| 『吾眠ハ猫デアル』
-- タイムスリップした漱石猫 --
原作(猫語): 書き猫知らず
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その8の4
人語翻訳:猫語翻訳支援ソフトウエア CAT-system Ver2.3
「では」 黒コートの男は、席から立ち上がって、一同を見渡した。 「ハニーのお許しが出たので、ぼくの推理をお聞かせしましょう」 「わーい! TERUさんの推理のお時間だわ!」 鹿の妖怪も、やんやと拍手を送った。 「ありがとう、鹿の子さん」 黒コートの男は、舞台役者のように、大げさに頭を下げた。 「まったく、張り切っちゃって」 女将は苦笑を浮かべていた。 「どうせ、下らない推理でしょうけど、しょうがないわね。聞いてあげるわ」 「どうも」 黒コートの男も、女将に苦笑を浮かべて続けた。 「さきほど女将さんは、日ワイには動機などあってないようなものだとおっしゃいましたが、やはりここは、動機から出発するのがいいと思います。文字ゲリラさんがいったとおり、この中には朧豆腐さんを殺したいほど憎んでいたヤツがいる」 「ほう。それはだれですか?」 ラビン髭の男は、挑戦的な口調で聞き返した。 「まあ、そうあわてないで」 黒コートの男は、手をあげて、ラビン髭の男を制すると、マスターにいった。 「マスター。ここにはノートパソコンはあるかい?」 「ありますよ」 マスターは、カウンターの奥から、ノートパソコンを取り出した。 「インターネットにアクセスは?」 「もちろん、できます」 「接続してくれ」 「はい」 マスターは、いわれたとおり、ネットにアクセスした。 「しましたよ」 「オーナーが管理している、吾眠のホームページを表示してくれ。そこに、猫祭りと称する企画の第二会場があるはずだ」 「ええ、知ってますとも」 「その第七回の翻訳は、だれが担当している?」 「朧豆腐さんですね」 「ふむ。それで、朧豆腐さんは、どんなことを書いてるかな?」 「それは、さっき文字ゲリラさんがいったとおりですよ。TERUさんが、shionさんにとっちめられているところです」 「だから」 と、ラビン髭の男。 「わたしは、TERUさんが怪しいと申し上げたんじゃないですか」 「そうでしたね」 黒コートの男は、コートの内ポケットからタバコを取り出して火をつけた。 「たしかに、朧豆腐さんの書いた記事に注目したところまではいいでしょう。しかし文字ゲリラさん。あなたは、肝心な部分を見落としている」 「というと?」 「この記事の中で、本当に恐ろしい思いをしたのはだれなのか。そこに着目しないのはおかしいと申し上げているのです」 「本当に怖い思いをした人物ですって?」 「文字ゲリラさん。ぼくは、人物とは一言もいっていない」 「あっ……」 文字ゲリラは、床に伏せている猫……つまり吾輩に視線を落とした。 「ま、まさか、この猫が?」 「そう。犯人は、朧豆腐さんによって、恐怖の体験させられたヤツですよ。すなわち、この三味線の材料がそうなのです」 しゃ、三味線の材料とは、なんたる言いぐさであろうか! 吾輩は思わず立ち上がって、黒コートの男をにらみつけた。 「ほら、ごらんなさい。こいつは、人の言葉を理解しているようだ」 し、しまった。誘導尋問だったか。ただの浮気者と思って油断した。この男に、これほどの知能があるとは……うむむむ。 気がつくと、一同が、みな冷やかな目で吾輩を見ていた。吾輩は、尻尾をたてて威嚇しながらあとずさった。こんなところで、本当に三味線にされては、死んでも浮かばれぬ。 「なんだぁ」 と、肩を落としたのは鹿の妖怪だった。 「猫が犯人だったのか。つまんなーい」 「すいません。同属がお騒がせしまして」 猫又が、恐縮したように謝った。 「ま、解決してみれば単純なことだったわね」 女将も、しらけたようにいった。 「さ、事件も解決したし、そろそろ豆板醤料理を作りましょうか」 「いいですな」 ラビン髭の男も、吾輩にはもはや興味がないといわんばかりに、カウンターに戻った。 「女将さん、いよいよ冬らしくなってきました。熱燗を一本つけてください」 「いいわよ」 「ハニー」 黒コートの男も、カウンターに座った。 「クリスマス・イブに日本酒とは、ちょいと興ざめだが、おいしいシャンパンは、あとで楽しむとして、まずは女将さんの料理をいただいておこうじゃないか」 「うふふ。そうね。女将さん、事件を解決したご褒美に、おいしい料理をダーリンに食べさせてあげて」 「はいはい。わかってるわよ。今夜はハッスルするんでしょ。せいぜいがんばれるように、うんと精のつく料理を作ってあげるわよ。TERUちゃん早いって噂だし」 「早くないですってば!」 一同が、どっと笑った。 もはや、だれも吾輩には注目していなかった。どうやら、殺人事件……いや、殺妖怪事件の犯人など、本当はどうでもよかったにちがいない。ここが魑魅魍魎の魔窟と呼ばれるゆえんが、吾輩にも、やっと理解できたのである。 どれ、吾輩も、豆板醤料理にあずかるとするか。材料を提供したのだ。その権利はあるだろう。猫の舌で、豆板醤が食べられるかどうかわからないが。
おわり
| 2004/12/24 | |