The Adventure of Van Rood Quester

ファン・ルード・クエスターの冒険

その4−悪徳騎士の遺産

ううっーーーっ、すごく、頭が、頭が痛っ。ガンガン痛くてたまならいっ。
まるでそう、安価で粗悪な密造酒をたらふく飲んだ次の日というか……
「う〜〜ん」
いや、違う、これは物理的に殴られて痛い。
「起きろ〜起きろ〜、この、この、この、こいつめ」
ガバッと目を開けると、案の定、クソ生意気な鉱石妖精が俺の頭にケリを入れていた。
「痛いっ、痛っ、やっ、やめろリー、いたっ、んっ?ここは?」
俺はガスガズと楽しそうに頭を蹴ってくるチビ妖精を追い払うと、クラクラする頭を押さえ、辺りを見渡す。
周りは薄暗い一面の砂地だった。
こなごなに壊れた石畳に、例の偽物の棺が半分地面の砂に埋るように突き刺さっていた。
「何処なんだ、ここ?」
パラパラと髪の毛から小石が落ちる。
側に転がっている火がついたままの防風ランタンの油量からすると、気を失ってから、さほど時間が経っていないのは確かだろう。
ランタンの光度を上げると、大き目の広間といった感じの部屋に上から落ちてきたことがわかった。
体のあちこちが痛むが、まぁたいしたキズじゃないだろう。下が砂地だったおかげだ。
俺が嘆息しながら周りに落ちた自分の装備を拾い上げ、一息ついたその時、
『やっと起きたか、小僧』
突然、深く響くバリトンの効いた声がする。
「え?」
そんな今見た時、周りに人なんかいなかったはずだ。
俺は慌ててランタンで辺りを照らすが、やはり人影はまったく見つからない。
『此処だ、此処』
その声に導かれるように、光を向けた先には、すぐ側の砂地に半ば埋もれるようにして、無造作に置かれた鞘に納まる一振りの大剣が鎮座していた。
けっこう大ぶりの両手剣だ、なかなかの年代ものの値打ち品のように見える。
柄には大きな翼を広げた白鳥の優雅な装飾が施され、鞘にも蔦が這いまわる模様が丁寧に彫りこんである。
そして何より、俺を驚かせたのは剣の根本、握りの上に埋め込まれた真赤な宝石だった。
握りこぶし大の高価そうな宝石が、何と内側から燃え出すように輝いているのだ。
『ようやく気がついたか? しかし、あんな見え見えの罠に引っかかる奴がいるとはな』
そう、言葉が聞こえる度に、その宝石が息をするように脈動している。
これはまさか!
知性のある剣、インテリジェンスソードってやつなんじゃ!
インテリジェンスソードとは、めったに世に出ることのない高価な武具の一つで、超高等な魔法技術で作られるって聞いたことがある。
こんな凄いモノがこんな場所にあるなんて、まさにお宝大発見だ。
「こっ、これはいったい?」
『ふははははは、俺様はその名も高き「誉れの騎士」ペンス・ドーン様だ』
剣の柄の宝石がギラリと輝く。
「ペッ、ペンス・ドーン?あの「悪徳の騎士」ペンス・ドーン?」
俺はあんぐりと口を開いて、件のインテリジェンスソードを見る。
なんで?剣がペンス・ドーン?
いや、きっとペンス・ドーンの愛剣なんだ。
そうだ知性のある剣なんてもの凄い魔法の武器、これがきっとペンス・ドーンの秘宝なんだ。
『ちょっとまて小僧! 悪徳とはなんだ! この俺様が悪徳の騎士だと! 幾多の国を救ったこの、ペンス・ドーン卿を!』
鞘をガタガタと言わせて、剣がまた怒鳴り声をあげだす。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、あんた本当にペンス・ドーンなのか?」
『あんただぁ?』
また柄の宝石がギラリと剣呑に輝く。
その途端、俺の体が燃えるように熱くなってる。
「うわぁ、なんだ、胸が、胸が焼けるぅ、うげぇ気分悪ぃ」
食べ過ぎたみたいに胃がもたれて調子が悪くなってくる。
東の村のチェリーパイ大食い競争に出た次の日だってこんなに辛くはなかった。
『どうだ?剣に魂を封じたとはいえ、ハイランド中に名を轟かせた俺様の魔法は、今後舐めた口の聞き方をすると吐き気眩暈頭痛がその百倍の勢いで貴様を襲うぞ!』
「ごっ、ごめんなさい」
なんて姑息で嫌な魔法だ。
こんなに卑しい魔法を使うのだから本当にペンス・ドーンなのかもって思えてくる。
俺が謝った途端、胸のむかつきがすっと消えていく。
すると剣はまるで哄笑するように、カタカタと鞘を鳴らしだした。
『ふははは、判ればよい、さて、小僧まずは情報交換といこうじゃないか?何ゆえ俺様の寝所に転がりこんできた?そしてこの「誉れの騎士」ペンス・ドーン様を悪徳とはどういう事だ?』
「そっ、それは」
まぁ隠すようなことじゃないだろう。
それにさっきの魔法をまた食らうのは本当に勘弁したい。
俺は目の前でおそらくふんぞり返っているだろう自称ペンス・ドーンと名乗る宝刀に、「悪徳の騎士」ペンス・ドーンの説話と、ここに辿りついた顛末を話し出していた。


『成る程な、ふーむ、これは少しばかり大問題だな』
一通り話し終えたところ、剣は宝石を明滅させて、まるで悩むようにブーンと唸りだす。もし手があったら腕組みしてるんだろう。
そんな剣の前に正座して向かいあう俺とチビ妖精
「あの……問題って?」
『あぁ、俺様が封じ込めた魔神が蘇っちまいそう気がするってことだ』
さらりと、何かとんでもないことが言われたような気がする。
「え?ま、何が?」。
『小僧、貴様の話では、失踪した三人の冒険者は女なんだろう?それも年頃でえらいべっぴんの?』
「確かに、そうだけど」
そう、全員「通り名」持ちの冒険者にして、えらい、いや大変な美人さん達だった。
『それが大問題だな』
「はぁ?」
俺は気の無い返事を返す。
伝説クラスの魔法武器の一つ、知性ある剣を見つけた興奮が冷めてきた事で、俺は冷静さをようやく取り戻していた。
よく考えれば、まったく訳のわからない遺跡の地下で、自分を伝説の騎士と名乗る剣と落ち着いて話していいのだろうか?
この目の前の剣が何かの罠ってこともある。
もしかしたら俺はリ・クリル並みの大バカかもしれない。
そう思うと心の中にリ・クリルの歌う「ふぁん、ふぁんの大バカぁ〜、ついでに、けちんぼ〜、腹減ったぁ〜」という調子のはずれた「ファン・ルード・クエスターのテーマ」の幻聴が聞こえてきそうだった。
だが、そんな幻聴に頭を悩ます俺を無視して剣は語り続ける。
『気の無い返事をするな小僧、場合によってはその三人すでに正気を保っておらんかもしれんぞ、へたをすると魔神の手先と化しておる』
「えぇ、そっそんな、なんでそんな事に」
『だから、俺様が封じた魔神のせいだと言っているだろが!お約束な話なんだから、先を読め、たくっ、使えん小僧だ。いいか、まぁぶっちゃけ言えば魔神を俺様の肉体に封じてあるんだが、その魔神の封印が解けかけている、ま、つまりは魔神が復活しようとしているわけだ』
さらりと、すごい事を言う、剣の人。
ちなみに魔神ってのは、このハイランド世界で一般的に信仰されている七柱の女神達が、遥か昔に一人の英雄に惹かれ外の世界から光臨した際、女神達と敵対して破れ、ハイランド世界から退去させられたり、各地に封じられた古代神達の別称だ。
ぶっちゃけ言えば、新興宗教の女神様に敗れ去った古来の土着神ってところだろう。
今では、魔神、邪神、悪魔、旧支配者なんて別称で呼ばれ悪しき対象とされている。
もっとも古代神も全てが消えたわけでなく、外から来た七女神に賛同した神や、我関せずと中立の立場にいた神なんかは、女神の従属神となったり、自分を崇拝する種族を率いてちゃっかり民族神としてこの世界に残ったものもいる。
そして今俺が生きるこの時代では、七女神達も残った古代神達も、この世界に直接介入する事は稀で、加護や恩恵と言った間接的な方法で人に干渉してくるぐらいだ。
直接干渉しない理由は、よく判ってないとしか言いようがない。七女神達が世界のバランスを保つために相互不可侵の「大いなる大盟約」を結んだ為とか、この世界から追い出した古代神達を監視するための防衛線「エルダーサイン」を見張り続けている為だとか言われている。
まあ他にも七女神達は、この世界に惹きつけた原因である件の英雄に夢中で、そんな暇はない為だと言う下世話な俗説もあるが……
まあそこを考えるのは宗教屋さんの仕事であって、俺のでる幕ではない。
なんて、思わずこの世界の宗教説話に思いをはせ、現実逃避をしていた。
魔神?肉体?復活?正直、頭の中が混乱し、なんだが話が飛びすぎで、よくわからない。
頭の上に疑問符を浮かべていたことに気がついたのだろう、剣は一度咳払いのように明滅を繰り返す。へたに凝った作りだ。
『そうだな、ゴブリン退治にきて巻き込まれただけの小僧には何が起きているかわからんだろう、そう、事の起こりは俺様が生きていた頃にさかのぼる』
なんだか唐突に回想シーンに突入する自分勝手な自称ペンス・ドーン。
『この俺様、ペンス・ドーンは、当時はまるで鳴かず飛ばすの三流騎士でな、食うにも困り盗賊まがいのことをしながら仕官先を探していた、そんな時だ、お前のようにある遺跡に偶然迷い込み……』
剣の宝石は深呼吸をするように、ゆっくりと瞬く。
『究極の力の秘密を手に入れたのだ、異世界に封じられていた魔神と契約してな』
「力って、あのペンス・ドーンの力か?」
噂の一つに悪徳の騎士は邪神と契約して力を手に入れたってあったけど本当だったとは。事実はなんとも安直なものだ。
『今ではそう呼んでいるのか?まぁその魔神との契約で俺様は世界の半分を支配する力を得たわけだ』
「世界の半分?」
俺は剣の人の話に疑いながらも聞き入っていた。
『女だ!』
「え?それの何処が?」
『何を言う、世界の半分は女だぞ!だいたい男を支配して何が楽しい?支配するなら女だ!それも極上、とびきりの美女どもを支配してこそ真の支配者ではにか、わかってるのか小僧!』
熱く語りだす元騎士の成れの果て。
まぁ確かに世界の半分は女だって言えばそうだが、なんとういか「悪徳の騎士」らしい話だ。
『まぁそんなわけで、俺様はウハウハのハーレム騎士ライフをエンジョイできたわけだ、あぁハイワード国の麗しの王女達、南方エスパニアの小麦色の肌の乙女達、さらにはヒノモト国のオリエンタルな娘達、どれもえがったなぁああ』
もう酒場でくだをまく唯のスケベなおっさんみたいだ。もし体があったら涎を垂れ流してるんだろうな、この人。
『うっ……ごほっごほん、まぁしかしながら、美味い話には裏があるってのが相場だか、俺様の時もそうでな、結論から言うとだ、魔神はこの世界に再度侵入する企みがあったわけだ』
そりゃ無料でそんな凄い力を、くれる奴はいないだろう。
今この世界ハイランドを席巻している七柱の女神達だって、加護の力の代償に献身的な信仰やら、女性の更なる地位向上を要求している。
そう、だれだって心の何処かではかならず見返りを求めるものだ。それは俺だって同じだ。
しかも得られるモノが大きければ大きい程、見返りに必要なモノは大きいって事は子供でも判りそうな物なのに……
『まぁ、魔神は俺様に女を支配する力を与えるかわりに、俺様の死後、俺様の肉体に宿り、この世界に蘇ろうって魂胆だったわけだ、俺様が手篭めにした美姫達を生贄に!!』
ブンっと柄の宝石が燃え上がる。
『そこでそれに気がついたナイスな俺様は、死ぬ寸前、この遺跡の奥深くに魔神が宿る肉体を封じ、魂だけの存在になって遺跡を守るため愛剣の飾り宝石 とりついたわけだ、自らの肉体を犠牲にして魔神の復活を阻止する偉大なる英雄!それが「誉れの騎士」ペンス・ドーン様ってわけだな!!』
なんだか自画自賛しているが、結局は最初に魔神の誘いに乗ったコイツが悪いんじゃ。
俺はげんなりしながら、ブンブンと唸り声をあげて輝く剣に先を促す。
「それで貴方が封じた魔神と、いなくなった皆とどういう関係が?」
『かぁ〜〜ここまで言って判らんとは、小僧、お前素質無いぞ!いいか、相手は封じられているとは言っても腐っても異界の魔神、この遺跡中に魔神の封印から漏れ出した魔力が渦巻いている。人を狂わせ正気を失わせ支配する魔力がな!おそらく、その女どもは、魔神の封印から漏れた魔力にあてられ、徐々に理性を失 い、最後には魔神に操られ封印を解き、そして自ら生贄となって魔神の力を覚醒させてしまうわけだ……そうなれば、まさに世界の危機だな!』
「そっ、そんなぁ」
話が無駄に大きすぎて、かつ、説明が長すぎてついていけない。
というか、街でちまちま小さな仕事をしていた駆け出し冒険者の力の範疇を軽く超えている事件だ。
単語だけを拾うと、魔神復活に、世界の危機に、生贄にされそうな美女。
まさに英雄譚の王道をいくような話だが、こちとらゴブリン退治に来ただけなのペーペー冒険者だぞ。
そんないきなり大クエストに巻き込まれるなんて、もっと先の話だろ普通は!
「だいたい、封じた魔神から魔力が漏れているって、穴の開いた樽じゃないんだから」
俺が、思わず愚痴りたくなる気分もわかって欲しい。本当に。
『うーむ、肉体ごと魔神を封じている封印がいつの間にか緩んどったんだろうな、まぁ、そう言った場合は本当なら俺様が封印を直すはずだったのだが、いかんせん、愛剣の宝石に魂をうつした時に、うっかり、上のトラップ部屋の罠が作動してな、この地下の広間に落とされてしまって、いやはや身動きが取れなかったのだ、うはははははは』
「おいっっっ、何もかも貴方のせいじゃないかっ、責任とれよっ 最後まで!」
俺は思わず額に血管を浮き立たせ、突っ込みをいれる。
「とっ、とにかく、こんな大事件、一介の冒険者の手に負えない、急いで冒険者ギルドに知らせ……いや、ここは王都の騎士団に!」
取り急ぎここらの地図を思い出し、援助の要請を何処にしようか検討をはじめる。
しかし、慌てる俺に、妙に落ちついた声がかけられる。
『魔神が蘇ってしまった後では、騎士団も意味が無いがな、それに……ふむ、そんな暇は無くなってしまった様だな』
「え?」
妙に落ち着き払ったペンス・ドーンの声が半分崩壊した地下の広間に響き渡る。
その途端、ぞわっっと背筋が総毛立つ。
「なっ、何が?」
恐る恐る背後から突き刺さる視線の方に首をむけると……
そこには見慣れた人物が立っていた。
それは、獣人の女戦士「赤牙」のセスティア・ゼルフだった。
でも、様子が少し、いや大分おかしい。
「グルルルルッ」
彼女は、まるで獰猛な獣のように唸り声をあげ、口は鋭い犬歯をむき出だし、おまけにボタボタと涎を落としている。
さらに瞳は見開かれ真っ赤に光っていた。
あきらかに殺気に満ち溢れていた。俺に対して。

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