ドレアム戦記

ドレアム戦記 朱青風雲編第11話

 緋竜将モルテは追い詰められていた。彼女が手塩にかけて作り上げた紅の軍勢が完膚なきまでに壊滅、5人一組のパーティも僅かに3つを残すだけとなっていた。復活を期して命を存えることだけを考え、脱出の道を探る彼女達をせせら笑うかのように包囲網は狭まっていく。後は運河に逃れるしか残された方法が無い状態だった。
「みんな、私が退路を守っている間に船に乗り込むんだ」
 モルテは両手に持った鞭を振るいながら味方が船に乗り込む時間を稼ごうとした。しかし、あと2、3人というところで、敵将が現れる。その敵将は、かつてモルテが倒した筈の者。が、以前遭った時と比べて格段に強く、そして禍々しくなっていた。
「雷虎将サーベイ・・・。お前はあの時確かに倒した筈なのに・・・」
「俺は、鬼虎将として生まれ変わったのよ。前に受けた仕打ち、返してやるわ」
「くっ、あたしの部下たちをよくも・・・」
 モルテの鞭とサーベイの剣が交錯する。左の鞭が剣筋を掻い潜ってサーベイの肩に刺さる。右手の鞭はサーベイの盾を滑りながら下に向かい足を打つ。
「どうだ!」
 モルテが吼えた。が、サーベイは怯むことなく傷ついた身体を傷など無いように平然と振舞い立っていた。肩の傷は深く、まともなら腕を上げることも出来ない筈なのに、剣を振るう仕草は全く変わらない。
「くそう、なんなんだ・・・」
「モルテ様、皆小船に乗り込みました。モルテ様も早く」
 背後からクランの声がした。モルテは直ぐ行くと返事を返し、もう一度サーベイに対峙する。そうして、自分の懐に右手を入れると、胸当ての裏にしまっておいた呪符を取り出す。万が一の時にと、蒼龍将ムカリから預かっていた爆炎の呪符である。
「これを使うことになるなんてね・・・」
 モルテは呪符を左手の鞭の先端に貼り付け、そのままゆっくりと進んでくるサーベイに右手の鞭を振るった。サーベイは先ほどまでと同様に盾で防御しようとする。それをうまく避けて今度は右手の剣を狙った。
 剣と鞭が絡まる。その一瞬の間を狙って、左手の鞭が飛んだ。狙いは剣を持つ右腕の肩、先ほど穴を穿った場所である。
「これでどう、『発動!』」
 鞭の先端が狙い違わず右肩に吸い込まれる。そして、前回と違うのは、鞭の先端には呪符が取り付けられていることであった。呪符は、モルテの命に従って発動、サーベイの肩に刺さった鞭の先端を引きちぎりながら爆発した。
「ぐがっ!」
 サーベイが横に飛ばされる。右手は肩のところでもげているようだ。だが、モルテはその様子を確認する間もなく、運河の小船に飛び乗っていた。
「今の時間は潮がよくないけど、仕方ない。行くよ」

 モルテ達15人を乗せた小船が運河を進んで行く。
 普段なら、運河経由で一端外洋に出ると直ぐに王宮に辿り着くのであるが、その時は潮の流れが悪く、小船は王宮から離れ、沖へと流されていた。離岸流に捕まったのである。その日は雲ひとつ無い快晴で、じりじりと照らす太陽の光が傷だらけで焦燥したモルテ達を苛んだ。
「くそう、こんなことになるなんて・・・」
 モルテが呟く。その隣では、彼女の副官を務めるクランが傷ついた仲間に直接日が当らないように影を作っている。
 モルテが手塩にかけて育てた500人は今や、モルテを入れても15人になってしまっていた。その面々も、深手を負っているものが殆どで、モルテ自身も腕と頭に薄く血が滲んでいる。そして、疲労感。尾羽根打ち枯らした落ち武者のように退却しているという事実が、精神的に一行を打ちのめしていた。そして、精神的なダメージは生きる意欲さえも奪い取ろうとする。
「モルテ様、様態がわるい者が何人かいます。早めに陸に上がりましょう」
「そうだな。王宮に戻るのは後だ、あそこの海岸に上陸するぞ。皆、頑張ってくれ、櫂がこげるものは櫂をこいで、できないものは重傷者の容態をみてくれ。頼むぞ」
 2艘の小船は連なりながら海岸を目指し、ようやく辿り着いた頃には、日が傾きかけていた。砂浜に船を乗り上げたモルテ達は、協力し合って負傷者を小船から降ろし、木陰に横たわらせて、携帯していた水を少しずつ分け与えた。重傷ではない者達も喉の渇きを覚えていたが、まずは優先して重傷者達に分け与えていた。
 そして、日が落ちて夜の帳が訪れ、モルテ達は焚き火を囲んでひと時の休息を迎えていた。幸い、モルテが上陸した場所はドリアードから青龍の神殿側の海岸で、この辺りまでは敵兵の姿が無いことは確認済みだった。しかし、偵察くらいはあるかもしれないので、なるだけドリアード側からは見えないように焚き火を作っていた。
「モルテ様、見張り替わります。少し休んでください」
 そう言って近づいてきた副官のクランに、モルテは低く声をかけた。
「なあ、クラン。明日は移動しないといけないが、どう思う」
 真剣なモルテの眼差しに、クランもまた声を低めて答えた。
「重傷者のうち、3人は自分では歩けない状態です。誰かが交代でおぶっていかないといけないでしょう。ただ、問題は・・・」
「敵陣のど真ん中をどうやって抜けるか、だな」
「はい。船を使う手はあるのすが、ここまで流されてしまうと手漕ぎでは・・・」
「そうだな・・・。とにかく、元気な者を斥候にして、廻りを探りながら進むしかないだろうな・・・。・・・クラン、苦労をかけてすまない」
「いいえ、モルテ様がいたから私たちはこうして生きていられるのです。感謝することはあっても、苦労したなんて思いません」
「ありがとう・・・」
 モルテの瞳から一雫の涙がこぼれた。クランは知らない振りをして見ていた。
ガガガッ!
 急な物音に、モルテとクランはその方向、海岸を向いた。乗ってきた2艘の小船の1艘が破壊され、その上に巨大なクラゲに似た生物が乗り上げている。そして、暫くすると、モルテ達がいる場所に向けてゆっくりと移動し始めた。
「なっ、化け物・・・」
 クランの口から思わずこぼれる。が、その横でシャ!っという音と共に、モルテが肩の鞭をといた。その顔には緋龍将としての戦士の誇りが宿っていた。
「ふん、化け物め!」
 モルテの言葉に、クランも勇気付けられて腰の曲刀を抜いて前にでる。その時には騒ぎに気付いた4、5人も武器を持って集まってきた。
 クラゲの化け物は、のたうつようにゆっくり近づいてくる。その時、モルテ達は知らなかったのだ。こいつが過去に人類を絶滅の危機に陥らせた水生魔物の生き残りだということに。

「ジロー様。あそこに人の気配がします」
 そう告げたのはルナだった。青龍の神殿を出たジロー達は、日中は兵士達に見つかる可能性も考えて、夕方から明け方にかけて移動し、日中は適当な場所を見つけて休むという行動でドリアードに向かって進んでいた。ドリアードで行われている戦争の状況を確認し、場合によっては反帝国側であるトオリル公子に味方しようとも考えていた。
 そんな中、海岸が見渡せる道の途中で、ルナが誰かを見つけたらしい。ジロー達がその方向をみると、焚き火らしい灯りがぽつんと見える。
「探ってみるか」
 ジローの言葉に、シャオンがウインクした。頷くと、脱兎のごとく駆け出す。シャオンの左側には、いつの間に召喚したのかフレイアの姿があった。
「私達も行きましょう」
 ミスズの意見に従い、ジロー達もシャオンの後を追いかける。そして、半刻程たったころ、海岸は修羅場となっていた。
「ちっくしょぉぉぉぉぉ、これならどうだ。『炎槍』!」
 一足早く現場に駆けつけたシャオンとフレイアが水生魔物と戦っていた。シャオンの唱えた炎の槍が水生魔物の足に突き刺さる。が、水性の素質を持つ水生魔物には分が悪く、いつもなら突き破って前に進むはずの炎の槍が、一本の触手で受け止められてぶすぶすと消えてしまう。残ったのは槍が刺さった傷だけである。まあ、それが残ることだけでも、シャオンの魔法の力が強いことを証明しているのであるが。
 フレイアは水性魔物の本体を襲っていたが、やはり致命傷は与えられないようだった。ただ、水生魔物が女性兵士達を取り込もうとするのを妨害する役割は果たせているようだった。
「くっ・・・」
 モルテは、自分の動かない身体を半身起こし、シャオンと水生魔物との戦いを見つめていた。自分達の武器など全く歯が立たなかった化け物に対して、たった1人で戦いを挑んでいることに感謝しながら。
 そして、更に味方が乱入したようだ。男が1人と女が何人か。だが、それを見ている内に、味方である筈の彼らが敵に見え、化け物こそが本当は味方なのだという考えが、精神を蝕み始めた。同時に股間が疼く。モルテは顔を下にむける。足が3本ついていた。いや、3本目の足は、水生魔物の触手で、その先はモルテの膣口を蹂躙して子宮に到達しようとしていた。
<えっ、何、や、やめろ・・・>
 身体を引きずるように触手から逃れようと後退する。が、触手はモルテの膣内に填り込んで抜けようとしない。それどころがぐにぐにした動きで、愛液が潤滑され、快楽の麻薬が精神を痺れさせる。
「もうちょっと頑張って!・・・大地の盾!」
 赤毛の女性の姿が視界に割り込んできた。股間の触手の動きが止まり、敵味方を混同する思考も止まった。
「大丈夫?」
 そう問われて、モルテは僅かに頷く。
「よかった。水生魔物を倒してくるから、もうちょっと待ってて」
 赤毛の女性が離れていく。モルテの目に映ったのは、その後全ての触手を失った水生魔物が、大地の精霊が作り出す砂の槍に突かれて溶けるように消滅していく姿だった。

 はぐれ水生魔物との戦いに勝利したジロー達は、モルテ達の元に戻った。モルテ達は助けてもらったことに感謝の意を表し、ジロー達を迎え入れた。
 しかし、そこで異変が起きた。水生魔物と戦い、打ち倒されて触手を体内に打ち込まれたモルテを始めとする面々が、一斉に気を失ったのである。体温も低くなりつつあるようだ。
「ジロー様。これはあの時と・・・」
 ミスズが倒れている女性の股間部をあらわにし、膣内に指を入れる。そこは濡れてはいるものの、ひんやりと冷たかった。
「そのようです、早くなんとかしないと」
「どうすればいい?」
 ジローは愛嬢達を見つめた。と、イェスイがイェスゲンの時の記憶を辿って答えを見つけ出した。
「ジロー様。ジロー様の精液なら、水生魔物の毒を消すことが出来ると思います」
 ジローが倒れた時は、精液経由で毒を吸出し、抗体となった女性の母乳を摂取することで回復したが、今度は逆をやろうということである。幸い、ジローは既に水生魔物の抗体保持者である。
「わかった」
 そういってジローはズボンを脱いだ。直ぐにレイリアが跪いてジローの肉棒に奉仕を始める。そして、何とそれを見ていたエレノアが、同じようにレイリアの隣に跪いてジローの肉棒を舐め始めた。
「・・・見よう見真似だけど、これでいいか?」
「あ、ああ・・・」
「そうか。ボクも早く皆と馴染めるよう努力しよう」
 ジローは、エレノアを愛嬢として受け入れてから、青龍の神殿の宿屋で彼女を抱いた。というか、8人全員でエレノアと乱交したに近い。実は、エレノアの伏魔の瞳には副作用があり、これを使用した分だけ欲情してしまうのだ。エレノアは処女だったが、発情した身体に苛まれながらジローを求め、ジローはそれに応えてエレノアの捧げる初めてを受け取った。その後落ち着いてから、エレノアは平然とその事実を受け入れ、ジローに愛を誓ったのである。
 エレノアの言葉に少し違うような気がしないでもなかったが、それよりもレイリアの絶技とエレノアの意外性のある新鮮さが功を制してジローの分身は星空に向いた。
「よし、じゃあ始めるぞ」
 ジローは真横に居たモルテという女性の股間に肉棒を持っていった。水生魔物の毒で失神している者と、重傷で意識が朦朧としている者以外に数名の女性戦士が固唾を呑んで見守る中、ジローはモルテの膣口に熱い肉棒を沿わせる。そこは、冷たい愛液で濡れそぼり、挿入には問題なさそうである。それを確認するや、ジローは一気に貫いた。
<うお、冷たい>
 だが、冷たさも心地良い刺激なのか、ジローの肉棒は衰えずに、モルテの膣内を擦り上げた。膣壁が吸い付くように滑らかに擦れ、ジローを刺激する。と、気を失っている筈のモルテの口から喘ぐような声が漏れ始め、徐々にだが膣内が温かくなってくる感じがしてきた。ジローの先走り液が水生魔物の毒を中和し始めたのであった。
 ジローは、その感覚に気付き、自分なら治療できるという感触を得て、がぜんその気になって腰を振った。そして、我慢できなくなって射精すると、モルテから離れて次の女性兵士の股間に挿入した。
 こうして、9人の女性と交わり、結果的に彼女達は無事に水生魔物の毒を克服したのである。
ところで、完全に毒を消滅させるためには、ジローがもう一度、彼女達を抱く必要があった。モルテ達は1回目は殆ど失神状態でジローを受け入れたのだか、2回目は意識もあり、照れもあった。が、治療と割り切ってジローに抱かれた。但し、ジローにも限界はある。9人に1度ずつ射精した段階で、肉棒も精液も限界に達していた。それをサポートしたのは、愛嬢達であった。
 ジローの行為が治療で、今ここで出来る最善のことだと理解している愛嬢達は、ジローのサポートや、残りの6人の女性兵士の手当てを手分けして行っていた。
 動けるものの傷を負って戦えなかった3人は、イェスイとルナが『治癒』と『聖回復』を使って治療を行い、傷が塞がって十分戦える体調を取り戻していた。
 また、重傷を負った3人には、まず気力を取り戻すことが必要と判断したため、9人と交わってへろへろになったジローに来てもらって、『神精回復』を施した。これにより、3人は生きる気力を取り戻して治療の効果が向上し、ジローは精力を取り戻してもう一度9人と交わるという荒行を為す。余談だが、2回目の9人の時に、あと3人追加で抱いている。回復した3人の女性兵士が自らそれを望み、『神精回復』で精力が充実したジローがその勢いで抱いてしまったのである。
 どさくさの3人に対して、ミスズの眉間に少々に皺が寄っていたが、アイラは笑いながら「甲斐性だから」とミスズをなだめていた。

 翌日の夜。
 ジロー達一行は、人数を24人に増やして街道沿いの草叢を進んでいた。水生魔物の毒を克服し、すっかり元気になったモルテ達紅の兵士達も、ドリアードに戻ることを望んだからである。
 昼間、ジロー達はモルテやクランから、ドリアード攻防の概略を聞いていた。その中で、一度倒した筈の敵方武将が復活し、更には段違いにパワーアップして現れ、モルテ達を壊滅させたのだと言う話を聞き、ジローやルナが首を捻った。
 モルテは自分の話が信じられないのだろうと思ったが、そうではなく、ジロー達の推論に驚くことになる。
「魔物のような気がするな・・・」
「はい。私もそのように思いました・・・」
 ジローとルナは、モルテに自分達が魔物と戦っているのだということを説明した。そして、魔界の者達がこの世界を侵略しようとしていることも。モルテとクランは唖然としてその話を聞いていたが、とりあえず自分の中で保留にすることにして、ジロー達と行動を共にすることを選んだのであった。
「ジロー、前方1カーミルのところに兵士達がいるみたいだよ」
 駆け足で飛び込んできたのはシャオンである。シャオンとモルテの部下2人の合計3名で斥候役を務めていたのだ。
「『邪探』をかけてみたが、魔物の気配はない。どうやらただの兵士のようだ」
 横でそう告げたのはエレノア。それを聞いて、アイラとミスズが前に出た。
「ジロー様、相手は斥候のようです。私達も大所帯になったことですし、発見される前に手を打つべきと思います」
「ジロー、隠密行動ならあたしだね」
 ジローは頷く。と、その横でモルテも斥候役の2名にもう1人身の軽い部下1名を推挙し、アイラを含めて4名はすぐに行動を起こして、草叢に見えなくなった。
「よし、俺達も進もう。みんな、頼む」
「よっしゃあ」
 シャオンが再び駆け出す。イェスイは、重傷だった3名がまだ完全には回復していないので、フォローにまわっていた。そして、レイリアとユキナは、紅の兵士2名と共に食料調達に出向いている。
 それぞれの役割を果たしながら、ジロー達は確実に歩を進めていた。ただ、この先はドリアードを囲んでいる敵軍との遭遇が待っている。そこをどう突破するのか、それが課題だった。
 ジローとミスズはモルテやクランとその辺の話をしながら対策を考えていた。ジロー達の戦力なら、最悪強行突破も出来ないでもないが、相手に魔物が混じっているとなると、意外と手間取るかもしれない。その間に囲まれると厄介なことになりかねない。
「敵軍がどのあたりに駐留しているかによって対応を変えるしかないな」
「そうですね」
「ジロー殿、何か良い方法を思いつかれたのですか?」
 クランがジローの顔をまじまじと見る。その顔は、真剣ではあったが、少しだけ朱が射していた。やはり、治療行為とはいえ、ジローに抱かれたことで好意を持ったらしい。
「ああ、大部分が森に駐留しているなら精霊ドリアードの目眩ましが効果的だろう、モルテの話だと城壁は崩れているから、中に入り込むことは出来ると思う」
「面白いな。ジロー殿。では、森以外の場所だったらどうする?」
「イフリータとシルフィードの出番かな。駐留地内に火事を起こして、その騒乱を利用する」
「その方法だと、若干見つかる可能性もありますが、私達でフォローします」
 ミスズが背中の玄武坤を撫でながら追加した。
「ジロー、斥候は片付けたよ」
 声の方角を見ると、アイラが3人の兵士を従えて戻ってくるところだった。ただ、行きと違うのは、アイラに肩を並べて出発した兵士達が、アイラの後方に部下のように従っている様子だった。
「ご苦労」
 モルテが声をかけると、3人は異口同音にアイラの凄さを語ったのだった。
 以後、この3名はアイラに付き従っていくことになる。

「森だねぇ〜」
「森ですね」
「ああ」
「では、ジロー殿」
 ジローはモルテの言葉に軽く頷き、ドリアードを召喚した。
「うふっ、主様。なんなりと」
 ドリアードは豊満な体をくねらせながら、頭を下げる。
「ドリアード。森全体を使って目眩ましを掛けてくれ。相手はあそこに固まっている軍勢だ」
「はい、わかりましたわ。わたくしにお任せ下さいませ」
 そう答えてドリアードは軍勢に目眩ましをかける。夜の帳が降りた駐留地に森の魔法が静かに浸透していく。
 ドリアードの南側を囲んでいたのは、地方領主軍の一部の軍勢だった。膨大な犠牲者を出した攻城戦で、なんとか外壁を陥落させた功を得ることができたため、グユク公子から労いのために最前線を外されて養生していたのである。
 そのうちの約2千が、ジロー達とドリアード外壁の間にあった。
 ドリアードの魔法は、テントで休んでいた兵士達をより深い眠りに誘う。そして、哨戒のために起きている兵士達には、幻聴とも幻覚とも言えない不思議な感覚を1人1人に植え付け、自分達は何事も無く哨戒の任務についているという夢を同時に見せていた。
「主様。準備が整いましたわ」
「ありがとう。この状態はいつまで続く?」
「はい。朝日に照らされるまでですわ」
 そう言うと、ドリアードは一礼し、ジローの中に戻っていった。
「よし、行こう」
 ジロー達24人は静かに外壁を越えて行った。

 一旦は攻撃側が敗北して、暫くは睨み合いが続いていたドリアード攻城戦は、新たな局面を迎えていた。それも、守備側に不利な方向で。
 再び押し寄せたグユク軍。軍勢自体の数は、前回と違い北側に2千、南側に2千。率いる将軍も4名と少なかった。これならば、守備側が同様な戦法で守れば容易に押し返すことができるであろう。守備側の3人の7龍将達は、相手も多少は考えてくるだろうと油断はしていなかったが、それでも余裕を持って戦いに臨んでいた。
 しかし、今回は違ったのである。そう、将の質が。
 敵軍の中にあって、それを率いる将軍の個の強さが前回とは比べ物にならないものだった。緋龍将モルテの紅の軍団の5人一組の攻撃が、たった1人にいとも簡単に止められ、全く通用しないばかりか、次々と壊滅させられていく。そして、玄龍将ジェルクタイも自慢の蛇矛を相対した敵将に叩き折られ、傷を負って退却した。
 唯一、蒼龍将ムカリの軍勢だけが、互角の戦いを演じていたが、消耗戦を避けるために後退を余儀なくされていた。
 守備軍は、こうして外郭市街地を放棄し、内郭市街地に戦いの場を移す。しかし、そこでも支城代わりの貴族邸などの半分が落とされて、徐々に包囲の輪が王宮へと近づいてきていた。
「閣下、申し訳ありません」
 ムカリが簡単な報告にと、トオリルの執務室を訪れたところだった。いつもは颯爽としたムカリの風貌が、汗と血に塗れていた。
「ムカリ様。お飲み物をどうぞ、それから、これで汗をお拭きください」
 パメラが飲み物と綿布をムカリに差し出した。ムカリは礼を言って受け取ると顔の汚れをふき取り、冷たい水を飲み干す。それだけで、鬱々とした気分がすっきりする。
「ムカリ、戦況は不利なのか」
 ムカリはトオリルをゆっくりと見上げ、口を開く。
「苦戦しています。しかし、まだ内郭市街地で押さえていますので、時間はあります」
「時間か・・・、では」
「はい。閣下とパメラ様には、脱出の準備をお願いしたいと思い、参上しました」
「そんなに・・・」
「はい。兵は同じでしたが、将が別格でした。1対1で闘っても勝てるかどうか、それ程の力を持っています。まあ、知恵ではこちらに分がありましたが・・・」
「ムカリ様、モルテさんの行方がわからないというのは・・・」
 パメラが心配そうに聞いた。自分が脱出しろと言われたことより、仲間が気になるのだ。と、そこで扉が開き、ジェルクタイが現れた。肩から胸部に掛けて、灰白い包帯が痛々しい。その包帯も、ところどころ血が滲んでいる。
「ジェルクタイ、動いて大丈夫なのか?」
 ムカリの言葉に、ジェルクタイは顔を歪めながらも豪快に笑った。
「がははは・・・、くぅ、はは・・・。とんだ失態をお見せしてしまい申した。ぐっ、だが、大丈夫、わしがモルテの分も戦場で働きますわい」
 そういうと、ジェルクタイはムカリを見た。2人の目が会話をしていた。そして、ムカリが頷くと、ジェルクタイは大きな身体を揺すりながら出て行った。
 残されたムカリとトオリル、パメラの3人は黙って見送った。もう、二度と見ることが出来ないかもしれない、男の背中を。

 外壁は越えたものの、市街他は戦場だった。
 ジロー達24人は、モルテの案内で外郭市街地南部の商家に一旦隠れて、周辺の様子をうかがっていた。斥候に出たシャオン達の帰りを待ちながら、市街地を抜けて王宮に辿り着く策を練っていたのである。
「ジロー」
 入ってきたのはエレノアとルナの2人だった。そして、おもむろに口を開く。
「ジロー様、エレノアと2人で魔物を探ってみました」
「ルナの『聖探索』と、ボクの『邪探』、どちらも同じ結果が出た。敵軍の中に魔物がいる。それもかなり強力なのが数体」
「はい、ドリアード全体は広すぎて正確には掴めませんでしたが、近くの敵軍の中に2体の魔物が確認できました」
「それと、早い速度で移動する奴も1体いるみたいだ」
「ありがとう、2人共。それで、どの辺にいるのか分かるか?」
 ジローは机の上にあった市街地の地図を示して、魔物の位置を尋ねる。ルナとエレノアは、それぞれ2箇所を示す。
「ジロー、戻ったよ」
 駆け込んできたのはシャオンだった。息が弾んでいたが、イェスイが用意した水を受け取って飲み干すと、直ぐに報告を始める。
 シャオンの報告では、近場の敵軍は2手に分かれて内郭市街地の拠点を攻めているらしい。それぞれ1千位の軍勢だという。そして、その軍勢が駐留している場所と、先ほどの魔物のいる場所がぴたりと重なった。
「1千か・・・、40倍を相手にするのも悪くないな・・・」
 その呟きが聞こえたのか、モルテがびっくりしたような顔でジローを見る。
「ジロー殿、まさか強行突破ではあるまいな。それとも、何か勝算があるのか・・・」
「ないこともない。まあ、何とかなるだろ」
「そうね。月の神殿の時も7対200とかだったしね」
 アイラが相づちを打つ。と、いつもは冷静なミスズも同意の言葉を発した。
「あの時に比べれば、私達もパワーアップしています。力を試す良い機会ではないでしょうか」
 2人の愛嬢のこの発言に、最初は反対しようとしていたモルテとクランも覚悟を決めたようだった。
「わかった。我ら紅の軍団も協力する。期待してくれ」
「よし、じゃあ、作戦だ」
 ジロー達の真剣な話し合いは明け方まで続いた。

 その日、ドリアードは海霧に包まれて、視界が極端に悪くなっていた。
 鬼虎将サーベイは、失った右腕の傷を気にすることも無く、朝食をとっているところだった。食事中、彼は1人を好む。というか、食事中に誰かに入ってこられるのを極端に嫌っていた。なぜなら、食事中は兜の口当てを外すため、その口元に並ぶ牙が見えてしまうからである。
彼は軍中にあって、自分が魔物であることを隠すように言われていた。もし、魔物であることがばれれば、軍隊は自分の指揮下ではいられないだろう。まあ、そうなればそうなったたが、折角人間同士で数を減らしあっているこの状況をわざわざ放棄する必要は無いとも考えていた。
彼のその姿を偶然見てしまった不幸な兵士も何人かいたが、全てサーベイ自身が無礼討ちで片付けていた。まあ、そのことで、彼を恐れたり怨んだりするものも多少はいるだろうが、瑣末なことは気にしないことにしている。
<さて、今日こそはあの館を抜いてしまおう。そうすれば、残るは大橋のみ。他の連中に先駆けて俺が一番乗りしてやる>
 今日は外の景色は真っ白だった。貴族の館を接収して使っていたので、その窓の向こうには遥か大洋が眺められるのだが。
 ふと、剣撃と喚声の入り混じった音を耳にした。
<何だ?誰が先駆けしたのか?>
 自分の軍勢が朝討ちを始めたのかと思ったサーベイは、兜と口当てを装着して自室の扉を開ける。
「誰かいないか!」
「はっ!」
 直ぐに兵士が近づいて来た。その兵士に向かって、外で聞こえている喚声の理由を尋ねる。しかし、兵士もその理由については知らなかった。人をやって調べさせているという。
 そして、その答えは間もなく寄せられた。
「将軍。紅の軍勢が・・・」
 最後まで聞かずにサーベイは廊下を駆けた。彼の右腕を奪った憎き相手が再び寄せてきたらしい。魔獣の瞳が熱く燃え上がる。
 サーベイが館の外に出たとき、あたりの霧はまだ濃く、100ヤルド先がぼんやりとしか見えていない状態だった。だが、その白い視界の中に、真紅の鎧が踊るように突き進んでくるのが見えた。
 先頭を進むのは赤い鎧を身に纏ったアイラだった。ジローの提案で、全員が赤い鎧を身に着け、紅の軍団として行動している。
 海霧の中、24人は一丸となって前に進んでいた。最初にレイリアが『風刃』で見張りを倒し、まだ就寝中の敵地を抜ける。その間に偶然起きた不幸な兵士達はシャオンとアイラ達遊撃部隊が始末していた。
 そして、館に入る手前で、軽い戦闘となり、騒ぎを聞きつけた兵士達が出てきたが、ジローのウンディーネによって押し流されてしまい、茫然自失の状態に陥って、暫くは戦闘不能と言ってよかった。
 後方の兵士の動向はモルテの部下に見晴らせておき、ジロー達は前方に集中した。エレノアの言っていた魔物が霧でぼやけた館の中にいるはずなのである。
 そして、その魔物が目前に現れていた。
「あれは、鬼虎将サーベイだ」
 モルテが鞭を握りしめる。あの時は、ぎりぎりの線で引き分けに持ち込めた相手である。それもムカリから渡された爆炎の呪符がなければどうなったことか。
「ジロー殿、奴は強敵だ」
 モルテはしかし、ジロー達の本当の実力を知らなかった。ここまで突破してくる道中で、ジローが精霊使いであることはわかったものの、それ以上のものを見る機会がなかったから。そして、アイラと共に出かけた部下たちがアイラに何故其処まで心酔したのかというのも、話は聞いたものの、ちゃんとは理解していなかった。だが、その理由が今、はっきりとわかった。
 サーベイは突っ込んでくるアイラを一撃で葬ろうと、渾身の力で剣を振り下ろした。しかし、その一撃はアイラの朱雀扇でいとも簡単に止められてしまう。それどころか、アイラのナイフによって腕が斬られ、次の一撃を避けるために後退を余儀なくされた。
 サーベイの横では、館にいた兵士達が将軍を助けようと剣撃を放っていた。それをユキナとミスズが迎え撃つ。クランが部下達を率いて参加するまでに、ユキナの白虎鎗が纏めて10人単位で敵兵を吹き飛ばし、ミスズの玄武坤が敵兵の武器を次々と叩き折り、相手の戦意を喪失させてしまう。
<す、凄い・・・、この人達、いったい何者?・・・>
 そして、ジローも刀を抜いて参戦した。刀身が白く輝いているのは、イェスイの『授与』が印加されたせいである。ジローの刀は封印の武具ではないため、魔物と戦う際には1テンポ遅れるのは止むを得ない。
 しかし、その力は封印の武具でなくても愛嬢達を凌駕するものだった。そして、ジローの感覚では、月の神殿のベザテードよりは劣る相手であり、事実、シルフィードの力を印加したジローの刀の前で、鬼虎将サーベイは反撃も出来ずに両断されてしまったのである。

 玄龍将ジェルクタイは死を覚悟していた。だが、気分はすがすがしいものがあった。自分がここで時間を稼ぐことでトオリル公子達が無事に脱出できる。後の全ては、最も信頼する蒼龍将ムカリに任せれば大丈夫という確信があった。
<モルテよ。わしもお前のところに行くが、怒らんで迎えてくれぃ・・・>
 蛇矛を片手に大橋の上に立つ。彼の両脇には弓を持った兵士達が並んでいた。ドリアードの攻城戦も終盤、最後の砦である2重の運河を跨ぐ大橋へと局面が移ってきつつあった。既に、1万1千あった守備側の兵士は、その数を5千にまで減らしている。この現状では、内郭市街地の守備を放棄せざるを得ない状況で、王宮の警備及びトオリル公子の再起のための人数も割いたため、このときジェルクタイに従った兵士は5百名程。
「皆の衆。この大橋は最後にして最強の砦じゃあ!ここで敵兵を迎え撃ち、屠ってくれよう。皆の力を貸してくれい!」
 ジェルクタイの激に、兵士達も「応!」と答える。士気は高かった。
 大橋の上で仁王立ちしていたジェルクタイの元に、最初に押し寄せたのは元炎彪将ハサル、今は暗彪将ハサルと名乗っていた。先の戦いでジェルクタイが片腕を落とした筈だったが、その片腕はしっかりと肩にくっついていた。そして、先の戦いでジェルクタイの蛇矛を折り、傷を負わせた相手でもあった。
「来たな。だが、ここは通さんわい!」
「何度来ても同じ事。今度こそ冥界に旅立ってもらおうか」
 気合十分のジェルクタイにハサルは不敵に微笑んだ。
 そして、2将の距離が縮まる。武器は蛇矛と点鋼槍。互いに打ち合って火花が飛び散った。ジェルクタイは傷を忘れたかのように気合十分。元々ハサルに遅れをとったのは、倒した筈のハサルと再度対峙した驚きのためだったのだ。その証拠に、今回は互角以上の闘いが繰り広げられていた。
「これでどうじゃぁ!」
 唸りを上げて、蛇矛が突き出される。蛇状にこさえられた刃先が、螺旋の動きを得てドリルのように突き出され、ハサルの点鋼槍を弾くと同時に身体に吸い込まれた。
 だが、その必殺の一撃は、ハサルの身体を少し後退させるだけでおわった。
「なんじゃと!」
 確かに手応えはあった。蛇矛はハサルの右胸に深く突き刺さったはずなのだ。しかし、ハサルの強靭な身体は、僅かに蛇矛を食い込ませただけで弾き返したのである。
「なるほど、先ほどよりはやるな。今度は俺の番だ!」
 ハサルは点鋼槍を繰り出す。だが、技量はジェルクタイに歩があるようで、攻撃は簡単にいなされる。
 敵将との対峙は互角。そう思えた矢先、守備側に不利な状況が訪れた。
 風を切る音と共に飛んでくるものの存在を察知し、ジェルクタイはそれを何とか蛇矛で弾き返す。弾き返されたそれは、投げた持ち主の元に戻り、その手の中に収まった。
「ジェルクタイ〜、待たせたな〜」
 三つ刃のブーメランを片手に持って近づいて来たのは、風狒将ヤクリブカ。以前の戦闘でジェルクタイに一刀両断されたはずの者だった。
「むう〜、お主も生きておったのか」
「へへへ、そうよ〜、お前の首を取りたくて、生き返ったのさ〜、死狒将ヤクリブカとしてな〜」
 ヤクリブカはハサルの斜め後ろに位置取り、三つ刃のブーメランを構える。そして、ハサルは再び点鋼槍を繰り出し、ジェルクタイに打ちかかった。
 ハサルとヤクリブカ。2対1の攻防はさすがのジェルクタイも不利と言わざるを得ない。
先ほどまでとは違って防戦一方のジェルクタイ。何とか大きな傷は受けないようにいなしているものの、現状では反撃ができずジリ貧が目に見えていた。
 その時。
 ジェルクタイの眼に信じられないものが映った。実は、自分がもうやられて死ぬ前の幻を見ているかと思ったほどの光景を。
 真紅の鎧を纏った一団が、敵兵を突破し大橋を渡ってくる。その先頭にいるのは、確かにモルテだった。
「ジェルクタイ!もう少し頑張れ!」
 幻聴まで聞こえると思ったジェルクタイだが、身体中に力が漲るのを感じ、その勢いに任せて2将との闘いを盛り返す。
 そして、ハサルとヤクリブカも後方の乱れを感じ、部下たちを叱咤していた。
「何をやっている、敵は少数だぞ、囲んで討ち取れ!」
 ヤクリブカが叫ぶが、兵達では紅の軍団を止めることはままならなかった。モルテが鞭を振るって崩す、アイラが巧みに守りながら突破する、ユキナが白虎鎗で吹き飛ばす、ミスズが隊長格の者をピンポイントで討っていく、そしてジローが音速の剣捌きでなぎ倒す。
 その後方ではクランが剣で、レイリアが風の魔法で、イェスイが雷の魔法で、シャオンがフレイアを召喚する。弓矢はルナの神聖魔法で力を奪われ、追撃はエレノアの見えない壁によって阻まれる。
 そうして、ジロー達は大橋の中央、ヤクリブカの傍に近づいていった。
「待て待て、俺に任せろ!」
 エレノアの『陽壁』を気合のこもった一撃で両断し、前に進んできたものがあった。ドリアードを襲った4将の4人目、鋼熊将改め絶熊将のロルクルである。彼は大橋に到達するのが遅かった分を挽回しようといきり立っていた。
「私が行きます」
 後方の状況を察知してユキナが動いた。エレノアが『太陽風』を唱えたが、どうやらロルクルは魔法封じの能力を持っているらしく、魔法が寸前で無力化されてしまう。
 そうして、歩んでくるロルクルにユキナが対峙する。
「小娘、刀の錆にしてくれるわい」
 ロルクルが刀を振るう。剣技に関しては7獣将1の使い手である。だが、ユキナという達人の眼を通すと・・・。
<ジロー様の剣に比べるとまだまだ遅いですね、テムジンさんの洗練された技に比べても隙がたくさんありますし・・・>
 ロルクルは自信満々で刀を振るう。だが、ユキナから見れば隙は多く、そこを白虎鎗が突いた。そして、封印の武具である白虎鎗はただの武器ではなく、ジェルクタイの蛇矛のように浅い傷ですむことはなかった。それどころか、ユキナの速さが加わって、数合打ち合うことも無く傷だらけになる。
「ぐはぁ、馬鹿な」
 致命傷はなんとか避けたものの、ロルクルは全身から血を流していた。それでも怒りの眼をユキナに向けて挑んでくるのは魔物になった由縁か・・・。

 ジェルクタイの背後から三つ刃のブーメランが襲いかかった。このままざっくりと首が落ちると思った瞬間、下から曲線を描いて飛んできた何かに弾かれ、ブーメランは空を切ってヤクリブカの手許に戻ってくる。
「くっ!」
 ヤクリブカはブーメランを弾いた元凶を投じた相手を見据えた。黒髪の美女。その両手にヤクリブカと同様に投擲武具、玄武坤を持っていた。
「ひ〜ひっひっひ〜」
 ヤクリブカの口から声が漏れた。同時に両手が伸びて、三つ刃のブーメランが3枚に増える。そして、それをミスズに向かって次々と投じた。
 直線、曲線、逆曲線。3枚のブーメランは同時にミスズに襲い掛かる。魔物と化したヤクリブカの力によって加速されながら。
「ミスズ!」
 危機を察知したルナが叫ぶ。だが、ミスズは既に『時流』を発動し、同時に別の感覚が働いていた。
<えっ、わかる!?>
 ミスズの周囲に制空圏のようなものが出来ていた。そこに入ってくる殺意が無意識の感覚としてミスズに伝わる。3枚のブーメランはそれぞれ別方向からやってきたが、ルートが違う分全く同時にミスズの元に辿り着くわけではなく、それを無意識の探知力で察知できる状況となったため、弾き返すのは容易だった。そう、この瞬間、ミスズもまた『鬼眼』を会得したのだ。
 3枚のブーメランが弾かれた瞬間、ヤクリブカは悪夢でも見ているのかと思った。そして、それはミスズが玄武坤を投じ、正面からきた1枚を辛うじて避けた時に、首の後ろに感じた痛みを知覚するまでそう考えていた。だが、彼が考えることができたのもそこまでだった。
 ヤクリブカの首を落とした玄武坤はミスズの手許に戻る。その頃には、後方のユキナもロルクルに止めを刺し終えていた。
 ハサルはいきなり発生した事態を冷静に受け止めていた。やはり、彼も魔物。味方がどうあれ、闘うと決めた時は闘うのだ。
 そのハサルの相手はジェルクタイからアイラに代わっていた。点鋼槍対ナイフ、傍から見たらアイラが不利極まりない闘いである。しかし、アイラの左手の朱雀扇が驚異的な力を発揮していた。
 ハサルの突きを1点で止めたのである。その衝撃も含めて。
「何!?」
 ハサルは仰天した。が、その隙を違わずにアイラが肉薄し、炎を授与したナイフで斬りつける。
「あちゃ〜、浅かったか〜」
 どちらかというと、アイラの一撃を何とか致命傷にしなかったハサルの体術を褒めるべきであろう。それでもわき腹から右肩にかけてざっくりと肉が裂け、その傷口は火傷のようにくすぶっている。
 ハサルはしかし、痛みを感じない様子で、傷を気にせずにアイラとの距離を取り戻して平然と槍を繰り出す。点鋼槍の連撃に、さすがのアイラも防戦一方。だが、それはハサルの攻撃に生じる間を待っているだけのことだった。
 後に、この闘いを見ていたモルテが、「何故、槍を扇で止められるのか」と聞いたときに、アイラは「ん〜、なんとなく」と答え、「ならばお前は天才だ」とモルテに言わしめたらしい。それほどに鮮やかな防戦だった。
 そして、アイラが待った間が生じた。途端、アイラが再度牝豹の動きで肉薄する。今度は首を狙った。
「ひゅ〜」
 ハサルの手前で飛び上がったアイラがハサルを乗り越えて着地した瞬間、ハサルの首から鮮血が噴出し、よろける様に崩れていった。

「モルテさん。よくご無事で・・・」
 パメラが眼に涙を浮かべて真っ先に迎えた。モルテはそんなパメラの姿に癒される感覚を覚える。ああ、やっと帰ってきたのだと。
「モルテ、ジェルクタイ。よく帰ってきた」
 トオリル公子と蒼龍将ムカリの言葉が重なっていた。それほどにこの2将の生還は嬉しい出来事だったのだ。
「ああ、だが私達だけでは帰って来ることは出来なかっただろう。ジロー殿達のおかげだ」
「わしも、危なかったが、助けられたわい」
 ジェルクタイの豪快な声が室内に響く。が、傷のせいかいつもより耳にがんがん響くことはなかった。
「ジェルクタイ。お前はそのくらいの声で丁度よいな。よし、暫く傷を治すな」
 モルテが毒づく。いつもの会話が戻ってきたことに、トオリルやパメラも笑顔を見せた。
「ところで、ジロー殿」
 ムカリが笑顔を収めてジローに尋ねた。そう、ジロー達が何者なのか、どうしてこの地に辿り着いたのか、そして、ジロー達の目的は何かを。
 ムカリの真剣な表情と、ルナの『心蝕』による相手は信用できるという心の会話を受けた上で、ジローは自分達のことを語った。玄武地方から来たこと、神殿を巡っていること、そして、ドレアム大陸を危機に陥れようとする魔界の者共と戦っていることなどを。
 ルナやレイリアが王女であることは敢えて言わなかったが、8人の愛嬢が全てジローの妻であることは説明した。(モルテは既に知っていた)
 そうしてジローの話が終わり、モルテやジェルクタイからジロー達の戦いぶりも併せて訊いたムカリは、トオリル公子を見て彼が頷くのを確認した上で、ジローに向かって頭を下げたのだった。
「ジロー殿。お願いがあります」

 ムカリの願い。それは魔物と対等以上に闘えるジロー達に助力を賜りたいということだった。期限は、グユク軍がドリアードから引くまで。グユク軍5万に対して5千で対抗するためには、個の力で凌駕するジロー達の力が必要不可欠なのである。
 ジロー達は愛嬢達と簡単に相談した後、これを快諾する。もともと、成り行きでこうなることも想定していたのだ。それに、相手に魔物が混じっているならば、なおさらである。
 ムカリは、快諾のお礼として、ジロー達に7龍将を名乗ってもらうように配慮した。7龍将ならば、兵士達も有無を言わずに従うだろうから。
 7龍将の空き席は4つあり、ジロー、アイラ、ミスズ、ユキナの4名が埋めることとなった。末席の玄龍将はジェルクタイがそのまま残り、輝龍将にユキナが、守備の要である黄龍将にアイラがついた。そして、緋竜将はモルテ、その上の蒼龍将はムカリが銀龍将に命名されたため、ミスズが引き継いだ。そして、過去に1名だけしか命名されたことのない金龍将をジローが引き受けることとなった。
 金龍将は、他の龍将を凌駕する力を示さなければならないことになっていたが、ジローの場合愛嬢達は十分にその資格があると口を揃えたし、モルテはジローの戦いぶりを見てとても敵うものではないと理解し、ジェルクタイは愛嬢達にも敵わないので、愛嬢達が認めるならば異を唱える気は全くなかった。そして、ムカリは自らジローと試合を望み、ジローの技と力を見極めた上で、喜んで金龍将の出現を迎えたのである。
 こうして、新たな将を得たトオリル公子の軍勢は、劣勢ながらも勢いを盛り返したのだった。




ドレアム戦記 朱青風雲編 第11話へ

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