ドレアム戦記
第一編 玄白胎動編 第4話
神聖魔法『光虹』を習得してから、ジロー達は転送の魔方陣を確実に使えるように練習を繰り返した。魔方陣から隣の部屋への転送を繰返し練習し、人数も最初は1人から2人3人と増やして、2週間でなんとか4人が同じイメージで転送できるようになった。
そうこうしているうちに、ジロー達が水の神殿を後にしてから2ヶ月が経とうとしていた。ニック達との約束の期限が迫ってきている。
その間、ミスズは玄武坤の訓練に没頭し、ある程度自由自在に操れるまでに上達していた。アルテミスはシズカの教えに従って神聖魔法を熟達し、いつの間にか『障壁』や『高揚』などといった中級呪文まで習得していた。アイラは、身体能力の向上と同時に火の精霊魔法に進歩が見られた。
そして、いよいよその日がやってきた。4人はシズカに別れを告げ、必要なものを持ち寄って封印の間に集まった。
アルテミスが少し緊張しながら魔方陣の中央に立ち、その周りにジローとアイラ、ミスズが集まる。彼らは全員服を着ていた。これから肉体的に繋がるのだが、さすがに転送先で素っ裸というわけにはいかないだろうと配慮してのことである。但し、下着はつけていなかった。
「服を着てやるのも久しぶりだな。皆緊張しているみたいだけど、そんな状態で指とか入れて大丈夫か。いつもみたいにたっぷり前戯もできないと思うし」
「大丈夫。私たち皆ジローに抱きしめられるだけで濡れちゃう身体になっているんだからって・・・、もう、何言わせるのよ」
アイラが照れて言った。アルテミスとミスズは顔を赤らめている。
「ミスズ。今回の成功の鍵はミスズにかかっている。いつもみたいにいかせることはできないけど、頑張って。うまくいったらノルバでたっぷり抱いてあげるからな」
「あはっ。ありがとうございます。いくのを堪えるのは辛いですけど、絶対に頑張りますから、うまくいったらミスズの中にたっぷりご褒美をくださいね」
タウラス川の船上で弾けて以来、ミスズのセックスに対する受身の姿勢はすっかり影を潜めていた。今やアルテミス、アイラ共々、積極的に性への欲望を表に出すようになっている。
「皆様、そろそろ深夜になります。それでは予定通りにはじめましょう」
アルテミスの合図で、ジローはアルテミスの脇に仰向けになった。アルテミスは膝丈、アイラとミスズはミニのスカートを穿いている。下着をつけていないので、引き締まった太ももとその奥の性器がちらちらと見えてエロチックだった。
「ミスズ、おいで」
ジローが言うと、ミスズは無言で頷き、ジローのズボンから首をもたげた肉棒に自分の腰を持っていった。ミニスカートの端がめくれて、性器同士がくっついているのが見える。ジローの先端に感じるミスズの性器は、既にたっぷりと濡れているようだ。ジロー自身もこのシチュエーションに興奮したらしく、準備万端の状態。
「行きます」
ミスズがぐっと腰を落とした。スカートが腹の上で重なった。同時に暖かく湿ったミスズの膣の感触がジローの肉棒を包み込む。
「あぁん・・・」
ミスズが思わず声をあげた。そのままジローの上に被さるように身を倒す。そして、ミスズのピンク色の唇がジローに重ねられた。
「ん、んん・・・」
ジローの舌がミスズの口内に侵入し、ミスズの舌と絡み合う。すると、ミスズの心とジローの心の回線が繋がり、2人は会話が出来るようになった。
<ミスズ。聞こえるか>
<ジロー様。あん。気持ちいいですぅ・・・>
<よし。今日はいい子だから我慢しろよ。アルテミス、アイラと一緒においで>
<は、はい>
アルテミスはアイラに合図すると、お互いにジローの片手を掴み、両腿でその手を挟み込むようにして腰を落とした。そして、ジローの人差し指と中指を自分の膣にあてがうと、そのまま中に導く。ジローも指をゆっくりと動かして2人の中に侵入していった。2人の膣も十分潤滑な状態にあるようで、指2本を難なく受け入れていく。
ジローの指が根元まで入ると、2人は腰をおろし、暫く挿入の余韻に浸っていたが、どちらからともなく手を伸ばし、お互いを抱きながら唇を重ねた。二人の間にはジローとミスズが横たわっているが、そんなことはお構いなしだった。
<お姉さま。聞こえますか・・・>
アルテミスはディープキスをしながら、アイラに確認した。
<OKよ。ルナちゃん。ジロー、ミスズもどう?>
<ちゃんと聞こえるぞ>
<はぁ、お姉さまぁ、よく聞こえますぅ・・・>
<ミスズ。頑張るのよ。うまくいったら、ジローの次に思いっきりしてあげるからね>
<あぁ、はいぃ・・・。頑張りますぅ>
<よし、じゃあミスズ。これから飛ぶ場所のことを思い描くんだ。ミスズの生まれ育った部屋を>
<は、い・・・>
ミスズのイメージが少しずつジロー達に広がってきた。最初はぼやけた映像だったのが、徐々に形を成していき、だんだんと焦点が合うように明確になっていった。そして、ミスズの描いた画像が他の3人の心にも同じ映像として映った。言い換えると、4人が同時に同じ夢を見ているような状態と言ったほうが判りやすいかもしれない。
<へぇ〜。ここがミスズの部屋なんだ・・・>
アイラが感心するように言った。猟師の娘として育った彼女は小さい頃自分の部屋などは持っていなかった。敢えて言えば、部屋の中に大量に置かれていた毛皮の山に包まって遊んでいたのが唯一のプライベートな空間だったかもしれない。そんなわけで、自分の部屋を持てる身分のミスズ達に対する憧れのようなものを持っていたのだ。
<みんな、ちゃんと見えているか>
<はい。大丈夫です>
<ばっちりよ>
アルテミスとアイラの心の声が直ぐに返ってきた。ミスズは快感に負けないように意思を保つのが苦しそうだ。
<よし、アルテミス。ミスズが耐えられなくなる前に始めよう。後は任せた>
<はい。あ、あのぅ・・・>
<何だ?>
<で、できれば、私もうまくいったときのご褒美をいただけないでしょうか・・・>
<わ〜。ルナちゃん大胆>
ジローは心の中でちょっと苦笑した。
<ああ、ミスズの後でたっぷりとかわいがってやる>
<は、はい。ありがとうございます>
アルテミスの喜びの感情がぱあっと広がった。
<じゃあ、ついでにあたしもね。ジロー>
アルテミスは両手を宙に浮かべていた。不安定な体制だったが、アイラの両手と唇ががっちりと支えているので、不安に思うことはなかった。膣に入ったジローの指からはじわじわと快感の波が押し寄せてきていたが、これから唱える神聖魔法『光虹』の邪魔にはならない。むしろこの状態はジローからエネルギーを貰っているようなものだった。
アルテミスが右手で魔方陣を宙に描くと、右手の手のひらに淡い輝きが宿り、その輝きがだんだんと明るく、濃い白色に変化していく。
アルテミスはそこまでするともう一度心の中に浮かんだ画像を確認する。ミスズのイメージはちゃんと見ることが出来た。
<では、皆さん。そろそろいきます。ミスズの部屋のイメージはしっかりとありますか>
<大丈夫だ>
<あたしも>
<姫様ぁ。できていますから、は、早くぅ・・・>
ミスズは快感に負けまいと必死だった。
<では、行きます!>
アルテミスは右手を頭上に突き上げた。瞬間、彼女の右手から光の帯が真上に向かって打上げられた。その光は魔方陣の中心の丁度真上に設置された小魔方陣に吸い込まれ、小魔方陣から均等に3方に分かれた光の帯が魔方陣の端に当たった。そこから光は魔方陣に沿って伸び、光同士が繋がると魔方陣自体が青い輝きをもって発光した。
ブウゥゥゥン。
ジロー達が転送の練習をしたときに何度も聞いた音が響いた。空間自体が振動しているような響きが4人を包む。
次の瞬間、4人の姿は掻き消え、魔方陣は光を失い、封印の間は元の静寂な部屋に戻った。きっとそれは、次にこの部屋を訪れる者が来るまで続くことだろう。
ノルバ公国はウンディーネの西側に領地を持ち、ノースフロウ王家に忠誠を誓った有力諸侯の一つであった。その歴史は古く、クロウ大帝とシズカ妃の娘、アキ姫とノルバ男爵にまでさかのぼると公爵家の系統図にはある。そして、同様に由緒正しき北東部のバスク公国、南方のリガネス公国と共にノースフロウ3大公爵家として王家を支えてきた、当に身内ともいえる存在だった。過去にセントアース帝国が併呑しようと兵を進めて来たときや、青龍地方からの侵略、そして、ドレアム全土が戦乱に巻き込まれた大乱のときにも、3大公爵家が一致団結して玄武地方を守り、ノースフロウ王家は建国以来の形を維持し続けていたのだ。
しかし、その鉄の絆に綻びが生じ始めていた。
『ノルバ公に謀反の疑いあり』
誰が言い出したかわからない噂が、徐々に広がり、いつしか王城にも蔓延し始めた。丁度その頃はジブナイル王が崩御し、テセウス王が即位したばかり。誰が言い始めたかわからない噂が噂を呼び、『ノルバ公は王位を狙っているらしい』という話が巷でまことしやかに話されていた。
火のないところに煙は立たないというが、こうなると如何に三大公爵家の一つとはいえ王家としても放置するわけにもいかず、王宮の重臣達は相談の末ノルバのカゲトラ公爵をウンディーネに呼んで尋ねることにした。だが、運と言えばそれまでなのかもしれないが、王城からの呼び出しを受けた時にはカゲトラ公爵は病に臥せっていた。ジブナイル王の葬儀に際しても息子のモトナリに名代させたくらいだったので、よほど悪かったと見える。
実際、カゲトラ公爵は眠り続けていた。何か悪いところがあったわけではないはずだが、アルテミス姫の葬儀に出席して戻った日の晩から眠り続け、未だにそのままの状態が続いていた。
嫡子のモトナリは、弟のノブシゲと相談し、王城の呼び出しに対して父が病気のため自分が行くことではどうかと打診したが、王城からの反応はカゲトラ以外の者の弁明は聞かないとの一点張りであった。そのような状態でウンディーネに行ったとしても何の対策にもならないことを知っているモトナリは、結局父の回復を待ってくれという返事を返したのみに留まった。
不幸なことに、今の新王は待たされることを嫌っていた。今まで忍んできた反動かもしれないが、念願の王となって、独裁的なカラーを出してきていた。故に、カゲトラ公爵が王城からの呼び出しに応えないことに怒り、重臣たちの反対を押し切って、軍事力をもって詰問すると言い始めた。
しかし、自分が即位して間もない現状で、足元を固めるのが先決であるという重臣たちの説得も一理あり、暫く悶々とした日々をすごしていた。今まで王国を支えていたノルバ公国が裏切る訳はない、何かの間違いだと考えていた重臣たちは、その間カゲトラ公爵の病気が回復してウンディーネに身の証を立てに来ることに一縷の望みを託していたのだ。
2ヶ月が経った。テセウス王の立場もしっかりと安定し始め、政治も軍備も新王中心の体制が整ってきた。だが結局、カゲトラ公爵はウンディーネに来ることは出来なかった。テセウスは、もう重臣たちが反対する理由を持たないことをせせら笑い、いよいよ軍を動かす決断をした。
王命により、第2軍団長のレギオス将軍にノルバ城を囲み、カゲトラ公爵の一族を捕らえてくるようにとの命令が下された。副官にカルバトス将軍、軍監にテオドール男爵をつけ、およそ1万の軍勢を預けられた。ノースフロウ王国軍の約4分の1に当たる軍勢である。
そして、軍勢は粛々と出発した。目指すはノルバ。
ノルバの城壁を軍隊が囲んでいた。
レギオス将軍に率いられたウンディーネの王国軍である。
「兄上、このままでは埒があきません。我々が反乱を企てているなどという言いがかりを間に受けて軍隊を差し向ける奴らと話し合っても無駄です」
ノブシゲは兄モトナリに向かって言った。
「まあ、待て、ノブシゲ。彼らは城壁を囲んではいるものの、まだ攻撃してはいない。我々と交渉しようしているのだ。昨日使者に来た男爵は、別に攻め込むつもりはないと言っていたではないか」
「あの、テオドールとかいう奴のことですか。しかし、奴の出した条件は父上を含めた一族全員が出頭することです。全面降伏ということと同じではないですか」
「いや、男爵だって、そこまで強硬なことは言わないはずだ。最初は強いことを言っておいても、最終的には私とお前が出て行けば面目は保たれるはず」
「兄上。そんなことをすれば万が一のときにノルバの系統が絶たれてしまいます。もう、姉上が亡くなり、後継者は我々だけなのですから」
「側室の子がいるではないか。元気いいのが7人も」
「母上の子は我々だけです」
「わかったわかった・・・。話を戻すぞ。今この町の外には約1万の軍勢がいる。彼らはノルバに反乱ありという噂の真偽を確かめに来ただけだ。1万程度の軍勢では4千の兵がいるこの城は落とせないのは彼らだって判っているはずだ」
モトナリは諭すように淡々と言葉を続ける。
「新王は少々せっかちなのかもしれないな。で、我々の対応だが、私が使者として相手の陣に行って交渉しようと思う。父上があのような状態なので代わりに弁明し、反乱など全く誤解だということを理解していただく。納得いかないようならば、父上の病室に案内してもいい」
ノブシゲは兄の言葉に頷いた。今この公爵家を支えているのは兄と自分なのだという重圧がひしひしと感じられた。
テオドール男爵は、レギオス、カルバトス両将軍と密談中だった。今回、彼を軍監として派遣したのは、テセウス王直々である。当然、将軍達の知らぬ何かしらの命を帯びているということは戦闘方の彼らとしても理解できるものだった。
「さて、お二方にはそろそろお話をしなければなりませんな」
テオドールは顎鬚をなでながら2人を見回した。2人は固唾を呑んで見つめ返している。
レギオスは地方貴族の出身で、出世欲が強いというもっぱらの評判だった。既に王国軍ナンバー4の地位である第2軍団長まで登り詰めていたが、最高位である国軍元帥を狙っているらしい。一方、カルバトスは兵士からたたき上げた生粋の軍人で、上司の命令に忠実に従うことを信条としていた。
「ご想像のとおり、私は陛下からの密命を受けております。まあ、策と言ったほうがよろしいかもしれませんが。今からお伝えしようと思いますが、その前に確認させていただきたいことがあります。まず、聞いた話はお二方のみの胸に留めること。そして、話を聞いた上で従えないとは言わないこと。そうすれば、出世の道が更に開けるはずです。いかがです。できますかな」
レギオスは無言で頷いた。カルバトスはそれを見た上で言った。
「俺の上司はレギオス将軍だ。俺はレギオス将軍の指示に従うのみ。戦えと言われれば相手が誰だろうと先陣を切って戦おう」
テオドールは満足したようだった。
「我々は今回、1万もの軍勢をもってノルバを囲んでいます。出兵の理由はノルバのカゲトラ公爵とその一族を捕らえてウンディーネに連れ帰ること。しかし、これは表向きの理由です」
テオドールは冷徹な笑みを浮かべると、話を続けた。
「ノルバの公爵殿は前王ジブナイル陛下と非常に仲が良かった。兄弟と言っても良いほど。故にご息女をアルテミス姫様の傍に仕えさせ、前王陛下だけではなく姫様も篭絡することで自分の影響力を強めようとしていたのです。そして、ゆくゆくはアルテミス様をノースフロウの王にして、実態としては自分が実権を握ろうという野望を持っていた・・・」
ここで一旦両者の顔を見たテオドール。真剣に聞いていると確認した彼は、話を続ける。
「しかし、王位継承権第1位は陛下です。故に、邪魔な陛下を排除するための画策として、アルテミス様の後ろ楯として前王陛下に取り入り、姫様を優位に見せようとしていたのです・・・。実際は深窓のご令嬢である姫様が、外交や内政の舞台に出されていたのもそのため。実のところ、姫がジブナイル陛下に助言を与えているように見えていたあの振る舞いは、カゲトラ公爵が予め姫に入れ知恵していたというのは見るものが見ればわかります。もちろん陛下は見抜いておられました。姫様が盟友ジャムカ公子の嫁に行くことにノルバの公爵殿が異を唱えたのもそれ故です」
レギオスはテオドールの言葉に、思い当たる節を感じていた。
「確かに、そう言われてみれば・・・」
「カゲトラ公爵が反乱を企んでいるという噂は、決して根も葉もないものではないのです。しかし、聡明なる陛下は、公平なお方です。故に、カゲトラ公爵に弁明の機会を与えられました。しかし、残念ながらカゲトラ公爵は身の安全を重んじたのでしょう、亀のようにノルバに留まり、出て来くることはありませんでした。その結果、事ここに至っては、例え王国の重臣とはいえ軍勢を出すしかないという苦渋の決断が下されたのです」
レギオスは頷く。
「陛下はお怒りです。一度振り上げた剣は振るわなければ王の威信に拘わります。それゆえ、我々に下された軍令は・・・」
テオドールはレギオスとカルバトスを交互に見つめた。二人とも次の言葉を待っていた。
「ノルバ公爵一族の抹殺とノルバ公爵領の没収」
「何をするのだ。こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
モトナリは両腕を後ろで拘束され、臨時に作られた天幕の中に押し込められた。天幕の中には鉄で出来た格子で檻が組まれている。
モトナリ・ノルバ子爵。玄武地方の北西部に領地を持つノルバ公爵家の嫡男である。彼は弟ノブシゲに城の守備を預け、城を囲む正規軍との交渉をするため供回りのものだけを連れて、王国軍の陣地を訪ねて相手の大将との会見を申し入れたのだ。しかし、会見の席で捕われ、拘束されてしまった。
「カゲトラ公爵の嫡子モトナリ様ですな。知恵者との噂でしたが、まあ、噂は大きくなりがちですからな」
テオドールは自慢の顎鬚をなでながらモトナリを揶揄した。
「交渉に来たものを、有無を言わさずに捕らえておいて、よくそのようなことが言えるな。テセウス王側近のテオドール男爵どの」
「おや、やはりノルバは謀反をされているようですな。陛下のことを王と呼び捨てにするとは・・・。まあ、いいでしょう。それでは、本題に入らせていただこう。テセウス陛下のお言葉です。ノルバ公爵家一同揃って、縛につきウンディーネに来て裁きを受けなさいとのことです」
「なんだと。だが、残念だな。私ならともかく、弟はのこのこ出てくるような真似はしない。開城は諦めるのだな」
「そうですな。では、攻めて見ますか」
「攻める?1万で?・・・まあ、やってみるがいい」
「貴方のへらず口が聞けなくなるのが楽しみですな・・・」
テオドールはそういうと、天幕を後にした。
翌日から戦端が開かれた。
ノルバ城は堅城である。元々は小高い丘の上に立っていた小城だったものを増改築し、城下町も城郭の中に取り込んで、巨大な城塞と化していた。北側に丘の小城にあるノルバ城の本丸がそびえ、裾野に沿って町が広がっていた。その町を囲むように城壁が置かれ、更にその外側に軍隊の居留地があった。その外を高い城壁が囲み、3方に開かれた大門だけが唯一の通路である。同時にそこは、戦争のときに城塞の役割を果たす出丸でもあった。
レギオスとカルバトスは決して凡庸な将ではなかったが、攻めあぐねていた。
「レギオス殿。うまく行かないようですな」
テオドールは戻ってきたレギオスに向かって淡々と言った。
「うむ。面目ない。ノルバの堅城というのは聞いていたが、これほどとは・・・」
既に7日が経っていたが、相手の効果的な対応のため、いっこうに埒があかなかった。死傷者も千人以上出ていた。
「やはり、城攻めに1万では足りないようですね。レギオス殿。で、朗報ですが、ウンディーネにこの状況を報告したところ、応援を出してくれるそうです」
「応援ですと。しかし王国軍をこれ以上動かすのは難しいのでは」
「ええ、ですから王国軍ではありません」
「では、バスク公爵家かリガネス公爵家の軍勢が?」
「いいえ」
「では、いったい・・・」
「イーストウッド王家のジャムカ公子の軍勢です」
イーストウッド家の3公子の争いは新たな局面を迎えていた。第2公子のグユクがセントアース帝国からゼノン皇帝の娘ヨウキを娶り、帝国の後ろ盾を得た。このことで戦力不足だったグユクの勢力が拡大し、青龍地方の中央はほぼ彼の手中に落ちた。
一方、南のドリアードを拠点にしている第1公子のトオリルは味方としていた領主らの裏切りや、グユク軍の攻勢によって海岸沿いの都市を手放さざるを得なくなる。現在は、わずかにドリアード近傍の領地を守っている領主程度の勢力を保つに過ぎなかった。
そして、北のラムウを拠点としていた第3公子のジャムカも同様で、ラムウを腹心の将軍に任せてノースフロウに逃れ再起を期すことにした。
テセウス王はジャムカを盟友として迎えた。そして、イーストウッドを取り返すため力になることを約束し、その代わりに自国の軍隊の強化をジャムカに依頼した。このままでは脅威になりそうなグユクに対する戦力を蓄えるためである。
丁度そのときノルバでの戦闘が始まっていた。テセウスはジャムカに応援を依頼した。ノルバを占領した暁には、ノルバの地をジャムカに与えるという約定つきで。そして、ジャムカは快諾した。手付けとして、城の美女2人を貰い受けた上で。
「ノブシゲ様。モトナリ様は大丈夫でしょうか」
ノルバ城の東門に築かれた出丸の屋上に2人の姿があった。一人はノルバ公爵カゲトラの次男ノブシゲである。今や彼はノルバの全権を担う立場にあった。父カゲトラは眠りについたまま未だに目覚めず、兄モトナリは敵の陣に交渉に行ったきり帰ってこない。残されたノブシゲはしかし、その重圧にもめげずに自軍を指揮し、レギオス達の攻撃を撃退していた。
もう一人は女性だった。肩のところで軽く縛った艶のある黒髪が陽の光を受けて輝いている。だが、れっきとした軍装に身を包み、一軍の将たる風格がある。後の大戦で『ノルバの九頭竜将』と呼ばれた名将の若き姿であった。名をランという。カゲトラ公爵の妾腹の子であった。
「多分大丈夫だろう。ラン。城兵たちの士気はどうだ」
「まだまだ高いです。ノブシゲ様が兵を大事にしていることをよくわかっていますもの」
ランはノブシゲに向かって軽く微笑んだ。妾腹の子は7人いるが、ノブシゲはランといることが一番多かった。
ノブシゲは、ランに向かって軽く頷くと敵の軍勢を見つめた。約1万の軍勢だが、その程度ではこの城は落ちないという自負がある。兄が捕われているのが気がかりではあったが、兄の首が陣前に掲げられていないので、まだ生きているだろうとは思っていた。
「南門はシメイが入ればまず抜けまい。西はシュラとライデンで十分足りる」
「ケイの遊撃部隊も効果的に動いていますし、ここは私とユキナがいます」
ランは相手を値踏みするように続けた。
「よし、では俺は城に戻って文官達の動揺を抑えよう。ラカンでは相手するのは辛いだろうし・・・奴は脳味噌まで筋肉で出来ているからな」
「ええ、うふふ・・・」
ノブシゲはランに軽く口づけしてからその場を去った。ランはノブシゲの後姿を頼もしそうに見送る。その後も暫く外を眺めていたが、敵軍の一部に動きが見えた。ランは階下に下りると、槍の穂先を手入れしている少女に声を掛けた。
「ユキナ。敵襲よ」
ユキナと呼ばれた少女は槍を片手にすっくと立ち上がった。
「ラン。今度は私が行きます」
毅然とした声が室内に響いた。肩まで伸びた銀色の髪を綺麗に整え、胸の膨らみや身体の線はまだ発達途上の少女の身体。しかし、ランと一つしか違わないこの少女が槍を使わせたらノルバ一の使い手であるということも事実であった。
ユキナはランを残して部屋を出ると、東門の前に固まった騎馬隊に近寄り、空いている一頭に跨った。
「皆さん、いつもどおり行きますよ」
「おおっ」
ユキナは城壁の上にいる女性を見やった。亜麻色の髪を後ろに結び、愛用の弓を肩に掛けた女将の横顔が頼もしく写る。遊撃弓部隊を率いるケイの姿だった。
「城門を開けて!突撃!!」
頭上を矢が飛び交う中、ユキナの率いる100人余りの騎兵が一本の矢のように城壁に取り付く敵兵を穿つ。敵軍に入り込んだユキナの槍が5人、10人と敵兵を血祭りに上げると、今度は馬を反転、城門に向かって一目散に駆ける。城兵も心得ていて、タイミングを合わせて門を馬が通る分だけ開き、突撃部隊が城内に戻るとしっかりと閉じる。
ユキナは馬首を廻らすと突撃部隊の面々を見回した。10人程度の軽傷者はいたが、全員元気そうである。一方で、敵軍の被害は死者、重傷者が100人以上出ていた。
こうした小競り合いが毎日のように繰り返されていた。ノースフロウ王国軍は少しずつ消耗していたがまだまだ8千人以上の軍勢を保ち、一方のノルバ軍は4千の軍勢ながら殆どその数を減じずに城を守っていた。