続・黒い霧《侵蝕》



 アリは大きくあくびをついた。

 すでに夜半を過ぎていた。

 アマゾネア城の裏門、と言えば聞こえはいいが単なる通用口であった。この門から入ったしばらくの通路は後から増設された簡易なものであった。城の中に入って行くには、この扉の次の、従来からある本来の裏門を通らねばならぬ。そちらの警備こそ重要であった。

 アマゾネアに駐留するロマリア兵一万。城の警護だけならその四分の一もいらぬ。しかし兵を四方に分けることは戦略上好ましくなかった。本土が戦場とならなかったため難民もいなければ、支配層である貴族たちも協力的で、首都アマゾネアも地方都市も、まったくの平穏であった。しかしだからといって城の警備の最小限の兵にとどめ残りを国に帰しては、反乱の抑止力にはならない。反乱を鎮圧する兵ではない、反乱を起こしても無駄だと思わせる兵力が必要であった。一万では少なすぎるほどであった。もし実際反乱が起こればこの兵では鎮圧できない。しかし反乱を起こせば、今度こそロマリアの大軍が押し寄せ、再起不能なまでに国が破壊されるだろうことを、アマゾネアの民もわかっているからこそ、このような寡兵でも安心していられるのである。

 ただその結果として、必要ないところに必要以上の兵が配置されることとなった。

 この裏門の警備には新兵があたっていた。徴兵され訓練を終えたばかりの彼らにはこの程度の仕事が相応であった。

 くぐる時には馬を下りねばならぬほどの小さな門に、四十人もの新兵が配置されていた。彼らは門の内側にある小さな小屋と、門の外、少し離れたところにある小屋に二十人ずつ寝泊りしていた。指揮官も士官学校を出たばかりの幼さの残る貴族の子弟であった。

「アリ、交代が遅いな」

「ああ、おれちょっと見てくるわ」

 一緒に警備にあたっていた相棒の兵士が、あくびをかみ殺しながら言った。アリの本名はアリスト−トスといったが、仲間の兵士はみなアリと呼んだ。小さいころからずっとそのあだ名で呼ばれていた。警備は門の外二人内二人。二刻交代であった。昼間は三人付くこともあった。一日に一度は門衛に立ったが、時間も短くいつも平和で、厳しかった訓練に比べて拍子抜けするほどであった。

 しばらくここを頼むよというと、ああと片手を挙げて返事をし、槍をかついだままの姿勢で相棒が再びあくびをした。

 少し駆けるようにしてアリは自分の小屋へ向かった。交代の時間はとうに過ぎているはずであった。元来短い担当時間が少しでも延びることは、ひどく損をしたような気分になっていた。

 小屋に近づくと何か声が聞こえてきた。笑い声のような、泣き声のような、酒盛りでもしているような声であった。

 かっと頭に血が上った。何も俺たちが門衛に立っているときにしなくてもいいではないかと思った。仲間からなめれれていると感じた。

「おいっ!おま………」

 扉を開けたとたん、ぷんと甘やいだ匂いが鼻をうった。

 沢山の目が一斉にこちらを向いた。

 彼は目を剥いた。

 灯火の橙色の光に照らされた小屋の中には全裸の女が満ち溢れていた。もともと二十人が寝泊りするには少し大きすぎるようだった小屋の中に、ぎっしりと女が詰まっていた。よく見ると、仲間の兵士たちが彼女たちに組み敷かれていた。

 女たちはそれほど若くは無かった。みな三十前後とみられたがその分色気があった。痩せてはいたが、太股にも胸にもむっちりとした脂の乗った体をしていた。彼女たちに全裸に剥かれ、全身を嘗め回され、卑猥な言葉で挑発され、あるいは股間に馬乗りになられて行為そのものをしながら、仲間たちがひいひいと快楽の声をあげていた。

 二十人の兵士に対し、女達は五十人以上いた。

 あるものは壁にもたれて涎をたらしながらぼんやりと宙を見据えていた。顔の両側から二人の女が耳を嘗め回し、股間にはちゅうちゅうと音をさせながら二人の女が顔を寄せていた。

 あるものは床に横たわり、その体に数人の女が頭をよせ、ちゅちゅと吸い付く音をさせていた。もちろん股間のところにも激しく頭が揺れていた。

 あるものは立ったまま、四方から体をこすり付けられていた。豊満な肉の塊の中に埋もれながら、かれは断続的にあっ、あっと声をあげていた。

 壁にもたれて今にも気絶しそうに顔を上気させている指揮官の股間にそそり立つものが見えていた。二人の女が両側から体を寄せ、耳元で何事かをねっとりとささやきながら、立てた人差し指だけをそっと股間のものに這わせていた。びくびくと指揮官の体が震え、そこから白いものが噴出すのが見えた。

 な……なんだこれは……

 ふっと風が動いたとたん、後から抱きしめられた。あっと叫ぶ間も無く、ねっとりするものが頬に押し当てられた。一つではない。新たな生きのいい獲物を見つけた女たちが一斉に彼に手を伸ばした。ぶちゅぶちゅという音とともに、次々と顔にねっとりするものが押し付けられた。鎧と衣服の隙間を縫って、白く柔らかい手が次々に体を這い回った。

 ああっとアリは声をあげた。すぐに何がなんだかわからなくなった。

 四半刻後、彼は来た道を城門に向かって歩いていた。周りを女が取り囲んでいた。彼女達に支えられるようにして歩いていた。顔中に、唇の形をした紅がうっすらとついていた。服の隙間から差し込まれた三本の腕が、股間へと伸びて、柔らかい指の腹で彼のモノをなでさすったり二本の指で軽くつまんで弄んだりしていた。彼はその快感の命ぜるままに、ほとんど意識を失いそうになりながらふらふらと歩いていた。後からは小屋の中にいた女達がぞろぞろとついてきていた。

 門の前に立った。相棒が少し向こうの石垣にもたれて座り込んでいた。その前には二人の女が跪くようにして股間に顔を埋めていた。

「さあ、さっき言ったとおりにやりなさい」

 ねっとりと、耳元で女が囁いた。とたんに彼のモノを弄んでいた指の動きが早くなり、彼はああっと小さくあえいだ。

 どんどんと女の一人が代わりに門を叩いた。

「お、おい俺だ、アリだ。門を開けてくれ」

 しばらく沈黙があった。ややあって中からくぐもった声がした。

「誰だ?」

「俺だ、アリだ。門を開けてくれ」

 再び沈黙があり、中の声が答えた。

「だめだ。夜の間は門は開けられない。規則は知っているだろう?」

「説得しなさい」

 耳の穴に舌を突っ込むように女が再び囁いた。指の動きが更に早くなり、さおだけでなく玉も弄んだ。

 ああっと泣きそうな声を出してアリが叫んだ。

「わかってる、わかってるが、頼む大変なんだ」

「何がだ?」

 誰かの人差し指が執拗に裏の筋を撫でていた。アリは泣き声になった。

「とにかく大変なんだ、頼む、頼む!」

「……………」

 長い沈黙の間、アリは頼む、頼むようと哀願しつづけた。

 やがて、中で閂をはずす音がした。

「いったいどうし……うむっ」

 顔をのぞかせた兵士を女の一人が引きずり出した。抱きしめるようにしながら唇を重ねる。女達が次々に門をくぐり、中でもああっというあえぎ声がした。

「ご苦労さまね」

 彼の股間に腕を差し込んでいた三人の女が次々に彼に唇を重ねた。指の動きがさらに早くなった。あ、あうっとしばらくうめき声をあげた後、かれの体ががくがくと震え、股間から熱いものが噴出した。

 ぐったりとなった彼の体を支えながら、女の一人がぺろんと彼の耳を舐め上げた。

「さあ、小屋に帰りましょ。もっともっと楽しませてあげる。ただし、今日私達が来たことはあの小屋の人だけの内緒。もし他にばれないようにしてくれたら、これから毎日来てあげる」

 これから毎日……。

 それを想像しただけで彼は陶然となった。

 内緒だ……絶対ばれてはいけない……

 再び股間で顫動を始めた指の感覚にあえぎ声をあげて小屋に向かいながら、アリは心の中で誓った。




 王立図書館の仮眠室で、ああっと彼はうめき声をあげた。

 あちこちにズボンをはがれた同僚が座り込んでうめき声を上げていた。

 自分のどす黒いものを白い指がこすっていた。差し伸べられる手は一本や二本ではない。五本いやそれ以上の手が、代わる代わる驚くほどの巧みさで自分のモノを刺激しているのである。

 正面に座り込んだ同僚の体に豊満な年増が二人、体をこすり付けていた。涎を垂らしながら、激しくまぶたを痙攣させていたその同僚の股間を二本の手が驚くほどの巧みさで刺激していた。瞬く間にその股間から白いものが噴出した。同僚はがくがくと体を痙攣させたが、手の動きは止まらなかった。白い手に白濁したどろりとしたものがかかっても、二人の女は気にすることも無く、先ほどまで以上に巧みに指を使って刺激を続けていた。

 彼は蕩けるような瞳で周りを見回した。

 五人の女が、壁にもたれた彼を半円に取り囲んで、笑みを浮かべて淫蕩な視線を彼に送っていた。若い者もいる、年増もいる。みなはちきれそうな豊満な体をしていた。真っ白い十本の手が伸び、もう半刻も休むことなく彼の体中を撫で回していた。特に股間のモノに対しては執拗であった。

 使うのは柔らかい指の腹であった。磨いて光った爪であった。

 モノを覆い隠すかのように数十本の指が彼のモノに群がっていた。裏の筋を行ったり来たりする指、モノの中ほどを挟み微妙なバイブレ−ションを送り込んでくる指、玉を挟んでこりこりともてあそぶ指、穴の部分を押し広げようとするかのように爪で引っ掻く指、指、指、指、指、ゆび、ユビ………

 まるでそれ自体が卑猥な生き物のように動き回る指の群れを見下ろしながら、彼の口からとろりと涎が糸を引いた。

ああっと体ががくがくと痙攣して震えた。硬直したモノの先から白濁したものが噴出した。女達が歓声をあげて、争うように顔を寄せそれをペチャペチャと舌で舐めた。股間全体をぬるっとした生暖かいものが這い回った。

 司政官補佐として、アマゾネアの法制を調べるために五人の同僚と図書館に泊り込んでいた。十人ほどの図書館司書以外アマゾネア人の出入りは禁じられており、彼らは好きなだけ仕事に没頭できた。司書たちも協力的であった。

 ある夜、同僚と議論を戦わせている時、いきなり数十人の女たちが仮眠室になだれ込んできた。最初は反乱かと思った。しかし女達は衣服を脱ぎ捨てながら彼らにしなだれよってきた。最初は激しく抵抗した。しかし、彼女達は彼らを押さえつけ、その衣服を剥ぎ取り、驚くほど巧みにその体を刺激した。夜明け近くまでに六度もイカされた。自分でも信じられなかった。同僚達も同様であった。涎と涙を垂れ流し、もう立ちそうにない自分のモノを刺激し続けている女達に、もうだめだ、と思った。なにがだめなのかわからないが、はっきりとそう思った。次の瞬間、もっとしてくれと哀願していた。ニヤッと笑った女達が再び優しく彼に覆いかぶさってきた。

 毎夜のように女達はやってきた。

 それが十日も続いていた。

 昼間の仕事は遅々として進まなかった。

 それをとがめだてする上司も、やってはこなかった。




 アマゾネア城から西方に位置する商店が立ち並ぶ大通りは人で溢れていた。

 道の両側に並ぶ店には品物が山のように積まれていた。

 食料品はほぼ全て自国産であったが、雑貨類は輸入品も多い。そのほとんどがアルバ−ナ産であった。

 アルバ−ナの山岳地帯に源をもつナムルの河は、中原の東側を貫きアマゾネアを通り海に注いでいた。この河を運河とし、アマゾネアとアルバ−ナは古くから商業的なつながりが強かった。占領前のアマゾネア領には男性は入ることを許されていなかったが、アルバ−ナの民は別であった。商業の窓口となるナムル河沿いの都市にのみ上陸を許されていた。アルバ−ナの民は一般的な中原の男より大柄で逞しく、武を尊ぶアマゾネアの民は彼らを好んだ。国の外に旅に出る必要も無く国内の都市で抱けるアルバ−ナの民との間によく子供を作った。男の子が生まれたら命を絶つというアマゾネアの風習にあって、アルバ−ナの民との間に出来た男児は、父が望めば殺さず引き渡してよいという例外の法が定められ、この数百年も続いていた。

 アマゾネアの民にとって男女をつなぐ生命の源となっているこの河は、アマゾネア国内でも多くの別の命をもはぐくんだ。シバの女王以前に整備された高度な灌漑設備により運ばれたこの河の水のおかげで、アマゾネアは干ばつの被害とは無縁であった。河からは魚も取れる。獣達も群れ集う。大干ばつの被害がじわじわと世相を暗くしてゆく中原で、アマゾネアはもっとも豊かな国の一つであった。

 しかし、町行く人々は自分達がどれほど恵まれているか知らぬ。これが当然と思っている。

 この町には犯罪も少なかった。社会現象というべき殺人は時々起こる。これはいかに法が整い、公安を強化しようとも防げるものではない。しかし、盗みなどの小犯罪は驚くほど少なく、駐留したロマリア兵たちを驚かせていた。

 町を行くアマゾネアの人々の顔には被支配民の暗さはない。彼らの生活は何一つといって変わっていなかったからだ。城の中の王族や貴族が減り、今は城の中と周囲にはロマリア兵がいる。それだけであった。圧倒的な人気を誇ったイザベラ女王の謎の失踪は確かに多くの国民の心に暗い影を落とし、当初は多くの国民が、その死を覚悟し涙したものだった。

 しかし、民衆の生活力というのは逞しかった。すぐに元の生活に立ち直った。それには理由があった。敗戦国なら当然あるはずの夜間外出禁止令、集会の禁止などの矢継ぎ早に出される占領軍による締め付けや物資の不足、そのようなことがまるでなかったのだ。城を少し離れれば、もうそこには先の戦役以前となにも変わらぬ。時々見回りに来るロマリア兵さえ気にしなければ、以前から連綿と続く平和な、何も変わらない日々が、首都アマゾネアにはあった。

 何も変わらない?

 いいや。

 もし、注意深く町行く人々を観察するものがいれば気付いたことであろう。

 町を行く若い娘達の右手首に、さまざまな美しい色の紐が結びつけられていることを。

 娘達だけではない。年増でも見目美しいものや、豊満な体から押さえきれぬ色気を発散させながら歩いているような女たちの手首にも同じものが巻かれている。

 何時の時からこのような飾りがはやりだしたのであろう。

 よく見ると、それを手に巻いた娘達はしきりに周りを歩くものの右手首を気にしながら歩いていた。まだ、巻いていない者を見ると、親しげに声をかけていった。あるいは、同じ色の紐を巻いたものとすれ違う時は、人に気付かれぬ程度にちらと親しげな視線を送りあった。

 一見何気ないようなそれは、実は飾りではなかった。

 それはカ−スの魔道師たちが、魔香により支配した女達を識別するための印であった。色の違いは、精を注いだ魔道師が誰であるかを一目で知るための手段に他ならない。

 その意味を知り、大通りの全てを見通すことができる力の持ち主がいたら目を剥いたことであろう。道行くものの五人に一人は、その手に紐を巻きつけていた。その数は知れぬ。数えきることも出来ぬ。当面魔道師たちが目標としておらぬ中年以上の者や明らかな醜女を除けば、既に大通りを歩いている女の半数以上が手にいずれかの色の紐を巻きつけていた。

 だが魔道師たちとその当人以外はそんなこと知らぬ。仲間を性奴と化すために、人通りの多い場所に出ては獲物をあさるかのように目を光らせる彼女達を、自分達の中に紛れ込み暮らすその危険な存在を、アマゾネアの人々は気付いてはいなかった。今までに気付いて騒ぎ立てたものは、既に魔香により皆その一類と化していた。

 彼女が久しぶりに帰ってきた首都はそんな町となり変わっていた。

「シェイラっ!そこを行くのはシュエイラではないか?」

 豊かな巻き毛の長い金髪を揺らして、彼女は立ち止まって振り返った。

 大柄な女であった。無駄に大きいだけではない。真っ白な雪のような肌を持つその体は引き締まって、それでいて必要なところは豊かに張り出していた。それを旅装の簡易な鎧に包んでいた。身に付けているものはどれも粗末なものではなかった。

 美丈夫であった。美しさと逞しさ、アマゾネアの二つの価値観を体現するかのような彼女は、誰かが、どこかの大将軍だ、と紹介すれば、まさにと周りを納得させるだけの威厳も兼ね備えていた。

 綺麗な青のけぶるような大きな瞳が声の主をとらえ、ピンク色の濡れ濡れとした唇が微笑みの形を作った。

「アミダラ、ユ−リス」

「ははっ、やっぱりシェイラだ。いや、今はアシュベルト子爵どのか」

「よせ」

 はあはあと息を切らしながら差し出された右手を握り返しながら、彼女は懐かしげに笑いながら肩をたたいた。

「国がこんなときに、官爵の話でもなかろう」

 ぶんぶんと音が出そうになるほど振られた手を見ながら、ユ−リスと呼ばれた騎士の姿をした女性が笑った。

「だが、よく無事に戻った。スロバ−ナは大変なことになっていると聞いておったから心配したぞ」

 数年前の隣国スロバ−ナとの国境紛争で勝利したアマゾネアは、それまでの国境を十数里もスロバ−ナ側へ押しやった。ロマリアの調停によりそこで戦は終わったが、そうでなければ首都までも攻め込んでいたかもしれない。今度は逆であった。今戦役でアマゾネアの敗色が濃厚になると、スロバ−ナは突如軍を起こし、かつての自分達の領土に駐留するアマゾネア軍に攻めかかった。通常なら数倍の兵士相手に一歩も引かぬアマゾネア軍であったが、アンデルアでの敗戦の報に士気は下がり、途絶えがちな補給に防戦一方となった。やがてアマゾネアがロマリアに降伏したことにより、ロマリアが調停に乗り出し、かつての国境でスロバ−ナは軍を止めたが、この戦は今アマゾネア戦役での最大の激戦区の一つとなっていた。

 シェイラは今回の戦役で姉と妹を亡くしていた。スロバ−ナで共に戦っていた姉の遺骸は自分の手で葬ることができたが、謎の奇病により将兵が死に絶えたと言われたアンデルア領ムハンドで戦っていた妹は亡骸さえ戻らなかった。生まれながらにして重い業を背負った妹であった。体が子供のままに成長せぬという病を患い、それを振り切るかのように剣の修行に明け暮れていた。シェイラは、病ではなくせめて戦いの中に死んでいてくれていれば少しは慰めとなったものを、と涙した。

「ところで、この様はなんだ?」

 シェイラは手で大きく辺りを指し示し、憤りを隠せぬとでもいうように声を荒げた。首都に入ってからたまっていた鬱憤を晴らす相手が現れたのだ。

「何だとは……何だ?」

 アミダラが眉をしかめて首をかしげた。彼女も騎士の格好をしていた。三人は同時期に共に士官学校で学んだ友であった。みな、下級貴族の子であった。境遇も似ており気が合った。

「平穏すぎる。ロマリア軍を追い出すところか、暗殺の一つもおこらん。アマゾネアに残った連中は皆腰抜けぞろいかっ?」

「しっ、声が高い」

 人差し指を唇の前に立て、ユ−リスがわざとらしく辺りを見回した。幸いと、市の喧騒のせいでシェイラの叫びを気に留めたものは多くはいないようだった。袖をひき、彼女を裏通りに引き込んだ二人はため息をつくような声で言った。

「気持ちはわかる。しかし軽率な動きはロマリア兵を刺激するだけだ」

「いま、アマゾネアは自由だ。夜間も出歩ける、人が集まっても奴らは気にせん。これら全てがこの平穏さのおかげだ。何か不穏な動きがあれば、奴らは一気に締め付けを強化するぞ」

「だからこのまま飼い犬になる、か?」

 シェイラはせせら笑った。

「ばかなことを。しかし今言うたとり、軽々しくは動きたくはない」

「なるほど。わかった、ならば勝手にせよ。わしはわしの道を行く」

「待てっ、軽率な動きはやめよ。皆が迷惑する」

「臆病者の言葉など聞かぬ」

「臆病ではない。現に我ら………」

「まあ、まてまて」

 二人のやりとりを見ていたアミダラが双方の胸に手を当てて分け入った。

「とりあえず今夜集まりがある。シェイラ、おぬしも参加せい」

「何の集まりだ?」

「愚かな。この時にわしらが集まるというたら、風雅の集いのわけがなかろう」

 ほうっと、やっと意味を理解したようにシェイラは片頬でニヤリと笑った。

「なるほど。音無き流れは水深し、というわけか」

「わかったか」

 激しく言い合っていたユ−リスも同じ顔で笑った。

「今は深く深く動く時よ。暴れるだけならばいつでも出来る」

「承知した」

 にっこりと笑ってうなずいたシェイラは、そこでふと思いついたようにアミダラを向いた。

「どうせならわしの屋敷を使ってくれ。母も昨年亡くなり、今はだれもおらぬ」

「まあ待て。あそこは目立つ。ロマリア軍にも人物はおる。あまりおおっぴらにはまずい。よい場所がある、誰にも知られておらぬ秘密の場所だ。そこに集まることになっておる」

「わかった。夕刻よりは屋敷におるようにしよう。迎えに来てくれ」

 頼もしげに二人の肩を叩いたシェイラに、二人も笑いを返した。では待っておる、と背を向けたシェイラを、二人は人ごみの中にいつまでも見送った。

 大きな背中が角に消えるのを見届けてから二人は顔を見合わせた。同時に怪しげな笑いが口元に浮かんだ。

 二人の右手首には、同じ色の紐がまきつけてあった。




 古い、大きな屋敷の廊下をラグナとロ−グの二人の老魔道師が歩いていた。

 朝からの曇り空は夕刻から雨になった。晴れておれば、その廊下からは鮮やかな夕焼けが見えたはずであったが、あいにくの曇り空でもう外は夜のように暗い。フ−ドのついたカ−スの伝統的な魔道師の装束をまとった二人は、一言も言葉を交わさずに、滑るような足取りでぶ厚い絨毯を踏みしめ、並んで歩いていた。

 先方にわずかなろうそくの明かりが見えたとき、背の低い方が立ち止まって初めて口をきいた。

「やれやれ……気が重いのお」

 ロ−グであった。ラグナも少し行き過ぎてから立ち止まり振り返った。

「どうした、ロ−グ」

「もうそろそろ一線を退き、好きなだけ研究に没頭できると思っておったのに、この年寄りにオダイン様も罪なことをなさるわい」

「…………」

「もう五十年若ければ、このような役喜んで引き受けたものを……このように色気も枯れ果ててしまってからのこの役目、いやいや…」

 ラグナは苦笑した。

「だからというて若いものに任せれば、瞬く間に肉欲の虜となり発狂しよう……精も色気も枯れ果てたわしらだからこそ勤まる役目。気持ちはわかるが愚痴をいうでない。陛下への最後の御奉公と思え」

「お主はええわい。ほとんど何も知らぬ若い女子が相手じゃ、お主の流儀でやれよう。だが、わしの相手といえばそれはもう……」

「わかった、わかった。わかっとる、わしとて昨日は死ぬ思いじゃったのじゃ。たかが一刻のことじゃ、愚痴はそれくらいにせい。あとで、久しぶりに一緒に一杯やろうではないか」

 やれやれ…と嘆息して、ロ−グは再び歩き始めた。

 やがて、先に見えたろうそくの明かりに照らされて、扉の前に一人の女の姿が見えてきた。

 ろうそくを捧げ持つその女は三十を過ぎた程度であろうか、大柄で、美しいドレスをまとっていた。美しいのはドレスだけではなかった。亜麻色の長い髪に包まれた派手やかな顔は、一目見ただけで諸侯が全財産を投げ出して争って求婚するのではないかと思えるほど上品で美しく、動きの一つ一つまで洗練され優雅であった。

「お待ちしておりました、御主人様」

 にっこりと、媚を含んだ笑顔で彼女はロ−グの手をとった。その甲に紅を塗ったつややかな唇を押し当て、その後、うっとりとした表情でその人差し指をちゅうちゅうと吸った。若い者であればその姿を見ただけで、股間を押さえて座り込んでしまいそうな淫蕩さであった。

 しばらくそうした後、彼女は名残惜しそうに口から指を抜いた。頬を赤らめ、はあっと息を吐いた後、透けるようなドレスに包まれた長い脚の太股を耐え切れないかのようにこすり合わせた。

 名をナ−ジャと言った。彼女は最初に魔香を吸いロ−グに精を注がれた一人であった。以前は女王に仕える女官の一人であった。今は、既にオダインの奴隷と化した公爵の、魔道師達が拠点としているこの屋敷の管理をすると同時に、ロ−グに精を注がれた女達の束ねの役も受け持っていた。

 オダイン以外の魔道師はこの屋敷で女を抱いて奴隷に変えていた。郊外にあるこの屋敷は人目に付きにくく、一度に百人以上入れる部屋がいくつかあった。魔香も無限にあるわけではない。一つの部屋で効率的に狂わせたほうがよかった。

 アマゾネアに滞在するカ−スの老魔道師は五十名以上、それが毎夜七八人ずつ女を抱いていた。もちろん皆、とうの昔に男の力を失っていた。しかし、オダインが彼らに与えた薬は、彼らに数十年ぶりに男としての力を与え、そのモノから精をほとばしらさせた。一舐めすれば、一晩に七人が十人でも相手に出来た。しかし、今日はそのために来たのではなかった。

「皆、待っております。どうぞ」

 燭台を捧げ持ち、彼女は大きな扉を押し開いた。ドレスからぴっちりとラインの浮き出た豊かな尻を必要以上に振りながら先導する。

 ちらっとロ−グがラグナを見た。ラグナはしばしの別れでも告げるかのように、黙って小さく片手を上げた。

 ロ−グが入った部屋の中は、眩いほどの灯火に照らされていた。

 広いホ−ルであった。

 豪華なテ−ブルを並べ、山のような料理をそろえ、それでも百人が談笑できるほどの、豪華な広い部屋であった。

 しかし、今日そこに並んでいるのは、白いクロスをかけたテ−ブルでも、豪華な皿に盛られたアルバ−ナの珍味でもなかった。

 女がいた。

 全裸であった。

 一人ではない。広いホ−ルを埋め尽くさんばかりの全裸の美しい女達が、整然と並んで、入ってきたロ−グをうっとりと見つめた。すべて、ロ−グが精を注いで性の奴隷と化した女達であった。その数二百人ではきかぬ。

 後で扉が閉まり、燭台を持ったナ−ジャに導かれるかのようにロ−グは部屋の正面の、少し高くなった台に上った。後のものでもロ−グの膝から上程度が見えるようになった。

 台の上から見下ろした様は壮観であった。

 ロ−グの担当はどちらかと言えば年増の女達であった。年増といっても二十台半ばから三十台前半の女達である。金髪、黒髪、亜麻色、茶色、プラチナ・ブロンド………髪の毛の品評会のような中で、肌の色も透き通るような白いアルバ−ナの特徴を持ったものや南方系の少し浅黒いもの、瞳の色も青、黒、灰色かかった茶と様々で、諸国を歩いて相手の男性を探すアマゾネアの文化がよく現れていた。

 体系も、中原全ての人種が全てそろっているような多様さであったが、だれも無駄な脂肪をつけているようなものはおらず、それでいて痩せているものもそれなりに豊かな体をしていた。そして顔には少しでもロ−グの気を引こうと美しい化粧が施してあった。

 みな美しかった。そして、その全てが全身からにおうような色気をぷんぷんさせていた。女は恋をすると顔の表情から肌のつや、体の匂いまで変わるというが、彼女達全てが狂おしいほどロ−グに恋をしていた。ロ−グを自分に引き寄せるため、無意識にその全身からフェロモンを発散していた。

 もし何も知らぬ若者がこの部屋に入り、一息でも吸えばとたんに股間から白濁液をほとばしらせその場に昏倒したに違いない。いたいけな少年でも迷い込めば、涎を垂らして意味もわからぬまま自分のモノをこすりたてたに違いない。それほど、この部屋の中には濃密な女の匂いと淫蕩な空気が満ちていた。

 そして、それらの女全てが、皆ぼうっとなったように、立ったままふらふらと体を揺らし、台の上のロ−グを見つめた。

 四百を超える視線を浴びながら、我ながらよく頑張ったものだとロ−グは胸の中で嘆息した。

「みんなよいか。今から御主人様がお見せくださるが決して触ってはならぬ。耐えよ」

 燭台をおいたナ−ジャが、皆の方を向いて少し重々しく宣告した。その後、台の上のロ−グに恭しく頭を下げ、優雅な足取りで台の上に上がった。再び頭を下げ、そっとロ−グの服に手をかけ脱がせた。その下、あばらの浮き出た体には何も身に付けていなかった。

 ああっと声があがった。

 彼の股間を見た最前列の女が何人か、それだけで頬を真っ赤に染めてその場に卒倒した。涎の浮いた口には淫蕩な笑いがこびりついていた。

 ああっ、はああっと全ての女達が顔を真っ赤にして押えきれない歓喜の声をあげて、うっとりとローグの股間にそそり立つモノを見つめている。

 ぐじゅっと音がして、どの女の股間からも蜜が溢れた。だらだらと止めどもなく溢れては脚を伝ってこぼれてゆく。皆、わずかに体をくねらして、むっちりと脂ののった太股を密かにこすり合わせた。

 だが耐えていた。手がぶるぶると震えて股間に向かうのを、必死に耐えている。痙攣する指がまるで胸を揉みしだくかのように激しく動いたが、それでも耐えている。皆、ナ−ジャの言いつけを守っているのだ。もし言いつけにそむいて、御主人様に捨てられたら生きてはゆけない。だから…だから………

 はあっはあっと息を荒げて、彼女達は直立不動に立ち続けた。まぶたが痙攣した。口ががくがく動いた。額に汗が浮き、股間からはぐじゅぐじゅと蜜があふれ続けた。こすり合わせる太股がぬるぬるとし余計に快感が高まった彼女たちは、気付かれぬよう更に激しく股間をこすり合わせ続けた。溢れた蜜はいく筋もの流れとなって太股から膝、ふくらはぎや向う脛を流れ、やがて床に達した。涎も顎から雫となって垂れ、首から胸へと伝いやがて股間へと達するものもあった。

「皆、よく聞け」

 ロ−グが声を張り上げた。

「今より、オダイン様の言葉は我が言葉として聞け。我に仕えるのと同じように、オダイン様にお仕えせよ」

 ああ…オダイン様……どなたかは知らないが………仕えますっ、御主人様がおっしゃるならば………御主人様と同じように、仕えます………仕えますから……早く……早くうううっ!

 仕えますっ!と女たちが叫んだ。仕えます、お仕えいたしますううっ!と泣きそうな声で叫んだ。涙をぽろぽろ流し、ひいひいと泣き声を上げながら絶叫する者もいた。

 叫びが合唱のようになった。ロ−グの股間のモノを見つめ涎と絶え間ない蜜を滴らせながら、女達は何度も何度も叫んだ。お仕えいたします、オダイン様にお仕えいたしますっ!…………

 性に狂った心の中に次第にその言葉が染みこんでいった。快楽と共に耳になだれ込み、自らも叫ぶその言葉の意味もわからぬまま、見も知らぬオダインという人物への忠誠心が心を染めていった。

 お仕えしますっ………オダイン様に……オダイン様っ………ああ、オダイン……様……

「触ってよい」

 ひいいいいいっと絶叫が響き渡った。ロ−グの言葉に女達が一斉に股間に手を這わせた。狭間に指を突っ込みかき回した。指で肉の芽をつまんで激しくこすりつけた。豊満な胸を手でわし掴みにし柔らかいそれを指の間からこぼれさせた。

 ぐじゅっぐじゅっという音がホ−ルの中に響き渡った。皆、目の周りを赤く染め、はっはっと舌を出してうつろな目を宙に這わせた。

 ああ……ああ、いいいっ……ろ、ロ−グ様っ!……お…お…オダイン様ああああっ!

 ああっと櫛の歯が欠けてゆくように、こらえ切れなくなった女達が次々にその場に倒れていった。ばかのように開けた口から止めどもない涎を垂らし、目を激しく痙攣させ、股間からあふれ出す蜜が高価な絨毯に大きなしみを作ってゆく。

 どれ…とローグが気が重そうに台の上から降りた。先日、ラグナがしたことと同じことを、今からしなくてはならない。

 全裸のロ−グは、手近に倒れ、ひいひいと叫び声をあげている金髪のグラマラスな女に近寄った。全身を激しく波打たせながら、両手で股間をかき回していた。真っ白な豊満な胸乳が、ぷるぷると激しく揺れていた。

 はっと女の青い瞳がロ−グを見上げ、次に股間のモノを見た瞬間、その厚手の唇からだらだらとこらえ切れない涎が垂れた。

「我が物に口付けし、オダイン様への忠誠を誓え」

 はああっと女が顔を輝かせ、四つに這って来ると震える唇をロ−グのモノへ近づけた。

 ごくっと喉が鳴った。

「ああ……あはああ……お仕えいたします……私の全てを差し出して、お、オダイン様にお仕えいたします、いたしますうううっ!」

 吸え、とロ−グは許した。

 ああっと女が涎に濡れた唇をロ−グの先端に押し当てた。

 とたんに彼女の喉がぐひいと音をたて、顔がどす黒く変わり体が激しく痙攣した。感動しすぎた心がその強すぎる刺激に体を狂わせたのだ。

 その場に卒倒した彼女は、白目を剥いて紫色に変色した唇から涎を垂れ流し続けた。

 しばらくその様を見下ろしたあと、命に別状なしとみたロ−グは次の女に向かった。

 その女は床に座り込み、Mの字に足を開いて狭間に指を激しく出し入れしながら、栗色の短い髪を振って絶叫しながら汗を飛ばしていた。

 同じことを繰り返した。

 彼女も狂ったようにオダインへの忠誠を叫んだ。

 べっとりと紅を塗った唇でロ−グのモノを吸った。

 次の瞬間彼女の目から大粒の涙がこぼれた。激しくロ−グの脚にしがみつき、従いますううっ、オダイン様に、お仕えしますううっ!と何度もロ−グのモノに唇を押し当て、やせこけた太股に顔をこすり付けてわんわんと大声で泣き始めた。

 ロ−グはその体を蹴飛ばすように振り払った。

 やれやれ…と、ロ−グは絶望的な気分で次の女に向かった。女たちが部屋を埋め尽くし、絶叫が響き渡るはるか向こうは、薄暗くその果てが見えないような気がした。




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