取っていた。
<ジロー様。聞こえますか>
<ああ、この『気』のことか>
<はい。男爵がなにかを企んでいます。今しがた、会議を開くのでお越しいただきたいといわれましたが、用意があるからと待ってもらっています>
<男爵が?>
<はい。いえ、きっと兄のさしがねでしょう。>
<わかった。ミスズと離れないようにしろ。仮にここで何かあっても何とかする>
<ありがとうございます。あ、男爵が催促しているようです。では、行きます>
ジローは傍らにいるアイラにそっと耳打ちした。アイラは頷き、テントで養生している筈の猟師たちのところへ向かっていった。
「姫様。実はテセウス様からの連絡がありました」
会議の席で、男爵はそう切り出した。
「ノースフロウ王国は、ジャムカ公子との同盟を行うことにしました。ノースフロウは公子に財力を提供し、公子は我々に軍事力を提供する。合わせてノースフロウの軍隊の強化を行います。青龍地方は3つに割れていますが、ジャムカ公子が行く行くはイーストウッドを統一する方と見込み、決断したとのことです」
「待ってください。同盟のような外交の中核をなす決め事は、ジブナイル王だけが決定権を持つもの。兄にはその権利はない筈です」
アルテミスは毅然と言った。
男爵は薄笑いを浮かべた。
「権利ならばあります。3日ほど前に、ジブナイル王は全てをテセウス様に委譲して隠居なされたそうです」
「嘘です」
アルテミスは、かっとなって言い放った。
「いいえ、その証拠に、同盟の誓約書が届いています」
男爵は、誓約書をアルテミスに見せた。兄テセウスの筆跡に、ノースフロウの朱印が押されている。代々の王に引き継がれてきた印章に間違いなかった。
アルテミスは頭を何かで殴られたようなショックを受けた。頭が真っ白で何も考えられなくなる。ミスズが咄嗟に支えなければ倒れていたところだった。
「姫様、話を続けてよろしいですか」
男爵は淡々と語りかけた。追い討ちをかけるように。
「同盟の条件は、2つ。一つはセロを公子の支配下とすること。一つは姫様をジャムカ公子のお妃とすること。なお、姫様がご承諾しない場合は、姫様がわが国に害をなさないように対処すること。まあ、簡単にいえば、ご身分を捨てられて性奴隷として生きるか、お命を絶たれるかですな」
「なにお!」
ミスズがはじめて口を開いた。今ここで姫を守れるのは自分しかいないと本能的に悟ったのである。放心状態にあるアルテミスを何とか助けなければと心に決めた。
「わかりました」
放心状態だったアルテミスが口を開いた。
「私は、セロに行ってジャムカ公子と会います。それでいいのでしょう」
「おお、解っていただきましたか。流石に秀麗な姫君です。先ほどのご無礼はお許しください」
唖然としているミスズに対して、男爵は満面の笑みを讃えてそういった。
「では、今日はもう暗いので、明日セロの町に行きましょう。先ずはお風呂に入って綺麗にしないといけないわ。公子に会うのは明後日でいいかしら」
アルテミスもにっこりと笑った。
その夜。
外事府副官のワトスンはテオドール男爵の天幕に入った。
「男爵。この度はおめでとうございます」
男爵はご機嫌だった。ワトスンを近くに呼んで酒を勧める。
「後は、ジャムカ公子と会って、同盟を結ぶだけです。9割方終わりましたな」
「ええ、テセウス様もお喜びだと思います。これで戻れば伯爵ですね」
ワトスンは、男爵をおだてるように言い、酒を注ぎ返した。
「ところで、ジャムカ公子はかなりの美女好きと聞き及んでいます。城の後宮に何十人もの美女を囲っているとか」
「ほう。それほどとは。では、どちらにしろ、我らが姫様の行き着く先は性奴隷ということですな」
男爵は冷たい笑みを浮かべながら酒を流し込んだ。
「ところで、何か御用かな?」
「ああ、そうです。ご報告があります。セロの町から来た2人がいなくなりました。今日現れた猟師達もいません」
「セロが占領されたことが分かって、怖くなったのであろう」
「ええ、多分。まあ、ここまで案内させれば十分でしょう」
ジャムカ公子の軍に占領されたセロの町中は、予想よりも整然としていた。ジャムカ配下のテムジンという隊長の手際だったが、ジャムカはテムジンのことを快く思っていないのか、能力的には将軍クラスにもかかわらず、町の警備隊長程度に冷遇していた。
町の北側に通称『北の館』と呼ばれる小奇麗な館があり、アルテミスとミスズの主従を含む使節団の一行はそこに仮の宿を得た。館の警護にはツパイ将軍配下の近衛兵達が当たっていたが、既に町はジャムカ公子の庇護で警備されているため、最低限の警備体制であった。アルテミスは館の奥の客間をあてがわれていた。一応貴賓室に相当する部屋で、それなりの調度品は整っており、隣には10人は入れるほどの風呂もあった。
「姫様。なぜジャムカ公子と会うなどとおっしゃったのですか」
ミスズはアルテミスの髪を洗いながら、小声で言った。アルテミスの女官達は浴室内からは人払いしてベッドメークなどをさせているため、代わりにミスズがお風呂での身の回りの世話をしていた。
「あの場では、ああ云わないと無理やり軟禁させられそうだったでしょう。テオドールの禍々しい『気』がそう言っていたから」
「でも、これからどうすれば・・・」
「大丈夫です。何とかすると言ってくれましたから」
アルテミスの頬が微かに染まった。
「ジロー様から連絡があったら、準備をお願いしますね」
「わかりました。任せてください」
ミスズも覚悟を決めて頷いた。その顔が赤いのは気のせいか・・・
町の南に政務を司っている建物があった。賓客があった場合の簡易な迎賓館を備え付けた、セロでは一番立派な建物である。
その迎賓館の寝室には淫靡な空気が充満していた。まず、その部屋にいる男女は全て裸だった。そして、5人の女性は皆美女以上の部類に入る美貌の持ち主で、全員が首輪を身につけていた。
5人の女性はただ一人の男に仕えていた。ジャムカ・イーストウッド第3公子その人である。彼女たちはジャムカに性奴隷になることを誓い、ただジャムカの性欲と自分たちの快楽を得ることだけに人生を捧げていた。
キングサイズのベッドに横たわったジャムカの股間には2人の娘が競うように肉棒にしゃぶりついていた。ラムウの領主だった男の娘達である。領主はジャムカに忠誠を誓ったしるしとして、姉妹を側室にと差し出したのである。ジャムカは直ぐに処女だった姉妹を犯し、快楽漬けの調教を施して従順な性奴隷として誓わせた。姉妹の父親が今でも側室と思い込んでいるのが哀れだが、姉妹にとっては、もうどうでもいいことで、ただジャムカからもたらされる快楽のみが唯一絶対のものであった。
他にも、近隣でおめがねに適う美女を見つけては自分の後宮に入れ、性奴隷としての調教を施して愉悦に浸っていた。
「もう、その辺でいい。じゃあ、お前からいかせてやる・・・」
ジャムカが隣の美女に声をかけると、女は喜悦の表情ですぐにジャムカの上に乗った。そして、先ほどまでオナニーで準備が整った蜜壷を肉棒にあてがい、一気に飲み込む。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
待ち焦がれていたのであろう、嬌声が部屋に響いた。
<明日は、ここにアルテミス王女を招待して、腰が立たないくらい徹底的に遣り尽くしてやろう。ふふふ、テセウスも知っていて自分の妹を差し出すとは、非情な男だ>
その日の深夜。
セロの町は静まり返っていた。時折警備の歩哨が廻ってくるほかは、足音一つしない。かつて、猟を終えて戻ってくると明け方までお祭り騒ぎを繰り広げた酒場や道端も、シーンと静まり返っている。それもその筈である。セロの住人たちは、ほぼ全員が死ぬか、奴隷として連れ去られていたのだから。最初の襲撃のときに、猟に出ていた者もいたが、2回目の襲撃、占領の際に抵抗したため、ほとんど殺されてしまっていた。
<静かだよなぁ。やっぱり>
遠目のニックは、そう思いながら薪小屋の中から外を見渡した。セロの町は結構古い歴史を持っている。故に、町の中には何箇所か秘密の抜け道があるのだ。
ニックが振り向くと、ジローとアイラが黙ったまま頷いた。
1日前、状況が大きく変わったことを悟ったジローは、アイラと生き残った猟師達と共に使節一行から抜け出した。そして町の外の狩猟小屋に身を潜めて、作戦を練ることにした。ジローはなんとしても、アルテミス王女を救い出そうと考えており、アイラも同意した。ニック、フドウ、カエイの3人も既に帰る場所がない身になっていることを十分理解していたし、町を襲った奴らに一泡吹かせてやろうという気持ちでいっぱいだった。それに、これからのことを考えるとジロー達と行動を共にすることが、唯一生き残る方法に思えてならなかった。
作戦は、抜け道から町に潜入して、北の館にいるアルテミスとミスズを連れ出すという単純なものであった。役割分担は、シーフのスキルを持つ、ニックが道案内と鍵開け、フドウとカエイは町の外の抜け道の出口を見張る。荒っぽいことはジローとアイラがやる。
3人はニックの案内で、誰にも会わずに北の館にたどり着いた。通用門には鍵がかかっていたが、ニックが簡単に外し、3人は館の中に入った。
館の中はノースフロウの兵隊が警備をしていた。通用門から館の入口を見ると、2人の歩哨が立っている。表門の方にも2人見えるとニックが耳打ちした。だが、兵隊たちも緩みきっているようで、壁にもたれて欠伸をしている姿が目に入った。表門の2人も同様の様子である。
ジローとアイラが動いた。音を立てずに入口の傍に近寄り、兵隊の鳩尾にそれぞれ一発。気絶した兵隊は壁にもたれかけさせて座らせ、眠っているように見せかけた。すぐに館の入口を静かに開けて中に入る。数瞬の出来事だった。
<さすが、頭達はすげえや・・・>
ニックは自分の判断に間違いがないことをあらためてかみ締めると、館の影に身を潜めた。
「ミスズ。ジロー様達がきたわ」
アルテミスは乗馬服を着ていた。ドレス以外で軽装なのはこれしかなかったのだ。ジローとのテレパシー通信で、彼らが今夜救いに来ることを知っていた彼女は、ミスズと打合せ、脱出の準備を整えていたのだ。
アルテミス付きの女官達は、ミスズの炊いた眠り香によって熟睡していた。テオドールとワトスン、ツパイ将軍らはジャムカの元で歓待を受けに留守にしており、館に残った者たちはことごとく眠り香によって夢の中にあった。要するに、今北の館で動けるのは館に侵入したジロー達と2人と、2人を待っているアルテミス主従の4名だけだった。
「アルテミス姫。お待たせしました」
ジローが部屋の扉を開けて入ってきた。後からミスズも続く。
「みんなぐっすり寝ていたわ。ミスズちゃん。ご苦労様」
「ジロー様。お姉さま」
アルテミス達は2人に駆け寄った。アルテミスはジローに、ミスズはアイラに抱きつく。
「んん・・・」
アルテミスの唇はジローの唇に塞がれた。隣を見ると、ミスズとアイラもディープキスをしている。甘い時間が流れる。
「あぁん・・・」
アルテミスはそれだけで股間から蜜が溢れてくるのを感じた。初めての夜以来、何度もジローに抱かれることを想像し、自慰に励んでいた。それが今、現実に抱きしめられているのだ。熱い口づけと抱擁により、快楽が堰が切れたように彼女を溶かしていた。
しかし、今そんなことをしている場合ではないのも確かだった。ジローがアルテミスを放すと、アルテミスは惜しそうな顔をしていたが、ジローが話し始めたので黙って聞くことにしたようだった。
「姫。これから町を抜け出します。追っ手がかかるでしょうから、暫くは森の中に隠れていて、ほとぼりが冷めた頃ウンディーネに戻って、ジブナイル王の隠居が本当なのか確かめましょう。もしかしたらテセウス様と対決することになるかもしれませんが。よろしいですね」
アルテミスは強く頷いた。瞳に強い決意の心が表れている。
「では、いきましょう。アイラ、いつまでやってんだ。行くぞ」
隣でアイラがようやくミスズを放した。
館を何事もなく抜け、ニックと合流したジロー達は薪小屋に戻った。薪小屋の中に抜け道があるのだ。
ところが、順調なのはそこまでだった。薪小屋の前に人影があったのだ。
「どうやら待った甲斐があったな。鼠がかかったようだ」
町の警備隊長、テムジン・ブルーその人であった。テムジンは剣を抜き放つ。
「この町が古くて、抜け道があることは既に調べがついている。そして、それを使うものは、この町に今いる我々以外の賊だということも。おおかた、どこかの家に忍んで盗みを働いたのだろう。私に見つかったのが不運だと思っておとなしく捕まれ。それとも、刀の錆になりたいか」
<よかった。この方は気づいていないみたいですね>
<ああ、姫をこそ泥と勘違いするセンスは気に入らんが・・・>
ジローは咄嗟に返すと、自分の刀を抜き、テムジンに対峙した。
「残念だな。では、刀の錆になれ」
テムジンが瞬歩でジローに近づいた。同時に必殺の突きを出す。テムジンの最も得意な技だった。彼のポリシーとして、刃向かう相手には、思い切り力の差を見せつけて倒すことにしている。そうすれば残りの奴らは大概戦意をなくすのだ。
ジローはその瞬間、集中していた。額の辺りが熱くなるのを感じる。すると、周りから見ると瞬時だったテムジンの動きが、スローモーションより少し早い程度の動きに感じることができた。そうなるとテムジン必殺の突きもかわすのが容易い。そして、かわしながら自分の刀の柄でテムジンの剣の柄を叩く。
<なに!>
テムジンは、自分に起きたことが一瞬信じられなかった。必殺の突きはジローの身体を突き貫けるはずだった。しかし、結果は見事にかわされ、その上両手を打たれて剣を落とされたのだ。
そして、後頭部に衝撃が走った。失われていく意識の中で、テムジンは相手の顔を眼に焼き付けた。
「ふうぅ・・・。危なかった」
ジローは深呼吸した。額に汗の粒が浮いている。この1年の鍛錬の結果が幸いし、自分の時間の流れを10倍近くまで速めることが出来るようになっていたのだ。それでも相手の突きはかなりのスピードだったのだ。
「よし、行こう」
5人は薪小屋に入った。
翌日。
「困ったことになりましたな」
テオドール男爵はそうつぶやいた。朝になって、アルテミス姫が何者かに攫われたことがわかり、先ほどまで男爵とワトスンの2人はジャムカ公子に会っていたのだ。
ジャムカ公子は不機嫌だったが、ワトスンがノースフロウの美女を2人送ると取り成したため、同盟交渉自体はうまくいった。但し、その席でジャムカ公子は、自らの体面のため、恐ろしい条件を出したのである。
「私に嫁に逃げられた哀れな公子というレッテルを貼られるのは我慢ならん。北の館を燃やせ。失火したことにしろ。アルテミス姫は逃げ遅れて死んだことにするのだ。女官の中で体格が似ている奴を殺して黒こげにして姫の死体としてもって帰れ。それから、事実を知っている兵士達も口封じのため殺すか、奴隷として使ってやるから、喉をつぶして渡せ。それと、女官たちは、俺が貰ってやるから置いていけ」
テオドール男爵は腕組みをしてワトスンを見た。使節団の外向けのリーダーは男爵であったが、実際のリーダーはワトスンであった。ワトスンはテセウス王子の側近の一人で、参謀としてその能力を高く買われていた。
「将軍。どのくらいの人数ですか」
部屋にはもう一人、ツパイ将軍もソファに深く腰掛けている。
「近衛兵の中で、事実を知っているのは、館にいた30人ほどです。朝女官たちが騒いだので、知ってしまったのでしょう。残りの者は今、町の外に巡回に出しています」
ツパイは苦悩の表情を浮かべ、それだけ言うとまた黙り込んだ。
「テセウス様からの指令は、姫を公子の嫁にするか、抹殺することだったのですから、まあ、形は違いますが指令は果たせそうですね。そのためには、公子の提案どおりに後始末をするしかないようですが」
ワトスンは冷たい声でそう云った。その一言で、部屋の中の空気は更に重たくなったが、テオドールは同意し、ツパイもまた無言で頷いた。