The Adventure of Van Rood Quester

ファン・ルード・クエスターの冒険

その2−ゴブリン退治の真相

何とも言えない、気まずさと恥ずかしさが、俺の胸を一杯に満たしている。
ゴブリン退治の先発組である三人の美人冒険者の野営地につくやいなや、俺はいきなり窮地にたたされていたのだ。
「それで、これがお前の相棒ってわけか?」
「赤牙」のセスティアが腕組みをして俺を半眼で見つめている。
いきなり「お前」呼ばわりとは……でも、言い返すことはできない、なぜなら。
「ぷは〜、お腹マンプク、マンプク」
野営地の焚き火にかけられていた鍋。
その綺麗に空っぽになった鍋の中で、満足げにお腹をさする小さな鉱石妖精。
「まいったわね、軽く三人分以上はあったのよ」
巫女装束の更紗が、紅をさした艶やか唇を開き、心底驚いている。
まさか、リ・クリルのやつウサギ鍋の匂いにつられて先回りしていたとは。
しまった、さっきから妙に頭の上が静かだと思ったんだ。なんて意地汚い奴だ。
「……もっ、申し訳ない…本当に」
恥ずかしくって言葉もない、ほんと。
「まぁ仕方ありませんね、しょせん妖精のやることです」
鬼族の更紗は、諦めたようにそう嘆息すると、近くに纏められていたバックパックから携帯食を取り出す。
「……まったくだ」
ふん、と鼻を鳴らし、いまだに俺に敵愾心丸出しの冷たい目線を送る森エルフの人も、切り株に音も無く腰掛け、干し肉をとりだしナイフでちぎって食べだしていた。
「申し訳ない、ほらリー、おまえも謝れ」
俺は空っぽになった鍋の中からリ・クリルの襟を掴んでつまみ出すと、睨みつける。
「ふぁん、ふぁんもお腹すいたか?ぺこぺこか?」
にへらっ、と笑うお馬鹿な妖精、だめだこりゃ。
「はぁ、しゃあないさ、無くなったもんは気にするな、ほら、ウサギ鍋なんていつでも喰えるからな」
そう言いながらも「赤牙」のセスティアは、未練一杯の視線を空になった鍋に送りながら、消えかけていたキャンプの火に薪をくべだす。
「そうですね、それよりも、今後の話の方が重要です」
バックパックから取り出した携帯食をつまんでいた更紗が、その黒く澄んだ瞳で此方を見つめ、唐突に切り出してきた。
「クエスターさん、貴方には悪いのですが、この一件手を引いていただけませんか?」
「え?」
バチバチと火の粉を舞わせて薪が燃え上がる。
「見たところまだ駆け出しだろ?通り名もない」
ライトプレートを着たままドカッと腰を降ろした赤毛のセスティアが、更紗の後をついで、そう畳み掛けてくる。
焚き火に照らされた彫りの深いその美貌は、今までに無く真剣で、ふさふさとした獣の耳がピンと立っていた。
「確かにそうだが……」
ずばり指摘されてしまい、事実その通りなんだけど、何とも気恥ずかしい。
普通冒険者の通り名は、その腕が認められると自然と広まっていくものらしいが……いまいち俺にはその仕組みがわからない。
自分で勝手に名乗っていいんだろうか?
どうせだから「神業」のファンとか「凄腕」のファンとか吹いておいた方がよかったのだろうか?
そんな不埒な事を考えていた俺の耳に、今度は鋭く敵意のこもった声が突き刺さる。
「お前、ニンゲンだろ」
それは、切り株に座り、長い耳だけ此方に向けていた秀麗な美貌の森エルフの口から吐き出された言葉だった。
「……そうだ」
俺は、燃え盛る焚き火を見つめながら、消え入りそうな小さい声で頷くしかなかった。
そう、俺が今まで冒険者をやっていて、まったく芽がでない一番の理由がこれだった。
俺がニンゲンであること。
このグローランサ半島は、ハイランド世界では別名「混沌半島」と呼ばれている。
なぜ混沌と呼ばれるのか、その最大の理由が、この半島で暮らす人の大半が、亜人、デミヒューマンと呼ばれる種族だからだ。
彼ら、もしくは彼女達は、総じて普通のニンゲンよりも、何らかの秀でた特徴を持っている。
いや本当のところ、ニンゲン族が弱すぎるのだ。
例えば、目の前にいるセスティアのような獣人族は、生まれつき強固な肉体とずば抜けた生命力、それに暗闇を見通す視力や鋭い感覚を持っている。
更紗のような鬼族は、高い精神力と神がかった不思議な力を駆使することに長けている。
フィーセリナの森エルフ族は生まれつき持つ、超感覚にも等しい鋭敏な知覚や反射神経をもって生まれてくる。
他にも、草原を駆ける半人半馬の騎馬民族セントールや、堅牢な地底都市を築く頑強な岩小人ドワーフ、険しい渓谷に住み風を読む半鳥半人の自由民ハーピー、熱砂に潜み独自の信仰をもつ不可思議な爬虫人、等々。
挙げだしたらきりが無いが、高い知性を持ち人として認知されている種族が、このグローランサ半島には沢山いる。
その、どれもがニンゲンよりも生まれながらにして優位な特徴を持つ種族ばかりだ。
まあ中には、リ・クリルのようなダメダメな鉱石妖精ノッカーなんて種族もいるが、あれは種族云々でなく個人の資質問題なので例外だ。
半島の付け根にある「霧ふり山脈」と呼ばれる前人未到の尾根を越え大陸に渡れば、逆にニンゲンの方が大多数を占めるらしいが、この混沌の半島グローランサでは、ニンゲンは数少ないマイノリティーだ。
もちろんグローランサにも虐げられたニンゲンが集まったニンゲン主導の国家も存在するが、それはほんの一握りすぎなく、他の列強種族との兼ね合いでかろうじて存続している弱小国家だ。
何にしろ、ニンゲンというだけで生まれながら大きなハンデを背負っていると言っていい。
特に、冒険者という、個人の力が頼りの世界では、この生来のハンデはものすごく大きい。
かつ、俺は男のため、七柱の女神達の恩恵も簡単に受けられるわけではない。
だからと言って、一流の冒険者になる夢を諦める訳にはいかない理由が俺にはある。
「だが、ニンゲンだって名のある冒険者はいる」
ニンゲンと指摘され、思わずしなくてもいい反論が、つい恨みがましい口調で口から飛び出してしまう。
当然ながら、場の雰囲気は限りなく悪くなっている。
「まあいいじゃありませんか、種族云々など些細な事、何にしろ重要な事は、今の貴方は経験も知識もない駆け出しさんって事です」
そんな重苦しい雰囲気を、「静謐」の更紗が凛とした響きの中に暖かさのこもる美声で救ってくれる。
「ですよね、クエスターさん」
パチパチと弾ける焚き火に照らされる幻想的な鬼巫女は、涼やかな美貌に和やかな笑みを浮かべて、俺に確認をとってくる。
「……確かに、その通りだ」
まったく彼女の言う通りだ。
能力が足りないなら豊富な経験でカバーすれば良いのだ。
ニンゲンかそうじゃないか、男か女か、そんな事以前に俺は冒険者として圧倒的に経験が不足しているのは間違いない。
そして、その経験を積むために今回のゴブリン退治に参加したのだ。
思わず、俺は「はうっ」っと、か細い吐息を吐き出してしまう。
そんな俺の様子に敏感に反応したリ・クリルが、「駆け出し〜ヨワヨワ〜♪」と歌いだしたので、慌てて条件反射的にその小さな口をふさいでいた。
どうでもいい事だが、この歌は作詞リ・クリル、作曲リ・クリル、題名「ファン・ルード・クエスターのテーマ」と言うバカ妖精お気に入りの歌で、全部で38番まであるらしい。一度だって同じ歌詞だったことはないが。
「そこでだ!そんなお前に交渉なんてしてもしかたないからさ、ぶっちゃけちまうけど、お前「悪徳の騎士」ペンス・ドーン知ってるか?」
唐突に獣人の女戦士セスティアは、人懐っこい笑みをそのワイルドな美貌に浮かべながら、切り出してきた。
「え?まぁ聞いたことはあるけど」
いきなり女性の、しかも魅力的な容貌を持つ美人にそんなことを言われ、思わず頬が赤くなってしまう。
まぁ俺が赤くなってしまう理由は、まじまじと見つめてくる狩猟系獣人のあまりに綺麗な容貌と、胡坐をかいた太股のまぶしさに目を奪われたのが半分だが、残り半分はその話の内容にもあった。

「悪徳の騎士」ペンス・ドーン。
普通、騎士と言えば少年達の憧れの存在、悪のドラゴンを倒し、邪悪なウォーロックから王女を救い、剣を預けた主人のために誠実と規律の道を歩み、吟遊詩人たちに華やかに歌われる存在だ。
件の「悪徳の騎士」ペンス・ドーンもある意味では吟遊詩人たちに歌われている存在だと言える。
ただし彼の物語は王宮の宴や貴族の舞踏会で語られることはまず無い。
それは、いかがわしい夜の店やカジノ、それに公にできない秘密のパーティで語られることが多いのだ。
何せペンス・ドーンと言えば、美女を篭絡し、邪神の女司祭と密会し、あまつさえ剣を預けた主君の姫さえ寝取るほどの、色欲にまみれた道を歩んだ悪の人物なのだ。
常に周りに様々な種族の美女達を侍らせた稀代の色事師、彼を一目見ただけでどんな貞淑な女性も身をまかせ、その魅力に麻薬のように狂ってしまったと伝えられている。
彼との逢瀬に溺れた王妃のせいで東方の国が内乱で滅んだなんて説話があるぐらいだ。
そして、その力は悪魔に魂を売ったためとも、邪神と契約したためとも言われていた。
確か公式には、何処かの国の聖騎士団に追われ討ち死にしたことになっている筈だ。
彼が世を去ってもう数百年以上になるが、いまでもその艶話は廃れることなく広まっている。

「その「悪徳の騎士」ペンス・ドーンの棺があるのがゴブリンの住み着いている遺跡ってわけ」
野営の焚き火の明かりに照らされながら、美貌に陰影を落とした赤毛の獣人戦士はそう続けた。
ペンス・ドーンの棺ねぇ……これは少し、いやだいぶ眉唾だ。
ペンス・ドーンは、その愛欲に満ちた波乱な人生と魅力の力である意味で有名な騎士だっただけに、こういった四方山話が多いことは誰でも知っている。
そこにつけこんだペンス・ドーンの名を借りたデマや詐欺は、よく目にする物の一つだった。
俺の故郷でも少し路地裏に入れば「ペンス・ドーンの使った媚薬」や「ドーン卿ご用達の精力剤」なんてのが、よく売られていた。
年に数回は、どこかの色ボケ貴族が「悪徳の騎士」の魅了の力を持つ品なんかを高値で騙されて買ったって噂が必ず聞こえてくるぐらいだ。
まぁ「悪徳の騎士」は、それぐらい伝説になる色事の達人だったてわけだが、つまりはペンス・ドーン絡みの話は九割以上が眉唾って事。
「ふぅ、疑うのも仕方ないけどさ、まぁそんなわけで、あたし達の目的はゴブリン退治じゃなくて「悪徳の騎士」ペンス・ドーンの遺品狙いってわけ」
不信な思いが顔に出ていたのだろう、「赤牙」のセスティアは、形のいい鼻筋をこすりながら、不満そうに焚き火に木の枝を放りなげる。
「はぁ…なるほど」
いまだに手の中でバタバタ暴れるリ・クリルを掴みながら、曖昧に返事をする。
「そんでさ、お前には悪いんだけど、この仕事降りてくれないか?」
セスティアの猫のような瞳にじっと見つめられながら、俺はぐるぐると思考を巡らせていた。
おそらく彼女達は本当にゴブリンを倒すのが目的ではなくて、遺跡の財宝が目当てなのだろう。
なにせ三人ともが通り名を持った冒険者のパーティなのだ。その雰囲気や装備から見ても実力は間違いなさそうだし、嘘をついているとは思えない。
そんな人達がわざわざ旨みの殆ど無いゴブリン退治に来るって方がどうかしている。
何か裏があるとは思っていたが……どうするべきか?
まずペンス・ドーンの棺が本当にあるのかは疑わしい。よりもよってかの有名な「悪徳の騎士」だ。
いや、待てよ、この話自体嘘かもしれない可能性だってある。
実はさらに何か重大な秘密がって、あえて嘘をついて俺を遠ざけ……ふう、今の状況でそんなの考えてもわかるわけないか……
「クエスターさん、よかったら、これをどうぞ、落ち着きますよ」
うむぅーーと悩む目の前に、「静謐」の更紗がいい香りのするお茶を差し出してくれる。
いつの間にか焚き火で手鍋を温めて用意してくれていたようだ。
思案に暮れる俺に絶妙のタイミングで差し出されたカップには、精神安定の効果もあるリンの葉を煮詰めたお茶が汲まれていた。
すっとした喉越しでとても美味しい。
「疑われる気持ちもわかります、しかし私達もそれ相応の確信を持ってルナーの帝都からこの辺境まで出向いてまいりました、どうかここはお引取り願いませんか?」
俺の対面にそっと座る巫女さん。
夢物語に出てきそうな現実とは思えない神秘的な美さと品性をそなえた凛々しい容貌。
背筋をピンと伸した姿勢の白い巫女装束に映える、腰までに達する長さの流れる黒髪は、焚き火の明かりを受けて淑やかに光を孕んでいる。
そして真っ直ぐに此方を見つめる黒く澄んだ瞳には、誠実さと真摯さが伺えた。
その、静謐で澄んだ姿はとても嘘を言っているようには見えない。
いや、嘘を言っていると思っただけでも、礼節を何よりも重んじることで知られる鬼族の女性に失礼に当たるような気がする。
……いっ、いけない、考えをまとめないと。
そうだ今、ルナーの帝都と言っていたよな。
ルナー帝国と言えば遠方の大国、グローランサ半島の中央部、ドラゴン・パス地方を統治している多様な種族で構成された大文明国家だ。
そんな中央の栄えている帝都から、こんな半島の果てのタイタン北方辺境域、さらにど田舎までわざわざ来たとなると、遺跡の話に結構な確信をもっているのだろう。
俺としても、元々ペンス・ドーンの遺産なんて興味もないし、ましてやそれに関わる準備も心構えない。
彼女たちの話を飲んであげてもいいのだが……しかし……
「俺にもそのいろいろと都合あって……ゴブリンの首を持って帰らないと、恥ずかしい話だが懐事情が……」
そう、他人に話すには何とも恥ずかしい理由だが、俺は本当に所持金がないのだ。
今回は乗合馬車を使ったし、それに旅程での食費だってバカにならない。
本気でやばい、冒険者以前の仕事に戻るのは、もうごめんこうむりたい。
「なるほど、そう言う訳ですか……そうですね、でしたらどうでしょう? 私達は遺跡に入るためにゴブリンを倒す必要があります、その首をファンさんのために持って帰ってきて、首だけお渡しする、と言うのはいかがでしょう?」
額に二本の小さな角を生やした美しい鬼族の巫女は、ぱんっ、と柏手を打ち鳴らして、そう提案した。
「でも、それでは」
いつの間にか、俺の持つコップには、鉱石妖精がへばりつき、お茶をずずずって啜っている。
「ふん、もっと分け前が欲しいわけか? 卑しいニンゲンが」
木の幹にもたれかかった森エルフの女が投げ捨てるような視線と口調でそう言いながら、太腿に下げたダガーの柄を挑発的にカタカタ言わせている。
その瞳はするどく剣呑だ。
恐っ!
「そ、それもあるが……ただ俺は冒険者として受けた依頼が気になって、最初の依頼では共同で刈った首の賞金は確か等分という約束だ、信頼を損ねる事にもなる」
ニンゲンと卑下された事への少なからずの怒りで、現実的な問題である依頼の内容に関して声高に叫ぶ。
村からの依頼内容は、メンバーの数によらず出来高払いのセコイ内容だったはずだ。
だからと言って冒険者が依頼の契約を無視して良いわけが無い。
冒険者にとって信頼は第一なはずだし、俺は契約を無視することだけは冒険者の矜持として譲れなかった。
「契約破棄」のファンなんて通り名は欲しくないし、冒険者の誇りを捨ててまでお金が欲しいわけじゃない。
勿論金はあったほうがいいのは確かだが。
「はははははっ、そんなはした金いらないよ、たまたま街に寄った時にあの遺跡がゴブリンの巣になってるって依頼が出てたから、他に誰も来ないようにって依頼を受けたのさ」
引き締まった太腿をぱんっと叩いて赤牙のセスティアが可笑しそうに、しかし、どこか俺を見直したと言わんばかりに目を細めて笑う。
こちらとしては、その均整の取れたセクシーな肢体が揺れるたびに、ライトプレートを持ち上げる豊満なバストが陰影を濃くするのが気になってしょうがない。
うわぁ、マジですごいでかい…ゴホン、いかん俺、今は契約の話だぞ。
「セスったら何を笑っているのですか、貴女がちゃんと依頼所で手続きをしていれば、こんな事にはならなかったのですよ」
はぁっと更紗が悩ましげにため息をつくと、自分達の依頼書らしきものを巫女装束の懐から取り出し、マジマジと見直している。
「ほら、セス、ここよく見なさい、他の冒険者との共同作業も有りに印がついていますよ」
巫女の白い指先の小さな桜貝のような爪が、トントンと依頼書の最後の数行を指摘している。
「あぁぁ、うるさいなぁ、あん時は急いでたんで適当にやっちまったんだよ、ふん、仕方ないだろ」
「赤牙」のセスティアは、自分の分の干し肉を、がるるるっと噛み千切ると、ふんっと鼻に皴を寄せて逆に怒っている。
だが、ふさふさの和毛のついた獣の耳が、ぺたっと頭に引っ付くほど寝ている事から、本当は反省しているのは傍目には丸分かりだ。
「で、どうする気、ニンゲン」
合いも変わらずダガーの柄に手をかけたままの冷酷な森エルフの女が、鋭い声を投げかけてくる。
何故だか、前にもたれかかっていた木の幹から、いつの間にか俺の背後の木に移動しているような気がするんですけど……勘弁してくれ。
「えっ、えーと、そうだな、俺としては」
「「「………」」」
三者三様の美しさを誇る女冒険者、「赤牙」のセスティア、「静謐」の更紗、そして「魔弾」のフィーセリナが、じっと此方を見つめてくる。
どう考えても「通り名」持ちの冒険者である彼女達に逆らった所で、俺には百害あって一理無しだろう。
俺は冒険者になってから覚えたあまり得意でない打算という唯一の俺の武器を必死に弄ぶ。
う〜ん、ここは条件を飲んでゴブリンの首を渡して貰った方がいいのか?
もし騙されても、事情を説明すれば依頼を反故したのは俺じゃなくて彼女達だ。
それに、彼女たちに一筆書いてもらえば、契約の共同分配方も大丈夫だろう。
よし、決めた。
俺は、さしだされたリンの葉のお茶に口をつけながら、そっと頷いていた。
「わかった、その条件でよろしく頼む……ぶはっ、ぺぺぺっ」
重々しく頷いた途端、お茶の中にいつの間にか混入されたトカゲの尻尾に驚いてむせ返る。
そんな俺の足元ではリ・クリルが腹を抱えて笑い転げていた。


それから数刻後、闇夜が本格的に辺りを包みこんでいた。
結局、申し出を受けた俺は遺跡には行かず、此処で彼女達を待ってゴブリンの首を引き渡してもらう手はずとなった。
勿論、ゴブリンの首の料金は全て俺が貰う事、そして逆に遺跡には俺が行かない事の誓約書をお互い交換している。
まあ、今回はゴブリン相手に経験を積むチャンスは逃したが、楽して生活費を得られたので良しとしよう。
また、次のチャンスがあるさ。
そんな訳で、その後は、彼女達の出発まで、話好きの「赤牙」のセスティアと意気投合し、なぜか彼女の冒険譚を聞く羽目になっていた。
彼女が話してくれた内容は、俺がまだ見たことないな中央の帝都での話や、今までの彼女達の依頼の話だった。
ところどころ説明不足なところは鬼巫女の更紗がやんわりと解りやすくフォローしてくれる。
ついでに、たまに木にもたれかかり辺りを油断無く警戒している森エルフのフィーセリナが、鋭い突っ込みを入れる。
おそらく戦闘でも三人はこんな風に連携をとって戦うんだろうと思わせる語り口調だった。
だた、あれ以降「悪徳の騎士」ペンス・ドーンの遺産についての話は一切でない。
おそらく遺跡に来ないとはいえ、俺に余分な情報を与えたくないのだろう。
そんな風に焚き火を囲んでいると……
「じゃそろそろ行くか、また後でな、ファン」
「赤牙」のセスティアはなんの前置きもなく、側の木に立てかけてあった巨大なグレートアックスを担ぎ、立ち上がる。
「え?今から行くのか?今行っても、遺跡は夜じゃ」
「ええ確かに、でも今日の夜でないと駄目なんです、少し事情がありましてね、それでは、明朝過ぎには戻りますので、失礼しますクエスターさん」
「静謐」の更紗が、ハマ矢を納めた矢筒を背中に担ぐと和弓の弦の張りを直し、ばさりと巫女装束を翻す。
その向こうでは「魔弾」のフィーセリナが無言で近くの枝に飛び移っていた。
「ああ、わかった……それじゃ、また明日、此処で」
俺はそう言いながら、闇夜に消えていく三人の冒険者の後ろ姿を見送っていた

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