ドレアム戦記
ドレアム戦記 朱青風雲編第14話
「ハデス皇太子、どうやら風向きが変わったようだ」
ハデスが親衛隊長であるナイトメアを振り向く。横では先ほど敗残軍を纏めて帰還したアリオスもまた、首を向けて見つめていた。
ナイトメアの口調は、皇太子であるハデスに対して親衛隊長という身分としては明らかに不遜な物言いである。だが、ハデスは通常とは違ってそのような事は意識してはいない様子。そして、アリオスもまた特に異常だとは思っていないようだった。
その理由は簡単であった。ナイトメアはなりこと人の形をしているが、その正体は魔界の住人、そしてハデスのパートナーなのだ。ナイトメアの瞳が赤黒く染まり、妖気を纏っていく様を見ると、彼が魔界の者だということを改めて実感してしまう。
「ナイトメア、どう変わった」
ハデスの問いにナイトメアは一度目を閉じて瞑想し、再び瞳を開いた。
「グユクが傷を負って離れた。ケルベロスが逃がしたが、奴も敗れたようだ」
「ほう。グユク公子が敗れたか・・・、では、これ以上ここにいても仕方がないな。アリオス」
「はっ」
「残った軍を纏めろ」
「はい、既に準備は整っています」
「ふっ、さすがだな」
ハデスは満足そうに頷く。と、そこでふと思い立つ。
「アリオス、軍を率いてサラマンダーへ戻れ」
「はっ、・・・ところで、殿下はどうされるのですか」
アリオスは、ハデスの物言いから、ハデスが別行動すると勘付いていた。それに対して、ハデスは薄く微笑む。
「俺は、ナイトメアと寄り道して行く。カルバン要塞に寄ったら、グユクとヨウキによろしく伝えておいてくれ」
アリオスはそれ以上聞かずに頷くと天幕を出て行った。残ったのはハデスとナイトメア。
「ナイトメア。グユクとケルベロスを退けた奴に会ってみたくはないか。出来ることなら剣を交えてみたい」
「やはり・・・、そう言うと思った」
「会えるか?」
「ああ、ケルベロスが結界を張った場所は探知済みだ。そこに行けば出遭えるだろう」
「そうか。ふふ。不完全とはいえ魔の力を取り込んだグユクに傷を負わせ、魔人でも止めることが出来なかった相手か。楽しみだな」
「ケルベロスがその言葉を聞いたら悔しがりそうだ」
ナイトメアは少し楽しげな口調だった。が、直ぐに元に戻る。
「だが、良いのか。お前はまだ生身だぞ」
「仮に黄泉の世界を彷徨おうとも、お主が呼び戻してくれるのであろう」
「確かに、そう約したな」
ナイトメアとハデスは、互いに瞳を見つめあい、頷きあった。
ジロー達がケルベロスの結界から元の世界に戻った場所は、グユク軍の陣地内ではなく、もっと離れた森の縁あたりだった。どうやら、ケルベロスはグユクを逃がすために結界ごと移動したようだ。
だが、逆にこれはジロー達にとっても好都合と言えば好都合だった。グユクを襲った後で、敵の陣地から脱出するのは骨が折れそうだったから。ドリアードによって眠った兵士達は良いが、他の兵士達に戻ってこられたら厄介なことになっていたであろう。
「結構きつかったな・・・」
「はい。手強かったです」
「今までの魔界十二将よりも強かった・・・」
ジローの言葉にユキナとミスズが続けた。2人共疲労が表情に表れている。だが、ジローがケルベロスを討ち果たしたことで、精神的には清々しい気分だった。
「ああ〜、疲れたよぉ〜、魔力使い果たしちゃって、もう、すかすかだよぉ。あと、フレイア1回分しか残ってないよぉ〜」
シャオンがそう言って近くの倒木に座り込んだ。ケルベロスの触手攻撃を火の魔法で凌ぐのがいかに大変だったかをそれとなく主張しているところが可愛い。
「シャオ、ご苦労さん。あんた、頑張ったね〜」
アイラが笑いながらシャオンの短い赤毛を撫でる。シャオンはジローに言って欲しかったのに、と少し拗ねた表情を浮かべたが、アイラに撫でられるのも満更ではないようで、浅黒い顔に気持ちよさそうな表情を浮かべていた。
それを見て微笑みを浮かべていたルナも疲労の色は隠せなかった。横ではイェスイが心配そうにルナを支えている。
エレノアだけは平然としているように見えるが、単に疲労を表に出さないだけなので、実際は相当疲れているようだ。その証拠は、杖を持った左手がかすかに震えている様子から見て取れる。
「でも、今ここで敵とぶつかったらまずいわね」
アイラがジローを見、そのあと全員を見ながら言った。
「ああ、それが魔界の連中だったら何て、考えたくないな」
「でも、回復できるならした方がいいわね、ルナちゃん、どう?」
ルナの代わりにイェスイが答えた。
「ルナ様も『障壁』をずっと維持していたのでお疲れです。私なら平気ですけれど、私の魔力では皆さんを全回復とまではいかないと思います・・・」
「『神精回復』ってわけにもいかないわね。術者が2人必要だし、ルナちゃん自身が掛けて貰いたいくらいよね」
アイラの呟きに、ルナが力なく微笑んだ。
「お姉さま、お気遣いありがとうございます。でも、皆様を回復させるだけなら、いい方法が有りますわ。ねえ、イェスイ」
ルナに振られて、イェスイははっと何かを気付いた様だった。
「あっ、は、はい。そうです。あれが使えます。ルナ様、ありがとうございます」
「どういたしまして。では、イェスイ。始めましょう」
ジローやアイラ達が注視する中で、ルナとイェスイは静かに瞳を閉じ、互いに身に着けた封印の装具を胸の前に持っていった。ルナの左手の水の指輪、イェスイの樹海の杖、その水色と明緑色の宝玉が輝きを増していく。
2色の輝きが周囲を満たす中、2人はルナ、イェスイの順番で呪文を唱えた。
「『神命水』」
「『結調和』」
2つの魔法が織物の縦糸と横糸のように交じり合いながら広がっていく。やがてそれはジロー達全員の頭上を覆うように広がり、そこから雨のように流れ出した魔法の雫が降り注いだ。
魔法の雫を浴びたジローは、自分の身体か軽くなるのを感じた。肉体に溜まっていた疲労感が嘘のように消えていく。それどころか、更なる活力が漲ってくる。そして、それは愛嬢達も同様だった。
水と木の合成魔法、『恵みの雨』。体力を完全に回復させ、魔法力も僅かではあるが回復させる優れものの魔法であった。
ルナとイェスイの『恵みの雨』によって体力を回復したジロー達は、日が落ちて暗くなった森の端で野宿することにした。辺りを照らす魔法もあるにはあったが、彼らがいる場所は敵軍の近く、まだ周辺には敵兵がいないとも限らない。わざわざ敵兵に見つけてくれと言うようなことは、避けたほうが無難だった。
幸い、月明かりのおかげである程度は周囲を見渡せた。とりあえず、ドリアードを召喚して結界を張れば、森に潜む獣からも干渉されずにすむだろうと、ジローが立ち上がったその時だった。
「何かが近づいてくるよ!」
シャオンが真っ先に物音に気付いた。ジローは召喚を中止し、愛嬢達に声をかけて集合し陣形を組む。ジローの両脇にミスズとユキナ、背後にアイラ、その後ろにエレノア、ルナ、イェスイが三角形を描き、最後尾のシャオンは背後にも気を配る。
陣形を組み終えた頃には、地響きは全員に聞こえるようになっていた。緊張感に包まれながら待つジロー達。
月明かりの中、一陣の影が駆けて来る。その姿は徐々に大きくなっていった。何者かがジロー達を目指しているのは間違いがなさそうだった。
地響きが大きくなり、影は巨大な馬の姿となった。その馬上には1人の若い男が跨っている。魚鱗のような金属の鎧を身に着け、肩も数枚のプレートが覆っている。兜はかぶっておらず、近づいて来るとその月明かりに輝く金色の髪と、端正な顔立ちが判別できるようになってきた。
そして、その姿を見たエレノアが思わず呟く。
「殿下・・・」
アイラが思わずエレノアを振り向いた。
「エレノア、殿下って、もしかして・・・」
エレノアの脇にいたルナとイェスイも固唾を飲んで注視する中、エレノアは杖を握り締め、微かに頷いた。
「あの馬上にいるのは・・・、ハデス皇太子・・・」
エレノアのいつも淡々とした声が震えている。
そして、その声に気付いたか馬上から声が掛かる。その時にはもう、ジロー達とハデスの距離は5ヤルド程しかなかった。馬を止めたハデスは、その碧眼をエレノアに向け、暫く見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「エレノアか。左目の眼帯は取れたのだな」
「殿下・・・」
「そして、寝返ったか・・・。さもありなん、理由は聞くまい。ところで、命は果たしたのか?」
エレノアは戸惑ったのか、微かに頷いてしまう。それを見てハデスは満足そうに頷いた。
「よかろう。エレノア、俺と袂を別つがよい。そして、最後の命ぞ、俺を殿下と呼ぶことは禁ずる」
「・・・感謝する。ハデス皇太子」
ハデスはもうエレノアを見ていなかった。ジローと愛嬢達を一通り見渡して、視線をジローに戻していく。
「戦士、名はなんと言う」
「ジローだ」
ジローは、ハデスを睨み返しながら答えた。
「そうか、俺はハデスだ。どうやらお前達にグユクやケルベロスが世話になったみたいだな」
「ああ、そうだ。グユクは倒しそびれたがな」
「ふふ、ならば俺の首でも取ってみるか?」
ハデスは馬上で大剣をすらりと抜き放つ。鎧から突き出た鍛えられた腕は、通常なら両手で扱う大剣を片手剣のように扱っている。
ジローも刀を構える。こちらは、ルナの『授与』の力をまだ残していて、淡白い輝きを帯びている。そして、アイラ、ミスズ、ユキナの3人もそれぞれ封印の武具を構えた。
「ジロー、ハデス皇太子は魔物にはなっていない。だが、あの馬は魔物だ」
エレノアが告げた。『邪探』を行ったらしい。
「わかった。ルナ、エレノアとシャオンとイェスイを『月界壁』で守ってくれ」
「はい。わかりました」
ルナは素直に従った。『恵みの雨』で体力は回復したものの、魔力の回復は僅かでシャオンもエレノアも攻撃魔法を連続して出せる状況ではなかったのである。そして、ルナとイェスイは万が一の場合の回復要員として魔力を温存しておく必要があったのだ。
「準備は整ったようだな。では、行くぞ!」
ハデスは、そう言うなり馬を駆ってジロー達に襲い掛かった。手綱もない裸馬の上で大剣を振るう。ぶんっという唸りを上げて襲い掛かる大剣を、ジローが刀で受ける。が、刀で弾く前に手応えが引き、次の瞬間には別の角度から大剣が襲い掛かってくる。人馬一体の動きと共に変幻自在に大剣が繰り出される。
だが、ジローは攻撃をことごとく防ぐ。『鬼眼』が発動していた。刀と大剣の打ち合う音が森に響く。その打ち合いの隙を突き、横から槍が突き出され馬上のハデスを襲う。ハデスは身体を捻るだけで受け流すと、馬もまたハデスの意思に合わせるように方向を換え、槍を出したユキナに大剣が一閃される。
乾いた音が響く。だが、ユキナはその音以上の衝撃を受けていた。軽々と振るうハデスの大剣は、見た目以上に重かったのである。
まともに受けてしまい腕が痺れながらも、ユキナは一歩引いて体勢を立て直す。そのユキナの隙を逃さずに次の攻撃が来る。ユキナは白虎鎗を斜めに滑らせてハデスの一撃を受け流すが、ハデスの力に押され気味。
「ユキナ!」
ミスズが玄武坤を投げた。と、ハデスはユキナから離れて馬ごと真横に跳んだ。玄武坤が間一髪で今までハデスがいた場所を通過する。しかし、もう一枚の玄武坤がハデスの背後に近づいていた。
ふぁさっ!
ハデスの背後に黒い帯が何条も出現した。その正体は馬の尻尾。その尻尾の一本一本が強力な幕を作り上げて玄武坤を弾き返す。
「なっ」
戻ってきた玄武坤をキャッチしたとき、玄武坤を追ってするすると伸びてきた尻尾が今度は束ねた槍となってミスズに襲い掛かる。
その攻撃を間に入ったアイラが止める。その間にもハデスの大剣はジローの刀とユキナの槍を相手に互角の戦いを繰り広げていた。
<手強い>
ハデスの力は相当なもの。技ならテムジンが上かもしれないが、戦場武力ならば間違いなくハデスの方が上。何よりも、一撃一撃が重い。打ち合うだけで消耗するようだ。受け流しても衝撃がかわし切れない。
だが、やはりジローの『時流』の力はその上を行く。ハデスの剣速が達人級としても、『時流』を発揮したジローの方が倍以上速い。その世界の中で、ジローの刀はハデスの大剣のただ一点だけを狙って何度も攻撃、受けを繰り返していた。
ユキナも痺れから回復して白虎鎗を繰り出す。ミスズは攻撃を避けながら玄武坤を投げ、アイラは馬の尻尾の攻撃を的確に防いでいる。しかし、ハデスと馬は一心同体の動きを繰り返して4人に対して一歩も引かずに戦っていた。
永遠に続くと思われたその戦い。幕を落としたのはやはり、ジローだった。ジローが狙っていた大剣の一点攻撃、それは大剣の付け根の一点。そして、そこに何度となく攻撃を叩きつけた成果がついに現れる時が来た。
ジローが下から振り上げた刀がハデスの大剣と交錯した瞬間、ハデスの大剣が根元から砕けた。そして、そのことにハデスが衝撃を受けたその一瞬こそ、ジローが待ちに待っていた瞬間だったのである。
ジローは馬の鬣に片手をかけて自分を持ち上げると刀をハデスに向けて突き出す。その刃先は見事にハデスの魚鱗の鎧を捉え、胸に吸い込まれた刃先が背中まで貫通する。
次の瞬間、ジローの周囲に赤黒い空間が広がった。そして、刀の手応えがなくなる。ハデスの身体を貫通していた刃先が消えていた。刀に印加されていた『授与』の効果が切れていたのだ。そして、バランスを崩したジローを放逐するように馬が駆け出した。ハデスを背に乗せたまま。
地面に落ちたジローが見たときには、ハデスと馬の姿は月明かりの中に消えていた。
ドリアード攻防戦は激戦の後のこう着状態のまま、明け方を迎えた。
この時期のドリアード特有の朝靄に白く霞む景色の中で、ドリアードに残った3名の7龍将、銀龍将ムカリ、緋龍将モルテ、玄龍将ジェルクタイは、殆ど眠らずに兵士達を指揮し続けていた。
彼らは、待っていたのだ。ただ、ひたすらに。そう、ジロー達決死隊の戦いの行方を。彼ら次第で自分達がドリアードを枕に散るか、それとも薄氷の勝利を掴むかが決まる。3人共、ジロー達を送り出した時からこのどちらかだと決めていたのだ。
<どちらに転ぶにせよ、閣下とパメラ様には生き延びていただかなければ>
ムカリは、椅子に座ったままで思案していた。
<護衛を誰にするかは、3人で公正にくじは引きました。当たったジェルクタイは不満そうでしたけど・・・>
ムカリの表情に笑みが浮かぶ。思えば3公子の乱が始まってから、モルテ、ジェルクタイと3人で、ずっと戦ってきたのである。
<なのに、最後の最後は外から来たジロー殿を何故か頼ってしまった・・・。思えば不思議なお方だ>
ムカリはもう一度微笑むと目蓋を開いた。ざわついた雰囲気を感じ取ったのである。
「ムカリ将軍、ご、ち、注進・・・」
転がるようにして兵士がムカリの前に辿り着いた。夜のうちに斥候に出した兵の1人らしい。全身から汗を流して肩で息をぜいぜいとしている。ムカリが近侍の兵士に水を与えるように命じ、水をがぶがぶと飲んでようやく一息つけた様子だった。
「さて、聞きましょうか」
「・・・は、はい。て、敵兵が、ひ、引いています」
おおっ、と周囲の兵士達が漏らした。だが、ムカリはそれを制して質問した。
「敵兵とは、どこの敵兵ですか」
「は、はい。・・・敵、本隊、外壁の外に陣取っていた敵軍が、退却を始めています」
「ハデス皇太子の軍もですか?」
斥候兵は首を大きく振って頷いた。
<ジロー殿、・・・ありがとうございます>
ムカリは斥候兵を労うと、直ぐに3名の使いを立てた。もちろん、モルテ、ジェルクタイ、そしてトオリル公子に朗報を伝えるために。
後にいう、ドリアード攻防戦が終わった。
8万のグユク公子、ハデス皇太子連合軍に、たった1万のドリアード守備軍が薄氷の勝利を得たのである。
この戦いで犠牲になった兵士達の数も双方で4万を超えていた。その事実だけでも、いかに激戦が繰り広げられていたかと云うことを物語っている。
敵軍で捕虜になった将兵は1万。その中には、最後の最後にムカリを苦しめたグナーク卿の姿もあった。グユク公子軍退却を知って、残りの兵を連れて投降してきたのである。投降した敵将ということもあって、ムカリの配慮で別室に案内しようとしたが断られ、他の兵士達と同じ場所に押し込められている。しかし、その中にあっても、悠然とした姿で落ち着いている。齢60だが背筋はピンと伸び、白くなった髯を口元に蓄えたその姿は、捕虜となった他の兵士達の心を落ち着かせる効果を持っていた。
グナーク卿はその後、トオリル公子直々の尋問と言う名の面会を果たし、このままドリアードの将となることを勧められたが自分には仕える主人がいると丁重に辞退し、代わりに主人に対してグユク公子から離れてトオリル公子につくよう勧めるという条件で部下の兵共々釈放されるのであるが、この話はここまで。
グユク軍の退却を知った日の昼、朝靄が暖かな陽射しによってすっかり消えた頃に、ドリアード攻防戦の一番の立役者、ジローと愛嬢達が戻ってきた。
8人の姿を見つけた兵士の伝令により、トオリル公子を始めとして、ムカリ、モルテ、ジェルクタイ、パメラ、レイリア、そしてたくさんの将校達が王宮の前でジロー達を出迎えた。
「ご主人さまぁ〜、おっかえりなさ〜いぃぃぃ・・・」
待ち受ける人々達の前に到着したジローに、真っ先に飛び出して抱きついたのはレイリアだった。ジローのことを全身できゅっと抱きしめているその姿は、とても愛らしい。
「レイリア、ただいま。心配させたか?」
レイリアは顔をジローの胸に埋めたまま、かぶりをふる。
「絶対に帰ってくるって・・・、信じてましたぁ。だからぁ、心配なんて、してなかった、ですぅ・・・」
そう言いながら、声が泣き声に変わってくるのを、ジローはよしよしと頭を撫でる。そして、レイリアが落ち着くまで待って、他の愛嬢達と並ばせると、9人揃ってトオリル公子の前に進み出て、全員で肩膝を付き、一礼する。
「トオリル閣下、金龍将ジロー、蒼龍将ミスズ、黄龍将アイラ、輝龍将ユキナ、無事帰投しました」
「うむ。よくぞ無事に戻って来てくれた。怪我はしていないか」
「はい。大丈夫です。そして、命じられた任務ですが、我々はグユクの本陣に到達し、残念ながら討つことは出来ませんでしたが、グユクに傷を負わせ、グユクは引きました。それと、ハデス皇太子とも戦いました。ただ、結果がどうなったかはよくわかりません。傷を負わせた手応えは有ったのですが」
その時、周囲の将校達から一斉に讃える言葉が溢れ出し、賞賛の眼差しが送られた。
「よくやってくれた。お礼を言わせてもらう。さあ、中に入って休んでくれ」
トオリルが自ら歩み寄ってジローの手を取った。ジロー達は促されるように立ち上がると王宮の中へと入っていった。
食事を済ませたジロー達は、明日の夜に宴を行うので今夜はゆっくりと休んで下さいと言われて部屋に通されていた。部屋はジロー達全員が休めるようにと、王宮の奥の一角を丸々あてがわれている。
そして、その部屋に着いた途端、レイリアから提案があった。
レイリアが疲れた皆にマッサージをするという。彼女なりに1人残されて今回の戦いに参加していなかったので、気を使っているのだろう。そう思って軽く承諾したのだが、そのマッサージが凄まじいものだった。そう、レイリアの持ちえる技術をフルに使った性技マッサージだったのである。
マッサージは最初にルナから開始された。
「ルナお姉さまぁ。レイリアちゃんに全て任せて、力を抜いてくださいねぇ〜」
そう言って、最初は服を着たまま、背中押しから始まったのだが、気がつくと、レイリアの指はお尻からルナの股間に侵入し、絶妙の技法でクリトリスと膣口を舐られたルナがあっという間にイってしまう。そして、そのままするすると服を全部脱がせたレイリアは、脱力したルナを仰向けに寝かせ、豊かな乳房のピンク色の蕾にしゃぶり付く。
「あっ、あぁぁ・・・」
ルナが嬌声を上げるのを聞いて、他の愛嬢達は興味津々。この後自分達もこうされると思って、身体が熱くなる者もいた。
「準備しとこっか」
アイラが横にいたエレノアの耳だけに聞こえるようにそっと囁いた。エレノアはルナ達の嬌態にほだされて呆然としていたのか、こくっと小さく頷いた。
アイラはエレノアを抱き寄せた。エレノアは素直に従う。そして、神官服のボタンを外して侵入してくるアイラの右手を受け入れていた。小さな胸にちょこんと乗っかった乳首が、アイラの指先で硬くしこっていく。
「ふ、くぅ・・・」
エレノアから声が漏れたが、その声をルナの絶叫が掻き消した。レイリアによる乳首、クリトリス、膣内の3点責めが、最大限の快感を引き出して津波のようにルナの意識を襲い、浸したのである。
ルナは、大量の潮を吹いてレイリアの手首までびしょびしょにしながら、意識を失っていた。
「ルナお姉さまぁ、おやすみなさいですぅ」
そして、次のターゲットを探す。
レイリアの独断場が始まった。レイリアの持てるテクニック全てを発揮した性技がふんだんに披露され、愛嬢達が次々と撃沈していく。ひとりひとりの一番感じる場所を的確に捉えたその愛撫に、ルナ、ユキナ、イェスイ、シャオン、ミスズ、そしてアイラまでもが快楽の海に深く沈みこんだまま、意識を失っていた。
今は、エレノアがレイリアに翻弄されていた。
「うぁ、あ、あ、あ」
淡々とした冷静な女性という表現がぴったり当てはまるエレノアが、レイリアの愛撫によって全身をピンク色にしながら悶えている。左右の色の違う瞳がたっぷりと潤み、レイリアが咥えていない方の乳首がこりこりに硬くなって膨れ上がっている。そして、両膝はレイリアによってM字に開かれ、ジローの方に向けられた膣口からはとめどなく愛液が流れている。膣口にはレイリアの指が2本、滑るように中を抉り、親指が丁度クリトリスの位置を擦り上げている。
「ひ、い、ふぅ、くぁ・・・」
エレノアの言葉は、息の代わりだった。そうしないと、窒息しそうな快感が次々と身体を痺れさせてくるのである。
レイリアは、絹のような肌触りのエレノアのわき腹に左手を這わせ、エレノアの僅かな反応を見逃さないように性感帯を確認、開発していく。既に膣内に見つけた場所は、右手の中指が絶妙なテクニックで責めている。
レイリアの触覚に、エレノアの震えが伝わってくる。絶頂の極みまであと少しというところまで来ている証拠だった。そして、レイリアはその最後の一歩を踏み出させる。
「エレノアお姉さまぁ、気持ちよくなっちゃってくださぁ〜い」
レイリアがそう言った瞬間、エレノアの背中がぐぐっと仰け反った。そして、口から悲鳴とも言葉とも判別がつかない声を上げ、膣口からは潮と愛液を溢れ出させながら、エレノアは失神した。
「ご主人さまぁ、お待たせしましたぁ〜」
ジローは、7人の愛嬢達が失神していく様を見ながら、既に股間の一物を硬く滾らせていた。まあ、それは仕方ないとして、それを見て一番喜んだのがレイリアなのは間違いがなかった。
「はぁむ」
レイリアは真っ先に肉棒を口に含んだ。
<うわっ、気持ちいぃ・・・>
レイリアの口にすっぽりと覆われた肉棒の先端、亀頭の周辺を柔らかな舌が這っている。汁気たっぷりの舌が軟体動物のようにくびれに吸い付き、丁寧に舐め上げるように、それでいて大胆に、痺れるような快感を送り込んでくる。
ジローは舌だけでイってしまいそうになるのを必死になってこらえる。だが、レイリアの方が上手だった。亀頭の膨らみ加減でジローの絶頂を敏感に感じとり、口全体を使って吸い込むような愛撫に変化する。
「ごふひんはわぁ・・・、ひっちゃってくらはいぃ・・・」
レイリアの言葉を聞くまでもなく、ジローは限界を迎えていた。下半身が引っ張られるような痺れの感覚が、全て肉棒の先端に集まり、一気に爆ぜる。
「ふご、むぅ、ふぅ・・・」
レイリアは、その欲望の塊を喉で受け止め、猫が撫でられてうっとりしているような表情で、美味しそうに喉を鳴らしながら呑み込んで行く。
ちゅうちゅうと最後の一滴まで精液を吸い上げたレイリアは、それでも肉棒を放さず、またまた丁寧な愛撫を繰り返した。それ故に、出したばかりの肉棒は、硬さを維持したまま次の快感への準備が整っていた。
レイリアが肉棒を開放した。そして、ジローににこっと微笑みかけると、自分の乳房と乳首をジローにこすりつけるように、ゆっくりと這い登ってきた。乳首が当たる触覚が、内股、陰部、腹、胸の順番で移動してくるのが何とも言えず心地よく、ジローは夢見心地で享楽を覚える。
「ご主人さまぁ〜、えへっ」
レイリアはジローの口に吸い付く。舌と舌がねっとりと絡み合った。そうしながら、自分の濡れた股間を肉棒に擦り付ける。大陰唇が肉棒を挟みこみ、亀頭の辺りを絶妙の動きで包んで擦り上げる。指とも口とも違う感覚に、ジローは更なる快感が持ち上がってくるのを感じていた。
そして、擦りながら時々亀頭が膣口に潜り、その度にレイリアは腰の角度を変えて外すと再び素股を繰り返す。それが何回も繰り返される内に、ジローはだんだんとレイリアの中に入れたいという衝動が膨れ上がってくる。
だが、すでにジローの身体はレイリアのコントロール下に置かれていた。その証拠に、レイリアが妖艶な笑顔を浮かべ、ジローの肉棒を自分の膣内に導きいれただけで、えもいえぬ快感と共にジローは達して大量の精液がレイリアの中に放出された。そんなことはお構いなしに、レイリアは肉棒を更に奥に導きいれる。精液が圧縮されて愛液と混ざり合い、じゅくじゅくとした音が結合部から漏れ聞こえる。
ジローの肉棒は、三度硬さを取り戻していた。その肉棒が、入口、中、先端と3箇所できゅっきゅっと締め上げられ、肉棒に血がどんどん集まっていく。
「ご主人さまぁ〜、もっともっとしてあげますぅ〜」
レイリアはジローにキスすると身体を起こし、騎乗位の姿勢になった。そして、腰の角度を変えて何やら探っている。
それが一体何なのかは、ジローの肉棒から伝わってきた。ジローの肉棒の先端が当たっているこりこりとした子宮口が、ゆっくりと降りてきて肉棒を包み込んで来たのだ。そしてそのまま亀頭部分まですっぽりと肉の壁に包まれる。
「あぁぁ〜ん、くぅ、感じますぅ〜」
子宮内部に侵入を許したレイリアは、ぶるぶると震えながら快感に浸っていた。それは、ジローも同じ。
唐突に、レイリアが動き始めた。子宮口が亀頭のエラの部分を擦りあげ、電気が走るような快感がジローを襲う。そして、その快感に誘われるまま、ジローもレイリアの腰を掴んで突き上げ始める。
「はぁ、あっ、あっ、あっ、い、いぃ、いぃぃぃぃぃ・・・」
レイリアの感極まった声が浴びせられ、ジローは我を忘れて腰を突き上げる。レイリアも腰を振り、子宮内部を突かれる快感を2人で享受していく。
「ふぅあ、あふぅ、も、もぅ、い、いっちゃい、ますぅ〜」
レイリアが叫び、全身が硬直した。膣壁と子宮が痙攣してジローの肉棒をこれでもかと締め上げ快楽を送り込む。そして、ジローもまた、こみ上げる快感に堪えきれず、頭が真っ白になりながら大量の精液をレイリアの子宮に叩き込んで、そのまま気を失った。
暫く放心状態だったレイリアは、戻ってくるとジローが満足そうに気絶しているのを確認し、軽くキスをして結合を解いた。
「ご主人さまぁ、ご馳走様でしたぁ・・・」
そして、ジローの隣に潜り込んで、ゆっくりと目を閉じる。
レイリアの寝息が聞こえ始めるまでに然程時間はかからなかった。
ドリアード攻防戦から2ヶ月が経っていた。
グユク軍を退けたドリアード側の当面の目標は、戦火に荒れた市街地の復興と、ぼろぼろになった軍を再編することだった。幸い、グユク公子側も相当の犠牲を負ったようで、暫くの間は攻めてくる気配は無いようだし、朱雀地方から援軍に来たハデス皇太子軍もどうやらガルバン要塞を離れて軍を引くらしいという情報も入っていた。ドリアード側も戦後の復興と新兵を育てるいい機会と捉え、それぞれが忙しく立ち回っていた。
軍の再編については、銀龍将ムカリがその任を負った。政務と軍務の両方を手がけなくてはならなくなって忙しかったが、玄龍将ジェルクタイに、傷が完治したらもう一度怪我したくなるくらいこき使ってあげますからと爽やかに療養を勧め、激務の筈なのに傍からは余裕綽々に見える振る舞いで、平然と執務をこなしていた。その陰で、副将のシテンタクがどれほどこき使われていたのかは誰も知らなかった。ちなみに、ジェルクタイが復帰した後は、本当に彼がもう一度入院したいと漏らすほどこき使ったそうだ。
緋龍将のモルテもまた、ムカリと共に軍の育成にあたっていた。といっても、モルテの場合は女兵限定だったが。紅の軍団を再編しようと頑張っていたのだ。
だが、そんな彼女にちょっとした異変が生じていた。そう、来るべき筈の月のものが来ていないのである。モルテは余り気にせず、戦後の復旧に携わって多忙を極めていたからだと思っていたが、ある日食事中に急に吐き気を催したことから、別の可能性が心を過ぎった。
そして、その予感は当たっていた。そう、モルテは懐妊したのでる。思い当たる相手は1人しかいない。水生魔物に襲われて体を乗っ取られそうになったあの時、治療と称して自分達を抱き、快感と共に大量の精を体内に放った人。
<ジロー殿・・・>
モルテは一瞬思いに耽ったが、直ぐに真剣な顔をして副官のクランを呼んだ。クランは、いつもは駆けて来るところを歩いてやってきた。
「モルテ様、御用ですか?」
モルテは、クランの顔をまじまじと眺めた。精悍な美女顔だったが、微かに丸みを帯びているような気がした。
「クラン。お前もか・・・」
「は?何のことで・・・」
モルテは答えずにクランに問うた。
「クラン、私の顔はいつもと変わりないか?」
「えっ?は、はい。あっ、でも良く見れば少し優しくなったような・・・」
そこで、クランは何かを思い当たったようだった。
「モ、モルテ様・・・、まさか貴方も・・・」
モルテは頷いた。
「ああ、私のここに新たな生命が芽吹いた。ジロー殿の子だ」
クランは少し青ざめた顔をしながら、自分もそうだと告白する。これからどうすればよいか思案していたとも言った。だが、モルテから出た言葉は意外なものだった。
「クラン。子を授かったのは私達ばかりとは限るまい。まずは、あの時の全員を招集するのだ。理由は、・・・そうだな、紅の軍団の将校会議とでも」
「わかりました」
クランは頷いた。もう、モルテの意図は手に取るようにわかっていた。
モルテ、クランを始めとするジローに抱かれた12人が揃っていた。3人足りないが、既に任務で出払っており、直ぐには呼び寄せることはできなかったのだ。
集合した時点で、クランは自分達以外の10人が懐妊しているかどうかを確認済みであった。10人のうち、4人がジローの子を授かっている。モルテ、クランを含めれば、ここにいる12人の半数が妊娠していた。
モルテはクランを労うと、集まった部下達に諭すように話し始めた。
「皆、聞いてくれ。私達はジロー殿に抱かれた。但し、抱かれなければ私達の命が失われる瀬戸際だったからだ。知っての通り、ジロー殿には素晴らしい奥方達がいる。私は火急の事態で抱かれたからと言って、あの方々の輪の中に入っていくなどという大それた考えは持つまいと思う。ジロー殿と奥方達は、何かの使命を持って我々の敵わない魔物と戦っているのだ。その足手まといになることだけは避けたい・・・」
そこまで言うと、モルテは皆を見渡した。全員が真剣な表情で見つめている。
「そこで、提案だが・・・。産まれてくる子は、ジロー殿には迷惑をかけず、私達全員が協力して育てようと思う。それから、子供の父親がジロー殿だということも他言無用だ。でないと、将来金龍将ジローの子ということで廻りが余計な考えを持ちかねないからな」
クランがにこやかに頷いた。それに釣られるように、他の者達も同意の相づちを打つ。流石にモルテ直参の者達であった。
「ありがとう。私の話はこれでおしまいだ。子供の親について聞かれたら、まあ、適当にあしらっておけ」
モルテ達が妊娠したことは、当のジローは知る由もなかった。なぜなら、彼はその時、ドリアードを離れ、海の上にいたのである。
「総船長!あれが鳳凰島です」
「そう。そこにあんた達の根城があんのね」
船長と呼ばれて、答えたのはシャオンだった。そのシャオンに、海の荒くれ男達が従順に傅いている。そして、乗っている船はどう見ても普通の商船とか貿易船という類のものではなく、舳先が鋭くて喫水が深く、船体は細くて三角帆、旗印はドクロマーク、明らかに海賊船であった。
ジロー達は、トオリル公子と銀龍将ムカリの依頼を受け、沿岸の諸都市を自勢力に取り込むための行動を起こしていた。沿岸の諸都市は、一時はトオリル側だったが、グユクの力が強大になるにつれ、風になびく旗のようにグユク側に転じていたのである。まあ、自警団程度の軍勢しか持たない商業都市としては、生きていくための選択として間違ってはいないと言える。
だからこそ、グユクの攻撃を防ぎ、勢力を盛り返しつつあるトオリル側としては、再び自分達に協力を求めることが可能だと判断したのである。
その交渉役に選ばれたのが金龍将のジローであった。なにしろかつて1人しかその地位に付いたことが無い将軍職である。それだけで格が高く、都市としても無碍には扱えない相手となる。
金龍将の肩書きは絶大であった。直ぐにドリアードに近い2つの沿岸都市がトオリル公子に協力することを承諾した。利に敏い都市の指導者達は、グユク軍を劣勢でありながら跳ね返したトオリル公子の力を知り、搾取が厳しかったグユクよりも有利な条件を提示したこともあって、これならと鞍替えしたのであった。まったくもって順調な出足である。
そして、次の都市、沿岸部最大の都市ベイジンに行くには陸路より海路が早いと商船に乗り込んだ矢先、ジロー達はまたまた難儀な事態に巻き込まれてしまったのである。
即ち、乗っていた商船が襲われたのである。そう、海賊船に。
海賊船は3隻。外洋に出て暫くすると遠くに三角帆が見え、それがぐんぐんと近づいてきた。商船も気付いて逃げようとしたが、いかんせん船足が違いすぎた。結局、追いつかれて両側から挟むように船を並べられ、商船は身動きが取れなくなってしまったのである。
海賊達は、いつもの仕事を手際よく済まそうと、ロープを使って次々乗り込んでくる。船員や男の乗客は、逆らう奴を見せしめに殺してから武器を取り上げ、縛り上げて船倉に転がしておき、商品や金目のものを物色し、乗客の中で女子供がいれば掻っ攫う。若い女や子供は、人買いに売れる。特に女は見目麗しければその分高く売れるのだ。
しかし、今回は勝手が違った。
意気揚々と乗り込んできた海賊は、最初の制圧戦で躓いた。船員はともかく、乗客がとんでもない連中、そう、ジロー達だったからである。船酔いに苦しんでいたルナ、レイリア、エレノアの3人をイェスイに任せ、他のメンバーは甲板に出ていく。そこは海賊との戦い真っ盛りだが、海賊の中にも目敏い奴がいて、アイラ達愛嬢の姿を見て思わず舌なめずり。
<じ、上玉だぁ〜>
捕まえてやろうと移動してきたのが数人。が、ジローとユキナに瞬殺で甲板に叩きのめされて呻く。その間にミスズは玄武坤を投げて、海賊船からの渡りのロープを切断、渡る途中の海賊がそのまま海に落下していく。アイラとシャオンも、軽快な動きで海賊を翻弄し、劣勢だった船員を助けながら海賊をのしていく。
そして、ついに商船に乗り込んできた海賊が制圧された。3隻からそれぞれ先頭を切って乗り込んできた3人の船長がジロー達の前で縛られていた。
「さて、どうしようか」
ジローは、商船の船長を見る。船長は、尊敬の眼でジロー達を見ながら、海賊を制圧したのはジロー達だから好きにしてくれてよいと、全権を任された。
「まずは、名前を教えてもらおうか・・・」
船長達は、まだ若く、負けん気の強い瞳で睨みかえす。
「リュウカ」
「ソザイ」
「アカイ」
名前だけ吐き出すように言うと、リュウカと名乗った海賊が代表して口を開く。
「俺達は、泣く子も黙るヤリツ3兄弟よ。伝説の海賊、『烈火のマリー』の直系の子孫、海賊の中の海賊とは俺達のことだぜい。俺達を放さないと、鳳凰島の海賊全部を敵にすることになるぜい」
「海賊の中の海賊ねえ」
アイラがにやにやしながら横槍を入れる。
「その割にはあっさりと捕まっちゃうし、頭領自らが現場に出るなんて、これが全兵力じゃないのかなぁ?」
「ば、かなこというんじゃねぇ」
「そうよ、今回は不覚をとったが、次もうまく行くとは思うなよ」
ソザイとアカイが次々と言い放った。威勢だけはいいらしい。だが、その姿を見て、ミスズが思わずアイラの背中に廻ってふきだしていた。
「姉様、これって虚勢ですよね?」
ミスズの横にそっと寄り添ったユキナが、アイラの背中で笑いを堪えているミスズにそっと聞く。ミスズは頷いた。
「こんな嘘八百が明らかなのに・・・、可笑しい。シュラとライデンの悪戯を怒った時を思い出すわ・・・」
アイラの背中でそんな話が行われているとは露知らず、ヤリツ3兄弟は自分達を解放させようとしてあの手この手の虚勢を張り続けている。その余りにもの必死さが、微笑ましいものに思えてくるのが不思議だった。
「わかった、わかった。そう言えばあんたたち、『マリー』の子孫とか言ってたね」
ヤリツ3兄弟は一斉に頷く。力強さから言って、これは本気にそう思っているらしい。
「そう。実は、私達の中にも『マリー』の子孫がいるのよ。シャオ」
「はいよっ」
シャオンがアイラの横に出た。
「あんたたち、『マリー』の子孫だという証拠はあるのかい?」
ヤリツ3兄弟は互いに顔を見合わせた。明らかに戸惑いの表情。しかし、ソザイが一番頭が良かったらしく、アイラの質問の逆手を思いついたようだった。
「そう言うお前は子孫の証拠があるっていうのか」
リュウカとアカイもそうだそうだと言葉を並べて怒鳴りたてる。
「ねえ、あんたらの知っている『マリー』ってどんな人?」
シャオンが切り返すと、3兄弟は怒鳴るのを止め、今度はアカイが答えた。
「『烈火のマリー』は海賊の中の海賊だぜぃ。鳳凰島の全海賊を纏め、あのクロウ大帝の偉業にも手を貸して、王侯貴族にもなれたっていうのに、俺達海賊の気ままな暮らしを選んだってぃう伝説の海賊だぁ」
「それに、強さも半端じゃねぇ。喧嘩の腕も操船も敵う奴ぁいねえってぃうのに、火の魔法使いだってぇ話しだ。それで逆らう奴ぁ、火の魔法で船ごと燃やされちまったっていう話だぜい」
リュウカが続けた。そして最後はソザイ。
「『マリー』の傍には、美しい火の精霊がいつもボディーガードについていて、寝首をかこうとした奴らは、黒焦げさ。『マリー』のベッドの周りは、朝になると消し炭のような跡がいつも残っていたらしいぜ」
「だってさ」
アイラがシャオに一言。
「ふ〜ん、そうなんだぁ〜。ところで、その美しい火の精霊って見たことあるの?」
3兄弟は一斉に首を横に振った。何しろ伝説なのだ。
「じゃ、あたしが『マリー』の子孫だっていう証拠は、これでいいね。フレイア!」
シャオンの左手にはめられた火の御守から炎が噴出し、渦巻きながら塊となって人の形を形成した。
「シャオン、用もないのに・・・」
「美しい火の精霊だって、よかったね」
「もう・・・」
シャオンの言葉に、フレイアは仕方ないという風を装ってシャオンの肩に腰掛けるように乗った。だが、その表情は拗ねているというよりは少し照れているようだった。それよりも、度肝を抜かれたのはヤリツ3兄弟である。くちをぱくぱく、目も見開き、まるで金魚のようだった。
「どう、これで信じる?」
シャオンが尋ねる。すると、3兄弟はぺこぺこと首を上下に振った。
その後、ヤリツ3兄弟は、シャオンを姉御と呼び、果ては自分達の総船長になって欲しいと哀願した。その理由は、アイラが見破ったとおり、彼らは『マリー』の子孫ではあったものの、海賊間の最近の勢力争いでは劣勢だったのである。
ジローは、その場にいた愛嬢達と相談して、他の沿岸都市を廻った後でならと条件をつけて承諾した。もちろんシャオンを通じてヤリツ3兄弟には伝えたが、彼らは一緒に来てくれるならそれだけで満足と、逆に襲った商船の護衛まで買って出た。
商船の船長や船員、他の乗客達はその一部始終をぽかんと眺めていたが、どうやら自分達が無事に解放されるらしいと知り、ほっと安堵の表情を浮かべていた。そして、海賊船が護衛となり、ジロー達に付き従うこととなったことを知り、その瞳には驚嘆と賞賛の入り混じったものが宿っていた。
これらの逸話がまた、ジローの名声を上げることに役立ち、残りの沿岸都市での交渉も順風満帆に相整った。こうしてジロー達は、トオリル公子からの使命を果たし、ヤリツ兄弟の海賊船に乗り込むこととなったのである。