The Adventure of Van Rood Quester

ファン・ルード・クエスターの冒険

その3−古遺跡の秘密

そして次の日。
昼になっても三人は戻っては来なかった。
「戻ってこないな」
「ふぁん、腹へった〜」
俺の髪の毛を引っ張るのに飽きたリ・クリルが退屈そうに声をだす。
「どうしようか」
「腹へった〜へった〜へった〜へった〜、腹ぁへった〜」
バタバタと動く細い脚が、俺の頬を容赦なく蹴る。
俺はため息をつきながら、騒ぐのが性分のチビ妖精を無視し、ちらりと女冒険者達が去った森の東北を見つめる。
だか、まったく人が来る気配がしない。
「通り名」持ちの冒険グループの彼女達が、夜とはいえゴブリン如きに、後れを取るとは思えない。
そうするとやはり例のペンス・ドーン絡みで何かあったのだろうか?
それとも、俺は彼女達にまんまと騙されていて、今頃三人は村にゴブリンの首を持って行き、わずかばかりの報酬と蜂蜜酒の樽を貰って……あまりありそうにないな。
う〜ん、どうするべきか?
ここはやはり様子を見に行くべきなのだろか?
しかし、昨晩、俺は遺跡には行かないと約束した。
でも、遺跡の近くまでなら、行ってもいいよな?
それに何より、今回は色々と出費がかさんでいる。
ゴブリンの首の一つでも持って帰らないと財布の事情が相当やばい。
よし!決めた。
「とりあず、遺跡の側まで行ってみよう、遺跡に入らなきゃいいんだしな」
「その後ごはん?ごはん?」
俺はぎゃあぎゃあ騒ぐリ・クリルを頭に乗せて、昨晩彼女たちが歩いた後を追うように森の奥に足を踏み入れていた。


そこはいかにもって感じの小さな洞穴だった。
遺跡というよりも、見た目は崖に口を開けた自然の洞窟に近い。
そしてその入り口に横たわるゴブリンの死体。たぶん見張りか何かだったんだろう。
喉を綺麗に裂かれたその死骸はすでに腐敗し、すえた匂いを放ち始めている。
「うわ、えぐいな」
俺はなるべく其方を見ないようにしながら、ランタンを取り出し油を足し灯りを確保すると、洞窟の入り口から中を照らしてみる。
そう、初めての本格的な洞窟探索という興奮もあいまってか、俺は、昨晩三人の女冒険者達と交わした約束を破る事にしていた。
ちらりと中を覗くぐらいなら問題ないだろう。
それに、向こうだって約束のゴブリンの首を持ってこなかったので、昨晩の契約は反故にされたと思っていいはずだ。
俺はそう自分に言い聞かせると、恐る恐る洞窟の中に潜入を試みる。
意外にも、洞窟の中は結構入り組んだ造りになっていた。小さな部屋が幾つも作られており、その間を通路が網目状に繋がっている。
岩窟遺跡というのだろうか?
明らかに自然現象や、ゴブリンの作ったものではない、高度な掘削技術でできた遺跡だ。
そして、そこかしこに転がるゴブリンの死骸。
ランタンの光に照らされたそれらは、頭を飛ばされたり、喉に矢をうけたり、高熱で焦がされたりと、どれも一撃で殺されている。
「ふぁん〜見て見て、鼻血ぶ〜、きゃははは〜」
リ・クリルはそんな死体の転がる不気味な光景にもかかわらず、嬉しそうに死んだゴブリンの鼻穴を広げて大声をあげている。
やはり鉱石精霊だけあって洞窟の中は気分がいいらしいが、それはやめて欲しい。
「リー、行くぞって……あぁそんな手で俺の頭に、リー!これで手を拭けって」
「きゃはははは」
俺の頭の上で騒ぐチビ妖精の声だけが洞窟に木霊する。
ゴブリンの死体を直にみて萎えかけていた俺は、その暢気な声に勇気付けられると、また奥に進んで行く。
どうやらゴブリンは全て掃討されたみたいだが、それでも俺は注意深く警戒し、腰にさげた中古のブロードソードに手をかけたまま、もう片方の手で掲げたランタンの光を頼りに、奥へ奥へと進んで行く。
しばらく行くと、今までとは造りが全く異なる大きな石の扉が開け放たれ、洞窟内とは違う乾燥した空気が流れ出している場所についた。
おそらく最近、いやきっと昨晩、あの女冒険者達が空けた石扉なのだろう。
人の手では動かすのも到底無理と思えるその巨石の一枚扉には、何か神秘的な複雑な紋章が幾つも彫りこんであった。
たぶん何らかの力で封印された扉だっのだろう。そして昨晩が、この封印を破るのに一番都合が良かったに違いない。
どうする?
きっとこの奥に彼女達は行ったのだ。
そして帰ってこなかった。
今ならゴブリン達の首を持って帰れば明日の朝には村につける。そしたら報酬とついでに蜂蜜酒を樽ごともらって万々歳。
そうだそれがいい。
なんて思っているにもかかわらず、俺の足は、開放された石の扉の奥へ奥へと歩き出していた。
そう……この先にある冒険を見ずして、なんで冒険者になったんだ。
立派な「通り名」が欲しいんだろ?
ペンス・ドーンの遺産見てみたいだろ?
もしかしたら、彼女達のピンチを救って感謝されるかも?
そんな甘い期待に負けたんだと思う。
「少し奥に行くだけなら……大丈夫だよな」
まるで自分自身に言い訳をするように、俺は壊れた封印の扉を抜け、さらに奥へと踏み出していた。

石の扉の向こうは、切り揃えられた石床が敷き詰められ、壁面には蝋燭立てのような物が等間隔で並んでいる。
どう見ても先程までの、雑な造りの岩窟遺跡とは様子が違う。いかにも手間をかけて作られた重厚な廊下だった。
「これがペンス・ドーンの棺がある遺跡本体なのか?」
「ふみゅ?はら減った〜」
「………」
俺はどうやらパーティの選択を誤ったみたいだ。無言でとぼとぼ歩き出す。
そのまましばらく歩いたが、石造りの通路に一向に終わりは見えなかった。
緩やかに下向きに傾斜している事から、たぶん徐々に地下に潜っているのだろう。
マッピングの方法やダンジョンでの心得など一通り教えてもらっていたが、興奮で胸がドキドキしていた俺は、それら一切を忘れ、ただ夢中に通路を歩き続けていた。
途中、壊れた石像らしきモノが幾つも転がっていたが、それが前から壊れていたのか、それとも彼女達がやったのはわからなかった。
やがて、俺の足が硬い石床を歩み続ける事に悲鳴を上げだした頃、通路は唐突に終わっていた。
そう、通路の先は、大きな広間につき当たっていたのだ。
「おおおっ」
いかにもな展開に、俺は無警戒にも思わず声をあげてしまう。
広間の奥には、見たこともない金属製の彫像と妖しい壁画に彩られた古ぼけた大きな祭壇が鎮座している。
そして祭壇の上には、いかにもと言った大きな棺が鎮座していたのだ
これがペンス・ドーンの棺ですよって言わんばかりだ。
「誰かいないのか?おーい?」
恐る恐る声をあげてみるが、反響した木霊が跳ね返って聞こえるだけで、まったく返事すらない。
おかしいな。ここが行き止まりみたいなんだけど。
俺はもう一度、慎重に辺りを見渡す。
目の前に、まるで据え膳のように鎮座するお宝の棺。
こんな時こそ要注意ってのは、まだ駆け出しの俺でもわかる。
棺が安置されている祭壇は長い年月使われていなかったのだろう、厚く埃が溜まっており、棺の周りに配置された彫像や杯、蝋燭立て、水晶玉なんかの祭器もだいぶ古びていた。
「んっ、まてよ」
確か、ここは昨晩セスティア達が来ている筈だ。
彼女達の狙いはこのペンス・ドーンの棺と、そこにあるお宝だったはずだ。
なのに棺は少しも動かされた跡はないし、周りの品だってまったく触られた形跡がない。
つまりは、これは……
「全部偽者、たぶんトラップってわけだ」
きらっと瞳を光らせて推理を披露する。
残念ながら、ほ〜っと驚嘆してくれたり、なるほどっと納得の会釈をしてくれる仲間はいない。
しかたなく頭に掴まっているはずの頼りない鉱石妖精に話しかける。
「どこかに隠し扉とかあるはずなんだ、リーそこらに気をつけろよ、って、リー?」
しかし、彼女の指定席にニコニコ笑ういつもの姿はなかった。
かわりにあの厄介者のチビ妖精は……
「ふぁん、ふぁん、これくえるか?あ〜ん、はぐはぐ、まじゅっ、ぺっ」
ペンス・ドーンの棺の上にいかにもって感じで置いてあった水晶玉に齧りついていた。
「って言ってるそばから!リー、ゆっくりそれを置くんだ、いいか、リー」
よく見れば、リ・クリルのちっちゃな手が掴んでいる水晶玉の台座から、細いワイヤーが伸びている。トラップだ!
しかも、いかにもって感じでギリギリと引っ張られ、今にも何か動き出しそうになってるじゃないか!
「なぁに?ふぁん?ふぁんもこれ食べる?げっ〜ってなるよ?」
判ってるんだか判ってないんだか怪しい鉱石妖精のノッカーは、ぐいっと水晶を台座ごと俺のほうにひっぱって渡そうとする。
「いやああぁっ、だっだめ、だめ、うっ動くな、動くなよ……そうだ、ゆっくりその不味いタマタマから手をはなすんだ、な、お願い、リ・クリル、リーちゃん、リー様」
俺は荒い息を吐きながら、冷汗を垂らしながら、気まぐれなノッカーの機嫌をとりつつ、水晶玉から興味を無くさせようと努力していた。
「さぁ、手をはなして、リー、こっちに来るんだ、って、あっ!そっ、それに触るな、ぺっしなさい、ぺっ、ほら後でトカゲを一緒に取ってやるから、さぁいい子だから、な、こっちに来い」
「うん♪」
俺の猫撫で声が功を奏したのか、あの天邪鬼のリ・クリルが水晶玉から手をはなし、おとなしく棺の上をトタトタと歩いて俺の方に寄って来る。
そう、あの何をするにもトラブル続きのノッカーが、俺のいう事を「うん♪」だなんて素直に聞いてだ!
この時、俺は気がつくべきだったんだ。
あのリ・クリルが、悪戯好きの性悪妖精が、そんな素直な生き物じゃないって事に!
だけど、トラップに怯える俺には、そんなことまで考えている余裕はまったく無かった。
「ねぇ、ふぁん、だっこぉ、だっこしてぇ」
棺の端まで来たリ・クリルが不安そうに両手を差し出してくるのに何の疑問の抱かずに「ああ、いいよ」っと一歩踏み出そうとした。
その時
ガクッ
足に何かが引っかかる感覚ともにバランスが急激に崩れ、俺の体が倒れていく。
「なっ!」
視界の片隅に映るのは、何故か両足の間を結ぶように靴紐が固結びになった俺のブーツ。
「きゃはははは」っと狂ったようにバカ笑いするリ・クリルの心底楽しげな顔。
そして最後に、倒れこむ俺の手の前にある……棺の上の妖しい水晶玉。
ガコッン
つんのめった俺の手は、容赦なく水晶玉にぶつかり、勢いよくワイヤーを引っ張っていた。
「あはっ……ハハハハ」
乾いた笑いと、冷や汗がどっと流れ。
次の瞬間、石畳の床がベキベキっと割れ出すと、俺とリ・クリルの足元から陥没するように棺桶ごと崩れ落ちていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ」
俺は叫び声を目一杯上げながら、奈落の底に吸い込まれていた。

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