ドレアム戦記

第一編 玄白胎動編 第5話

 ノルバの戦いが始まって10数日。膠着状態と言っていい状況に転機が訪れた。きっかけは、ノルバの東方に見えた土煙。青龍地方最強を誇るジャムカ公子の騎馬隊が轟音と共に到着したのだ。
 ジャムカ公子は自身の勢力の大半といえる2万の騎馬隊を引き連れ、ノースフロウに入っていた。と言えば聞こえはいいが、実態は青龍地方での第2公子グユクの力が強大になり、このままでは不利は否めず戦力の温存を図ったというのが本音であろう。その内5千をセロに駐留させて青龍地方からの侵攻に備え、1万はウンディーネとセロの間にある平原に野営させて、馬を放牧させていた。そして残りの5千を自ら率いてウンディーネに入ったのである。
 ジャムカはテセウス王の依頼を受け、第3軍司令であるチラウンに3千の精鋭を預けて派遣した。戦力的にさほど強力でない玄武地方の1都市を落とすならばこれで十分であろうと踏んだのである。加えて、ここで恩を売っておけばジャムカの発言力が増すだろうという計算もあった。
「お待ちしておりました。チラウン殿」
 テオドールは丁重にチラウンを迎えた。城の西側を攻めているカルバトスはいなかったが、レギオスも頼もしい援軍に晴れ晴れとした顔をしている。
「戦況はいかがか」
 チラウンは低い声でたずねた。レギオスが状況をかいつまんで話す。ノルバ側の守備がなかなかうまく、消耗戦をしている現状や、相手の戦法などを。
「ふむ。ノルバの戦法は、我々のやり方に似ているな。一度見てみたい。レギオス殿。いつもどおりに掛かってもらえないか」
「わかりました」
 レギオスはチラウンと細部の打合せをすると、天幕の外に消えた。

「東門が落ちました!」
 悪い知らせがノブシゲの元に届いたのは、丁度日が落ちて夕闇が辺りを包んだ頃だった。
「ラン様、ユキナ様は東市門で体勢を整えておりますが・・・」
<くそっ!やはり、ジャムカの騎馬隊では分が悪かったか>
 ノブシゲは横に控えているラカンの方を向いた。
「ラカン。ラン達の応援に行ってくれ、市民たちには悪いが、門の近くの住人を避難させて、建物を壊し馬が侵入できないように馬柵を作るんだ。今夜、騎馬隊の侵入さえ防げればなんとかなる」
「はっ」
 ラカンは短く返事をすると部屋を出ていった。入れ違いに亜麻色の髪の女将が入ってくる。
「ノブシゲ様。すいません。西門の陽動に掛かってしまいました」
 ここのところの連戦で、肉体的にも精神的にも疲れていると思われたが、彼女はそのようなそぶりを見せずにただ頭を下げた。
「ケイ。いいんだ。奴らは西門に大攻勢を掛けてきた。それを陽動と読めなかった俺が甘かっただけだ。もともと弓隊と突撃隊をセットで動かすことで効果的な防御が成立する。ただ、東西の門に張り付いていた弓隊の力の差があることが不安材料だった。今回は、そこを突かれた。今まで敵が東門に集中してくれたおかげで、効果的に防御できていたことで油断が生じたんだ。ケイの率いる優れた部隊に頼りすぎていたな。別の弓部隊がケイの部隊並みに働いてくれればよかったのだが・・・俺も、まだまだだな」
 ノブシゲの構想では、東門は激戦になることを想定して、ケイが率いる弓部隊を配置し、西門には別の弓部隊を配置していた。しかし、昨日の夕方に敵軍の大部分が西門側に移動し、朝から大攻勢となったため、ケイの部隊を西に廻した。それが効を奏し西側ではいつもの通りに守ることが出来たのだか、途中で騎馬隊が東に急展開し、東門に仕掛けた。同時に潜んでいたと思われる攻城の歩兵達が現れ、東門に取り付いたのだ。
東門は果敢に対応したが、弓部隊の力の差か突撃隊の突出に十分な応援ができなかった。しかし、攻城兵達を追い払うためには出撃せざるを得ず、ラン率いる突撃隊は出撃したもののいつもより早く相手に包まれ、速戦速帰の戦法が鈍る結果となった。そこに、西門から展開した騎馬隊の鋭鋒が突き刺さり、一気に乱戦になったまま東門の中への侵入を許してしまったのだ。
「ノブシゲ様。私はラン達の応援に行きます」
「うん。頼む。ラカンにも行ってもらったところだ」
「はい。任せてください」

 その夜、未明。
 カルバトス率いるノースフロウ正規軍がノルバ軍が駐屯する外郭と市街地との境にある東市門を打ち破ったちょうどその頃。ノルバ城の居住区画の一室に異変が起きた。
 その区画は公爵たち家族の寝室がある一角であったが、各部屋の主は誰もいなかった。カゲトラ公爵は階上の病室で覚めない眠りについたまま、嫡男のモトナリ子爵はノースフロウ軍に捕われの身、次男のノブシゲは敵軍への対応に追われて政務室、そして愛娘のミスズはセロで非業の最期を遂げている。
 その中の一室で急に話し声が聞こえた。部屋の主が死んで以来誰も開けていない部屋の中で。だが、その夜その一角には人の気配はなく、誰も気づくことはなかった。
ブゥゥ・・・ン。
 部屋の中に半球形の陽炎のようなものが出現していた。人の耳に聞こえるか聞こえないかという超低周波の振動が収まると、陽炎は徐々に形を崩し、半球の中にいる物体の姿を実体化させた。そして最終的にその物体は人の姿に収束する。その数は4人。
「うぐぅ、う、んんんんん・・・んぁ!」
 床の上に寝ている男の上に重なっていた女性が身体をびくんと震わせた。そのままくてっと身体を預ける。肩が小刻みに震えていた。その股間には膣口を貫く肉棒がしっかりと埋まっており、その周りに放たれたばかりの精液が漏れていた。
「いっちゃったの?よくやったね」
「あぁ・・・、頑張りましたね、ミスズ」
 別の2人の女性がミスズの髪をなでながら賛辞を送った。
「で、ここはノルバなのか?」
 男、ジローが優しくミスズに尋ねた。
 そう、玄武の神殿から瞬間移動の力場を使って移動してきたジロー達であった。
 ミスズは暫く快感の余韻に浸っていたが、なんとか気を取り直すと、ここがノルバの自分の部屋であることを告げた。
 彼らはつかの間喜んだが、暫くするとアルテミスが廻りの様子がおかしいことに気づいた。正確に言うと、彼女が『気』を感じたのだが。
「ここで何かが起きているようです。人の痛み、苦しみ、憎しみ、異常な高揚感などの感情が外に渦巻いています」
「まるで、戦争でもしているよう、か?」
 ジローの問いかけにアルテミスは頷いた。ジローもアルテミスほどではないが、同じような『気』を感じていた。ミスズはジローとの結合を解き、流れ出る精液もそのままで窓に近寄り外を見る。
「ま、街が燃えています」
 アイラも窓に近寄っていた。
「兵隊の姿も見えるよ。戦っているようね」
「そうか、どうやらのんびりしている暇はなさそうだな。ニックが言っていた公爵に謀反の噂というのを間に受けた奴らがいるらしい」
「私たちも行きましょう」
 アルテミスが言った。
「はい、父上に会うのは後でも出来ますし」
 ミスズは床に置いてあった玄武坤を拾い上げて背中に装着した。アイラも床の短剣を装備する。
「そうだな、市街地に行って市民を助けよう。ニック達もいるだろうし」
 そのとき、ミスズのスカートが椅子にかかってまくれた。
「ちょっと待て。みんな。行く前に、下着を着けるんだ」
「あっ!」

「馬柵を叩き壊せ!道を作るんだ。押せ、押せぃ・・・」
 カルバトスは久々に暴れられると張り切っていた。今までの戦闘での消化不良を一気に解消しようとでもするかのように自ら先頭に立って愛用の斧を振るっていた。その行動に押されるように兵士たちも市街地に突入している。防戦をしているノルバ軍の兵士たちと白兵戦を繰り広げていた。
 戦闘はノルバ軍の敗勢であった。元々4千しかいない兵を東、西、南の3門に分けていたので東門の兵士は千人しかいない。それが、既に戦闘で半数以上を失っていた。
 遠目のニックはジローとの約束どおりノルバの街にいてこの戦闘に巻き込まれていた。泊まっていた宿屋が破壊され、フドウやカエイとは散り散りになってしまっていた。
<頭・・・。こりゃ、やばいや・・・>
 ニックはフドウとカエイを探そうとしたが、この乱戦の中で下手な行動は命を落としかねない。仕方なく街の奥に走るしかなかった。背後ではあちこちで火が上がっている。夜の闇に赤黒い炎が火の粉を振り撒いていた。
<フドウ、カエイ、生きていろよ!>
 ニックよりは戦闘能力を持っている二人だけにその可能性は十分あると思いながら、一般民衆に紛れて街の奥に逃れていく。
 連弾のカエイもまた、他の二人とはぐれていた。彼の場合はニックとは違い、白兵戦のさ中で否応なく戦闘に巻き込まれていた。なにしろ、敵兵は兵装をしているものや、男と見るや見境なく斬りかかってきたのだ。自分の身を守るためには闘うしかない。幸い、彼はそれに応える腕を持っていた。元々素質もあったようだが、ジローに鍛えられたことで、剣技も非凡の域に到達していた。故に、なんとか敵兵の襲撃をいなして退路を切り開いていた。
 そのとき、彼の目に一人の女性の姿が映った。亜麻色の髪を後ろで一つに束ね、左手に弓、右手に矢を番えて次々と放つ。その矢は的確に敵兵を戦闘不能に陥らせている。だが、背負っている矢筒にはもう矢がなかった。そして、最後の矢を放ったが、敵兵はまだ10人近くが残っている。そのうち4人は剣を抜き今にも彼女に打ちかかりそうだった。
 その瞬間、カエイは無意識のうちに体が動いた。自分の近くに落ちていた弓を拾って右手で構え、矢を4本左手に掴むと続けざまに矢を放つ。カエイが剣術よりも達人の域に達している弓術の中で最も得意としている『連弾』と言われた神技である。
 亜麻色の髪の女将、ケイは乱戦の中で戻って散り散りになった兵士達を纏め、なんとか体勢を立て直そうと考えていたが、彼女が戦場に着いたときには既に敵軍が門を破壊し、ラカンが指示して作らせた馬柵を片っ端から壊しつつ突進してくるところだった。更に運悪く、彼女はラカン達に合流する前に敵兵に出会ってしまった。敵兵はケイの軍装から彼女がノルバの将軍の一人と言うことを直ぐに察し、加えて彼女が一人だとわかると、手柄を立てようと迫ってきた。ケイは退却しながら、背負った弓で次々と倒していたが、いかんせん相手の数が多すぎた。
<何でこんなにいるの・・・?>
 そうこうしているうちに矢が最後の一本になったが、まだ10人近くの敵兵が彼女を将軍首として狙っていた。最後の一矢も相手に命中したが、他の兵たちは構わず剣を抜き、近寄ってきた。
<きゃあ・・・!>
 ケイが観念して相手の剣刃を見つめた時、空気を切り裂く音が聞こえた。
ヒュン。ザッ!
 ケイに迫っていた刃の起動が斜めに変わり、眼前の兵士が力なく横に崩れていく。その首には横から矢が貫通していた。そして、それは一人ではなく、更に続けざまに3人が崩れた。
<え、何?>
 ケイもそうだったが、敵兵も凍り付いていた。思わず矢が飛んできた方向を見てしまう。そこには一人の若者が弓を構えて立っていた。
 若者は構わずに次の矢をつがえると、放つ。続いて2の矢、3の矢、4の矢が連続して飛来する。その矢は的確に敵兵に命中した。
一瞬のうちに8人が倒されてパニックを起こしたのか、残りの兵は逃げていった。
「大丈夫ですか」
 カエイはケイに近寄った。そして、ケイと目が合う。
<綺麗だ・・・>
 一瞬言葉に詰まった。カエイの周りにも女性はいた。それもとびきりの美人が3人も。アルテミス、アイラ、ミスズである。しかし、彼にとっては高嶺の花と割り切っていたので、尊敬するジローの愛嬢達に畏敬の念は抱いても、色恋の感情は生まれなかった。ところが、今回は違った。目の前にいるのは、戦場で出会ったビーナスであった。
 戦場という特別のロケーションが導いたのかも知れないが、ケイもまたカエイに一目惚れしていた。彼女もまたカゲトラ公爵の側室の子で、一番年上だったため、常に弟妹達を守る立場として育ってきた。故に、完璧に助けられたという経験が稀少であり、その相手が容姿端麗な若者というのがそれに拍車を掛けて、ケイの心臓の鼓動を早めていた。
「あ、ありがとう・・・」
 ケイはそれだけ言うと、差し出されたカエイの手に素直に掴まり、身を起こした。
「私はケイ。あなたは?」
「カエイです。大丈夫ですか?」
「はい。助けてくれてありがとう。カエイさん。でも凄い弓の腕ね。私も自信あったけど・・・。えっ・・・。カエイ?・・・、左利きの弓・・・、もしかして、セロの?」
「ええ。よくご存知ですね」
「知っているわ。私の弓の師匠が昔、教え子の中で唯一天才と言っていた人の名前よ。セロのカエイ」
「では、あなたもユグド先生の教え子なのですね。先生はお達者ですか」
「残念ながら一昨年・・・」
「そうですか。お別れをいえなかったのは残念です。さあ、ケイさん。囲まれる前に行きましょう」
「ケイでいいです。カエイさんは私の兄弟子でしょ」
「じゃあ、私もカエイでいいですよ。では、行きましょう。ケイ」
「はい。カエイ。私に付いてきてください」

 怪力のフドウもまた、乱戦の中敵兵を突破していた。だが、彼は一人ではなかった。幼い兄妹が寄り添うようにしていた。
 兄妹の名はナスカ、シーダと言った。戦闘の中で両親を失い、途方にくれていたところをフドウが偶然見つけ、敵兵を蹴散らして助けたのだ。
 フドウの手には、兄妹の父が使っていたという鉄の杖が握られていた。その杖で辺りの敵を蹴散らし、安全な街の中央へ逃れていく。敵兵達も破戒僧のようなフドウには必要以上に近寄らずにいた。
 戦況はノルバ軍に不利だった。東側の門を守っていた兵士たちは殆ど壊滅状態に陥り、ラカンが急造で作らせた馬柵も壊されて、ジャムカの騎馬隊が突入するところだった。ノルバの町中は、東市門からの大通りが城まで続いている。騎馬隊が暴れまわるのにはうってつけといえた。ここで騎馬隊の機動力が発揮されては、折角先に逃げた市民達に追いつかれて犠牲が出る。
 ノブシゲは焼け石に水とわかっていながら、城兵残りの半分を出し、大通りの途中に柵を出して襲撃に備えた。市民が避難するまでの時間稼ぎである。彼は市民を見捨てることはできなかった。
 フドウはナスカとシーダを連れ、逃げる市民たちの後方にいた。子供のスピードに合わせているためと、敵兵が突出してくるたびに蹴散らす必要があるためである。いつしか、フドウの周りに集団が構成され、フドウと共に敵兵をかわしながら退却するようになっていた。フドウがその集団のリーダー的な存在である。
 敵将カルバトスは、ノルバ兵や市民を掃討しながらゆっくりと進んでいた。もうすぐ騎馬隊が突入すれば勝負はつくだろうと思っていた。最初こそ血に飢えた獣のように闘ったが、ある程度のところで満足したのか将としての役割を果たしている。
<こちらの犠牲は5百といったところか>
 カルバトスが率いた攻城兵は2千。正規軍が払った犠牲も決して少なくはなかったが、堅城ノルバをあと僅かで落とせるところまで来ているのだから上出来だった。それもこれもあのチラウン将軍の策である。
<俺たちは、ジャムカ殿の下で鍛えればもっと強くなるかもしれん>

 深夜ではあったが、市街のあちこちが燃えているため昼間のように明るかった。フドウは市民たちを連れて市街の中央を目指していた。城兵達が築いた柵がもう見えている。
「みな、もうすぐだ。柵の向こうまで行けば安全だぞ」
 市民たちはフドウの声に気力を振り絞って速度を速めていく。が、そこに敵兵達が矢を射掛けてくる。
「むん」
 フドウが手元の鉄杖を風車のように回転させる。と、飛んできた矢が杖に弾かれて落ちる。ナスカとシーダはフドウの後ろに隠れていた。
「ふん、なかなかやるな」
 フドウがその声に気づいたとき、彼の目の前にカルバトスが立っていた。逃げる市民の中で兵士を蹴散らしながら殿を進む集団がいるとの報告を受け、なら強そうなのがいるのではと、うずうずを止められずに出てきたのだ。彼もまた、戦士としての欲求に素直な人物であった。その兜の奥に光る目が、フドウを値踏みしているように見える。
「俺はカルバトスだ。一騎打ちを所望する。行くぞ!」
「フドウだ。受けよう」
 カルバトスが自慢の斧を構えて前に出た。フドウも鉄杖を両手に構えて対峙する。両者が互いに打ち掛かった。
ガイィィィィン。
 鈍い金属音が響いた。その後も両者の打ち合いが続く。10合、20合。両者力を振り絞って、好敵手との闘いに没頭した。
 そのとき、カルバトスは知らなかったが、背後にテオドール男爵が到着した。テオドールはカルバトスとフドウの一騎打ちを暫く見ていたが、弓兵達に市民に矢を射掛けるように指示した。
 弓弦の音が一斉に鳴った。
<くっ、卑怯な・・・>
 フドウの一瞬の心の惑いが隙になり、カルバトスの斧の柄がフドウの横腹を打った。が、カルバトスもまた、想定外の出来事に戸惑っていた。
<何故>
「カルバトス!いまじゃ!あ奴を血祭りにあげろ」
 テオドールの声が聞こえ、彼は何が起きたか理解した。そして、彼は上司の言葉に逆らうということを知らない。
「承知!」

 市民に向けて放たれた矢は真っ直ぐに向かっていった。そして、矢の群れが集団に吸い込まれるかに思えたそのとき、急激に矢の勢いが衰え、そのままへろへろと下に落下した。無防備な市民に当たるはずだった矢は一本もその目的を果たさなかった。
「間に合いましたね」
 『障壁』の詠唱を止めた少女、アルテミスの声に市民たちが振り向く。そこには1人の若者と3人の女性の姿があった。そして、そのうちの一人は市民も良く知っている顔であった。
「ミ、ミスズ様?・・・」
「生きていなすった・・・」
「でも、死んだと・・・」
 ざわついている市民たちを横目に、4人は最前列に立った。
「フドウ。何やっているんだい。早くやっつけちまいな!」
 アイラの豪快な声がフドウの元に届いた。劣勢だったフドウは勇気百倍。
<頭!>
 フドウの気合のこもった一撃がカルバトスを打った。優勢だったカルバトスはいきなりの攻撃を斧の柄で受けたが、受け方が悪く両手がじーんと痺れた。
「くっ!」
 その隙をフドウは見逃さなかった。打ち下ろした杖を反対に廻し、下から巻き上げるように打つと、カルバトスの斧が宙に舞った。
 しかし、カルバトスもまた剛の者。武器が飛ばされるや否や身体ごとフドウに打ちかましを仕掛ける。フドウもまた杖を放して相手を受け止めた。
 力対力。両者の対決はしかし、怪力という贈り名をもつフドウの方に分があった。さすがのカルバトスが押されている。
 そして、一騎打ちはあっけない幕切れを迎えた。テオドールが再び矢を仕掛けさせたのである。そして、全軍攻撃を命じた。同時に満を持して騎馬隊が突撃してきた。優勢であったフドウはこれに気づくとカルバトスを放して敵兵に対峙する方を選んだ。カルバトスは右腕を折られていたが、立ち上がると敵兵の中に逃げ込んだ。

 チラウン率いる騎馬隊は、怒涛の勢いで押し寄せてきた。このままでは、柵の手前にいる市民たちは蹴散らされてしまう。
 ランとユキナは城兵達とただ見ているだけしか出来ない無力感を感じていた。まだ若いユキナは特に感受性が強いのか、その瞳から大粒の涙がこぼれていた。
<ごめんなさい。ごめんなさい・・・>
 心の中で、今から起きる事を決して忘れまいと、手に持った槍を握り締めてひたすら前を見つめていた。
 そして騎馬隊がまさに襲い掛かろうかというその時。
 暗闇を赤黒く照らす炎の照明が突然青白い光で満たされた。そして、その中心に水で模られた人の姿があった。
「ウンディーネ!?」
 隣でランの口から漏れた言葉が聞こえた。ユキナはしかしその光景から眼が離せられなくなっていた。
 ウンディーネは右手を騎馬隊に突き出した。次の瞬間、その形が崩れ、青白い光と共に大量の水が津波のように騎馬隊を襲った。
 騎馬隊の先頭が水に呑まれると、そのまま敵兵達を巻き込むように水が広がり、家屋を燃やしていた炎をも飲み込んでいった。
 瞬く間に、騎馬隊、兵士達が流されていく。後ろにいたテオドール達のところまで水が押し寄せ、馬も兵士も足を取られて進軍がままならない。
「何が起こったのじゃ・・・いかん、引け!」
 テオドールはびしょびしょの服のまま慌てて馬に飛び乗ると後退していった。
 
 ケイとカエイもまた、虚空に突如出現したウンディーネを見上げていた。
「え、何?」
「ウンディーネです。お頭が間に合ったんだ」
 カエイは喜びを噛み締めた表情でウンディーネを見つめる。そのウンディーネが右手を差し出す。次の瞬間水流が壁となって押し寄せてきた。
「まずい、あそこに行きましょう」
 カエイはケイの手を引くと近くの建物に飛び込む。水は容赦なく辺りを埋め尽くし、2人もびしょびしょになりながら階段を駆け上がり、ようやく一息つけた。
「す、凄いわ・・・」
 2階の窓から見える光景は、1階の半分まで水に浸かった街並みであった。その中を水で足を止められた敵兵達がもがくようにして撤退していく。
「一体、何が起こったというの?」
 窓から振り向いたケイはカエイに向き直った。カエイが口走った言葉が気になったのだ。
「カエイ。あなたさっきお頭がどうのと言っていたわよね・・・」
 カエイは軽く頷くと、彼の推論をケイに告げた。今までのことを掻い摘みながら。
 話の後、ケイは頭を振って、信じられないというような表情をしていたが、今ここで議論するよりも、城に行って確認すれば全てが明からなると悟り、当座のことを考えることにした。
「カエイ。あなたの言っていることが本当かどうかは後でわかると思うわ。とりあえず水が引くまでここで待ちましょう。お互いびしょ濡れだから、着替えないと」
 と言うなり、上着を脱いでいく。
「カエイ。あなたも脱いだほうがいいわ」
 ケイは既に下着姿になっていた。そのまま、カエイの前でも別に恥ずかしがる様子もなく、部屋の隅にあるタンスを開けた。
「よかった。合いそうな服があるわ。でも下着はなさそうね。まあ、なくてもいいか・・・」
 そう云ってカエイに向き直る。カエイはケイの下着姿にどぎまぎしていた。ケイはそこではっと気がついた。
「あっ、ご免なさい。私、いつもの調子で・・・。兵士は男も女もないから、人目を気にしない癖が身についているの。今も、何も考えずにうごいちゃって・・・。あれ、なんか意識すると恥ずかしい・・・かも・・・」
 ケイの顔が急に赤らみ、動悸が早まってきた。同時に、身体全体から欲情のオーラが滲み始めた。
<あっ。濡れてきちゃった・・・。身体がうずくわ・・・>
 カエイもいつの間にかズボンの中に納めたものが硬くなっていることに気がついた。ケイの下着姿に欲情している・・・。
「カエイ・・・。お願いがあるの。わ、私を抱いて・・・」
 カエイは無言で頷くと、自分の服を脱いだ。細身だが筋肉質の締まった肉体が現れる。そして、その股間には痛いくらいに屹立した剛直があった。
 そのままケイを抱きしめる。しなやかな筋肉質の肌がみずみずしい弾力を伝える。乳房は両手に収まるくらいの大きさで、小さなピンクの乳首が可愛らしく乗っていた。カエイは、その乳房にむしゃぶりついた。
「ああぁぁん。はぁぁ・・・」
 ケイの声が漏れる。ケイの性器はカエイに抱かれる期待で大量の愛液を分泌していた。乳房を吸われただけでこんなに感じたのは初めてであった。
「カエイ。い、いぃぃぃ・・・」
 カエイはケイをベットに横たわらせて、ぐしょぬれの股間を攻めていた。クリトリスを吸い、膣口を舐め、愛液を啜り、舌を舐らせる。
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ・・・」
 ケイはエクスタシーの波に何度も襲われていた。それほどカエイの口技は凄かった。
「ケイ。そろそろ行きますよ」
 カエイももう、我慢の限界に来ていた。いまにも暴発しそうな肉棒をケイの膣口に当て、一気に挿入した。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ・・・」
「う、うあぁぁぁぁ・・・」
 ケイが上り詰めた途端、カエイも爆ぜるように精液を放出した。

 翌朝。
 ノルバの市街地は戦場の爪跡を残していたが平穏な朝を迎えていた。後退したノースフロウ正規軍と騎馬隊は城内から駆逐され、再び東門が閉じられた。
 王城の一室。ノブシゲは青白い顔でソファに腰掛けていた。それもその筈、目の前にいるのは死んだはずの姉ミスズとアルテミス姫なのだから。
 ランとユキナが見たウンディーネを操ったのはジローであった。2人は急く心を抑えながら水が引いた後の城門の守りを手配し直し、それが終わるとすぐに王宮に駆けつけ、城門の前でどうしようかと考えているジロー達と出くわした。そして、絶句。
 ミスズ達の態度とは別にして、ジロー達4人とフドウ、ナスカ、シーダの7人は王城に案内された。但し、フドウは一緒に連れてきたナスカとシーダの2人の面倒をみたいとのことで、会見の列席は辞退して別室で休息していた。ジロー達は政務室でノブシゲと会い、信じられないでしょうがという前置きをつけた上で、今までの出来事を話した。
 室内には、ノブシゲの他、シメイ、ラン、ユキナの3名がいた。途中でケイがカエイを伴って王城に戻った。そして、カエイが言ったことが本当だったと言うことを確認し、ミスズと抱き合って喜んだ。だが、敵がまだ残っているため、防戦に戻る必要があった。
ケイはカエイを自分の兄弟子と紹介し、弓隊の隊長に推薦した。戦力不足のノブシゲは快諾し、今カエイとケイは共に東門を守っている。もちろん、カエイも王城でジロー達と再会と互いの無事を喜んだ。
その後、ノブシゲは再びアルテミスとミスズを交互に見つめた。未だに信じていいのか迷っているようだった。
「ノブシゲ様。ミスズ様のお話は筋が通っています。信じてもいいでしょう」
 助け舟を出すようにシメイが淡々と言った。彼もまたカゲトラの側室の子である。武芸の腕もさることながら、軍師としての資質に秀でていた。彼が守っていた南門が全く無傷だということからも実力のほどは窺えた。
「だが、こうして・・・姉上。とっても嬉しいと思うのですが・・・」
 まだ混乱しているのかいつものノブシゲらしくない、歯切れが悪い発言だった。
「ノブシゲ。ランは大事にしてる?」
 ミスズが突然言い放った。ランの顔が赤く染まる。
「な、何を・・・」
 慌てるノブシゲ。だが、2人の関係を知っているのは内輪の者だけの筈である。それを知っていると言うことは、やはり、本物?という気持ちが生まれてきた。
「馬鹿ねえ。ちゃんと知っているわよ。ノブシゲとランがどういう関係かって。父親が一緒でもいいじゃない。もうしちゃったんでしょ」
 ランの顔が更に赤く染まった。隣でユキナも赤くなっている。ノブシゲも動揺を隠せない。ただ一人シメイだけが冷静に聞いている。
「あっ、それから私はジロー様と一緒になったからね。で、こちらがアイラお姉さま。ジロー様の奥様よ。姫様はご存知よね」
「私もジロー様の妻です。よろしくお願いします」
 アルテミスもけろっと言ったので、さすがのシメイも表情が変わった。ジローとアイラは何となく照れている。
 ノブシゲはようやく虚脱状態から回復した。
「姉上。お帰りなさい。無事に帰ってきてくれてありがとう・・・」



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