ドレアム戦記

ドレアム戦記 朱青風雲編第13話

 ジローの心の中で葛藤が生まれていた。
 ジローが得た強大な力を魔物ではなく、人間相手に使ってもいいものかどうか。
 ジローの持つ5大精霊、ウンディーネ、ノーム、シルフィード、イフリータ、ドリアード、その何れもが強大な力を持っている。実際、ノルバの戦いの時にウンディーネが加わっただけで、優勢だったノルバ王国軍を撤退させることに成功している。
<あの時は、燃えた市街地の火を消し、迫ってくる敵軍から守るためだった・・・>
 その後のジローはウンディーネを間接的には使用したものの、直接戦争の武器としては使わなかった。しかし、今はあの時以上に窮地に立たされていることは間違いない。
 今やその精霊達は5名となり、それぞれに強大な力を持っていることは明白な事実である。精霊の力を使えば一躍優勢になると思われた。
<だが・・・、いくら戦争だといっても・・・>
 同じ人間相手に使うことが、それも直接的な攻撃手段として使うことが本当に許されるのだろうか・・・。
 ジローが遊撃軍を希望したのは、実はそんな苦悶を内に秘めていたからであった。例え万の軍勢であろうと、イフリータの火炎攻撃や、シルフィードの起こす竜巻を使えば、瞬く間にずたずたにすることが出来るだろう。
<だが、そんなことをすれば、何かが壊れてしまうかもしれない・・・>
 ジローは、漠然と予感のようなものを感じていた。彼がこのドレアムに呼ばれたのは、ドレアムを魔界の侵略から救うため、決して人間同士の争いを収めるためではない筈。
「・・・ロー、・・・ジロー。どうしたの?」
 アイラが横で心配そうに問いかけた。明緑の瞳がこころなしか愁いを帯びている。
「え?い、いや、な」
「何でもないなんて答えはなし」
「ああ・・・、すまん・・・」
 そう言って黙り込むジロー。
「ねえ、ジロー。悩み事があるなら言って。私達夫婦じゃない」
 アイラが優しく、諭すように語りかけた。幸い、シャオンは偵察部隊のところに指示を与えに言って不在。今は、シャオンの明るいノリの良さがこの場にないことがジローの重い口を開かすのに丁度良かった。
「アイラ・・・」
「なあに」
「戦争に加わって、本当に良かったのかな」
「召喚魔法のことね」
 ずばり真相を突かれたジローは不思議そうにアイラを見た。
「何故、それを?」
「ルナちゃんから。ジローが悩んでいるのを感じたみたい」
「そうか・・・だから」
「うん、お願いされちゃった」
「そうか・・・」
 アイラはジローを抱きしめた。そのまま、肩越しに語りかける。
「ジロー。召喚魔法は、直接使わないようにしよう・・・。本当に、本当に使わなくちゃいけない時まで、ね。で、ノルバの時みたいに間接的に使うの。水の壁を使って通れなくしたり、地震を起こして橋を落とすなんてどうかな・・・。それなら、きっと大丈夫よ」
 アイラの言葉が優しくジローの心に染み込んでいった。ジローが気力を取り戻してきたのが、アイラを抱く両腕にしっかりと力が戻ってくる感覚としてアイラにも伝わってくる。
「ありがとう。アイラ」
「ばかね。私達は夫婦よ。当たり前じゃない」
 いつしか、ジローとアイラは、熱い口づけを交していた。
 と、そこにシャオンが入って来た。
「ジロー。フレイアからだよ」

 銀龍将ムカリと蒼龍将ミスズのコンビは極めて上手く回っていた。
 地方領主軍1万5千の弱点、各領主間の統制の不備を上手く突き、各個撃破によって、順調に敵兵を削っている。敵軍は、それぞれの地方領主又はその関係者に率いられているため、指揮官を潰されると途端に動きが悪くなる。というか、他の指揮官が残兵を統率しようとしても、思う通りには動かないのだ。
 その結果、指揮官を失った地方領主の軍勢は、士気を著しく低下させて敗走し、運河に飛び込んで助かろうとする者やら、戦死した指揮官の首を抱きかかえて脱出しようとする者やら、収拾がつかない状況に陥った。
 それでも、1人の者の努力によって、敗走する近隣の地方領主の兵達を吸収慰撫し、最終的には、約5千の軍勢が残った。
 この軍勢を取りまとめたのは、グナーク卿と呼ばれる小さな地方領主の宰相をしている者だった。領主が病弱なため、代理として戦陣に加わっていたのだが、他の領主からは領土も小さく、領主でもないことから一段低く見られて、軍議にも参加させてもらえていなかった。
 だが、彼を嘲った領主達は、ことごとく戦場の露と消え、残りの小領主達が怯み始めたこの段階にになって、ようやくグナーク卿に出番が巡ってきたのだった。
 グナーク卿は、自ら率いてきた1千と、小領主達を寄せ集めた2千、敗残兵2千を取り纏め、小領主達の力も使いながら指揮系統を再構築した。
 そして、次に彼の採った行動は、退路を断つことだった。戻る方向の橋を全て落としたのである。
 退路を自ら発つ事で、5千の将兵は戦うしか術がないことを悟った。邪心を棄てて戦うことに集中するしかない。その状況の中、グナーク卿の指示が明確に末端まで通るように軍隊が変貌していく。
 統制の取れた千の兵は、3倍の兵をも凌ぐ。その言葉通り戦ってきたドリアード軍は、相手の戦い方が変わってきたことを察知した。今までは、数千の1軍が突出したのを待ち構えて罠にかける戦法が効を奏していたのだが、今度の敵の動きは全く違う。
「これは、相手になかなかの知恵者がいますね」
 銀龍将ムカリは、軍を副官のシテンタクに任せて蒼龍将ミスズに状況を説明した。
「敵は兵を細かく分けて、我々の立てこもる島への橋の入口を押さえているようです。そうして、我々の動きを抑え、別のルートから背後に廻る気かと思います」
「私達が打って出るのを待っているのですね」
「はい。そうなると、兵の多寡が直接響きます。我々もこれ以上兵を細かくは分けられないでしょうし」
「では、有利に戦える場所まで引きましょう」
「ええ。ここを放棄するのは惜しいですが、2つ程戻れば橋は2方向だけになります。そのうちの一つは中央区画へ行く橋なので、実質1箇所守れば済みます」
「となると、速さが求められますね」
「はい、ミスズ殿は先行して橋を確保してください」
「わかりました。姫様はムカリ殿と一緒に行動してください。ムカリ殿、姫様を頼みます」
「任せてください」
「ミスズも無理はしないで」
 ミスズは蒼龍軍5百を率いて橋を渡りひとつ手前の島まで戻った。しかし、そこには既にグナーク卿が派遣した3百の小軍団が2つ侵入し、3つ目が別の橋を渡っているところだった。
「想像以上に早いわね・・・、みんな、一度当たってから、滑るように横を抜けるのよ」
 ミスズを先頭に蒼龍軍が小軍団に当たる。だが、相手も心づもりはあったようで、一団となって激突する。そして、これに気付いたもう1つの小軍団もミスズ達が行き着こうとした橋の方角から戻ってくる。
<くっ、まずいっ>
 ミスズが玄武坤を片手で払いながら敵の武器を叩き、もう1枚を投擲しながら、味方を鼓舞する。だが、横から攻め込まれ、前を塞がれた状態では、蒼龍軍5百の突進力が鈍っていく。加えて、もう1軍団が橋を渡りきりそうだった。
<とにかく、前にいくしかない>
 ミスズはそう決めると、部下達にも伝えながら自らも率先し、戦うよりも進むことを優先させた。この判断が功を奏し、横の喰いつきをなんとか振り切って前方の小軍団にのみ集中する。
「やァ!」
 ミスズの玄武坤が小軍団に吸い込まれる。小軍団の中央部が裂けた。玄武坤の威力を知った兵達が一斉に避けたのだろう。そこに蒼龍軍が突っ込む。態勢の崩れた小軍団は、2つに割られるように四散した。
 橋に辿り着いたミスズ達は、今度は防戦の態勢をとった。激しい戦闘により、蒼龍軍は約2百名の貴重な戦力を失っていた。だが、残りの人数でムカリの銀龍軍が戻るまで死守しなければならない。銀龍軍にはルナの看護団も一緒にいるのだ。
 その頃、ムカリもまた、退却時にわらわらと懸かってくる敵の小軍団に悩まされながら、退却戦を行っていた。
 犠牲を払いながら橋を渡ると、ミスズの蒼龍軍を襲った残りの軍団が横槍を入れてきた。だが、ムカリは冷静に小軍団を包囲して、逆に揉み立てながら進んでいく。その後方からは、次の小軍団が出現しているので、のろのろしている暇はないのだ。
<なかなかやりますね。こちらの痛いところをよく知っている>
 狭い場所での戦いは、大人数を投入するより、少人数の軍団をいくつも投入した方が動きが軽く、闊達な動きができて効果的なのだ。だが、敵に同じ動きをされてしまうと話が違ってくる。味方の数が少ない場合は、こうした小軍団で次々に攻められると、消耗が早くなってしまうのだ。
 だがムカリも伊達に智将と呼ばれてはいない。小軍団と当たる方面の面積を広げ、出来る限り包み込むように当たった。そして、小軍団の進みが鈍ったら、攻撃の手を止めて再び前へ。それを次々とこなしながら徐々にミスズの守る橋に近づいていく。
「姫様、早くこちらへ」
 ミスズがルナの看護団を迎えに来て、小軍団と戦闘になる。だが、目的はルナの看護団が無事に橋を渡ることなので、一撃加えて怯ませたら潮が引くように退却。同時に引いてきた銀龍軍と息を合わせるようにするすると橋を渡っていく。
「逃げ切られたか、さすがじゃな」
 グナーク卿は、味方を再編成して激戦だった島に入った。双方手を尽くした攻防により、味方は7百ほどを失っていたが、ドリアード側も4、5百の損害は出しているようだ。だが、次の島の攻略は厳しいと言わざるを得ない。渡る橋は1本、力押しで行けば今までと同様に動きが取れなくなるのが目に見えるが、小軍団では待ち構える敵に個別撃破されるのがおちである。
「仕方ない。こちらも構えて相手の動きを待つのじゃ」
 こうして、南側戦線は膠着状態に陥った。

 一方の北側戦線。こちらは劇的な変化を迎えていた。
 そう、金龍将ジローの介入によって。
 ジローはアイラの提案通り、島と島を結ぶ橋をノームの地震とイフリータの炎によって破壊したのである。その結果、アリオスの本隊とマルゼーの前衛部隊が行き来できなくなった。前衛部隊は孤立し、更にマルゼーがユキナに討たれたこともあって総崩れ、本隊に合流しようとしたら橋が燃えていて進めず、兵達はとにかく逃れようと隣の島への橋を渡るが、その橋は小さく、数千の武装した兵士を通すには耐久力が足りなかった。その結果、橋は崩壊し、数百の兵士が運河に落ちたのである。
 そして、動きが取れなくなった千人程の兵士は、なすすべもなくドリアード軍に降伏したのだった。
 アリオスはこの痛手を被っても折れなかった。そして、残った兵士の動揺を抑え、再び正規軍としての様相を整えるとこれを指揮してジローとアイラの軍勢に向けて進軍を始めた。それを見たジローは先手を取って橋を破壊する。アリオスは悔しそうな顔をしながらも、見事な采配で軍を率いて退却していった。
「ジロー、中央の連中が侵入してきたよ。2手に分かれて、1隊はそのまま残っているみたい」
 シャオンが告げ、ジローは頷いた。
「来たわね、本命が」
 アイラがジローを見た。
「ああ、両翼には魔物はいなかった。となると、これから来る奴が魔物である可能性が高いぞ」
「そうね。みんなを呼ぶ?」
 ジローは軽く首を振った。まずは、自分達で迎え撃ってからだと、瞳が語っていた。
「そう言うと思った。じゃあ、黄龍突撃隊は伏せるわね」
「わかった。切り込むタイミングは任せる」
「任しといて」
 アイラはそう言うと、ジローの元を離れて行った。
「ジロー、敵軍5千が、隣の島に入るよ」
「よし、金龍軍出撃するぞ!」
「おおっ!」
 掛け声と共に兵士達が動き出した。完全武装した武器と鎧は、ほのかに淡白い光を湛えており、『聖印』が付与されていることを示していた。
 金龍軍350は、乱れもなく橋を渡っていく。その先には喧騒と共に敵軍の姿が近づいてくるのが見えた。
「シルフィード、上空を乱して矢を防いでくれ」
「承知」
「ウンディーネ、橋の左側に壁を作って敵を分断してくれ」
「わかりました、ご主人様」
「イフリータ、橋の右側に壁を作ってくれ」
「了解、まっかせといて〜」
 3体の精霊により、橋の手前まで来ていた敵軍は、3つに分断された。そして、正面に残った敵軍の中に目指す敵将の姿はあった。
「何だこれは・・・」
 闇象将ラトゥは奇怪な現象に一瞬言葉を失った。自分の右側に水の壁が、左側には炎の壁が出現し、味方が3つに分断されてしまっている。そして、橋の上にいる敵兵に向かって撃った矢は、上空の風に巻かれて一本も届かない。
 その矢先、ジローを先頭に金龍軍が突撃した。
「面白い、迎え撃ってやる」
 ラトゥは残っている兵士達に号令をかけた。だが、兵士達も戸惑いを隠せず、動きが鈍い。すると、ラトゥは槍を振り回し容赦なく兵士に切りつけた。
「俺の命令が聞けぬ奴は、成敗してくれる、動け、迎え撃て!」
 ラトゥの迫力に圧され、兵士達はようやく動き始めた。だが、その時には金龍軍の先端がラトゥ軍に届いていた。
 ジローは、2本の刀を両手にそれぞれ持ち、先頭に立って敵兵を切り伏せていた。既に刀の刃がこぼれ始めて切れ味は鈍いが、単純に道を切り開くために敵兵を叩き伏せるだけならば十分だった。
 その背後を進む金龍軍の兵士達も、選ばれただけあって1名も欠けることなく、ジローの後方を進みつつ、速戦の利点をついた有利な戦いを行っていた。水と炎の壁は10ヤルド位の間隔で伸びており、その間の兵士達を打ち倒しながら敵将ラトゥに向かって進んで行く。
 闇象将ラトゥは意外な展開に苛立ちを感じていた。自分の眼前の部下達がことごとく倒されたのを見ながら、自分に向かってくる敵軍を睨んでいる。特に、先頭で縦横無尽の活躍をしているジローを見据えていた。
「どけい!俺が出る!」
 ラトゥは得物の槍を軽々と片手で振り回しながら、敵軍の正面に躍り出る。
 対するはジロー。ジローもまた、部下を制して自分だけがラトゥの正面に出た。
 2人の『気』がぶつかる。ラトゥは自分の『気』を受けて平然としているジローを並みの相手ではないと悟り、問いかけた。
「そうか。お前が、我らが7獣魔将を倒したのだな」
「ああ、将軍格ならば確かに倒した」
「仇というわけだな。ならば死ね!」
 ラトゥはそう言うなり、片手で握った槍をまるでハンマーを振り下ろすように打ちつけた。この攻撃、まともに受ければ危険である。
 ジローは、しかし最も信じられない所作でこの攻撃をかわした。避けるだろうと思った槍の一撃を踏み込んでいなし、そのまま槍を足で踏み、刃の磨耗した剣で柄を叩き折ったのである。
「き、貴様ぁ・・・」
 ラトゥの瞳の色が赤く染まった。同時に身体が倍以上に膨らみ、全身が灰褐色の皮膚に覆われる。そして、兜の飾りと思われた象の鼻が、太く膨らみながらみるみる伸び、まるで生を受けたかのように動きながら、ラトゥの第3の腕としての力を発揮し始めた。
 ジローは持っていた刀を手放し、替わって腰の刀を抜いた。その刀は『授与』を印加されて淡く光を帯びている。
 ラトゥはしかし、待ってはいなかった。折られた槍を別のものと換え、気合と共に鋭い槍の一撃を突き出す。しかし、ジローにはスローモーション。全ての攻撃は手に取るように判り、その対応も無駄がない。
 だが。ラトゥは全く構わずに攻撃を繰り出し続ける。ジローはそれをかわしてラトゥの懐に急接近。だが、その頭上から象の鼻が勢いよく振り下ろされる。ジローは『鬼眼』で察知し左手の刀で受け止める。が、鼻の力は予想以上で、一旦は弾いたものの、刀は根元から粉砕されていた。
「ガァ!」
 ラトゥは言葉になっていない叫びと共に、用済みの槍を手放し素手でジローに殴りかかる。よく見るとその表面はハンマーのように平たく、象の足のように重みを帯びているようだ。
 腕と鼻の攻撃をいなしながら、ジローはノームを召喚し、刀に大地の守りを付与する。刀は強化され、鼻と腕の攻撃を楽々受け止め弾き返す。だが、ラトゥは第3の武器、牙を身体から生やした。それも、1本や2本ではない、10本単位で。
 ジローは思わず後退した。だが、ラトゥのその姿は、ラトゥの背後に控えた兵士達にも動揺を走らせた。
「ひっ、なんじゃありゃあ・・・」
「ば、化け物!」
「将軍が、化け物になった・・・」
 兵士達が後ずさり、1人が耐え切れずに駆け出すと、雪崩を打ったように残りの兵士達も逃げ出した。
 ジローはラトゥの牙を避けるために距離を取りながら、ラトゥに話しかける。
「いいのか、兵士が逃げ出しているぞ」
「ガ、マ、ワ、ン」
 今やラトゥは完全に魔物に変化していた。両手両足は丸太のごとく太く、象皮を被って分厚くなり、兜は完全に一体化して、鼻は3倍以上に伸びていた。そして、全身を覆う鋭い牙。体格もジローの3倍以上に膨れ上がっていた。
「行くぞ!」
 ジローが刀を構えて走る。『時流』を全開にしているので、ラトゥからは一瞬消えたように思えた。そして、次にジローが見えた時は、身体から突き出した牙の半数が無残に叩き折られていたのである。
 ラトゥはしかし、折られた牙を棄て、新たに牙を生やした。
「鮫かよ!」
 ジローは苦笑。じゃあ、次はと今度は鼻を狙うが、象皮の守りは予想以上に分厚く、表面を削ったのみで終わる。だが、ジローは諦めなかった。削った部分を狙ってもう一度攻撃を叩き込むと、今度は手応え有り。象の鼻は半ばまでざっくりと斬り込まれた。
「グガァ」
 ラトゥが腕をめちゃめちゃに振り回す、同時に牙がジローに襲い掛かる。その全てを避けながら、ジローは刀を振り下ろす。1撃目は案の定、象皮を削っただけだったが、直ぐに同じ場所を狙って2撃目を放つ。テムジンの得意技、必殺の突きを。
 ジローの刀がラトゥの胴に深々と刺さった。そして、大地を纏った刀の真の能力を開放する。それは、大地をも震わす波動の力。ラトゥの体内に強烈な揺れが奔り、その波動は脳にまで達した。体内の全ての臓器はその振動に耐えることが出来ず、破壊されたのである。魔物化したとしても、元は人間。こうなっては、生命活動の維持はできなかった。
 ラトゥが沈み込むように倒されると、ジローの後方から歓声が上がった。金龍軍の者達がジローを讃えていた。

「ミスズ、ジロー様が進撃するそうです。私達も参りましょう」
 ルナの言葉にミスズはしっかりと頷いた。そして、ムカリにその旨を告げてルナと共に馬に飛び乗った。

「ユキナ、エレノア、出撃の連絡が来ました」
 イェスイの言葉に、ユキナとエレノアは直ぐに行動をとる。ユキナはモルテに後を託し、馬に乗れないエレノアを自分の後ろに乗せると、イェスイと共に駆け出した。

「さっすがジロー、惚れ直しちゃいそう。・・・さて、じゃあ、いきますか」
 アイラは黄龍突撃隊を率いて内郭市街地から外郭市街地へ。魔獅将モンケの軍勢に見つからないよう、巧みに街並みを抜ける。
「よし、ここで待つよ」
 敵軍の横腹が見える場所で、アイラは兵を伏せた。そして、暫し。穏やかだった辺りの風がにわかに激しく吹き始めた。路面の埃が舞い飛び、景色が霞む。
<建物はまた建てればいいわよね・・・>
 アイラはそう思いつつ、懐から朱雀扇を取り出し、扇を広げた。そして、ひとり立ち上がると敵軍の横に広がる建物に向かって半身となる。そして、右手を腰にあて、朱雀扇を持った左手を真直ぐ建物に向けた。
<燃えて>
 アイラの手首が動き、朱雀扇が扇がれる。すると、建物全体が同時に炎に包まれ次々と燃え広がった。
 魔獅将モンケの軍勢に動揺が奔った。急に出てきた風によって視界が妨げられ、それに乗じるように大火が発生、陣地の一部を侵略した炎により、陣形が乱れ始める。そして、強い風により、炎はますます燃え広がり、兵士達の努力では収拾がつかない状態であった。
 見えない視界、迫る炎、兵達の混乱。モンケはなす術もなく、兵士達に命じて陣を動かす命を下す。
 混乱した兵達も炎から逃れようと、モンケの命に従って動き始めた。
 ふと気がつくと、風か止んでいた。だが巻き上げられた埃は未だに視界を妨げ、炎は熱気を伴った空気で兵士達を圧迫していた。
「よし、今よ。黄龍突撃隊、突撃!!」
 アイラの号令に、50名が一斉に駆け出した。僅か50名ではあるが、アイラが選び出した選りすぐりの兵達である。アイラに心酔したモルテの元部下3名が副官となって、アイラの手足の如く動くように指揮系統も出来上がっている。
 燃え盛る炎を避け、混乱の中にある敵軍の右翼後方から1本の槍と化した黄龍突撃隊が突入する。
「て、敵襲!」
 兵士が叫びを上げる。だが、視界の悪い中でその叫びは、兵達を更に混乱させるだけであった。とりあえず武器を構えはしたものの、いったいどこから来るのか、そして、どのくらいの人数なのか全くわからない。
 そして、アイラ達が少人数だったことが、逆に敵兵たちの疑心暗鬼を呼ぶ。突き抜けて駆ける黄龍突撃隊を追いかけた兵士を敵の後続部隊と勘違いした兵達が同士討ちを始める始末。
 黄龍突撃隊は、1人も削られることなく敵軍の中央を割くように駆け続けた。そして、もう直ぐ敵軍を抜けようとした時、偶然にもアイラの視界に敵将と思わしき姿が捉えられた。
 アイラは副官のウルチェにこのまま突き抜けて兵を再び伏せるように指示し、単身敵将に向かって移動する。その姿は獲物を狙う牝豹のように気配を殺し、敵兵の誰一人にも悟られない。そうして魔獅将モンケの元へ辿り着く。
「何者!」
 モンケと周囲の兵士達が気付いた時には、埃で視界が霞む中にあってアイラはモンケの後ろを取っていた。そのままアサシンの如く首筋にナイフをあて、掻き裂く。
「将軍!」
 兵士達が騒然とする中、モンケの首筋から鮮血が吹き出た。アイラはそれを確かめるとその場から逃れようと動こうとしたが、瞬間的に背筋を這い上がる悪寒を感じた。同時に横殴りの刀が唸りを伴って襲い掛かる。もし、アイラが『鬼眼』を開眼していなかったら、アイラの命は確実に天に召されていただろう。
 アイラの左手が無意識に動き、攻撃は朱雀扇で受け止められていた。そして、アイラは攻撃を繰り出したものを見、一瞬怯み、すぐに気合を入れた。
 首を割かれたモンケが真っ赤な瞳でアイラを睨んでいた。首の傷からは僅かに血が流れていたが、傷口には無数の触手が現れて傷を塞ぐべく蠢いている。そして、口元には4本の牙が上下に伸び、髪がライオンの鬣のように広がっていた。
「ひっ!」
 モンケの周囲にいた兵士達が、邪気に当てられ失神して倒れていく。アイラは右手のナイフと左手の朱雀扇を構え、呪文を唱える。すると、ナイフに炎が纏わりついた。
「忘れてたわ、魔物だったわね」
 アイラが冷静に対峙する。気負いや気後れはなかった。
「キ、サ、マ・・・」
 魔獅将モンケがその正体を現していた。禍々しい『気』を放ち、肉食獣の獰猛さでアイラを威嚇する。
 モンケが右手を振るう。その指先には爪が変化した刀が5本生えていた。それが同時にアイラに襲い掛かる。アイラが朱雀扇で受けると、今度は指を自在に動かして5本の刀がそれぞれの角度でアイラを襲う。アイラは後ろに跳ぶ。
<ちょっと厄介かもね・・・>
 5箇所同時の攻撃は、アイラの『鬼眼』と朱雀扇の最強コンビでも苦戦した。数回に1回、神技の防御を抜けた鋭い刃物がアイラの身体を掠め、軽鎧とその下の服が何箇所か斬られ破れていた。特に胸元は鎧が剥ぎ取られ、服の下で豊かな胸を覆っているサラシが露出している。
 それだけで済んでいるのはアイラの体術によるところが大きかった。但し、現状炎を授与された愛用のナイフは防戦のみにしか使えていない。モンケは左手にも同様に5本の刀を生やして10箇所に増えた攻撃を続けざまに放ってくるため、反撃の糸口が掴めない。
 とはいえ、実はモンケも焦れてきていたのである。魔物となった彼の力は人間を遥かに凌駕するもの。なのに、目の前の女1人を未だに倒すことが出来ないというのは屈辱というしかない。
 じりじりと時間だけが過ぎていく。そして、時間はアイラの味方だった。

 馬の蹄の音がアイラの背後から近づいてきた。その音は、アイラを応援するようなリズムで刻まれている気がした。そして、その感覚は間違ってなかった。
「お姉さま!」
 背後からの声がアイラを勇気づける。その声の持ち主は、銀色の髪に意志の強い茶色の瞳を湛え、右手の白虎鎗をモンケに繰り出そうと構えている。馬に乗ったその背には、薄紫色の髪をポニーに束ね、左右異色の瞳を持った神官戦士がユキナの腰を抱えていた。
 フレイア経由でアイラが単身、魔物と闘っていると聞き、ユキナがジロー達に先駆けて応援に駆けつけたのである。エレノアの『邪探』で大体の位置を掴みながら、白虎鎗の一点突破で混乱の極みにある敵兵の壁を突破してきたのである。
 モンケは、だが新たな敵の出現に動ずることはなかった。アイラにこちらの攻撃は殆ど受けられてしまっているものの、攻撃させる隙は与えていない。そこに2人加わったとしても、たかが人間に何ができようと思っていたのだ。
 ユキナとエレノアは、邪気に当てられて進めなくなった馬を降り、アイラの元に走った。同時に白虎鎗の先端に鈎槍(点鋼槍の刃先の周囲に4本の鈎刃がついた形状)の刃先が出現してモンケに突き出された。
 モンケはそれを左手の5本の刃で受ける。攻撃を止めることは出来たが、刃の一部が欠けた。そのことが逆にモンケの激情に火をつけ、右手でアイラ、左手でユキナを相手に互角の戦いを繰り広げる。そして、もう1人のエレノアには背後から鞭のような尻尾を伸ばして打ち据えた。
 瞬間、エレノアの左手の腕輪から盾が出現し、攻撃を万全に防ぐ。仮の持ち主のアイラから、真の持ち主であるエレノアが譲り受けた封印の装具、大地の腕輪が発動したのだ。
「『地槍』」
 エレノアの呪文と共に、大地の盾から何本もの槍が飛び出し、モンケの尻尾に襲い掛かる。エレノアの素質は土性であり、大地の腕輪を装着したその時にまるで扉が開いたかのように土の精霊魔法が開花したのである。
 モンケの尻尾は、エレノアの攻撃で弾かれて虚しく空を切った。モンケはならばと鬣を伸ばして次の攻撃を繰り出す。エレノアはこれを見て太陽魔法『太陽風』を放つと、鬣は魔法に負けて溶けるように消滅。その両脇では、ユキナがモンケの左手指の刀を3本程使えなくし、アイラもようやく反撃に転じて炎のナイフで2本の刀を削り落としていた。
 だが、モンケはエレノアに拘って攻撃をしていた。その理由は、エレノアの左目の瞳にあった。灼熱の瞳、魔を調伏するその瞳の力が発動し、モンケの力を弱めていることに気付いたのである。
 しかし、大地と太陽の力を宿したエレノアを攻めあぐねるうちに、アイラとユキナの攻撃に削られていく。灼熱の瞳が発動したために、モンケの力自体が弱まっているのだ。それでも、闇象将ラトゥと同格位の力を発しているのはさすがだったが。
「グ、ゾウ」
 アイラのナイフの攻撃により、右腕が深々と斬られていた。切り口は火傷のように燻って、触手による修復が遅々と進まない。その間に左肩が白虎鎗で抉られる。鈎槍の傷は、肉を抉り取るように肩を貫き、修復されるまでの間、左腕はだらんと下がったままだ。
 鬣と尻尾のコンビネーション攻撃は、エレノアの大地の魔法と太陽魔法によりことごとく弾き返され、両腕は戦闘能力を一時的ではあるが失っている。モンケは仕方なく身体を伏せて4つ足状態となった。そして、自らの俊敏と鋭い牙による攻撃を拠り所にして攻撃に転じる。
 だが、その全体重を載せた突進でさえも、アイラの『鬼眼』と朱雀扇を破ることは出来なかった。間近でモンケの顔を見て少々気分が悪くなるのは否めないが・・・。
 そして、突進が止まったそのタイミングを逃すユキナではなかった。モンケのわき腹に白虎鎗が吸い込まれると同時に深い穴が抉られる。
「グ、ハァ!」
「アイラ、後はボクがやる」
 エレノアが『邪滅光』を発した。その輝きはモンケを正面から包み、傷口から侵入した光がモンケの細胞を破壊した。モンケは崩れるように動かなくなった。

「ユキナ、エレノア、ありがとう。たすかったわ」
 アイラは2人を抱き寄せてキスをする。キスといっても、舌を絡めた本格的なものである。そして、エレノアにはそれだけではなく神官服の下に両手を潜らせ、殆ど膨らみのない胸を弄りながら頂点の蕾を探る。そこは、硬く飛び出てアイラの指に挟まれただけでエレノアの身体が震えた。
「アイラ・・・、すま、ない・・・」
 エレノアは欲情の炎に焦がされていた。魔を調伏する灼熱の瞳、それを使役した副作用で、性欲が震えるほどに増大していたのだ。
 アイラの右手が背中から腰、臀部と降り、下着に包まれた股間に触れる。そこは、下着越しでもわかるくらいしっとりと潤みを湛えている。アイラは左手で乳首を摘みながら、下着の中に手を入れる。無毛のつるつるした肌触りを感じながら、指が皮に包まれた突起に辿り着くと、エレノアの身体がぴくぴくと反応する。突起を通り越して大陰唇の中に触れると、其処は既に大洪水の状態。アイラは指で擦りながらもう一度エレノアにキス。
 エレノアは分けがわからないような感じでアイラの舌を吸った。同時にアイラの指が自分の中に侵入してくるのがわかる。膣口の浅い場所を丁寧に擦るように指が動くのが判る。やがてその動きは、抉るように円を描き、エレノアの感じる場所を探るようにしながら奥へと入ってくる。
「んむぅぅぅぅ、ふぅん、ふぅぅぅぅ・・・」
 エレノアの震えが大きくなり、エレノアの両腕がアイラを抱きしめる力がだんだんと強くなる。それを感じたアイラは、更に膣内の指の動きを増した。既に膣壁のざらざらした部分は捉えていた。そこがエレノアの弱い場所と知り、指の腹で刺激を与え続ける。
「ふぅぅぅぅぅん、むふぅぅぅ、うぅんんぅぅぅぅぅ・・・」
 エレノアの力が強く伝わり、脱力した。アイラの右手は手首までびしょびしょだった。そしてエレノアは、灼熱の瞳と群青の瞳それぞれから涙を一雫ずつ流しながら、失神していた。
 暫くしてエレノアが気づき、感謝の意を込めてアイラに抱きついた頃に、ようやくジロー達と金龍軍が姿を現した。
「遅くなった、すまない」
 ジローはそう言った後に、動かなくなったモンケを見つけ、アイラ、ユキナ、エレノアの3人を労った。その時にエレノアを抱きしめていたアイラからウインクされて、大体の事情も察したのであった。

 ジローは愛嬢達を集めて、今後の作戦を告げた。即ち、外壁の外にいる敵の大将に突撃する時が来たということを。
 愛嬢達は同時に頷く。レイリアだけは王宮に残してきたのでいなかったが、7人の愛嬢達とジローの力を合わせれば、何とかなるだろうという気持ちがあった。
 ジローは自分の率いていた金龍軍にも指示を与えて内郭市街地のジェルクタイの所に戻すことにした。アイラも黄龍突撃隊の面々に同様のことを話している。
「これからは、逆に少人数の方が見つかりにくいだろう。であれば、俺達が逃げる敵兵に紛れて進むのが一番だ」
 そう言って7龍将の鎧を脱いで、辺りに散らばっている敵兵の鎧に着替えた。モンケの邪気に当てられて失神した兵士達を起こして、そのまま一緒に入り込もむというのが作戦だった。8人は固まって行動し、敵の陣地に入り込んだら一気に敵の大将、グユク公子を目指すのだ。

 グユクの陣営に戦況報告が入ったのは、アリオスがハデス陣営に撤収してきた頃だった。情報伝達が遅くなるのは致し方ないが、余りにも遅かった。
「ラトゥが敗走だと!」
「モンケは何をしているの!」
 グユクとケルベロスが間髪をいれずに叫んだ。伝令はびくびくしながら情報を伝える。肩で息をしているのは、戦場から一目散に走ってきたからだろう。だがそんな伝令に労いをかけることなく、グユクは怒鳴り散らした。
「わかった!出て行け!!」
 伝令の兵士は思わず後ずさるが、グユクのえもいえぬ迫力に動けない。
「何をしている!死にたくなければ、ここから出て行けい!!!」
 グユクが叫ぶ。その声に伝令は「ひっ」と一言だけ発して転がり出るように天幕を後にした。
「公子、いけませんわ。そんなに怒っては・・・、まだ貴方は完全体になってはいないのですから」
 ケルベロスの心配通り、グユクの顔の輪郭がグネグネと動いていた。それを見たケルベロスが直ぐに懐から杯を取り出してグユクの口から半透明の何かを飲ませる。グユクはそれを飲み干すと、先ほどまでの怒りが嘘のように落ち着き、姿も元に戻った。
「落ち着かれまして」
「ああ、ずまん・・・」
 グユクはそう言うと、ケルベロスに今後を問う。ケルベロスは少し憂いな顔つきで呟くように話した。
「軍は負けてもラトゥとモンケが残っていれば、問題ないですわ。元々この戦いは公子を完全体にするための栄養分、戦場で獣の本能に駆られて戦い散った、人の魂を集めるために始めたものですもの。両軍の犠牲者が多ければ多いほど私達の望みは叶いましてよ。今頃は、フラギィがそんな魂をたくさん集めて廻っていますわ」
 だが、次の伝令が到着し、その言葉を聞いてケルベロスは凍りついた。
「ラトゥ将軍、モンケ将軍共に戦死しました」
 伝令は落ち着いた口調でそれだけを告げた。
「何ですって!」
 ケルベロスが叫ぶ。グユクも再び怒りの表情が浮かんだ。空気が再びびりびりと震えるようにボルテージが上がっていく。ケルベロスが動揺してグユクを見ると、グユクの瞳が赤い輝きを発し始めていた。
「戦死だと!」
 グユクは片膝をついたままの伝令にいつもの雷声を発した。伝令は顔を下に向けたまま頷く。だが、その仕草に若干の違和感を感じたのはケルベロスだった。そう、グユクの雷声を聞くだけで、並みの兵士ならば震え上がる筈なのに、この伝令は平然と受け答えをしているのだ。ただの兵士なのに。
「待ちなさい。貴方、顔を上げるのよ」
 ケルベロスに言われて伝令は顔を見せた。初顔ではあるが、元々人間のそれも兵士の顔などいちいち覚えてはいないのでそれは問題なかったが・・・。
「貴方、なぜそのような顔でこの場にいられるの?」
 伝令は、天幕の中の異様な空気の中、涼しい顔でグユクとケルベロスを見つめていた。まるで値踏みをするかのように。
「答えろ!」
 グユクが迫力を込めた雷声を浴びせる。だが、伝令は怯んだ表情を微塵も見せない。この異常事態にグユクも疑い始めた。
「貴様、何者ぞ!!」
 グユクは立ち上がって剛槍を握る。柄の太さが普通の槍の3倍はあった。その穂先を伝令に向ける。
「芝居もここまでか・・・」
 伝令が口走る。その瞬間、剛槍が伝令のいた場所を突き刺した。だが、そこには伝令の姿はなかった。天幕の入口がひらひらしているところを見ると咄嗟に外に逃げ出したらしい。
「曲者ぞ!」
 グユクは剛槍を掴んだまま天幕の外に出た。後ろからケルベロスも続く。そして、絶句。
 天幕の外で彼らが見たもの、それは眠るように地面に臥している兵士達だった。外壁の外の木漏れ日の中で、幸せそうに深い眠りに落ちている兵士達の姿・・・。
 その中で唯一動いていた者、その数は8人。そして、そのうちの1人は先ほどの伝令である。兜を脱ぎ捨てたその顔は精悍で逞しかった。
「ドリアードの力が及ぶまで時間を稼げたみたいだな」
「はい。ジロー様。今この場で起きているのは私達だけです」
「ありがとう。ルナ」
 ジローはそう言って向き直る。そこには怒りで髪の毛が逆立ったグユクが立っていた。
「うがあ!」
 叫びと共にグユクが剛槍を突き出す。風を切る音が唸りを上げて、突き出された剛槍がジローを襲った。だが、ジローは身体を捻るだけでよける。そして、その背後ではアイラが、朱雀扇を使って軽々と止めて見せた。
 状況の異様さを悟ったのか、ケルベロスが呪文を唱え始めた。同時に、その指先から触手が伸びて、近くで眠っている兵士達の口に侵入して種を打ち込む。すると、深い眠りに落ちていた筈の兵士達が起き上がる。そして、獣化を始めた。
「くがぁぁぁ・・・」
「ぐるるるるる・・・」
「きしゃぁっ!」
 20数体の兵士が獣化し、ケルベロスの命に従ってジロー達に襲い掛かる。グユクと対峙しているジロー達に割り込む形になった。
「ジロー様、ここは私達が」
「お任せください」
 ミスズとユキナの姉妹が獣化した兵士達を迎え撃った。投じられた玄武坤が引き裂き、白虎鎗に邪矛を具現したユキナが縦横に振るっていく。
「なっ」
 ケルベロスは獣化した兵士達が次々に倒されていくのを目の当たりにして、ジロー達の実力を思い知った。
 そして、グユクはというと、ジローに翻弄されて剛槍が空を切るばかり。そして、グユクが剛槍を振り上げたタイミングを見逃さずにジローが突進、消えたと思った瞬間にグユクの背後に出現して後ろ袈裟に刀が振り下ろされた。
「ぐがぁ!!!!」
 ケルベロスが見たグユクは、わき腹と背中に深い刀傷を受けていた。と、その時、ケルベロスが待っていた者が出現する。幽狼将のフラギィだった。魂を集めていたところでケルベロスに呼ばれて戻ってきたのである。
「フラギィ。公子をヨウキのところへ連れ帰りなさい」
「はっ」
 フラギィが頷くのを見て、ケルベロスはグユクとジローの間に割り込むように動いた。
「公子、奥方様のところへ戻りなさい。後は私がやります」
 そして、周囲が変化した。

 赤黒い空間が広がっていた。その中には、ケルベロスとジローと愛嬢達が囚われている。傷を負ったグユクとフラギィの姿はなかった。どうやら、ケルベロスが結界を張ってジロー達を封じ込めたので、逃げられたようだ。
「結界か。という事は、魔界の者だな」
「うふふ、よく知っているわね。じゃあ、この中ではどうなるかもわかっているのね」
「わかっています」
 ルナが毅然と答えた。白い胸元で月の首飾りが白銀の光を放っている。その輝きが、ケルベロスが人知れず放っていた邪気を打ち払っていた。ケルベロスは平然としているジロー達に驚きながらも、得心が行ったという表情を見せた。
「そう、貴方達ね。私の傑作達を倒したのは」
 ジローが頷く。そして、両手で握った刀を左右に振るう。殆ど無意識の動きだったが、結界の闇に紛れて襲い掛かった触手が切刻まれて弾かれる。
「なかなかやるわね。じゃあ、これでどう!」
 ケルベロスは余裕を保ちながら、全身から触手を放った。それはジローだけではなく、愛嬢達にも迫る。だが、触手は愛嬢達に届く前に何かにぶち当たって虚しく空を弾く。左右に『障壁』が、後方と上空に『陽壁』が作られていたのだ。そして、前方はアイラが炎のナイフと朱雀扇を振るって、触手による全ての攻撃を封じている。
「うふふ、じゃあ、こうしたらどうするのかしら?」
 触手が今度は束になって襲ってきた。その重さに『障壁』が破れ、辛うじてミスズが玄武坤で止めた。
「姉様、気をつけて!」
 ユキナがミスズの背後に迫る触手に突きをかます。触手は爆砕したが、白虎鎗の穂先も同様に消え、ユキナは再度念じて穂先を作る必要があった。が、その間にも次の触手がユキナを襲う。
「ユキナ危ない!『雷撃』!」
 イェスイが放つ雷魔法が寸前で触手を破壊した。横ではエレノアの『太陽風』が発射されて、その光に巻き込まれた触手が崩れるように消えていく。しかし、触手はますます増殖し、結界内を包み込むように増えて行く。既にケルベロスの姿は触手に遮られて見えなくなっていた。
「『炎槍』!」
 シャオンが触手を焼く。その横では召喚されたフレイアが炎の渦を作り出して触手の増殖を食い止めていた。反対側ではアイラが朱雀扇で炎を起こし、触手を寄せ付けないようにしている。
「エレノア、あいつの方向に魔法で道を開けてくれ」
 ジローが叫ぶ。エレノアは頷くと直ぐ、『邪探』と『太陽風』の呪文を唱えて、放つ。魔法が通った後には、崩れ去った触手達によって開いた一筋の道が出来ていた。
「行くぞ」
 ジローが突進する。周囲はシルフィードが作った風の壁によって触手を封じ、刀はイフリータの烈火を宿している。そして、その後ろにユキナとミスズが続いた。
 ケルベロスの瞳に初めて驚愕の色が射した。無限とも思える増殖する触手の攻撃に囚われて、いつかは力尽きるとたかをくくっていたのである。まさか、その囲いを破って自分に直接攻撃してくるとは思いもしなかったのだ。
 ジローは『時流』の力をフル稼働させて、瞬速の踏み込みでケルベロスに近づいた。ケルベロスは触手を放出していたが故に動きが遅れ、ジローの刀を腹部に深々と受ける。そして刺さった刀に宿った烈火が発現し、一気に燃え上がった炎は、たちまちの内にケルベロスを業火に包み込んだ。
「くっ、油断したわ・・・、でも、貴方の顔は覚えたわよ・・・」
 炎はケルベロスを焼き尽くしその姿が消滅すると結界も消え、元の世界に戻ったようだった。辺りはいつの間にか夕闇に覆われていた。



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