ドレアム戦記

第一編 玄白胎動編 第9話

 薄暗い木立の中を隊商が進んでいた。荷を積んだ馬車の車輪が山道を噛む音だけが辺りに響いている。
 だが、よく見ると通常の隊商とは異なっていることに気づく。積荷の量に比べて護衛の数が多い。優に1個中隊を超える人数である。しかし、軍隊とは違うようだ。個々の護衛たちを見ると、装備もまちまち、統制も取れていない。傭兵、荒くれ者、冒険者といった者たちが寄せ集められたというのが正解だろう。
 馬車の御者台の後ろで揺られているのが荷主のようであった。小太りの中年で、年のころは50代に入るか入らないかと言ったところである。辺りを不安そうに見廻しては、威厳を失ってはいけないとたたずまいを直すことを繰り返している。
 隊商が進んでいるのは玄武地方と白虎地方の境、テルパからイオに向かう山道であった。山道と言っても、テルパとイオの間の隊商の行き来がそれなりに行われているため、荒れ道というわけではなく、馬車が通れる程度には整備されていた。
 しかし、ここ半月ほどは山道の往来が途絶えていた。イオから誰も来なくなったばかりか、テルパから出た隊商も全て戻ってこない。テルパとイオが3〜4日の距離であるということから見ても異常な事態である。
 だが、こういう状況こそ商機と捉える商人もおり、いつもより護衛を増やすことで安全を確保したと考えて山道を越えて行くものも何組かはいた。が、やはり戻ってはこなかった。
 しかし、今、山道を進んでいる隊商は、かつてテルパで組織された中でも最大の護衛を雇っていた。金額も人数も糸目をつけずに軍隊並みの人数を確保している。荷主はカメオという。一介の商売人から始まり、一代でリガネス郊外に大きな館を持つまで至った。玄武地方最大の商業都市リガネスの市街に軒を連ねる大商人と肩を並べるクラスまであと一息というところまで来ている。しかし、そういったリガネス市街の由緒ある大商人達からは成り上がりものという目で見られていた。故に、カメオは何としても市街に店を構えて彼らと肩を並べたかった。いや、彼らを踏みつけ追い越し、最大の商人としなることを夢見ていた。そのカメオにとって、今回の出来事は大勝負のチャンスと映った。イオからは白虎地方の豊富な鉱物資源に裏打ちされた、貴金属の加工品が手に入る。これらは他地方では貴重で高価なものであり、物資が不足している現状を格好のタイミングと自ら山越えを決意したのだ。とは言っても、慎重さも十分持ち合わせていたので、護衛集めもしっかりと行ったのだった。
 隊商は緊張感を保ちつつ、着実に歩を進めていた。最初の野営は問題なく過ぎ、2日目の夕方に差し掛かっていた。だいたいテルパとイオの中間点位で、登りだった道が平坦になっていた。ここは野営地に手ごろな広さの空き地が多いので、殆どの隊商達がこの辺で夜を明かす。ここまで来れば道のりは半分。明日からは下り道になる筈である。
 夕闇が辺りを包み始めたころ、異変が起きた。隊商の先頭を進んでいた戦士崩れの男が急に悲鳴を上げた。
「どうした!」
 近くにいた護衛達が近づく。そこに見たのは・・・、下半身を地面に飲み込まれて助けを求める姿だった。地面がまるで底なし沼のように男を飲み込んでいる。男は助けを求めたが、他の者たち誰も救うことはできなかった。駆けつけた者たち全て、同様に地面にめり込み始めていたのだ。
「ひいぃぃぃぃ・・・」
 カメオが異変に気づいたときには、馬車の車輪が地面に飲まれていた。
「だ、誰か・・・」
 振り向いたが、そこには地面から頭を出した護衛たちがもがきながら助けを求める姿しか見えない。
 そして、馬車もまた地面に飲み込まれた。数刻後、残された風景には、今までそこにいた隊商の痕跡は何もなかった。

 ジロー達はテルパに逗留していた。テルパまで同行していたインドラは2日前にノルバに向かって旅立っている。この2日間はインドラに遠慮してセーブしていた愛嬢達の相手と、情報収集に費やしていた。
「ジロー様。ほんの僅かですけれど、何か邪悪な『気』を感じます」
 ルナがそう言った。肌と肌を合わせながら豊かな乳房をジローに押し付けるようにし、ジローの胸に顔をうずめる。地方都市とはいっても玄武地方でノースフロウの姫君を知らない者は少なくないため、身分を悟られないようトレードマークとも言える豊かな流れるようなブロンドの髪を後ろで堅く結い上げていたのだが、この部屋の中だけは素の自分がさらけ出せるとばかりにその髪が解かれ、艶やかに背中で広がっている。その髪をジローは指で掬ってなで、ルナは気持ちよさそうに目を瞑っていた。
「7日程前に、1個中隊位の護衛を引き連れた隊商が出たそうですが、それ以後の消息はわからないそうです」
 ミスズが続けた。ジローの左膝に跨り、先ほどまで肉棒を咥えていた性器を密着させている。膣の中に溜まった精液と自ら分泌した愛液が外に漏れて、あたりを必要以上に濡らしている。そして、ジローとミスズの体液がこびりついた肉棒を一心不乱にしゃぶっているユキナの銀髪を愛おしげになでる。
「それ以来、誰も山道に入ったのはいないみたいだよ」
 アイラである。ルナの背中側に横たわり、右手をルナの股間に潜り込ませている。2本の指が膣の中でルナに刺激を与えていた。
「そろそろ発とうか」
 ジローが短く言うと、4人の愛嬢達が一斉に頷いた。
「その前に、当分ベッドはお預けになりそうだからな」
 4人の顔が一斉に赤らむ。ジローはそんな4人が愛おしい。この4人が自分の妻だという事実をわれながら誇らしく思う。
ジローはユキナと目が合った。ミスズの中で一回出していたが、ユキナのフェラチオによって肉棒は完全に復活していた。ユキナの口がよだれと精液と愛液が混じった液体でてらてらに光っていた。その瞳は欲情の炎が灯っていた。もう、股間は大洪水だろう。
「ユキナ。いいぞ。乗るんだ」
 ユキナは嬉しそうに身体を這わせると騎上位の体制になり、自分の性器を肉棒に当てて、一気に腰を落とした。ノルバで処女を散らして以来、何回もジローの分身を受け入れているユキナの膣は予想通りぬるぬるに液を分泌しており、難なく肉棒を奥まで咥え込む。喘ぎ声が漏れそうな口をミスズが自分の口で塞いだ。ユキナの顔の周りを丁寧に舐めながら、ディープキスを繰り返す。
 横では、アイラが本格的にルナを攻め始めていた。2本の指で膣をピストンし、掻き回す。クリトリスの裏側を激しく刺激され、ルナはジローの胸の上で必死に堪えていた。
「くぅん。ふぅあ・・・」
 言葉にならないあえぎ声がベッドの上でこだまする。ジローの上でユキナが腰を揺すり、ミスズがユキナの小ぶりな乳房をやわやわと揉む。ユキナの口を堪能したミスズが口を離すと、ユキナの口から吐息と共にあえぎ声が漏れた。ユキナの顔が紅潮し、快楽が全身を駆け巡っていた。ミスズは構わずにユキナの乳首にしゃぶりつく。乳首を舐め、吸い、舐り、噛む。そのたびにユキナの口から高い声が響いた。
 ミスズは空いた手で自分の性器を弄っていた。精液と愛液でぬるぬるになったそこは、ぴちゃぴちゃと音を立てて、快感の刺激をさらに高めていた。
 一方、ルナはアイラの手淫によって何回も高みを味わっていた。アイラの手はルナの愛液でびしょびしょに濡れている。ルナの痴態がアイラの性感に火を点け、アイラ自身も性器がぐっしょりだった。
 ユキナの中にもたっぷり射精すると、ジローはアイラの腰を掴んで後ろから挿入した。
「ああぁん。おまんこいいぃぃぃ・・・」
 アイラが首を振る。赤毛の髪がピストンに合わせて揺れる。アイラの膣が暖かな締め付けを繰りかえし、痺れるような快感がジローの下半身を満たす。
 横ではルナがユキナとシックスナインの体制でユキナの膣から溢れてくる精液をおいしそうに啜っている。ミスズはルナと性器同士をくっつけて互いに擦りあっている。その合わせ目をユキナが熱心に舐めていた。
 5人の行為はまだまだ終わりそうもなかった。

 山道は、道はさほど広くないが、馬5頭が並んで走れるくらいの広さはある。1日目には登りを終えて平坦な道に出、野営を終えて2日目の昼にはちょっと開けた場所に出た。隊商が野営に使うのに丁度良いくらいの広場である。
<ジロー様、様子が変です>
 ルナに言われるまでもなく、ジローも違和感を感じていた。前方の空間に陽炎のような空気の揺らぎがある。それは、この先の空間に膜を張ったように存在し、この先を完全に塞いでいた。しかし、その奥には今までと同様な山道が続いているのが見える。
「ジロー。どうしたの?」
 急に速度を緩めたことに訝ってアイラが尋ねた。
「アイラ。見えていないのか」
「何が?」
 ジローは馬を止めると、同じ質問をミスズとユキナにもした。その答えは、アイラと同じだった。
「じゃあ、ジローとルナちゃんだけが見えるのね。私たちには普通に道が続いているように見えるけど」
「はい。この先に薄い膜のようなものがあるようです。その先に邪悪な『気』が満ちている空間があります」
「ルナほどは感じないが、何かあるのは確かだ。事件の真相に近づいたのかもな」
 愛嬢達を見廻すと、4人ともジローの次の言葉を待っている。
「この先には何があるのかわからない。馬はここにおいて、武器を準備しておこう。それから、必ず全員で戻ってくるぞ。いいな」
「はい」
「もちろんです」
「わかりました」
「当然よ」
 ジローは馬から降りると愛嬢達をもう一度振り返り、促すようにすると先頭を歩いた。そして、問題の場所を通り抜ける。
「何も変わってないようです」
 ミスズが辺りを見廻した。後ろを振り返ると今来た道があり、乗ってきた馬が木立の中で繋がれている。
「お姉さま。何か変です」
 ユキナが前方の異変に気がついた。景色が螺旋状にゆがみ始めていた。
「みんな。近寄って、互いに手を握るんだ」
 ジローの合図で集まった次の瞬間、螺旋の景色は高速で回転し、灰色一色が辺りを包んだ。そして、その景色の中央に一人の老人が座っていた。
「ひゃっひゃっひゃっ。懲りずにまたきたわいのぉ・・・」
 老人は快活そうに嗤った。
「ご老人。ここは?一体何をなさっている?」
 ジローの問いかけにふと怪訝な表情を見せた老人は、直ぐに楽しそうに嗤う。
「ほぉぅ・・・。自分を失っておらんのじゃな・・・。強い精神の持ち主と見える。これは楽しみ・・・。どんな味かのぉ・・・」
「なんだ、この人。気持ち悪い笑い方をするわね・・・」
 アイラが毒づく。ジローの左手をしっかりと握っていたが、微かに震えが伝わって来ていた。
「こんな灰色の『気』は見たことがありません」
 ルナが思わず口にした。ジローも額に汗が浮かんでいる。徐々にだが、老人から発せられる禍々しい『気』に蝕まれつつあった。
「ちょっと、おじいさん。どこに座って・・・」
 横からミスズの声が響いた。思いのほか張りのある元気な声。ミスズが見たのは、老人が座っているもの。同じように皺だらけの老人。それも干からびてミイラのようになっていた。そして、よく見るとその周りにもたくさんのミイラがあった。
「ジロー様、あのおじいさん、絶対におかしいです」
 そう言って横を見ると、ジロー、ルナ、アイラ、ユキナの4人が老人を見つめたまま固まっていた。凝視したまま動けないのだ。禍々しい『気』が彼らを蝕んでいる。どうやらミスズのみが唯一蝕まれていないようだ。
「ジロー様、姫様、お姉さま、ユキナ。しっかりして!」
 しかし、反応は返ってこなかった。
<ど、どうしよう・・・>
 ふと、ミスズは思い出していた。このような場面を以前経験したことがあると。それは父カゲトラ公爵に取り付いていた夢魔と闘った時のことだった。あのとき、夢魔の結界で感じたものと同じ雰囲気を今ここで感じた。
<あの時、私の武器だけが実体化していた・・・>
 ミスズはアイラの右手を見た。その手は、愛用のナイフを握っていたが、刃先だけがなかった。瞬間、ミスズは本能で理解した。何故彼女だけが正気でいられるのか、そして何をしなければならないのかを。
 その後のミスズの行動は素早かった。両手に持った玄武坤を構える。安堵感がミスズの体内に広がり、彼女を蝕もうとしていた『気』が打ち払われるのを感じた。やはり、ミスズの武器は邪気を寄せ付けない何かを持っているのだ。ミスズは横で邪気によって固まっているジロー達の方を向き、玄武坤をジロー達の廻りの空間を切るように振るった。そして、振り向きざまに老人に向かって投げ放った。
 2つの玄武坤は、緩やかな曲線を描きながら、老人に向かった。そして、老人に斬りつけて戻る。しかし、手ごたえはなく、そこにいたはずの老人もいなかった。
「くぉぅら、小娘ぇぇぇぇ・・・」
 右手の方から声がして、ミスズはそっちを見た。そこには先ほどの老人が立っていた。老人は怒りの眼を見開いてミスズを見、その眼が妖しく光る。途端に、辺りの景色が一変した。暴風雨の海上、荒波の中に。
「きゃぁぁぁぁ・・・」
 ミスズの足元が海の中に落ちていく。あっという間に海面から頭が沈み、深い海の底に沈んでいく。
<い、息が・・・>
 空気を奪われた身体が新鮮な酸素を求めて悲鳴を上げた。意識がだんだんと遠のいていく・・・。
 ぐいっといきなり腕を引き上げられた。
「大丈夫か。よくやったな」
 ジローの声がミスズの頭の中に直接響き、安堵感が満ちた。そして、意識が戻ってくる。
<えっ?>
 ミスズは海の上に再び立っていた。背の高さの何倍もの波が押し寄せてくる。が、ジローに支えられた腕から暖かいものが伝わってくる。その『気』がミスズを包んでいる。
「奴の幻術だ。俺たちは相変わらず山道の上に立っているんだ。そう信じろ!」
 ミスズは頷いた。どんなときでもジローの言葉は絶対だと確信している。ジローがそういうならばこれは幻なのだ。
 荒波の中に巨大な海獣の姿が見えた。一直線に向かってくる。そのまま彼らに襲い掛かる直前、後方から青白い光が広がった。海獣はその光にぶつかって霧のように消える。
「ミスズ。もう大丈夫です。ありがとう」
 ルナがミスズに向かって微笑んだ。左手に嵌めた水の指輪が輝いていた。
「ミスズ。夢魔の結界と同じだ。この世界では玄武坤しか使えない。よろしく頼むぞ」
 ジローがミスズを抱き寄せて軽くキスをした。
「あ、はい」
 ミスズはあらためて構えなおす。荒れ狂う海に紛れて老人の姿は見えないが、ジローとルナならば必ず何とかしてくれると思っていた。老人を見つけたら、止めを刺すのはミスズの仕事である。
 アイラとユキナもまた、自分たちの役割を理解していた。現状では自分たちの武器は役に立たない。故に、幻術に惑わされてジロー達の足を引っ張らないように心を強く持ち、自分の身を自分で守ることだけに神経を集中させた。それでも年下のユキナが崩れそうになったとき、アイラはすかさずユキナの唇を奪い、乳房と性器をまさぐった。幻術以上の快感を与えるためである。ユキナの性感帯を完全に把握しているアイラにとって造作もなく、ユキナは官能の炎に焼かれて幻術を跳ね返した。
「ぬうぅぅぅ・・・、これでどうじゃ!」
 景色が再び一変して、戦場の真っ只中。たくさんの鎧武者達が剣を振り上げて襲い掛かってくる。しかし、ルナの張った水の指輪の防壁は幻術が作り出した鎧武者達の武器をことごとく無効化し、虚しく消えていく。
 その後、雪山の雪崩、火山の噴火、闇の魔物達の襲来と場面は次々と変わったが、本質を知っているジロー達を惑わすことは出来なかった。ただ、ユキナが3回ほど絶頂を迎えて、アイラとユキナの淫声が聞こえてくることがルナとミスズの集中を乱しがちだった。2人は真っ赤な顔をして堪えていた。
「くぅぅぅぅ・・・、なんてことじゃぁ。わしの命がぁぁぁ・・・」
 元の灰色の世界に戻ると、その中心にいる老人に変化が現れていた。最初の頃に比べて、老け込んでいる。精気を失って燃え尽きそうな暗い顔とその奥で光る両の眼だけが異様に見えた。
「に、人間の精気・・・。よ、よこせぇぇぇ・・・」
 老人が両手を上に広げると、周りのミイラから薄い光の筋が立ち昇り、老人の元に集まった。集まった光の束を老人は口から吸い込む。すると老人の顔が元に戻り、精気に満ちてきた。それどころか、壮年にまで若返っていた。
「よくも、やってくれおったな・・・。貯めておった食事を使ってしもうたわぃ。こうなればお前さんたちの魂で償ってもらうしかないのぉ・・・」
「貴様、何者だ」
「ほぅ・・・。知らんのか。では土産に教えてやろう。魔界十二将が一人、幻魔とはわしのことよ。ひぃっひぃっひぃっ・・・」
 幻魔は立ち上がってジロー達に対峙した。その手にはいつの間にか矛を握っていた。
「ジロー様。私が」
 ミスズが一歩前に出た。両手にこの結界の中で唯一の武器、玄武坤を握っている。その姿をみた幻魔の顔が歪んだ。
「封印の武具とな・・・。な、何故そんなものが・・・」
「さあ。でも夢魔の仲間とわかったからには容赦はしません。夢魔同様、滅びなさい」
「夢魔じゃと・・・。お主、夢魔を倒したのか。あのばかものが・・・。だが夢魔などは所詮一番下の者よ。奴を倒したからとて、何ができよう。くっ、くっ、くっ、この幻魔と遭ったことを後悔するがよい」
 幻魔は矛を突き出した。その穂先がミスズの喉を一直線に狙った。結界の中で幻魔に有利な力が働いているのか、達人級の突きである。しかし、集中したミスズにとってはスローモーション。難なく穂先を玄武坤で挟み込んで受け止める。水の神殿でディルドウが体内に吸収されて以降ミスズにも『時流』の能力が発揮できるようになっていた。もともとジローの能力であったが、その一部がディルドウと混ざり合った膣内の精液を介して愛嬢達に伝授されたといったほうが的確だろう。
「な、何と・・・」
 穂先をがっちりと玄武坤で押さえられ、矛は全く動かなくなった。
「この攻撃を見切るとは。では、これでどうじゃ」
幻魔は陰湿な微笑を浮かべた。と、穂先が形を変えて巨大な蛇の頭となってミスズに襲い掛かった。ミスズの頭を丸呑みできるくらいの大きな口が迫る。しかし、直前でミスズの後ろから飛んできた水色の刃が真っ二つに切り裂いた。
「そっち系なら、俺の出番だな」
 ジローが身体にウンディーネを巻きつけ、幻魔を睨み付けた。上半身が人型をしたウンディーネがジローの肩から上半身を乗り出していた。片手をジローの肩に置き、微笑んでいる。
「ウ、ウンディーネ・・・」
 幻魔の顔がだんだんと恐怖に歪んできた。本能的に敵わないと悟ったのか、逃げ道を探そうとしているようだ。
「逃がしません」
 ルナが神聖魔法の『結界』を唱えた。効果は『障壁』と似ているが、攻撃を防ぐのではなく、閉じ込めるものである。
「くっ、ここまでのようじゃのぉ・・・」
 幻魔は観念したのか、矛を放した。途端に矛は霧のように散消する。そして、そのまま座り込んだ。
 ジローはルナに合図した。ルナは頷き、結界の大きさを変化させて幻魔の身動きが取れないようにする。
「幻魔。聞きたいことがある。お前がここに来たのは誰かの意思か」
「意思?意思じゃとう?ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、そんなもの知らんわ。ここならわしの命を保つ人間の魂がたくさん得られると思うたのよ・・・」
「そうか、ではだれがこの場所を教えた?」
「さあな。意外と、テセウス王かもしれんぞ・・・。ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
「ふざけるな」
 ミスズが激高し、幻魔はそれ以上何も話さなかった。そして、ジローの同意を得てミスズが首を落とすと、枯れ果てるように生を終えた。
 次の瞬間、結界が消え、辺りは元の山道の風景に戻った。違うのは、そこいら中に横たわる人間。老若男女、ミイラ化したものから、眠っているように見えるものまで。
「どうやら、これが真相だったな」
「ええ、でもこれだけの人数が取り込まれていたなんて・・・」
 ジロー達が見守る中、死体がかすかに光り始め、その淡い光が身体から抜け出ていった。囚われた魂が一斉に解き放たれて天空に登って行く。その様子を5人はただ見つめていた。その中で、幾つか光を発しないものがあり、かすかに動きがある。幻魔によって潰えた数多くの命だが、何とか存えた者もいたのだ。
「ジロー。まだ生きている人がいるよ」
 近寄っていったアイラが確認して声を上げた。どうやら囚われてから日が浅かったのが幸いしたらしい。
 ジロー達は、生き延びた人々の意識を覚まして廻った。深い眠りに落ちていたらしく、揺すって暫くすると目を覚ました。
 その中の一人をジローが揺すったときだった。引く馬のいない馬車の御者台に座ったままの小太りの男が悲鳴をあげた。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ・・・、お、おたすけぇぇぇ・・・」
 男は自分が囚われた瞬間を鮮明に覚えていたのであろう。その時の恐怖でパニックを起こしていた。何を言ってもじたばた暴れるだけなので、ジローは平手打ちをする。
「ひぃ、ひっ、い・・・?」
 3発目のときにどうやら痛覚が戻ってきたらしかった。
「い、痛いぃぃぃぃ・・・!」
 と同時に男は自分の目前に展開されている景色に気付く。
「こ、ここは・・・、わ、私は・・・」
「テルパからイオに向かう山道の真ん中だ。お前たちは、魔物に囚われていたんだが、もう大丈夫だ」
 ジローが諭すように言葉を継いだ。相手の感情が手に取るようにわかる。どうやらパニックからは抜け出して、どうしようか悩み始めているようだ。
「た、助けてくれたのですね。あ、ありがとうございます」
 
 男はカメオと名乗った。リガネス郊外に居を構える商人ということである。カメオはジロー達に感謝した。命の恩人とまで言って持ち上げた。が、一方で冷静に計算が始まっていた。というのも彼の護衛たちは殆どが魂を喰われ、生き残っていたものも、『勇気』の部分がすっかりなくなっていた。幻魔は勇気と精気を食べていたが、先に勇気から食べていたらしい。ただ、カメオの場合は殆ど持ち合わせていなかったため、勇気がなくても普段と余り変化はなかった。これが幸いなのかどうかはべつとして。
 だが、カメオの護衛たちは護衛としての役に立たなくなっていた。せいぜい人夫として馬のいなくなった荷台の荷物を運ぶのに使える程度である。
「旦那。お願いがあります。一緒にイオまで行ってくださいまし。いやいや、ただでとは申しません。お礼はたんまりとさせていただきます。いかがでしょう」
「いや、申し訳ないが先を急ぎたいのだ」
 ジローはリガネスから頼まれた仕事上、あまり目立ちたくないと思っていた。更にルナがいる。今の段階で彼女が実は死んだはずのノースフロウの姫君であるというのがばれるのはまずい。ブロンズの見事な髪は後ろでまとめて目立たないようにしているものの、気品ある顔立ちは隠しようがない。ましてや、誰でも知っている有名人であり、既に死んでいるという先入観と、王宮関係者以外では実際の顔を見たものはせいぜい遠目でしかいないということだけが正体を隠す拠り所なのだ。故に別行動にこしたことはない。
 にべもないジローの言い草に、カメオは食い下がる。
「お礼がたりないとでも?このカメオはリガネス一の大商人になろうという男です。そこらのみみっちい輩と一緒にしてもらっては困ります。もう、たんまりやらせてもらいますから・・・」
「別にそんなことは思っていない・・・」
「いえいえ、お疑いなのはわかりますが、私も商人。契約は守ります」
 どんと、胸を叩いて晴れやかにジローを見つめるカメオである。ジローは対照的に困惑気味な目でカメオを見ていた。
「旦那、見ていただいてわかるとおり、私の雇った護衛が使い物にならなくなってしまったのです」
 今度は情に訴えようとしはじめた。欲がない人は義に厚いというのが相場だ。
「旦那方がおっそろしい魔物を退治していただいたおかげで進むことができますが、この山道はもともと野獣が多いところ、護衛なして通るのは泥棒の前にお金を置いておくのと一緒です。そんな中で行くのも帰るのもままならないんです」
 ジローは黙って聞いていた。カメオの言い分もわからないでもない。だが・・・
 ジローの態度にもう一押しと思ったのか、カメオの表情が情けないものになる。同情を引こうという顔である。
「旦那ぁ、なんとか私たちをイオまで連れて行ってくださいまし」
「いや、だが・・・」
「旦那ぁ、そこをなんとか。か弱い商人を助けると思って」
 カメオもこの先護衛なしでは行くも帰るもままならないので必死である。ジロー達5人が只ならぬ面々であることを長年商売で鍛えた勘で悟っているのでなおさらであった。
「申し・・・」
「あっ、そうそう。旦那方はイオは初めてで?」
「え、ああ・・・」
「そうですか。では、お礼に加えてイオでの便宜を図りましょう。私はイオでも顔が利きます。そうだ、イオで一番の宿にご招待しましょう。豪華ですよぉ。どうです?お力になれると思いますが、旦那ぁ」
 最後の方は猫なで声で気持ち悪かった。があまりのしつこさにルナが根負けした。
「ジロー様、護衛もなしに山道を進むのは危険だと思います。なんとかできないでしょうか」
「ジロー、イオに入るのには格好かもよ」
 アイラも続けた。アイラはイオの豪華な宿というのに惹かれていた。ジローもようやく折れた。
「わかった・・・。ではカメオ、俺たちはイオまで一緒に行く。でいいな」
「はい。商談成立ですな。ありがとうございます」
 カメオの顔がぱっと輝いた。ころころ表情が変わる奴である。その表情を作れるところがカメオの強みなのだが。この顔で数々の商談を成立させ、苦境を脱してきたのは伊達ではなかった。最後にカメオはもう一度笑みを湛えてジロー達に一礼した。

 カメオの積荷を護衛する形でジロー達がイオに着いたのは翌日の夕方だった。2日工程を1日半で通り抜けたのだから結構な強行軍である。
 しかし、イオに着くとカメオは全く疲れなどを見せずに商売のために駆けずり回った。イオの町の商人達も、本当に久しぶりのテルパからの商隊の到着に興味深々で、カメオの積荷の回りに集まって商談を始める始末。
 結局ジロー達は、その騒ぎが一段落するまで荷物番をさせられる羽目になったのである。
「旦那ぁ〜。おかげ様でたっぷり設けさせていただきました。ありがとうございます」
 商談が終わって、積荷の殆どがはけた後、カメオはほくほく顔でジロー達に話しかけていた。もちろん商人の約束を忘れたわけではなく、イオ一番の宿に案内すると言って先導しながらである。
 ジロー達も上手く利用された感はあったが、まあ成り行き上しかたないということで、特段文句を言うこともなくカメオについて行った。
 ジロー達の宿は、イオ一番と言う看板に偽りは無いような豪華なものだった。元々イオの町は白虎地方の避暑地でもあり、近隣の良質な鉱山を持つルメスの町で作られた宝飾物が安く手に入ることでも有名だった。それ故に、イオには白虎地方の貴族達が別荘と称するちょっとした館があちこちにあった。ジロー達の宿は、没落した貴族が手放した大別荘を改築したものであり、部屋の広さや内装、風呂に至るまで贅をこらした逸品だったのである。
「へえ〜、大口叩くことだけはあるじゃない」
 アイラはちょっとカメオを見直したようだった。カメオの話では、ジロー達がイオにいる間の滞在費は全部カメオが持つとのことだった。その代わり、時々仕事を手伝って欲しいと言われ、イオにいる間という条件で承諾したのであるが。
「さて、じゃあ早速情報収集といくか」
 翌日の昼食後、たっぷり休んで英気を養ったジロー達は行動を起こすことに決めた。カメオからの仕事の依頼もあったので、それも対応しなければならないと思っていた。
「イオは観光と貿易の町ですから、情報の入手先もおのずから限られると思います」
 ミスズの意見に皆が同意した。
「そうだな、酒場と宝飾屋と・・・。それにカメオの仕事もある」
「あっ、護衛でしょ。あたしがやるわ」
 アイラが手を挙げたので、それはすんなり決まった。
「では私が酒場に。姫様は宝飾屋でユキナが護衛と。ジロー様はどうしますか?」
「いや、ルナとミスズが宝飾屋と酒場を廻ってくれ。俺はユキナと別のところへ行く」
「はい。それはいいですけれど・・・」
 怪訝なミスズ。その横でルナが赤い顔をした。ジローの心を覗いたらしい。それを見たアイラがピンと来たようだった。
「あっ、娼館ね、ジロー。娼婦はいろいろ知っているからね」
「えっ、でも何でユキナを?」
「ミスズ、焼かないの。女の子の扱い方をユキナに学ばせるためよ。ね、ジロー」
「ああ。そうだ」
「わかりました。ジロー様。それでは、明日は私を連れて行ってください」
 ミスズの声に少々の非難めいたものを感じたジローは、横のルナとアイラも見てみた。アイラはいたずらっ子の目で笑みを湛えていたが、ルナは顔を赤らめながらも残念そうな顔をしている。ミスズに至っては冷静そうに応対しているが目が笑っていなかった。
「・・・わかった。その次の日はルナでいいか」
 ルナの顔がぱっと明るくなった。
「はい。お願いします」
「じゃあ、最後の日はあたしでよろしく、ジロー」
 アイラの言葉に生返事を返す。ミスズは余り怒らせないようにしようと心に決めたジローだった。


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