ドレアム戦記

ドレアム戦記 朱青風雲編第12話

「まさか7獣魔将の4名が倒されるとは・・・」
 グユクは幽狼将フラギィの報告を聞いて意外そうに呟いた。そして、横のケルベロスの意見を待つ。
「私が命を与えた時、彼らの力は我が力によって増大していたはずです。人間など相手にならない、魔獣の力をその身に宿らせていたのです。その彼らを倒す力を持つ者がいたということですわ。信じ難いことですけれど」
「フラギィ。倒した相手は見たのか」
 グユクの問いにフラギィは頷き、紅の軍団が急に現れ、その中の数名が1対1の闘いで倒したことなどを答えた。
「紅の軍団。緋龍将のか」
「解せませんわ」
 グユクの呟きにケルベロスが割って入る。細面の小顔(狐顔)の美女が眼を吊り上げて、憤慨しているのが一目でわかるほどだった。
「ドリアードの7龍将は、人間としては力を持っている方ですわ。できれば捕えて僕にしたいと思うくらいの。だからといって、7獣魔将の力には及ぶはずがありませんわ。ましてや、緋龍将の配下の軍団の1兵士が、単独で打ち勝つなどということは、絶対にありえませんわ」
 段々と憤慨しながらテンションが上がっていく彼女の横でグユクが頷く。
「確かにそうだな。だが、奴らの中に、特殊な何かを持った者が混じっていたのかもしれん」
「・・・!?、・・・そう考えるのが、妥当・・・、ですわね」
 ケルベロスの口調が少し落ち着きを取り戻す。
「確かに、4名を失ったのは痛いですわね。でも、まだ3名の傑作が残っていますわ。うふふ、3名共、力もなにもかも倒された4名を超えてますわ。そう、4名が1人相手に束になっても勝てないくらいに」
「そうだな。それ故に手間取っていたようだが、もう準備はできているのだな」
「ええ。ようやく」
 その声に導かれるように、ケルベロスの背後に2人の武将が現れた。獅子の口を模った金色の兜と象の頭を模った銀色の兜をそれぞれ被り、暗闇に赤い眼が異様に光る。そして、近づくものを思わず震えさせる寒いくらいの威圧感が、グユクの元にまで伝わってきた。
「魔獅将モンケ、参上仕りました」
「闇象将ラトゥ、黄泉より戻りました」
 2人の声が低く、だがしっかりとグユクに届く。以前は若さが先に立っていたが、今は揺るぎ無い力を源にした自信が伝わってくる。
 グユクはにやりと頷くと、黒天幕から自分の天幕に移動した。そして、近侍の兵士達に向かって高らかに叫ぶ。
「よし。既にドリアードの兵は5千を切った。我が方は5万。総攻撃の準備じゃあ!まずは軍議を開く、皆を呼び集めい!」
 グユクの雷声が天幕に響き渡り、兵士達は声に圧されるように天幕を飛び出していった。

 ドリアードでは、慌しく軍の再編成が取り行われていた。なにしろ、7龍将が全員揃ったのである。これはイーストウッド王家始まって以来の快挙であると言えた。
 銀龍将ムカリはまず、新たに副官となったシテンタクにこれまでの戦いを生き延びた兵士達全員を集めさせ、闊達な弁舌と共にこの事実を告げた。シテンタクはドリアードの城門の守備を担当していた傭兵隊長である。その腕を買われたのかムカリに上手く言いくるめられたのかはわからないが、7龍将の副官としてムカリにこき使われていた。
 7龍将揃い踏みという出来事は、兵士達の士気を今までにないほど高揚させた。兵士達全員、喜んで7龍将に従うことを心から誓ったのである。
 だが、実際兵士達をどう配置するかとなると、これはこれで頭を悩ませる問題だった。というのも、ジロー、アイラ、ミスズ、ユキナの新しい7龍将達は、個々の武の力については全く問題なかったものの、将の力となると全くの未知数だったのだ。唯一、ユキナだけがノルバで将として一軍を率いていたのだが、ジロー、アイラ、ミスズの3名は兵を率いた経験がない。
 だが、相手が魔物の場合、対抗できるのはジロー達だけであることも事実。そして、新たな7龍将の配下にと志願している兵士や将校達もかなりいた。
 ムカリは、7龍将とジローの愛嬢全員をトオリルの執務室に集め、どのように配置するのが望ましい形なのかを話し合うことにした。
 彼らの置かれている状況は、敵が約5万に対し、味方は5千しかいない。ジロー達の活躍のおかげで内郭市街地の大半は取り戻したので、守る側には有利な部分はあるものの、戦力差で圧されれば遠からず壊滅するのは目に見えていた。
 それに加えて、イェスゲンからの情報が追い討ちをかけた。イェスゲンが別世界から仕入れた情報によると、敵の大将であるグユクには魔物が取り付いているか、グユク自身が魔物と化している可能性があるということだった。
 また、皇太子ハデスの軍勢については、エレノアからの情報では魔物らしき存在は感知できなかったが、獣魔の例もあり、巧妙に隠れていることも十分考えられた。
 情報から導き出された答えは、敵軍に魔物が混ざっていることは間違いないということだった。となると、対人間戦と平行して対魔物戦も行える陣容を整えることが必要とされることになる。
 さんざん悩んだ結果、兵士の割り振りとしては、将としての実績があるムカリ、ジェルクタイ、ユキナの3名に千名、残りの4名に5百ずつ配置することにした。そして、これらを上手く組み合わせ、どちらの敵が現れても対処できる陣容を捻り出した。
 即ち、王宮と大橋を黄龍将アイラと玄龍将ジェルクタイが、内郭市街地の右翼を緋龍将モルテと輝龍将ユキナが、左翼を銀龍将ムカリと蒼龍将ミスズが受け持ち、人間の兵士と魔物のどちらにも当たれるようにした。そして、金龍将ジローは自ら望んで遊撃軍となり、主に魔物に当ることにしたのである。
 また、残りの愛嬢達は、右翼のユキナの元にエレノアとイェスイ、左翼のミスズの所にはルナ、レイリアは王宮の守り、そしてジローにはシャオンがつくこととなった。
 ムカリ達には、ジローとルナ、イェスイが心の回線で会話が出来ることを伝えてあった。そのことを聞いたムカリは、「5千が2万の戦力になります」と感激し、両翼と遊撃の連携を取るために配置させて欲しいと切望した。ジロー達はそれを快く受け入れたのである。
 配置が決まり、それぞれに分担した役割を果たすために行動を起こそうとした時、銀龍将ムカリが皆を鼓舞するように発言した。
「彼我の戦力は10倍となりました。次は、総攻撃をかけてくるでしょう。我々は内郭市街地を盾に守りに徹します。そして、機を見て一か八か相手の急所、グユクの本陣に切り込む。それしか勝機はありません」
「決戦というわけだな」
 ムカリの決意に、トオリル公子がそう言うと、ムカリは力強く頷いた。
「はい。傍から見れば無茶な作戦です。しかし、決して無謀ではありません。我々は、ジロー殿達という心強い味方を得ました。あの魔物となった敵の4将を倒した実力なら、必ずや勝機を掴んでくれると信じています」
 ムカリはそう言ってジローを見た。
「ああ、俺達はここで倒れるわけにはいかない。勝機は薄いかも知れないが、やってみよう」
 ジローの言葉に、8人の愛嬢達もそれぞれ同意した。
「皆様、お気をつけてください。そして、またこうして私のお茶を、お飲みになってください」
 パメラが毅然と、そして柔らかく包み込むようにその場の面々を鼓舞した。
「ありがとう。パメラさん。トオリル閣下とパメラさんの守りとして、レイリアを置いていこうと思う。レイリア、いいかな?」
「はい。ご主人さま。レイリアちゃんにまかせてくださいですぅ・・・」
 レイリアは、自信満々に答えた。そして振り返ってパメラを見つめる。
「パメラお姉さま、レイリアでぇ〜す。よろしくですぅ〜。それと、お茶、とっても美味しかったですぅ・・・」
「あら、そうですか。でもお姉さまはやめてください。パメラでいいですよ。よろしく」
「うん、わかったぁ、じゃあ、パメラちゃん。よろしくですぅ〜」
「はい、レイリアちゃん。仲良くしましょうね」
 パメラも笑顔でレイリアに挨拶した。その2人の仕草に場が和んでいった。

 突然5百人の兵士達を任されたジローとアイラだったが、そんなに焦りを感じていなかった。軍隊を率いるとなるとついつい堅く考えがちなものだが、2人共余り堅苦しく考えずに自分達が猟師の頭だったときの感覚で部下の兵士達に対処しようとしていた。
 敵軍がいつ攻め寄せるか分からない緊迫した状況であるが故に、ジローとアイラは自分達が使用可能な戦法を用いるのに有利な人選を行うことから始めることにしたのだ。
 元々黄龍将というのは、守りの要と言われていた。過去には7龍将の中で最も守りに向いている将がその席に着くことが多かったのである。故に、新たに黄龍将に任命されたアイラも、玄龍将ジェルクタイと組んで大橋と王宮を含む最後の砦となっていた。
 だが、アイラの考えは少し違っているようだった。まず、ジェルクタイと話して自分の部下から選抜したものだけを直轄とし、残りの大半はジェルクタイに任せることにした。
 選抜の方法は、自分の側近となった元モルテの部下の3人に足の速いものを中心に百名程選び出させ、その後アイラと1人ずつ試合をしてその実力を測り、最終的には50名に絞り込んだ。その過程で、選抜された黄龍将の配下達は、アイラの武技に驚嘆し、尊敬と信頼の念を高めていった。
 アイラは、その精鋭50名を黄龍突撃隊と名付け、それこそ自分の手足として動くように訓練したのだった。
 一方のジロー。元々、ジローの元に集められた5百人は、志願兵も含めてレベルが高い面々をムカリが選んだものだった。ジローはシャオンと共に彼らと会い、これから自分達が闘う相手が魔物であることを正直に告げた。魔物と戦う自信がないものは別の将のもとに編成するので名乗り出ていいと。
 兵士達に動揺が走った。そして、百名程が部隊を替わりたいと申し出たため、ジェルクタイの部隊に編入された。この結果、ジローの部下は確かに減ったが、覚悟がない者を入れて魔物と対峙した時に恐慌と恐怖が伝播するよりは、このほうがいいと思ってのことだった。
 残った4百から、シャオンの斥候隊として50人を選び、残ったメンバーが実質ジローの率いる部隊となった。ジローは対魔物戦の準備として、今まで自分が戦ってきた魔物との戦闘方法について説明、実戦実技の訓練を行った。そして、一旦全員の武器防具を借り受ける。神聖魔法の『聖印』を付与するためである。
 輝龍将となって多忙なユキナを呼ぶことは出来ないので、ジローはイェスイとルナを武器庫に呼び出した。彼の部下の武器防具が並べられた一室で、ジローは『聖印』の付与を2人にお願いした。そして、ルナとイェスイ、交互にディープキス。
 地下の武器庫は少し湿気があって蒸し蒸ししていた。先ほどまで身につけていた防具に残った体温の熱が室内に伝わっているのだろう。だが、その温かさは一糸纏わぬ姿となった3人の男女には快適でもあった。
「ジロー様、はあぁん、うはぁ・・・」
「あっ、ふっ、うっ、はぁぅぅぅ・・・」
 ジローは床に横たわり、その股間の屹立をルナとイェスイの下腹部が両側から挟みこんでいた。2人の膣口はたっぷりと愛液で湿りを帯び、充血したクリトリスがぷっくりと芽を出して、腰の動きと共にジローの肉棒に擦りつけられている。
 悶えながらルナが呪文を唱え始めた。すると、イェスイがルナの脇に通した腕を持ち上げ、豊かな乳房に顔を埋めながら、もう一度ゆっくりと降ろす。
 ずぶずぶという音と共に、ジローの肉棒がルナの膣内に入り込んで行く。ルナは快感に浸り揉まれながら呪文を唱え続ける。イェスイはそんなルナの身体を支え、ルナの左右の乳首を交互に口に含んでは舌先で転がし、時には歯を立てながら吸いついている。
 室内が白銀色の光に包まれた。ルナの『聖印』が発動したのだ。だが、400人以上の武器防具全部に授与するには月の聖女イリスの化身でもあるルナの力を以ってしても少々足りない様子だった。だがそれは、予想の内。ルナの呪文が発動して辺りに薄靄が掛かったような状況の中、今度はイェスイがルナの乳首から口を離して呪文を唱え始める。
 今度は選手交代とばかりに、ルナがイェスイの両脇を抱える。そしてまず自分で腰を持ち上げてジローの肉棒を抜き、代わりにイェスイの膣口を誘導した。もう溢れんばかりに濡れそぼった膣口は、うねうねと蠢いて硬い肉棒をその奥に誘い込む。そのままジローの肉棒はイェスイの膣壁にやわやわと包まれてぴったりと填まり込んだ。ルナは淫蕩な微笑を浮かべながら、先ほどのお返しとばかりにイェスイの薄い胸の上で硬くなっている乳首を口に含み甘噛みする。イェスイの身体がびくりと快感に震えるのがとても可愛く感じて思わず抱きしめた。膣口からは精液と愛液が交じり合って垂れていた。
 そして、ジローが2度目の射精を迎えた時、武器庫の室内は再び眩しく輝いた。

「ジロー、グユク軍内の動きがせわしくなってきたよ」
 シャオンが戻ってくるなりジローに告げた。その場に一緒にいたアイラとジェルクタイにも緊張が走る。
「ぐはっはっは。いよいよですかのう・・・」
 傷がまだ完治していないのか、ジェルクタイの声は控えめだったが、それでもよく響く。
「そうみたいね」
 アイラがジローに頷く。ジローは、シャオンの話を心の回線を通じてルナとイェスイに伝えていた。
「よし、準備をしておこう。ジェルクタイ殿、作戦通り王宮と大橋の指揮をお願いします」
 ジローの言葉にジェルクタイは頷く。傷の影響で単体での戦闘には難があるものの、長年玄龍将として培ってきた兵士の指揮能力ならば十分発揮できるという自信が溢れていた。
「ジロー、あたしも突撃隊と出るわよ」
 アイラが強い意志と共に告げる。
「黄龍将ってのは、守りの要じゃなかったのか」
「そうよ。でも、云うでしょ。攻撃は最大の防御って」
「まあ、確かにそうだな、怪我するなよ」
「うん。ジローもね。皆を泣かせちゃだめよ。もちろんあたしも含めてね」
「ああ」
 ジローは廊下でアイラと口付けして別れ、自分の部下達の下へ急いだ。その間、シャオンは再び偵察行に出発している。
 シャオンからの次報が届いたのは、ジロー達が出陣の準備を整えているときだった。
「外郭市街地になだれ込んできたよ。南と北、中央にも。全部で3、4万てとこかな。んで、敵の大将は外壁の所までで、こちら側には入っていないみたい」
 ジローは情報を即座に心の回線で送る。最近愛嬢としての自覚を身につけたシャオンがそれとなく近寄って来る。ご褒美を欲しているのだ。そのシャオンを労うため、ジローは彼女の肩を抱き寄せて軽く口付けする。シャオンは浅黒い頬を少し赤く染め、照れながらも嬉しそうだった。
「ところでシャオン。フレイアを使って、上空から敵の状況を把握できないか」
 肩を抱きながらそう告げると、シャオンは少し首を捻りながら身体を放し、向き直ってジローを見る。
「上空?できると思うけど・・・、何で?」
「ああ、鳥瞰って言って、上空から全体を見渡すことが出来れば戦いが有利になると思うんだ。弱い部分に補強したり、相手の弱い部分を早めに見つけて突破したり・・・」
「ふ〜ん。何か面白そう。やってみるね。・・・と、その前に」
 シャオンはもう一度正面からジローに抱きつき、ディープキスをねだった。ジローがそれに答えて暫しの静寂が訪れる。と、満足したのかシャオンは自分から口づけを解いた。
「うん、ご褒美の前払い、いただき〜っと。じゃあ、任しといて!」
 シャオンは建物を出ると、左手の火の御守にそっと手を当て、軽く息を吸った。
「フレイア」
 火の御守から炎が溢れ出る。そして、その炎が人の形を形成した。シャオンが幼少の頃から寄り添ってきた、火の精霊フレイアである。
「シャオン。任せてください」
 シャオンが任務を説明すると、フレイアは上空へと上がっていった。直ぐにその姿は、青空と太陽の光に紛れて見えなくなった。

 満を持したグユク軍の総攻撃が始まった。
 外郭市街地に総勢約4万の軍勢が突入する。そして、そのまま内郭市街地へ。軍勢は、南側に地方領主軍1万5千、北側がハデス皇太子軍1万6千、そして中央はグユク本軍1万。それぞれ、ゆっくりと進みながら、内郭市街地と外郭市街地の境目の橋を確実に確保していく。それはまるで、夜の闇が夕暮れの茜を侵食していくようだった。
 その姿は上空のフレイアからはっきりと偵察されていた。フレイアはシャオンの元に自分の小さな分身、ミニフレイアを作って残していた。シャオンの肩にちょこんと座ったミニフレイアは、フレイアからの情報をそのままシャオンに伝える。シャオンはその情報をジローへ、ジローはルナとイェスイへと、通常では考えられない速度で伝達されていく。この勝負、情報戦としては守備側が圧倒的に優位に立っていた。
 そして、その情報を分析し、作戦を立てることに関しては銀龍将ムカリが力を発揮する。そこに情報分析能力に力をつけたミスズが加われば当に鬼に金棒の状態。
<敵は確かに10倍。だが、外郭市街地の個々の島にそれだけの人数を投入すれば、身動きがとれなくなるだけ。となると・・・>
 ムカリは、時にミスズの意見や副官兼使い走りとなったシテンタクの意見なども聞きながら、どの島をどう守るのが一番的確かを導き出していく。そしてそれは、南側だけではなく、北側の戦線についても考慮していた。
 その間にも、新しい情報が刻々と入ってくる。ルナの口から告げられる言葉が、緊張感をはらんでいく。
 そうこうするうちに、ムカリの待っていた状況が訪れようとしていた。南側で一軍が突出したのである。
「よし、銀龍軍は3つ先の島まで出撃だ。シテンタク、先に行け。迎撃するぞ」
「ムカリ殿、この一軍は2つ先の島にくるコースでは?」
「ミスズ殿。この3千の軍勢をここに引き込みます。そして、機を見て蒼龍軍と挟撃すれば」
「なるほど。さすがはムカリ殿ですね。では、私も準備します。姫様は私と一緒に・・・」
「はい、わかりました。それと、負傷者は任せてください」
 ルナは白いローブを纏ってにこやかに会釈した。この戦いに当たり、ルナとイェスイは看護団を組織していた。神聖魔法を少しでも使える者や、応急手当が出来る者をドリアードの兵士以外(主にドリアード側の関係者の妻娘)から募って、即席の野戦病院を開けるようにしたのである。元々これはジローのアイデアだったが、思いのほか人が集まったのは、ドリアードに集う面々のトオリル公子に対する信頼度が高い証拠であろう。
 そして、銀龍将ムカリは自軍を連れて出陣し、蒼龍将ミスズもまた突出した地方領主軍を迎え入れるために出撃したのだった。

 地方領主のトトは若いが武勇もあると言われていた。事実、彼が率いて来た3千の軍勢はドリアード城壁の攻防という激戦でも殆ど数を減らさずにいた。まあ、運が良かったのかもしれないが、彼は自分が率いたからだと自信を深めていた。
 その自信が、知らず知らずの内にトト軍を突出させる結果となった。彼としては、軍議で決められた通りゆっくり確実に前に進んでいるつもりなのだが、実際は他の地方領主がもっと慎重であり、思ったよりも進みが鈍いということまで気が廻らなかったのだ。
 トトは、敵軍が味方の10分の1程度しかいないことを知らされていた。そして、彼の予想では3方向からの攻撃に対処するために、少ない人数を更に割ることになり、多分これから当たる敵軍は彼の率いる軍勢よりも少ないだろうと考えていた。
 そうなると、敵は1拠点を集中して守るしか術はないだろうと読んでいた。その証拠に、彼の軍勢が今のところ敵に当たらずに進めている。彼はますます自分自身に自信を深めていた。
 そしていよいよ、その敵を見つけた。次の島で防衛線を引いているようだ。
「敵兵は5百程度です」
 前線からの伝令が報告した。それを聞いて、トトは身体中に力が漲るのを感じた。読み通りだという満足感と共に、これならやれるという自信が湧き上がってくるようだ。
「よし、全軍で蹴散らすぞ」
 トトの号令一下、3千の軍勢が橋を渡った。先頭を行くのはトトの副官、軍で一番武勇に秀でた者である。
 だが、橋を半分渡ったところで反撃に会った。
 蒼龍将ミスズが率いる5百の軍勢が、一気に矢を射たのだ。
「2回矢を射たら引いて!引きながら次の矢を準備するのよ!」
 最前線にいるミスズは、部下達にそう命じながら玄武坤を投じて敵を確実に倒していた。ミスズが狙うのは、敵の隊長クラス。兵士に司令を送っている者を目ざとく見つけて、玄武坤を投じていた。そして、馬に乗って先頭を行く武将は、格好の的であった。
<あれって、狙ってくれって言っているようなものじゃない・・・>
 ミスズは玄武坤を投げた。そして、戻ってきた玄武坤を掴むと、一旦軍を引く。
「副官殿、討ち死にしました!」
「なに!」
 報告を聞いて仰天したトト。しかし、一旦動き出した軍勢を止められる状況ではなかった。下手に止めたり、軍を引く命令をすれば、混乱を生じさせるだけと理解する判断力は持ち合わせているようだ。
「ええい、弔い戦だ、突撃しろ!」
 突撃の号令にトト軍は怒涛の気合を上げながら前に進んだ。しかし、その時には最前線の兵士達は混乱していたのである。その原因は、蒼竜軍が放った弓攻撃で出足が挫かれた上に、統率すべき隊長クラスがことごとく倒されてしまったこと。命令系統が破綻し、兵士達が右往左往し始めたのである。そこに後ろから整然と前進してくる味方軍。そうなると混乱した兵士達はその波に呑まれるように死傷者を乗り越え、踏みつけながら前に進むしかなかった。
「撃てぇ!」
 ミスズの合図で放たれた500本の弓が上空から襲い掛かる。その弓により前線の兵士達は思わず怯むが、後ろから押されるように前に出されてしまう。結果として、ばらばらと弓に当たって死傷者が増えていく。
「突撃だ、突撃ぃ!」
 トトは遮二無二前に進む号令を発し続けた。自分が指揮を執れば、たかが500の兵に自軍3千が敗れる訳は無いと信じ、念じきっていた。だが、この時点で弓によって死んだり戦えなくなった者300人、味方に踏まれて死傷した兵は600人を超えていた。混乱の中で3分の1の兵を失っていたのである。
 それでも何とか橋を渡りきり、敵兵の篭っている館を正面に見据えたトトは、全軍に館攻撃を命じた。先ほどのお返しとばかりに、館の壁の向こうに弓を叩きつけながら、門を攻撃する。敵の反撃もそれなりに激しいが、数に勝る分だけ、攻略は時間の問題と思われた。
 だが実際は、飛んでくる弓はルナの『障壁』によってへろへろと地面に落ち、逆に蒼竜軍に矢を補給してくれている状態だった。そして門上から、兵が弓を、ミスズが玄武坤を投じて反撃しており、まだまだ簡単には落ちない様相。
<まだ、こちらは余裕があるわ、大丈夫>
 飛んでくる矢を玄武坤で叩く。既に『鬼眼』を発動しているミスズは、自分の死角から飛んでくる矢でさえ、無意識に察知して払っていた。
 そうしているうちに、敵軍の後方に混乱が生じた。いつの間にか現れた銀龍軍が、後方の敵軍に喰らい付いていたのだ。
「何、どうした!ぐわぁぁぁぁ・・・」
 叫びと共にトトは絶命し、指揮系統を完全に失ったトト軍団は降伏した。

北側の戦端も開かれていた。
 ハデス皇太子軍の第1軍を任されているのはデュパン将軍。元はサウスヒート王家に属した上将で、第2軍のマルゼー将軍と共に『攻めのデュパン、守りのマルゼー』と並び称されていた名将である。彼らは朱雀地方を巡る戦いで最初からハデス皇太子軍に協力していた。というのも、火の神殿からサウスヒート王家の遺児を守りながら帝国に援助を求めたのがマルゼーであり、親征軍に合流して共に戦ったのがデュパンだったのだ。その後、不幸にも戦乱の中で行方不明となった王家の遺児の命に忠実に従い、彼らはハデス皇太子の軍勢にその身を預けたのである。
「さて、敵の数は少ないが、蹴散らしてやるか」
 デュパンは、第1軍5千を率いて軽快に内郭市街地を進む。斥候は出すが、前方だけしか見ていなかった。というのも、第2軍のマルゼーがデュパンの通った跡を確実に確保しながら進むので、後方から襲い掛かられる心配は皆無と信じているからである。
 内郭市街地の北側は、南側よりも運河が入り組んでいて、島の大きさも小さく、それを繋ぐ橋も一度に数十人程度しか渡れないように設計されていた。場所によっては、他に渡ることの出来ない袋小路となってしまう島もあった。
 デュパンは百人規模の先遣隊を何隊か送り出して、道を違わないように細心の注意を払っていた。そして、もう一つ考慮していたもの、それはドリアード側の反撃である。
 内郭市街地に入って、3つめの島に差し掛かっていた。この島からは4方向に橋が伸びており、それぞれ新たな島へと繋がっているようだった。
「将軍、北側の2つ先の島で戦闘が始まった模様です」
「よおし、かかったな」
 部下の報告ににやりと笑って舌なめずりをしながら、デュパンは副将に命じて本体の半分、2千の兵を送った。だが、2千の兵がついた頃には既に戦闘は終わっており、敵兵は誰もいなかった。
 副将からの速報を聞いたデュパンは、副将にそのまま先を探れと命じた。そこに次の報告が入る。
「将軍、南東の2つ先の島で戦闘が始まりました」
 デュパンは、もう1人の副将にも同様に2千の兵を与えて送り込むが、再び空振り。本陣が薄くなったので南東の副将を呼び戻す伝令を送った直後、兵士が走りこんできた。
「将軍、南の2つ先の島で戦闘が・・・」
「将軍、北東の2つ先の島で・・・」
 2つの報告がほぼ同時に入った。
「伝令を出せ、南東の島で合流、そのまま進むと」
 デュパンは兜を被ると馬上の人となり、本陣を守る5百の兵と共に橋を渡っていった。

「皆さん。私達の役割は、敵の出鼻を挫くことです。そして、速戦こそが生き残るための手段です。絶対に止まらないで駆け抜けてください」
 輝龍将ユキナは、百名程の騎馬隊の兵士に諭すように告げた。兵士達は、この新たな輝龍将の言葉を黙って聞いている。
「そして、私からのお願いがあります。これからの戦い、必ず生き延びてください。敵兵を討つのは出来る場合だけで結構です。それよりも生き残ることを考えてください」
 ユキナの言葉は、兵士達の心にある種の戸惑いを覚えさせた。これから決死の突撃隊となるというのに、生き残れというのは全く矛盾しているのだ。だが、真剣そのものの銀髪の美将を見るとそんな揺らぎは横に置き、とにかく信じてついていくしかないと思いを新たにしていた。
 そして、ユキナは真っ白に輝く鎧を身に着け、兵士達に自分の後についてくるようにと告げて馬上の人となった。
「行きます」
「おおっ!」
 ユキナは駆けた。右手に握った白虎鎗を水平に構え、敵軍のいる場所まで馬を走らせる。敵軍が軍を細分化して道を探りながら進んでいることは、上空のフレイアの偵察結果をイェスイ経由で伝え聞いている。その動きを知って立てた作戦である。
 最初の遭遇は北側の島、橋を渡ったところで百名程の先遣隊と鉢合わせた。
 ユキナは気合を入れて馬を駆っていた。作戦の成否は最初の一戦に懸かっていると知っているのだ。右手に握られた白虎鎗の先端には、風が作り出した三叉の穂先が出現していた。敵兵に飛び込む前にその穂先を伸ばして10名位吹っ飛ばす。そのまま左右に払うと、更に10数名がなぎ倒された。
「す、すげぇ・・・」
 ユキナの後方を走っていた兵士の口から驚嘆の言葉が漏れた。その間にユキナは敵兵の真ん中に突入し、白虎鎗を神技のように舞い躍らせて次々と敵を倒し、道を作っていく。光に輝く真っ白な鎧姿は、まるで戦女神が光臨したかのようだった。
 その後に続く兵士は、多少は敵を討つ者もいたが、ユキナの姿を見つめたまま、追いながらただ着いて行くだけの者がほとんどだった。
 嵐のように駆け抜けたその跡には、半数以上を失った敵兵達が呆然と立ちすくんでいた。
それを振り返って確認することもなく、ユキナの騎馬隊は次の島に突入する。そこにも先遣隊がいたが、同様に中央を抉るように突き抜けた。
 この戦いが3回目になると、騎馬隊の中でも戦法が呑み込めた者達が出てきて、ただ着いて行くだけではなく、武器を振るい始める者も出始めた。そして4回目には、騎馬隊がユキナという穂先を頂点とした1本の槍のように自在に動くようになり、騎馬隊の破壊力が激増した。
「ふう、やるわね〜」
 モルテは、イェスイから戦線の状況を聞いて感嘆の言葉を漏らしていた。短時間の内に騎馬隊によって5つの先遣隊を崩壊させ、左翼に展開した本体の片割れにも突入して、反転して戻ってくるところらしい。
「馬を用意しろ!騎馬隊の馬を交換するぞ!」
 モルテの指令が飛ぶ。そして、馬が揃えられたころに騎馬隊が戻ってきた。
「ユキナ。大丈夫か?」
 モルテの声にユキナは力強く頷いた。ふと、モルテが後ろの兵士達を見ると、兵士達は自信に溢れ、輝龍将ユキナと共に戦えることを誇りに思っているような表情をしていた。
「左軍の将軍格を討ちました。本軍が合流しようとしたので一旦戻ったのです」
「味方の損害は?」
「突入の時に4、5人軽い傷を負いました」
「凄いわね・・・、今、敵は混乱しているようだな。替えの馬は用意しておいた。直ぐ行くのか?」
「本体に遅れた右軍を攻めようと思います。モルテさん、暫くの間、残りの軍をお願いします」
「わかった。1つ先の島で迎え討とう。そこなら斜め後ろから突入できるはずだ」
 モルテとユキナは互いに微笑み、頷きあった。

「デュパン将軍、討ち死に!」
 その報告を受けたアリオスは思わず目を見開いた。無勢のドリアード守備軍ならば、自分が出なくてもデュパンとマルゼーに任しておけば問題ないだろうという予想が見事に外れたようだ。
<どうやら敵将に優れたものがいるようだな。・・・噂に聞く蒼龍将のムカリか>
 アリオスは椅子から立ち上がると、部下達に静かに命じた。
「全軍出撃、デュパンの残軍を収容しながら進む。マルゼーにはその場で待って合流せよと伝令を出せ」
 兵士が畏まって出て行くと、アリオスは兜を被り天幕を出た。
 アリオスの動きは速く、そして山が動くかのように重厚だった。マルゼー相手に有利に戦いを進めていたユキナが相手の変化に気付いて戻った時に、イェスイがフレイアの偵察結果をそう告げたのだ。
「削りそこねたか」
 モルテが残念そうに漏らす。ユキナが横で頷いた。
「全軍揃って前に出て来るなら、騎馬隊による突撃戦法は使わない方がいいです。厚みを持たれて包まれたら不利ですから」
「そうだな。折角、上手くいっていたのにな・・・」
 ユキナの活躍とモルテの連携によって、敵軍は2、3千を失っていた。だが、まだまだ多勢。10倍が8倍になった程度なのだ。
「こうなったら、ここまで引くしかないな」
 モルテは2つ程下がった島を示した。その島は前方には1箇所しか橋がなく、北側の戦線では必ず通過しなければいけない島だった。
「はい。では、早急にいきましょう」
「ああ」
 ユキナとモルテの軍、1千5百はアリオス軍と距離を取るように退却した。

「ジロー。フレイアからだよ」
 シャオンは口付けを交していたジローとアイラの邪魔をしたことを知って、少しすまなそうな表情をしていたが、直ぐにジローが真顔で頷くと、自分の目的を思い出したようだった。
 シャオンの横には小さな人型を形どったミニフレイアが浮かんでいた。ミニフレイアはシャオンの耳元で何かを言っているようだった。
「うんうん、南の戦線は順調ね。意外と統一的な行動が取れていないので、各個撃破が効を奏しているみたいね。えっ、・・・だけどジロー、北は苦戦しそう。1万以上の敵軍が一枚岩になって押し寄せて来てるって」
「中央の動きはどうだ?」
「うん、中央は未だ動きなし。1万位の軍勢で内郭市街地の入口で陣取っているけど」
 ジローはシャオンを労うと、抱きついたままだったアイラを見た。その瞳には迷いは既にない。アイラはジローの心を見透かしたようにニヤニヤ笑いながら眼で頷いた。
「金龍遊撃隊の出番だな」
「それと、黄龍突撃隊もね」
 2人は頷き合うと、ジェルクタイに守備を依頼し、シャオンにも付いてくるように言って出撃した。

 ユキナは橋の中央に立っていた。その廻りには丈夫な盾を装備した鎧の兵士が10人ほどユキナの左右後方を囲むように並んでいる。
 ユキナの前方、橋の入口には数千の軍勢がひしめき合っている。だが、敢えて橋を渡ってこようとはしなかった。
 その理由は、ユキナと敵軍の間の橋の上にあった。そこには、数百という兵士が折り重なるように倒れている。まだ息がある者もいるようだが、戦闘能力としては皆無の状態。そう、橋を守る輝龍将ユキナを1人と侮って突撃した者達の末路だった。
 ユキナの白虎鎗からは人と同じくらいの巨大な刃先が出現していた。いつもの槍状ではなく、薙刀、いや青龍刀と言ったほうが的を得ているだろう。その巨大な刃先を軽々と左右になぎ払うユキナによって、敵軍の突撃は完璧に止められていた。
「ええい、何をしている。あの敵将を矢で狙うのだ」
 ハデス軍の前衛を任されていたマルゼー将軍は、弓矢による攻撃を試みた。しかし、ユキナの周囲にいる盾兵達によって阻まれる。ならばと、今度は突撃と弓による狙撃の2段構えの攻撃を命じた。
 敵軍の突撃を見たユキナは盾兵達を下がらせて白虎鎗を構えた。そして、風から創られた青龍刀の刃先を左右に振るう。
「ぎゃ!」
 悲鳴と共に敵兵が沈み込んだ。その時、敵兵の後方から数十本の矢が真直ぐ注がれた。矢は突撃した兵士達の背中にも容赦なく吸い込まれたが、数本は兵士をすり抜けてユキナの元へ。
 盾兵達は慌てて防ごうとする。しかし、矢の方が速かった。
「ユキナ、避けろ!」
 エレノアの声が聞こえた。瞬間、集中したユキナ。すると、矢の速度が徐々に落ち、半分くらいのスピードに。ジロー、ミスズほどではないが、『時流』の力を発揮したのだ。そして、もう一つ細工がしてあった。ユキナの輝龍将の鎧の輝き、これはイェスイが予め神聖魔法の『祝福』をかけてあった。これにより、鎧は聖なる守りによって強化されていたのだ。
 弓はユキナに吸い込まれたかに見えた。しかし、1本を除いてすり抜けるように外れ、残った1本も鎧の肩に当たったものの、刺さることも出来ずに虚しく下に落ちたのであった。
「くそう。撃て、撃てい。奴らの盾が使い物にならないくらい矢を突き立ててやれ!」
 千を超える矢が敵軍から放たれた。その全てが橋上にいるユキナとそれを守る盾兵達を狙っていた。だが、その矢が目的地に辿り着くことはなかった。正確に言うと、ユキナ達の2ヤルド程手前で急に減速し、ばらばらと落ちてしまったのである。
<ありがとう、エレノア>
 ユキナを中心に、薄い膜のようなものが上空に張り巡らされていた。エレノアの『陽壁』が守ってくれたのだ。そして、呆然となっている敵兵達を見据えて白虎鎗をどんっ!と橋に突いて威嚇した。
「私はドリアードの輝龍将。ここは通しません!」
 ユキナの気合に前衛の兵達が怖気づくのが見て取れた。マルゼーはそれを何とかしようと鼓舞するが、染み始めた恐怖を払拭するのは一筋縄ではいかない。
「将軍、私達があの輝龍将を討ち取って見せます」
「お、おお、お前達か。よし、あいつを討ち取った暁には、千人将へ格上げしてやるぞ」
「それは、願っても無い励みです」
 マルゼー軍の中でも剛の者と知れたフランコ家の3兄弟がゆっくりと橋を渡って行く。
「俺はサウスヒートのフランコ家長兄ヤルト」
「次兄ユート」
「末弟ヨッポ。輝龍将、勝負」
 3兄弟が橋を進むのを見た兵達。消沈していた士気が燃え上がらせるような歓声に変わった。マルゼー軍にあって彼ら3兄弟の武勇を知らぬものはいないのだ。
 ユキナは、ゆっくりと進んでくる3人をそれぞれ見据えた。武将としてではなく、武人として。
<結構、できるようですね>
 長兄のヤルトは鋼鉄の棒、次兄ユートは双剣、末弟のヨッポは弓を得物としていた。それぞれ、達人級の腕前なのは歩き方を見るだけで判った。
「3対1では公平ではないかもしれんが、あんたを倒すことが必要なのだ、悪く思わないでくれよ」
「そうそう、運が悪かったと諦めてくれ」
 ヤルトとユートはそう云うと武器を構えた。その後ろでヨッポが無言で弓を構える。
 ユキナは盾兵達を下がらせた。敵軍も弓矢は効果ないと思い知ったようだし、万が一射られてもエレノアの『陽壁』によって守られている。
「輝龍将ユキナです。この勝負、受けます」
 ユキナも白虎鎗を構えた。その刃先は槍に戻っていた。
 ヤルトが最初に動いた。足を踏み込んで突きを放つ。棒がユキナから見ると一点の丸となって伸びて来るように見える。同時にユートが、ユキナがかわそうとすれば来るであろうという空間に双剣を繰り出した。
 だがユキナはその場を動かずに両方の攻撃を防いだ。白虎鎗の中央を握って双剣の刃を柄で受け止め、その反動を利用して棒を下から撥ね上げる。
 そして、ユキナが一番警戒していた第3の攻撃、即ちヨッポの弓から放たれた鏃の一撃が自分の心臓に吸い込まれる寸前で、白虎鎗の柄が薄い乳房と鏃の間に割って入り、乾いた音を立てて弓は弾かれた。もし、ユキナがアイラ並の巨乳を持っていたとしたら、間違いなく乳房に刺さっていたであろう。
<貧乳で良かった・・・>
 ちょっと寂しい気がしたが、気を取り直して戦いに集中する。最初の一撃を弾かれた後も連動して動くヤルトとユートの隙間を掻い潜って、前へ移動、同時にユートの左足を柄で打つ。そのままユキナが一番危険と感じたヨッポへ。
 そのヨッポは次の必殺の矢をユキナに向けて放った。カエイの連弾の技程ではないが、それでもかなり早い。ユキナはこれも弾く。が、弾くために緩めた歩みに後方に取り残されたヤルトが追いつき、鋼鉄の棒が横から払うように伸びて来る。
 ユキナはこれを受けるが、その間にヨッポは次の矢を放って来た。
「くっ」
 ユキナは身体を捻って矢をかわす。同時に再び振り下ろされた棒を白虎鎗でいなしながらヨッポの姿を死角に入れないような場所に移動する。
 だが、休む間もなく足を打たれたために遅れたユートが合流し、双剣を縦横に斬りつけてきた。その軌道を読み、ユキナはヤルトの棒とヨッポの矢を受けかわしながら、斜め下に白虎鎗を伸ばすと槍の刃先で双剣を受ける形として、そこから斜め上に引き上げた。
 次の瞬間、ユートの双剣は根元から砕け、身体に逆袈裟懸けの斬り口が生じた。ユートは何も云わずにその場に崩れ落ちる。
「ユート!」
 ヤルトが叫ぶ。だが、皮肉にもその瞬間に隙が出来た。白虎鎗の柄がヤルトの腹部に深々と入る。
「やあっ!」
 ユキナが気合を入れた。するとヤルトの背中を破って風の槍の刃先が飛び出た。そう、白虎鎗は、ユキナが望めば両側の柄に刃先をつけることが可能だったのである。
 残ったヨッポはしかし、退却を望まなかった。ヤルトの背に刃先が出た一瞬、ユキナの動きが止まったタイミングを見逃さず、弓音が響く。
「兄の仇め、奥義!」
 強力な矢の一撃がユキナを襲う。だが、その矢は見た目は1本だが、実は2本目の『影矢』が仕込んであった。先ほどのようにユキナが柄で受けようとすれば、1本目は受けられても、2本目の真っ黒な『影矢』、1本目の影に潜んだ矢が、確実にユキナを捉えるはずだった。
 ユキナはしかし、『影矢』を感じていた。それはジローに与えられた能力というよりは、達人としての直感に近いものだった。飛来する2本の矢は1本にしか見えなかったが、その1本は『影矢』の方を知覚していたのである。
 自分の元に近づく矢を完全に防ぐのは難しかった。だが、ユキナは極限まで集中し、『時流』の力のありったけを振り絞って、矢を防ぐ時間を作り出そうとし、最低限の時間を搾り出すことに成功した。
 白虎鎗の柄を『影矢』のコースに合わせ、ユキナは左手を離した。そして、手刀を作ると、飛来する矢を叩き落すために振り下ろした。
パシッ!カッ!
 本矢がユキナの手刀に当たって叩き落された。そして、本矢の犠牲によって手刀を免れた『影矢』は、白虎鎗の柄に当たって乾いた音を立てて落ちていく。
 ユキナは、白虎鎗をヤルトから抜き、ヨッポに対峙した。この時点で、ヨッポには勝ち目がなかったが、彼は最後まで戦うことを選択し、戦場の露と消えたのだった。
「な、なんと・・・」
 戦いを見つめていた両軍の差は明らかだった。ドリアード軍は大歓声でユキナを称えた。一方、ハデス軍の前衛部隊は意気消沈。
「くう〜、数さえ揃っていれば、今こそ突撃なのだが・・・」
 緋龍将モルテがもどかしげに呟いた。今いる1千5百では、1万相手に突っ込むには足りない。
<せめて倍の3千あるか、紅の軍団5百がいれば・・・>
 と、ユキナの騎馬隊百名が橋を駆け出していた。中団の兵士が空馬を引いている。ユキナが騎馬隊の先頭が通るときに手を伸ばすと、兵士もまた手を伸ばしてユキナの腕をがっしりと掴み、そのまま持ち上げて自分の鞍の後ろに横座りに乗せた。その兵士の脇に別の兵士が空馬を寄せる。ユキナは、空馬に飛び移ると手綱を握り、馬上の人となる。それが流れるように行われた。
「皆さん、行きます」
「おおっ!」
 一塊の騎馬隊が橋を渡りきり、敵軍の中に踊りこんだ。その先頭には白く輝く鎧を着込んだ輝龍将ユキナの姿があった。その姿を見た敵軍の前衛は、恐慌状態に陥り逃げ惑う。橋上での鬼神のような戦いぶりを目の当たりに見て、誰もユキナとまともに対峙したくないと思うのは、一般兵の心理としては致し方ないと言えた。
 ユキナは逃げ惑う敵軍の中にあって、冷静に見回していた。そう、敵将の位置を。そして、その場所は直ぐにわかった。逃げようとする兵を引きとめようと動く一団を発見したからだ。ユキナは馬首をそちらに向け、駆け出した。
 マルゼーは、逃げ惑う兵士達を落ち着かせようと必死だった。だが、一旦兵士達の心に巣食った死にたくないという願望は、一種のパニックとなって前衛軍5千の半数以上を包み込んでいたのだ。彼の役割は、これ以上パニックが伝播しないようにするしかなく、自分の周りの兵士達を使ってその場に踏みとどまり、兵士達が落ち着くまでの時間を確保する動きを取らざるを得なかった。
<この場にデュパンがいれば・・・>
 デュパンならば、最初に逃げ出した兵を容赦なく斬り捨てて、恐慌に陥る兵士を逆に恐怖で引き戻したであろう。だが、マルゼーはそう出来なかった。いや、やろうとしたが、躊躇してタイミングを逸したのだ。
「とにかく、時間だ、時間さえあれば兵達も正気に戻る。時間を稼ぐのだ!」
 だが、その時間は、マルゼーの命のカウントダウンの時間だった。一直線にマルゼーの元に駆け抜けたユキナの騎馬隊、その先頭を走る輝龍将の槍の一突きがマルゼーの喉に向かってくるのが、彼が見た最後の映像だった。




ドレアム戦記 朱青風雲編 第13話へ

投稿小説の目次へ